「ニョッキ」で製造部門の責任者を務め、同社なき後、その製造施設を譲り受けたカシミーロ・アレッシ氏。

名刺に残るエンツォ直筆の文字をアレッシ氏が検分、「どこのメーカーのヴィオラより赤い」ニョッキのインクであると断言してくれた。

ニョッキ社のレシピを知り尽くしているインク職人、アレッシ氏の工房の壁には、古巣の看板が誇らしげに飾られていた。

エンツォが愛用していた「ニョッキ」の「ヴィオラ(パープル)」と同じ製法・原料によるパープルのインクを 限定生産・販売する運びとなった。名づけて「ヴィオラ・ディ・エンツォ」。

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1964年生まれ。現「ティーポ」編集長。
写真はイタリア取材中のスケドーニ工房における近影。誌面にはスケドーニ氏も登場している。

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ティーポの誌面でのレポートはまだ少し続くから
ここでいきなり白状してしまっていいものか悩んだのだが、
結局のところエンツォ・フェラーリがなぜパープルだったのか、
4日間の滞在で20人近くの人に話を聞かせていただいたが、
その理由を知ることはできなかった。
エンツォ・フェラーリと同じ時代を生きて空気をともにした
伝説の生き証人と呼べる人達も、
その理由を明確にしてくれることはなかった。
それどころか、彼らの何人かは「なぜだったのだろう?」と
今になって改めて疑問に感じたかのような表情すら浮かべていた。

エンツォがパープルのインクで文字を書くのは、
当たり前すぎるほど日常的なことだったからなのかも知れない。

フェラーリ本社から届いた回答についてのコメントを求めると、
その可能性はあるだろうとすんなり頷く人もいれば、
理由はいえないがそれはあり得ないと否定する人もいて、
真実がいったいどこにあるのか、僕は余計に判らなくなった。

でも、まぁいい──と僕は思う。

僕はヒストリアンでも何でもない。
知りたいという欲求は心の中にあるけれど、
何が何でも解答を書き込まなきゃ合格できない試験でもあるまいし、
謎は謎のままで空想の世界を遊んでいたっていいと思える程度の
ロマンティシズムは持ち合わせているつもりだ。

それに、ただひとつ確かにいえること──。

今、僕の手元に、紫色のインクがある。
エンツォ・フェラーリが好んで使っていたものと
同じ製法と同じレシピで再び作られた、紫色のインク。

『ヴィオラ・ディ・エンツォ(=エンツォの紫)』と名付けた
この万年筆用のインクは、
もはや消滅してしまった『Gnocchi(=ニョッキ)』で
製造部門の責任者をつとめ、
廃業するときに製造施設をまるごと譲り受けた
カシミーロ・アレッシさんの好意で再生産してもらったものだ。

僕はアレッシさんを訪ねたときに、
マラネロの文具店の店主であるオリヴィエーリさんから
「念のために持っていくといい。あげるよ。作った人なら
これを見れば自分のインクかどうか判るだろうから」と頂戴した、
エンツォ直筆のサインの入った名刺を持っていった。
彼は虫眼鏡を使ってジックリとその文字を観察し、こういった。

「これは間違いなくニョッキのパープルだね。
 うちのパープルは他のどのメーカーのヴィオラ(パープル)より
 赤いんだよ。同じ色は作れるよ」

アレッシさんは主として業務用のインクや
OEM生産のインクなどを製造している職人さんで、
自社ブランドの製品をリリースしてるわけでもないし、
もちろん小売りだってやってない。
彼のビジネスは最小単位10000個からの量産品に限られる。
にも関わらず「わざわざそのために日本から来たんだろ?」と、
彼は僕の酔狂ともいえるお願い──たった1000個の再生産を
「今回限りだよ」と笑いながら快諾してくれたのだ。

それから半年たった今、僕の手元に1000個のインク瓶が届いた。
『ヴィオラ・ディ・エンツォ』は万年筆用のインク。
しかも一般的なカートリッジ式のものではなく、
吸入式かコンバーターが使えるタイプの万年筆でしか使えない
用途の限られたインクだ。いわば“狭い”製品である。

だけど、とっても綺麗な色だ。

僕は万年筆にこのインクを吸入して使うようになってから、
へたくそな一文字一文字が愛しく思えるようになった。
文字を書くことを楽しいと感じられるようになった。
穏やかな気持ちで文字を刻むという行為に対峙できるようになった。

パソコン全盛の時代に万年筆で文字を書くのは実にアナログな
スローとしかいえない行為、不便といえば不便だ。
けれど“心を文字に置き換える”という
他でもなく人間だけに与えられた能力のひとつを、
以前よりも大切なものとして慈しむような気持ちになった。
万年筆で書かれた文字は、だからこそ温かく感じられるのだろう。

エンツォ・フェラーリがいったいどんなことを感じながら
紫色の文字を刻んだのか、それは判らない。
どんな表情でペンを持っていたのかも──。

ただ、彼はきっとそんなことを考えたこともないのだろうけれど、
この紫色のインクは、間違いなく、
彼が僕達に残してくれた温かな置き土産なのだと感じてる。

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