乾電池4本を3本に減らすとエネルギー量はマイナス25%だが、乾電池4本で機能するラジオから電池を1本抜けば聴くことはできなくなる。マイナス25%は0%を意味するわけだ。SPring-8にとって「事業仕分け」の結論は、乾電池4本から1本、あるいは2本を抜いて運転せよということを意味したのである。
先進科学立国が「研究物乞い」?
「事業仕分け」の直後、私は心配のあまりSPring-8の現場を訪ねたが、消耗した表情の科学者や職員(職員の80%が研究系・技術系)たちにかける励ましの言葉も出なかった。では、国の科学振興策として建設に約1100億円を投じ10万人の科学者や技術者たちが利用してきた世界一の実験施設を「廃止」に追い込むとした「事業仕分け」の議論はどのようなものだったのか。
仕分け人 これ、日本の研究者がアメリカやフランスに行っても、タダで使えるわけですね。それだったらその、タダで使えるものなら、タダで使った方が。つまり、日本がなくても困らないんじゃないかと思うんですけど、それは、その、要するに、経済技術大国としてやっぱりそんなみっともないことはできないということなんでしょうか。
仕分け人 すみません、ちょっと乱暴な質問して良いでしょうか。このSPring-8がなくなるとどうなるんでしょうか。
仕分け人 いつ収益が税金に頼らなくてもやっていけるという試算になりますか。
(これら仕分け人の発言は1時間に満たないやり取りのごく一部に過ぎないが、こういうレベルの質問に対して説明者は言葉を失い、無言のままだった)
SPring-8の使用料は、利用者が実験終了後に研究成果を公開する場合は無料。成果を公開しない場合には1時間6万円(48万円/8時間)と規定されている。SPring-8のような巨大施設は、企業や一大学が建設・運用できるものではないからこそ、国が建設・運用しているのである。成果公開は無料、非公開は有料という思想は国際標準と言えるルールであり、供用開始時に導入されたもので、先進科学立国を目指す日本として見事な決断だと感銘したものだった。先進科学国だからこそできることだ、と。
このルールによって、海外の研究者たちもSPring-8を利用しており、サイエンス分野での国際貢献や交流促進効果も大きい。だが仕分け人たちは、ひたすら「自力で収入を図れ」と主張を続けた。地球深部の構造の解明は世界的な成果で、地震波の伝わり方に多くの知見をもたらしはした。だがそれは、「収入を増やす」成果ではない。人類文化に大進歩をもたらす科学的な成果であっても、「カネ」に結びつかないものは税金ではまかなえないというのであれば、日本の基礎科学は完全に崩壊する。先進国が政策として科学を捨てれば、世界史に記すほどの大事件になる。2009年11月の「事業仕分け」では、そういう認識に欠けていたのでないか。
SPring-8に限らず、運用方法や施設運営の制度を見直す議論が不要とは思わないが、それは短時間できるものではなく、また「税金のムダの排除」を目的とする「事業仕分け」の場で行うものではない。
それにしても「海外施設をタダで使えばいいではないか」「これがなくなるとどうなる」といった民主党の意見が世界の科学者たちにも伝わったことを思うと、日本人として何とも恥ずかしく、身が縮む思いがする。また、世界で「研究物乞いを続けよ」とは思っていても、公開の場で口にすべきことではない。
この「事業仕分け」で「説明責任を果たしていない」という批判を浴びたのが文部科学省だった(「説明責任」や「説明能力」については、意見も多いので後述する)。その文科省は「事業仕分け」直後から一般に対して意見を募集したが、実に5万3000件を超える意見が寄せられた。そのほとんどが「事業仕分け」に対する反論だったという。2010年2月16日に公表された「事業仕分け結果・国民から寄せられた意見と平成22年度予算(案)における対応状況」に、その内容が簡単に記されている。