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社説

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郵政決着―擦り切れる「首相の資質」

 見当違いのリーダーシップだと言わざるを得ない。鳩山由紀夫首相が主導した郵政改革案の決着のことである。

 閣内や与党内にも異論があったが、亀井静香郵政改革相らの案に沿って進めることを決めた。ゆうちょ銀行への預け入れ限度額を2千万円に倍増、かんぽ生命保険の保障限度額を2500万円にほぼ倍増するという内容だ。

 手っ取り早く規模を拡大して収益を増やそうという安直な路線である。

 弊害ははっきりしている。郵貯は資金の大半を国債で運用している。資金が民間金融機関から郵貯に移れば、企業の設備投資などに回る資金が減り、経済の活力がそがれる。「中小企業をいじめるような法案」(山口那津男公明党代表)と言われても仕方がない。

 民主党はもともとは郵貯の規模縮小や簡保の廃止を掲げていた。首相はなぜ逆方向の改革案をのんだのか。

 亀井氏らを抑え込もうとすると、連立政権の危機につながりかねない。かといって、「学級崩壊」の様相すら呈する閣内の対立を放置すれば、イメージダウンは深刻になる。その一方、特定郵便局や労組などの郵政ファミリーを引きつければ参院選には有利だ。そんな事情があったのだろう。

 政策判断より政局判断を優先した、後ろ向きの「裁定」というほかない。

 鳩山氏のリーダーシップの迷走は、谷垣禎一自民党総裁が言う通り、もはや「首相としての資質」が疑われるところまで来ているのではないか。

 きのうの党首討論で谷垣氏は、いろいろな問題を引き起こし、混乱を生んでいる真の原因は、「首相の言葉」そのものにあるのではないかと述べた。的を射た指摘である。

 好例が米軍普天間飛行場の移設問題だ。首相は3月中に政府案をまとめることを「お約束する」と述べてきた。だが、3月末が近づくと「法的に決まっているわけじゃありません」などと言い訳し、「1日、2日ずれることが大きな話ではない」と言い放つに至った。「綸言(りんげん)汗の如(ごと)し」という言葉をご存じないのだろうか。

 これでは、5月末までに「命がけで」決着させると聞かされても、有権者は鼻白むしかない。

 この問題では、首相は「腹案」なるものがすでにあることを明かし、「考え方は一つだ」と語った。しかし、岡田克也外相は現時点で一案に絞るのは「ありえない」と述べたばかりだ。二人は口をきかない間柄なのか。

 改めて指摘するのは残念だが、首相はともかく言葉をもっと大事にするべきである。自分の発言がどういう政治的意味を持つか、無頓着すぎる。

 最高指導者として政策の方向性を定め、責任ある言葉で政権内を調整し、引っぱっていく。そんな首相の資質への期待が擦り切れかかっている。

小学校教科書―「分厚い」を「楽しい」に

 来年春、新学年に進んだ小学生たちは、盛りだくさんになった教科書を手に驚くだろう。その戸惑いを学ぶ喜びにつなげてゆくには、どうすればよいだろうか。

 文部科学省の検定をパスした教科書は、いまのものに比べ、どの教科もページ数が大きく増えた。理科や算数は3割以上という変わりようだ。

 「ゆとり教育」への批判を背に、2年前に学習指導要領が改められた。基礎的な知識や技能の習得を大事にすることに加え、その知識を活用して問題を解決したり、表現したりする力をつけるよう求めた。授業時間も増やす。

 新しい指導要領はまず小学校から適用される。それを受けて、教科書も一気に欲張ったものになったのだ。

 ページを繰ってみる。台形の面積の出し方(5年算数)など、これまでは「発展的な内容」としてしか取り上げられなかった項目が、全員が学ぶべきこととして復活した。国語では、まだ習っていない漢字も、振り仮名つきで載るようになった。

 目立つのは、教え方や学び方の工夫がたっぷり盛り込まれたことだ。前の学年で習った内容の繰り返し、討論会のように言葉での表現を促す問い、気づいたことを書き込めるコーナー。ノートのとり方の例を載せた本もある。

 子どもたちの知識が薄っぺらになっていることは心配だった。教科書の内容が豊かになったのはよいことだ。学びの幅も広げられるだろう。

 課題は、先生たちにこの教科書をうまく使いこなしてもらうことだ。

 日本の先生はまじめだ。「教科書は内容をすべて教えるもの」と思っている人は少なくない。だが、新しい教科書をこれまで通りに教えていては、たちまち授業はパンクし、落ちこぼれる子どもがたくさん出るかもしれない。

 これからは、もっとやわらかく教科書を使う必要がある。基礎は大事にしつつ、子どもの理解に合わせて、取り上げる内容を吟味し、考える時間をたっぷりとるようにする。教え込むだけの素材ではなく、子どもの気づきを引き出す道具でもある、と考えたい。

 手取り足取りのヒントがたくさん載っている。でも本来、教える工夫を編み出すのは、教室で毎日子どもと向き合う先生たち自身だ。そのためには、先生たちへの応援も必要だ。最近は、授業方法や教材を研究する暇もないほど忙しいという。先生の数を増やし、雑務を減らして、指導力を磨く時間を確保してゆかねば。

 近年の教育現場は学力低下への批判を浴び、授業時間や教科書のページ数など、量をめぐる議論に目が向きがちだった。そろそろ「質の教育」をめざすことに本腰を入れるときだ。

 分厚くなった教科書を、そのきっかけにしたい。

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