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足利事件:再審判決(要旨)

 宇都宮地裁で26日、菅家利和さん(63)に言い渡された「足利事件」の再審判決要旨は次の通り。

 ◆主文

 被告人は無罪。

 ◆理由

 (1)再審公判に至る経緯など(略)

 (2)DNA型鑑定について

 再審請求抗告審において、東京高裁から鑑定人に命じられた鈴木(広一・大阪医科大)教授は、(被害女児の)半袖下着のうち、当時のDNA型鑑定の際に切り取られている数カ所の中心点をつないで左右に二分したものの一片について、付着する精液と菅家氏から採取した血液などの各DNA型の鑑定を行った。両試料はともに男性のものであるが、同一の男性には由来しないと判定された。

 鈴木鑑定は、科学技術の進歩と普及により、世界中どこでも、同じ装置と同じ試薬キットを必要な知識と経験に基づいてマニュアルの記載通りに使えば、同じ結果を得ることができる標準化が達成された検査方法に基づき実施されている。鑑定人及び鑑定補助人は3人とも本鑑定に用いられた鑑定方法に習熟している。検査技術の精度は、DNA配列自体を決定する解析装置の精度によって保証されている。さらに鑑定のデータが鑑定書に添付されており、第三者による鑑定の正確性の事後的な検証可能性も確保され、鑑定の経過及び結果に検察官及び弁護人いずれからも特段の疑義は提起されていない。

 抽出部位などに照らせば、男性由来DNAは本件犯人の精液から抽出されたと認めるのが相当で、菅家氏が本件の犯人でないことを如実に示すものだ。鈴木鑑定によると、検査した部位が異なるとはいえ、半袖下着と菅家氏のDNA型は一致せず、(警察庁科学警察研究所の)DNA型鑑定は証拠価値がなく、証拠能力にかかわる具体的な実施方法も疑問を抱かざるを得ない状況になったというべきだ。

 各証人ら(鈴木教授、本田克也・筑波大教授)は、確定審に提出されたDNA型鑑定の鑑定書添付の電気泳動写真に関して不鮮明さを指摘し、(二つのDNA型が一致するかしないかの)異同識別の判定に疑問を投げ掛けている。検察官請求の証人の福島弘文・警察庁科学警察研究所長の証言は、DNA型鑑定の中核をなす異同識別の判定過程に相当程度の疑問を抱かせるに十分だ。確定審と当審においても、証言にかかるネガフィルムは証拠として提出されておらず、解析装置で読み取るなどの操作を経ることにより、適正な異同識別判定ができるほどの鮮明さがあったか否か、全く不明だ。

 新たに取り調べた関係各証拠を踏まえると、DNA型鑑定が最高裁決定にいう「具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われた」と認めるには、なお疑いが残ると言わざるを得ない。DNA型鑑定の結果を記載した鑑定書は、現段階においては証拠能力を認めることができないから、証拠から排除する。

 (3)菅家氏の自白について

 鈴木鑑定の結果による半袖下着に付着していた男性のDNA型と菅家氏のDNA型が一致していない事実は、菅家氏の確定審における捜査段階及び公判廷における自白を前提とすると、到底説明がつかないものであるから、菅家氏の自白は全く信用できない。

 捜査官は起訴後でも被告に対し、当該起訴にかかる事実について、公判維持に必要な取り調べを行うことができる。森川(大司・宇都宮地検元)検事は被告人質問が既に2度行われた後の第5回と第6回公判期日の間である(92年)12月7日、菅家氏に対する別件の取り調べで本件について突如否認を始めたことから、翌日に宇都宮拘置支所に赴き、菅家氏が本件の犯人なのではないかと追及する取り調べを行った。

 被告人質問ではなく、公判外での取り調べによらなければ公判維持ができないという事情は一切認められない。森川検事は取り調べに際し、弁護人への事前連絡などを一切しておらず、黙秘権告知や弁護人の援助を受ける権利について、菅家氏に説明なども一切しなかったというのであるから、当事者主義や公判中心主義の趣旨を没却する違法な取り調べであったと言わねばならない。

 しかし、第6回、第7回及び第9回の各公判期日でなされた菅家氏の自白は、公開の法廷においてなされたもので、法廷は訴追する側の検察官のみならず、公正中立な立場の裁判官に加え、被告人の権利を防御する弁護人の援助をいつでも受けられる状態にある。取り調べの違法は、その後の各公判期日における菅家氏の自白の証拠能力には影響を及ぼさない。

 関係各証拠によれば、捜査官はDNA型鑑定が、菅家氏が犯人であることを示す重要な一つの客観的な証拠である、と評価した上で取り調べを行ったと認められ、決して証拠能力が認められないと認識した上で菅家氏に示したものでないことは明らか。このような取り調べによる自白が、偽計による自白として任意性が否定される違法な自白になることはないというべきだ。

 菅家氏の自白には証拠能力自体に影響する事情は見当たらないものの、鈴木鑑定という客観的な証拠と矛盾する点に加え、菅家氏が自白した最大の要因は捜査官からDNA型鑑定の結果を告げられたことにあると認められる。結果的に菅家氏と犯人を結び付けるものではなく、再審公判で明らかとなった当時の取り調べの状況や、強く言われるとなかなか反論できない菅家氏の性格などからすると、自白の内容は当時の新聞記事の記憶などから、想像を交えて捜査官などが気に入るように供述したという確定控訴審における菅家氏の供述に信用性が認められる。菅家氏の自白は信用性が皆無であり、虚偽であることが明らかと言うべきだ。

 (4)結論

 鈴木鑑定により、半袖下着に付着していた本件犯人のものと考えられるDNA型が、菅家氏のDNA型と一致しないことが判明した上に、確定審で主な証拠とされた二つの証拠について、DNA型鑑定には証拠能力が認められず、自白についても信用性が認められず虚偽のものであることが明らかになったのだから、菅家氏が本件の犯人でないことは誰の目にも明らかというべきだ。

 よって、刑事訴訟法336条により、無罪の言い渡しをすることとし、主文の通り判決する。

毎日新聞 2010年3月27日 東京朝刊

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