「今日は日曜日ではありません。勝負の日(ゲーム・デー)です」
日曜日の3月21日、CNNのベテラン政治記者キャンディス・クラウリーがこう宣言した。医療保険制度改革法案が下院で可決され、オバマ政権最大の公約である法案成立への道筋がつくかどうか、天下分け目の日だった。
下院議員がイエス、ノー、いずれの票を投じるのかは、11月中間選挙を目前に、各地元有権者の意向が大きく左右する。
では、有権者はどうやって、議員に己の主張を伝えるのか。それは意外にも、「電話」と「手紙」という、極めてアナログな手段が今でも主流だ。
それを物語るのは、オバマ氏の元大統領選挙対策本部が今でも日々送ってくるメールだ。私は取材の一環として、2008年の大統領選挙中、バラク・オバマ・コムからメールを受ける登録をした。この選挙本部が、現在ではホワイトハウスとメールリストを共有し、政権の主張を伝え、政策を遂行するために有権者がいかに行動すべきかを日々訴えてくる。
投票に先立つ3月19日、オバマ大統領の元選挙対策本部長デビッド・プラウフから一斉メールが来た。
「ケイコ、日曜日に下院で投票が行われる。歴史を作り、とうとう市民が医療保険を手にするチャンスが到来する。君の選挙区のキャロリン・マロニー議員(民主党)に電話をして欲しい。ワシントン事務所の電話がビジーなら、ニューヨーク事務所に電話しよう」
メールには、同議員の電話番号が記載され、どうやったら電話作戦に参加できるのかガイドするウェブサイトを紹介。サイトには、議員事務所に電話をする際の注意が書かれている。
「有権者すべての電話が重要です。ビジーだったらまたかけ直そう」
「君が議員の選挙民であることを知らせるために、名前と住所を先に言おう」
さらに、電話で述べる内容の台本まで用意されている。「医療保険制度を改革するために、議員が奮闘されていることにお礼を言いたいと思います。ニューヨーク州の有権者は、60万2623人/時間を、ボランティアで捧げてきました。投票が近づいていますが、有権者はあなたのような議員とオバマ大統領の味方です」。
同日、ホワイトハウスのデビッド・アクセルロッド大統領上級顧問からも一斉メールが来た。
「今日、大統領は医療保険改革がなぜ必要なのか、主張を述べた。ビデオを見よう」
Organizing for Americaは、同じくオバマの選挙戦メールリストを共有する医療保険制度改革の活動主体だが、メールで電話バンクへの参加を呼びかけてきた。2時間で2000本の電話を目標にし、ニューヨーク・マンハッタンのアイリッシュ・バーなどに集まって、携帯電話で下院議員に片っ端から電話するという作戦だ。
このため、賛否どちらに投票するのか決めていない民主党議員の事務所の電話はパンク状態になった。
また、ホワイトハウスには医療保険制度改革を求める手紙がこれまでに4万通集まった。オバマ政権は、医療保険の適用を十分に受けられないなどの苦情をこの手紙から拾い出し、大統領演説に利用している。
21日夜遅く、医療保険制度改革案を下院が可決。最後まで抵抗していた、人工中絶反対派の議員を同日夕方という土壇場でオバマ大統領が取り込み、法案成立に必要な賛成多数を確保した。
日付が変わった22日午前零時8分、バラク・オバマから一斉メールが来た。「サンキュー、ケイコ」。
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津山恵子(つやま・けいこ) フリージャーナリスト
東京生まれ。共同通信社経済部記者として、通信、ハイテク、メディア業界を中心に取材。2003年、ビジネスニュース特派員として、ニューヨーク勤務。 06年、ニューヨークを拠点にフリーランスに転向。08年米大統領選挙で、オバマ大統領候補を予備選挙から大統領就任まで取材し、AERAに執筆した。米 国の経済、政治について「AERA」「週刊ダイヤモンド」「文藝春秋」などに執筆。著書に「カナダ・デジタル不思議大国の秘密」(現代書館、カナダ首相出 版賞審査員特別賞受賞)など。