莫大な負債を抱える赤字の船。その運営者である第三セクターを、神戸市があの手この手で支援する実態が明らかになりました。なぜそこまでして赤字の船を守るのか? その根底にあるのは、神戸市が抱える『重い荷物のツケ』でした。
■船の延命を続ける市の思惑とは
神戸市の外郭団体による赤字船の累積債務は、167億円。市民の金も注ぎ込まれる中、行政への疑問の声も上がる。船の名は『ベイ・シャトル』。神戸空港と関空とを結ぶ、連絡船だ。
3月3日水曜日、午前6時30分。
早朝の神戸空港の船着場で、不振という船の現状を観察した。始発の客は、定員110人に対し56人だ。
記者「まもなく、朝一番の船が神戸空港を出港するようです。お客の数はかなり多そうです。朝1番の船はわりと混んでいるようですね」
神戸空港北側にある船着場と関西空港島を往復する『ベイ・シャトル』。昨年実績で単純計算すると、1便あたりのコストは62000円弱で、乗船料1500円で割ると42人が料金を払えば黒字になる。
この日、午前7時15分の便の乗客は60人。2万8318円(無料客は除く)の黒字だ。
記者「これなら採算がとれている計算になりますね〜」
この日、関空へ向かった始発から5便を計算すると・・・。
第1便:2万2318円の黒字
第2便:2万8318円の黒字
第3便:5818円の黒字
第4便:2818円の黒字
第5便:1万1818円の黒字
順調な滑り出しで、赤字船は噂に過ぎないと思われた。
ところが・・・。
記者「11時の便の搭乗が始まっていますが、かなり減ってしまいました」
乗っているのは24人で、この便は2万5682円の赤字だ。
続く、午後0時の便では・・・。
記者「乗っているのは20人ですから、乗船率は1割台になってしまいます」
計算によると、ここでも3万1682円の赤字。
そして、午後1時の便では・・・。
記者「かなり空席が目立ちます。20数名といったところでしょうか」
実際に乗っていたのは19人。3万3182円の赤字で、この後も客足は伸びず、客がわずか8人という船すらあった。
この日の全32便の収支はトータルで、およそ54万円の赤字だった。
不振の原因といわれるのは利便性。三宮からの移動なら、まずはポートライナーに乗り、20分でひとまず神戸空港駅に着くのだが、駅から船着場までおよそ400メートルも歩くことになる。
【神戸空港駅を利用している人は・・・】
「荷物を持って歩くのが大変」
「ちょっと遠いのが利便性よくない。5分は歩かないといけない」
船着場までの無料シャトルバスも走るのだが、便数は1時間に2〜3本と少なく、重い荷物を引きずりながら、長い道のりを歩く客も珍しくない。
そして、乗り込んだ船『ベイ・シャトル』でおよそ30分の移動。ところが、着いた関空島でもまたバスに乗り換え、ようやく空港に辿りつくのだ。
2006年の就航以来、下記の通り、船事業は毎年億単位の赤字を計上している。
2006年度:4億6090万6882円の赤字
2007年度:4億7087万9953円の赤字
2008年度:3億1055万5804円の赤字(一般管理費除く)
運営は、神戸市が役員を派遣する第三セクター『海上アクセス』だ。
この会社は、関空が開港した1994年にも船を走らせたが、利用は低迷。市からおよそ99億円を借りたまま、船の運行を停めた。
しかし、2006年7月の神戸空港開港に合わせて船は復活。市は莫大な貸付金を「41年かけて返してもらう」と説明していた。
当時のインタビューで、神戸市矢田達郎市長はこう答えていた。
矢田「収支予測を安定的なところに置いている」
記者「神戸市民は大船に乗ったつもりでいい?」
矢田「努力はせないけませんけど」
現在の貸付金は100億円以上。現実は、さらなる金を貸す結果となった。
森井「神戸市の方には『事業計画が甘いんじゃないですかね』と」
船が再開した当時の社長、森井章二氏。民間出身の彼には、共に経営に臨む神戸市の甘さが馴染めなかったという。
森井「事業をするためには、事業のためのリサーチをしますよね。それが充分ではなかったと思います。やっぱり印象としては再開ありきで、モノを進めてるって感じはあります。『ナンボなんでも、この需要見込みは甘すぎるやろ』と。けれど、行政の方は資金がショートすれば倒産ということをおわかりになってないみたいで・・・」
だからこそ、民間出身社長が甘さを改善すべきでなかったのか?
森井「社長は経営資源を全部把握してなきゃならない。あるいは、自分で計画を立てていかなきゃならないわけですよね、予算にしても。でも、全てが神戸市の中で行われて、我々は事後報告で承認するのが、実際の形です」
記者「社長とは名ばかりじゃないですか?」
森井「名ばかりですよ、正直言って。自分の力不足という点は認めざるを得ないです」
記者「限界も感じていた?」
森井「それはね、力量の限界と、環境の限界と・・・」
そんな問題含みの会社が、なぜ存続できるのか。入手した資料には、実質経営するという市が、身内を支援する策が記されていた。
記者「広い駐車場に車がずらりと。たくさん停まっていますね」
船着場周辺の駐車場。海上アクセスは、この土地を神戸市から借り、『船の利用者は何日停めてもタダ』という破格のサービスで客を集める。
【駐車場の利用者らは・・・】
(Q.船を使う理由は?)
「駐車場無料になるから。それが魅力ですわ」
「駐車場がかからないから」
実はこれ、企業努力に見えるがそうではない。神戸市は、本来もらうべき土地の賃料、年およそ2800万円を全額免除しているのだ。
そして、さらに・・・。
記者「これが海上アクセスの管理する駐車場です」
神戸市の土地を使った、駐車場事業。全9ヵ所の駐車場収入は、+約2億700万円(一般管理費除く)と、本業に匹敵する。海運業の赤字である約3億1000万円(一般管理費除く)を埋め合わせるのだが、3つの駐車場は、通常市が定める半値以下で土地を利用していた。
記者「『海上アクセス』の方ですか?」
警備員「じゃないです。下請けの警備会社の人間ですので」
記者「管理を委託されている?」
警備員「という形です」
警備やゲート管理などは外部委託で、「丸投げでは?」との問いに、海上アクセスは「担当2人を中心に、マネジメント全般をやっている」と否定した。
神戸市によると、これらの土地に民間業者の入りこむ余地はない。
【神戸市みなと総局 田上勝清部長】
(Q.別の株式会社が出てきたときに、参入の余地はない?)
「多分、同じ条件では難しいと思います。海上アクセスが使っていることは、支援ですから尊重します」
(Q.海上アクセスを優先するということですね?)
「いつまでもじゃないですよ。一定の目的(負債の解消)を達成するまでは支援をしましょうということですから
そして直接的な支援として市が毎年注ぎ込む億単位の補助金。2007年度から2009年度までの補助金累計は5億6000万円にも上る。いわば、金を取り立てる相手に金や資産を融通しているという構図なのだ。
【神戸市民の反応は・・・】
「やめたらよろしいやん。行政の怠慢だよ」
「(船を)なくしたらいいんじゃないですか? 神戸市の財政も苦しいって言ってるので・・・」
財政を圧迫してまで、なぜ赤字の船を走らせるのか。議会でも繰り返されるこの問いに、市はこんな説明を繰り返す。
【神戸市予算特別委員会 3月8日より】
「利便性の高い公共交通機関であるとともに、関西3空港懇談会などでも、『空港連携の象徴事業』として・・・」
「3空港懇談会においても、『空港の連携象徴事業』として・・・」
確かに、2004年7月、関西3空港懇談会などが神戸市に対して運行の廃止されていた船を復活させるよう求めた。だが、それは神戸市民のためというより、苦戦する関西空港の支援策として、だ。
パートナーたちは本当に船を必要としているのか?
【兵庫県 井戸敏三知事】
(Q.兵庫県は『ベイ・シャトル』について、痛みを一緒に分かち合うような考えはありますか?)
「どこまでの協力をするかしないかっていうのは、今までも、県として空港の運営自体に協力をしてきているから。何でも助ければいいって話じゃないでしょ」
【大阪府 橋下徹知事】
(Q.大阪府としても、是が非でも必要な装置とお考えなんでしょうか?)
「今は必要ないでしょ。今はね。こんな状況で赤字のまま抱えてる必要は、別にないんじゃないでしょうかね。ただ民間業者がやってるんであれば・・・」
(Q.神戸市の第三セクターなんですが・・・)
「三セクですか。そしたら、もういらないんじゃないですか。大阪府だったらすぐ中止にしますよ」
『空港連携の象徴』とは思えぬ、冷たい扱い。赤字の船を抱える理由にならないのではないか。
神戸市を批判する市民団体は、市の抱えるある重荷こそが、船を続ける真意だと言う。
【市民団体『神戸再生』 高田富三さん】
「神戸空港は、財政的な問題があると思うんです。『海上アクセス』がある限りは、関西空港と(神戸空港が)一体である。あわよくば、関空が国からの支援を受けた時に、『神戸も関空の一部だから、同じようにして欲しい』、『コバンザメみたいに、関西空港にひっついていく。一蓮托生や』と」
(Q.国から神戸空港への支援を引き出したいと?)
「そういうことですね」
曰く、国が抱える関空への貢物。国に見離されるわけには、いかないのだ。我々が取材したある神戸市の議員は、かつて国交省幹部にこう告げられたという。
『関空の邪魔をしたら、神戸は潰す』
神戸市の矢田達郎市長を直撃した。
記者「毎年、赤字を出してずっと続けている理由は?」
矢田「利用者利便という点が、まずありますよね。やはり関西の浮揚という面もあるからということで、関係協議会の中でもそういう方向でやろうということになったわけですね」
記者「大阪府だったら即刻やめると言っていますが・・・」
矢田「やはり今までの経緯があるんですよね。『ベイ・シャトル』の前に『K−JET』が走っとって、その時に相当な経費が必要になって、その累積が今あることは確かですね」
記者「連携の象徴っておっしゃいますけど、パートナーの大阪府も国も、そこまでして思ってないのでは?」
矢田「それはあんたが勝手に思とんのやろ」
記者「何に気を遣っているのですか?」
矢田「もうええ」
記者「もう1回、市民を置き去りにしてないかもう1回考えるべきでは?」
矢田「・・・」
3月25日、神戸市議会最終日。
議長「賛成多数で可決いたしました」
今年度もまた、神戸市は『海上アクセス』に補助金約9600万円を支払うことを決めた。市民にとって、『必要不可欠な都市装置』なのだという。