鳩山政権の目玉施策「子ども手当」が6月から15歳以下の子どものいる世帯に月1万3000円(11年度から満額の2万6000円)が支給される。貧困が拡大する中、社会全体で子育てを応援する狙いが込められているが、子どもへの施策はこれで十分なのだろうか。子どもの貧困問題に取り組む札幌学院大の松本伊智朗教授(50)は「子どもの幸福度を上げる政策とのセットが必要」と指摘する。【聞き手・千々部一好、写真・木葉健二】
■貧困社会の子ども政策
--鳩山政権の目玉「子ども手当」の評価は
◆ポジティブな面と不十分な面があると思います。金額も大きく、子育て世代の負担軽減につながることは確かです。児童手当は国際的にも低い水準なだけに評価できます。その半面、子どものウエル・ビーイング(幸福度)がどれだけ上がるかは未知数です。家族に他の優先事項、例えば住宅ローン返済があればそれに回る可能性もあります。家族への支援だけでなく、社会が子どもを直接支える仕組みとセットでないと効果を十分発揮しないでしょう。
--高校授業料の無償化は
◆子ども手当に比べれば、直接的な支援で効果は高い。無償化に加え、奨学金制度を見直すべきです。国際的には奨学金は給付が普通ですが、日本は貸与が中心です。大学生が最高月10万円の奨学金を借りると、4年間で480万円。利息を含めると大きな額で、卒業と同時にハンディを背負う。これではチャンスを広げるために借りた奨学金が、逆にリスクに変わってしまう。給付が無理なら、利子補給で負担軽減すべきでしょう。
--子ども手当は、子育てを親の責任から社会全体で支える方向に変える潮目と感じますが
◆確かにそうです。重要なことは子育てについて議論できる土壌ができたことです。子ども手当の効果は何か、もっと効果的な施策はないかと、具体的に話すきっかけになったことが大きい。
--厚生労働省が「相対的貧困率15・7%」と公表しました。貧困の子どもへの影響は
◆社会的な関心を呼んだ数字でした。洋の東西を問わず歴史を振り返ると、貧困のしわ寄せをより受けるのは、子どもや女性、お年寄り、障害者ら弱い人たちです。日本は子育てでの家族負担が高く、結果的に貧困が子どもの不利を招きやすい。貧困は社会問題であるのに、責任論が親に向かうことも問題です。
--「貧困の連鎖」も問題です
◆子どもの世界に、大人の世界の格差を持ち込ませない仕組みが必要です。親の財布の中身に多寡があろうと、すべての子どもに子どもらしい活動や経験、平等な機会が保障される社会を目指すべきです。これは個々の子どもの人生を豊かにするだけではなく、社会の持続性にもつながります。大人の世界にある程度の格差はつきものでしょう。しかし、家族が養育の基礎単位である以上、親世代の格差は必ず子どもの出発点の不平等を生みます。これを放置すると何世代にもわたって格差が広がり、希望のないすさんだ社会になります。それに取り組まない社会はあやういのです。
--特に母子家庭の貧困が深刻ですが
◆母子家庭は就労率とともに、貧困率も高いのが日本の特徴です。これは就労が貧困脱出の切り札になっていないことを意味します。専業主婦だった母親が働いても低賃金、不安定な雇用になります。労働条件の底上げが解決の基本です。
--全国学力テストで北海道は下位でした。貧困との関係は
◆親の経済力や社会階層と、子どもの学力に一定の相関関係があることはこれまでも言われてきたことです。学力向上の面からも、つらい生活を強いられる子どもをどう支えるかが重要です。学校の外でしんどい思いをする子どもに、「学校に行って楽しい」と思わせることは価値のあることです。学校が格差を広げてはいけません。社会での不利を緩和する役割を果たすべきです。
--最初の話に戻りますが、子どもの幸福度向上に何が必要ですか
◆子ども手当は、家族経由で支える間接的なルートです。それとともに、直接働きかける施策が必要です。例えば保育制度です。早い段階での支援が子どもの発達に有効なことは研究者の常識です。待機児童解消の数合わせではなく、国際的にも優れたわが国の公的保育制度をより発展させるべきです。学齢期では、学校が不利を負った子を支える福祉的機能を持つことと、放課後の学童保育に公的財源をもっと投入すべきでしょう。大学の学費値下げや奨学金の充実も課題です。最後に、家族の十分な支えが期待できない子ども、例えば福祉施設で暮らす子どもの自立を支える仕組みを整備することが、社会の責任だと思います。
--総合的な施策が必要なわけですね
◆子ども手当だけなら、1票を持った親の心をつかむ選挙目当てと、勘ぐりたくなります。政治の世界では新しいことをやれば目立ちます。しかし、今の子ども施策を点検し、必要なものを充実する地味な作業も肝心。事業仕分けだけでなく、今あるシステムを評価する目を有権者が持ってほしいです。=つづく
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民主党がマニフェストで掲げた「子ども手当」は、政権交代の原動力の一つとなった。満額で月2万6000円を支給する新手当は、生活に苦しむ親の心を確かにつかんだ。ただ、親の懐を温めれば子育ては十分なのかという疑問もある。政治家は親(有権者)から子育てにアプローチしたが、松本教授は子どもの「ウエル・ビーイング」(幸福度)を直接的に上げる施策への取り組みを強調した。子どもが子どもらしく生き、将来に夢を持てる社会の実現こそが日本の持続的な活力につながる。それを見極める目が大切だろう。
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■人物略歴
大阪府出身。北海道大大学院教育学研究科博士課程中退。札幌学院大講師、助教授を経て、03年から現職。専門は児童福祉論。日本子ども虐待防止学会評議員。編著書に「子どもの貧困」(明石書店)、「子ども虐待」(同)など。趣味は登山。
毎日新聞 2010年1月6日 地方版