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■失敗学で技術競争に勝つ! 期待されるナノテクノロジー 畑村 洋太郎 工学院大学国際基礎工学科教授 月尾 嘉男 東京大学大学院 新領域創成科学研究科教授 |
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IT革命、ヒトゲノム解析など最先端技術分野で米国に敗れ続けている日本にとって、今後の期待分野は「ナノテクノロジー」だ。しかし、ここでも米国などに追い上げられつつあり、楽観できない情勢になりつつある。ナノテクノロジーの第一人者である畑村氏は、日本ではプロジェクトにおける目標設定や連携のあり方が下手で、“戦略”が欠落していると指摘。過去の失敗から学び、その知識を幅広く共有化することの重要性を強調した。(進行:月尾嘉男氏)
【月尾 嘉男】 1990年頃から、日本と米国の間で、さまざまな技術開発競争が始まっている。その特徴は、第2次世界大戦と同じで、最初は日本が先行するが、やがて組織力で負けてしまうということの繰り返しである。 いまやIT革命が盛んに言われているが、1990年にすでにNTTが次の時代の通信戦略としてVI&P(ビジュアル・インテリジェント・アンド・パーソナル)計画を打ち出した。発表された当時、日本ではほとんど騒がれなかったが、米国はすぐに反応して新しい戦略NII(ナショナル・インフォメーション・インフラストラクチャー)を'93年に発表。結果的に日本を追い抜いていってしまった。 日本は米国に3年、ドッグイヤーで7倍に換算すれば、20年先行していたのに、負けた。それは、日本に大きな戦略がなかったからだ。 さらに、もっと先を行っていたのに負けてしまったものがある。ヒトゲノム 解析だ。 日本では、1981年に東京大学の和田昭充教授を中心に、ヒトゲノム解析に必要なシーケンサ装置を開発するための研究体制を整えた。その研究論文が出た頃に米国も慌てて体制を整えてきた。当初は、日本も科学技術庁や大手民間企業が予算を投入して研究が進んだが、途中で息切れしてしまい、予算を打ち切ってしまった。 昨年6月に、米クリントン大統領がヒトゲノム解析の98%が完了したと大々的に発表した。解析成果の内訳は、米国が67%、英国が22%、日本が7%、仏と独が2%ずつ、中国が1%となった。日本が'81年、米国が'85年 — それだけの先行期間があったにも拘わらず、やはり負けてしまった。 今後、期待される分野にナノテクノロジーがある。しばらく前までは、ナノ テクノロジーも日本が有利だと言われていたが、最近では「決して進んでいる国ではない」という調査レポートも発表され、また遅れ始めたとの見方も出始めている。はたしてどうなのかを議論したい。 【高橋潤二郎】 「見方を再編成する仕組み」 ■なぜナノテクノロジーか? なぜ、私がナノ・マイクロの世界の研究に携わるようになったか。 1966年に東大修士を出て、建設機械を作りたくて日立製作所に入社したが、2年で東大に戻って研究生活に入った。当初は、金属をひん曲げたり、くっつけたり、泥んこをちょん切ったり、そんな研究をしていた。ところが、いくら研究成果を発表しても、その成果を誰も使ってくれない。なぜ、使ってくれないのか。使わないほうが悪い。そんな気持ちでいた。 しかし、'85年になって、ハタと気がついた。誰も欲しくないものを営々と研究してきたのではないか。そこで、先を読んで、世の中が欲しがりそうな研究テーマに変えることにした。 目先、産業で注目されるのは情報通信。もう一つは生命と医療がある。両方に共通するのは「小さい」こと。これまでのごつくてデカイ装置を全部捨てて、小さい研究を始めた。 4年前には、厚生省が助成する公募型研究プロジェクトに採択され、医療や生命の分野で成果も出始めている。 ■ナノ・マイクロの世界と ナノ(n)、マイクロ(μ)のオーダーは、μが100万分の1、nは10億分の1。1μm(ミクロン)は、1000分の1mm、1nmは1000分の1μm。原子の大きさが、0.2nmくらいだから原子が5個くらい集まって約1nmになる。 小さいものを作るというと、すぐに半導体の技術を使うと思われがちだが、それだけではない。原子を積み上げていくやり方や、逆に大きなものを削るという方法など、種々な技術が考えられる。これからナノ技術で、どんなことが可能になれば良いのか。 典型的な形として、1辺が20nmのサイコロが規則正しく並んだ立体構造がある。これを作れるようになれば、世の中、全部が変わる。レーザーも、記憶のやり方、通信技術、すべてが変わると思って良い。この「20nm」という数字がキーだ。ちょうど従来型の物理学から量子力学に切り替わる大きさの世界で、古典的な力学では扱えなくなる境目である。 ■ナノ三次元構造物の組み立て 半導体の技術は、二次元的に小さく、安く、大量に作る技術として発達してきた。生命・医療の分野は、そうした技術だけでは足りない。ナノの世界で立体形を作る技術が必要となる。 それで作ったのが「ナノ・マニュファクチャリング・ワールド」という装置だ。現在も世界中でこれ1台しかない。小さな世界でも、普段、人間がやっていることと同じことができなければ、本当の技術にはならない。穴を掘る、ちょん切る、つまむなどの動作がすべてできる必要がある。 ミクロンオーダーになると、まず光学式の顕微鏡が使えない。電子顕微鏡で上と横から見て右と左のロボットを操作することになる。さらに、電子顕微鏡を使うには中が真空でないとダメで、真空チャンバーの中にロボットを入れて、人間は外からジョイスティックで操作するというシステムにならざるを得ない。約8年前に開発した。 スタート当初はほとんどドン・キホーテ的な研究だった。世の中に、上と横から見える電子顕微鏡もなければ、ベアリングなどの部品もない。何から何まで自分たちで作らなければならなかった。 4年前には、石英ガラスに50nmの幅で溝を切ることに成功した。なぜ、溝かと言えば、遺伝子の解析をやるため。塩基構造を読み取るのに、DNAをちぎって取り出し、遺伝子を真っ直ぐピンと張って溝に埋め込んで、直接読み取ろうと考えた。機械工学的なアイデアだが、相当いい線まで来ている。 ナノ技術で立方体のワイヤーフレームも作った。電子ビームを当てながら、真空の中で、カーボン原子を堆積させる方法で、1μmの立方体を作った。 「マイクロハウス」の組み立てでは、紫外線レーザーを使って部品を作り、壁を接着剤で組み立て、屋根は曲げ加工して乗せるという工程をとった。壁の厚さは50μm、全体の高さは1mmで、肉眼ではとても小さくて見えない大きさだ。 ■生命・医療分野への展開 生命・医療分野への応用研究は、脳科学や生体材料といった工学とは全然違う分野の研究者とチームを組んで、取り組んでいる。 染色体の中から切り出したDNAを酵素を使ってバラけさせたあと、鉤型の道具で引っ掛けて、引っ張り出すというもので、これもまさに機械工学的な発想だ。 この染色体の構造解析を行うために、「近接場光学顕微鏡」の開発にも取り組んでいる。現在は、10分の1μmくらいまで見えており、あと100分の1くらいまで分解能力を向上させたいと考えている。 ミクロンオーダーの研究では、化学分析用のオンチップラボに取り組んでいる。ガラスチップの上に反応回路を作り、レーザーの光で原子1個単位の反応を見るものだ。免疫の抗体反応を調べる場合、通常では結果が出るのに24時間かかるが、オンチップラボでは5分で済む。一般的に寸法を10分の1にすると、反応時間が100分の1に短縮される。これによって、手術しながら検査することが可能となり、手術のやり方が一変する。 難聴や目が見えないなどの原因には、音を電流に変換する一部の機能に問題があるなど部分的な障害が多い。これを調べるために、脳に張り付ける電極と、神経反応経路の追跡に関する研究を続けている。 生体と相性の良い金を使って、ポリイミドフィルムの基盤に電極を形成して脳に張り付け、刺激に対する反応を調べるもので、これもだいぶ成果が出てきた。 耳や脳など生体の力学特性に関する研究では、マイクロポンプを使って鼓膜に溜まった膿のようなドロドロしたものを強制的に掻き出す技術の開発に7~8年がかりで取り組んでいる。直径0.5mmの注射針の中に縒り(より)線を入れ、回転させることで、膿を掻き出すポンプを作り、臨床実験を重ねている。 これを、脳の腫瘍にも適用しようというアイデアも出ている。 ■これからのナノテクノロジー戦略 これまで取り組んできたのは、「ナノサイエンス」と言えるもので、理論と好奇心だけで何とか進めてきた。しかし、今後「ナノテクノロジー」の研究を進めていく上で、理論や好奇心も大事だが、“戦略”がもっとも大事だ。目標をキチンと設定して実現を模索していくことが大切になる。さらに、産業化するためには、連携も不可欠だ。 今後は「ナノテクノロジー推進体」といったものを組織して、企業や大学、官庁など全部が連携してやっていく必要がある。しかし、日本人は連携することも、目標を設定することも下手だ。日本の文化を変えていかなければ、何をやってもアメリカに負けてしまう。 ■『失敗学のすすめ』誕生秘話 5年前に、『失敗に学ぶ』という本(正式には『続々・実際の設計 失敗に学ぶ』)を出した。学生に対して「こうやるとうまくいく」とか、「こうやりなさい」と指導するよりも、「実はこんな失敗をした」と話す方が、学生もよく聞いてくれる。 研究室にOBが集まったとき、失敗だけを集めた本を作ろうということになった。42人が失敗の自己申告し、それを客観的に評価してまとめて出版してみると、実によく売れる。そのうち企業のエライ人まで密かに私を訪ねてきて、相談に乗るようになった。 宮崎駿監督のスタジオ・ジブリでも失敗の話を頼まれて話したときに出版社の人も来ていて「失敗学の本を書きましょう」という話になり、昨年末に出版することになった。 昨年は、科学技術庁にも呼ばれて、国家プロジェクトとして失敗知識活用研究会を立ち上げることになり、昨年8月から猛烈な勢いで動き出している。今年度で3億円ちょっとの予算がつき、失敗のデータベースづくりを5年かけてやることになった。 IT革命、ヒトゲノム解析と、技術開発競争で日本はアメリカに負け続けている。なぜ、日本は同じ失敗を繰り返すのか。 日本は、プロジェクトが過去にやった失敗を学んでいない。失敗は悪いこと、起こしてはいけないこと、許せないことであり、失敗したことを責め立てる。後始末のための報告書を作って一件落着はやるが、本当の意味で学び取ることはしていない。 米国は、同じことを繰り返さないために、まず事実をキチンと記述し、分析したあと、広く社会に認知させる。失敗の原因を知るために、司法取引や免責にも応じる。それによって得られた知識がありながら、キチンとした対応を取らずに失敗を繰り返せば、逆に懲罰的な賠償を請求される。 日本は、国民も失敗を恥じ、悪いという意識が根深い。しかし、人間は誰もが失敗する。それをいかに繰り返さないかが重要だ。 今、日本経済が10年間も停滞して、構造改革が必要だと言われているが、自分が変わることには抵抗する。本当は自分が変わることをやるしかない。そのときには誰もが失敗する。それを決して隠さないことだ。 第2回必修講義 テーマ/21世紀の先端技術 講師/畑村 洋太郎 (工学院大学国際基礎工学科教授) コーディネーター/月尾 嘉男(東京大学大学院新領域創成科学研究科教授) 日時/ 2001年4月26日 会場/アカデミーヒルズ(アーク森ビル36階) |
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