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侵略者による第二の「ファルージャ」再現を許すな
昨年四月、ファルージャにおいて「アメリカ民間人が殺され、バラバラにされて吊された」事件を契機に米軍はファルージャを包囲し激しい攻撃を加えました。ここで多くのイラク人が殺され、レジスタンスとは関係ない民間人も多数殺されたと考えられています。しかし今では、殺された「アメリカ人」が実はただの「民間人」ではなく、ハートセキュリティ社社員として軍事行動にも参加していた「傭兵」であった事も知られています。今回、米軍基地を出た車列が移動中、イラク西部のヒート周辺で襲撃され、斎藤さんも含む多数の死者を出した事件は、ファルージャ攻撃を彷彿させるものがあります。米軍によるヒート一帯に向けた攻撃に危惧を覚えます。ヒートを「第二のファルージャ」にするな!
斎藤さんは加害者として死んでいった
斎藤さんが民間軍事下請け会社社員としてこの戦争に「米軍側」で荷担していた事実は、彼が「侵略者の側にいた」事を意味します。彼は「加害者」として死んでいったのであり「被害者」ではない。その生き方は「殺人マシーン」として鍛えてきた自らの「殺人技術」を飼い主に提供することで「高額な報酬」というエサにありついた、醜悪な猟犬であり、侵略者の番犬の生き方であった。イラク戦争に荷担し、そして死んでいった斎藤さんの死を私は「気の毒」とも何とも思わない。むしろその傭兵としての「生き方」に対して哀れさを感じるものです。このような死に方こそ「自業自得」というものであり、戦場において「敵・味方の命のやりとり」を前提とした職業(傭兵)と職場(戦場)を選択した時点で「自己責任」による死に方であったと言えます。猟師がクマを撃ちに山に入り、逆にクマに殺されてしまった時、我々は何と言うべきでしょう。「クマを殺しに行かなきゃよかったのに」ね。
全てのイラク戦争犠牲者の冥福を祈れ
斎藤さんの「ご冥福を祈る」という人がいます。多くの戦闘参加者の中で斎藤さんだけの「ご冥福を祈る」のはなぜでしょうか? それは戦争参加者が戦争によって多数の「道連れ」を伴って死んでいく事を忘れている態度ではないでしょうか。斎藤さんのご冥福を祈るなら、全てのイラク犠牲者のご冥福を祈るべきであると考えます。また、「戦争加害者」捕虜の救出に平和運動が動く事はできません。唯一、戦争当事者たちが戦争をやめる時にのみ、そのチャンスは訪れます。したがって平和運動にとっては、「戦争反対、侵略者の撤退」を呼びかける運動だけが、こうした戦争捕虜を救う唯一の方法です。あらゆる捕虜・人質の救出とあらゆる民間犠牲者を救うためにも「イラク戦争反対、ブッシュは手を引け!自衛隊は撤退せよ」と呼びかけましょう。
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