第2回
- 長谷川博一
- 長谷川博一(はせがわ・ひろかず)
- 1959年生まれ。東海学院大学教授。心理療法、犯罪心理学(鑑定)、児童虐待、家族病理、自殺・自傷行為を専門とする臨床心理士。秋田連続児童殺害事件で畠山鈴香被告の心理鑑定を行う。『子どもたちの「かすれた声」』など著書多数
長谷川 今回は、どうしてお父さんと、なのでしょうか? それが、すごく不思議なんですが。
柳 私は、母について家を出てから三十年間、父とほとんど接点を持っていません。接点を持つことを避けてきた、と言ったほうがいいかもしれません。この機会を逃したら、二度と接点を持つことができない気がするんです。
長谷川 接点を持ちたいですか?
柳 作家として。
長谷川 アイデンティティがありますよね。
柳 傍から見たら、書く材料として必要だからだろうとか、老いた父親を利用するつもりかとか、そういう風に非難するひともいるんじゃないかと思うんですが、そう単純でもないんです。私は、長谷川さんもお気づきになられていると思いますが、話すことが極端に苦手です。書くことが得意だから作家という仕事を選んだのではなく、話すことが苦手だから、書くという仕事しか自分には残されていなかった、というのが正直な実感です。ですから、父と私との関係を探るとしたら、やはり、それは書くことによってしか、見つけられないと思うんです。
長谷川 お父さんと最後に対面したのは、いつですか?
柳 私の文学賞の授賞式や、弟や妹の結婚式で型通りのあいさつをしたことはありますが、それは、他人の目を意識して「父親」の型に自分を無理矢理押し込んだだけですからね。最後に対面したのは、高一のときです。退学届を提出するのに、保護者同伴でなければいけないと言われて、いっしょに暮らしていた母が絶対イヤだと言うんで、別れて暮らしていた父にお願いするしかなくって、セーラー服姿で、父が勤めていたパチンコ屋にはいっていって、いちばん奥の景品カウンターで父を呼び出してもらったんです。黄金町の京浜急行のガード下の小さな店で、生姜焼定食を食べながら、退学処分になったことを、父に打ち明けました。
長谷川 そのまま、シャットアウトしたままでもいいんじゃないかなという気もするんですけど、何故この時期に対面したいと思われるんでしょうか?
柳 一つには、長谷川さんという、己は語らず、他者を語る、つまり軸となる存在がいる、ということも大きな動機になっています。もう一つは、父の年齢です。父は、今年七十三歳になります。平均寿命はあくまで平均に過ぎないわけですから、私より長生きする場合だってあり得るわけですが、もし、このまま、なんの接点も持たないまま、父に死なれてしまったら、ものすごい心残りになるんじゃないかなと……。
長谷川 うん、心残りという言葉が今、ずしんと響いたんですけど、何が心残りなんでしょうか?
柳 私は、父のことを、なにも知らないんです。
長谷川 お父さんの、なにを知らないんでしょうか?
柳 たとえば、父の父母がどんなひとだったか? どんな風に育てられたのか?
長谷川 お父さんが育った家族ね。
柳 何故、日本に来たのか? 何故、母と結婚したのか? 何故、家庭を崩壊させるまで博打にのめり込んだのか?
長谷川 何故、生活苦のなかで、犬や猫や莵や鳥や亀などのたくさんの動物を家に集めたのかとか?
柳 それらのことを、父が語る言葉で聞いてみたいんです。
長谷川 それらを知ることは、柳さんにとって重要なことなんですか?