20100402
■[しごと]これは人を指示できるバイトの育成法であって俺の趣味ではない
今日の登場人物は、この春高校2年生になるバイトの女の子です。小柄でほっそい体型ながらも意外に体力があって、週5でバイトやってもばてない。「仕事とかけっこう好きなんですよ!」と言ってくれるし、実際、仕事で手を抜くようなこともない。負けず嫌いで一度ミスったことは絶対繰り返さないように注意するし、声もよく出るいい子です。
ただしオタ。
まあそれはいいんだけど、視野が狭い。自分に与えられた仕事は熱心にやるし、気がついたことはどんどんやってくれるんだけど、店にはもう1人、ないし2人は働いてる人間がいる、ということをほとんど意識していない。
うちはコンビニなんですが、コンビニの仕事というのは、忙しい時間帯は、次から次へとやってくるお客さんのさまざまな要求(もちろんレジもそうですし、コピーなんかのカスタマーサービスもそうです)をこなしていくことであり、ヒマな時間帯には崩れた売場を立て直すことです。いずれにせよ、トータルとして「店」というものを少人数で維持していかなければならない。そのときに、アルバイトどうしの連携が取れていないというのは、かなりきついです。
まして、その女の子もバイトを始めて1年が経過して、これからは新人さんにある程度仕事を教えていく立場になります。単体の仕事ができても、指示できない、相手のやっていることを見ていない、では、トータルとして店を守るにあたって能率が悪くてしかたない。うまいこと分業しつつ、かつ連携しつつやっていく。特により仕事ができるほうは、店全体を広く見渡したうえで、「いまこの瞬間」に必要とされている作業を見出し、うまく割り振っていくことが必要となります。
で、そのバイトの子には、いまのところ、その能力がない。
となれば、教えるしかないわけです。
つーわけで、今日のテーマは大雑把に括ると「少人数のチームで、定型化しづらい雑多な業務をこなさなければならないときに、そのチームを統括するリーダーを育てるための、ごく初歩的な技術」ということになるかと思います。
前提としていくつか。まず、コンビニっていう業態ですんで、ほかの業種に応用効くかどうかはわかりません。そしてもうひとつ。店長の俺は、だいたいいつでも店にいる人間だということ。あと俺が「怒らない」トップであることも前提になってます。
やりかた自体は、ひょっとしたらどこにでも転がってるようなものかもしれないんですが、俺自身は、あんまりこういうやりかたしてる同業者の話を聞いたことがないです。なので、いちおー紹介。参考になるようならしてください。
どうせ俺のテキストは長くなるので、最初にまとめておきます。
早い話が、組織のトップ(この場合は店長の俺)が、まったく無能なバイトとなって、これから教育をしようと思うバイトの子に指示を出させる、というものです。
もちろん無能といっても、レジに立って唾液流しつつ「えろげやりてー」とかゆってたら話にならないわけで、前提条件をつけます。
・俺はレジだけは完璧にこなせる無能なバイトだ。指示がなければなにもできない。ただし、指示をされればその仕事は確実にできる。しかしどれくらい時間をかけていいかわからないので、その指示も出さなければ俺はいつまでも完璧を目指して同じ仕事をしつづける。
・店全体を見回して「やらなければいけない仕事」とかのことも考えない。定時で上がることも考えてない。
・ただし、仕事がないと「ひまだー」って騒ぐ。
そういう条件です。つまり、ロールプレイみたいなもんです。この場合、俺に教育されるバイトが考えなければならないことは「時間までに仕事を終わらせること」「そのためには、仕事をどう組み立てていけばいいかということ」「クソ忙しくて複数の業務が同時に殺到した場合、瞬間的にどう役割分担すればいいかということ」「もう1人のバイトがなにをやってるか常に見ていること」などになります。
バイトの子は、通常の自分の業務をこなしながら、常に店全体のことを意識しなければならなくなる。しかも意識しないと俺はヒマになりますから、そのときには「ひまだー」という抗議の声まで来る。
というやりかたです。けっこう昔からやってて、効果はあると思ってます。
理屈はこんな感じなので、ここまで読めば充分です。以下は実際にやってみたなかでのやりとりとか。ここからが長い。ここでやめときゃいいのに。
というわけで、バイトの子ですが、仮にSさんとしておきましょうか。俺の日記に登場するバイトは、みんな女の子で、みんなSさんですが、実際に女の子ばっかでSさんばっかりなんだからしかたないです。
で、そのSさんですが、身長はゆのっちと同じくらいです。実際にゆのっちいたらこれくらいなんだな、と思うとちっこくてびっくりして陶然としますが、俺はフィクションと現実を混同したりするような愚かな人間ではないので、144.5センチとかいう数字になにか意味を見出すものではありません。ねえっつってんだろ。
で、今日はSさんと俺がシフトでした。
「今日はねー、Sさんが俺を指示する係」
「え?」
「俺は無能のバイトになるよ。レジだけは完璧にできるけど、あとなんにもできないバイト。Sさんが指示してくれないとなにもできない。いくら俺をこき使ってもよし」
「……え、どういうことですか?」
「Sさん、バイトしてるとき、ほかの人の分まで仕事やっちゃうでしょ」
「……はい。え、わかりますか?」
「わかんねーわけねーだろ……」
「え、だって、自分でやっちゃったほうが早くないですか?」
「かもなー。俺もそのタイプだし。でも、Sさん、飲料の発注にもっと時間かけろって俺に言われたけど、時間とれる?」
「一緒に入る人によっては」
「つまりそれって、場合によっては時間とれないってことだよな。それで発注のレベルが変わる。それがまずいのはわかるでしょ。毎日地道に稼いでなんぼ。100円多く売るのに執念持てって言ったよね」
「はい」
「それに、Sさんが仕事みんなやっちゃうと、もう1人の人は、自分なんにもやらなくていいんだ、って思うようになっちゃうよ。いまはそれでもいいけど、新人さんが入ってきて、自分が教える立場になっちゃったらどうする?」
「あー、それは……え、私教えるのとか無理なんですけど」
「いきなり話終わらすなよ……」
「え、終わってないですよ!」
とりあえず納得いかないと口に出すらしい。
「終わっとるがな。とにかく。Sさんはもっと自分の時間をとらなきゃだめ。今日のは、そのための練習。Sさんの仕事は、店全体のやらなきゃいけないことってのを頭に入れといて、2人で、いい?2人でだよ?仕事を全部かたづけて、定時にぴっかぴかの売場を仕上げて上がること。そうなったら気分いいだろ?」
「あ、はい。それはすっきりします」
「じゃあ今日は、慣れないSさんが指示を出しても、うまく分業すれば余裕で仕事終わるってのを、実際にやってみて証明してみる」
「はい。わかりました」
と、ここで上述の前提条件を説明しました。
「というわけでだ」
「はい」
Sさんは、人を正面からまっすぐに見るクセがあります。俺としては高校生のイノセントな視線をまっすぐに受け止める自信のあるような人生はあんまり送ってないような気がするんですが、そういう俺個人の事情はものすごくどうでもいいですね。
「俺を指示しろ」
「はい」
「いや、指示出して」
「はい……え、え!? 無理! 無理ですよ店長!」
「それはなにか。俺がSさんの父親より年上だからか」
「なに言ってるんですか! ぜんぜん関係ないです!」
「じゃあ、指示」
「は、はい……。えーと……」
実のところSさんは、相手が俺だから指示を出し渋っているわけじゃないです。単純に、いままで指示を出したことがない。つまり「自分のいないところの仕事はだれかがやる」くらいにしか思っていなかったので、だれかに仕事を託す、ということができない。もともと仕事ができる子だから、行き当たりばったりで仕事をしていても、スピードが速いのである程度は全体としては終わってしまうわけなんですが、それでは意味がない。
「じゃあさ、自分が2人いるって考えてみ。レジ担当のSさんと、売場担当のSさんな。それで、レジ担当のSさんにどれくらい仕事を押し付けていいか考えてみる。そんで、指示を出す相手が、自分とくらべてどれくらい仕事ができるかを考えて、任せる量を変える。もちろん、任せられる限界までは任すんだよ。そうしないと自分の時間がとれないから。そんでいまの場合、俺は、仕事はできるけど指示がないと動かない。だから、常に俺のことを気にかけてなきゃいけない。なにやってるか。ヒマしてないか。それ考えて指示出してみ」
「はい。わかりました。えーと……」
「うん」
「えーと……」
仕事進まねえだろ……。
「指示欲しいなあ……こき使ってほしいなあ……」
別に趣味で言っているわけじゃないです。こうこういちねんせいのおんなのこに支配されたいなーとかそんな自分の欲望とはぜんぜん関係ありません。ねえっつってんだろ。
「あの店長、ごめんなさい、あの、うまくできないんですけど……」
「イメージする! ふだん自分がレジに立ってなにやってるか!」
Sさんは考えているようです。
「……あ!」
「はいはい」
「それでいいんですか?」
「それってどれだよ」
「それは……えーと……指示出せばいいんですか!?」
「さっきっからそう言ってんでしょうが……てゆうかSさんはいきなりなにを理解したんですか……」
Sさんはふだんから若干日本語が不自由な子です。事務所に駆け込んできて「店長あの! お客さんがタバコまちがったからって返したら違うっていうからなんかおかしくなっちゃったんですけど!」などと言うことはわりと日常的です。
「ちがくて! わかんなかったんですけど、やりかたわかりました!」
ごめん。ぜんぜんわかんない。
「えーと、レジお願いします。揚げ物やりながら。それでヒマになったら袋と箸とかの補充やってください。箸の補充とか終わったら、オープンケースやれるところまでフェースアップやっておいてください」
「そうそう。それでいいの」
実はここまでは、俺が新人に教える仕事の優先順位そのままです。それを当人の口から言わせることに意味がある。
そんな感じで、ようやく仕事が順調に回り始めました。
こうなるとSさんは売場の陳列の直しだとか、商品の補充だとかに没頭できる状況になるわけですが、そうなると、よくないクセが出る。集中力のある子に共通のクセで、客さんの出入りのときのあいさつや声かけなんかが減る。
お客さんが途切れたときに俺は言いました。
「なんかさびしいなあ……俺が声かけても、返ってこない……」
「あ、はい。すいません。声出してなかったです」
「うん……なんかさー、Sさんもレジやってるときそうじゃないかな。自分が一生懸命セールストークとかやってるときに、声返ってこないと、自分1人だけで店やってるような気にならない?」
「あ、はい……けっこうなります……」
「Sさんはよく声出てる。てゆうか声でけえ。だけど、最近、レジにいないときは回数減ってる。自分でそれ、気づいてた?」
「あんまり……」
「だよな。最初のころにくらべて、レジ離れてやんなきゃだめな仕事が増えた。そんで、集中してると、自分が声出してないことは忘れる。Sさんが声出さないと、店全体の明るさとか減るよ。そういう雰囲気出せる声なんだから」
「はい」
「せっかく俺がでかい声出してるんだから。聞こえるでしょ、どこにいても。いつももう1人のバイトはどこにいてなにしてるか、意識しなきゃだめだよ。慣れないと疲れるだろうけど。でないと、もう1人の子がひとりきりになる」
「あ……はい、そっか……」
どこまでわかったのかはわかんないですが。
このやりかたのもうひとつの利点は、ふだんだったらトップの立場の俺がなに言ったって「注意」にしかならず、言ったところで効果は薄いのが、いまの「無能なバイト」の立場の俺が言えば「店を仕切る人間」としての心がまえを、客の立場から、新人のバイトの立場から要求できるということです。
コンビニの仕事なんてほとんどがルーチンで、そのルーチンの完成度をいかに上げるかが勝負です。慣れればレベルは上がりますが、そのぶん飽きも出てくるし、自分がやってる仕事が単なる「作業」に感じられて、それ以上のレベルに到達させづらくなる。具体的には発注とか陳列順の決定とかです。
そこで「すべての作業は、いい店を運営するために、あなたに要請されていることなのだ」という意識をくっきりさせたいわけです。人を指示できるレベル、教えられるレベルに到達しているということは、仕事に悪い意味で慣れてきている可能性がある、っていうことです。
そこを意識化させたい。そのために、指示されてる俺が、実はいちばん仕事については詳しい、Sさんが「店のために」なにを要求されてるのかを伝えやすい立場をロールプレイとして俺が演じていることが重要だと思うのです。
てな感じです。
コンビニみたいな商売だと、あらためて膝つきあわせて勉強、みたいなこともなかなかしづらいものがあるし、俺自身がどっちかっていうと勉強あんまり好きじゃないってのもありまして「いい店を作るためのトータルな条件」みたいなのをあらたまって教えるようなことは苦手です。ほかにも、ものすげーレベルの高い店につれていって実地に教えたりするのもいい方法です。店どうしって、相互にどんどんバイトレベルでの交流するべきなんじゃねえかと俺なんかは思うんですが、チェーン本部は基本的にそういうのいやがりますね。
とにかく仕事をしてるなかで「これは作業だ」と思われてしまうのは、すげーだめです。それは長期的に見てレベルの低下につながりますし、なにより仕事してるバイトが退屈。体育会系の思考はあんまり好きじゃないですが、一生懸命やって「あー、なんか今日はよく動いたわー」っていう疲れのほうが「やることないねー」っていう疲れよりは、はるかにマシ。程度問題ではありますが。
そのためには「その作業」がなんのために、だれのためにあるのかを知ってもらうことです。職場ってものが、組織で動いてることを実感してもらうことです。組織への帰属意識がないと人は能動的には動きません。能動的に動かないと仕事はつまんないです(それが一種のフィクションであることを知っている人は、最初から別の人種なので「うちのレベルはこのへんだから、そのラインは割らないで」と要求したほうが早い)。
というわけで、Sさんは変に高いテンションになりつつ、すごい気疲れして帰りました。時間は予定どおり余ったんだけど、余った時間を有効活用できるようになるのはまだ先の話です。そろそろ時給上げたげるか。