「未来への扉を閉ざされた科学技術」

未来への扉を閉ざされた科学技術

2010年4月5日(月)

世界に誇る「科学インフラ」が、なぜ「税金のムダ」なのか?

存亡の危機に瀕した日本先端科学の象徴「SPring-8」

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中央管理棟から見たSPring-8の蓄積リング棟の一部。リング内の電子の“走行路”は超精密に制御されており、月と太陽による潮汐力で岩盤が伸縮する度合すら計測できる。(写真:山根一眞、2009年12月)
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 その放射光を取り出し利用するのが「ビームライン」。私は「蛇口」と呼んでいるが、その数は最大で62本。日本のみならず海外の研究者たちが目的に合った「蛇口」に試料をセットして、大発見を続けてきた。企業の専用ビームラインもある。放射光のパワーが6GeVを超える能力を持つ放射光施設は世界に3基しかなく、8GeVのSPring-8は完成から13年になるが、今も世界最強のナンバーワンだ。

蓄積リングから出る放射光を利用する「蛇口」をビームラインと呼び、その総数は最大62本で26本が共用利用ビームラインだ。全国の大学や企業研究者が利用している姿が24時間見られる。利用者数は常時200人に上る。(写真:山根一眞、2009年12月)
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円周約1.5kmの蓄積リング棟に並ぶ放射光の「蛇口」(ビームライン)。理化学研究所の7のほか企業や大学、研究所、台湾の研究機関などの専用が17。産学連合の新ビームラインも竣工した。(出所:理化学研究所)
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 利用希望者は多く、供用開始から約12年目の2009年6月5日には利用研究者がのべ10万人を突破したばかりだった。その利用は、「物質科学や環境科学、生命科学・医学利用などの学術利用のみならず産業利用、さらには文化財研究や犯罪捜査などに至るまで」幅広い。原子レベルで素材や医薬品などを設計するナノサイズのモノづくり時代を迎えているだけに、SPring-8への期待はより大きくなっている。

和歌山毒物カレー事件では、毒物混入のカレーと容疑者の自宅台所に残されていた超微量の亜砒酸が同一のものかどうかが分析された。同一の化学薬品でも製造日や製造装置によって混入する超微量不純物が異なるため、事件では両者の不純物が一致することが突き止められた。SPring-8はこのカレーヒ素事件で有名になったが、そのスクープ記事を書いたのは私だった。測定には2つのビームライン、「BL08W」と「BL39XU」が使われた(注・写真の場所ではない)。(写真:山根一眞、2009年12月)
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成果や評価とは裏腹に減り続けた予算

 では、SPring-8では「2分の1〜3分の1程度の縮減」がなぜ「廃止」を意味するのか。

 SPring-8は、国が、日本の科学技術の振興を図るため、あらゆる大学や研究機関が利用できる共用施設であることを定めた「特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律」(1994年施行)の対象施設だ。国会によってその利用促進が決議され、国が税金で支えると決めた施設だ。

 しかし、成果や評価の上昇とは裏腹に国は予算を減らし続け、2009年度は約75億円というギリギリの線で運用している。年間6000時間は運転可能で、利用者からの要望が強いにもかかわらず、現在は5000時間止まりである理由の1つが予算不足なのである。

 SPring-8の年間の電力使用量は約1億8400万kw/h(一般家庭4万9000軒分)、電力料金は約19億円に上る(2005年度)。ガスと水道の料金も1億円に近い。24時間運転だが、加速器やビームラインの調整や保守、消耗部品の交換などのため、年に数回は実験中止期間がある。中止しても巨大リング内部は真空を保ち続けねばならないため、電気料金などの「固定費」はかかる。リングは止めても、施設の運転や管理の人件費などの「固定的経費」も減らせない。

SPring-8共用の促進は国の責務として法律で定められているが、2000年頃からその政府予算は毎年削られ続けてきたにもかかわらず「税金のムダの削減」の対象とされた。(出所:理化学研究所)
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著者プロフィール

山根 一眞(やまね・かずま)

山根 一眞ノンフィクション作家/獨協大学経済学部特任教授。1947年東京生まれ。獨協大学外国語学部卒。科学技術の現場をいきいきと伝えた週刊誌連載「メタルカラーの時代」は約17年、800回近く続き、単行本・文庫本23冊を出版。科学技術力への関心を高めた功績に対し東京クリエーション大賞で個人初の大賞受賞。1997年に提唱した「環業革命」(環境技術による新産業革命)で経済振興をと訴える講演は500回を超える。生物多様性の取材・執筆も精力的に続ける。7年にわたるNHKキャスター、2001北九州博覧祭北九州市館、2005愛知万博愛知県館、国民文化祭2005福井、各総合プロデューサー。宇宙航空研究開発機構嘱託、福井県文化顧問、日本生態系協会理事、日経地球環境技術賞審査委員、講談社科学出版賞選考委員、北九州マイスター選考委員のほか月探査に関する懇談会委員(内閣府)など政府関係委員多数。日本文藝家協会会員。著書に『環業革命』『メタルカラー烈伝温暖化クライシス』『賢者のデジタル』など多数。山根事務所


このコラムについて

未来への扉を閉ざされた科学技術

科学技術は世界の課題解決を実現して人類の幸福に寄与するためのものであり、目先の成果ばかりに目を向ければ道を誤る。また、企業や大学のみでは経済的な負担が大きすぎて手にできない施設や研究環境は、国が担うことで豊かな未来を築くことが可能となる。ところが、2009年11月に行われた「事業仕分け」では制度改革と予算廃止や縮減が混同された。結果として、日本の科学技術の未来を閉ざす危機を招いてしまった・・・。「メタルカラーの時代」などで20年以上にわたり先端の科学技術を取材してきたノンフィクション作家の山根一眞氏が警鐘を鳴らす。

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