最初に舞台の演奏者を見てびっくり。なんと、知り合いのアマチュア奏者が混じっておりました。プロとしての活動はおろか、音楽大学も出ておらず、本職も音楽とは全く無縁。そんな人が、しかも公式パンフレットにも名前が出ていなかったわけですから、最近になって予定メンバーが欠け、その代打となったのでしょう。あとで本人に確認を取ってみると、あの伴奏メンバーは4割がロイヤルチェンバーオーケストラ、4割が正式なプロフェッショナルでは無い瀬戸内フィルハーモニー、残り2割がセミプロですらない高松交響楽団とのこと。正確な比率ではないでしょうが、このようなレベルの、しかも急造オーケストラが伴奏なんて、一体運営部は何を考えているのでしょうか?これでは、独奏者ごとの音楽の組み立て方、ニュアンスにしっかりとついていくことが不可能ですし、順番が前と後では「こなれ方」がまるで変わってしまいます。公平な条件ではなくなってしまいます。
結果として、予感は的中。前半は独奏者とオーケストラの連携が全く取れておらず、音楽性だの表現力だのを聴き比べる以前に、音楽としての形を成しているか否かというレベルの争いにまで引き下げられていました。これが本選、馬鹿にするにもほどがあるというものです。
No.19 マリアンナ・プリヴァルスカヤ
トップバッターで、しかも演奏曲はアンサンブルがただでさえ厄介なラフマニノフの2番。本人のせいなのか、オーケストラのせいなのか判別つかないほどのひどいズレ具合。音量バランスも悪く、ピアノの音が聞こえないこともしばしば。3楽章はもう聴いているのがつらくなるほどで、ピアニストのテンポ感が完全に消失してしまっていて、何を弾いているのか全く分からないほどです。
No.23 ダニイル・ツベトコフ
冒頭、ピアノが入る前のホルンがまず音を外す。その後の単純な四分音符、ピアノとオーケストラ、ちゃんと聴きあっていますか?というくらいのズレ具合。
ピアニストもピアニストでいらだっているのか、どこまでも音が硬質で、チャイコフスキーなのにまるでプロコフィエフのよう。豊かな曲線を描かず、どこまでも鋼鉄の歩みでした。
No.25 ゲオルギー・ボイロチニコフ
この辺からようやく、オーケストラとピアノが極端にずれるということは無くなった。
チャイコフスキーの一番はどっしりとしたテンポでゆったりと。こういうロマンチックな流れを生み出すのはさすが得意としているだけのことはある。しかし、途中に現れる高速で左右交互のオクターブは、信じられないくらいたどたどしく、音楽的な流れを明らかに妨げていた。それが影響してか、その後あきらかに空回りしている印象。音楽に説得力が無く、せっかくのエネルギーが無駄に垂れ流されているようにさえ感じた。
No.28 アレクサンドル・ヤコブレフ
アンサンブルがシンプルなベートーヴェンを選曲したことが結果的に作戦勝ち。出だしから安定していたので、安心して寝ました。
〇No.33 リー・ユンヤン
決して、傷が無いわけではない。もっと完成度の高い演奏は本選以外にあった。それでも唯一、聴いていて音楽に素直に入り込むことができた演奏だった。
ピアニストがつけるテンポの緩急が決して恣意的ではなく、合理的であるためか、No.19であれだけバラバラだったアンサンブルが見事に決まる。オーケストラの様々な事情を考慮しているかのように、自分勝手には弾かず、しっかりと伴奏と協力して音楽を作り上げていた。本来なら、本選まで残った演奏者はすべてこのラインは守った上で表現力勝負をして欲しかったのだが…
No.34 石村 純
3次まで常に独特な存在感を出し続け、何かしら意識せずにはいられなかった演奏者だったが、本選にきてそれまで有利に働いていたものが次々と裏目に出てしまった。
音色は相変わらずゴージャスだが、チャイコフスキーを演奏するにはやや深みや柔らかさが足らず、直前の演奏と比較するとどうしても足りないものの存在が浮き彫りになってしまった。
また、協奏曲をする上で我の強さが悪い方向に作用してしまい、冒頭の四分音符からもうオーケストラの音を聴かずに前進してしまうような未熟さを見せてしまった。
音楽をやる上で、個性や意思は大切だが、ある面では音楽に奉仕するためにそれをうまく捨てなければならない。それができるかできないかが、最後の最後で明暗を分けてしまった印象。
ここまでが、ほとんど舞台裏を知らなかった状態での感想。
ここで、件の知り合いからの舞台裏の情報。
オーケストラのレベルは決して通常のプロと引けをとるものではない。しかし、昼頃からは疲れが出始め、ミスを重ねた。
No.19は練習中は特に要望を伝えなかったのに、本番では、いきなりルバートをかけたり音を小さくしたりで、あれは超一流オケでもない限り対処は無理。
まともに演奏できたのはNo.33くらいなもので、他の人は皆アンサンブルしなさ過ぎる、
とのことです。
一応、この情報もつけておかなければ不公平だと思いましたので。
結果として、予感は的中。前半は独奏者とオーケストラの連携が全く取れておらず、音楽性だの表現力だのを聴き比べる以前に、音楽としての形を成しているか否かというレベルの争いにまで引き下げられていました。これが本選、馬鹿にするにもほどがあるというものです。
No.19 マリアンナ・プリヴァルスカヤ
トップバッターで、しかも演奏曲はアンサンブルがただでさえ厄介なラフマニノフの2番。本人のせいなのか、オーケストラのせいなのか判別つかないほどのひどいズレ具合。音量バランスも悪く、ピアノの音が聞こえないこともしばしば。3楽章はもう聴いているのがつらくなるほどで、ピアニストのテンポ感が完全に消失してしまっていて、何を弾いているのか全く分からないほどです。
No.23 ダニイル・ツベトコフ
冒頭、ピアノが入る前のホルンがまず音を外す。その後の単純な四分音符、ピアノとオーケストラ、ちゃんと聴きあっていますか?というくらいのズレ具合。
ピアニストもピアニストでいらだっているのか、どこまでも音が硬質で、チャイコフスキーなのにまるでプロコフィエフのよう。豊かな曲線を描かず、どこまでも鋼鉄の歩みでした。
No.25 ゲオルギー・ボイロチニコフ
この辺からようやく、オーケストラとピアノが極端にずれるということは無くなった。
チャイコフスキーの一番はどっしりとしたテンポでゆったりと。こういうロマンチックな流れを生み出すのはさすが得意としているだけのことはある。しかし、途中に現れる高速で左右交互のオクターブは、信じられないくらいたどたどしく、音楽的な流れを明らかに妨げていた。それが影響してか、その後あきらかに空回りしている印象。音楽に説得力が無く、せっかくのエネルギーが無駄に垂れ流されているようにさえ感じた。
No.28 アレクサンドル・ヤコブレフ
アンサンブルがシンプルなベートーヴェンを選曲したことが結果的に作戦勝ち。出だしから安定していたので、安心して寝ました。
〇No.33 リー・ユンヤン
決して、傷が無いわけではない。もっと完成度の高い演奏は本選以外にあった。それでも唯一、聴いていて音楽に素直に入り込むことができた演奏だった。
ピアニストがつけるテンポの緩急が決して恣意的ではなく、合理的であるためか、No.19であれだけバラバラだったアンサンブルが見事に決まる。オーケストラの様々な事情を考慮しているかのように、自分勝手には弾かず、しっかりと伴奏と協力して音楽を作り上げていた。本来なら、本選まで残った演奏者はすべてこのラインは守った上で表現力勝負をして欲しかったのだが…
No.34 石村 純
3次まで常に独特な存在感を出し続け、何かしら意識せずにはいられなかった演奏者だったが、本選にきてそれまで有利に働いていたものが次々と裏目に出てしまった。
音色は相変わらずゴージャスだが、チャイコフスキーを演奏するにはやや深みや柔らかさが足らず、直前の演奏と比較するとどうしても足りないものの存在が浮き彫りになってしまった。
また、協奏曲をする上で我の強さが悪い方向に作用してしまい、冒頭の四分音符からもうオーケストラの音を聴かずに前進してしまうような未熟さを見せてしまった。
音楽をやる上で、個性や意思は大切だが、ある面では音楽に奉仕するためにそれをうまく捨てなければならない。それができるかできないかが、最後の最後で明暗を分けてしまった印象。
ここまでが、ほとんど舞台裏を知らなかった状態での感想。
ここで、件の知り合いからの舞台裏の情報。
オーケストラのレベルは決して通常のプロと引けをとるものではない。しかし、昼頃からは疲れが出始め、ミスを重ねた。
No.19は練習中は特に要望を伝えなかったのに、本番では、いきなりルバートをかけたり音を小さくしたりで、あれは超一流オケでもない限り対処は無理。
まともに演奏できたのはNo.33くらいなもので、他の人は皆アンサンブルしなさ過ぎる、
とのことです。
一応、この情報もつけておかなければ不公平だと思いましたので。