3人の裁判官が法壇上で菅家利和さんに頭を下げた光景が、この裁判のすべてを物語る。
足利事件の再審公判で菅家さんに無罪が言い渡され確定した。いわれのない罪で逮捕され、17年半も自由を奪われた菅家さんにやっと春がきたことを心から喜びたい。
昨年10月に再審公判が始まった際、検察側は最小限の審理で早く判決を言い渡すべきだと主張した。一方、弁護側は誤判の理由を法廷で明らかにするよう求めた。
宇都宮地裁は、弁護側の主張通り、「当初のDNA鑑定は未熟」とする鑑定人を尋問し、検事の取り調べテープも法廷で再生した。一定の検証がされたと評価できよう。
無罪確定が遅れた責任は裁判所にある。弁護側が拘置中の菅家さんの毛髪を鑑定に出し、被害者の着衣に残っていたDNA型と一致しないとの結果が出たのは97年だった。
だが、最高裁は00年、鑑定に言及せず上告を棄却して無期懲役が確定した。宇都宮地裁が再審請求を棄却するのはさらに8年後である。この間、05年に公訴時効が成立した。釈放が遅れただけでなく、真犯人を逮捕する機会も失ったのである。
佐藤正信裁判長は「裁判官として誠に申し訳なく思います」と謝罪した。裁判官の謝罪は異例だが、やはりけじめは必要だった。
ただし、これで冤罪(えんざい)の全容解明にはなるまい。警察はどう自白を迫ったのか。菅家さんと型が一致したと結論づけた当初のDNA鑑定の証拠能力はどう検討されたのか。裁判所の再鑑定決定の判断が遅れたのはなぜか。いくつもの疑問が残る。
各機関の内部調査では限界がある。日本弁護士連合会は今月、「誤判原因を究明する調査委員会」の設置を求める意見書をまとめた。第三者の目で検証しようとの提言だ。実際に海外では行われている。政府はぜひ設置に動いてほしい。
最新のDNA鑑定により米国では昨年6月時点で240人の冤罪が晴らされ、うち17人が死刑囚だという。一方で、神奈川県警がDNAの誤登録が原因で別人の逮捕状を取る事態が最近発覚した。精度が上がっても、扱うのは人であり過信は禁物だ。
DNA鑑定に携わってきた科学者や科学警察研究所の技官は、事件を検証してほしい。それが最先端の技術を今後に生かす道だ。
教訓は多岐にわたる。自白偏重の捜査へ警鐘を鳴らした。テープ再生は、取り調べの全面可視化の必要性を改めて示した。報道機関の責任も免れない。菅家さんの逮捕時、犯人視報道があった。もっと早く菅家さんの声に耳を傾けてほしかったとの批判もある。今後に生かしたい。
毎日新聞 2010年3月27日 東京朝刊