日本に仕掛ける「焦土作戦」 サムスン電子 (下)選択3月23日(火) 10時 6分配信 / 経済 - 経済総合電子部品の内製化は、日本に深刻な事態をもたらすだろう。特にサムスンの飛躍を支えた携帯電話端末などは、内蔵されるコンデンサーやSAWフィルター、水晶部品といった基幹電子部品は相変わらず日本製である。ウォン安で輸出が増えるほど日本からの輸入も増え、為替の逆ザヤが発生するジレンマを抱える。彼らにとってこれら電子部品は、このジレンマを解消するうえでどうしても自前で欲しい部品であり、さらに外販攻勢に転ずることができれば、再び日本勢の市場を食い荒らし、成長を手にできる一石二鳥のアイテムとなる。まるでオセロの目が次々と裏返るように、日本は顧客と市場を同時に失うことを意味する。 「サムスンは例外なくシェアナンバー1を取る。目をつけられたら逃げられない」(前出アナリスト) 彼らの「焦土作戦」が始まるのは時間の問題であり、彼ら独自の「一眼レフカメラ」の発売がその始まりを告げることになるはずだ。 このサムスンの対日作戦を支える原動力は、最近、彼らが再び活発化させている「お家芸」ともいえる日本人技術者の買い上げだ。サムスンはここ数年、前述の電子部品や光学系部品分野を精力的に開拓し、有能な企業や技術者個人に的を絞り、獲得に向けて動いていた形跡がある。 昨年夏、またもや日本の有能な技術者たちがサムスンの軍門に下ったことは、業界内でもほとんど知られていない。電子部品業界の雄、村田製作所から最前線の技術エンジニア数名がサムスンに移籍した。村田製作所からは数年前にも、幹部クラスの人材がサムスンに引き抜かれている。今回はこの人脈を利用し、最新の製造技術に携わるエンジニアの獲得に成功したようだ。 また光学系部品では、住田光学ガラスやタムロンといった、一般の日本人がその名を知らないような中小企業にまで食指を伸ばしたという情報もある。住田光学は、一眼レフカメラ用レンズを中心に、幅広く高度な光学部品を手がける埼玉県の有力メーカー。一方のタムロンは、ソニー製ビデオムービーのカメラレンズなどを手がけるやはり埼玉県の有力技術系企業である。 前述のサムスン上級幹部の自信の背景には、こうした着々と進む人材獲得の実績もあるのだ。 サムスンの人材戦略は、技術が人に付いて容易に移動可能であることを知らしめた。初期は隠密行動であった人材買い上げも時間が経つにつれてエスカレートし、現在では公然の事実となっている。 チーフエンジニアクラスで三年契約一億〜二億円という相場で、日本の先行きに見切りをつけてサムスンの傭兵となる技術者が後を絶たないのが現実なのである。 中国勢の急成長に怯える 「脱エレクトロニクス」を図る今後の成長戦略で、再び照準を日本に絞ったサムスン。足元の業績を見ても、その死角を見出すのは難しいようにみえるが、決して彼らも盤石ではない。彼らは今、中国勢の台頭に戦々恐々としている。中国の技術水準の上昇スピードは予想以上で、最近では「このままではサムスンとて中国企業に負けてしまう」と指摘し始める業界関係者も出始めた。かつて、自らが日本から技術と市場を奪い取って急成長を果たしたが、今度は、中国勢が猛追するという姿が重なる。サムスンの危機感は人一倍だ。先を走る日本と急速に追い上げる中国に挟まれ、身動きが取れなくなる状態を表現した「韓国経済のサンドイッチ危機論」とは、サムスンの李健熙前会長が指摘した有名な言葉である。 実際、中国の景気刺激策「家電下郷」によって台頭した地元企業によって、サムスンは家電製品分野で中国市場から駆逐され始めている。〇八年に市場シェア一一%でトップを快走していた液晶テレビは、〇九年上期で同五%、八位に後退した。代わって台頭した上位五社はいずれも中国勢であった。 また半導体や液晶パネルといった先端分野でも、その兆候が現れている。半導体では中芯国際集成電路製造(SMIC)、グレース・セミコンダクター(GSMC)、上海先進半導体製造(ASMC)などが存在感を急速に増しており、液晶パネルでも吉林彩晶や上海広電集団(SVA)などの中国企業が生産量を伸ばしている。 こうした中国勢の台頭に危機感を抱くサムスンでは、半導体など先端分野の技術情報の流出に異様なほど神経を尖らせている。特に技術情報が集まる生産工場での対策は徹底している。ソウルから車で一時間、半導体の主力工場の一つである器興工場を訪れた日本人ビジネスマンによると、「正門と建物とを結ぶ道路脇に面会専用施設が設けられている。サムスン社内の人間と外部の人間との接触は、すべてその施設内に限られ、原則社屋への立ち入りを一切許可していない。外部訪問者のみならず、敷地を出入りする全社員にまで撤底したボディチェックと赤外線カメラによる空港の通関同様の厳重な持ち出し物検査など物々しい軍事施設並みの検査が義務付けられていた」という。 これまでも韓国は「スパイ防止法」などで国家の重要技術の流出を懸命に防いできた。有名な事件としては数年前、サムスンのエンジニアが中国企業に携帯電話端末の技術情報を漏洩したとして、逮捕、起訴された。エンジニアが利用したタクシーの運転手の通報によって事態が明るみにでたということで、韓国の情報管理の凄まじさを物語る逸話である。 しかし、このような徹底した情報管理をもってしても、完全には技術を守れないことは、彼ら自身が誰よりも知っている。 「隣国に技術が盗み放題の国(日本)がある限り、我々がいくら技術情報を防衛したところで意味はない」(サムスン関係者)との皮肉も聞かれる。また中国勢台頭の背後には、最近、技術提携が本格化している台湾企業の存在があることもサムスンの苦悩を深めている。台湾・馬英九政権による通商政策の転換から、台湾企業の大陸進出が緩和されたこともあり、台湾から中国への技術流出はもう止められない段階にきている。 日本企業への浸食はまだまだ続く 韓国では今年、韓国のシリコンバレーと呼ばれる大徳バレーにおいて、世界最大規模の重イオン加速器の建設が着工される。このプロジェクトでは、次世代素材開発など「脱エレクトロニクス」を標榜している。サムスンを除いて、こうした基礎技術を事業化する仕組みが現在の韓国にはない以上、これは事実上、「国策企業」であるサムスンのためのプロジェクトにほかならない。三兆五千億ウォン(約二千七百億円)が投入される計画だ。国内外の研究者三百名で構成される五十の研究チームが新産業の創出に資する基礎開発研究を競うもので、九名のノーベル賞受賞者を含む八十一名のトップレベルの研究者を世界中から招聘する計画だという。時あたかも、科学技術予算の削減が大きな話題となっている日本から見ると、国家レベルの戦略的成長戦略が際立つ。 日本企業を何よりの手本としてきたサムスンは、その失敗の研究も当の日本企業以上に重ねているはずだ。産業のリーダーとなり、今度は技術の牽引役とならねばならず、日本企業の苦しみを追体験するだろう。確かにサムスンの真価が問われるのはこれからだが、まだ足元に模倣できる市場がある限り、日本はまだまだ彼らの浸食を受け続けなければならない。
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