Astandなら過去の朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
集団予防接種で注射器を使い回されたためB型肝炎になったとして患者や遺族が国を相手に争っている訴訟で、札幌地裁が和解を勧告した。
一連の集団訴訟で、和解の勧告は初めてだ。原告側は受け入れを決めた。政府も早く協議のテーブルにつくよう決断を求めたい。
B型肝炎ウイルスの感染者は全国で140万人といわれる。
政府が慎重な態度を崩さないのは、必要となる費用がわからないからだろう。感染者のうち、予防接種によって感染した人をどう特定するかで、救済対象の範囲は変わってくる。1人あたりの救済金額の協議も、容易ではないだろう。
だが、命にかかわることである。
B型肝炎ウイルスは、おもに血液を介してうつり、肝臓にひそむ。ウイルスが消える人もいるが、のちに暴れだし慢性肝炎や肝硬変、肝がんに進むこともある。全国の原告380人の中には、亡くなった人や余命わずかな人もいる。一刻も早い救済が必要だ。
予防接種によってB型肝炎になったとして原告5人が起こした訴訟で最高裁は2006年、集団予防接種がB型肝炎の感染原因だったとし、国の法的責任を認めて1人当たり550万円の賠償を命じた。当時の厚生省が注射器の使い回しを放置したのが感染の原因だと認定した。
かつて義務だった予防接種が、幼い子に被害を広げてしまった。政府の責任は重大である。しかし厚生労働省は、その後もこの5人以外の感染被害者の救済を怠ってきた。
薬害C型肝炎の被害者は遅れて提訴したが、予防接種が原因だと訴えたB型肝炎に先んじて08年1月に被害者救済法が成立した。原告として裁判をたたかった患者以外でも、汚染された製剤を投与されたC型肝炎患者は、法的手続きをとれば救済金が支払われる仕組みができた。これまでに1400人以上が対象になった。
C型では、地裁で原告勝訴が相次いだことや大阪高裁が和解を勧告したことが政府への強い圧力になった。B型肝炎の感染被害者の救済も、和解勧告を機に急ぐべきである。
肝炎対策基本法が昨秋、成立した。その前文は予防接種禍訴訟に触れ「最終の司法判断において国の責任が確定している」と述べている。B型肝炎の感染被害者の救済をこれ以上放置する理由はもはやない。
基本法を受けて肝炎治療費の助成制度が拡充され、B型肝炎患者への支援も強化された。だが、これを感染被害者の救済を先送りする口実にしてはいけない。
鳩山由紀夫首相は、財政問題を含む幅広い観点からの対応を検討する方針を述べた。結論を急いでほしい。
海外のタックスヘイブン(租税回避地)や銀行の秘密口座を悪用した脱税が横行している。世界的な連携でそれを封じないと、まじめな納税者が損をさせられるばかりだ。
最近では、国税庁が米銀やスイス系証券の元在日幹部を告発。米メーカーの元日本代表も在宅起訴した。
いずれも報酬として受けた自社株購入権(SO)で多額の資金を作り、プライベートバンク(PB)という富裕層向け金融機関の海外口座でひそかに運用していた。
大手米銀などの調査では、日本には自宅以外の純資産が100万ドルを超す富裕層が百数十万人いるとされる。地主のような伝統的な資産家に加え、近年ではSOを得た外資系企業のサラリーマン、株式を公開した企業の経営者など、金融資本市場で大金を手にした新しいタイプも増えている。世界的な金融バブルの恩恵を最も受けた人たちといってもいい。
国内の超低金利や相続対策などを背景に、資産運用に熱心な人が多い。これに応えるのが1990年代から日本でも広がったPBだ。
海外の金融市場で資産を増やし、これを再投資してさらに増やすといった運用を得意とする。これがタックスヘイブンや銀行の秘密口座を経由すると、日本の国税当局が所得を把握することが極めて難しくなるのだ。
世界各国が連携を強め、課税の「抜け穴」をふさいでいくほかない。折しも一連の金融危機を受けて、タックスヘイブンなどに透明性を求める世界的な動きが加速している。
以前はテロ資金や資金洗浄の対策で着目されたが、金融所得を隠せるタックスヘイブンが高リスクの金融商品を大量に扱い、金融危機の増幅要因になったとの批判が巻き起こった。また、景気対策や銀行救済で財政が悪化した国々は、歳入確保に必死だ。これらが世界の空気を変えた。
昨年のロンドンG20サミットは宣言に「銀行機密の時代は終わった」とうたった。課税に必要な銀行口座の情報などを相互に交換できるようにする租税条約や租税協定の網の目に、タックスヘイブンなど問題ある地域を取り込む意思表示だ。米国やドイツなどは個別に圧力を強めている。
一方、経済協力開発機構(OECD)は、情報開示に後ろ向きな国や地域のリストを公表。今月から70カ国以上の課税当局の職員らが相互訪問して透明性を点検し合う。各国が相互に圧力を掛け合い、グローバルな資金の動きを透明化しようというのだ。
世界中の国々で貧富の二極化が進む。富裕層のほうが課税から逃れる度合いも大きいとあっては、社会への信認も揺らぐ。日本も世界との連携をさらに強めたい。