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>開戦はアメリカに追い込まれたからではなく、自らを追い込んでいったのです。
この考え方には ケンカの相手である アメリカの戦略が スッポリ抜け落ちています。 ハワイ、フィリッピンを植民地化した西進主義(侵略主義)の目的地が、「 遅れてやって来た帝国主義者 」と世界から言われた、中国大陸であったことをお忘れ無く。
さらに ポツダム宣言を日本が受諾した、昭和20年 (1945 年 ) 8月14日 ( 日本よりも 1 日、日付が遅くなる ) の ニューヨーク・タイムズ紙の紙面で、「 太平洋の覇権を我が手に 」 という大見出しの下に、
「 我々は初めて ペリー( 提督 )以来の願望を達した 。もはや太平洋に邪魔者はいない。これで アジア大陸の マーケットは、我々のものになった 」とありました。
他国が中国や朝鮮を侵略主義の草刈り場とするのを、単に黙視することが日本の採るべき態度だったのでしょうか?。国の安全を含む国益については、守る必要が無かったとでもお考えでしょうか?。ちなみに当時の国際法によれば、侵略行為は国際法違反ではありませんでした。
>原爆投下は人種差別によるものではありません。ドイツに投下しなかったのは完成前に降伏したから。日本もポツダム宣言を早期に受諾し、天皇制維持の可否に日を費やしていなければ原爆投下には遭っていないのです。
言わんとするところはドイツが原爆完成の 2 ヶ月前の 1945 年 5 月に降伏したから原爆の被害に遭わなかった。しかるに原爆完成後も日本が降伏するまで日数を浪費していたから原爆を投下されたというご意見ですが、それでは 「 降伏寸前 」 の日本に対して種類が異なる、原爆を投下した目的は何だとお考えですか?。
第2次大戦終了後の対ソ連戦略をにらんだ威嚇と、人体実験(ウラン235を使用した広島型原爆を第2の実験、プルトニュウム239を使用した長崎型原爆を第3の実験として分類し、公文書に被害状況を詳細に記録済み)に他ならず、その当時白人種から 人間以下と蔑視・差別されていた有色人種の ジャップだから使用したのです。ハーグの陸戦法規により毒ガスや ダムダム弾 でさえも大量殺人の兵器、人体に過度の苦痛を与えるものとして禁止されていたにもかかわらず−−−です。
参考までに原爆被害者の訴えに対して、1963年12月7日に東京地方裁判所は原爆の使用を、国際法に違反した「 戦争犯罪 」であると認定しました。
>日本も( 原爆 )計画があったが資金力がなく頓挫。もし持っていれば間違いなく日本も使っています。
だからといってアメリカの原爆使用を正当化する理由には、少しも役立ちません。 あたかもケンカの際に ナイフで相手を刺した犯人が被害者に、もしお前が ナイフを持っていたら、俺を刺したはずだというようなものです。
>できるだけバランスのとれた歴史認識に基づいた歴史観をもつ努力をしたいものです。
それに関しては同感です。しかしそれ以前に1945年以降 占領軍の指令により学校教育の現場で教え込まれ、偏向したマスコミが流布した東京裁判史観や自虐史観を打破するのが先決です。
韓国の要求に屈服し義務教育の教科書に「 従軍慰安婦 」 のことまで記載しましたが、当の韓国の国定教科書では元寇の際に高麗が日本を侵略した事実を歪曲隠蔽し、歴史年表からは削除していました。
イギリスの教科書では「アヘン戦争」に関する記述が無いそうですが、次の世代を担う子供に「民族の誇り」を植え付け育てることの重要さを、イギリスも韓国も気付いていたからです。残念なことに日本では、「民族の誇り」など死語になりましたね。
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