2010年2月22日9時50分
目を閉じて祈る中国人の信者=埼玉県川口市の「基督教国際福音教団」川口教会、福岡亜純撮影
牧師が4人の研修生に教えを説いた際、筆談した紙。イエスが十字架にかけられる場面を教えた=甲信越地方の教会、山根写す
キリスト教に救いを求める研修・実習生たちがいる。
東北地方のある教会。信者たちは1人の中国人女性のために祈り続けている。日本人牧師(55)は「素朴な笑顔が忘れられない」と話す。
女性は山東省出身。教会に近い港町の水産加工場で研修生として働いていた。2007年8月、初めて教会を訪れ、日曜ごとに電車でやってきた。礼拝中に涙を見せ、12月に洗礼を受けた。片言の日本語で「イエスさまが私と一緒にいます」と話していた。牧師は「重労働の中で、信仰が心の支えになってほしい」と願った。
しかし、翌年5月の礼拝を最後に女性の姿を見なくなった。牧師が、女性を受け入れていた水産協同組合の通訳に尋ねると、中国の送り出し機関との間に「宗教活動を禁止する」との取り決めがあり、教会に通い続けるならば「帰国させる。(送り出し機関に預けた)保証金も没収される」と女性に告げたという。
こうした取り決めで、中国からの研修・実習生は日本で宗教活動をできないことが多い。「劣悪な労働条件を、教会を通じて労働組合や人権団体に訴えられると困るからだろう」と別の受け入れ協同組合の理事は語る。送り出し側は、研修生らが日本でキリスト教などの信者になって戻ることも困る。
女性は現在、休日に港町の外に出ることを禁じられ、手紙の差出人もチェックされているという。牧師は「現代の日本で信教の自由に対するこんな抑圧が存在するなんて信じられない」と話す。
甲信越地方の山あいにある教会。野菜の収穫のために5月から約半年間滞在する中国人研修生4人に、日本人牧師(51)が昨夏、宿舎を訪れて教えを説いた。たまたま受け入れ農家がキリスト教徒だったため実現した。
4人はいずれも吉林省出身の男性。親類から多額の借金をして中国の送り出し機関に支払っており、毎朝暗いうちから長時間働いていた。筆談で教えを伝えると、熱心なまなざしで聞いた4人は「信耶蘇(シンイエスー、イエスを信じる)」と紙に中国語で書いた。
牧師は「日本の格差社会の最底辺にいる研修生は最も信仰を必要としているのではないか」と感じる。教会の付近の農村には、毎年多くの中国人研修生が来る。だが、日々労働に追われる彼らとは言葉を交わすのも難しいのが現状だという。
■「真の教え、中国に広げる」
日本の教会に通う華人たちは、信仰の制約を受ける中国の信者に思いをはせる。
華人教会の「基督教国際福音教団」川口、市川教会に通う山東省出身の女性(32)は07年、技術者の夫と北京から来日した。「日本ではこんなに自由に教会へ行けるのか」と驚いたという。
山東省の大学生時代、政府公認の教会に通った。拝金主義の風潮に嫌気がさし、「精神的なものを求めたい」と思ったからだ。信仰は深まったが、疑問も感じた。牧師が説教でしばしば「国家指導者に従いましょう」と言うためだ。「神の前では誰もが平等なはずなのに」
その後、夫の転勤先の北京に移り、知人の紹介で政府非公認の「家庭教会」を訪れるようになった。マンションの一室に約20人が集まり、会社経営者や大学教授もいた。警察に踏み込まれ、牧師は拘束された。場所を移して、びくびくしながら通った。
今は、自由に教会に通える。だが、礼拝しながら「自分だけ自由でいいのか」と思うこともある。
中国の憲法は信仰の自由をうたうが、中国人が自ら管理し、布教することを基本政策とし、キリスト教を含め政府公認の宗教団体だけが活動を認められる。政府公表の信者数は、プロテスタントが約1800万人、カトリックが約560万人。だが、非公認の家庭教会に5千万人以上がいるとみられる。ほかに、イスラム教を信仰する少数民族が約1800万人いるほか、仏教も1万数千の寺院を擁し、相当数の信者がいる。
川崎市の生命保険会社に勤める女性(48)は元人民解放軍少尉だ。北京の軍病院の看護師だった。
中国共産党員は原則的に信仰を持てず、解放軍の兵士も同様だ。だが、91年、妊娠中に技術者の夫が日本に単身赴任し、「不安だ」と軍の友人に話したら、聖書をくれた。毎日夜遅く、宿舎の部屋でそっとページをめくると、心が落ち着いた。
93年に夫を追って来日。教会に行き、熱心な信者になった。経済発展する中国を誇らしく思うが、「人間の欲望が丸出しになっていて危うさを感じる」。今年、大学受験の長女も幼いときから教会に通っている。経済を学びたいという娘に、「クリスチャンとしてのモラルにのっとり、国民誰をも幸せにする中国の発展の方法を考えてほしい」と願う。
東日本のある教会は90年代から中国の地方小都市に10以上の地方政府公認の教会を建ててきた。年に7、8回、中国を訪れる在日華人は「日本の教会と同じ話をしている」。「本当のキリストの教えを中国に広げたい」と思っている。
■不法滞在者も訪問
関東地方のある華人教会には、不法滞在の中国人もしばしば訪れる。不安から逃れたり、仕事の情報を得たりするためという。牧師は「入国管理局への出頭を勧めるが、無理強いはしない。神の救いを求める人を差別できず、教会に来ることを拒むこともできない」と話す。
犯罪にかかわった人もいる。福建省出身の女性(38)は不法滞在の後、日本人男性と結婚し、偽造キャッシュカードで現金自動出入機(ATM)から現金を盗み出していた。2年前に執行猶予付きの有罪判決を受けた。だが、信仰で立ち直ったという。「悔い改めれば神のゆるしがえられると知り、子どものためにも、もう一度やり直そうと決意できた」。信者からパートの仕事も紹介してもらった。
■仏教もよりどころ
仏教を心の支えにする在日華人も少なくない。
東京都新宿区にある仏教団体「慈済会」日本分会。台湾に本部がある。毎週日曜に中国語講座を開き、60人の子どもが学ぶ。過半数の子どもの親が中国出身者だ。
上海出身で貿易会社に勤める母親(42)は1年半前から小学校3年の長女(9)を通わせている。「中国語が上手に話せるように」という気持ちからだった。
長女が学ぶのを待つ間、講師から「他人を助けられる人は幸せだ」という教えを聞いて、心を動かされた。慈済会に入り、老人ホームを慰問したり、ハイチ地震の街頭募金に立ったりした。「会の活動に参加したら、いつの間にか仕事のストレスや疲れがとれていた。人が喜ぶことをすると自分も元気になれることに気が付いた」
東京都板橋区の東京仏光山寺。こちらも台湾に本山がある。法話などがある日曜日の集まりに約200人が参加する。5年前は中国出身の参加者は2、3人だったが、現在は40人を超える。台湾出身の尼僧は「私が話すよりも、参加者の仕事や生活の悩みを聞く時間のほうがずっと長い。華人の悩みの深さを痛感しています」と語る。(山根祐作)