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墜落〜サイバーテロ〜  ( 小説投稿城 )   記事データ - URL送信 - カウンタ(1) - 支持(1) - ▼レス(24) - ●メイン記事(24) / ○サブ記事(0)
PANAM★cSmIXG/EY5.

初めまして、航空物?です。表現が乏しいところがあると思いますが宜しくお願いします。

〜主登場人物〜

江波 純一(えなみじゅんいち)
N I A (ニホンインターナショナルエアラインズ)の副操縦士。
過去に事故経験があり心に傷を負っている。

福田 義郎(ふくだよしろう)
N I A の機長。江波が訓練生だった時の教官であり、良き理解者。

山本 麗子(やまもとれいこ)
エアーテクニカルの社長夫人。航空機システムプログラムソフト技術開発責任者。

山本 省吾(やまもとしょうご)
エアーテクニカル社長。アメリカの航空機製造メーカーボーイング社の航空機のシステムプログラムソフトを売り込み成功。
カリスマ経営者

三島 亜弥(みしまあや)
エアーテクニカル社長秘書。山本とは愛人関係にある。

垣本 啓介(かきもとけいすけ)
エアーテクニカル社員。肥満で不潔なイメージがあるプログラマー。
人の悪い噂が好きで社内では友達がいない。

久米 聡士(くめさとし)
警視庁捜査一課刑事。筋金入りの航空マニア。祖父はN I A の会長。
ちなみに父親は警視庁副総監。

2008/01/21 12:45 - No.0


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PANAM★cSmIXG/EY5.

2007年 12月22日

日本 成田市上空

30000フィートの上空には、目に見える天候の変化というものがほとんどな

い。

そこにあるものは、常に快晴の空と、マイナス40度を超えるカミソリの刃の

ように研ぎ澄まされた清冽な大気、そして目には見えない激しい気流だ。

日本時間の夜9時、コクピットからは分厚いウインド・シールドを通して、ク

レーターの在りかがはっきりとわかる満月と、青白い光を放って輝き続ける

星の群れがみえる。

その無数の輝きに瞬きがないのは、それを目にする者たちが置かれている環

境に、光を屈折させるほどの大気が存在しないことの何よりの証だった。

しかしその光景も、ホールディング・ポイントの10000フィートの高度になる

と、いささか様相が違ってくる。

ここまで来ると星たちの透明な光の群を縫うように、空間をゆっくりと移動

する暖かみを帯びた人工的な光が目につきはじめる。

その光の縁には、鋭く点滅を繰り返すさらに小さな光が見える。

正確に数えたわけではないが、移動する同様の光は、そこから見えるだけで

も軽く10は超えるだろう。

・・・天空の城の頭に「幻の」とつけるのは間違いだ・・・

キャプテン・シート(機長席)に座る安東良介は、その光景を見る度にそう思

った。

光源が取り付けられたジュラルミンの円筒の中には、それぞれにおおよそ200

人から500人以上の人間が乗っており、いまこの成田の上空だけでも小さな街

の人口程度の人間たちが空に浮いていることになる。

そしてこの瞬間、世界でどのくらいの数の航空機が、そして人間が空に浮い

ているのだろうか……。

それを考えてみれば、そこに国家が存在するといっても決して過言ではない

だろう。

正面に見えていた月が、星の群をともなってゆっくりと右に移動し始めた。

それは機がもう何度目かになるホールディング・パターンを再びなぞり始め

た証だった。

2008/01/21 16:27 - No.1

PANAM★cSmIXG/EY5.

操縦席のパネルに埋め込まれたPFD(CRTモニター)のフライトディレクターの

中で、機体の状態を表すシンボルがバンク(傾斜角)15度を指したところで固

定し、旋回を始めたことを示している。

機長席のサイド・ウィンドウ一杯に地上の光景が広がっていく。

成田空港のまばゆい光。そこから延びる高速道路の光、その周りの街の灯

り。

本来であれば月明かりの下に見える光景も、今夜ばかりは違っていた。

いまそこに見えるものは、地上を覆い尽くした白く巨大な塊だった。その姿

はまるでカルア・ミルクの底に分離して沈殿したミルクのようで、不定形な

表面に反射した月明かりが青く光り、微妙な陰影をその上に創り出してい

た。

「高木、燃料残を確認してくれ」

安東は機体の進行方向に油断なく鋭い視線を走らせながら、ND(ナビゲーショ

ンディスプレイ)に表示された旋回パターンを機が正確になぞっていることを

確認すると、コ・パイ・シート(副操縦士席)に坐る高木洋介に向かって言っ

た。

「11000ポンドを少し切っている。リザーブを含めて約1時間といったところ

だな」

安東とは逆に、右翼側の空間を窺っていた高木は、モニターのモードを切り

替え、そこに現れた各燃料の表示を素早く確認する。

下界を覆った白い塊の正体は、この日、千葉県を覆い尽くした濃霧だった。

コクピットから見える空間を移動していく黄色い光、そして点滅光の正体

は、天候の回復を待って成田に着陸すべく待機している旅客機のものだ。

このまま旋回待機続けるか否かを決定するまでには、まだ少しの時間的余裕

が残されていた。

しかし、代替え空港であるセントレアまでの燃料、それにまさかとは思う

が、最初の着陸をミスし、再度試みることを考慮すると、後30分以内に着陸

が許可されたとしても、成田への着陸の機会は一度だけしかないと安東は考

えた。

いや正確に・・・理論的に・・・言えば、二度のトライは可能だ。

2008/01/21 16:30 - No.2

PANAM★cSmIXG/EY5.

しかし日本で交通量が多い成田へ発着する航空機の数を考えれば、一度ミス

すれば再度着陸を試みるまで、再び長い時間上空待機を余儀なくされるだろ

う。

実際ウィンド・シールドから見える待機中の航空機だけではなく、ここから

確認できないところで待機を続けている航空機はごまんといるはずだ。

燃料を腹一杯飲み込んで飛びたいのは山々だが、それでは機体重量が大きく

なり燃費効率が悪くなる。

着陸許可を待ちながら上空待機をしている航空機は、いずれもが経済性を

重視する民間機の宿命として、安全性を確保できるぎりぎりのところで飛ん

でいるのだ。

「高木。カンパニーラジオ(社内無線)で成田を呼び出してくれ。あと20分経

って再開の見込みがなければ、セントレアに降りるとな」

「やれやれ、何てことだ。記念すべきB740の初就航がダイバート(代替空港行

き)とはね。下で待ちかまえているお偉方がさぞガックリくるだろうな」

安東の考えはもっともだが、コ・パイ・シートに座った高木は思わず肩をす

くめた。

機長資格を持つ者の証である4本の金モールの入った肩章がカサリと動いた。

通常ならばこの席には3本線のモールの入った肩章をつけた副操縦士が座って

いるはずだが、この日は違っていた。

なにしろ世界でも最新鋭のハイテク機B740の記念すべきライン(路線)就航初

フライトなのだ。

両操縦席とも4本モールの肩章をつけた機長が座り、後方のジャンプ・シート

(予備席)には、やはり同様の肩章をつけた水本剛次郎が2人の会話と、操作を

注意深く見守っている。ニューヨークへの折り返し便は、高木が機長席に座

り、水本は副操縦士席に座ることになるのだ。

パイロットにとってフライトは、乗務が通常なものであっても、常に訓練の

場であり勉強の場でもある。

ましてや新機種への移行や移行訓練を終えたばかりの新型機となればなおさ

らのことだ。

「ジェイ・ワールド成田、こちらジェイ・ワールド001。感銘度いかがです

か?」

中央ペデスタルにある無線をカンパニーの周波数に変えた高木が、ほれぼれ

とするようなバリトンでジャパン・ワールド航空成田の運行管理センターを

呼び出す。

「ジェイワールド001、ジェイワールド成田、感銘度良好です」

わずかな空電の音の後、早口の男の声がヘッドセットを通じて返ってくる。

「現在、成田上空で着陸待機中。残燃料は11000ポンド弱。約1時間だ。後20

分待って天候回復しない場合は、ダイバートしてセントレアに向かう」

「何てこった・・・」

無線の向こうで運行管理者の声が一瞬押し黙った。

「到着セレモニーの準備はすっかり整っているんだ。何とかならんのか」

無線の向こうの男は、地に根を張って出世競争に明け暮れるだけの、飛ぶ者

の心理を知らない連中とはわけが違う。

普段ならこちらの置かれた状況をいち早く理解し、的確なサポートをしてく

れる人間だ。それがこうもトンチンカンな事を言うのは、このフライトが記

念すべき初就航フライトであるからに他ならなかった。

2008/01/21 16:33 - No.3

PANAM★cSmIXG/EY5.

しかし燃料がなくなってしまえば、ハイテクノロジーの塊を飲み込んだジュ

ラルミンの工作物は、250人の乗客と15人の乗員とともに、地上に激突して

スクラップとなるのだ。

ヴェルヌーイの定理は重力を無視して飛ぶような事を教えてはいない。あく

までも翼面の上下を流れる気流の速度によって生じる空気圧力の差で浮力が

生じることを教えているのだ。つまり前に進まなくなった飛行機は…………

墜ちるということだ。

「何とかしたいのは山々だが、天候が回復しないことにはどうにもならな

い。セントレアに降りた後の乗客の対応を頼む」

高木は、気の毒そうに答えると、「とにかく後20分待機する。ダイバートを

決定したらまた連絡する」そう結んで交信を終わらせた。

「はぁ〜…、とんだ初フライトだな。これじゃ折り返し便のスケジュールも

、へたすると予定通りじゃなくなるなぁ〜」

二人の間に割って入るような姿勢で、水本がジャンプ・シートから半身を乗

り出した。

言われるまでもないことだった。セントレアに降りたら降りたで、お役目か

ら解放といかないことは分かっていた。燃料を補給し成田の天候回復を待

つ。もし今夜のうちに着陸可能になるようならば、直ちに乗員だけのフェリ

ーフライトということになるわけだ。

太平洋を長時間もフライトしてきて、散々待たされたあげくにもう一度飛

ぶ。それが仕事とはいえ、最悪のシナリオだった。

安東は、再び水平飛行に移った機の前方を見ながらそう思った。

ヘッドセットからは、ひっきりなしに成田のアプローチ(誘導管制)と交信す

る待機中の航空機の無線が聞こえてくる。着陸順番待ちを余儀なくされてい

たそれらが、成田への着陸を諦めて次々にダイバートを決意し、代替空港へ

向かうルートの指示をリクエストしている。

いつまでたっても前が空かないATMの行列から業を煮やした客が一人消え二人

消えするように着陸順番が繰り上がり、その間に1便はファイナル・ホールデ

ィング(最終待機)の高度に達していた。決断をする予定時刻は後十分ほどあ

ったが、もたもたしていると、ここで降りられなかった航空機がセントレア

に殺到し、そこでもまた着陸順番待ちを強いられるかもしれない。

安東は決断の時が来たと思った。

「高木。ダイバートしよう。成田は諦めよう」

もう少し待ってもよさそうなものだが……と一瞬高木は思ったが、資格上は

同格でも一機の飛行機に二人の機長が存在しないのはこの世界の戒律であ

る。今回のフライトの責任を担っているのは安東だ。肩章の線の本数は同じ

でも、今日の自分は安東をサポートするためにいるのだ。

「分かった…」

低いバリトンで答えると、高木は再びアプローチを呼び出そうとした。

その時、それよりも早く、ヘッドセットを通じて管制官の声が聞こえてき

た。

「オールステーション…、こちら成田アプローチ。空港の着陸気象状態がミ

ニマム(最低限)を回復した。これより順次着陸誘導を行うが、条件は極めて

悪い。視程は600m。風は030の方向から1ノット……」

「よっしゃ〜!キター」

高木は、口許からマイクを離すと再び残燃料の確認を始めた。この10分間に

すでに1400ポンド弱を消費していた。

B740は従来の同サイズの航空機に比べ抜群の燃料効率を誇っていたが、それ

は他機種との相対比較での話で、積載している絶対量との対比ではない。

「残燃料からすれば着陸は2回トライできる。セントレアにダイバートすれば

1回だ」

「成田の1回で決めて見せるさ!」安東は両手の指を胸の前で組み合わせると

、はめていた薄い革の手袋をしっかりと手に馴染ませた。

「成田アプローチ、ジェイワールド001」

忙しい会話が交わされる交信の合間を見計らって、高木が誘導管制を呼び出

す。

「ジェイワールド001ゴーアヘッド(どうぞ)」

すかさずアプローチから反応が返ってくる。

パイロットの世界は、完全な階級社会であると同時に、資格社会でもある。

同じ4本の金モールをつけてはいても、経験、技量、慣熟度によってさらに細

かい資格制限が設けられている。

その一つは、離着陸時の気象条件の制限である。各ランクに与えられた資格

によって、テイクオフできるか、あるいはランディングできるかの制限があ

るのだ。

同一条件下にありながら、ある便は他空港へダイバートし、またある便は飛

び立っていく他の便を見ながら天候回復待ちという理由で地上待機を余儀な

くされる。それはすべて、同じ機長という職分にありながら、さらにその中

で厳密に区分けされた資格制限のせいである。たまたま今日ここに乗り合わ

せた三人の機長は、安東はもちろん高木も水本も最高ランクの資格を保持し

ていた。

もっとも、同じ最高ランクの資格を有していても、最悪のコンディションの

中で最終的に離陸、あるいは着陸を行うか否かの判断をするのが機長である

ことは言うまでもない。

2008/01/21 16:37 - No.4

PANAM★cSmIXG/EY5.

成田の発着基準がミニマムを回復した…。

それは1便に少なくとも着陸を試みるチャンスが到来したことを意味した。

「ジェイワールド001。これから成田へのアプローチに入りたい。指示を頼

む」

「成田アプローチ、了解。君たちが一番乗りだ。これより進入誘導に入る」

前にずらりと並んでいたお客が次々に着陸を諦めてダイバートしたおかげで

、いつの間にか順番が繰り上がり一番乗りだ。安東と高木は顔を見合わせて

ガッツポーズをした。

そうはいっても回復間際に一番最初に降りるには、やはりそれなりの心構え

というものがいる。一番機が無事着陸できれば、その機がアプローチした時

のデータが後続機が降りるときに役立つ。

つまり安全がぐっと増すのだ。

……きっと我々のアプローチの様子を息を殺して見つめている連中もいるに

違いない。

だが考えようによっては最悪の天候をついてランディングを行う一番機にな

る。それはそれで最新鋭機の路線就航第一便のお目見得にふさわしい舞台の

ようにも思われた。

「ジェイワールド001。現在高度3000フィートを維持している」

高木が自信に満ちた口調でポジションを報告する。

「ジェイワールド001。レフトターンヘディング(機首を左旋回)270に。2100

フィートまで降下せよ」

すでにオートパイロット(自動操縦)を解除し、マニュアル(手動)に変えた安

東が右手で握ったスロットルレバーを僅かに手前に引いた。

左手は操縦桿に添えられている。細やかに聞こえていたエンジン音が僅かに

変化し、一瞬機が浮き上がったかのような感覚の後ろに微かなマイナスGに変

わると、機は緩やかに降下の態勢に入った。

「ラジャー。レフトターンヘディング270、2100フィートまで降下する。今3

000フィートを離脱した」

「成田アプローチ、了解……」

コクピットの中が一変した。それまでは単純なトラフィック・パターンを旋

回するだけで機の状態をモニターしていれば良かったが、ここからはそうは

いかない。クリティカル・イレブン・ミニッツと言われるように、離着陸

の11分間に航空機事故が集中しているのは統計的なデータが実証している。

航空機が空を飛ぶようにできており、それが永遠に飛び続けるようにできて

いない以上、必ずその魔の時間帯は存在するのだ。

降下の開始はその最も危険な時間帯に向けて確実に近づくことであり、しか

も今日の成田は着陸が可能になったとはいえ、最低限の条件を満たしている

にすぎない。

CRTモニターに表示されるデータを注視する両操縦士の目が鋭くなり、緊張の

度合いを増していく。ジャンプ・シートに座った水本の目も、自分がこの機

体を操っているかのように鋭くなり、二人の前にあるそれぞれのCRTモニター

の間を機敏に往復する。

「ジェイワールド001、ランウェイ34L(34番左滑走路)へのILS(計器着陸方式)

での進入を許可する」

レーダーで1便の飛行状況を監視していた成田のアプローチが、地上からの誘

導電波に乗っての進入を許可することを伝えてくる。

「ジェイワールド001。ランウェイ34LへのILS進入許可を了解した」

薄暗いコクピットの中に、高木のバリトンが静かに響く。

その言葉が終わると、安東は右手で高度カウンターを操作して、さらに降下

率も調整した。

CRTモニターの中の降下率の表示が大きくなり、高度計の数字が刻々と小さく

なっていく。先ほどまでは遙か地上に張り付くようにあった霧の海が、徐々

に浮き上がってくる。その乳白色の表面に、月の光を浴びて綿がけばだった

かのような白く細い繊毛がたなびいているのが見える…。

ジェイワールド1便は、ジュラルミンの外殻の中に250人の乗客と15人の乗員

を飲み込んだまま、その白い海に向かって、吸い込まれるように降下してい

った。

2008/01/21 16:41 - No.5

PANAM★cSmIXG/EY5.

「ジェイワールド001、ILSアプローチを続けながら成田タワー(管制塔)と交

信せよ」

成田の進入管制官が、ここから先は管制塔からの指示に従うようにと命じて

きた。

現在の地上のレーダー管制システムは、昔のもののように飛行物体をスクリ

ーン上に輝点で表すようなものとはわけが違う。

地上の高層建築物がレーダー波を反射しノイズとなって表れるものを予め

排除してある上に、飛行前にコンピューターにインプットされた識別番号

の下、そこに表れている航空機の進行方向、高度、速度、管制に必要なすべ

ての情報がスクリーン上に表示されるようにできているのだ。

コクピットのNDに表示される1便の位置は、いままさに滑走路の延長線上から

一直線に伸びるILSのコース上に乗りつつある。そのタイミングを見計らった

ようなアプローチ・コントロールからの指示は、地上監視モニターが従来通

りの機能を正確に発揮している何よりの証だった。

「ラジャー」

高木は高度計の数字を確認し、間髪をいれずに返答すると、無線機の周波数

をタワーのものへと切り替えた。

管制官が受け持つ航空機の数は一機ではない。成田のような空港ともなれ

ば、通常でも一人で10機程度の航空機をコントロールするという過酷な労働

を強いられるものだ。ましてや今日のように、天候不良のせいで上空待機の

飛行機が雲霞のように舞っているなれば、その数は膨れあがっているに違い

ない。もしパイロットがその正確な数を知っていたなら、ただでさえもすぐ

れない天候の中を降りようというのに、さらなる不安をかき立てるような数

字だろう。素早い返答を返し管制官の負担を減らすことは、自分の身の安全

を高めることを意味する。

「フラップス20……」

高木の腕が中央ペデスタルに伸び、スロットルレバーの右脇にあるフラップ

レバー(高揚力装置)に添えられた。その手が合成樹脂で覆われた先端部を掴

むと、カチリと一段手前に引いた。

計器盤に埋め込まれたCRTモニターの中で、フラップの角度を示す数値が20を

示した。フラップに連動して主翼の前縁にあるスラットが出、翼面積が大き

くなったせいで揚力を増すのを、キャプテン・シートに座る安東がスロット

ルに添えていた右手でパワーをさらに絞って調整する。

微かな唸り声を上げていたエンジン音の波長が少し変わった。

安東の目がCRTの中の幾つかの表示の上を動き、エンジン出力計から降下率を

示す数値、そして降下率と速度が一定のところで安定したのを確認した安東

は、次の指示をだした。

「ギア・ダウン」

「ギア・ダウン!」

低いバリトンとともに指示を復唱しながら行動を起こした高木の無駄のない

動作は、その指示が来ることを予め知っていたことを物語っていた。

左の腕で中央計器盤の右よりに突き出たギアレバーを引き下げる。

少しの間をおいて床下でゴトリと音がすると、ノーズ・ギア(前脚)が降りる

のが気配で分かった。その唸りがやむと、それに代わって機体の腹に突き出

たメインギアが180ノットの速度で大気を切り裂いていく音がする。

ギアレバーの上に設置された三つのランプが赤の点灯から緑へと色が変わっ

た。「スリーギア・ダウン・グリーン…」

脚が完全にロックされた事を高木は告げた。

「ピッピー ピッピー ピッピー…」

ILSの電波の延長線上にあるアウターマーカーと呼ばれるビーコン(標識)に

差しかかったことを告げる信号音が聞こえた。

「成田タワー、ジェイワールド001。今アウターマーカー通過。高度1700フィ

ート」

「ジェイワールド001、成田タワー。アウターマーカー通過確認。ランウェイ

34Lへの着陸を許可する。風向きは020、風速は3ノット。視界600メートル」

「ジェイワールド001、ラジャー!」

管制官が確認した声が終わるか否や、「フラップス30…」安東が前方を見据

えたまま、短い指示を高木に送った。

「フラップス30!」

高度、速度に注意を払いながら、安東はさらにフラップ角度の変更を命じ

る。その指示が着実にこなされることを確認しながら、スロットルをまた少

し絞る。

降下計の針が一定の所を指したまま止まっている傍らで、高度計の数値は

刻々とその数字を小さくしていく。

高度1500フィートをさそうとしている。ウィンド・シールドの前面に濃密な

霧の海が急激に近づいてくる。両翼の付け根と前脚に取り付けられたランデ

ィング・ライトの光が、沈殿した霧の上面を一瞬明るく照らし出した時、

「ランディング・ライト・オフ!」

安東は着陸灯を消すように命じた。

濃霧の中に強烈な光を放つランディング・ライトをつけたまま突入すると、

ハーレーション(光が跳ね返る現象)がおき、パイロットの目がその光に幻惑

されることがあるからだ。

次の瞬間、ウィンド・シールドの外は灰色一色の世界になった。一見単色に

見えるキャンバスの上に、どこからのものかは分からないが、僅かな光と陰

が織りなす微妙なコントラストの波紋が、猛烈なスピードで現れては消えて

いく。

「フラップス40!」

安東の指示を復唱した高木がまた一段、バーを引いた。カチリという金属音

が張りつめた狭い空間に鋭く響く。

「ビフォー・ランディング・チェックリスト」

安東は高木に命じると、CRTモニターに表示されているFD(フライト・ディレ

クター)に全神経を集中した。

FDには、中央に飛行機を真後ろから見た状態を示すシンボルの他に、縦と横

それぞれ一本ずつのラインが同一画面に表示されている。

これは滑走路に進入するにあたって、その正確な進入角度をパイロットに教

えるぐグライド・スロープと、進入方向を表示するローカライザーと呼ばれ

るもので、この二つの機能を合わせてILSと称する。

つまりこの二つの線が、機体を表すシンボルの中央で正確にクロスしていれ

ば、間違いなくその飛行機は滑走路上のタッチダウン・ポイントに正確に着

陸できるということを意味する。

安東は小刻みに操縦桿を左右に、そして両足でラダー・ペダル(方向舵)を巧

みに操りながら機をその中央に持っていく作業に集中していた。

その傍らで高木が着陸前のチェックを始めた。チェックリストには項目ごと

に誰がその確認をしなければならないかが明示されている。

そしてこのフェーズでのチェックは、操縦を行っている者が直接確認しなけ

ればならない項目は極力少なくしてあり、操縦を行っていない者が責任をも

って各項目をチェックしていく。

着陸前のチェックの内容はギアとフラップとスポイラー(エアブレーキ)の三

項目だけで簡単にできるほどだったが、それでも高木はMFD(マルチ・ファン

クション・ディスプレイ)を操作してリストをそこに表示させると、自らの目

でその三つの項目のチェックを確実にこなした。


2008/01/21 16:44 - No.6

PANAM★cSmIXG/EY5.

「ビフォー・ランディング・チェックリスト・コンプリート」

高木のバリトンが着陸に必要な条件をすべて整った事を告げる。

後は着陸を残すのみだった。前方の視界に全く変化はなかった。地上からの

レポートではグランド・ヴィジビィリティー(地上視程)は600メートル、成田

が定めるステイト・ミニマムギリギリの数字だ。

しかし上空でアプローチを決意した際に与えられた情報と、パイロットから

見える視界、つまり飛行視程とは必ずしも一致しない。それよりも悪い場合

もあれば、遙かによい場合もある。

高木の目がFDのILSの表示に集中する。そして高度計の数値の間を忙しく走

る。高度計の数値は、もう500フィートに差し掛かろうとしている。

「5 0 0 !」

「スタビライズド(安定している)」

規定通りに高度を読み上げる高木の声、それに安東が低く呟く。

彼もまた緊張しているのだ。低く唸りを上げるエンジンの音だけが狭い空間

を満たす。

安東の目はすぐ前の計器、それもILSに集中している。高木、そしてジャンプ

・シートに座る水本の四つの視線が、ウィンド・シールドの外の光景と計器

に集中する。

着陸を諦めてゴーアラウンド(着陸復行)するか、それともそのまま着陸する

かの判断は、滑走路の先端の延長線上に一直線に伸びるアプローチ・ライト

の光が見えた時点で決定しなければならない。

それもミニマム(決心高度)と呼ばれる210フィートで、滑走路の中心の延長線

上に伸びるアプローチ・ライトとランウェイ・ライトが見えなければ着陸は

断念しなければならない。

さらにジャパン・ワールド航空の社内規定では、ミニマムに100フィートをプ

ラスした時点、つまり高度が310フィートの段階で条件がすべて整わなければ

、着陸はやり直さなければならない決まりになっていた。高度計がどんどん

数値を小さくしていく。それとは逆に高木は自分の心臓の心拍数が上がって

いくのを感じていた。もうすでに400フィートに迫っている。

「4 0 0 !!」

まだ見えない……。高度計と前方を交互に見る高木の目の動きがせわしくな

り、高度を読み上げる声のテンションが高くなる。

もうそろそろ最終判断を下さなければいけない決心高度に差し掛かる。

PFD(プライマリー・フライト・ディスプレイ)に表示されたFDのILSの表示は

、ピタリと中心でクロスしている。

「プラス…1 0 0 !!」

高木は決心高度に機が近づいたことを告げた。

操縦桿を握る安東の目が、瞬間FDのILSの表示と前方視界、そして高度計の数

値の間を忙しく走った。このコールの瞬間、操縦桿を握る操縦士(機長)はPFD

と外界を、そして副操縦士は計器を監視するというように、これまでの役割

が逆転するのだ。最終的に着陸を敢行するか否かは、操縦桿を握り、実際に

機をコントロールする者が判断する。

それが決まり前方に目を転じた安東の視界に、濃い霧の間から前方の滑走路

の中央に向かって一直線に流れる900メートルにわたるアプローチ・ライト

の光の長い列が、すぐ目の前に現れた。

その先には、うっすらとだが滑走路の先端を示す誘導灯の光も見える。

…もう大丈夫だ…。

「チェック」

安東は着陸に必要な条件が揃っている事を確認した事を告げた。

「アプローチングミニマム(進入限界)」

「ランディング」

安東は、眉間にシワをよせて前方を見据え、着陸する事を宣言すると、さら

に続けて、「ランディング・ライト・オン」

濃霧の中でハーレーションによる幻惑を防ぐために消していた着陸灯を点灯

するように、高木に命じた。

夜間の着陸において前方照らし出すランディング・ライトの光がないと、滑

走路は闇の中に浮き上がって見える。強烈なライトの光は自機の位置を知ら

せるばかりでなく、正確な滑走路の設置帯を確認する上で欠かせないもの

だ。すかさず高木がオーバーヘッド・パネルにあるランディング・ライトの

スイッチを入れた。

2008/01/21 16:45 - No.7

PANAM★cSmIXG/EY5.

しかしここで、三つの不幸な偶然が1便を襲った。

一つは霧の濃淡である。言うまでもないことだが、雲も霧もその濃さは一定

ではない。どんなに薄く見える雲、あるいは霧にでも、状況によっては全く

視界がきかない部分があるように、どんなに濃い雲や霧にも視界が開ける部

分がある。それはまさに自然の息吹というにふさわしい気まぐれさで存在

し、それによって状況は瞬時にして一変する。

まさにこの時の1便の前を覆った霧がそうだった。

再び綿菓子のような濃霧の塊が一瞬にしてウィンド・シールドを覆い、それ

まで見えていたアプローチ・ライトの光も、滑走路の誘導灯の光もかき消

し、強烈なランディング・ライトの光を反射してハレーションを起こし、安

東の目を幻惑した。

2008/01/21 16:48 - No.8

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ぐはぁ〜…やっと移動が完了した。
めっちゃめんどくさい、コピーするだけやけどw
次からやっとこさ書けるかな…。
読む人は居るか分からんけど結構読むのに時間がかかる^^;(汗

2008/01/21 16:54 - No.9

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二つめは高木の行動である。この経験豊富なパイロットにして、目の前を覆

った霧に注意を奪われ、計器に集中しなければならない副操縦士としての役

割一瞬忘れ、いつものキャプテン・シートに座り操縦桿を握る機長としての

目で視界を外に集中したのだ。

ミニマムぎりぎりの悪天候、突如として目前を覆った濃い霧、それが微妙な

心理の動揺を生み、機の状態を客観的なデータとして示す計器から注意を逸

らさせ、ランディング・ライトが霧に反射して起きたハレーションが高木の

目も幻惑した。

視界が途切れたのはほんの少しであったが、ここで第三の不幸が1便を見舞っ

た。再び視界が開けた二人の目に飛び込んで来たのは街の光だった。

強烈な光のハレーションによって幻惑されたことに加え、一瞬安東は自分の

操縦する機体が左に傾いているような感覚に陥った。

空間識失調、通常バーティゴと呼ばれる、飛行機乗りにとって最も恐ろしい

現象の一つに二人は同時に陥った。

考える間もなかった。すでに機はアプローチ・ライトの手前まで来ており、

それは高度150フィートを切っていることを示している。

反射的に安東は操縦桿を右に倒し、傾いていると思われる機体を正常に戻す

べく操作を行った。

同時にメイン・ギア(主脚)から接地させるべく操縦桿を僅かに引き、機首の

引き起こし準備に入る。



2008/01/21 23:13 - No.10

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瞬間、副操縦士席に座った高木が本来の自分の職分を思い出し、計器に目を

やった。                               
FDの機体の状態を示すバーが水平状態から急激に右に傾斜を始める。それに

気がついた高木の瞳は凍り付き、顔面の筋肉が一瞬にして強張る。

そのせいで僅かに開いた口から、バリトンが裏返ったような声で呟いた。

「安東!!」

安東の謝った操作を是正すべく、反射的に両手が操縦桿に伸びた。

自分の名を呼ぶ高木の声は、前方に、そして接地寸前に機体の姿勢を正しい

ものにしようと全神経を集中していた安東にも、はっきり聞こえた。

すでにアプローチ・ライトは足元を猛烈な速度で流れていき、滑走路の先端

が目前に迫っている。

薄い霧を通して主翼、それにノーズ・ギアに取り付けられたランディング・

ライトの光が、黒い滑走路を闇の中に浮かび上がらせ始めた。

2008/01/22 00:46 - No.11

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安東はそこで初めて、なぜ高木が自分の名前を呼んだか、その意図をはっき

りと悟った。

高度が一段と低くなり、滑走路の在りかがはっきりと分かった時、自分の操

る機体が地面に対して平行の姿勢を取っていないことをはっきりと認識し

た。

「……どうなってんだ!!…」

安東の取れる行動は一つしかなかった。右に傾いたままの着陸。もちろん通

常の着陸でも横風の強弱、あるいは天候のせいで、片足接地はままあること

ではある。

しかしそこには自と許容範囲というものがある。

最終着陸姿勢に入ったところで、パイロットがバーティゴの状態に陥った1便

の傾きは、計器など見なくともその許容範囲を超えていることがはっきり分

かった。

今、この時点で出来ること。それは右に傾いた機の姿勢を水平に戻すこと。

それしかなかった。

「1 0 0 …」

高度100フィートを切るとオート・コールアウト・システムと呼ばれる装置が

自動的に読み上げる数値が、凍り付きそうな恐怖に駆られた三人の心情を無

視するように、、容赦なく機械的な音声で地上が迫ることを告げる。

「…5 0……4 0……3 0…」

そのコールが異常に早く感じる。

安東は機を水平にすべく反射的に操縦桿を左に倒した。しかしそれもこの時

点でのこととなると無駄な努力以外の何物でもなかった。

2008/01/22 12:29 - No.12

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旅客機の舵利きは戦闘機のように敏感なものではない。ましてや着陸前の最

低限の速度…言葉を変えれば制御された墜落状態にある態勢でのこととなれ

ばなおさらだ。

舵が利き始めるより以前に、1便は成田空港の34L(34番左滑走路のタッチダウ

ン・ポイントに正確に接地した。

しかしそれは主脚からではなく右の主翼からで、着陸速度まで落ちていたと

はいえ、十分な速度に加えワイドボディーの巨体の全重量がその一点にかか

った。

接地とともに右主翼の先端についたウィング・レットと呼ばれる小さな垂直

翼が激しい火花を散らしながら吹き飛んだ。

薄いジュラルミンで覆われた翼面が中軸を構成する主桁とともに上方にねじ

曲がり、主翼についたエンジンポットがアスファルトの滑走路に激突した。

2008/01/23 23:48 - No.13

PANAM★cSmIXG/EY5.

主翼だけならまだしも、このエンジンポッドの接地は機体に致命的な損傷を

与えることになった。航空機の機体の中でも一つの機能をはたす機関として

はずば抜けた重量を持つエンジンの接地の衝撃は、堅牢な翼の主桁をもって

しても、それを吸収することはできなかった。

落雷、あるいは爆発音のような凄まじい轟音がおき、一瞬の間に主翼をその

半ばから吹き飛ばした。

次に機体の全重量、接地の衝撃がすべてかかった右主脚が根元から折れた。

何も支えるものがなくなった機体はさらに右への傾斜を深くし、半ばまで折

れた主翼を根元からもぎ取り、そこを中心にループするように右に回りなが

ら機首の右前方側面から滑走路に激突した。

複雑な力学的法則に従って、胴体に無数の亀裂が入り、その幾つかの部分が

、まるで紙でできた筒を切り裂くような脆さで裂け、切断された。

腹のタンクにまだ残っていた燃料が一瞬の間に吹き出し、それは激しい火花

を散らしながら破壊していく機体に降り注ぎ、瞬間的に燃え上がった。

機体の裂け目から200キロを超える速度で放り出された乗客が椅子ごと、ある

いは腹部に固定したベルトから引きちぎられた不完全な肉体となって飛び出

していく。機体の破壊、そして爆発炎上は一瞬のうちに起きた。

オレンジ色の巨大な火の玉が闇の中に湧き起こり、それは霧に包まれた空港

の周辺を、不気味な光となって浮かび上がらせた。

コクピットの三人も、250名を超える乗員、乗客の誰しもが防御の姿勢を取る

間もなくジェイワールド1便は千葉の大地に激突し、衝撃と炎の中で、すべて

の人間の運命が同じフィナーレを迎えた。

2008/01/24 01:38 - No.14

藤岡まお★xY6dB/voEHM

おうぃっす!藤岡だ。来たぜ☆

なんか……すげぇ難しい用語とか知ってるな。

……PANAMさん、何歳???

俺のアリンコより小せぇアホな頭で

頑張ってなんとか展開を理解したよ。

凄い表現とか上手いな!

なんか……ハラハラする!!

飛行機、よく知らないけど……

俺、ついていくからなー(笑)

2008/01/24 20:51 - No.15

PANAM★cSmIXG/EY5.

藤岡まおサンへ
遊びに来てくれてありがとうございます^-^
僕ですか?高3です。まだ17ですけど^^;(今年から大学生w
表現良かったですか??頑張って考えているので(笑)
はらはらですかwまだプロローグですよ(笑)
今からがミソですw
ではっ

2008/01/24 23:24 - No.16

PANAM★cSmIXG/EY5.

2007年 12月23日  

東京都 世田谷区 山本邸

長いシャワーを浴びてバスルームから再び寝室に姿を現した時、山本麗子は

別の女になっていた。しっかり塗られたファンデーション、そして鮮やかな

赤の口紅。

ドライヤーで乾かしたばかりのブルネットのショートヘアー。ヴォリューム

を持たせた前髪の下、アイラインを入れた目の中で、頭髪と同色の瞳が理知

的な光を宿していた。

麗子はゆっくりとした足取りで窓際に向かうと、鏡の前に立った。

先ほど鏡に映し出された老いの兆候は、入念に施されたファンデーションが

隠してはいたが、二日酔いのせいで荒らされた肌までは完璧とは言えなかっ

た。

窓から昇り始めた太陽の光が差し込み始めていた。

麗子は一つの小さなため息をつくと、白いバスローブを脱ぎ捨てた。年齢の

割にはまだ張りのある乳房。子供を産んだ経験が無いこともあって、その先

端には柔らかなピンクの乳頭がその存在を誇示している。透けるような白い

肌の上を覆った体毛に光が反射し、柔らかなフレアーが全身を覆った。

その姿を目にすれば少しは気が晴れたかもしれなかったが、麗子はもう鏡を

見ることはなかった。

クローゼットの中から新しい下着を取りだして身につける。白のポロシャツ

にジーンズを穿き、最後にピンクのセーターを頭から被った。


2008/01/25 00:26 - No.17

PANAM★cSmIXG/EY5.

シャワーをたっぷりと時間をかけて浴びたというのに、口の中の嫌な感触は

まだ残っている。胃のあたりに澱のように溜まった鈍い感触…。

麗子は自分の体が外からだけでなく、内からも水分を欲しているのが分かっ

た。

2008/01/25 11:35 - No.18

PANAM★cSmIXG/EY5.

キッチンに向かうにはベッドルームから少しばかりの廊下を歩き、リビング

を抜けなくてはならない。朝のまばゆい光が差し込むリビングに入った瞬

間、昨夜のパーティーの名残の匂いが鼻をついた。

ピザのチーズの焦げた匂いに混じったペパロニのスパイシーな匂い。そして

グラスの中に残る数々のアルコールが入り混じった、べたつくような匂い

が、麗子の嗅覚を刺激する。

胸の奥に溜まった澱のような重い塊が急速に質量を増し、麗子は思わず顔を

しかめた。頭を振りながらそこを抜けるとキッチンに入る。大型の冷蔵庫を

開け、オレンジジュースの入ったボトルを取り出すと、二度、三度と振り、

底に溜まった中身をグラスにぶちまけ、一気にそれを飲んだ。

冷えたオレンジジュースが粘度を帯びた喉を通り、空っぽの胃の中に溜まる

のがはっきりと分かった。

「おはよう麗子!」

背後から山本省吾の明るい声が聞こえた。

気おつけなければならない兆しだった。この男が明るい声で話し出す時は、

何か企んでることがある時なのだ。

キッチンの窓からは、羽田を離陸して上昇していると思われる飛行機が見え

る。麗子はそれに視線を固定したまま、手にしたグラスをキッチンの上に静

かに置いた。堅い音がした。

その音と同時に振り向いた麗子の前に、黒のアルマーニのスーツに青のスト

ライプのネクタイを締めた省吾が、キッチンの入口に寄りかかるようにして

立っていた。

2008/01/26 02:07 - No.19

PANAM★cSmIXG/EY5.

九州男児でハードな酒を飲まず、タバコは一切吸わず、そしてエアロビクス

とジョギングを信仰する省吾の体は引き締まり、そして何よりもずば抜けて

いた。

要はパステルカラーが似合う男、ということだ。

オールバックにした黒髪が僅かに後退しているしているのが45歳になるこの

男の年齢を物語るすべてだった。

「今、お目覚めかな?」

省吾は茶色の瞳でじっと麗子を見つめたまま、目許に穏やかな笑いを浮か

べ、相変わらず明るい声で言った。

「ええ……」

「昨夜は珍しく結構飲んでたみたいだが……一体どうしたんだ?」

…どうしたですって?それはあなたが一番ご存じのはずよ。

麗子は、喉まで出かかった言葉を、ギリギリのところで飲み込んだ。

2008/01/26 02:23 - No.20

PANAM★cSmIXG/EY5.

「別に。飲みたくなったから飲んだ、ただそれだけよ」

……何が言いたいの?省吾、話があるんでしょう。早く言いなさいよ…。

「アルコールなんて、脳細胞をぶっ壊してまでも飲む代物じゃないだろう。

その様子じゃ昨夜だけでも細胞の50万程度はクラッシュしたんじゃないか

〜?」
そっけない麗子の対応など、省吾は一向に気にとめるふうでもない。

それがすでに破綻しかけている二人の関係を如実を物語っていた。

「これからオフィスに出なきゃならない。例のB-740のシステムのバグ取りが

予定より遅れているもんでね。クリスマス前だってのに出ている連中がいる

んだ」

世に出回っているコンピューター・ソフトウェアに、バグが存在しないもの

などありはしない。言うまでもないことだがコンピューターは魔法の小箱で

はない。

0と1の膨大な数字の羅列、その組み合わせによって予め決められた通りに動

くのだ。

そしてプログラムを組むのは人間である。

現代社会の最先端にあるテクノロジーの枠を集めたように思われるマシーン

の頭脳を作り上げるのは、絶望的な労力による人間の手作業という最も原始

的な方法なのだ。そしてそこには必ずバグが生じる。

膨大なプログラム、その記号の羅列の中から、入力という行為の間に生じた

人間のミスを探し出す。それは文字の入れ違いといったようにすぐに見つか

る場合もある。

あるいは「.」と「,」の違いといった、ともすると見落とすのが当然である

と思われるものも少なくない。しかし視覚的には明らかなバグでも、それを

エラーと認識する能力はコンピューターには備わっていない。この機械はバ

グもまた命令の一つとして忠実に再現しようと動くものなのだ。

2008/01/27 09:56 - No.21

PANAM★cSmIXG/EY5.

バグの掃除はソフトウェアが市場に出荷された後も続き、そしてそれは繰り

返される毎に発見が困難になる。まるで海辺の砂の粒を漏らす事なく数える

がごとく、永遠に終わることがない。

一つのソフトウェアのバグ掃除が終了するのは、それが市場性を失った時な

のだ。

B-740のフライト・コントロール・システムをチーフ・エンジニアとしてまと

め上げた麗子もまた、そうした現状を十分に承知していた。

2008/01/28 01:09 - No.22

PANAM★cSmIXG/EY5.

ボーイング社によって作り上げられたスペックを基に、フローチャートを書

き上げプログラミングする。そして度重なる改良、プログラミング、バグ掃

除……。テスト後に試作機にシステムが搭載されても、その繰り返しは終わ

ることがない。実際に路線就航するB-740がロールアウトしたときには、すで

にそのヴァージョンは「5」を超えていた。

「君は休んでいればいい。今日は僕一人でやるさ」

本来であれば麗子もまたオフィスに出向き、その作業を確認しなければなら

なかったが、省吾はそう命じなかった。

……要は、そこにいられるとかえって不都合だということなのね。どうせあ

の女もそこに来るんでしょう。三島亜弥……まぁいいわ、好きにすればい

い。

麗子は再び窓の外を見やると静かに頷いた。

2008/01/28 02:15 - No.23

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中級者に移動します。。

2008/01/28 23:02 - No.24

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