August 17, 2007

R・レヴィンソン&W・リンクの世界(23)小説編 記憶喪失('61)"no name, address, identity"

R・レヴィンソン&W・リンクの世界(23)小説編

記憶喪失('61)
"no name, address, identity"

ヒッチコックマガジン掲載誌
掲載ページ本国版








皆様こんばんは、めとろんです。

かの有名な「刑事コロンボ」の原作者、“TV界のエラリー・クイーン”こと、ウィリアム・リンク&リチャード・レヴィンソンの作品を、ぼくの感想をまじえてご紹介する「W・リンク&R・レヴィンソンの世界」。

今回は、"小説編"として、彼らが'61年に発表した短編小説『記憶喪失』"no name, address, identity"をご紹介したいと思います!

【 あらすじ 】

"耳許でいきなりブレーキのきしる音がしたかと思うと、凄まじい容赦のない衝撃が襲ってきて、一瞬のうちに若者の平衡感覚は、天と地が滅茶苦茶にひっくり返ってしまった。"

ある青年が通りを横切ろうとした際、通りかかった車が水たまりに突っ込み、スリップして接触したのである。はね飛ばされた彼を尻目に、車両は逃走してしまった。「動かない方がいいぞ!」「何処か骨折したのでは?」と心配する通行人たちに、大丈夫だと力説してその場を去る主人公。
「どうも・・・ありがとう。それじゃあ…これで失礼します。ちょっと約束がありますもんで」
(“Well…thanks,” he said awkwardly. “Now if you’ll … excuse me. I have an appointment.”)

確かに、頭の打撲傷と腕の切り傷以外は、奇跡的にケガはないようだった。

“<さて―と、急がなけりゃならん>と彼は思った。約束を守らねばならないのだ。だが、一体どんな約束だったのだろう?”その時、彼は自分が誰なのかすら思い出せなくなっていることに気付いた。
ポケットをまさぐるが財布もない。歩いている道も記憶にない。パニックになって、彼が洋服のあちこちをまさぐると、チョッキの内ポケットにヒントがあった。
それは、一枚の便箋にたたみこまれた新品の千ドル紙幣だった。便箋には「ラルフ・マニンクス博士」なる名前と、その住所が書かれていた。記憶を甦らせるための唯一の手がかり―彼は、取りあえずこの住所に行ってみることにした。

そして医療ビルにたどり着き、不審がる受付嬢に何とか取り次いでもらい、彼はやっとマニンクス博士と会うことができた。
"博士はかなりの年配で、こめかみのあたりの髪はすでに白く、両手にはバラ色のソバカスが点々と浮き出ていた。"
"「先生、あのう―先生は、わたしが誰だかご存知ですか―。つまり、何処かでお目にかかりませんでしたかね」""医者はびっくりした様子だった。「いいえ、お目にかかったことはないようですが、また何故ですか?」「確かに会ったことはありませんね?」「勿論ですよ、それにしてもその額の傷は何とかしなくては。診てあげようかね」"

マニンクス博士は、青年の傷口を手当てしてくれた。青年は、自動車にはね飛ばされた顛末を説明した。受付嬢は帰った。博士は机の上のペーパーナイフを弄びながら、質問を続けていった。
"「一時的な記憶喪失ですな」と医者は言った。"
"「ところで、君はどうして私のところへ来たのかね?」「それが、まったく奇妙な話なんです。わたしが、ポケットを探してみると、出てきたのが千ドル紙幣一枚だけ。そしてその紙幣を包んだ紙に、先生の住所と名前が書かれていたんです」
医者はびっくりしたようだった。「私の名前が?」
「そうです、最初わたしは、自分があなたじゃないかと・・・いや、つまり、わたしがマニンクス博士じゃないかと考えました。それから、もしわたしが先生じゃなくても、先生ならわたしのことについて何か知っていらっしゃるに違いない、と思ったのです。」"

しかし、やはり一面識もないと言う博士。どうしたらよいか、と聞く主人公に、マニンクス博士は警察に行くことを勧める。新聞に写真を掲載すれば、身寄りの者が名乗り出てくれるだろう。しかし、何故かそれを執拗に拒む青年。"「先生、わたしはこのことで、これ以上騒ぎを大きくしたくないのです」"

記憶喪失は治るか、という質問に博士が答えている最中、机の上の写真が青年の目に入る。それは、マニンクス夫人のポートレイトであった。
"「それがどうかしましたかね」「いや、自分でもよくわからないのですが、ただ、何となく、わたしにも女房があったのではないかと思ったからでしょう」"
もし奥さんがいるなら心配しているはずだから、警察に一緒に行こうと勧める博士だったが、青年は遂に「自分で何とかします」「大丈夫ですよ」と素早くドアを出ていった。どうにも落ち着くことができず、神経が昂ぶっているうえに、頭がズキズキ痛みだしたのだ。

そして、エレベーターを待つ最中、診療室で見た「それ」の記憶を探りだそうと懸命に思いを凝らし―遂に、彼に記憶が舞い戻ってきた…。


【 考察 】

◆この作品の初出は、ALFRED HITCHCOCK’S MYSTERY MAGAZINE「アルフレッド・ヒッチコック・ミステリー・マガジン」1961年7月号。
青柳尚之氏の訳により、日本版「ヒッチコックマガジン」同年11月号(No.28)に掲載されました。

日本版掲載誌









レヴィンソン&リンクが、『記憶喪失』"no name, address, identity"を執筆したであろう61年6月前後は、彼らが「1年間のうち半年をニューヨークでの舞台劇執筆、残りの半年をロサンゼルスでのTVドラマ執筆」の二重生活に挑戦し始めた頃。と同時に、ルテナント・コロンボ初登場の舞台劇台本『殺人処方箋』"Prescription:Murder"が敏腕プロデューサー、ポール・グレゴリーの目に留まり、明年1月の初演に向けて動き出した時期と重なります。
この短編小説は、まさに若きレヴィンソン&リンクの人生に於ける、ターニング・ポイントと呼べる時期の作品でしょう。
(当ブログ"The Chronicle of Levinson and Link"の項参照)

◆"記憶喪失"テーマのサスペンスは、古くは、ウィリアム・アイリッシュの小説『黒いカーテン』THE BLACK CURTAIN('40)等が名作として知られています。
しかしその後は、ドラマ上の「安易な設定」の好例として、半ば"ギャグ"扱いされかねない状況でした。しかし昨今、現代人の、所謂「自分さがし」の流行や"履歴末梢"願望、またITの普及などによる、特定の"階級"概念の崩壊とも相俟って、改めてこのテーマの作品が、増加傾向にあるように思われます。特にミステリー映画では、『メメント』(2000)、『ボーン・アイデンティティー』(2002)、『unknownアンノウン』(2006)など、枚挙に暇がありません。

しかし、『記憶喪失』は、これらの作品とは、微妙にその狙いを異にしていると思われます。
この作品のおもな登場人物は、「記憶を失った主人公」と「マニンクス博士」の2人。お互いに"相手を知らない(思い出せない)"者同士が、お互いを結ぶ”ミッシング・リンク”を探る、さながら(診療室という限定空間を舞台にした)一幕一場の会話劇となっています。
そういった意味では、「記憶喪失」というガジェットは設定の取っ掛かりに過ぎず、彼らの狙いは「見知らぬ2人の人間が、カタストロフの予感を抱きながら、その"関係性"を探りあう」プロットにあったのでしょう。限定空間(舞台劇的空間)における"1対1のガチンコ勝負"、その鏡像関係を好む彼らの嗜好性は、やはり一貫しています。
また、この作品は『殺人処方箋』へと繋がる、レヴィンソン&リンクの「精神分析学」に対する関心の深さを物語る作品の一つではないかと思います。

日本版掲載ページ









◆理不尽な交通事故の犠牲となって、不本意にも記憶喪失になった主人公。
結末に至り、彼の「被害者」としての立場が見事に反転し、「加害者」としての、真の姿が浮かび上がる…この"どんでん返し"は見事です!もともと彼らは、チェルテナム・ハイスクール時代、"エドガー・アラン・ポーやO・ヘンリーに影響されたような、陰鬱で、サプライズド・エンディングを持った短編作品を、コンテストに応募したりした"と言います。
生涯、マジックが大好きだった2人にとっては、映像作品や小説といった媒体に関わらず、ラストに至って読者に背負い投げを食わせる「サプライズド・エンディング」の"快感"こそ、彼らの標榜する「ミステリー」が本来備えるべき"必須事項"であったと見て間違いありません。
被害者⇒加害者への反転。僕は、この発想が後々発展し、『殺しの演出者』"Murder by Natural Causes"のプロットへと育っていったのではないか、と想像します。妻の不貞及び、殺害計画の被害者と思われていた主人公は、実はその妻の生命を狙う「加害者」だったのです。
また、主人公の最後のひと言にオチを集約させ、プロットに幕を下ろすその鮮やかな手際。
舞台作家らしい、そのダイアローグの見事さ、所謂「決め台詞」の名手、との評価も忘れてはなりません。技巧派・レヴィンソン&リンクの面目躍如の短編、と言って良いでしょう。

◆青柳尚之氏の訳では、精神科医の名前は「マンニクス(Mannix)」となっていますが、本来「マニックス」が正しいでしょう。
実は彼らにはウィリアム・マニックスという高校の親友がいて、この名前を気に入っていました。その後のレヴィンソン&リンク企画参加作品、8シーズンにも亘る大ヒットとなったハードボイルド・アクションTVシリーズ"Mannix"(『マニックス』)の主人公である朝鮮戦争帰りの私立探偵にもこの名前を授けています。

【 ヒッチコック劇場でドラマ化! 】

◇尚、この短編は『ヒッチコック劇場』にてドラマ化されています。放映は'61年12月12日(第7シーズン)で、脚本は原作者自ら、リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンクが担当しています。彼らが同番組に参加した初の作品なのです。
まさに『殺人処方箋』"Prescription:Murder"初演直前!
サブタイトルは"Services Rendered"(「提供されたサービス」)、残念ながら日本未放映のようです。
主人公を同番組『バアン!もう死んだ』(ヒッチコックが演出したエピソード)にも出演していたスティーブ・ダン、精神科医を『イヴの総て』('50)などのヒュー・マーロウが演じています。

◇ちなみに念のためですが、日本語版ヒッチコック・マガジン'61年11月号に掲載された際、原題表記が同号のジャック・リッチー著『さらば記憶よ』と入れ替ってしまい、"goodbye memory"となってしまっています。でも、内容的には違和感がないんですよね。だから編集者も、うっかりしてしまったのでしょう。蛇足でした(笑)

※資料提供…町田暁雄氏
 

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この記事へのコメント
きょうはダンスされた!
でも、喪失しないです。
Posted by BlogPetのピート at August 22, 2007 09:00
 
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