「未来への扉を閉ざされた科学技術」

未来への扉を閉ざされた科学技術

2010年4月5日(月)

世界に誇る「科学インフラ」が、なぜ「税金のムダ」なのか?

存亡の危機に瀕した日本先端科学の象徴「SPring-8」

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●「SPring-8」についての意見は約1300件

○事業仕分けの結果に賛成する意見はごく少数であり、例えば「今経済が困窮している中で、この事業がないと国民が困るとは思えない」、「多額の運営経費を投入する必要性の説明が不十分」といった意見。

○事業仕分けの結果に反対する意見がほぼ全てであり、例えば「我が国の科学の進歩に大きく寄与しており、実際に多数の利用実績・研究成果を上げていることから、引き続き現状の利用環境を維持していくべき」、「研究は予想できない部分がほとんどで、国は研究基盤を用意し、短期的な収支見込みだけでなく、長期的な視点で支援すべき」、「予算削減により、利用者の料金負担が高額になれば、研究者による利用は著しく困難となる」、「1/2から1/3の予算縮減では、施設の維持・運営自体が不可能になる」といった意見。

 5万件以上の意見が寄せられた事実は、「事業仕分け」の方法や結果に対して多くの国民が熱い意見を持っていることを意味している。このことも、「事業仕分け」の検証や評価が必要であることを物語っている。

予算縮減のビッグサイエンス続々

 ビッグサイエンス(大きな資源の投入を必要とするプロジェクト)に対する「事業仕分け」は、2009年11月25日にも第3ワーキンググループによって進められた(「事業番号3-15 国立大学運営交付金」)。この枠内で「事業仕分け」の対象とされた「特別教育研究経費」には、SPring-8と並ぶビッグサイエンスが多く含まれていた。どのような意見があったのだろうか。

仕分け人 プロジェクト分と、あと大学改革共通課題分というのがありますけども、事業の、大学の先端的取り組みと重なっているところはないんでしょうか。

説明者 特別教育研究経費、779億円がプロジェクト経費となっておりますが、このうちのかなり多くの部分はいわゆるビッグサイエンスでございます。ハワイの「すばる天文台」でございますとか、高エネルギー加速器研究機構の「B-ファクトリー」、あるいは東京大学宇宙線研究所の「スーパーカミオカンデ」、こういう日本にひとつしかない、世界にいくつしかないというところの・・・。

議事進行者 (発言を遮って)あのー、簡潔にお願いいたします。

 日本のビッグサイエンスに触れたのは、このわずか約45秒を含めて3分にも満たなかった。プロジェクトの名を挙げていくだけでも十分な時間ではない。それが「簡潔に」と強引に遮られ、議論すら行われなかった。そして結論。

議事進行者 「特別教育研究経費」については、予算要求通りが2名、廃止が6名、予算要求の縮減が6名となっており、結果にばらつきがあったものの、グループとしては「予算要求の縮減」ということでお願いしたい。

 「事業番号3-51」の配布資料には、「特別教育研究経費」にどんなプロジェクトが含まれているかの明確な記載がなかった。そのため仕分け人の多くは、予算要求の縮減が日本の先端科学にいかに深刻な事態をもたらすかを理解していなかったのではないか。ちなみに、仕分け人の3分の2は科学技術は専門外の人たちだった。

 この「特別教育研究経費」で「予算縮減」の対象とされた高エネルギー加速器研究機構(KEK)の鈴木厚人機構長(日本を代表する素粒子研究者)は、5日後の11月30日、「予算の事業仕分けに物申す」という声明を発表している。

 今回の事業仕分けで目につくことは実態把握の不十分さである。(略)ただ唖然とするのみである。議論と査定がまったく相関していない。なにを根拠にこのような査定に至ったのか理由を記すべきである。(略)「特別教育研究経費」は高エネルギー加速器研究機構において、共同利用・研究で使用される研究施設・装置の運転、維持、管理経費に使用される(略)。これらの大型実験装置・設備の運転によって、素粒子、原子核、物質科学、生命科学に関する世界を先導する研究成果、昨年のノーベル物理学賞に貢献した小林−益川理論の実証、数々の先端技術開発の成果がもたらされる。それに加えて、毎年、40〜50編の博士論文、〜80編の修士論文が国内外の大学院生によってまとめられ、大学院生は第一線の研究者として巣立って行く。特別教育研究経費“廃止”と査定した委員は、これらのことを理解した上での判断なのかどうか問いたい。事業仕分けを充実させるには反論の場を提供し、それに明確な返答をすべきである。その上で、良いものは良い、見直すべきものは修正するという仕分け作業過程を踏むべきである。



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著者プロフィール

山根 一眞(やまね・かずま)

山根 一眞ノンフィクション作家/獨協大学経済学部特任教授。1947年東京生まれ。獨協大学外国語学部卒。科学技術の現場をいきいきと伝えた週刊誌連載「メタルカラーの時代」は約17年、800回近く続き、単行本・文庫本23冊を出版。科学技術力への関心を高めた功績に対し東京クリエーション大賞で個人初の大賞受賞。1997年に提唱した「環業革命」(環境技術による新産業革命)で経済振興をと訴える講演は500回を超える。生物多様性の取材・執筆も精力的に続ける。7年にわたるNHKキャスター、2001北九州博覧祭北九州市館、2005愛知万博愛知県館、国民文化祭2005福井、各総合プロデューサー。宇宙航空研究開発機構嘱託、福井県文化顧問、日本生態系協会理事、日経地球環境技術賞審査委員、講談社科学出版賞選考委員、北九州マイスター選考委員のほか月探査に関する懇談会委員(内閣府)など政府関係委員多数。日本文藝家協会会員。著書に『環業革命』『メタルカラー烈伝温暖化クライシス』『賢者のデジタル』など多数。山根事務所


このコラムについて

未来への扉を閉ざされた科学技術

科学技術は世界の課題解決を実現して人類の幸福に寄与するためのものであり、目先の成果ばかりに目を向ければ道を誤る。また、企業や大学のみでは経済的な負担が大きすぎて手にできない施設や研究環境は、国が担うことで豊かな未来を築くことが可能となる。ところが、2009年11月に行われた「事業仕分け」では制度改革と予算廃止や縮減が混同された。結果として、日本の科学技術の未来を閉ざす危機を招いてしまった・・・。「メタルカラーの時代」などで20年以上にわたり先端の科学技術を取材してきたノンフィクション作家の山根一眞氏が警鐘を鳴らす。

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