20年程野球をやっていても、経験したことのないことって結構あるんですよね。俺自身も意外なことで、実はフォークボールを投げるピッチャーと対戦したことがほとんどないんです。茨城での練習試合で、決め球にフォークを投げるピッチャーがいましたが、その一度だけです。初めてバッターボックスに立った時は本当に消えたように見えました。
近年でこそ高校野球の変化球にフォークは珍しくはなくなりましたが、俺の頃はあまり見かけませんでしたね。ストレートとカーブという時代から、スライダー全盛の時代に変わり、そしてフォークすらも普通の変化球として加わってきています。
近年でこそ高校野球の変化球にフォークは珍しくはなくなりましたが、俺の頃はあまり見かけませんでしたね。ストレートとカーブという時代から、スライダー全盛の時代に変わり、そしてフォークすらも普通の変化球として加わってきています。
高校生がフォークを投げるというのは、正直俺はあまり好まないんですよ。上手く言えませんが…
以前も書きましたが、フォークを覚えさせるくらいならシュートを覚えさせるべきです。スライダーを投げられるなら尚更。確かに縦の変化をつければピッチングは飛躍的に伸びるでしょう。ただ、安易に縦の変化に走っていいものか。フォーク以前に、スライダーですら縦の変化球です。そこに「真っ縦」のフォークを加えるのもねぇ…
それよりは、シュートを習得して「左右」のピッチングを広げた方が将来的にいいのではないか、という思いがあります。フォークに走るのはそれからでも遅くないのでは、と思います。
『「ホントのウソ」の野球論』に於いて、小野平氏は以下のように述べています。
まぁこれは高校野球の指導者としてのあり方について書かれた章なので、これをそのまま当てはめることはできませんが、それでも(必要がないとは思いませんが)覚えるべき順序というものがあると思います。
ただ、そんな俺でも高校生のフォークを肯定的に、そして心躍らせたピッチャーがいました。
「佐々木康太」
知っている人は知っているでしょう。第83回(平成13年)夏の選手権大会に、習志野高校のエースとして甲子園のマウンドに上がったピッチャーです。
この佐々木というピッチャーが他のピッチャーと大きく違うのは「フォークピッチャー」ということ。佐々木にとってフォークは決め球ではなく、通常の変化球でした。その精度は高校生レベルでは凄まじいものがあり、「カウントを取るフォーク」「打たせるフォーク」「空振りを取るフォーク」を見事に操っていました。初球からも投じるし、カウント球としてもフォークを投げる。まさに「駆使」していたのです。
高校生のフォークにあまりいい思いを持っていなかった俺でも、その凄まじいまでのフォークピッチングを目の当たりにした時は衝撃を受けたものです。
あぁ、といっても半分以上はストレート(130km/h台)だったと思いますよ。それでもフォークの印象しかないくらい凄かった。ある意味高校レベルでは完成されたピッチャーだったと思います。
「新生・習志野」として14年振りに戦国千葉を制し、甲子園でも尽誠学園、明徳義塾という四国の名門校を撃破。全国でもそのフォークは注目され、「習志野の大魔神」と呼ばれたもしてましたね。もちろん大会後には高校選抜にも選ばれています。
注目されていた進路は、誰もが予想していなかった市役所就職。
「自分の実力ではここが限界。ここまで来れたのは地元の皆さんのご支援があったからこそ。だから、これからは地元に恩返しをしたい」というその言動に、大学でヘラヘラ遊んでいた自分が情けなくなったものです。
あれから5年――
そろそろ江川卓の「ストレートとカーブ」というような、シンプルなピッチャーが見たくなってきた今日この頃です。
以前も書きましたが、フォークを覚えさせるくらいならシュートを覚えさせるべきです。スライダーを投げられるなら尚更。確かに縦の変化をつければピッチングは飛躍的に伸びるでしょう。ただ、安易に縦の変化に走っていいものか。フォーク以前に、スライダーですら縦の変化球です。そこに「真っ縦」のフォークを加えるのもねぇ…
それよりは、シュートを習得して「左右」のピッチングを広げた方が将来的にいいのではないか、という思いがあります。フォークに走るのはそれからでも遅くないのでは、と思います。
『「ホントのウソ」の野球論』に於いて、小野平氏は以下のように述べています。
例えば、プロ野球の変化球投手が7種類のボールを投げ分けると表現されて話題になったとします。俗にいう7色の変化球です。しかし、正味3年間もない高校野球で多くの変化球を自分のものにできるでしょうか。せいぜい2,3種類を投げるのが精一杯です。その変化球ですら、完璧かどうか怪しいものです。それでも教えるということは、指導者の技術論のひけらかしと思われても仕方ありません。(中略)
高度なプレーができなかったら、甲子園に行けないのか。いや、行けるのです。そして、しっかり勝つことだってできます。(中略)
高校野球には高校野球の技術指導があるのです。
まぁこれは高校野球の指導者としてのあり方について書かれた章なので、これをそのまま当てはめることはできませんが、それでも(必要がないとは思いませんが)覚えるべき順序というものがあると思います。
ただ、そんな俺でも高校生のフォークを肯定的に、そして心躍らせたピッチャーがいました。
「佐々木康太」
知っている人は知っているでしょう。第83回(平成13年)夏の選手権大会に、習志野高校のエースとして甲子園のマウンドに上がったピッチャーです。
この佐々木というピッチャーが他のピッチャーと大きく違うのは「フォークピッチャー」ということ。佐々木にとってフォークは決め球ではなく、通常の変化球でした。その精度は高校生レベルでは凄まじいものがあり、「カウントを取るフォーク」「打たせるフォーク」「空振りを取るフォーク」を見事に操っていました。初球からも投じるし、カウント球としてもフォークを投げる。まさに「駆使」していたのです。
高校生のフォークにあまりいい思いを持っていなかった俺でも、その凄まじいまでのフォークピッチングを目の当たりにした時は衝撃を受けたものです。
あぁ、といっても半分以上はストレート(130km/h台)だったと思いますよ。それでもフォークの印象しかないくらい凄かった。ある意味高校レベルでは完成されたピッチャーだったと思います。
「新生・習志野」として14年振りに戦国千葉を制し、甲子園でも尽誠学園、明徳義塾という四国の名門校を撃破。全国でもそのフォークは注目され、「習志野の大魔神」と呼ばれたもしてましたね。もちろん大会後には高校選抜にも選ばれています。
注目されていた進路は、誰もが予想していなかった市役所就職。
「自分の実力ではここが限界。ここまで来れたのは地元の皆さんのご支援があったからこそ。だから、これからは地元に恩返しをしたい」というその言動に、大学でヘラヘラ遊んでいた自分が情けなくなったものです。
あれから5年――
そろそろ江川卓の「ストレートとカーブ」というような、シンプルなピッチャーが見たくなってきた今日この頃です。
この記事へのコメント
>江川卓の「ストレートとカーブ」というような、シンプルなピッチャー
それは私も見たいですが、高野連が金属バットを捨てない限り無理でしょうね。
それは私も見たいですが、高野連が金属バットを捨てない限り無理でしょうね。
2006/11/02(木) 01:04:28 | URL | wall #6/PrHVm2[ 編集]
>wallさん
金属の打ち方が染み付いている選手は、大学や社会人、プロに進むと木製に大層苦労すると言います。
つまり、それぐらい金属バットは反則道具に近いということなわけですね。
「楽してフォークに走る」というのは、「楽して飛ばす」という金属バットと同義なのかもしれません。
椎名先生は「木製に進んでも大丈夫な打撃」の指導を心掛けているそうです。
「上に進んでも大丈夫な投球の基本」という指導を、世の指導者に求めたいですね。
金属の打ち方が染み付いている選手は、大学や社会人、プロに進むと木製に大層苦労すると言います。
つまり、それぐらい金属バットは反則道具に近いということなわけですね。
「楽してフォークに走る」というのは、「楽して飛ばす」という金属バットと同義なのかもしれません。
椎名先生は「木製に進んでも大丈夫な打撃」の指導を心掛けているそうです。
「上に進んでも大丈夫な投球の基本」という指導を、世の指導者に求めたいですね。
2006/11/02(木) 21:46:11 | URL | くっきー #-[ 編集]