海士町は、島根半島の北東約44kmの海上に位置し、面積33.5平方キロメートル、人口2,488人(平成18年3月現在)の日本海に浮かぶ隠岐諸島の1つです。自然・人情が豊かな島で、後鳥羽上皇の配流の地であるなど、貴重な文化遺産・史跡、伝承が数多く残されています。 しかし、現実的には、離島という特殊性は、「離島のハンディキャップ」として強く現れています。人口については、若年層の島外流出と極端な過疎・少子高齢化が進行しています。また、課税客体も少なく、税源がほとんどなく、税収だけでは基本的な住民サービスを賄えないのが現状です。産業については、基盤整備の遅れや消費地への輸送コスト高から、産業競争力が弱く、慢性的な労働者・後継者不足に悩んでいます。 1 地域通貨「ハーン」の導入にあたって海士町では、住民の島外での消費を減らし、なるべく島内で消費をしていくことが地域の経済再生と活性化に繋がると考えていました。地域通貨事業は、島内消費に有効な手法であると考え、導入の検討を始めました。 平成17年2月、財政課が中心となり、観光客へのフォーラムなどの開催を交流促進課、地域通貨モデルシステムの導入運用を総務課、住基カード発行管理を生活環境課が担当し、「庁内地域通貨プロジェクト」を立ち上げました。プロジェクトチームでは、地域経済の活性化を主眼に置いて検討をはじめ、その結果、地域通貨を日本円(現金)と同価値を持つ共通商品券のような存在と見なしました。 庁内で地域通貨の導入を検討し始めたころ、島の玄関口であり、商店が集中している菱浦地区から、町の助成事業を利用した独自の地域通貨の導入について、提案がありました。菱浦地区の提案した地域通貨は、住民のボランティア活動や地域行事への参加によって地域住民の交流の促進を図るものでした。同時に、地区公民館、加盟商店、住民間の経済活動の中に地域通貨を取り入れ、共同体意識や互助・自助の精神を醸成しながら地域の経済の自立を目指す目的もありました。この菱浦地区からの提案が、町の検討課題と一致し、地域通貨モデルシステムを導入することにしました。 庁内地域通貨プロジェクト発足2ヵ月後には、菱浦地区の住民による菱浦地区地域通貨導入委員会が発足しました。まずは、住民に地域通貨の普及が地域活性化につながるという一体感を促進するため「離島のハンデをアドバンテージに」というキャッチコピーを掲げることになりました。その後、庁内地域通貨プロジェクトと菱浦地区地域通貨導入委員会との間で、スケジュールの検討、他市の視察、住民への説明会の開催、システム開発のための業者の確定、システム開発を行い、プロジェクト発足から約10ヶ月後の平成17年12月に実証実験を開始しました。 地域通貨の名称は、海士町にゆかりがあり、日本に帰化したアイルランド人の随筆家小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)に因み、「ハーン」としました。 地域通貨「ハーン」紙幣 2 地域通貨「ハーン」の使い方地域通貨「ハーン」は、住基カード・携帯電話・紙幣を使い、町の商店などで利用できる共通商品券の役割を持つ地域通貨です。補助的に利用する紙幣は、500ハーンと1000ハーンを用意しました。「ハーン」を利用できる商店は、海士町役場にて日本円を「ハーン」に、また、「ハーン」を日本円に交換することができます。 利用者は、海士町役場にて日本円を「ハーン」に交換し、事業に参加している商店などで利用することができます。「ハーン」を利用できる商店は利用可能店を示すステッカーを貼ることにしています。また、実証実験では、「ハーン」を受け取った商店が仕入れなどのため日本円が必要になると想定し、日本円と交換できるようにしました。そのため、海士町では、「ハーン」の発行時に「ハーン」と同額の日本円を交換用に用意しておきました。 地域通貨「ハーン」の循環イメージ 地域通貨「ハーン」紙幣の利用風景 地域通貨「ハーン」住基カード利用風景 紙幣のデザインは、島の歴史・文化に基づいた独自のものとし、土地の魅力を伝えるパンフレットのようなデザインにし、観光客にお土産として持ち帰ってもらえるような仕上がりにしました。また、住民全員に地域通貨を理解してもらえるよう、「小さな島の挑戦」、「ハーン物語」といった地域通貨の仕組みや利用方法を伝える紙芝居を作成し、イベントを実施しました。そのほか、町職員などのボーナスの一部を希望者には「ハーン」で支払うことにより、「ハーン」の普及のために離島の特徴を活かして、離島ならではの運営、宣伝を行いました。 3 利用者からの声商店を営んでいる町民からは、「お客様から、今まで島外で買っていた物を島内でハーンを使い買うようになったという声があり、さらに普及して地域に根ざして欲しいと思う」というような、地域振興への効果を期待する声がありました。そのほか、町の人々や観光客からは、次のような意見を頂きました。
地域通貨「ハーン」の使える商店 地域通貨「ハーン」で海士町特産品を買う様子 4 地域通貨「ハーン」の今後の発展に向けて導入検討の当初には、この実証実験は島の菱浦地区のみを想定していましたが、菱浦地区が島の中心地区であることから、結果的に全島へ波及しました。そのため、海士町にある商店のほぼ100%(約130店舗)が実験に参加し、島を挙げての実証実験となりました。 今後は、町からの支出を極力抑え、地域通貨の流通の中で、地域通貨の運営費用などが賄えるビジネスモデルを早急に確立していきたいと思います。そのため、日本銀行のような役割を果たす「ハーン銭行(仮称)」を設立し、「ハーン」の流通量などをコントロールすることも考えています。また、これからはボランティア活動の対価などに「ハーン」を用いるなど、地域コミュニティの活性化にも注力していく予定です。 5 導入を検討している皆様へ地域通貨は、地域の特性や状況を考慮した上で、運用の将来像を見つめつつ、システムの導入を検討することが望ましいと思います。その上で、目的をはっきり1つに絞り、まずは1つの目的を住民に理解してもらい、それから地域通貨を発展させていくことが普及しやすいのではないか、と思います。 また、ボランティア活動への対価として、地域通貨を導入することなども考えられます。その際には、関連する部署への波及効果などについて、庁内全体で検討できる体制づくりが、地域通貨事業の拡張の際に非常に役立つと考えます。 6 資料
*海士町住基カード発行枚数 135枚 (平成18年3月末現在)
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