2009年度 第5回 連続公開シンポジウム 未来の声を聴こう

自然の生態に近づける

木村 秋則氏

では良い土とはどういうものでしょう。

地面に穴を掘って、50センチ下の温度を計ってみると、山の土の場合、地表との温度差は1度あるかないかです。ところが一般の畑では、10度近くも低い。これは、バクテリアの数が少ないからじゃないかと思います。そして、山の土のように温度差を無くしていくと、何でも育つようになるわけです。

以前、有機栽培の先進国ドイツで、とても小さなジャガイモを見せられ、「80年も肥料・農薬を施さないとこうなる」と言われました。

それはおかしいと思って、温度を計ってみると、イモを植えている深さ10センチあたりから地表と比べて8度くらいも下がっていました。加えて、ドイツでは機械を使って植えられていました。機械を使って植えると温度の低い深いところに植えられてしまうので、イモの生育がままならなかったのです。

畑をお借りして、温度が下がり始める手前のところにイモを植えてみたら、彼らのものとは比較にならない大きなジャガイモができました。

なお、一般的な畑の土には、必ず硬い層があります。そこは、バクテリアの活動も悪くて温度も低いため、野菜の根はこの層を越えられずに、横に広がってしまう。でも、この固い層を壊してやり、根がその下まで伸びるようになると、肥料なんか要らなくなります。

さて、山の落ち葉には、虫もいないのに穴のあいているものがあります。うちのリンゴの木も同じですが、これは病気にかかった部分を木が自分で落として、木全体に広がるのを防いでいるのです。

弘前大学が葉っぱに病原菌を塗って調査したら、やはり私のリンゴの葉は患部だけを落としましたが、肥料・農薬を使ったリンゴは、葉を落とすことができず、全体が枯れていきました。自然の生態に近づくと、人間も自分で自分の体を治すことができる、自然治癒力が増すようになるんじゃないかと思えてきます。

また、農薬を使っている畑の雑草を見ると、なぜか虫がたくさんいてびっくりします。うちの畑では、作物にも雑草にも、虫は1匹もいません。もちろん、これは土の違いが大きいのですが、さらに、自然の森と同じく害虫をモリモリ食べる虫がいて、駆除してくれているのです。

不可能ではなかった自然栽培

私は、空き地があったら大豆を植えようと、「マメいっぱい運動」を全国に起こしました。現在、味噌、醤油、豆腐という日本の伝統食の原料に使われるうち、国産はわずか10%というのも問題ですが、それだけではありません。

大事なものは地面の中にあるのです。マメ科植物の多くは、根に「根粒」というツブツブがあり、ここに共生している「根粒菌」というバクテリアが、空気中に無尽蔵にある窒素を土の中に取り込んで、天然の窒素肥料を作ってくれるんです。

そこで、野菜畑には一緒に大豆を植える。さらに小麦を植えると、先ほどの硬い層も壊してくれます。そして、肥料を使ったものにまったく見劣りしない、立派なコメや野菜ができるんです。それに虫も、1匹もつきません。

キュウリの巻きひげも、どんな太い指にもからみつくほど元気になる。トマトは、横に広がるように植えてやると、10メートルも伸びてたくさんの実をつけます。植物の力は、想像を超えているんです。

今、自分にできることを

あちこちで私の栽培法の勉強会が始まっており、その中には、農協(全国農業協同組合)と共同での取り組みもあります。

宮城県・JA加美よつばはその一例です。ここでは、コメの生産者と、それを加工して商品化する地元の製菓会社が一体となって、安全な食べ物だけでなく、きれいな川も取り戻そうとしています。

また韓国では、国を挙げて農業を変えようとしています。2009年は1,000人もの方が私の畑を見学にやってきました。すごい意気込みを感じました。このままだと、日本が韓国から自然栽培米を輸入する日がくるかもしれません。

みなさんはアルゼンチンのこんな昔話をご存じですか。

ハチドリという、本当にハチくらいの小さな鳥がいます。あるとき山火事が起き、森の動物はみんな逃げ出した。でもハチドリたちだけは、小さなくちばしで水を運び、懸命に火を消そうとしました。動物たちは「バカだなあ、お前たちの力で消せるわけがないのに」と笑いました。すると、ハチドリはこう答えました。「僕らは、今自分たちにできる精一杯のことをしているだけだよ」と。

景気も悪くて何だか沈没しそうな日本。こんなときだからこそ、国民一人ひとりがハチドリのように、自分にできることをやっていこうじゃありませんか。生産者でない皆さんには、私の栽培法をぜひ支援していただきたい。それによってこうした農業を行う人が増えれば、自然環境も元に戻っていく。もっと住みよい、隅々まで笑い声があふれる日本になるのではないでしょうか。そしてそこから、世界も変わっていくと思うんです。

最後に皆さん、一人になったらこっそり自分に「ありがとう」と言ってみてください。だって、元気でいられるのは、何より自分のおかげ。きっと明るい気持ちになって、楽しく生きていけると思いますよ。

対話「農と教育」

木村 秋則氏 × 濁川 孝志教授(立教大学コミュニティ福祉学部)

対談風景

濁川教授 タイトルに「農と教育」とつけさせていただきましたが、今日のお話はそのまま教育にもつながるなと思っています。子育てにおいても、親が過保護という農薬とお金という肥料をたっぷり与え、結果的に、子どもが自ら根を張って成長する力を阻害しているからです。

木村氏 そうですね。土の中のバクテリアも、肥料がたくさんあるところではサボる。反対に肥料を与えない私のリンゴは、30メートルも根を伸ばす。与えられなければ、生きるために自分から求めるんです。

濁川教授 木村さんはリンゴの木に声をかけると、かけた木が応えてくれるといった不思議な体験をされていますが、スピリチュアリティというか、目に見えない力のようなものについてどうお考えですか。

木村氏 私や家族が歩いていると、足音で分かるのか、捨てネコが集まってきて、今、うちに15、6匹います(笑)。こういう見えない力をもっと大切にしたら、みんな心が丸くなるんじゃないかなと思います。

動物だけではなく、野菜にも雑草にも、耳があると思うんです。文句ばかり言わずに、家族と同じように扱ってあげたら、野菜もどれだけ喜ぶか。私は、もしも自分が野菜だったらと考えて栽培してきましたが、そういう思いやりの心が、もう少し日本人に戻ってきてほしいですね。

濁川教授 木村さんはそのことを言葉より農業という行動を通して伝えていらっしゃる。それが広がっていって私たちみんなが幸せになれば、それこそが「福祉」だと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

■プロフィール

木村 秋則(きむら・あきのり)
1949年青森県生まれ。株式会社木村興農社代表。20代前半より農業を始め、当初は農協の指導に沿った通常のリンゴを栽培していたが、農薬により家族が健康を害したことをきっかけに、1978年頃から無農薬、無肥料栽培を模索。10年近く収穫がゼロになるなど苦難の道を歩みながら、ついに完全無農薬、無肥料のリンゴ栽培に成功する。現在、リンゴ栽培のかたわら、日本全国はもとより、海外でも農業指導を続けている。

※2010年1月10日に行われた講演を基に、要約、加筆・訂正の上掲載しています。



ページの先頭へ戻る

立教学院デザインガイド モバイルサイト
池袋キャンパス(広報課)
〒171-8501 東京都豊島区西池袋3-34-1
03-3985-2202
新座キャンパス(新座キャンパス事務部)
〒352-8558 埼玉県新座市北野1-2-26
Copyright © 2010 Rikkyo University. All Rights Reserved.