アジアから看護師を受け入れた後、厳しい条件を突きつけ、短期間で帰国に追い込む。背景には看護の現場を無視した官庁の利権争いが…
二〇〇八年に始まったインドネシアからの看護師・介護士の受け入れが三年目を迎えた。過去二年間で来日した看護師らは、五百六十九人。〇九年には、フィリピンからも三百十人が受け入れられた。今年は、両国から最大で一千百九十人が来日する見込みだ。
受け入れ施設にはメリット少
インドネシアとフィリピンからの看護師・介護士の受け入れは、日本が両国と個別に結んだ経済連携協定(EPA)に基づく措置だ。ベトナムやタイといった他のアジア諸国も看護師らの受け入れを日本に求めており、近い将来、受け入れ数が急激に拡大する可能性もある。
しかし、看護師らの受け入れは決して順調に進んでいない。インドネシアとフィリピンから当初の二年間で、一千人ずつの看護師・介護士が来日するはずだったが、実際の受け入れは六割程度に留まっている。外国人の採用に手を挙げる施設や病院が集まらないのだ。
雇用情勢が悪化した現在も、看護や介護の現場では、人手不足は依然として深刻だ。外国人の助けを借りたい施設は少なくないが、いざ受け入れとなると二の足を踏んでしまう。施設側にとって、彼らを受け入れるメリットが乏しいからだ。
まず、言葉の問題がある。日本語能力は、看護師らの来日条件に含まれない。これまで受け入れられた人材も、来日が決まるまで、全く日本語を学んだ経験のない者が過半数を占める。実際に仕事を始める前、半年間の日本語研修を受けるが、それだけでは即戦力として使える語学は身につかない。
受け入れ施設としても、長期にわたって働ける人材であれば教育する意味もある。しかし、看護師は入国から三年以内、介護士は四年以内に日本語で国家試験を受け、不合格になれば強制帰国となる。試験は、外国人が仕事の合間に勉強して合格できるレベルではない。大半の看護師らが試験に落ち、短期間で帰国となることが見込まれる。
施設側の金銭的な負担も大きい。受け入れ前だけで、看護師らの斡旋手数料や日本語研修費等で一人当たり六十万円近い費用が必要だ。そして仕事を始めた後は、例え戦力にならなくても、日本人と同等以上の給料を支払わなければならない。これでは、受け入れに手を挙げる施設が少ないのも当然だろう。
厳しすぎる条件
そもそもEPAによる看護師らの受け入れは、現場の人手不足とは全く無関係のところで決まった経緯がある。その決断を下したのは、郵政民営化で名を馳せたあの小泉純一郎元首相だ。
小泉首相(当時)は〇六年、アロヨ・フィリピン大統領との間で、看護師らの受け入れを含むEPAに合意した。フィリピンは国民の十人に一人が海外で働く出稼ぎ国家である。かつて日本にも、ホステスとして働く女性を中心に、年十万人ものフィリピン人が来日していた。しかし〇五年、日本政府は彼女たちへの「興行ビザ」発給を実質的に止めた。するとフィリピン側は、ホステスに代わる出稼ぎの手段を確保しようと、欧米諸国等へ送り出してきた実績のある看護師・介護士の受け入れを求めてきた。
この要求に日本側も応じた。フィリピンへの産業廃棄物の持ち込み問題等、他のEPA案件を有利に進めたい思惑があったからだ。つまり、外国人看護師たちの受け入れは『ホステス』の代わりに、『ゴミ』の持ち込みとバーターで決まった訳である。
〇七年には、小泉政権を引き継いだ安倍晋三政権が、インドネシアとの間で看護師らの受け入れに合意。こうして、なし崩し的に決まっていく看護師らの受け入れに対し、慌てたのが、外国人労働者の導入に消極的な厚生労働省である。次善の策として、外国人の就労が、長期化しないよう足かせを設けた。それが「国家試験合格」という極めて厳しい条件なのである。ちなみに、EPAで来日する外国人看護師たちは皆、母国では看護師の有資格者だ。介護士が合格を求められる「介護福祉士」という資格は、日本人には取得が義務づけられていない。
官僚だけが得をしている
一方で厚労省は、傘下の社団法人「国際厚生事業団」(JICWELS)を通じ、看護師らを施設に斡旋する権利も得る。施設側が看護師ら一人の斡旋につき、JICWELSに支払う手数料は、約十四万円。JICWELSにとっては大きな利権だ。
外国人看護師らの受け入れには、多額の税金も投入されている。その額は、過去二年間で約四十三億円に上る。一人当たり五百万円近い金額だ。その大半は、看護師らが就労前に受ける日本語研修の予算である。日本語研修は、厚労省と並んでEPAに関わる経済産業省と外務省の天下り法人が担当する。こうして三つの官庁が、看護師らの受け入れ利権を山分けしているのだ。
二〇一〇年度予算では、経産省の約二十億円に加え、厚労省が前年度の十倍以上の約九億円を要求している。国家試験に挑む看護師らの勉強をサポートするための予算だという。だが、「国家試験合格」という無茶な条件を定めたのは、他ならぬ厚労省である。そのハードルをクリアさせるために税金を求めるというのは、まさに・マッチポンプ・というしかない。しかも受け入れ施設の間では、「いくらカネを使っても国家試験の合格は無理」という声が大勢を占める。つまり、短期間で帰国して行く人材に対し、さらに税金が無駄に遣われようとしているのだ。
現状の受け入れスキームは、新たな利権を得た官僚機構を除けば、誰のためにもなっていない。看護・介護の現場には、外国人労働者は必要なのかどうか──。肝心の議論を避けたまま、税金の無駄遣いが続いている。
リベラルタイム3月号 特集 「医療」の貧困
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