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巨大なゆうちょ銀行がさらに肥大化することの危うさを、鳩山政権はなぜ真剣に考えようとしないのだろうか。郵政改革見直しの強引な内容に、首をかしげるほかはない。
ゆうちょ銀行への預け入れと、かんぽ生命保険の保障の上限を政令でざっと2倍にするという。
郵便事業の先行きが厳しいなか、金融子会社の収益拡大で日本郵政グループの活路を開こうとの意図だ。旧特定郵便局長の意向を受けてのことか、郵便局はなんとしても残すとの執念がにじむ。だが、今でも大きすぎる郵貯・簡保が肥大化の道を突き進めば、日本の金融システムはさらにゆがむ。
融資の審査能力が乏しく、運用が国債保有に偏っている郵貯が膨張すれば、企業の設備投資などに向かうべき資金の効率的運用が損なわれ、経済や社会の活力を奪う危険がある。
日本経済の将来を考えれば、郵貯と簡保の限度額は見直すべきでない。
一連の郵政見直しでは、郵便局を全国一律の金融サービスの担い手とする公益性重視の考えが強く打ち出された。それを背景に、日本郵政を経由したゆうちょ銀行などへの政府の間接出資も残ることになった。
このため、預金保護の上限が民間金融機関と同じ1千万円であっても、預金者に与える安心感でゆうちょ銀行が優位に立つ。特に、地方の活力を担うべき中小金融機関との公平な競争は保てないのではないか。
日本郵政からゆうちょ銀行、かんぽ生命保険への出資をなくし、政府との資本関係を切るべきだ。そうしても、両社のサービス網が郵便局に依存する限り、業務提携は続けられる。
政府が肥大化路線を正当化する口実のひとつに、郵便局しか金融サービスの担い手がない過疎地域での国民サービス対策がある。しかし、金融過疎で困っている地域を特定したうえで、他の金融機関を含めて解決策を考えればいいことだ。
全国一律サービスを維持するのに必要なコストをまかなうため、グループ内取引にかかる消費税500億円を免除する案も政権内には浮上している。これも筋違いだ。経営努力が先決であり、それでも足りず国民の追加負担を求めるというのなら、別の目に見える形をとるべきだ。
亀井静香郵政改革相は、郵政グループの非正規雇用10万人を正社員化する方針を打ち出してもいる。正社員を極力増やすことは大事だ。格差是正の努力それ自体は歓迎したい。だが、実現すると人件費は数千億円増え、収益圧迫で株式売却も難しくなる。
経営努力の裏付けがない公約をひとり歩きさせるなら「雇用のバラマキで参院選対策か」と批判されても仕方がない。もっと誠実な改革を求めたい。
2010年度予算が、きのう成立した。国会審議は攻守ところを変えたとはいえ、かなりの時間が政治とカネの問題に費やされたのにはうんざりだ。しかし変わった点もある。連日、政権公約(マニフェスト)のあり方が論争の的になったことである。
大方は、自民党をはじめとする野党からの民主党批判だった。
民主党はマニフェストに、無駄遣いの根絶で9.1兆円を賄うと記したのに、事業仕分けなどで削れたのは1兆円程度。ガソリン税の暫定税率廃止もできなかった。公約違反ではないか、といった具合である。
マニフェストには政策の実現時期を示す工程表はあっても、財源捻出(ねんしゅつ)の工程表がないという指摘もあった。
政権攻撃が狙いではあっても、予算案審議でこれほどマニフェストが論じられたことは過去にない。与野党が衆院選で公約を競い合い、政権交代が実現したからこそ起こった変化である。
政策をないがしろにして政局にかまけることは許されない時代になった。日本の民主主義の一歩前進である。
一方、民主党公約が抱える問題は、日本のマニフェスト政治がまだまだ未熟な段階にある現実も示している。
マニフェストはどう取り扱うべきなのか。どのくらいなら変えることが許されるのか。この夏の参院選に向け、もう一度考え直す必要がある。
政権選択を賭けた衆院選でのマニフェストは簡単に変えるべきではない、変えれば政治不信を深めることになる、という議論がある。
民主党の小沢一郎幹事長も、参院選マニフェストは「衆院選のと大きく変わるはずはない」と、小幅修正にとどめたい意向を示唆している。
だが、それで済むだろうか。財源不足ははっきりしている。あれもこれも、というわけにはいかない。総額を圧縮し、政策の優先順位を明確にする。地に足のついた内容に改めることこそ、責任ある態度ではないか。
中身に無理があるとわかった以上、十分に説明したうえで手直しするなら、有権者は理解するだろう。
マニフェストをどのようにつくるのか。その手順も併せて考え直したい。
一握りの幹部が密室で決めるのではなく、党内外で幅広く議論し、合意形成を図る。最終的な責任は政策を実行する首相や閣僚が負う。透明性と責任の所在の明確化がポイントである。
自民党にも同じことが求められる。民主公約の「いい加減さ」を追及してきた以上、確かなものをつくれなければ話にならない。消費増税を含む財源論が問われる。
有権者へのサービスを並べたカタログではなく、めざす社会の将来像とそれを実現する方策を示したマニフェストへ。さらに一歩、進化させたい。