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ニッポン密着:入居50年の常盤平団地、増える中国人 高齢者と奇妙な連帯

 入居が始まって半世紀がたち、高齢者らの孤独死対策が喫緊の課題となっている千葉県松戸市のUR(都市再生機構)の常盤(ときわ)平(だいら)団地で、若い中国人入居者が増えている。多くは都内のIT企業で働く技術者だ。わが国の高度成長期に地方出身者があこがれ、その受け皿となった団地は、半世紀遅れで経済成長を遂げる中国から上流階層を吸い寄せ、日本人のお年寄りと働き盛りの中国人が顔を突き合わせる奇妙なコミュニティーができていた。【西浦久雄】

 コンピュータープログラマー、謝〓(しゃこん)さん(30)は妻(31)とともに07年に入居した。中国・江西省の農村出身。大学を出て上海に近い工業都市・寧波(ニンポー)で勤めた。やはり大卒後、別の会社に就職した妻とは同じビルで出会った。大学進学率1割未満の中国で、大卒夫婦は上流階層。月給6000元(約8万円)の謝さんは、生活に困ることはなかったが、知人の誘いで東京の中国系企業に転職。同じ仕事なのに給料は3倍になった。

 常盤平は同僚に紹介された。間取りは2DK。UR物件は外国人も入りやすく、都心に近い割に家賃が安い。だが、住み始めて違和感を覚えた。日本人の子どもを見かけず、お年寄りが重い買い物袋を提げて歩く。年長者を敬う儒教精神が残る中国では、子が老父母と同居して世話をするのは当たり前。高齢世帯が4割近くを占める団地は「異世界」だった。

 謝さん夫妻の部屋は4階建ての2階。1階には80代の日本人夫婦、3階には若い中国人夫婦が住む。謝さん夫妻が気にかけているのが、「キムラ」と名乗り4階に1人で暮らすお年寄りの男性だ。入居直後、階段の昇降に苦労する様子に「大丈夫ですか」と声をかけた。返ってくる言葉が分からず、最初は語学力の問題かと思ったが、後にキムラさんが初期の認知症と知った。

 記者が部屋を訪ねると、キムラさんはぼんやりと椅子に座っていた。78歳で約20年前に妻を亡くしたという。2人の息子は県内に住むが、1人暮らしが長く、足腰が弱って外出できない。頻繁に訪れるヘルパーと、たまに来る長男に頼らなければ生きていけない。

 キムラさんは卓上に数枚の白黒写真を広げた。幼い長男が笑いかけている。「息子には息子の生活がある。(自分は)大してふびんじゃない」。自らに言い聞かせているのか。室内に散乱する写真は、どれも家族のスナップだ。一緒に暮らしたくはないのか。長い沈黙の後、尋ねた私を初めて見返した。「そりゃそうだよ」

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 団地自治会は、次々と入居する中国人に最初は疑心暗鬼だった。中国では珍しくないベランダからのごみ投棄が問題となり、05年ごろ話し合った。団地社会福祉協議会の大嶋愛子会長(78)は「教養のある人が多く、礼儀正しい」と驚いた。中国語で書いたマナーを掲示すると、投棄はやみ、今では目立つトラブルもない。

 「彼らはお年寄りを大事にする」と団地民生委員も言う。ある棟では、30代の中国人主婦が80代の1人暮らしの日本人女性と親しく行き来しているという。主婦が食事をおすそ分けし、女性は孫を迎えるように「ありがとう」と喜ぶ。異国に住む不安と独居の寂しさを慰め合うかのようだ。

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 謝さんは常盤平に来て「孤独死」という言葉を知った。漢字から意味をくみ、故郷の親を思う。高齢化した夫妻の親を誰が世話するのか。「この問題に、中国も将来直面します」。一人っ子政策世代の夫妻の実感だ。

 秋には子どもが生まれる。中国から母親を呼ぼうと、松戸駅近くで分譲マンションを探している。

 ■集会所に「日中友好サロン」計画

 UR(都市再生機構、旧日本住宅公団)は高度経済成長が本格化する1960年代、首都圏に流入する地方出身者向けの大規模団地を次々と建設した。60年に入居が始まった常盤平団地(5359戸)はその草分けだ。URが現在管理する物件数は全国で約77万戸。

 当時、「公団住宅」と呼ばれて人気を博したが、今は居住者の高齢化が著しい。常盤平では01年、死後3年の白骨化した男性の遺体が発見されて社会に衝撃を与え、「孤独死」という言葉が生まれた。同団地の孤独死は08年度10人を数える。

 こうした団地に近年、外国人の入居が増えている。URの調査では全入居者に占める外国人の割合は03年1.57%に対し07年2.56%と、4年で1.6倍に増えた。常盤平団地では09年末現在10%強とその割合は高く、埼玉県川口市の芝園団地のように30%を超える団地もある。

 外国人の中では中国人の急増が目立っている。生活習慣の違いから日本人の居住者と摩擦を生むケースもある。常盤平団地の自治会は、居住者の融和を図るため、団地集会所に「日中友好サロン」を設けることを計画。中国人入居者にも運営に参加してもらい、全国の団地のモデルケースにしていく考え。

毎日新聞 2010年4月4日 東京朝刊

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