2009年度 第5回 連続公開シンポジウム 未来の声を聴こう

農業は太陽と土と水が調和する世界

木村 秋則氏

農薬も肥料も一切使わない自然栽培によって、リンゴを育てようと考えたのは、薬品に弱い女房を少しでも楽にしてやりたかったからです。それ以来、私の青春はリンゴ一色。なぜ実がならない? 1個でも実がなってほしい……。そして最後は、よく実をつけてくれたと、リンゴの木に感謝しました。

しかもその間、苦労した経験が今、皆さんのお役に立っているとすれば、リンゴは私に、みんなのために生きなさいと教えてくれたんじゃないのかなと思います。

韓国のある市長さんが、「農業は命をつなぐ仕事だから、これからは第1次ではなく、第4次産業と呼ぼう」とおっしゃった。それを聞いて改めて、農業は太陽と土と水が調和する世界なのだ。やっていてよかったと感じたのです。

そして、良いことにはみんなで取り組みたい。そうすればそこにいろいろな答えが出てきて、もっと良い栽培法がきっと生まれてくる。私のやってきたことを踏み台に、若い人たちに新しい農業、新しい日本の食づくりをしていただきたいと思っています。

肥料・農薬が健康にも環境にも悪影響を

コップにみなさんが毎日食べているおコメをひと握りと、それが浸るくらいの水を入れ、ラップでフタをして箸で一つ二つ穴を開けます。そしてそれを暖かいところに2週間ほど置いてみてください。

私の実験では、肥料・農薬をたくさん使った一般のコメは、もう食べられないというほど腐ってしまう。使用できる薬剤などを厳格に定めた有機JAS規格のコメも、少し腐り始めます。ところが、私独自の栽培法で作ったコメには、何の変化もありません。

スライスしたニンジンなどで実験しても同じような結果が出ます。安全なはずの有機JAS規格のコメや野菜までなぜ早々に腐るのか、それは分かりません。ただ、食べるとき、買うときに、こうした事実をちょっと考えてみていただきたいのです。

10年ほど前に調べたのですが、わが国のガンによる死亡率は、医学の進歩とは裏腹に、昭和30年代の3倍にも延びていました。途上国では、逆にガンが少ないと聞きます。こうした結果には食べるものが大きく影響しているのではないでしょうか。

厚生労働省によれば、日本国民の3人に1人は何らかの病気を患っており、5割は糖尿病の恐れが、6割は過敏症の傾向があるそうです。韓国では、食べ物を予防医学の観点から見直そうという動きが高まっています。医療の最先端をいく日本でも、もっとそういう考えを取り入れてほしいと思います。

問題は健康ばかりではありません。昨年8月、アメリカのNOAA(国立海洋大気圏局)が、農薬や肥料から出る亜酸化窒素は、温室効果が二酸化炭素の300倍で、オゾン層の破壊にも加担していると発表しました。だから、農業を変えない限り、環境問題は解決しないのです。

OECD(経済協力開発機構)が発表した日本の単位面積あたりの農薬使用量は世界一。実はあれだけ安全性が問題視されている中国より多いのです。

皆さんが新鮮で元気がいいと思って買う濃い緑色の野菜は、実はあり余る肥料・農薬を使った結果です。道端の雑草の淡い色こそが自然な色なのです。

もちろん、農薬・肥料のすべてが悪だとは言いません。おかげで日本の食生活は豊かになり、農家の人たちは重労働から開放された。でも、あまりにも使い過ぎているのではないかと私は思っています。

仮に殺虫剤を使わなかった場合、リンゴは9割以上減収するそうです。しかし、そのほかのコメや野菜は、意外にも3割程度の減収で済むというんです。

また、肥料については、植物は施した量のたった1割しか吸収しない。だから私は、無肥料・無農薬でもリンゴを栽培できるんじゃないかと考えたわけです。

雑草とバクテリアが土を変えた

会場

とはいえ、どうしたら肥料も農薬もなしにリンゴが実ってくれるのか。私にはまったく答えが分かりませんでした。

そこでまず、土のにおいをあちこち嗅いで歩きました。そして、あるドングリの木の根元の土を手本に、それと同じ匂いのする柔らかい土を求めたわけです。

土の変化を知る目安は畑に咲くタンポポ。山に生息するものと同じ50センチほどの背丈に育ったとき、私は女房に「来年は必ずリンゴの花が咲く」と宣言しました。でも彼女の顔は半信半疑、本当は私の頭の中もそうでした。何しろ、10年咲いていなかったんですから。

だから翌年、隣人に「花が咲いたぞ」と知らされても、恐くて花を直接見られなかった。隣の畑の小屋から、こっそり覗いたんです。

さて、私は自分の畑には30年間肥料を施していません。ところが、一般の畑の土の、実に3倍近い養分があります。調査してくれた弘前大学によると、世界遺産の白神山地の土と同じ状態だそうです。

長い年月をかけて土を変えてくれたのは、雑草と地中のバクテリアたちです。地球を支えているのは、彼らなんです。

ですから、人間が一番偉くて、あとのものはみんな部下だなんて、とんでもない。私の体には、リンゴ1個、コメひと粒実りません。それで私は、自分の仕事は農業ではなく、「リンゴ手伝い業」だと言っているわけです。

コメ農家の人たちに、こんな話をしたことがあります。

「コメを作るのは皆さんじゃなく、イネです。さっき、田んぼに人の姿が見えませんでしたが、田んぼの土は、うちの主人は冷たいなあと思ってるんじゃないですか? この後の宴会をやめて、そのお酒を田んぼに飲ませてあげてください。」

会場はシーンとなりました。そして、田んぼに「ありがとう」のお酒がまかれたのです。

ただし、土が変わるのには、コメや野菜の場合でも最低3年かかります。1年目の収穫は、前年までの肥料が残っているのでまずまず。でも2年目から収穫が減り始め、3年目には隠れて肥料を施したくなるんです。

ところがそのまま我慢をしていると不思議なことに、その後は年を重ねるごとに収穫が増えていきます。



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