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UPDATE3:野副前富士通社長の辞任劇、泥仕合の様相

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 【東京】日本の企業幹部は会社を追われたとき、長い勤務の終わりに会社への最後の忠誠心を示すように、静かに去っていく。富士通の野副州旦前社長が辞任に異議を唱えたことは驚きとともに受け止められた。

 富士通は昨年9月、野副氏が社長を辞任した理由について、「病気療養」と発表した。現在は、好ましくない風評のある企業との「不適切な」関係が本当の理由だったとしている。しかし、野副氏によると、同社からの説明はもっと具体的で、同氏とかかわりのある会社が反社会的勢力とつながっている、と主張したという。同氏はこのようなつながりを否定した。

 野副氏はウォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューで、初めて自らの立場を語った。同氏は、不振部門からの撤退に動くなど積極的に会社改革を進めたが、その方法が社内の反発を買い解任されたのではないかと考えている。同氏は「改革は本当に沢山やっていました」と述べた上で、「日本では、反発を買った可能性はあります」と語った。

 富士通側は、同氏の辞任について詳細を明らかにすることはできないとしている。本稿の内容は主に野副氏の話を受けたものだが、富士通従業員から裏付けを取った部分もある。

 一つ明らかなのは、日本企業にとってのルールが変わりつつあることだ。家電から自動車にわたる業界での優勢は、中国や韓国の新たな競合相手、あるいは再生した米欧の競合他社から激しい攻勢を受けている。日本企業が売上高の増加に焦点を置き、利幅の薄さに目をつぶっていられた日々は過ぎた。

 2008年の景気後退で企業改革が加速した。ソニーはテレビ事業を黒字転換すべく、メキシコとスロバキアの工場の、台湾の受託製造業者への売却に着手した。この業者は、将来ソニーのテレビを製造する予定だ。パナソニックは最近、三洋電機の過半数株を取得した。このような業界再編は日本では珍しい。

 それでも、日本企業で大なたを振るおうとすれば、安定を望む勢力の怒りを買い、組織がまひ状態に陥る恐れがある。そのため、事業再編はたいてい段階を踏んで行われる。日本企業では幹部の大半が生え抜きであり、取締役会に社外取締役がほとんどいないことが、変革を一段と難しくしている。

富士通の野副州旦前社長

富士通の野副州旦前社長

 富士通はかつて、ダイナミックなテクノロジー企業という定評があった。1990年代には、世界最速のスーパーコンピューターを開発。しかしここ数年は、多くの事業で利幅が縮小し、国外市場への拡大で苦戦していた。

 テンプル大学アジア研究所所長のジェフ・キングストン氏は「富士通は、時代遅れで、現状に満足している企業文化の典型だ。この文化が、日本株式会社(Japan Inc.)の直面している本当の問題の一つだ」と述べた。

 富士通はこうしたとらえ方を否定している。山田悦朗パブリックリレーションズ本部長は、同社の外国資本が30%を超えていることに触れ、同社の文化が「オープン」だと述べた。

 同社取締役会は、日本人のみ9人で構成されており、年齢は60~74歳。このうち6人は現役ないし引退した富士通の幹部だ。「社外」取締役の1人は、元富士通幹部で現在は他社の相談役だ。別の1人は、同社が10%出資する企業の経営に参画している。

 野副氏も富士通の生え抜きで、富士通入社は大学を卒業した71年。ただ、08年6月の社長指名には野副氏自身も含め社内のほぼ全員が驚いた。

 同氏は従業員の間でほとんど知られておらず、リーダーというより舞台裏の参謀タイプだと自ら考えていた。背が低く、白髪混じりの髪の同氏は目立たない印象。同社では技術畑出身ではない社長はめずらしい。ソフトウエアサービス事業の業績を向上させたことが主な実績だ。

 富士通には改革の理由があった。野副氏が社長に就任した年には、世界的な景気低迷を受けIT(情報技術)投資が失速するという逆風を受けていた。 09年3月期の通期決算では1123億円の純損失を計上した。これは、03年3月期以来初の赤字だ。

 同社は業績変動の激しいディスプレー 事業を売却するなど、野副氏の社長就任の数年前に既に事業再編に着手していた。ただ、同氏は、改革が控えめすぎると感じていた。同氏は「日本における企業というのは、日本の制度なり環境なりの制約を受けることを前提としてつくりあげた経営体制が多い」と指摘。「ところが、それを続けていると、海外でまったく違うものを求められて対応できない」との考えを示した。

 同氏は40年続いていたハードディスク事業を処分し、半世紀続いたチップ製造事業を台湾にアウトソースした。同氏は、海外で勤務した経験を持つ初の社長として、グローバル事業を強化するために、海外事務所により多くの権限を与えた。また、改革の過程では多くの中間管理職ポストを削減した。

 苦戦していた子会社ニフ ティの売却も試みた。野副氏は、これが22年来の取締役である秋草直之氏(71)を怒らせたかもしれないと語る。社内では秋草氏を最も影響力を持つ幹部とみる向きもあるが、野副氏は、解任の裏に秋草氏がいるという確証はないという。秋草氏は、5年務めた社長職を03年に退いたが、今も富士通本社に執務室を持っている。

 ニフティは、当時の秋草社長のビジョンの中心だった。「Everything on the Internet(すべてはインターネット上に)」という戦略を掲げ、ニフティをインターネット事業の足がかりとした富士通の株価は、2000年に過去最高値を記録している。ニフティは06年12月の新規株式公開(IPO)で上場したが、株式の3分の2は富士通が保有していた。

 その後、ダイヤルアップ接続から利幅が薄いブロードバンドへのシフトが進み、ニフティの見通しは悪化した。野副氏が富士通社長に就任する少し前の08年3月には、ニフティ株はIPO後の高値から80%下落していた。

 野副氏はニフティの売却先を探した。同社筋によると、当時の和田一也ニフティ社長は富士通幹部数人に対し、売却反対を訴えたという。野副氏は、売却を実行した場合は和田氏に富士通の別のポストを与えるよう、秋草氏に頼まれたと語った。和田氏は09年6月に社長を退任し、富士通の別のポストは用意されなかった。

 秋草氏と和田氏はコメントを控えた。ニフティ売却は実現せず、同社は富士通傘下にとどまっている。

 9月25日、富士通本社(東京・汐留)の自身のオフィスの外で月例の取締役会が始まるのを待っていた野副氏は、32階の窓のない会議室に呼びだされた。そのとき野副氏は、取締役会の前にかんたんな打ち合わせでもするのだろうと思っていたという。

 野副氏によると、そこには秋草氏と、今はめったにオフィスに姿を現さない山本卓眞名誉会長(84)を含む6人の役員が彼を待っていたという。野副氏は、役員らの険しい表情を見て、富士通の社員が絡んだ何らかの重大な事案が発生したのではないかと思ったという。

 この会議室で野副氏は、富士通の監査役を務める元裁判官の人物から、過去に富士通が検討していたニフティの売却案件で野副氏が接触していた人物の関わっているファンドが、反社会勢力とつながりがある、と告げられたという。

 野副氏は、その主張に驚いた。野副氏が接触していた人物として挙げられたのが、長年にわたって富士通の案件交渉を仲介してきた鳥井洋一氏だったからだという。野副氏が鳥井氏と初めて会ったのも、案件の1つを通じてだった。鳥井氏は本紙に、これまで富士通にかかわる仕事を通じて100人を超える富士通社員と面識があり、2002年ごろには当時社長の秋草氏に帯同し、イタリアの投資家向け説明会にも参加したと述べた。

 鳥井氏は以前はクレディ・スイス・ファースト・ボストンに務めており、ニフティの売却に関して助言を依頼された当時は、サンドリンガム・プライベート・バリューという小さなプライベートエクイティの会社の取締役になっていた。野副氏によれば、その会議室で富士通幹部の一人から、鳥井氏の仕事のパートナーでサンドリンガムで別のファンドの代表をしている人物が反社会勢力とつながっているという説明を受けたという。

 そのとき野副氏は、鳥井氏がそのようなファンドと関係を持っていることは知らず、鳥井氏と会うことに関して誰からも注意を受けたことはないと反論した。野副氏によると、富士通幹部はこのとき反社会勢力との関わりを示す具体的な証拠を何も示さなかったという。それでも野副氏は、会社側の主張を信じたという。その話をまず最初に野副氏に語って聞かせた監査役は、1995年の地下鉄サリン事件をめぐるオウム真理教裁判で裁判官を務めていた著名な法学者だったからだ。

 野副氏は、その場で社長職の辞任を要求されたと述べる。「反社会勢力」とのかかわりを持つ企業に対して上場廃止を求める東証規定の適用対象になる危険性があり、そうなれば取引先からの資金の供給がストップする可能性があり、会社が倒産にまで追い込まれかねないというのが、その理由だったと野副氏は言う。

 鳥井氏とサンドリンガムの代理人の弁護士は、鳥井氏、サンドリンガムで同氏のパートナーである房広治氏、企業としてのサンドリンガムのいずれも反社会勢力とは一切かかわりがないことは調査ではっきりしていると述べた。また、今回の疑惑に関する訂正ならびに公式の謝罪を求める書簡を富士通に送付したとも述べた。同弁護士は、富士通がそれを拒否した場合は、名誉毀損で同社を訴えるとしている。富士通の山田パブリックリレーションズ本部長は、実際に告訴されるまではコメントはできないと述べた。

 野副氏は、社長辞任から2カ月は、すぐに会社に復帰できると考えていたため、「病気療養」という公表済みの辞任理由を忠実に守って生活をしていたと述べる。社長時代と同じように、毎朝スーツに着替え、書類かばんを持ち、社用車に乗り込んでいた。ただし、行き先は本社オフィスではなく、赤坂の首相官邸近くにある前田病院だった。病院では、毎日8時間、個室で本を読んだり、テレビを見たりして過ごしていたという。

 病院には法務、人事部門のトップをはじめ富士通の幹部社員が頻繁に訪れていたという。そして、彼らは盛んに野副氏の改革への取り組みに対して賛辞を述べていたという。そのため野副氏は、いずれ近いうちに顧問として会社に戻れると考えていたという。だが、野副氏いわく、復帰は数カ月も先延ばしされた。富士通広報担当の山田氏によると、野副氏を復帰させる計画が当時はあったが、同氏のその後の行動によって不可能になったという。

 野副氏はその後、弁護士の畑敬氏に助言を求め、今回の会社側の主張に関して独自の調査を依頼したという。畑氏によると、富士通側が主張するサンドリンガム、鳥井氏、房氏と反社会勢力とのかかわりを裏付ける証拠は一切見当たらなかったという。畑氏は、富士通の取締役会に対して、野副氏の辞任の撤回と今回の一件に関して説明する場を設けるよう要求する書簡を送付したが、富士通側の弁護士からは取締役のスケジュール上の都合を理由に会えないとの返答しか得られなかったという。

 やがて野副氏の辞任取り消し要求が報道などで表面化したことを受けて、富士通は3月6日、5カ月前の野副氏の辞任理由を訂正した。発表文では、辞任理由が「病気療養」から、野副氏と親交の深い人物が代表を務めていた企業グループに「好ましくない風評」があったこと、に修正された。

 富士通は、野副氏と親交のあった人物を公には特定しておらず、「好ましくない風評」の意味も具体的に説明していない。ただ、野副氏と当該人物との関係が不適切であると結論付ける理由があったとだけしている。本紙が書面で回答を求めたところ、富士通は、野副氏は、9月に行われた会議で、取締役会から注意を受けた後も当該人物との関係を継続していたことを認めたと述べた。野副氏は、9月25日の会議室でのやりとり以前に鳥井氏とのつきあいを断つよう警告されたことは一切ないと述べた。

 3月24日、富士通は秋草氏が長年務めた同社取締役の地位を6月に退任し、再選にも立候補しないことを発表した。秋草氏の退任とともに、9人いる取締役のうちの5人についても人事変更が行われる。富士通の広報担当者は、現行の組織体制になって以来最大の今回の取締役人事の刷新は、野副氏の件とは無関係だとしている。

 一方、野副氏は、1日の大半を読書や弁護士との打ち合わせに費やしていると語る。最近では、富士通時代は一度も口にしたことがないスターバックスのカフェラテがお気に入りだという。

 野副氏は、富士通に復帰することを望んでいるのではないという。「自分の身に起こったことを、臨時取締役会を開いて一度説明する機会をくれということです。それがなぜ起こったのかその理由を解明してほしい」と述べる。

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日本版コラム〔4月2日更新〕