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日本医師会(日医)の新会長に、茨城県医師会長の原中勝征(かつゆき)氏が選ばれた。民主党とのパイプを生かした「政策実現力」を掲げての当選だ。
日医と言えば、自民党の強力な応援団として医療政策に大きな影響力を持ち、いわば名うての「圧力団体」と目されてきた。
その力が、今度は民主党に向かうというだけなら、政治と「業界」の関係のあり方は何も変わらないということになる。新体制が問われているのは、原中氏も言うように「国民を守る」ことに力を傾注する医師会に脱皮できるかどうかである。
政権交代後、日医は苦汁をなめた。診療報酬を議論する中央社会保険医療協議会から日医幹部が外されるなどし、組織内に不満や不安が募った。それが今回、原中氏を押し上げた要因といっていい。
原中氏は自公政権時代に導入された後期高齢者医療制度に反対し、昨年の総選挙では自民王国だった地元茨城で民主党候補を支援した人物だ。
就任後のあいさつでも早速、民主党との関係修復や、「強い医師会」の復活を掲げた。
しかし、政権与党と業界団体が太いパイプを築き、既得権を守るようなやり方はもはや時代錯誤である。業界が多額の献金や集票力にものを言わせ、政治がそれに応えて利益をばらまく。そんなことが許される状況ではない。
「医療崩壊」は深刻である。地域医療を立て直すには、医療現場にもっとお金も人も投入しなければいけない。
膨らみ続ける社会保障費と、国の厳しい財政事情を考えれば、大切な財源は必要度の高い分野にメリハリをつけて配分しなければいけない。
日医の主力をなす開業医の取り分をいかに増やすか、といった問題にかまけている場合ではない。
日医がこれからも国民の広い支持を得ていくには、これまで日医が後ろ向きの姿勢だと思われていたような政策にも進んで取り組み、日本の医療全体を考えていることをわかりやすく示すことである。
例えば病院への患者集中をどう解消するか。幅広い病気を診る力を持ち、初期の診療を担う「総合医」(家庭医)を多く育てることが有効だ。そうした医師を認定する仕組みをつくるのに積極的な役割を果たしてはどうか。
夜間、休日も対応してくれる開業医がもっと増えれば、病院の救急現場の負担ももっと減らせるはずだ。
医療事故を繰り返さないための原因究明や再発防止の仕組みづくり、看護師の役割の拡大などについても、踏み込んだ提言をぜひ聞きたい。
日医が「国民の健康と命を守る先頭に立つ専門家集団だ」と言うのなら、具体的な行動で示してほしい。
ミャンマー(ビルマ)の軍事政権は野党の声に耳を貸さないまま総選挙へ突っ走るつもりらしい。鳩山政権は手をこまぬいている時ではない。
20年ぶりに行われる総選挙に最大野党国民民主連盟(NLD)が参加しない方針を決めた。民主化運動指導者アウン・サン・スー・チー氏の選挙参加が認められないのが一番の理由だ。
スー・チー氏の求めに応じた自主的な決定だというが、NLDをそこに追い込んだのは軍政の側だ。
軍政は外国人と結婚したり、禁固刑に処せられたりしている者の選挙参加を認めなかった。たとえ自宅軟禁を解かれても、スー・チー氏が選挙にかかわる道は閉ざされてしまった。
NLDが選挙不参加を決めたことは、軍政にとって好都合だろう。5月初めに終わる政党登録までに、名ばかりの野党を含む親軍政党を多く作り、10月ごろと見られる総選挙で圧勝する。軍政はそんなシナリオを描いているに違いない。
もちろん、そのような総選挙は茶番以外のなにものでもない。
NLDが参加する自由選挙を行えば国民大衆の反逆が起きる。軍政が今抱く恐れは、自らの権力がいかにむなしいかを告白しているのと同じだ。
そもそも、この総選挙の仕組みには問題が多い。二院制となる国会の両院議席のそれぞれ4分の1は、軍人に与えられることが決まっている。議会が選ぶ大統領になれる資格は事実上、軍経験者に限られる。
軍政がこの国の安定と繁栄を本当に望むならば、今すぐスー・チー氏との対話を再開し、NLDの総選挙への参加に道を開くべきだ。またNLDはこのままでは解党される恐れがある。今後の戦略を練り直してもらいたい。
そのためにも国際社会からの働きかけが一段と重要になる。
冷戦時代、「反共」を掲げれば独裁政権でも西側諸国が支援した。イデオロギーによる陣営対立が消えたいま、独裁政権の理不尽に目をつぶり続ける義理は国際社会にはないはずだ。
それでも今日、軍政を支える国々がある。責任が大きいのは中国だ。天然ガスのパイプライン建設などで支援を拡大している。国際社会の中で存在感を増す経済力に見合った政治的影響力を得ようとするなら、軍政の延命に手を貸すべきではないだろう。
鳩山政権は、公正で自由な選挙の実施を自民党政権よりも強く要求してきたが、成果は出ていない。東南アジア諸国や中国との協議を深める。岡田克也外相を現地に派遣する。そうした踏み込んだ対応が必要だ。
形ばかりの総選挙ではこの国の民主化はさらに遠のく。軍政に自由を奪われて生きる5千万人の人々にとって、それはあまりに過酷なことである。