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[13837] DQD ~ドラゴンクエストダンジョン~ (現実→オリジナルDQ世界)
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:194c7156
Date: 2010/03/22 00:47
はじめまして、これが初投稿になりますが、よろしくお願いします。

これは現実からオリジナルドラクエの世界への転移ものになります。
ドラクエⅠ~Ⅸ、ドラクエの漫画などからキャラクターが出てきますが、実際とは性格が違い名前だけのキャラクターになってしまう可能性があります。
ご都合主義と感じられる展開があるかもしれません。

このような話が嫌いな方、苦手な方はスルーして下さい。

稚拙な文章ですが、楽しんでもらえれば幸いです。





2009/12/9 DQD 10話のスキルを修正しました。
2010/1/3 DQD 8話から13話のステータス表示の修正しました。設定の追加をしました。
2010/1/10 DQD 設定の追加をしました。
2010/1/17 DQD 設定の追加修正をしました。1階から5階のモンスターデータを追加しました。
2010/1/24 DQD 設定の追加をしました。
2010/1/31 DQD 設定の追加をしました。
2010/2/21 【チラシの裏】から【スクエニ】へ変更
2010/3/7 DQD 設定の追加をしました。
2010/3/22 DQD 設定の追加をしました。6階から10階のモンスターデータを追加しました。

          



[13837] DQD   1話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:194c7156
Date: 2009/11/10 23:28
何が起こったか分からなかった。
目覚めてみれば見知らぬ部屋で少年は一人寝ていた。
六畳ほどの広さの中、あるのは自分が寝ているベッドと小振りのテーブルとイス。そのテーブルの上は陶器の水差しとコップがあった。
ベッドは硬めで、そのせいなのか身体が凝りでギシギシいっているような気がするが、目立った異常は感じられない。
床、壁、天井、すべてが板張りで壁紙を貼ってもいなければ、畳も絨毯もない。
窓から差し込む光が今は昼間だと教えていた。

「……何だ……ここ?」

上半身だけ起こして周りを見渡しながら呆然と呟いた。
突然の状況に頭がうまく働かない。
始めは夢でも見ているのだと思った。ただそれにしては何時まで経っても目が覚めない。
たまに奇妙な夢を見る事はあるが、大抵は夢の中でこれが夢だと自覚してしまえば目が覚めていた。それなのに今は一向に目覚めない。
いや、これは現実逃避なのだろう。うすうすは気がついている。ただ認めたくなかっただけだ。
自分に何かとんでもない事が起こっただろうことを。

視界に入るもの、肌に感じる空気、あまりにも現実感がありすぎた。
心臓の鼓動が早鐘のように打つが、大きく深呼吸をして何とか落ち着こうとする。
身体を拘束されているわけでない。ということは、自分をここに寝かせた者は、自分に対して何か害を与える気がないのではなかろうかと思う。少なくとも今の時点では、だが。
これは勝手な思い込みなのだが、そう思い込まなければ思考が先に進みそうになかった。
とりあえず、何が起こってここにいるのか、記憶を辿ることにした。

名前は鳴海徹。歳は15。友人には物事を深く考えすぎだ、と言われる事があるが、『石橋を叩いて渡る』のがモットーだ。
これは幼少の頃、何も考えずむちゃをしたせいで二度ほど大怪我をした性でもある。その内一度は死にかけた。
そのせいか、何かするときには、まず考える事が癖になっている。
もっともまだ少年で社会の事も良く知らない身であるため、失敗する事も多々あるし、全く違う方向へ考えが行ってしまう事もあるが、とりあえず考える事が癖ではあった。

一番新しい記憶が確かなら、あの日徹は友人達とキャンプに行く予定だった。
中学を卒業し高校に入るまでの春休みで、高校進学で学校が分かれる者も出るため、記念の卒業旅行のようなつもりだった。
隣町のキャンプ場まで自転車で行って、そこでの二泊三日。特に問題はないはずだった。
朝、荷物を自転車に載せ、待ち合わせ場所に向かったところまではよく覚えている。
ただそれからが問題だ。
何か地響きのようなものを聞いた様な気がする。不審に思い自転車を止めた瞬間、地面から跳ね上げられるような感覚が襲った。立っていられなくなって、その場で地面にうずくまったところまでは覚えている。それが多分最後の記憶だろう。

「……地震……か?」

酷く地面が揺れていたのを微かに覚えている。だがそれでは今ここにいる理由にはならない。
これが瓦礫の中ならば、自分の記憶に納得が出来る。病院の中でもそうだ。
だがこの部屋は、どう見ても病室には見えない。掃除はされているようだが、病室ほど清潔には見えないし、何より古ぼけて見えた。
現代ではない一昔前の時代のもののように感じた。
自身を見てみれば、服も変わっている事に気が付いた。無地の布の服にズボン。少し古めかしくごわつく様な感じがした。

徹の思考はここで一旦止まる。
今の状況を判断できるものがこれ以上ここにあるとは思えなかったからだ。
となれば、後はこの部屋から出るしかない。
ただ、なんとなくこの部屋から出るのが躊躇われた。この部屋から出た瞬間、何かが終わってしまう。又は変わってしまう。そんな予感がした。
ただ今のままではどうしようもない事は、徹にも分かっていた。
そんな徹の悩みも実際にはあまり意味がなかった。何故なら徹の見ている前で、扉はゆっくりと開いたのだから。


入ってきたのは妙齢の女性。歳は二十台の半ばといったところか。どう見ても日本人には見えない。ただ、何処かで見たことがあるような気もした。
長い薄紫色の髪を後ろでリボンで束ね、赤いドレスを着ている。胸が強調されるような造りになっており、本人の容姿とスタイルの良さも合わさって見る者を引き付ける。
徹にしてもそうだ。
先ほどまで緊張して悩んでおきながら、今はついつい女性の胸に目がいってしまっている。十代の青少年にはしょうがないことだろう。

「あら、起きたのね」

女性も徹の目が何処を向いているか分かっているが、特に気にした様子もなく話しかけた。彼女にとっては良くあることだからだ。

「……あっ、ひゃい」

日本語で話しかけられるとは思っていなかった。それに見とれていたせいもあり返事も遅れ、ついでに舌も噛んだ。顔が一気に赤くなるが、女性の方は大人の貫禄でスルーしてくれた。

「一日中ほど寝たままだったから、どうしようかと思ったんだけど、見た感じ大丈夫そうね」

「はい、何とか」

とりあえず正直に答えておく。ここが何処かも分からない現状では、とりあえず話を聞くしかないと思ったからだ。

「それは良かったわ。なら、まずは自己紹介ね。わたしはルイーダ、この酒場の店主よ。」

「ルイーダさん、ですか。僕は鳴海徹です」

「ナルミトール、長いわね」

「あっ、鳴海が苗字で、徹が名前です。徹・鳴海といったほうが良いのかなあ」

「トール・ナルミ?」

 少し発音が可笑しく感じるが、今の状況で態々指摘する事でもないだろう。

「そうです」

「そう。それよりあなた、苗字もちなの?」

 ルイーダは少し驚いたように言う。

「そうですけど」

「……そうね。そうかもしれないわね」

 少しだけ徹を見つめた後、何か納得したようにルイーダは頷く。

「とりあえず立てるようなら下に行きましょう。聞きたいことがあるわ。それはあなたもでしょう」

言われて徹は頷く。
何も分からぬ現状を抜け出せるなら文句はなかった。聞きたい事は山ほどあるのだ。不安はあるが、選択肢が他にあるとは思えなかった。
部屋から出て行くルイーダに、徹は付いて行った。

*****

酒場は5人が座れるほどのカウンターと、テーブルとイス4脚のセットが、10セットほどある広さだ。
酒場の規模としてこれがどの程度なのか徹には分からなかったが、掃除の手が届いている事は分かった。
今は酒場としては休憩時間らしく、他の従業員の姿はなかった。
酒場には、徹とルイーダの二人だけだった。
カウンターに座った徹にルイーダはシチューと水を持ってきた。

「これはおごりよ」

ルイーダはウインクをしながら微笑む。
訳の分からぬ現状で一瞬警戒したが、ルイーダの好意を無視するわけにもいかない。意を決してシチューを口にする。
はっきりいえば美味しかった。何の肉を使っているか、何の野菜を使っているか、詳しくは分からないが、何処かで食べた事があるような感じはした。
一口食べて胃が動き出したのか、空腹感が湧き上がってきた。
あっという間に平らげたが、ルイーダが言った事が本当なら、丸一日何も食べずに寝ていたことになる。育ち盛りの十代、腹が減っているのも当たり前だろう。

とりあえず腹も膨れてようやく安堵のため息をもれた。
ルイーダもそれを見て微笑んでいる。
徹が緊張しているのは、ルイーダにも見て取れた。そのまま話をしてもうまくいくとは思えなかった。だからまずは食事にした。美味しいものを食べれば幸せになり、気も緩む。そのことを知っていたからだ。

「じゃあ、話をして良いかしら」

ルイーダはニコリと笑った。

*****

ルイーダの話を簡潔にまとめるとこうなる。

街壁の外で倒れていた徹を巡回警備中の門番が見つける。
奇妙な格好をした少年の行き倒れだが、行き倒れ自体は決して珍しいことではなく、その場合の対処法は二つ。『ルイーダの酒場』か、教会のどちらかに連れて行く事。
そこからは『ルイーダの酒場』の方が近かったため徹はここにいる、ということだ。
無鉄砲な若者が冒険者になるために、この街を訪ねるのは良くあることらしい。徹もそんな若者の一人だろうと、ルイーダに思われていた。
普段ならその後に教会へ引き渡すことの方が多いのだが、今回は興味を引くことがあった。見た事がない服を着た少年、どう考えても普通には見えない。要するにルイーダの好奇心が徹をこの酒場に引き止めたのだ。

「見つけたのがレイルズで良かったわね。そうでなければ荷物を盗まれたかもしれないし、そもそもそのまま放っておかれたかもしれないわ」

見捨てても罪にはならないから……、そう呟くと、ルイーダは酒場の奥から、一抱えの荷物を持ってきた。
見覚えのあるナップサックと服、それは確かに徹のものだった。

「後、あの荷車に似たようなのは外にあるわ」

そう言われて始めは思い浮かばなかったが、自転車の事を指しているのに気が付いた。

「あ、すいません。ありがとうございます」

徹としては礼を言う以外に何も出来ない。

とにかく分かった事はあまりない。何故ここにいるのかは分かったが、それがどうしてなのかまでは分からない。
話の中で冒険者と言う言葉が頻繁に出てきた。つまり使うのが珍しくない言葉だということだ。
少なくとも現代ならこんな言葉を使う事はないだろう。そしてこの酒場しか見ていないが、電化製品の類は見当たらない。
頭が痛くなるような事態しか思い浮かばない。
そして極め付けが今いる場所、冒険者のための酒場で名は『ルイーダの酒場』。店主は目の前にいるルイーダという女性。

(ルイーダの酒場って、ドラクエかよっ!ファンタジー世界かよっ!)

軽く心の中でツッコミをしたが、次の瞬間、それが必ずしも否定できない事に気がついた。
目の前のルイーダという女性、よくよく見ればDQⅨのルイーダと似ている。勿論DSのポリゴンと現実の人間では違いがあるが、もしも人として実際にいたならと考えて見ると、目の前のルイーダに違和感はなかった。

それを認識した時、一気に身体中が震えに襲われた。思考がうまく纏まらなくなる。
精神がこの異常事態に悲鳴を上げ始めた。徹はこのとき初めて本当の意味で自分の身にとんでもない事が降りかかってきた事を実感したのだ。
頭の片隅にあった、夢かもしれない、何かの冗談かもしれないという思いはこの瞬間どこかにとんでいった。

「どうしたの、大丈夫。もう一度休む?」

突然の事にルイーダも慌てる。普通にしていたと思っていたら、突然顔が青ざめて震えだしたのだ。何事かと思っても仕方がない。

「……いえ、大丈夫です」

徹は何とかそう答える。本当ならこのまま気絶でもしてしまいたいが、今の良く分からない身の上のまま意識を失う方が不安だった。
大きく深呼吸をする。一度、二度、三度……。
身体に倦怠感はあるが、頭の混乱はなりを潜め始めた。もっとも一時的なものにすぎないだろうが、これはしょうがないことだろう。

とりあえず徹は酒場を見渡す。目の前の女性がDQⅨのルイーダなら、当然ここにはリッカとロクサーヌもいるはずだと思ったからだ。だが良く思い出してみればこの酒場の形状は、ゲームで見たものとは随分と違う気がする。

(ドラクエⅨの世界ってわけでもないのか?それともルイーダが二人に会う前、もしくは二人と別れた後なのか?)

答えは出ない。そもそも似たような人間と場所だけで判断するのは、流石に強引かもしれない。

「本当に大丈夫なのね」

ルイーダは確認するように尋ね、徹は黙って頷いた。

「なら、少し君の事を知りたいわ。こういう言い方は嫌だけど、引き取って世話してあげたんだから、少しくらい話してくれても罰は当たらないと思うわ。そもそも君が冒険者を目指してここに着たのなら、わたしにはそれを聞く権利もある」

そう言われて徹は考え込む。
そもそも今の自分の身の上は、他人に話して良いことなのだろうか。信じてもらえるのだろうか。
もし自分が元の世界で他人から『他の世界から来た』というような事を言われたら、まずは相手が正気かどうかを疑うだろう。

話した場合のメリットとデメリットを考える。
そもそも目の前のルイーダは信用できる人なのか。悪い人ではないように思える。だが会ってまだ一時間ほどだ。人柄など分かるはずもない。
ゲームの時に感じたことなど当てにならない。そもそも同一人物かどうかも分からないのだ。
答えは出ない。出るはずがない。正解などないのだから。
つまりは自分の心の内だけだ。

「……そうですね。じゃあまず僕の話を聞いてください。とんでもない事を言うかもしれませんが、最後まで聞いてください。いいですか?」

「分かったわ」
 
ルイーダが頷くのを見て、徹はゆっくり口を開いた。
選択は自分の身の上を話す。
もしここがファンタジー溢れる世界なら、世界から世界への移動、そういう技術もあるかもしれないと思ったからだ。
ならば、元の世界に帰るためにも、まずは自分の立場というものを知ってもらった方が良いと思ったからだ。


*****


「なるほど……君は『渡り人』か……」

徹の話は割りと簡単にルイーダに受け入れられた。徹のほうが拍子抜けするほどだ。

「『渡り人』……ですか」

「又は『迷い人』とも言うわね。わたしのように冒険者酒場をしていると耳にする事もあるわ。本当に稀な事だけど、他の世界からこの世界に来たって言う話」

「じゃあ、元の世界に戻ったっていう話は……」

「残念ながらそこまでは知らないわ。わたしも話として知っているだけで、直接会ったわけじゃないから。そもそも君の事も半信半疑よ。でも『渡り人』自体は否定するつもりはないわ。そのぐらいあっても可笑しくないもの。でもそう考えると、あなたが苗字もちでも不思議な事じゃないのね」

「苗字もち……ですか?」

「ええっ、ここでは苗字があるのは王侯貴族や英雄って言われる一部の人達だけなのよ。
君は服装や道具が見たことないものだし、特に服はデザインも手触りも初めての感じのものだったから、何処かの貴族の御曹司が家出でもしてきたのかと思ったわ。珍しい事だけど今まで例がないわけでもないしね。でもまさかそれより珍しい『渡り人』だとは思わなかったわ」

そう言いながらルイーダは徹に笑いかけるが、徹のほうは、何とも微妙な引きつったような笑みを浮かべるしかなかった。

信じてもらえた事は良い。ただこれからどうすればいいのかは、さっぱりだ。
半ば覚悟はしていたが、何も分からないというのは辛い。
徹はルイーダがずっと自分の面倒をみてくれるとは思っていない。
先ほどルイーダ自身が話したように、これは彼女の好奇心がもたらした偶然に過ぎない。すぐさま見捨てられるとは思わないが、ずっと世話をしてくれるわけでもないだろう。
だが、今のところ徹が頼りに出来るのは、ルイーダしかいない。ならば今の内になんとかしなければいけない。
出来れば直ぐにでも帰れる方法があれば良いのだが、それはルイーダも知らない事だ。ならば今はこの世界で生きていく術を持たなくてはならない。そうでなくては、帰る方法を探ることも出来ない。

徹はルイーダを見る。その表情は真剣そのものだ。

「あの……急なことですけど、ここで働かせてもらえませんか。今後の目途が付くまでで構いませんから。お願いします」

徹はルイーダに頭を下げる。

「君の言いたい事は分かったわ。とりあえず頭を上げて。それじゃあ話すのも苦労するでしょ」

「あっ、はい」

「それでさっきの話だけど、雇うこと事態は難しいことじゃないわ。でもね本当にそれでいいの?」

「いいのかって言われても、今のこの良く分からない状況でどうすれば良いんです。帰る方法が分からないんじゃあ、とりあえず様子見するしかないじゃないですか。そのためにはこうするのが良いと思ったんです」

「君の言いたい事は分かるわ。だけど話を急ぎすぎよ。もう少し落ち着きなさい。さっきの話にはまだ続きがあるのよ。わたしは『渡り人』が元の世界に戻ったのを聞いた覚えはないけど、世界を渡る方法に心当たりがないとは言っていないわ」

「えっ」

「この街にある塔にはあらゆる願いを叶えてくれる神龍様がいられるわ。もし君が元の世界に戻るのを望むなら、神龍様に会いに行けば良いのよ。冒険者になって」

それは確かに魅力的な言葉だった。先が不安な徹にとっては、暗闇に差し込んだ一条の光にも感じられた。
もっともその光の先は、必ずしも天国に続くとは限らないのだが。
とりあえず道の一つは示された。



[13837] DQD   2話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:194c7156
Date: 2009/11/10 23:42
DQD   2話

ゴットサイド。

それは、島の名であり、街の名でもある。
島の中央にある天を貫くような巨大な塔を中心に街は形成され、その地下には神が魔王、邪神を封じた迷宮が存在する。
神の声を聞くことが出来た者達が塔の周囲に集い、それが段々と街になっていったことからこの地は聖地とされ、街の北区には大聖堂が建設されている。この島自体はどの国の所有でもなく、教会の管轄地となっている。

この地に冒険者が集うのは、神託があったからだ。

『迷宮にてモンスターを討て。さすれば天への道が開きあらゆる願いが叶えられるだろう』

本来ならもっと難しい言い回しだったが、要約すればこれだけのことだ。
神はかって邪神を倒したが、滅するまでは出来ず封印するに留めるしかなかった。だが邪神は封印されながらも、力を貯め続けていった。このまま放っておけばいずれ封印が破られるかもしれない。
ならばその力を削いでしまえばいい。
神は邪神の力の欠片をもぎ取ると、別のモンスターや魔王としての形を与えた。
こうして迷宮はモンスターが徘徊するようになった。

神託の当初は教会で討伐に当たっていたが、戦いの専門家でない神官や司祭では犠牲も多く効率も悪かった。そこで『餅は餅屋』ということでモンスターを退治する冒険者を募集し、討伐に当たらせる事にした。勿論それらの冒険者の全てを教会が雇えるような金銭はないが、そうする必要は全くなかった。
モンスターを倒せばその後にG(ゴールド)等が残り、迷宮内には鉄やルビーなどの鉱石や薬草などが採集出来る場所があったり、また神様からの宝箱(ギフト)が置いてある事があったりと、冒険者が自ら志願する理由に事欠かなかった。

一攫千金を狙う者、魔王を倒し勇者の名を得ようとする者、ただただ強さを追い求める者、それらを相手に商売をしようとする者など様々な者達がこの街を訪れる事になった。
それから数百年の月日が流れている。

『天への道』とは、すなわち街の中心にある塔の事である。
『天空の塔』と言われ、迷宮である一定以上の功績を認められた者にだけ、塔はその扉を開き受け入れる。そして試練を潜り抜け最上階まで到達できた者が、神龍に願いを叶えてもらえるのだ。これは言い伝えのような曖昧なものではなく真実だ。神龍に会いその願いを叶えた者がいるのだから。
だが現実として神龍に会い願いを叶えた者は、公式には一人だけだ。塔に入る事を許された者さえ今までに500人にはとどいていないだろう。
多くの者はその困難さに諦めるのだ。夢を叶える者も一部はいるだろうが、それは稀な事だ。

結局のところ冒険者という職業には夢があるようだが、厳しさもそれを覆すほどあるのだ。


****


徹にとっての冒険者とはゲームの中での存在でしかない。しかもそれは成功が約束された存在だ。金銀財宝に美しい姫君、冒険者とはそれらが手に入れられる者として徹の頭の中にあった。
まだ15の少年である徹にとって、冒険者という言葉は胸が踊るものがあった。剣と魔法のファンタジーの世界で自分が英雄として活躍するところを空想しない少年はいないだろう。勿論、徹だってそうだ。
それが今現実として目の前にあった。

「……冒険者……」

「そうよ。おそらくそれが最も確実に元の世界に返れる手段だと思うわ。困難は並大抵じゃないと思うけどね」

確かにそうだろう。そんなことは分かっている。分かっているつもりだ。ただ帰る手段がありながらそれを無視する事が出来なかった

「どうすれば、冒険者になれますか?」

「それはここで登録すればなれるわ」

『ルイーダの酒場』が冒険者の登録場所なのは、ドラクエ通りらしい。

「だけど、誰でも登録できるわけじゃないの。一応の試験というか条件みたいなものがあるわ。それをクリアーできれば晴れて冒険者として登録できるの。どうする?」

答えは出ている。ただ何かがその答えを出すのにブレーキをかけている。
心の中で囁く声がする。待て、よく考えろ。ここは重要な分岐点のような気がするぞ。
だがそれを上回って好奇心が声を上げた。

「お願いします」

勝手に口から出たような気さえした。
人からは『落ち着いている』や『頭が固い』等と言われるが、所詮は他の同年代の子と比べての話だ。
訳の分からない事態に巻き込まれれば、理性的な考えなど跳んでしまう。そうなれば後は勢いだ。

「分かったわ。少し待って」

ルイーダは奥に引っ込み何かを持ってくると、徹の前に置いた。1m程の木の棒と布製であろう服とズボン、そして何かが入っている袋だ。

「ひのきのぼうと布のふく、そして支度金の100Gよ。勿論只ではないわ。これから一週間で300Gにして返してもらうことになるの」

300G、それがどの程度の金額になるか。徹には実感がない。

「もし手持ちがあるなら、300G返してもらってすぐに登録できるけど、君には無いわよね」

徹はこくりと頷く。

「基本的に300G返してもらえれば、どういう風に稼いだかは問わない。勿論犯罪行為のした場合はそれなりの報いを受けることになるわ。とはいっても普通に働いては、一週間で300Gは不可能とはいわないけど無理に近い。だから仮登録として試験期間は迷宮に入れるようになるっているの」

つまりは迷宮でモンスターを倒してGを稼げ、ということなのだろう。
元々迷宮は冒険者と教会関係者のみに入ることが許されている。一部の例外はあるかもしれないが、一般人は基本的に立入禁止だ。それを破れば厳しい罰則がある。
この場合の冒険者とは、ゴットサイドで登録をしている者を指している。いくら他の国、地域で冒険者としての実績があろうともこれに例外はない。

「実際にどうするかは本人の自由よ。ただ迷宮に行くときはこれを持って言ってね」

ルイーダが徹に差し出したのは、剣の形をしたペンダントだった。

「それは仮登録の証のようなものよ。迷宮入り口の門番に見せれば、迷宮に入れてくれるわ。但し明日からよ。後、もし300G返せない時は、教会で一年間無料奉仕することになるわ。後、これはさっきの話の続きだけど、考え直してここで働く場合にしても、最低半年は勤めて欲しいわ。仕事を覚えたと思ったら辞められる、じゃあこちらも困るから。どうする?」

徹はゆっくりとルイーダからペンダントを受け取った。
話を聞くときにはもう答えは決まっていたのだ。これでもう後には引けなくなった。後は進むのみだ。

「じゃあわたしはこれから仮登録してくるから、君は好きにしていて良いわ。よければ街を見て回っておくのも良いと思うわ。この試験の結果がどうなるにしろ、当分この街にいる事になるんだから。後、念のために買い物をした時の注意事項なんだけど、正式に冒険者となった時とそうでない時では金額に差があるわ。冒険者には割引があるからそのあたりは注意してね。つまり今買い物すると冒険者の時より値が張るということね。冒険者でないと入れない、使用できない施設とかもあるから気をつけてね。後今日はさっきの休憩部屋を使っても良いから。もちろん只よ。ただし明日から使用する時には少しだけどお金を頂く事になるし、他の宿屋を選んでも良いわ。だから宿の事も考えながら100Gを有効に使ってね。」

「分かりました。ありがとうございます」

「街を見るなら迷わないように注意してね、結構広いから。もし迷ったら東区の『ルイーダの酒場』の場所を聞けば大抵の人は分かるはずよ。それじゃあね」

ルイーダはそれだけ良い終えると酒場の奥に向かっていった。
酒場には徹一人が残される。
目が覚めてから数時間で、世界が随分と変わってしまった。だが嘆いていても何も変わらない。やれる事をやるしかない。

まずは、明日のために身支度を整えることから始めることにする。ひのきのぼうと布の服だけではあまりにも心もとない。
先ほどのルイーダの言葉からすると、今物を買うと正式な冒険者として買うより割高になるのだろうが、そんな事は考えるに値しない。冒険者になった時という未来のことを思っても仕方がない。大事なのは今だ。
とりあえずは防具が欲しい。盾もいいかもしれない。武器は二の次だ。まずは身の守り、生きてこそ次もあるのだから。

徹は、荷物を2階の休憩室に置くと、100Gの袋だけ持って外へ出た。期待、不安、興奮、様々な感情をごちゃ混ぜにしながら。



[13837] DQD   3話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:1cef5345
Date: 2009/11/11 23:03
DQD   3話

徹はこの世界を楽観視していた。
最初に会ったのがルイーダという女性であった事がその要因の一つだろう。善良と言って良い性格であろうし、また美人でもあった。
初めは訳の分からぬ状況に混乱もしたが、ルイーダと話していった結果、微かにだが元の世界に帰る道が見えてきた。

ただでさえドラクエの世界のように思えてならないのに、まるでゲームのオープニングイベントのような展開だ。

ドラクエといえば危機的な世界でありながらも、街の住人は何処か牧歌的な感じがする。
そんな意識が徹にはあったのかもしれない。
精神的に疲れていた事もあったのだろう。
だがそれは全て今更のことだ。
事実だけを語ろう。街に出た徹の身にあった事を。

騙され、有り金の全てである100Gを奪われ、殴られて昏倒させられた。
だがその後、助けられ『ルイーダの酒場』へ運ばれたのだからまだ運はあるのかもしれない。
とりあえず街の探索は、一時間も経たず終わりを告げる事になった。


****


目を開けたとき、視界に入ったのはいかつい顔でモヒカンの大男だった。
何事かと思い身構える徹に大男はニコリと男くさい笑みを浮かべる。不思議と嫌悪感はなかった。

「ルイーダさん、起きたようですよ」

「本当に?」

そう言いながら現れたのはルイーダだった。
徹には今の状況が良く分かっていなかった。酒場から外に出て街を見て回ろうとしたところまでは覚えている。だがその後の記憶がない。
周りを見渡せば、ここが酒場の休憩室だと分かる。徹の荷物もあるのだから、間違いはないだろう。
陽は沈んだのか窓の外は暗く、ランプが部屋の中を照らしている。
徹の記憶ではまだ昼間だったはずだ。酒場に戻った記憶はない。

「大丈夫?」

「あっはい」

「君ね、街の路地裏で襲われていたらしいの。そこをハッサンに助けられたのよ」

ルイーダはそう言いながらが大男、ハッサンに視線を向ける。

「お礼を言ったほうがいいわね」

「……そうですか。ありがとうございます」

今一実感はないがとりあえず身体起こし、ハッサンに頭を下げる。
ハッサンの名を聞いて思い出した事は、ドラクエⅥで同じ名前のキャラがいたという事だ。モヒカンで筋肉隆々の大男。あのキャラも現実にいるとすれば目の前の大男のようになるはずだ。

「なーに、良いって事よ。あんな場面を見て放っておくなんて男が廃るってもんよ。ところで本当に身体の具合は良いか?一応ホイミは掛けておいたが、何か異常があるなら教会に行っておいたほうがいいぞ」

「とりあえずは大丈夫みたいです」

手先を動かしてみたり、肩を一回転させたり、首を回したりしてみるが、おかしな感じはしない。

「そうか。それならいいんだ。だがいきなり災難だったなあ。ルイーダさんに聞いたが仮登録中なんだろ。初っ端で躓くなんてなあ……」

「……初心者狩り……ね」

ルイーダがふうっとため息をつく。

「多分そうだろうな。うっとうしい奴らだ」

聞くところによると、仮登録の冒険者を狙って襲う連中がいるらしい。支度金の100Gはそれなりの額だ。この街に夢を見て田舎から出てきた若者達は、彼らにとってカモらしい。そのまま連れ去られることもあるそうだ。
街に来たばかりなら知り合いもいない。よっていなくなっても気にする者は少ない。しかも初心者が始めての迷宮でそのまま死んでしまったりすることは、時折あることだからだ。金だけですんでまだ運がいいらしい。
もちろん警備はしているし、そのために事件も少なくなってきているが、やはり完全になくなるという事はない。

このゴッドサイドは聖地の一つに数えられているが、実質教会の勢力が強いのは北区であり、そこは外壁で囲まれた街の中で更に壁で囲まれている。教会関係者と他一部の者だけが入る事が出来る特区となっている。
他の場所は他の大きな街と変わりはない。歓楽街もあれば、スラム化した場所もある。
ここは『天空の塔』という神の園に最も近き場所であり、『邪神を封じた迷宮』がある邪に近き場でもあるという正邪が混在した街だ。
結局のところ、人が大勢になればどのような所でも犯罪は起こる。それが聖地といわれているような場所でも変わらないだけだ。

「注意しなかったわたしのミスだわ」

ルイーダは額に手を当て再びため息をついた。

「それは違うぞ、ルイーダさん。被害にあった本人を目の前に言うのもなんだが、この坊主も仮にとはいえ、冒険者を名乗ってるんだ。冒険者は自分の行いに自己責任をもつ義務がある。だから俺たち冒険者はこの街でいろんな権利を受けられるんだ。これが一般人で被害を受けたなら話は別だ。憲兵に文句の一つも言えば良い。だが、この坊主はもう違うんだ。誰にも文句は言えない。言うなら自分自身にだけだ。まあ今回は高い授業料を払ったと思うんだな」

ハッサンは真剣な表情で諭す様に言う。
徹にしても、ルイーダに文句を言うつもりはなかった。
だんだん記憶が甦ってきたからだ。

徹が街に出て周りを見回している時に一人の男が話しかけてきた。歳は十代後半ぐらいの特徴があまりない普通の男だった。
「自分も冒険者になったばかだから、同じような人に話しかけたんだ」そんなふうに話しかけられた。
警戒はあまりしなかった。異世界の街並みは何処か現実感がなく、珍しい風景に浮かれていた性もあったのだろう。少し話をした後に、街を案内するという男の言葉に徹は頷いてしまった。
そして少し街を見て回った時、近道をするといわれ裏路地に入っていく男にそのままついて行ってしまった。そして少しした後に後頭部に衝撃を受けた。
これが街でのあらましだ。

ハッサンはこの時たまたま裏路地に入っていく二人と、その後に続くように入っていく数人のガラの悪そうな男達を見つけた。様子が何かおかしいと思い後を付いて行くと、倒れた徹と徹を囲んでいたガラの悪い男達がいたのだ。ガラの悪い男達は、ハッサンに気づくと、すぐさまその場から路地の奥へと逃げていった。見事と言って良い逃げっぷりだったらしい。
ハッサンは一瞬男達を追おうと思ったが、倒れている徹を放っておく事も出来ず徹を助けることを選択した。
その後は仮登録のペンダントがあったため徹が冒険者だと知り、ハッサンはその場から一番近い『ルイーダの酒場』に来たのだ。
徹は正しく運が良かったのだろう。たまたまハッサンが見かける事がなかったら、今頃どうなっていたか分からないのだから。

「そう思う事にします。今回は本当にありがとうございました」

記憶を思い出した今、改めて頭を下げて礼を言う。

「ルイーダさんも心配を掛けてすいませんでした」

「わたしのことは気にしなくてもいいわ。ハッサンはああいうふうに言ったけど、これはやっぱり注意しなかったわたしのミスだと思うから。それに取られた100Gのことだけど変わりの用意は出来ないわ。これは決まりだからどうしようもないの」

ルイーダは済まなそうな顔をする。

「そのあたりの事情は分かるつもりです。何とかひのきのぼうと服は残ってますから、まだ何とかなります。気にしないでください」

「ええ、分かったわ。君がそう言うならそうするわ」

「よく言ったな、坊主。それでこそ男だ」

 ハッサンが徹の肩をバシバシと叩きながらガハハッと声を上げて笑う。しんみりとした雰囲気を吹き飛ばす豪快な笑い声だった。

「さてと、坊主も無事に目を覚ましたことだし俺はこの辺で帰りますよ。それじゃあな、坊主。今度会うときはお互い冒険者だといいな。その時は、お互いに名乗りあおう」

ハッサンは軽く片手を上げると部屋から出て行った。
そう言われれば、助けてもらっておきながら自己紹介もしていないのに気が付いた。だが冒険者になれば又会えるときもあるだろう。冒険者になる理由が一つ増えたと思えば良い。

「私もそろそろ戻るわ。今日はゆっくり休んだ方が良いわ、色々あったと思うから。そこにパンがあるから良ければ食べてね。じゃあ、おやすみ」

「色々すいませんでした。おやすみなさい」

ルイーダが部屋から出て行き、徹は部屋で一人になった。

そうなると今日一日にあった事が色々と頭の中をよぎる。頭が少し混乱する。
興味、恐怖、怒り、様々な感情が浮かび上がっては消える。

とりあえず気分を変えようとテーブルの上のパンを食べる。何をするにも体力がなければどうしようもないと思ったからだ。お世辞にも美味しいとは言えず少し硬いパンだったが、腹は膨れた。
水を飲んで一旦落ち着いた所で、徹はぼうっとして周りを見回した。落ち着いたせいか、一気に疲れが出た。

部屋はランプで照らされているが、蛍光灯の明かりに比べるとあまりにも暗い。
一日前までは元の世界で平和に暮らしていた。それがこんな風になるなんて思いもしなかった。
異世界に迷い込むとかの物語は徹もよく読んでいる。だがそれが自分の身に起きるとは思いもしなかった。
第一徹は、他の世界へ行きたいとは思わなかった。
ファンタジーの、中世に近い世界で生きていけるとは思えなかったからだ。
現状に大きな不満がなかった事もある。
家族は両親、祖父母、兄が一人に姉が一人、妹が一人の8人家族と多いが、家族中は悪くなかった。家で事業を行っていて、地元ではそれなり企業として名は知れていた。
友人も多くはないが、親友といってよい者達はいた。
地元で一番の進学校への入学も決まっていた。
穏やかな日々があり、それが続くものと思っていた。
だが現実として徹は今、この異世界にいる。世の中何が起こるか分からない。

ルイーダ、ゴッドサイド、神龍、天空の塔、ハッサン、ホイミ等、ドラクエの用語や人物がいることから、ここはドラゴンクエストの世界だと推測できる。ただし、ナンバリングタイトルの世界ではなく、それらによく似たごちゃ混ぜの世界。それが今いる世界なのだと徹は思っている。

ドラクエはその雰囲気に騙されがちだが、結構欝になりそうな話も多い。主人公が騙されることもある。
それが分かっていれば昼間の事件も起こらなかっただろうか?
いや結局は起きたような気もする。基本的に徹は人が良い。余程の事がない限り初めて会った人を疑うような事はしない。
それは生まれ育った場所にも関係するだろう。
田舎ほど周りと密でなく、都会ほど疎遠でもない適度な距離の近所付き合い。周りでは事件らしきことは起こらず至って平和。そんなところで育ったのだ。幼い頃の事故から何かにつけて考える癖はあるが、それは基本的に自分に対してだ。他者を疑うことには慣れていない。

徹は元の世界との接点でもあるナップサックを手元に引き寄せる。
本当なら今頃は友人達とキャンプをしているはずだった。馬鹿な話、高校に入ってからの話、女の子の話、夜遅くまで話しただろう。

ナップサックの中を探る。そういえば中の確認をしていなかったことを思い出したからだ。取り出してみると入れたものに変わりはなかった。
下着などの着替え、調味料一式、チョコなどの菓子、懐中電灯、ナイフ、自家発電式携帯ラジオ、携帯電話、ライター等があった。これが徹の持つ財産だった。
携帯電話を掛けてみても繋がるはずはないし、ラジオもザーザーと波の音しかしない。
知らないうちに涙が出ていた。

「……ユキ姉、リン、イチ兄、父さん、母さん、じいちゃん、ばあちゃん……」

知らぬ間に家族の名が口から出ていた。
徹はベッドに倒れこむとそのまま泣き、そして泣きつかれて寝た。
目が覚めたとき、元の世界であることを願って。



[13837] DQD   4話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:706da890
Date: 2009/11/12 22:35
DQD   4話

~ 一日目 ~

「まずは教会へ行きなさい」

朝に挨拶の後ルイーダさんから言われたことだ。
教会は冒険者にとって必須施設だ。
怪我や体力の回復、毒や麻痺の治療、呪いの解呪、ホイミすらきかない瀕死からの復活と色々ある。
だが徹がルイーダから特に重点を置いて言われた事は次の二つだ。


一つ目は『お祈り』。
これは冒険中の死からの生還の可能性があるということだ。
これは実例もあり、神が起こす奇跡の一つとされている。ただ死んでしまった者の内で誰が生き返ることが出来るかは分かっていない。
敬虔な信徒、英雄といわれた者でも生き返らなかったかと思えば、ただの町人が生き返ったりと何が基準となっているか分からない。
ただお祈りをする事が条件である事だけは分かっていた。


二つ目は『祝福』。
冒険者は迷宮でモンスターを倒すことより、その魂の一部を取り込む。その魂のエネルギーを使って成長する事が出来るのだが、自然に出来るのは一部の特別な素質を持つものだけだ。
多くの者は魂を取り込む事は出来るが、そのエネルギーを使うことが出来ず時間が経つと共にそのまま拡散してしまう事になる。
『祝福』とは取り込んだ魂のエネルギーを使い冒険者を成長させる奇跡の事だ。
つまり魂の一部とは経験値の事で、成長するとはレベルアップするということだ。
ゲームの中の勇者やその仲間達が自動的にレベルアップするのは、正しく特別な素質を持つ一部の者なのだからだろう。
確認としてハッサンの事を聞いてみると、やはりその特別な素質を持っているらしい。
ちなみに、『祝福』の奇跡は、普通にレベルアップとこの世界でも言うらしく、強さの基準としてレベルが認知されているとのことだ。
この辺りゲームっぽいが、神の奇跡で皆は納得している。神の存在が感じられるこの世界と元の世界の差なのかもしれない。
レベルアップ自体は冒険者だけのものではなく、一般人でも出来しその際に成長も出来るのだが、冒険者は何がどのように成長したのかは分かるし、更に様々な特典もあるとの事だ。

最も何よりの問題は異世界人の徹に、この世界の神の奇跡があるのかどうかということだろう。損はないのだから試してはみるが、もしレベルアップが出来ない時は色々と予定を変えなくてはいけない事になるだろう。


****


徹はルイーダの言う通りまずは教会に向かった。とはいっても、一番近くの教会は迷宮の入り口近くにあるため都合が良い。いや、迷宮の入り口に併せて教会も造られたのだろう。
教会と言ってもそれほど大きくない。簡易的な出張所と言った感じだ。司祭が一人とシスターが一人いるだけだが、それでも教会独特の厳かな雰囲気がここにはあった。

「新たに冒険に来られた方ですね」

「はい」

「では神にお祈りください。あなたに神の加護がありますように」

司祭の言葉に徹は教会奥に鎮座する神像に頭を下げた。

(生き残れますように、元の世界に返れますように)

神がいる世界だからこそ真剣に祈った。

その後司祭に一礼して迷宮入り口に向かう。
迷宮の規模は街の広さとほぼ同じだ。地下への入り口は一つではなく5つ存在する。
今回来たのは『ルイーダの酒場』から最も近くにある入り口だ。
大きな扉があり警備兵が二人その前に立っている。
徹は二人に対しペンダントを見せた。警備員の一人が顔とペンダントを確認するように見る。

「新しく来た子だね。まあ頑張ってくれ」

それだけ言うと、両開きの扉を二人で開いた。そこには通路があり奥に扉が見える。

「あの扉の奥にある階段を降りれば、そこからが迷宮の本番だよ」

「分かりました。どうもすいません」

一度礼を言ってから、徹はゆっくりと通路に入っていく。

身体が微かに震えているのが分かった。未知なる事に対する恐怖は確かにある。不安もある。なんといっても装備はひのきのぼうと布の服という最弱の装備品なのだから。
でもほんの少しだけの好奇心もあった。

さあ、冒険の開始だ。


****


スライム。
玉葱型の青いゼリーみたいなモンスター。大きさは中型犬程でドラクエでの定番の雑魚モンスターだ。

石積で作られた迷宮の地下一階通路を進んで曲がり角を曲がったとき、いきなり遭遇した。
心臓が跳ね上がり、身体が一瞬硬直した。
モンスターに会う事は覚悟してはいたが、驚くのはどうしようもない。
すぐに攻撃されなかったのは、運が良かったというしかない。
幸運に感謝しながら、ひのきのぼうを握り締める。だが、そこからすぐに攻撃が出来なかった。近づいてひのきのぼうを振り上げ、思い切り叩きつける。これだけの事が出来なかった。
生物に対して暴力を振るう。徹の今までのモラル、常識がここに来て邪魔をした。相手が徹の常識と比べて異質な生物であろうとも、だ。それは確かに目も前で生きているように見えているのだから。

そのうちにユラユラと動いていたスライムがつぶれたように身を縮みこませると、バネのように跳ねて体当たりをしてきた。
一瞬に事だったが何とか反応して身をひねりながらかわすが、左腕に掠る。掠ったところが焼けるように痛かった。

次の瞬間には恐怖が全身を支配した。叫ばなかったのは僥倖だろう。
かわされてつぶれたように体勢を崩しているスライムをどうこうしようなんて気は起きなかった。
出来たのは階段に向かって一目散に逃げる事だけだった。


****


徹は階段室で息を荒げながら座り込んだ。
階段室を目指したのは、ここには結界がありモンスターの類は侵入できず安全地帯となっている事を教えてもらっていたからだ。
何かあればまずはここに逃げ込めと言われていた。
徹は壁にもたれかかるようにしながら眼を閉じて、先ほどの事を振り返った。

スライムになんて楽に勝てる。正直そう思っていた。
ドラクエで楽に倒せていたため、はっきり言えば舐めていたのだ。スライム程度なら何とかなると。
だがそれが間違いである事に気が付いた。考えが甘かった。
姿形がどうあれスライムがモンスターである事に変わりはない。そして自分は勇者ではない。
今の自分には紛れもなく強敵なのだ。
逃げ出してしまいたい。だが逃げる場所がない。居場所もなければ、身を証明するものもない。

このまま何もしなければ一年間教会に奉仕する事になる。そうなれば確かに一年間は衣食住の心配はないのかもしれない。
一瞬それがひどく魅力的な考えに思えたが、そうなれば一年間は元の世界に帰るための手立てを講ずることが出来なくなるということだ。それに奉仕といっても何をさせられるのかも分からない。
この世界の事も、この街の事もまだ良く分からない事だらけだ。出来れば自由の身でいたい。
この街で冒険者は自由業で身分証明も兼ねているから特に都合が良い。
つまりやるしかないのだ。

だがこのまま挑んでも結果は変わらないだろう。又逃げる破目になるだけだ。
期間がある以上あまりゆっくりしていられない。それに今現在の衣食住を確保するための金を得るにもモンスターを倒す必要がある。
ルイーダからは2階の休憩室を格安で宿屋として提供しても良いと言われている。只で提供は出来ないが、それでも一日2G欲しいと言われている。

覚悟を決めなくてはならない。他の生き物を殺す覚悟を。

思えばある程度の大きさになれば昆虫でさえ殺すのには躊躇してしまう。料理の手伝いでで生きた魚や海老を捌いたりするのでさえ、ギューなどと変なうめき声が聞こえて嫌な感じを受ける。
それなのに中型犬ほどの大きさのスライムを殺すのだ。
出来るのか?
いや、やらなければいけないのだ。今日を生き抜き、元の世界に変えるためにも。
後、覚悟を決めたからと言って勝てるわけでもない。これでやっとスタートラインに立ったに過ぎない。

まともに戦っては勝てるかどうか分からない。つまりまともに戦ってはいけないのだ。
スライムの体当たり。
あの時は腕に掠っただけだがまともに食らった場合、それだけで終わりになる可能性もある。だがあの体当たりには一瞬だがタメがあった。身体を潰すように縮める行動だ。人間でいうなら膝を曲げて腰を落とす行動だろう。
スライムはその体形から、魔法が使えないとすれば攻撃方法は体当たりだけだろう。つまり、あの行動の起こりさえ、見落とさなければ避ける事は出来る筈だ。
あの時も偶然に近いが避ける事が出来た。落ち着けば何とかなるはずだ。

最も実際には正面から対峙するつもりはない。理想としては攻撃をさせず、一対一の形で不意を付くことだ。
あの時逃げ切れたのは、スライムが一匹だけだった事が大きい。二匹以上いて連続で体当たりされたなら、避けきる事は出来なかっただろう。
そう考えるとあの遭遇は運が良かったのかもしれない。
覚悟を決める事、対処を考える事が出来た。
後は行動に移すだけだ。
人間、逃げ場がなければ、又逃げ場に不安があるなら恐る恐るだろうと前に進むしかないのだ。


****


徹は曲がり角で息を潜めながら獲物を待つ。階段からそれほど離れていない場所だ。これはもしもの時すぐにでも逃げ出せる用に、だ。
角の向こう、そして背後にも気を配る。
スライムのグループ、蝙蝠のようなのモンスターであるドラキーなどを見かけたが、その時はすぐさま逃げた。
そして待つ事約一時間、やっと目的の獲物が来た。スライム一匹が奥からこちらに向かってくる。床を滑るように、又は時折飛び跳ねながら移動している。
心臓が高鳴るが、それはあえて無視する。どうしようもないからだ。
ひのきのぼうを振り上げ、スライムが角から顔を出すのを待つ。
そしてスライムが視界に入った瞬間、思い切りひのきのぼうを振り下ろした。

ガツッ!

ピギィィィ!

当たった音と、スライムの悲鳴とも思える声。だがそれを気にする余裕はない。唯ひたすらに何度もひのきのぼうを振り下ろした。
一気に仕留めなければ、次の瞬間には危機に陥るのは自分かもしれないのだ。
何度目かの攻撃の後、スライムは潰れたかと思うとそのまま消え去り、その後には2枚の金貨が残された。そして自分の中に何かが入り込むような感覚が一瞬だけした。多分魂の一部なのだろう。

初めてモンスターを殺した。それなのに徹の心は割りと落ち着いていた。
手にはその余韻もあるのだが、死体がないため何だかおかしな気がした。いや、死体がないから冷静でいられるのだろう。
実際に目の前に死体が残っていれば、それを見て吐いたかもしれないし罪悪感に押しつぶされていたかもしれない。
まだ実感が沸いていないだけかもしれないが、それを確かめる時間はない。
傍から見れば卑怯だ、とか男らしくないと言う者をいるかもしれない。だが今の徹ではこれが精一杯なのだ。生き抜かなければ何も出来ない。
この調子で戦っていくしかないのだ。


それから五時間ほどでスライムを6匹倒す事が出来た。得た金額は14G。2Gが宿代として12Gが返済分となる。
全て待ち伏せをして不意打ちで倒せたため、傷といえば一番初めの左腕の擦り傷だけですんだ。

ゲームのように先制攻撃が一度だけで後は交互に攻撃を繰り返していたらこうはいかない。ゲームと現実の差というやつだろう。
ただしそれは反対にもいえる。一度こちらが体勢を崩せば、そのままボコボコにされるだろう。やはりまずはこちらの有利な状況で戦うようにしなければならない。

とりあえず今日無事に終えることが出来た事を徹は感謝した。
集中のし過ぎで頭がぼうとするし、全身の疲労感が酷い。明日は筋肉痛になってもおかしくないだろう。それを考えると憂鬱になるがしょうがないことだろう。


****


徹は迷宮を出るとそのまま教会へ行く。『祝福』を受けるためだ。レベルアップ出来ればそれだけ戦いも楽になるはずだからだ。

「『祝福』をお受けになられますか?」

「お願いします」

「分かりました。では神よ、その奇跡をここに」

司祭が祈ると、身体が熱くなり中から何かが湧き出すような感覚に襲われた。そしてそれが収まると確かに何かが変わったような気がした。

「おめでとうございます。あなたはレベルアップしました。ではこれからも神のご加護がありますように」

『祝福』でレベルアップしたという事は、今の徹には自動でレベルアップできる才能がないということだろう。後に目覚める事もあるというから、それを期待するしかないだろう。


徹は司祭に礼を言って、そのまま『ルイーダの酒場』に戻った。
無事に帰ってきた徹に、ルイーダは安堵のため息と共に喜びの笑みを浮かべて迎えた。
軽い食事をしてから、そのまま部屋に戻る。
食事代は宿代に入っている。この『ルイーダ酒場』の宿は金のないであろう仮冒険者だけを対象にしているため、他の宿屋よりもお得になっているのだ。
本来なら風呂に入りたいところだがここにはそんなものはない。水だけを貰うとタオルを濡らし身体を拭く。
その後微かな記憶に頼りにマッサージを自分で施しておく。このままではどう考えても、明日筋肉痛になるように感じたからだ。何もしないよりは良いだろう。
それが終わると、そのままベッドで泥のように眠った。
何か余分な事を考えるような余裕はなかった。
肉体的には勿論疲れていたが、それ以上に精神的にも疲れていた。絶えず周囲を警戒し、違和感や異音に気を配るのは予想以上に徹を疲労させたのだ。

こうして一日目は終えた。



本日の収支
収入:14G
宿代:―2G

収支決算:12G




[13837] DQD   5話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:8420c9b0
Date: 2009/11/14 00:01
DQD   5話

~ 2日目 ~

徹が朝起きた時、意外と身体が楽に感じた。
身体がバキバキ鳴るほどの筋肉痛になっても可笑しくないはずなのに、何の異常も感じなかった。
ルイーダに聞いたところ、これは冒険者宿屋の効果だそうだ。リホイミ(徐々に回復していく魔法)の効果がある結界があり、宿屋で寝ればその効果が現れるようにしているとの事だ。
ここは冒険者酒場だが、一応宿屋として休むこともできるためその結界を施してあるとのことだ。
体力回復は勿論、多少の怪我も治る。ただ毒には対応していない。
ゲームのようにどんな状態でも一晩で回復と言うわけにはいかないが、それに近い効果がある。

そのため初日なかなか目を覚まさない徹を病気か毒にでもかかっているのかと思いルイーダは心配したそうだ。夜までに目を覚まさなければ教会に任せるつもりだったらしい。

とにかく宿屋で休む限り筋肉痛にはならないだろう
これで思い切り戦う事に不安はなくなった。


****


今日も戦い方に変わりはない。
階段の周辺からあまり離れないように捜索する。同じような光景の迷宮内を迷わずに歩き回れる自信はなかった。
リレミトやおもいでのすずが使えればいいのだが、両方とも今の徹には無理だ。ならば迷わない範囲内で行動するしかない。

基本的に一対一の形で不意打ちすることによって一方的に相手をボコボコにする。その相手は勿論スライムだ。
臆病かもしれないが命が掛かっているのだ。慎重になりすぎるくらいでいい。
昨日一つレベルが上がったが、まだその効果は分からない。
多少楽になったような気もするが気のせいかもしれない。このあたりは今後レベルが上がっていくにつれて分かる事だろう。

結局この日は午前にスライム6匹、午後に8匹倒す事が出来た。
得た金額は28G、宿代2G引いて、昨日の分とあわせると、38Gとなる。

明らかにペースは悪い。このままでは後5日で合計300Gまで稼ぐのは無理だろう。
だが無理をすればそこにあるのは死だ。そう考えるとこれ以上の行動は躊躇してしまう。
とりあえず今日はここまでだ。明日のためにも身体を休めなければならない。

ちなみに今日もレベルは上がった。


本日の収支
貯蓄:12G
収入:28G
宿代:―2G

収支決算:38G




~ 3日目 ~

今日もやる事は変わらない。スライムを倒してGをゲットするだけだ。
ただ今日は昨日と少し違っていた。午前に7匹スライムを倒したが、その内2匹を一撃で倒す事が出来た。
初日何度も叩いてようやく倒せたスライムを、だ。
もっとも不安から必要以上に叩いていたため、実際の回数は分からない。
だが、今日倒したスライムの中で、一撃入れた瞬間に消えてGになってしまったスライムが確かにいた。
強くなっている。その証拠が目に見えて分かった。
ひのきのぼうを振ってみれば、その風切り音も鋭くなったような気がする。
たった三日でこれだ。レベルアップの奇跡の凄さが分かる。

もし鍛える事によってここまで強くなるとしたら、どれ程の鍛錬をしなくてはいけないだろう。何だかズルをしたような気がするが、この世界ではこれが常識なのだ。というよりレベルアップで強くなって初めてモンスターに対抗できる強さを手に入れる事が出来るのだろう。
ただ基礎能力が上がるだけで、ひのきのぼうの振り方、基本的な体捌きなどは素人同然だ。そちらは地味に修行するしかないだろうが、元の能力が上がっていればやはり違いもでてくるだろう。
もっともそれに頭を悩ますのは、今の状況から抜け出た後だ。今はレベルアップの恩恵に感謝すればいい。


レベルアップ効果が分かったため午後は、少しだけ無理をする事にした。
相手がスライムなのは変わりないが、待ち伏せではなくこちらから探し始めた。

一匹の場合はそのまま一気に近づき叩き潰す。一撃で仕留められなくても、この時点でスライムに反撃できる余裕はない。続いてもう一撃叩き込んでお仕舞いだ。

二匹の時までは戦ようになっていた。この場合は流石に無傷で、とはいかない。一匹を一撃で倒せても、その間にもう一匹が攻撃してくる。
その攻撃とは勿論体当たりか噛み付きだが、初日に見たような強烈な体当たりは使ってこない。
あの攻撃方法は隙がありすぎるのだろう。どうやら特別な攻撃方法のようだ。通常は地面を這うようにしながら近づきそのまま攻撃をしてくる。重い衝撃を感じるが耐える事が出来る。これもレベルアップの恩恵だろう。
ただこれ以上敵が増えるとこちらの反撃をする暇なく、攻め込まれてしまいそうな気がする。
今のレベルでは、二匹までが何とか安全に対応できる数だろう。

結局午後は12匹倒す事が出来た。
引きあげる時間は昨日より早い。肉体的、精神的な疲労が昨日以上に感じられたからだ。
ホイミが使えたり、薬草が買えれば体力や傷が回復できてまだ戦えるのだろうが、ホイミは使えないし、10Gする薬草は今の財政では買う事は躊躇してしまう。
明日以降、薬草を使ったほうが効率的に良いのなら考えなくてはいけないだろう。

この日は午前にスライム7匹、午後に12匹倒す事が出来た。
今日もレベルは上がった。


本日の収支
貯蓄:38G
収入:38G
宿代:―2G

収支決算:74G




~ 4日目 ~

レベルアップの効果なのかスライムなら一撃で倒せれるようになった。こうなると倒すペースも上がってくる。
だがモンスターも次々と沸いて出てくるわけでもないため、倒す数が極端に増えるわけでもない。
それにやはり3匹以上になると梃子摺る。
所詮は戦い始めてまだ四日目、ズブがつく素人なのだ。
囲まれて焦りがでればミスもする。そこ付け込まれ周囲から連続で攻撃を食らうが、レベルアップの恩恵はここでもあり、何とか耐えられる。
ただ怪我や疲労は蓄積する。
ゲームのようにHP1でも変わらず動けるわけではない。
午前中でスライム12匹を倒す事が出来たが、身体の調子が良くない。一度教会で回復をしてもらうか、薬草で回復しなくてはいけないだろう。

もちろん両者とも只ではない。教会での回復には、どんな怪我でも一律20Gでベホマをかけてもらえる。
一方薬草は10Gだが、回復量は少ない。
レベルの低い今の状態なら薬草で十分のはずだ。

一度迷宮を出て、薬草を2個買う。
内一個を飲んでみるとその効果は驚くべきものだった。打ち身、切傷などが治っていき、疲労も軽くなる。
元の世界の薬と比べると、ある意味万能薬に近い。
これなら午後からも戦う事が出来る。



徹はドラキーと戦う決意を固めた。見かけるたびに逃げるのは効率も悪いし、なにより時間の無駄に思えてきたからだ。レベルの上がっている事だし試す価値はあるだろう。
それにいくらスライムとはいえ集団を一人で相手にするのは、今の段階では早い事に気づいたからだ。
某地上最強の生物は一度に四方向の敵と戦える事が出来れば何人とでも戦える、というような事を言っていたと記憶しているが、徹には一度にニ方向までしか相手に出来ない。
仲間がいれば良いのだが、それはないもの強請りだ。

とりあえずスライムを倒しながら、一対一で戦えるドラキーを捜していく。
そしてついに見つけた。
空中にふわふわと浮いているモンスター、ドラキーを。
小さな翼をパタパタと羽ばたかせているが、どう考えてもあの翼の大きさで浮かべるとは思えない。
ゲームで見ていた時は何とも思わなかったが、実際に見てみると突っ込みどころ満載だ。
まあ、魔法とかの不可思議な力が働いていると思うしかない。
徹自身が恩恵を受けているレベルアップもその不可思議な力の一つなのだから、文句を言っても始まらない。

真っ直ぐな通路で遭遇だ。ドラキーのほうもこちらに気づいているだろう。不意を付く事は出来ない。
盾でもあれば様子見をしても良いかもしれないが、手元にない今そんな事を言ってもしょうがない。
ならば先手必勝だ。
ひのきのぼうをギュッと握り締め、振り上げると同時に大きく踏み込みドラキーに肉薄する。そして一気に叩きつける。

スカッ。

本来手に感じるべき衝撃がなかった。
勢いで身体が前方に流れる。視界の端でドラキーが天井付近の高さまで浮かんでいるのが見えた。
飛んで避けられたのだ。

(不味い)

一瞬の判断で身を丸める。

ドゴッ!

背に衝撃が走り、前方に押される。
そのまま倒され地面を転がりながらも何とか距離をとる。
立ち上がり振り向けば、ドラキーが頭をこちらに向け突っ込んでこようとしているところだった。
体勢はくずれている。何とか避ける事はできるかもしれないが、このままではジリ貧になるだろう。
判断は一瞬だった。
斜め前に倒れこむようにしながら、ドラキーを迎え撃つようにひのきのぼうを振る。

ガツッ!

カウンター気味の一撃になった。
手に感じる衝撃はいつもと違う。振り抜けた、そんな感じがした。
だがその事に気を取られる暇はない。
すぐさま振り向きドラキーと対峙しようとしたが、そこには何もいなかった。
代わりに床に金貨が5枚落ちていた。
つまりは先ほどの一撃でドラキーを仕留めたと言う事だろう。

今の自分の一撃でドラキーが倒せるとは思っていない。
では何故倒せたのか。
考えるにあの一撃は、『会心の一撃』と言うものになるのではなかろうか。無我夢中の一撃ではあったが運が良かったのだろう。

スライム以外と始めて戦ったが、一言で言えば手強かった。
まともに戦って勝ったわけではないから、はっきりとは言えないがドラキーを相手にする事は何とか出来ると感じる。
ただし一対一に限るならだ。
今回は意気込んでしまったため失敗もしたが、落ち着けばもう少し何とかなる。
ドラキーの攻撃は、真正面からなら受けきることも出来るだろうと思うからだ。
後はあのフワフワ浮いているドラキーにうまく攻撃を当てられるかどうかだ。
ただ今までように見た瞬間に逃げるような事はしなくて済む。

背中に攻撃を食らったが、動きに支障はない。まだ時間もある。狩りはまだ続く。

その後分かった事はドラキーを倒すには3撃は必要だと言う事だ。ドラキーから得られるGはスライムの2.5倍だが、倒す苦労を考えるとスライムを重点的に相手をした方がいいのかもしれない。
ただ、これからレベルが上がっていけばそれも変わるのだろう。

結局午後はドラキー3匹、スライム10匹を倒した。
今日もレベルは上がった。


本日の収支
貯蓄:74G
収入:59G
薬草:―20G
宿代:―2G

収支決算:111G



~ 5日目 ~

今日もひたすらモンスターを倒し続ける。
その途中で他の冒険者と会った。三人組の冒険者だ。迷宮で他の冒険者と出会うのは初めてのことだった。
胸元に剣の形をしたペンダントを着けているところを見ると、徹と同じ仮登録中の冒険者なのだろう。
武器に皮の鎧や皮の盾などを装備しており、正しく冒険者と言える格好をしている。
未だにひのきのぼうと布の服を着ている徹とは違う。ひのきのぼうを持っていなければ、一般人が迷い込んだと思われても仕方がないだろう。
事実会った時に三人組みは驚いたような顔をしていた。

特に何かを話したわけではない。
ペンダントをしている以上、お互いの状況は分かっている。
軽く挨拶をしてその場を別れた。
今のところ話す事など特になかった事もある。又時間も惜しかったが、それ以上に警戒していた事もある。
この世界での初日に騙され、有り金を取られた事が徹を疑い深くしていた。
もしこの三人が襲ってきたら、という考えが頭の中から離れなかったのだ。
結局は勘繰りすぎただけなのだが、注意深くなったのは確かだ。
三人組の姿が見えなくなるまで、警戒を解く事が出来なかった。

モンスターより人間相手の方が警戒しなくてはいけないのはおかしな感じだ。ただ倒せば良いだけのモンスターの方が気が楽なのは皮肉な事だと思う。
人は見た目だけでは何を考えているか分からない。

だが徹が仲間で戦う彼らを羨ましく感じたのも事実だった。
たった一人で誰としゃべる事もなく、気を張り詰めているのは思った以上に疲れる。
まだ決定的なミスはないが、何時かミスをした時どうなるだろうか。仲間がいれば助けを期待することもできるだろう。
『渡り人』である自分にも何時か仲間が出来る日が来るのだろうかと徹は思うが、仮冒険者である今の状況で考えるのはまだ気が早い事も分かっていた。
これは冒険者になってからよく考えれば良いことなのだから。


この日はスライム24匹、ドラキー5匹を倒した。
今日もレベルは上がった。


本日の収支
貯蓄:111G
収入:73G
薬草:―10G
宿代:―2G

収支決算:172G



~ 6日目 ~

ドラキー相手に2撃で倒せるようになった。スライム相手なら確実に一撃で倒せる。
こうなると、スライム相手なら囲まれても対処出来るようになる。
いわゆる無双状態が出来る。

貯蓄のペースは良い。このまま行けば目標金額達する事は出来るだろう。
だが油断しているととんでもない事が起きるかもしれない。
なるべく多く稼いでおくべきだろう。

この日はスライム24匹、ドラキー10匹を倒した。


貯蓄:172G
収入:92G
薬草:―10G
宿代:―2G

収支決算:252 G




[13837] DQD   6話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:629dd82e
Date: 2009/11/14 22:32
DQD   6話

~ 7日目 ~

「今日、明日は迷宮への立ち入りは禁止だよ」

朝から迷宮に入ろうとした徹は門番に止められた。
今迷宮は変化期に入ったらしく、今日、明日の二日間、迷宮への侵入を禁止しているとの事だ。

迷宮の変化期には、迷宮内の構造がガラリと変わる。もし変化期に迷宮内にいれば壁や天井によって圧死してしまうだろう。ただし階段室のある場所だけは変化しない。
迷宮が変化する理由についてはよく分かっていない。モンスターが一箇所に集まってしまわないようにするためだ、ともいわれているが確証はない。
神の気まぐれ、又は神が与える試練の一つだとも言われている。

迷宮が存在するようになって数百年経つが、よく分かっていないことの方が多い。いや、神の御技によって造られたこの迷宮を調べることは禁忌だと、教会は考えているのかもしれない。
教会からの特別な許可があれば変化期に迷宮に入ることも例外的に認めるそうだが、そんな特例は滅多にないと思った方が良いとの事だ。
あっても仮冒険者に許可など出るはずもない。
それを言われてはどうしようもない。

少しの間呆然として迷宮の入り口の前にいたがどうにもならない。徹はため息をついて酒場に戻るしかなかった。


****


まだ朝早く飯時でもないため、ルイーダと徹しかこの場にはいなかった。

「ついてないわねえ」

カウンターで落ち込んでいる徹を見てルイーダはそう言うしかなかった。

迷宮の変化期は大抵50日周期で行われる。多少のずれがあっても前後に5日程度だ。だが今回に限ってそれが早まった。前回の変化期から今日で36日目。
この期間での変化が今までなかったわけではない。記録では20日程で変化期になった事もあるが、ここ10年ほどは50日程の周期で安定していたため、それが常識になっていた。

ルイーダにしてもそうだ。本来常識の通用しないはずの迷宮に常識を当てはめていた。
だが、これはルイーダを攻めれるものではない。神の悪戯と言っても良い出来事だからだ。
まさしく運がなかったのだろう。

だが徹としては、それであきらめるわけにはいかない。
元々達成出来ないのであれば諦めも付くが、予定通りに行けば目標金額を達成する事が出来たのだ。
これでは納得できるものではない。

「ルイーダさん。期間の延長なんて事は……」

「無理よ。確かに気の毒だけど、こういう運も冒険者にとっては大切な事だから」

「……ですよね」

分かってはいたが一応の確認だ。

「なら、何処か日雇いで稼げるところって知りませんか?」

「勿論知っているわ。だけど、一応聞いておくけど後いくら必要なの?」

「50Gです」

「残念だけど、そこまで高額なものはないわ。あっても15Gよ。それでもいいなら紹介するけど……どうする?」

徹はため息を付いてから、首をゆっくり横に振った。

明らかに手詰まりだった。
昨夜寝る前には、条件はクリアー出来るものと思い込んでいた。
迷宮にさえ入れるならクリアー出来ると今でも思っている。
だが、今となっては話は別だ。
このままではクリアーが出来ない。それは即ち一年間自由が拘束される事を意味している。

納得出来ない。出来るはずがない。運命はあまりにも理不尽だ。
だが嘆いているだけでは事態は好転しない。何とかする手を考えなくてはならない。

普通に一日働いて稼げる金額ではない。では普通ではない仕事ではどうだろうか。
どちらにしても当てがない。ルイーダに真っ当でない仕事を聞いても教えてはもらえないだろう。ならば、街へ行って自ら探すか?
未だに街の地理さえ良く分かっていないのだ。それにこの世界の常識にも未だ疎い所がある。騙されて終わりになるかもしれない。

ならば借金はどうか。冒険者にさえなれれば返せる当てはある。だが借りれる相手がいない。
もしルイーダが貸してくれるのなら、初日の100Gをなくした日に、幾らか貸してくれるはずだ。知りあいもいないから、知人から借りる事も出来ない。
金融会社らしきものはあるだろうが、その場所も分からない。まともな金貸しかどうかも分からない。下手に足元を見られるようなことになればとんでもないことになるだろう。
それならば教会に一年間奉仕のほうがいいだろう。少なくとも教会相手なら騙されるような事はないだろう。
だがこの考えはまだ早い。何か手を考えなくてはいけない。

ひのきのぼうと布の服は売れるだろうが、焼け石に水と言って良いだろう。
後、売れる物といえば元の世界から徹と一緒にこちらに来た荷物だ。ただガラクタ扱いされる可能性もあるし、手放したが最後二度と手元に戻ることはないだろう。
ルイーダからも元の世界からの物で珍しいものは、あまり他人に見せない方がいいと忠告を受けている。それが原因で変な連中から狙われる可能性がないともいえないからだ。
正にお手上げ状態だった。
ここまでの頑張りが全て無駄になるかと思うと悔しくもあった。

荷物を売るしか手はないのだろうか。あの荷物は元の世界とのつながりを感じさせる物だ。出来れば手放したくない。

六日で252G、これで初日の100Gがあれば、クリアー出来ているのだ。
貯めたGを見てため息をつくしかなかった。

(いや、待てよ)

Gを見ていて不意に閃いた事があった。

そう、お金だ。徹にはまだお金がある事に気づいた。それはこの世界の通貨であるGではない。元の世界のお金だ。
勿論そのまま使うと言う意味ではない。美術品、工芸品として売る事が出来ないか、と言う事だ。
日本の貨幣もお札もその出来の精巧さは群を抜いている。この世界なら美術品の一つとしての価値も出るかもしれない。
DQⅨのグビアナ金貨・銀貨・銅貨という売り専用のアイテムのような存在にならないだろうか。
もしくはちいさなメダルの一種として見ることも出来ないだろうか。枚数もそれなりにある。

元の世界には世界中の通貨を集めるコレクターなどもいた。この世界にも珍品を集めるコレクターがいるはずだ。

ただ普通の道具屋では駄目かもしれない。ただのガラクタや紙切れとしての価値しか見出せないかもしれないからだ。
それなりのところに持っていったほうがいいのだろうが、勿論徹には分からない。となれば手は一つだけだろう。

「ルイーダさん」

「えっ、どうかしたの?」

「ちょっと見てほしいものがあるんですけどいいですか」

「ええ、かまわないわ」

「少し待っていてください」

徹はすぐさま二階の休憩室から財布を持ってくると、10円玉を取り出してルイーダの前に置いた。何故10円玉なのかと言えば、それが一番多く財布の中にあったからだ。

不思議そうな顔でルイーダは10円玉を手に取りじっと見ると、次第に驚きへと変わる。

「何これ、こんなに精巧に彫ってあるじゃない。しかも裏も表も」

「僕の国のお金です」

「へぇー、そうなんだ」

何度も見ながら感心したように言う。ゴールドは無地に数字が書いてあるだけだからルイーダの反応も当然だろう。

「そうなんです。それで相談ですが、それ、売れませんか?」

ルイーダはハッとした様な表情になってから、顎に手を当てて考え込む。

「……売れる……と思うわ。いえ、売れるわよ。これだけ精巧な彫物はそんなにないわ。ただ相手は好事家に限られるわね。普通店じゃあ買い取ってもらえない可能性のほうが高いわ。価値が分からないって事で。あとこれ一枚きりだと寂しいわね。他にはないの?」

「ありますよ」

一円玉、五円玉、50円玉、100円玉、500円玉を並べる。

「それでルイーダさんは、その好事家に心当たりはありますか」

「あるわ。紹介して欲しいのね」

ここまでくれば徹の望みもルイーダにも分かる。

「はい」

「でもすぐには無理よ。相手は数人いるけど、皆、忙しい人ばかりよ。予約もなしにすぐには会えないわ」

ルイーダの言葉には一理ある。だが徹にはそれで納得する事が出来ないわけがある。そしてそれはルイーダにも良く分かっていた。

「だから、わたしを仲介として雇わない。報酬は売値の一割で良いわ」

ルイーダは徹にニコリと微笑んだ。
それは願ってもない申し出だった。だが問題の解決にはなっていない。お金が欲しいのは今なのだ。

「とりあえず手付けは100Gでいいでしょ」

「えっ、いいんですか」

「ただで渡す事は出来ないけど、それが商売や仕事の報酬として適切なら構わないわ。これは商売で私にも利益がある。何の問題もないわ。それでどうするの?」

「お願いします。報酬は二割払います」

「分かったわ。とりあえずどう売っても手付けの倍程度の金額にはなると思うわ。じゃあ、手付けのお金を持ってくるからちょっと待っててね」

ルイーダは手に持った10円玉を置くと、酒場の奥に入っていった。

もう駄目かと思ったが、何とかなった。
よく考えると、もっと早くにこのことを思い付いていれば迷宮で苦労しなくても良かったのだろうか。いや、これからも迷宮で冒険をしていく上で今回のことは良い経験になった。最弱の装備で頭を働かせながら、張り詰めた緊張感の中で集中して戦った経験はこれからもきっと役に立つはずだ。
この苦労は無駄にはならない、徹はそう感じていた。

その後ルイーダが持ってきた100Gに、迷宮で集めた内の200Gを足して300Gをルイーダに渡した。
これで冒険者になる条件をクリアーする事が出来た。

徹は安堵のため息を付くと、そのままカウンターに突っ伏した。




[13837] DQD   7話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:df6004f6
Date: 2009/11/15 23:14
DQD   7話

「じゃあ、これから登録するから着いてきて」

そう言うとルイーダはカウンター脇の扉を開け、中に入っていく。普段は閉められ鍵も掛かっている扉だ。
徹も後について扉から中に入ると、下に降りる階段があった。
20段ほど降りると又扉がある。ルイーダがその扉を開け入っていくのに続いて徹も入る。
そこは10畳ほどの石室で、奥に女神像が祭られていた。床や壁、天井自体が仄かに光り、幻想的な空間を醸し出していた。
地下であるはずなのに、じめじめとした湿っぽさは一切ない。それどころか心地よささえ感じられた。
ここが神殿だと言われれば信じてしまうほど、清らかさがあった。

ルイーダは女神像の前に立って徹のほうを見る。

「ここが登録を行う場所よ。女神像に願う事でその奇跡と加護が与えられるわ。時間はそんなに掛からないけど、登録の際にこれから冒険者として生きていくうえでの重要事項が決められるからそれについて説明するわ」

そうしてルイーダが話し始めたのは、冒険者の職についてのことだった。

冒険者になるということは、職を持つということでもある。
職を司り、加護を与えるダーマによって全ての冒険者には職が与えられる。

職は、基本職として戦士、武闘家、魔法使い、僧侶、盗賊、商人、芸人がある。特殊職として魔物使いなどがあるらしいが、これらは素質が必要でなろうとしてなれるものではないらしい。
後、上級職と呼ばれるものもあるとのことだ。

このあたりは、ゲームのドラクエと余り代わりがないようだ。

冒険者として登録する際に、職により様々な加護があるらしい。
戦士なら攻撃力と体力、武闘家なら素早さと攻撃力、魔法使いなら攻撃魔力とMP、僧侶なら回復魔力とMP、盗賊なら素早さと器用さ、商人なら交渉力と金運、芸人なら器用さとボケ、等がある。

一度なった職は生涯変われない訳でもない。
ダーマの神殿で職を変える『転職』が出来る。だがこの転職は、神が一人前になったと認めない限りする事が出来ない。これが難しい。ある者は何年経っても『転職』が許されないかと思えば、ある者は数月で『転職』できる。神の気まぐれではなく、何か基準があるとダーマの神殿では言われているが、その基準というものが今一分からなかった。

そして職を得た事により神から与えられる奇跡が『スキル』である。戦士には戦士の、魔法使いには魔法使いの独特な『スキル』があり、職への熟練度に応じて様々な技や術が使えるようになえる。
『スキル』は職のほかにも、武器を使う事により覚える事もある。同じ武器を使い続ければ『スキル』を得ることが出来る。
又、個人が 生来持っているスキルもある。

とにかく職は冒険をする上での重要事項であるが、自分で選ぶ事は出来ず勝手にランダムで決められてしまう。
そのため筋肉隆々でいかにも戦士や武闘家が似合う男でも魔法使いになってしまう事もあれば、魔法の勉強をしてきた者が戦士になる事もあった。

ただ多くの場合は、それほど似合わない職になる事はなく無難と思える職が選ばれる。例のような場合は余程運がない場合か、隠れた才能がある場合だろう。
どのみちすぐには転職できないのだから、就いた職で頑張るしかないのだ。

ルイーダは説明を終えると、真剣な顔つきで徹を見つめた。

「これより冒険者の登録を開始します。あなたの冒険者になる意志に変わりはありませんか」

「はい」

「では始めます。
邪を滅し、魔を打ち倒す者。いずれ神の御許を訪れる勇者にその奇跡を与えたまえ」

徹を中心に床に光が円を描いていく。円の光が天井へ向かって伸び、徹を包み込む。
全てが白の世界で上下が曖昧になり不思議な浮遊感に襲われた。
時間にして10秒ほど続くと光は収まり、徹の目の前には一枚の鈍い銀色の金属性のカードがフワフワと浮かんでいた。
奇妙な体験で呆然としていた徹の意識をルイーダの声が引き戻した。

「それは君のものよ。冒険者として認められた証。身分証明書でもあるから大事にね。ここでの作業はこれで終了よ。後は上で書類作業を終えれば一端の冒険者ね。いろいろな説明もあるし、まずは上に戻りましょう」

徹は目の前で浮かぶカードを手に取る。厚さ1mmほどの厚さで片面には何もなく、もう片面には徹の良く知る紋章が描かれていた。それは神鳥ラーミアの紋章、別名ロトの紋章だった。

この紋章がこの世界でどういう意味を持つのかは分からないが、ここで悩んでいても解決する事はないだろう。
まずは上に戻るべきだ。そこでのルイーダの説明で多少は解決できる事もあるのだろう。

徹は部屋を出て上の酒場に向かった。


****


「カードを持って「ステータス」と念じれば、そのカードの何も描かれていない面にレベル、職、身体能力を数値化したもの、スキル等が浮かび上がるわ」

(ステータス)

徹は言われたとおりに心の中で念じていると、手に持ったカードに文字が浮かび上がってきた。

「どう、ちゃんと出てきたでしょ。見せてみて」

「いいですよ」

徹がルイーダに見せたカードには次のような事が書かれていた


レベル:6
職:盗賊
HP:38
MP:18
ちから:15
すばやさ:11(+10%)
みのまもり:9
きようさ:23(+10%)
みりょく:15
こうげきまりょく:8
かいふくまりょく:9
うん:8

言語スキル:1(会話、読解)【熟練度:52】
盗賊スキル:0(索敵能力UP)【熟練度:0】
剣スキル:1(剣装備時攻撃力+5)【熟練度:35】
ゆうきスキル:1(自動レベルアップ、ホイミ)【熟練度:48】


「ふーん、職は盗賊か」

初めは少し微妙な職と感じた。
出来れば戦士か武闘家が良いと思ったが、一人で探索をする以上、素早さが身上の盗賊は先制攻撃も出来るだろうし、危険な時も逃げやすいだろう。戦いもそれなりに出来し、よく考えるとなかなか良い職に就けたと思う。

職のスキルを挙げる方法については諸説ある。ゲームのように戦えば上がると言うものではないらしい。
戦士、武闘家は確かに戦えば職のスキルは上がっていくのだが、それだけではその内スキルが上がらなくなっていくとの事だ。
ある人物では有効なスキルの上げ方が、ある人物では全く駄目と言う事もある。
盗賊や商人などは今一明確になっていない。ただ戦えば上がる場合もあったり、商人では実際に商売をしなければスキルが上がらない事もあったり、盗賊ではその名の通り盗みをして上がる事もあったという。
この辺りのスキルの上げ方については、実際に色々と試行錯誤をする必要がある。
スキルの後ろにある熟練度が100になるとスキルは一つ上がるらしいから、熟練度の数値を見ながらやっていくしかないだろう。
他者に聞くというのも一つの手なのだが、知人のいない徹には無理なことだ。それにスキルに関する情報は街の情報屋で売買が出来る情報として扱われているため人に教える事も少ないとの事だ。

そして職のスキルが上がったときに身につけられるものも、皆が同じような術や特技になるわけではない。
もっとも簡単な例として魔法使いをあげると、スキルが上がり呪文を覚えたとしてある魔法使いがメラ系の最上級であるメラガイアーまで覚えれたとしても、ある魔法使いはメラミまでしか覚えられない。つまり全ての系列呪文を覚えれる者もいれば、どの系列呪文も中ほどまでしか覚えられない者もいる。ある系列呪文に関しては全く覚える事ができない者もいる。つまり相性や素質が少なからず影響を及ぼしている。
これは他の職でも同じで、スキルが上がりどのような術や特技が覚えれるのかは実際に上がるまは分からないのだ。

「スキルは盗賊のほかに、剣とゆうきそれに言語のスキルがあるわね。ひのきのぼうは木剣扱いだから、今まで使っていたからスキルが付いたのね。剣は盗賊職で上がり易いスキルの一つだから丁度良いわね」

「上がり易い?」

「武器スキルは職によって上がり易い、上がり難いがあるわ。勿論どの武器を使うかは本人の自由だけど、極端な例を言えば魔法使いの職で、ハンマーみたいな重装備の武器スキルは上がり難いってことよ。ちなみに盗賊は剣、短剣、爪、素手の武器スキルが上がり易いわね。武器スキルはとにかくその武器を使い続けることがスキルを上げる秘訣らしいわ。もっともでたらめな扱いじゃあ駄目だって聞いたわ。後、このゆうきのスキルは君が持つ独自のスキルね。この独自のスキルは、レベルが上がるにつれて色々な特技を習得できるらしいわ」

レベルが上がったのにあわせてゆうきスキルも上がる。そして特技の自動レベルUPと呪文のホイミを身につけられたのは幸いだった。どちらの非常に役に立つ。
魔法を使う感覚がどういうもの感じか知りたいが、無傷の今使っても何起こらないだろう。これは迷宮で疲れたときに使ってみる事にした方がいい。

「後はこの言語スキルね。『渡り人』の特殊スキルって聞いたことがあるわ」

「特殊ですか」

「そうよ。それがあるおかげで今こうしてわたしたちは話すことが出来るのよ。スキルが上がれば、更にいろいろな言葉が分かるようになるはずよ」

「上げ方は……」

「分からないわ」

「そうですよね」

職業スキルでさえ上げ方が良く分かっていないものがあるのだ。特殊スキルで分からないのも当然といっていいだろう。

「さて、冒険者についての説明だけど、まずは登録を終わらせましょう。とはいっても過ぎに終わるんだけどね」

そう言うと、ルイーダは一枚の紙を取り出すと、テーブルの上に置く。何も書かれていない無地の紙だ。

「まずは、そのカードをこの紙の上において」

言われたとおりに徹は紙の上にカードを置く。一瞬、カードと紙が光ったかと思うと、紙に文字が浮かび上がってきた。

「その紙は、契約の神書といってカードの情報を読み取ってその情報を書き出していくの。後は君が自筆でサインするだけよ。はい、これで書いてね」

ルイーダはペンを徹に差し出す。

「トール・ナルミでも、名前でトールだけでもいいわ。まあ、はっきりいうと偽名でも構わないの。自分で書くということに意味があるんだから。字も君の知る文字で書いて構わないわよ」

徹は少し悩んでから、紙に書き初めた。

『トール』

こう書いたのには、意味がある。今の自分と元の世界にいたときの自分が同じとは思えなかったからだ。
少なくともこんな風に戦えなかったし、これから戦って行く上でもっと変わっていくだろう。
人を傷つけたり、殺してしまう事もあるかもしれない。
これはただの逃げだが、そんな事をするのは別の人間だと思いたかったのかもしれない。でも、それをするのは自分だと認めている部分もあった。
だから、呼び方に差異はなく、表記が違う名前を書いた。
後、トールといえば、元の世界で北欧神話の戦神であり、雷神でもある神様の名でもある。つまり、そのぐらい強くなりたいとの思いもあった。

名を書き終えた時、再び神書は光を放った。

「これで、登録は終了よ。じゃあこれから冒険者が得られる特典や義務について話すわ。特典については前に少し話したけど、この街のお店での割引があるわ。それと後はこれね」

ルイーダは皮製のような袋をトールの前に置く。

「これは『大きな小袋』って言われているものよ。矛盾しているみたいだけどこの袋の特性を現しているわ。見た目小さな袋だけど、実際にこの中に入る量はそれよりもたくさん入るの。無限に入るとは言わないけど鎧一式が5,6組くらい入るわ。それで重さも変わらない優れものよ。後、これは個人商会からの協力なんだけど、トルネコ商会がお金と荷物の預かり所を行っているわ。登録料として100G必要だけど、それだけ払えばどれだけでも預かってもらえるわ。詳しくはトルネコ商会の方で聞いた方が良いわね。場所はこの東区で一番大きな建物だから、聞けば教えてもらえるわ。もう一つはこれね」

ルイーダは再び皮製の風呂敷のような物をトールの前に置いた。

「それは自動地図よ。迷宮で通った所を勝手に記載していくわ。自分のいる場所も分かるようになってるの。この迷宮は無駄に広大だからこんな物でもなければ迷い死んでもおかしくないわ」

ルイーダの言うことは分かる。仮期間中は階段付近から離れないようにしていたため気にしないでいたが、あの同じような風景がつづく迷宮の中では方向感覚が狂ってしまう事もあるだろう。

思い返してみれば、子供の頃の遊園地にあった小さな迷路でさえ迷ったのだ。街の地下に広がる迷宮ならどうなるか。考えなくても答えは明白だ。
それを考えると、これは何物にも変えがたい一品だ。オートマッピングの機能がある地図、冒険者の必需品として渡されるのも分かる。

「後は義務の事だけど、これは上納金が必要で、月毎に100Gが基本よ。これに階層を5階降りる度に+50G、レベルが10上がるたびに+50G、ここの冒険者として登録されてからの年数で一年ごとに+100Gよ。つまり地下6階まで降りてレベル10で一年目なら200G、地下16階まで降りてレベル20で二年目なら450Gという感じね」

つまり強くなればなるほど、上納金は増えるということだろう。もっとも決して払えない額ではない。いや割と楽に払える額だ。
仮期間の一週間でさえ300G近く稼げるのだ。正式な冒険者となれば一月で上納金の分くらいは楽に稼げるだろう。いや、この程度稼げなくては、迷宮に潜る価値もないということなのだろう。

この世界の1Gは、日本円に換算すると1000円位の価値と思って良いだろう。
宿屋や仕事の日給などの物価からみるとそれほど間違いではないはずだ。
ゲームでは分からない事だが、金の単位としてはG(ゴールド)の下にS(シルバー)という単位が存在する。100Sで1Gだ。普通の買い物ではGよりもSの方が良く使う。

これらのことを踏まえると、この世界で冒険者が高額取得者なのだと分かる。もっとも命がけの仕事といっても良いのだから、このぐらいの儲けがあってもいいのかもしれない。
それに装備等に掛ける金額も一般人とは比較にならないほど高額になる。良い装備をそろえようとすれば、きっとこの儲けさえも物足りなくなるだろう。

だが、上納金程度は問題にならない。この金額が問題になる時は冒険者を辞める時なのだろう。

「分かりました。一番大事な事は上納金さえ納め忘れなければいいんですね」

「そうね。割引にしても真っ当なお店なら勝手に割り引いた値段で売ってくれるし、袋にしても地図にしても実際に使わない事には分からないと思うわ。あとはそうねえ、迷宮の事で注意点があったわ。迷宮は地下に降りれば降りるほど、モンスターは強くなっていくんだけど、5階層ごとにモンスターがガラリと変わるの。つまり1階から2階、2階から3階へ降りていった時のモンスターの強くなり方より、5階から6階、10階から11階の方が強くなってるのよ。別物と思っても良いわ。ここで油断して死んでしまったり、冒険が出来ない身体になったりする冒険者が多いから特に注意してね。後10階ごとにとてつもなく強いモンスターがいるってことよ。これにも気をつけてね」

「分かりました」

「こちらからの連絡事項はこれだけよ。そちらから質問があるなら、答えられる事については答えるわ」

「とりあえずはないですね。一度迷宮に潜ってみない事には何ともいえませんし」

「それもそうね。後からでも答えられる事については答えるからその時に聞いてくれればいいわ。それじゃあ、後わたしから一言」

ルイーダはコホンとひとつセキをしてから、真面目な顔でトールを見つめた。

「冒険者トール。これからのあなたの活躍を期待します」

こうしてトールは名実共に冒険者になった。



本日の収支
貯蓄:252G
収入:100G
返却:―300G
宿代:―2G

収支決算:50G





――― あとがき ―――

ここまでが序章になります。
あえて題名をつけるなら『渡り人 鳴海徹』でしょうか。
これからが冒険の本番になるでしょう。
何とか終わりまで書き続ければいいと思います。

それでは、また会いましょう。





[13837] DQD   8話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:c8d401eb
Date: 2010/01/03 22:37
DQD   8話

冒険者としての生活、といってもトールにとっては仮冒険者の期間中と対して変わりはなかった。
朝、迷宮に入り体力と集中力を考慮して探索と戦いと続ける。ギリギリまでではない。ゲームと違い現実には疲労と言うものがある。
そこを注意しながらある程度の余裕を持って行うのだ。

今の迷宮探索には期限がある訳ではない。
神龍に会うという目的はあるが、何時までと言う期日があるわけではないのだ。焦った挙句に失敗するわけにはいかない。
この場合の失敗は即ち死に繋がると思って良いからだ。

それにこの目的が、今のトールを悩ませていた。
神龍に会う、それは多くの冒険者にとっても目標となっているだろう。だが公的に認められている事例は数百年で唯一件のみ。いままで英雄や勇者と呼ばれる者は多数いるのにもかかわらずだ。
はじめは勢いで冒険者になったが、改めて目標の事を考えるとその壁の高さに目眩がする思いだった。

トールは自分が英雄や勇者の類になれるとは思っていないし、なるつもりもない。
ただ元の世界に帰りたいだけなのだ。
この世界に良く似た世界をゲームとして知っているから、その知識を生かせば楽にいくのではないか、と頭の片隅に思ったりもした。だがそんなものは現実の前では無意味といってよかった。

このままでは神龍に会うなど夢の又夢でしかないだろう。
特に一人で戦っているとそう思う。明らかに無理があると。
だが仲間を得ようという気が起きない。この世界から元の世界に帰るのがトールの目的である以上、この世界の人と仲良くなるのはどうなのかと思ってしまうのだ。
だがどう考えても一年かそこらでどうにかなるものとも思えない。数年単位を覚悟しなくてはならないだろう。下手をすれば一生と言う事もありえる。
弱気かもしれないが、実際に迷宮で探索をしていると楽観など出来るものではない。

それに実をいえば向こうの世界の事で気になる事もある。こちらの世界に来る時に感じた地面の揺れだ。
たぶん地震だろうと思うが、当初は気にしていなかったがよく考えると酷い揺れだったと思う。
立っていられない程の揺れを感じた事など初めてだった。
そもそも向こうの世界は無事なのだろうか。以前からよく言われていた大地震ではないのか。それともテレビやインターネットでちらほら噂が出ていた地球規模の異変の一つではなかったのか。
嫌な想像が脳裏に浮かんでは消えていた。

様々な思いが重なって、トールは進むべき道を迷っていた。
だがどうするにしても、生きるためにはまずお金がいる。そしてトールがお金を得るには、迷宮に行くしかないのだ。


****


今トールは『ダンカン亭』という宿屋を拠点に迷宮に行っている。信用できる宿屋としてルイーダから教えてもらったのだ。

一日6Gで朝食に焼きたてのパンが食べ放題。せこいが多少余分に持っていって昼食分を浮かせる事もできる。
食堂としても経営しているため夕食をここで食べれば色々とおまけもしてくれる。もちらん冒険者宿屋なのでリホイミの結界もある。

この宿屋の主はダンカンといって一人娘のビアンカを看板娘として経営していた。
このビアンカ、どう見てもあのDQ5のビアンカのように見えた。見事な金髪を後ろで三つ編みにしている。健康的で活発そうに見え綺麗よりもかわいい、もしくはかっこいいという雰囲気があった。
父親の名もダンカンだから間違いないように思える。もっともゲームのように義理の親子かどうかは分からないし、聞けるような事柄でもない。

ビアンカの歳はトールの一つ上の16歳。ゲームのDQ5よりもやや幼く感じられた。
歳が近く、又冒険者として一人で生活しているトールを気にかけてくれているようだった。
最初は戸惑ったが親切にされて悪い気はしない。居心地も良かったためこの宿屋にいることにしたのだ。


迷宮の探索自体は比較的順調にいっているといって良いだろう。
ルイーダから元の世界の硬貨を売ったお金が手に入った事もあり、装備も整える事が出来たからだ。
一円から五百円の硬貨の6枚セットが1400Gで売れ、手数料と立て替え金を引いても1020Gが手元に残った。
初めは随分と高く売れたと思ったが、諸費用や装備や道具を勝っていくとそれほどでもない事が分かった。

・所持金:1070G

・宿屋の一月分:-180G

・装備品
頭:バンダナ(守+1)【-45G】
身体 上:たびびとのふく(守+4)【-70G】
身体 下:あつでのズボン(守+3)【-80G】
手:布のてぶくろ(守+1、器+5)【-50G】
足:皮のくつ(守+1、避+1%)【-40G】
武器:銅のつるぎ(攻+7)【-150G】
盾:皮の盾(守+3)【-90G】
・道具
薬草:9個【-72G】
毒けし草:9個【-90G】


残金:203G

装備一式そろえるのが如何にお金が掛かるか身にしみて分かった。
例えば布の服一つとっても冒険者用になると普通よりも丈夫で手も掛かっている。特別性のため随分値段が違うので当然なのかもしれない。
冒険の用意をするだけで1000G近くがあっという間に飛んでいった。しかも現実では装備品は壊れたり耐久性がなくなったりで、買い替えの必要もでてくる。ゲームのように買ったら最後、一生壊れないわけではない。
それを考えるとこれからどれ程のお金が必要になるか分からない。
辛うじて200G程手元に残りはしたが、これだけでは心許ない事に変わりはない。

トールとしてはため息を付きたくなる。


****


迷宮探索自体は順調に進んでいた。
この迷宮の最大の問題はその広さにあるが、自動地図の存在がその問題点を解決してくれた。というよりこの地図がなかったらと思うと、ぞっとしてしまう。
わざわざ地図作りをしながら、迷宮を進んでいたらどれほどかかるか分からない。しかも迷宮はある程度たつと構造が変化してしまうのだから切りがない。

自動地図がある限り、道順については頭を悩ます必要はない。
とりあえずはその階層で行ける場所に全て行くことにしている。
迷宮の入り口は5つあるが、地下の迷宮が一つの通路で全て繋がっているわけではない。下に降りていくたびに繋がっていき、最終的に5階で一つの迷宮になる。

戦いに関してはやはり装備が違うと安心感も違ってくる。装備した時としない時の違いには感心するしかない。その効果は確かに感じられる。
値が張っても買う価値があるのは、トールにも十分すぎるほど感じられた。
それでもモンスターの攻撃はなるべく防ぐより避けるようにしている。
痛いのが嫌いというのもあるが金銭的な事を考えるとなるべく防具の損傷も抑えたいと思うからだ。防具の防御力を当てにするのは最後のどうしようもない場合のみにしている。

そして『ホイミ』の有用性も身を持って理解した。
呪文は対象に手をかざしながら意識を集中して呪文の名を唱えることにより効果を発揮する。
自分に『ホイミ』をかける場合は、自分自身に手の平を向けて呪文を使うのだが、一瞬身体が温かくなったかと思うと肉体疲労と傷が治っていった。

はっきりいえば感動に打ち震えた。
この世界は元の世界の常識など通用しないファンタジーな世界であることは分かっていたが、その代表ともいえる魔法が使えるというのは、言葉で表せない程の感動を覚えた。
初めて使えたときは嬉しさで、無意味な時でも『ホイミ』の呪文を使ってしまった。
反省すべき事だが、おかげで分かった事もある。MPの使いすぎに注意するということだ。
と言うのもMPがないときに魔法を使うと、一瞬だが意識が途切れるのだ。時間としては一秒もないほどの一瞬なのだが、戦っている時にはその一瞬が惨事を招く事になりかねない。
これから他の魔法を覚える事もあるかもしれないから、魔法を使うときにはMPがどれほどあるのかには気を配るようにする必要があると感じた。



迷宮の1階は、特に問題なく探索を進んだ。
この階層にいるモンスターは、仮期間中に出会ったスライムとドラキーの他はスライムベスしかいなかった。
もちろん他の入り口から入った場合は分からないが、トールがいつも利用する『ルイーダの酒場』の近くの扉、通称『2の門』のから続く地下の迷宮にはこの3種しか確認出来なかった。
スライムとドラキーは戦った事のあるモンスターであり、スライムベスにしてもほんの少しだけ強いスライムでしかない。
一揃え装備を整えた今のトールにとっては手強い相手ではなかった。とはいっても囲まれた時はどうなるか分からない。一応の注意をしながら迷宮を進んでいった。

この時に役立ったのが盗賊スキルの索敵能力だ。意識を集中する事により、漠然とだが周りの事を感じられる。
分かるのはどの方向に何かがいるという程度だが、注意するのにはそれで十分だ。ただしこの索敵能力は非常に精神的に疲れる。あまりに使いすぎると頭がぼうっとして挙句に睡魔に襲われるため多用は出来ない。
どうやらMPを消費しているらしく、怪我をして『ホイミ』を使うときの事も考えるとどのように使用していくか考える必要がある。
ただそれでも盗賊と言う『職』の特性なのか勘が鋭くなったようで、索敵能力を使わなくても何となく何かがいると感じる事がある。そういう場合は大抵モンスターがいたりした。

そんな能力もあって1階は特に問題なく探索は終わった。
探索日数は三日。慎重さを第一にした結果だった。



2階でも探索自体は問題なかった。
モンスターにしても始めて遭遇するモンスターについては油断する事なく戦うようにしている。例えゲームで知っているからといっても、実際は大きく違うからだ。
これはスライムから学んだ事だ。今でこそ勝てる相手だが、初めて会ったときの恐怖は忘れていない。
1階にいた3種の他に、おおねずみ、ゆうれい、じんめんちょうがいた。

おおねずみは単体ではそれほど強くないが、問題は集団で出たときだ。油断すると次から次へと仲間を呼んでくる。如何に素早く仕留めるかが問題になってくる。

ゆうれいはまず見た目からして気味の悪い感じがした。半透明でボロボロのローブを纏ったようなモンスターだが、攻撃が非常に当たりにくい。
手や足、頭部や腹部と思われる部分を攻撃しても一向に効き目がなく、結局銅体の真ん中、人で言う心臓辺りを攻撃しない限りダメージを与えられない事が分かった。
これが分かるまでは結構苦労した。
ゆうれいが攻撃力自体あまりなく動きも遅かったため、逃げたりしながら調べられたのだ。
普通の攻撃では通用しないのでは、ということも頭をよぎったが、ゲームでは普通に剣でダメージを与えていた事を思い出して何度も攻撃を繰り返した。
ゲームの事の全てを鵜呑みには出来ないが、全く当てに出来ないわけでもない事が分かったのは重要な事だった。

じんめんちょうはその攻撃力はそれほどないいが厄介な存在だ。敵で始めて魔法を使ってきたからだ。
『マヌーサ』、幻影を見せる魔法だ。
掛けられた瞬間視界がぶれて白い靄に包まれた。そんな中でじんめんちょうがいきなり分身したように見えた。
その時は驚いてその場からすぐに逃げ出した。何度か攻撃を食らいながらも何とか逃げ出す事に成功した。
精神系統の魔法に掛かるか否かは、その時の精神状態によるところが大きい。
例えるのは難しいが精神に掛かる圧力、プレッシャーを更に強くした感じだろうか。それを跳ね返し自分の意識をしっかりと持つ事が精神系統の魔法に抵抗するのに必要な事だと身を持って理解した。
もっともそれほど頻繁に使ってくるわけではないし、攻撃力もさほどないため単体では脅威ではない。他のモンスターを組んだときこそが厄介な存在になる。
ある意味最初に仕留めなければいけないモンスターだった。

探索は1階の時と変わらず、盗賊スキルである索敵能力を使いながら、なるべくこちらから攻撃が出来るようにしながら移動していく。
基本的に出会ったモンスターは狩る事にしている。レベルアップによる能力強化は生きていくうえで必要不可欠だからだ。
だがモンスターが集団の場合は逃げる事もある。無理はしない。これが一人で迷宮を探索するのに気をつけなければいけないことだからだ。

そんな中で一つ発見をした。盗賊スキルの上げ方だ。
当初は戦った後に熟練度が上がっていたため、戦う事が熟練度アップの条件なのかと思っていたが、それでは1階のときに上がらなかったのはおかしい。
では何が違うのか。それを調べるために数回検証した結果、不意を付いて先制攻撃する事が熟練度の上がる条件だと分かった。
1階では基本的に手強い相手がいなくなったため、索敵でモンスターがいる事が分かると、心構えをして普通に遭遇してそのまま戦った。
その際の攻撃はほとんどトールからの攻撃になるがそれだけでは駄目だということだ。あくまで不意打ちをする事が重要なのだ。
2階になってモンスターが少し手強くなったため、トールは用心の為に索敵能力を使っての待ち伏せからの不意打ちするようになっていた。それが結果的にプラスに働いたのだ。

待ち伏せしながらであったため迷宮の探索としての進みは遅く2階は四日かかった。


****


冒険者といってもいつも迷宮に潜っているわけではない。そんなことをすれば疲れて参ってしまう。
肉体的な疲れは回復魔法などでどうにかなるが、精神的な疲れはそうはいかないからだ。ある意味休息をとる事も冒険者の仕事の内といっても良い。
自由業だから休日は基本自由にとる。


それはトールにしても同じだ。
2階の探索も終わり、切りが良いところで休もうとした。だが何故か不安を感じ、いてもたってもいられなくなってしまう。

慣れない世界でたった一人で生きていかなくてはいけない。
特に『渡り人』であるトールには、この世界で心の底から頼れる人物はいない。元の世界なら未成年で親の庇護の元にいるはずなのだから、その不安は計り知れないものがある。
そんな中で精神的な疲れももちろんあるが、休んでいて良いのかとも思ってしまうのだ。
何かをしなくてはいけない。ある種の脅迫観念に近いものがあった。

何とか気晴らしをするにしても、この世界での気晴らしの方法が分からない。この世界にはネットもゲームもテレビもない。

どうすればいいのか。
考え付いた事はひとつ。迷宮探索以外でこの世界で生きていくために必要な事をすれば良い。
では何をするか。答えは本だ。

トールは言語スキルというスキルを持っている。これは知らない言葉を話したり、知らない文字を理解できるようにするスキルだ。
このスキルによってトールは今この世界の言葉を話すことができるわけだが、文字は読めると言うには程遠い。
この世界で生きていくためには、文字がしっかりと読み書きできた方が良いに決まっている。

そしてスキルアップの仕方にも心当たりがあった。
それは街での店の看板や食堂でのメニューを見ていたときだが、初めは何が書いてあるのか全く分からないのに、ぼうっと見て言ううちに、段々と書いてある事が理解出来てきたのだ。はじめは何が起こったのかと思ったが、その内にそれが言語スキルの恩恵である事に思い至った。熟練度がアップしている事も確かめた。

それ故に本を読む事を選んだ。読書自体は元の世界でも良くしていた事だ。
気晴らしになるかもしれないし、言語スキルがアップすること事を考えると、一石二鳥だ。
もっともまだ言語スキルが完璧でないため、書いてある言葉が直ぐにわかるわけではない。本を読むにも一苦労だろう。
疲れる作業になるだろうが、少なくともその間に不安を感じる事はないだろう。

トールは本を読むために街に出た。行き先は街の図書館だ。
この世界は印刷技術が未熟なため、本が非常に高価だ。今のトールには本を買う余裕はない。そのために図書館へ行くのだ。
誰でも中に入れるわけではないが、冒険者としての身分証明はこんな時にも役に立つ。
入館料として5G。本の貸し出しは出来ないが、お金を払うことによって図書館の中で読むことはできるのだ。

こんなふうにしてトールの休日は過ぎていくのだった。



――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:8
職:盗賊
HP:42
MP:26
ちから:19
すばやさ:14+10(+10%)
みのまもり:9
きようさ:28+5(+10%)
みりょく:18
こうげき魔力:11
かいふく魔力:12
うん:10
こうげき力:31
しゅび力:22

言語スキル:1(会話、読解)【熟練度:85】
盗賊スキル:1(索敵能力UP、常時すばやさ+10)【熟練度:45】
剣スキル:2(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り)【熟練度:4】
ゆうきスキル:1(自動レベルアップ、ホイミ)【熟練度:92】

経験値:1213

所持金:941G



[13837] DQD   9話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:eb101dc3
Date: 2010/01/03 22:37
DQD   9話

『わははははははははははははははっ』

薄気味悪い、まるで狂ったかのような笑い声が時折3階の迷宮内に響き渡っていた。
人気のない薄明かりの迷宮で聞こえる声としては最低のものに近い。

初めは何が起こったのかと分からなかった。
明らかに尋常ではない笑い声。とても人が発しているとは思えない。
気味が悪いが万が一でも同じ冒険者かもしれないと思うと、そのまま無視するわけにもいかない。
人はあまりの恐怖に対面すると笑うしかないと聞いたことがある。もしこの笑い声がそのせいならば、この階層にはその恐怖をもたらしたものがいるということになる。
放っておきたい。無視したい。
そういう気持ちも生まれてきたが、この原因が分からない事には結局探索を続ける事もできなくなる。
トールは勇気を振り起こし辺りを探る事にした。

だが、まず何処から探すかが問題になった。声は迷宮内で反響してどの方向からの声なのかは分からず当てにならない。
結局はいつものように索敵能力を駆使しながら、辺りを注意して探していくことになった。

あの声が冒険者のものなら急いだ方が良いのは分かるが、その結果自分が危険に陥っては意味がない。もし間にあわなくても、そこは運がなかったと言うしかないだろう。
冒険者になる時も誰もが言われる事だが、迷宮内での事は自己責任が基本だからだ。
かといって本当に死体を発見した時にまで、この考えが貫けるかは分からない。だが今に時点では何処の誰とも分からぬ他人より、自分の命のほうが大切なのは間違いないのだから。

とにかく気をつけながら探索をしていたのだが、原因は驚くほど早く分かった。

探索途中で遭遇したモンスター『わらいぶくろ』、こいつが原因だったのだ。

袋に張り付いた顔は絶えずにやけた笑みを浮かべ、時折狂ったように笑い声を上げていた。その声は確かに迷宮内で響いていた声に似ていた。
決して強いとはいえないモンスターだった。なぜなら自分から攻撃を仕掛けてくることが少なかったからだ。
右へ左へふらふらと飛び跳ねながら落ち着きなく動き回っては狂ったように笑う。攻撃してきたかと思えば、次の瞬間には逃げ出す。時折不思議な踊りを踊る。
行動に一貫性がなかった。

鬱陶しく、そして何よりもその笑い声が気味悪い、トールはそう思った。

3階の迷宮は、時折この笑い声を聞きながらの探索だった。無性にいらつきながらの探索に集中しずらかった。


わらいぶくろは存在自体が厄介だったが、攻撃が厄介なモンスターもここに来て現れた。
迷宮の1、2階には毒攻撃をしてくるモンスターはいなかったが、3階になって始めて現れたのだ。
蛇のモンスター『キングコブラ』がそうだった。

元の世界でもいる生物でテレビなどで見たことがあったが、目の前で実物を見るとその大きさに驚く。
全長は4m程で鎌首をもたげた時はトールの顔の辺りまで来る。
モンスターとは言え、見た事がある動物の形をしているせいだろうか。トールにとって他のモンスターよりもリアルさがあり恐怖を感じる。
そして毒蛇としてその名はあまりにも有名だった。

キングコブラと始めて遭遇したのは、わらいぶくろの笑い声にイライラが頂点に達しようとしていた時だった。
頭に血がのぼり周りへの注意力が散漫になっていたのだろう。又、レベルも順調に上がっていたため、心に緩みが出てきていたこともある。

そんな時にキングコブラ二匹と遭遇した。
初見のモンスター相手に何の心構えもなく会ったのは、スライム以来かもしれない。
しかも初見の敵を複数相手するのは始めてのことだった。
一瞬逃げ出そうかと思ったが、背を向けた瞬間飛び掛ってきそうな気がして出来なかった。
トールは気分を切り替え、戦う決意する。愚だ愚だ悩んでいては、相手のペースにはまる事になるだろう。
まずは先手を取り一匹でも早くしとめる事が、戦いを有利に運ぶ事になる。
蛇の形をしている以上注意すべき事は噛みつき、それに間違いはないはずだ。毒を食らったときにどうなるのかは分からないからだ。

一対一なら多分なんとかなっただろう。
だが身をくねらせながら地を這い寄り、又は飛び掛ってくるキングコブラ二匹を同時に相手するのは今のトールにはつらかった。
それでも盾で攻撃を防ぎながらもなんとか一匹を倒したが、そこに心の隙が僅かに出来た。ほんの少しの気の緩み、それが命取りになる場合もある。
トールは背後に回りこまれた残りのキングコブラに後ろから足を噛まれた。
次の瞬間には心臓がドクンッと高鳴り、身体中がジーンと痺れ始めた。頭もふらつき始める。

毒をくらった。

ボウッとし始めた頭の中でそれだけは理解できた。
それと同時に無意識の内に動き噛みついているキングコブラに銅の剣を突き立て止めを刺していたのは、多少とはいえ戦いに慣れたおかげだろう。

トールはそのまま座り込むと『大きな小袋』の中から買ってあった毒消し草を震える手で取りだし、なんと口へ持っていった。何度か租借するうちに少しずつ身体の痺れは取れていき、飲み込んで少し立つと身体の異常は治まった。

トールはハアハアと息を荒げながら、少しの間そこに座り込んだままでいた。

ゲーム内では毒といえば移動したりするとHPが減るという異常状態になるだけだったが、現実ではさすがにそれだけでは済まなかった。
トールはあの状態でまともに戦えるとは思えない。今回は相手がトールに噛みついていて止まっていたため、そこに止めを刺すだけだったから何とかなっただけにすぎない。

それにしても毒消し草の効果には驚いた。
食べるだけで毒が消えるのは凄すぎるだろう。万が一の事を考えて買っておいて本当に良かった。
なければ死んでいたかもしれないと思う。
とにかく毒には気をつけるべきだと心に誓った。

後、この階には『ぐんたいアリ』もいた。
体長1mほどのアリなのだが、特徴と言えばおおねずみと同じように、仲間を呼ぶ事だろう。しかもおおねずみよりも頻繁にだ。放って置くとわらわらと沸いてくる。一体何処から来ているのかと不思議に思うほどだ。

今のトールにとっては強くはないのだが、あまりの数に気味が悪くなってくる。戦いは数、ぐんたいアリを見ていると、それも確かに正しいと思えてしまう。
対処法をしてはおおねずみと同じで、遭遇してすぐに倒してしまう事だ。


3階になって迷宮はまた広くなり、又わらいぶくろのせいで探索しづらかったというのも原因の一つなのだろうが、探索には6日かかった。


****


4階にもわらいぶくろはいるようで、時折あの独特の笑い声が聞こえてくる。ただ慣れてきたのか、あまり気にならなくなっていた。

この階では毒のあるモンスターが更に増えた。
『バブルスライム』と『おばけキノコ』だ。
バブルスライムは直接攻撃によって傷口から毒を送り込んでくるし、おばけキノコは胞子をばら撒き、その胞子を吸い込む事によって毒にかかる。

毒けし草が更に手放せなくなった。

ゲームにある毒を防ぐアクセサリーでもあれば良いのだが、トールがよく行っている武器屋には置いていない。
街には武器屋が何件もあるため、探せば売っている武器屋も見つかるだろうがそれを買う金がない。
今は毒消し草で何とかするしかないだろう。

そしてここに来て始めて攻撃魔法を使うモンスターが現れた。
『メラゴースト』だ。
『メラ』と呪文を唱えることにより、実際に拳大の火の玉が自分のほうへ襲い掛かってくるのは驚くほかない。
しかも追尾性もある。
避けようと横に跳んだら火の玉も同じ方向についてくるのだ。そうなればもう避ける事はできない。後は当たるだけだ。
野球ボールでもぶつけられたような衝撃と火の熱さ。冒険者用に作られた旅人の服のおかげなのか燃えるような事はないが、その熱さと痛みは伝わってくる。
これで連続で『メラ』を使ってくるようなら危険なのだが、メラゴーストはそうしなかった。
ぼーとしたり、まごついていたりと他事をする。これはメラゴーストというモンスターの特性なのかどうかは知らないが、トールにとっては助かったという他ない。

その後分かった事だがメラゴーストの行動は一箇所に留まりあまり移動しない。
その性でいつものように不意打ちからの先制攻撃が出来ないのだが、戦いを避けようと思えば避けることの出来るモンスターでもある。
ただゆうれいのように特定の場所を攻撃しないとダメージを与えられないタイプのモンスターで、特に強いというわけではないが面倒なモンスターと言えるだろう。急所は目と口の中心辺りだ。

それにしても目に見える形の魔法はこの『メラ』が始めてだ。今まで『ホイミ』、『マヌーサ』といった魔法は身を持って知っているが、視覚的な派手さはない。
トールにしてみてもやはり攻撃魔法を使う事には多少なりとも憧れがある。
モンスターに使われるのは嫌だが、何時かは自分も使ってみたいと思っている。


この階の探索中にではじめて宝箱を見つけた。階段がある所とは全く違った方向のため、今まで誰も調べなかったのかもしれない。
ゲームならともかく、実際に迷宮の中で宝箱だけがぽつんとあるのはおかしな感じがするが、神様の贈り物と言われるのも何となく分かる気がした。
中からは、やくそう5個と毒消し草5個を見つけた。
普通すぎて何となく微妙な気がするが、唯でもらえるのだから文句は言うべきではないだろう。それに毒のあるモンスターが多いこの階では必要なものでもある。そう考えると丁度良いのかもしれない。
他にもないか探してみたが結局見つかったのは、一つきりだった。

4階の探索には8日かかった。


****


5階ともなると敵も手強くなってくる。
『おおきづち』は、その手の持ったきづちを振りまわりながら攻撃を繰り返してくる。
一撃一撃が大降りのため避ける事は決して難しい事ではないため、その隙を突いてこちらから攻撃を仕掛け倒すのだ。
ただそのあまりの迫力に攻め込むのを躊躇してしまう事もある。
モンスターのおおきづちである以上、当たった時の一撃は痛恨の一撃の可能性が高い。
一撃でも食らえばそれで終わってしまいそうに思えたし、それはあながち間違いでもなかった。

避け損なって一撃をくらった事があった。ギリギリ皮の盾で防いだのだがそのまま吹っ飛ばされて壁に背中からぶつかる事になった。意識を失わなかったためすぐに『ホイミ』を使って回復したため、何とか事なきを得たが、あれで気絶していたらたぶんあの世行きだっただろう。盾で防げなかったらと思うと背筋が寒くなった。

そしてこの5階では何より厄介なモンスターに出会った。特別に強いと言うわけではない。ただトール自身、自分はこのモンスターを倒す事が出来るかどうか分からないと思っている。

『まほうつかい』こそがそのモンスターだった。

顔を覆うマスクと身体を覆うローブ、その下がどうなっているかは分からないが、見た目は人間以外には見えない。
迷宮で『まほうつかい』と遭遇した時、初見でモンスターだと分かったが、その姿形は確かに人間に見えた。
姿形が可愛いようなモンスター相手でも戦えるようになったが、どう見ても人間に見えるようなモンスター相手ならどうだろうか。
人とも思えるモンスターに攻撃できるのか。剣を突き立てることが出来るのか。
分からなかった。答えは出ない。
だからトールは、『まほうつかい』と遭遇するとすぐに逃げだした。攻撃を躊躇した挙句に危機に陥るのはやばいと思ったからだ。

その判断が間違っているとは思わないが、いつまでも逃げていられるのか分からない。
地下に降りていけば他にも人型のモンスターはいるだろう。その時も逃げられるならいい。
ただ逃げる事もできずに戦う事になった時、攻撃を躊躇してやられる、と言う事になるかもしれない。
それを考えると今のうちに慣れておいたほうが良いのかもしれないと思う。
すぐに答えはでない。


とりあえず6階への階段を見つけたため、後は宝箱がないかを探しながらの探索だ。
後6階からはモンスターが一段と強くなるという注意は受けているため、5階までのモンスターと楽に戦えるようになるまでは、ここでレベルやスキルを上げる事にした。



――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:11
職:盗賊
HP:59
MP:34
ちから:27
すばやさ:21+10(+10%)
みのまもり:12
きようさ:33+5(+10%)
みりょく:21
こうげき魔力:13
かいふく魔力:15
うん:15
こうげき力:39
しゅび力:25

言語スキル:1(会話、読解)【熟練度:95】
盗賊スキル:2(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ)【熟練度:39】
剣スキル:2(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り)【熟練度:81】
ゆうきスキル:2(自動レベルアップ、ホイミ、デイン)【熟練度:32】

経験値:3425

所持金:2416G

持ち物:やくそう(20個)、毒けし草(15個)、おもいでのすず(5個)



[13837] DQD   10話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:213c7d77
Date: 2010/01/03 22:38
DQD   10話

5階の探索を終えた後、すぐに6階に降りなかったのは今一自分の強さに自信がもてなかったことが大きい。
そのためトールは冒険中スキルアップにより取得した幾つかの特技や呪文の有用性を確かめる事にした。



ゆうきスキルのアップでは雷系の呪文である『デイン』を取得した。
『デイン』系の呪文といえばDQでは勇者が使う呪文として有名だが、どうやらこの世界では違うらしい。数ある系統呪文の一つに過ぎない。

一瞬でも『俺ってもしかして勇者』と思ったのは人には言えない秘密だ。

それにしても『デイン』系の呪文が使えるようになるとは、自分の名前にピッタリだとトールは思う。
トールとは北欧神話の雷神の名でもあるからだ。

初めて攻撃魔法を使ったときは、『ホイミ』を使ったとき以上の感動があった。
『デイン』の呪文を唱える事により、モンスターを指した指先から雷が矢のように飛んでいく。追尾性もあり雷はモンスターを貫いた。
初めて使ったときは感動と嬉しさで小躍りしてしまった。後から思い出して恥ずかしくなったが、この時は本当に嬉しかった。
ある意味、夢を叶えたといっていいのかもしれない。

その日は久々に迷宮のことなど考えずに、ただただ魔法を使った。
経験値やGはあまり得られない日だったが、魔法については身を持って分かった事もある。

魔法は連続使用がしにくいものもあるということだ。
感覚的なことで例えが難しいが、MPは魔力が入った蛇口付きのタンクのようなもので、魔法という名のコップに蛇口からタンクの魔力注ぎ、そのコップを魔力が満たした時に呪文を唱える事によって魔法が発動する。
この時蛇口が細ければ、当然コップを満たすのに時間がかかる。これが魔法を使うための溜めの時間になっている。だから魔法は連続で使う事は出来ないが、この蛇口は個人個人によって違うため、魔法の溜めの時間にも違いが出てくる。
『ホイミ』のときには気づかなかったことだが、『デイン』を使っていてそれが実感できた。これは蛇口とコップは使う魔法ごとに違うからだろう。

前にメラゴーストが連続で『メラ』を使わなかったのは、モンスターとしての特性かと思ったが、今考えるとただ使えなかっただけなのかもしれない。

とにかく遠距離攻撃の手段を得た事は戦闘にとって有利だ。索敵能力を使えば相手に気づかれず、そして近づくことなく倒す事が出来るだろう。ただ自身のMPの事を考えると多用できない。
ただ明らかに魔法は戦術の幅を広げてくれる事に間違いはないだろう。



盗賊スキルのアップでは『ぬすむ』の特技を取得した。
ある意味盗賊らしい特技といって良いのかもしれない。だがどうすれば『ぬすむ』の特技が使えるのかが分からない。
スリのように懐に手を差し込んで直接盗むのだろうか。いや、それは技術だ。それでは神から得た特技として取得した意味がない。それにそもそもモンスターの懐が何処かも分からない。
ではどうすれば良いのか。とりあえず人相手で試すわけにもいかない。
ゲームではモンスター相手に盗んでいたが、今まで戦っていたモンスターがアイテムの類を持っているようには見えない。あるとすれば『おおきづち』の武器である木槌ぐらいだろうか。
考えて分からない以上試してみるしかない。

トールはまずは安全であることを第一として、1階のスライム相手に『ぬすむ』を試してみる事にした。
特技を使うには、まずはそれを使う事を意識する事から始まる。やり方としては索敵能力を使うときと同じようにすれば良いだろう。
まずは使えて当然と思う事が大事だ。
そうしている内にスライムの身体のある一部分が光を放っているのが一瞬見えた。初めは見間違いかと思ったが、5秒に一度ほどの間隔で確かに点滅していた。
ここまで来て『ぬすむ』のやり方が理解できてきた。
トールは光点の点滅が光る瞬間に合わせて、スライムに手を差し込んだ。
手に感じる何かを掴むとそのまま引き抜いた。


トールは『やくそう』をぬすんだ。


この時は何とか『ぬすむ』に成功した。
だが何度か試してみると、実際には使えないと思った。
まず『ぬすむ』をする時は、その行為にのみ集中しなければならない。スライムや弱いモンスターが相手なら多少の攻撃も無視できるが、そうでないときには無防備な姿をさらす事になる。それはあまりにも危険だ。
そして、必ずしも一度で成功するわけではないということだ。集中して光点の点滅場所を確認し、光る時に合わせて『ぬすむ』をするのだが、そのタイミングは非常にシビアだ。初めに一度で成功したため、簡単かと思ったが実際は随分と難しい。
数度で成功できれば御の字だ。十数回かかった事もあった。

これらの事を考えると、あまり『ぬすむ』を使う気にはなれないが、一つだけ利点も見つかった。
それは『ぬすむ』をしたほうが、不意打ちで先制攻撃するよりも盗賊スキルの熟練度の上がり方が良いということだ。もちろん『ぬすむ』が成功しなければ熟練度は上がらないが、上がり方が良いのは確かな事だった。
だが今のところは『ぬすむ』を進んで使おうとは思えなかった。もう少しレベルやスキルが上がって『ぬすむ』が成功しやすくなるのなら、その時にもう一度考えるべきだろうと思った。
もしくは仲間がいれば、少しは『ぬすむ』に集中できるだろうが、これは今考える事ではないだろう。



剣スキルは順調に上がってきている。
特技として『ドラゴン斬り』も習得しているが、今一使いどころがない。ドラゴン種にダメージを与える特技だから、今までの階層でドラゴン種がまだ出ていないため使いどころがない。
一応は他のモンスターにも使ってみたが、多少はダメージが増えているような気がする程度だ。
それよりも問題があった。それは特技を使うには少なからず使う事を意識してから使うため、溜めの時間が必要になる事だ。
これは他の剣の特技でも同じ事が言えるだろう。
基本的に不意打ちによる一方的な攻撃を身上にしているトールには、特技を使うための溜めに時間は無駄としか思えなかった。

今まではそう考えていた。だが不意打ちが出来ずに戦った後などに考える事もある。このままで良いのかと。

トールは剣の扱い方については素人同然だ。今も銅の剣を使ってはいるが力任せに振り回しているに過ぎない。
最もそれは当然の事だ。トールは本来ただの学生でしかない。当然剣の扱い方など知っているわけがない。
学校の授業で剣道の講義を受けた程度だ。それも使っているのは竹刀で剣には程遠い。
果たしてこのままで良いのかとトールは考える。
剣の特技がうまく使えないのも、自分が素人だからではないのか。
剣がうまく扱えるようになれば特技もスムーズに出せるようになるのではないのか。
不意打ちで一方的に攻撃が出来る今の状況が続けば良いが、いつかは剣を交えながら戦わなくてはならない時も来るだろう。
その時に今のように素人同然で、ただ力ずくで闇雲に振り回しているだけで勝てるのだろうか。
無理なように思える。
一度真剣に剣の扱い方を覚えるべきではないのか。

それならば早いうちに何とかすべきだ。だがそうなると問題がある。誰から習うか、だ。
そもそもこの世界で剣術はどのように習うのだろうか。道場のようなものがあるのか、誰か個人に師事する事のなるのか、トールには分からない。

これについてはルイーダにでも聞くしかないだろう。迷宮探索ばかりしていて、碌に知人もいない状態では他に当てもないが、冒険関係の事をルイーダに聞くのは悪くない事だ。冒険者酒場として様々な情報を持っているはずだからだ。

どうすべきなのか。悩みと向き合っている今こそが多分決断すべき時なのだ。


特技や呪文を取得したが、結局のところトールがメインで扱っているのは剣なのだ。その剣への不安が解消されない限り先には進めないだろう。その事を踏まえると、これからしなければいけない事も何となく見えてきていた。


****


「つまりは剣を学べる所はないかって事ね」

「そうです」

昼間の『ルイーダの酒場』でトールはルイーダと話をしていた。
冒険者になってから殆どの日を迷宮探索していたため、会うのは一月ぶりぐらいだろうか。
久しぶりだが冒険者である以上、この程度の期間会わないのは良くある事だ。気にする事ではなかった。
ルイーダは快くトールの話に耳を傾けてくれた。

酒場にはテーブルでくつろいだり、酒を嗜んでいる者もいるが、聞かれて困る事でもないし今は特別気にする事ではない。

「興味本位だけど訳を聞いても良いかしら」

「構いませんよ。別に特別な理由じゃないです。ただ自分が剣について素人だって言うだけですよ。今は力任せで何とかなってますけど、これからどうなるか分からないですから、今のうちに基礎だけでも何とかしたいって思ったんですよ。丁度5階までの探索は終わりましたし、6階に降りる前に不安要素はなるべくなくしておきたいと思ったんです」

「えっ、もうなの。もう5階までは終わったって言うの」

ルイーダは驚いた顔をした。

「そうですけど」

「……パーティー組んでるのよね」

「いえ、一人ですけど」

それを聞いてルイーダは大きくため息をつくと、額に手をやり少し考えこんだ。

「こんな事言って良いのかと思ったけど、よく考えたら君の事知ってるのってわたししかいないのよね。だから言うけど君は急ぎすぎ。普通って言い方はあまり使いたくないけど、普通はもっと時間がかかるものなのよ。パーティーを組んで平均三月。半年でも別におかしくないわよ」

「別に無理したわけじゃないんですけど」

トールとしてはこう言うしかないが、現状はだいたい5日迷宮探索をしては1日休むを繰り返している。その迷宮探索も朝から晩まで殆どだ。人によっては無茶をしていると思う人もいるかもしれない。
よく思い出してみれば宿での夕食の時、ビアンカが心配そうに大丈夫かと聞いてきた事が何度かあった。

「仮期間中は事が事だから無理をしてもしょうがないけど、冒険者をやっていくなら気をつけたほうが良いわ。とは言っても最終的には君が判断する事だけどね。一応の忠告よ。さて、話がそれちゃったわね。要は自分の剣の腕に不安を感じたってことで良いのね」

「そうです」

「そうねえ、一番手っ取り早いのは、エルシオン学園に行く事かしら」

「エルシオン学園?」

それは聞き覚えのある言葉だった。トールの記憶が確かならばDQⅨで出てきた学園だ。雪原の中にあった学園で探偵の真似事をしたはずだ。雰囲気があまりDQにあってないように感じた覚えがあった。

「そうよ。エルシオン卿が創立した冒険者養成校で冒険に関わるいろんな事を教えているわ」

エルシオン卿は、『天空の塔』へ入る事が許可されるほどの一流の冒険者でもあったそうだ。彼は後の冒険者のために迷宮で得た財宝などの私費を投じてエルシオン学園を創立したとの事だ。

「この街にあるのが本校で世界中には他に分校もあるわ。本来は二年制なんだけど、短期の講座もあるわ。もちろんそれなりに受講料はかかるけどね」

「ちなみにいくらくらいですか」

「普通に入るならそんなにはかからないわ。ただし試験があってそれが合格すればだけどね。年に1000Gぐらいだったはずよ。でも君が聞いてるのは、剣の扱いを教えてくれるかどうかよね。はっきり言えばピンからキリまであるわ。教える先生や期間で随分と変わってくるわ。この辺は実際に学園の方で聞いたほうが良いと思うわ。ちなみに短期の方には試験なんてないわ。ただ費用の方は普通に入学するより掛かると思ってもらって間違いないわ」

「そうですか。なら一応なんですけど、他に個人的に知ってる人はいますか」

「いるにはいるけど、皆すぐに連絡付くような人達じゃないわね。最低でも半年は時間が欲しいわ。それに頼んでも首を縦に振ってくれるとは限らないわね。それでも良いなら連絡はしてみるけど、どうする?」

「……学園の方で探してみます」

「それが良いと思うわ。一応いっておくけど、どの先生も冒険者として一流の人ばかりよ。これは間違いじゃないわ。ただ癖のある人も確かにいるらしいから、その辺りが合うかは、まあ運かしらね。あとこれは今回のことと関係ないし、言ってもしょうがないことかもしれないけど、あまり焦らないでね」

ルイーダはそう言いながら微笑んだ。
トールは曖昧な笑みを返すしかなかった。


****


トールが向かったエルシオン学園は街の南区にあった。
南区は住民区画で多くの一般人が住居している場所だ。
ゴッドサイドは元は聖地とされており、教会関係者が建設した街であった。
それが迷宮探索のために様々な冒険者が集まり、その彼らを相手する商人たちが集まってくるに従って街の様相も変わっていった。
今の時代にあわせるかのように大聖堂のある北区以外は他にある大きな街と何ら変わりはなく、街は様々な人間が生活する場になっていた。

エルシオン学園も時代と共に変わっていた。
元は冒険者を育てるための養成校であったが、いつの間にか様々な人材の育成をする総合学園となった。
武術やサバイバルなどの冒険要素だけでなく、礼儀作法や歴史、算術などの学問なども教えるようになっていった。
その結果、この学園を卒業する事が一種のステータスシンボルとして、王侯貴族などがこぞって入学するようになっていた。
これをエルシオン卿の意志である冒険者の育成を忘れたとするか、それとも遺志を継ぎより多くの人々に様々な教育に施すようになったと拡大解釈するのかは、違いがでるところだった。


エルシオン学園は広大な敷地内を持ち、中央にはコの字形の校舎がある。
始めて南区に来たトールだったが、大通りの道ぞいに学園があったため簡単に着くことが出来た。
正面門から校舎へ続く通路からは、トールと同世代の少年少女の姿も見る事が出来た。統一された制服を着ている彼らを見ていると、トールは元の世界の事が思い出ずにはいられなかった。
本来なら今頃は元の世界でトールも新しい制服に袖を通して高校に通っているはずだった。それなのに今は何の因果か剣を振り回し、迷宮探索に日々を費やしている。
ため息の一つぐらいついてもしょうがないだろう。

いつまでも見ていてもどうしようもない。今のトールには何の関係もない事なのだ。それよりも今はここでしっかりと剣について学ぶ事が何よりも大切な事のはずだ。
トールは校舎に向かっていった。


校舎の入り口からすぐはホールになっており、そこにカウンターがあり一人の受付嬢がいた。トールはまずそこに向かう。

「すいません。少し講座の事で聞きたいんですけど」

「はい、何をご希望ですしょうか」

受付嬢は丁寧な口調で答えた。

「剣の事を教えてもらえると聞いたんですけど」

「剣術の講座をご希望ですか?」

「ええ、そうなんですけど、まずはいくら掛かってどのくらいの期間か教えてもらえますか」

「そうですか。少しお待ちください。……今はこちらの講座に空きがありますね」

受付嬢がカウンターでの下から取り出して、トールに差しだしたのは4枚の紙、内容は以下の通りだ。

1、講師 ラオパルス  期間 5ヶ月   費用4500G
2、講師 ダルカン   期間 6ヶ月   費用5000G
3、講師 ヒュンケル  期間 20日   費用3000G
4、講師 ナルーパ   期間 3ヶ月   費用3500G

三人目だけが異様に割が高い。

「あの、これって……」

「ああっ、それですか。ヒュンケル講師ですが、冒険者として一流の方ですけど凄く厳しい事でも有名な方です。短期集中ですから、急いで習いたい方以外にはあまりお勧めしていません。残りのお三方は、基礎的なことを習う限りはそんなに違いがありません。後は期間やお金との相談でしょうか。ちなみに受講料は一括で前払いです。中途解約は認められていませんから、そのことも踏まえながら考える事をお勧めします」

トールの今現在の所持金は約3300G。金額的な面を考慮すると3番目しか選べない。
手段としてはもう少しGを貯めてから誰を選ぶか決める事もできる。少なくとも後200あれば4番目も選択する事が出来るようになる。もっとも生活費の事も考えるともう少し稼がなければいけないのだが。
他人に聞くということもできるが、それは選択を広める事にもなるし、狭める事にもなる。結局は自分の意志一つだろう。

トールは少し考えた後、3番目のヒュンケルを選ぶことにした。
費用が安い、期間が短いというのが選ぶ要因の一つにもなったが、ヒュンケルという名前も選んだ理由の一つだ。
ヒュンケルといえば、DQマンガの『ダイの大冒険』のキャラクターの一人の名前でもある。その事が気になったからだ。
選び方としてはあまりに安易かもしれないが、時間を掛けてしまうと考えが変わってしまう事もありえる。この手の事は流れに身を任せるように決めてしまったほうがいいだろう。よく考えたって分からないことは分からないのだ。
思っていたより受講料は高いがしょうがないだろう。これで貯めていたGの殆どを使う事になってしまった。
後は、これが無駄にならないように頑張るしかない。

とにかくこれでトールは剣術を学ぶ事は決まったのだ。


・講座費:―3000G


――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:12
職:盗賊
HP:65
MP:36
ちから:30
すばやさ:24+10(+10%)
みのまもり:13
きようさ:38+5(+10%)
みりょく:24
こうげき魔力:15
かいふく魔力:18
うん:20
こうげき力:42
しゅび力:26

言語スキル:2(会話、読解、筆記)【熟練度:2】
盗賊スキル:2(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ)【熟練度:61】
剣スキル:3(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り)【熟練度:18】
ゆうきスキル:2(自動レベルアップ、ホイミ、デイン)【熟練度:46】

経験値:4404

所持金:332G

持ち物:やくそう(18個)、毒けし草(12個)、おもいでのすず(5個)



[13837] DQD   11話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:7c0d084c
Date: 2010/01/03 22:38
DQD   11話

トールが案内された場所は、エルシオン学園に数ある練武場の一つだった。
その際に剣と『大きな小袋』は受付の方に預けていた。学園には王侯貴族の子弟のいるため、部外者にはこのような処置が施されるらしい。
もっとも講座によって対応は異なるが、ヒュンケルが行う講座は全てヒュンケル側で必要な物を用意するため、トールは道具類を預けなければならなかった。

練武場はこれから講座の期間終了まで専用で使えると言うのだから贅沢な事だと思う。
そこで待っていたのは、銀髪の一人の青年だった。年齢は20代後半といったところだろうか。
矢張りというべきか、予想通りというべきか、講師ヒュンケルは『ダイの大冒険』のヒュンケルのように見えた。ただし年齢は漫画版よりも年上に見える。
ただこの世界では大魔王が人間世界に進行しているようなことはないため、似ている別人と考えたほうがいいのかもしれない。
好奇心にかられるが、会ったばかりで素性を根掘り葉掘り聞くのも怪しいという以外ない。
トールの興味以外に大した意味はないのだから、今は気にする事ではないだろう。
何よりも大事な事はしっかりと剣術が学べるかどうかだ。

「ヒュンケルだ。これから君に剣を教える事になる」

言い方は非常に素っ気無いが感心がないというわけではなさそうだ。練武場に入ってきた時からトールを観察するように見ていた。

「トールです。よろしくお願いします」

トールは一度軽くお辞儀する。

「期間は二十日。決して長いわけではない。この期間を如何により良いものにするかは君しだいだ。こちらからも教えはするがそれは手助けをするに過ぎない。肝心なのは君がどうするか、だ。その辺りを心してほしい」

「分かりました」

「後、堅苦しい言葉は使わない。怒鳴る事もあるかもしれないが、覚悟はして欲しい」

「はい」

「それじゃあ、まずはこれだ」

そう言うとヒュンケルは持っていた二本の木剣の内の一本をトールに投げて渡した。
受け取った木剣はトールが思っていた以上に重かった。
ただの木製の剣かと思ったがそうではないようだ。多分芯に鉄でも入っているのだろう。重さ的にはトールが普段使っている銅の剣ぐらいの重さだった。

「それで俺に打ちかかってこい。どの程度出来るか実際に見せてもらう」

「えっ」

「本気で打ち込んこればいい。こっちも指導するのに、君が今どの程度の腕前か把握する必要がある。だから本気でやってくれ。というより本気でやってもらわないとこちらが困る」

「……分かりました」

ここまで言われてはやらないわけにもいかない。今の自分は教えを受ける側だ。講師のほうから言っているなら、思い切りやるべきだろう。
トールは木剣を握り締めると、一度大きく呼吸をしてからヒュンケルに向かって打ち込んだ。



当たらない。
上段からの振り下ろし、左右からの薙ぎ、突き、下からの斬り上げ、緩急をつけ、時にはフェイントを織り交ぜながらトールはヒュンケルに打ち込みを掛けたが、まるで当たらない。
ブンッ、ブンッとトールの木剣からの風切り音だけが練武場に響く。
ヒュンケルは手に持つ木剣を使うことなく、体捌きだけで避けていく。
確実に当たると思った剣が避けられる。
トールは初めこそ人に向かって木剣を振るということで躊躇していたが、段々とそんな気持ちはなくなっていた。
むきになって追い回すようにヒュンケルに向かっていくが、一向に当たらない。
結局はトールの方の体力が尽きる事で、追いかけっこのような稽古は終わる事になった。



汗まみれで座り込みながら、呼吸が荒く肩で息をいているトールに対して、ヒュンケルは息切れ一つせず平静なままだった。
冒険者になって一ヶ月と半分ほど、随分と体力は付いたと自信を持っていたがまだまだなのだろう。

「なるほど、良く分かった。剣に関しては我流で素人同然だな。基礎から叩き込む事にする。水分を補給しておけ。すぐに取り掛かるぞ」

練武場の隅にあるタンクを指差すと、へたり込んでいるトールの方には見向きもせずヒュンセルはそのまま一度練武場から出て行った。
トールはのろのろと立ち上がると、タンクの方へ歩いていき、タンクの側にあったコップでタンクの中のものを飲んだ。
飲む前はただの水かと思ったが、ほんの少し甘みと塩分を感じた。スポーツドリンクを薄めたような味だった。

水分を取った事でトールはようやく一息ついた。
迷宮で一日中歩き回っていた事もあり、体力は十分いついていると思ったが、トール自身が思っているほどには体力があるわけではないようだ。
よく考えれば、少し疲れたと思うたびに『ホイミ』や薬草で回復していた。実際に体力がどの程度まで続くかは分かっていなかったのだ。

今回は体力の配分も考えずに闇雲に剣を振るったため、あっという間に体力がなくなってしまった。
剣を空振りする事は思った以上に体力を使う事を知った。
反省はすべきだろうだが、それは後だ。これから直ぐに訓練が続くのなら体力の回復はしておくべきだろう。
あいにく今は『大きな小袋』が手元にないため薬草は使えないが、『ホイミ』は使える。

「ホイ―「待て」」

『ホイミ』を使おうとしたトールに背後から制止の声が掛けられた。トールが振り向くとそこにはヒュンケルがいた。

「悪いが訓練はそのままで続行だ。こちらにもやり方があるのでね。従ってもらう」

それだけ言うと、ヒュンケルは手に持っていた宝玉を頭上に掲げた。
一瞬だけ宝玉が光ると、トールは何かに押さえつけられたような感覚を受けたが、それも宝玉が光るのと同じく一瞬だけのものだった。

「悪いが呪文の類は封じさせてもらった。これからの鍛錬に魔法は関係ないからかまわないだろ。さて、これからが本番だ。中央に来い」

悪びれた風もなくヒュンケルは言う。ヒュンケルにしてみれば当たり前の事をしているのだから当然なのかもしれない。
トールは自分の中の魔力が上手く使えなくなっている事に気づいた。確かにこれでは魔法は使えないだろう。
ヒュンケルが使った宝玉は多分『静寂の玉』なのだろう。あれを使われてはもう魔法は使えない。
ここはヒュンケルの言う事を聞くしかないだろう。
トールは疲れた身体を引きずるようにしてヒュンケルの後をついていった。



基礎として剣の握り方に始まりその振り方の指導の後、トールは素振りをする事になった。
正面斬り、右袈裟きり、左袈裟きり、右袈裟切りからの逆袈裟きり、左袈裟切りからの額袈裟きり、左右の横胴斬り、正面切りからの斬り上げ、突き、各50本を一セットでこれを10セットだ
尋常な数ではない。だが言われた以上やらないわけにはいかない。
覚悟を決めてトールは素振りを始めた。





どれだけ素振りをしたかははっきりと覚えていないが、この日生まれて始めてトールは疲労で吐いて気絶した。
普通ならこの状態になった時点でもう休むしかないのだろうが、このまま休めるほど甘くはない。
何といってもチートといって良い回復方法が存在するのだ。
ヒュンケルは袋から杖を一本取り出すと、それをトールの頭上で振るった。
トールが一瞬仄かに光ったかと思うと、トールはゆっくりと目を覚ました。

ヒュンケルが使ったのは、『祝福の杖』。『べホイミ』に近い回復をする事が出来る杖だ。
これはヒュンケルが迷宮内の宝箱から得た物で、基本的に魔法の品はレアアイテムで数が少なくい。
ヒュンケルは魔法が全く使えないため、この『祝福の杖』は非常に重宝していた。

「早く立て。さっさと続きをしろ」

ヒュンケルに言われトールは起きる。
冷たい言い方に少しむっとする。もう少し言葉を選んで欲しいとも思うが、それこそトールの都合というべきだろう。
身体の疲労は感じないし、確かに続けるのに何の問題もない。
トールは自分が望んでここに学びに来ている事を思い出す。
剣技を高めるのは、迷宮探索で生きながらえるのに必須の技能だと思っている。
そのために態々有り金の殆どを払ったるのだ。それも本来もしもの時のために貯蓄しておこうと思っていたお金を、だ。だから今まで道具以外何も買わずに過ごしていた。
もっとも今の装備でも十分だと言う思いもあったからなのだが、そのおかげでこの講座の受講料が直ぐの払えるだけのお金が貯まっていたのだから良かったと言えば良かったのだろう。
だが、懐に寂しさと不安を感じずに入られない。
とにかく命に金、この二つが懸かれば大抵の人は努力を惜しまない。
早々に諦めるわけには行かないのだ。
トールはヒュンケルを一度睨みつけると、木剣を手に取って再び素振りを始めた。
何度か倒れ込みながらも10時間ほどかけて何とか終わる事ができた。



宿屋に帰った時には、ビアンカから酷く心配された。
「酷い顔色をしている」だそうだ。
今まで迷宮から帰ってきたときには言われなかったから、余程酷い顔色だったのだろう。
確かに今までの迷宮探索よりも疲れているのはトールも分かっていた。
怪我や筋肉の疲労は治っているのだが、芯の部分では疲れている感じがした。風邪の一歩手前という感じが、今の状況を表すのに丁度良いのかもしれない。
これが後、19日。
本当に続けられるのか自信がなくなってくる。
とりあえずは体力を戻すためにも、まずは栄養をつけなくていけない。
本来これほど身体を酷使すれば胃が食べ物を受け付けないのだろうが、そんなことはない。腹は減っているくらいだった。
たらふく食ってぐっすり寝よう。明日も厳しい訓練があるのだから
トールはそう決めると、ビアンカにいつも以上の食事を頼んだ。


****


稽古は素振りから始まる。初日に行った素振りの10セットを先ず行うのだ。
ヒュンケルはそれを監督しながら、時折構えや振り方を注意する。

「まて」

黙々と素振りをしていたトールにヒュンケルの声がかかる。

「少し聞くが、何を考えながら素振りをしている」

「……特に何も。しいて言えば数をこなす事でしょうか」

トールは正直に答える。疲れすぎてあまり思考が回っていなかった。

「なるほどな。まあそうなるのも分からんわけではないが、あえて言っておく。常に最適をイメージして素振りしろ」

「最適?」

「そうだ。ただ素振りする事に全く意味がないとは言わない。だがその一振り一振りをイメージして行ったときと、そうでないときではその効果が違ってくる。これが分かりやすいかどうかは分からんが、例えるなら身体を鍛える時でも鍛えた後の身体をイメージするかしないかでその効果はは大きく違ってくる。もちろんイメージした方が効果は大きく出る。素振りの鍛錬もこれと同じだ。明確なイメージを持ったほうが効果はある。だからこそイメージしろ、最適の素振りを。その素振りはもう見せたはずだ」

確かにトールが見たヒュンケルの素振りは素人目でも素晴らしかった。

「限られた時間の中でやるんだ。少しでも効率的なやり方がいい」

確かにその通りだ。時間は有限なのだ。
ならば効率が良いやり方をするべきだろう。
トールは頷くと、再び素振りを始めた。ヒュンケルの素振りを思い浮かべながら。
疲れて頭が働かなくなるまでの話だが。



それが終われば、実戦形式での訓練、お互いが木剣を持っての打ち合いだ。
ヒュンケルは初日のようにただ避けるだけではなく、自らも打ち込んでくる。
刃のない木剣をいえどもそれが武器である事には変わりはない。少なくともトールが最初に使っていたひのきのぼうよりは攻撃力があるだろう。

頭部への攻撃だけは流石に寸止めだが、その他への攻撃は遠慮なく当ててくる。いや多少の手加減はしているのかもしれないが、トールにはその判断がつかない。
腕に打ち込まれ、骨が折られた事もあった。
あまりの痛みに蹲るが、『祝福の杖』で回復され、すぐに稽古は続行される。
『祝福の杖』は魔法の『べホイミ』と同じくらいの回復が出来、骨折くらいなら平気で直せる。流石に切断されたり部分がなくなったりしたものは回復できないらしい。
それが回復できるのは『ベホマ』クラス以上の魔法でないと無理との事だ。
ヒュンケルが木剣を使っているのは、『祝福の杖』で回復できる範囲内でダメージを与えられる得物であるのも理由の一つだろう。

(鬼か悪魔か、この人は)

いくら治る事が分かっていたとしても、骨を折られたトールがこう思うのは仕方ないだろう。
倒れても休ませてはくれない。すぐに続きだ。
倒れたままだと追い討ちを掛けるようにそのまま打ち込んでくる。又は激しい叱責が飛んでくる。
そうするとトールはまるで反射のように立ち上がってしまう。
そして又打ち合いが始まる。

何度か打ち合う内にトールも気づいた事がある。ヒュンケルが絶妙に手加減している事に。
トールが避けれるかどうかのギリギリの速さで打ち込んでくるのだ。
人と打ち合うという事は初めてでまともに出来なかったが、分かってくると段々対応は出来る。だが元々の地力が違うのだ。
結果トールが避けるほどヒュンケルの攻撃は少しずつ早くなり、最終的には攻撃を食らう事になって終わる。
この稽古は日が暮れるまで続いた。

そして一日の稽古の締めとして岩石斬りを行う。
ヒュンケルが用意した剣で斬るのだが、どう見ても銅の剣かそれ以下のなまくら剣にしか見えない。どう考えても特別な剣ではないだろう。
剣の修行での鉱石斬りは、漫画の『ダイの大冒険』や『ロトの紋章』などでもよくある修行方法だが、これを実際に自分で行う事になるとはトール本人も思っていなかった。

(どう考えても無理だろう。あんな事が出来るのは漫画だけだ)

そんな考えがトールの脳裏に浮かぶのも、トールの常識に照らせば当然の事だろう。
そんな思考に剣も影響したのか岩石が斬れる筈もなく、弾かれては手を痺れさすだけでこの日は終わった。


****


素振りをすればするほど、トールは自分とヒュンケルの違いに悩む。
もちろん始めたばかりの素人と比べる事自体が馬鹿らしい事なのは分かっているが、頭に思い浮かべるヒュケルの素振りと自分の素振り、何かが決定的に違うように感じる。

ブンッ、ブンッ、ブンッ。

素振りをするごとに風切り音が聞こえる。
だが、やはり何かが違うように感じていまいち調子がのらない。
トールは素振りを止めてヒュンケルの方を見る。

「すいません。素振りの見本、又見せてもらって良いですか」

「ああっ、かまわない」

それだけ言うとヒュンケルは木剣を振り始めた。ある種、完成されたその振りは美しささえ感じる。
トールとヒュンケルの振りでは様々な違いがある。口で説明しにくいものが殆どだが、その中ではっきりと口にして言える違いを見つけた。
それは風切り音のことだ。
ヒュンケルの素振りでは風切り音が全くしなかったのだ。
上達すると風切り音が鋭くなるのではないのか。疑問が生じ、トールは顔をしかめる。
ヒュンケルはその事に気づいたのか。素振りを止めトールの方を向く。

「どうした。何か聞きたいことでもあるのか?」

「えっと……その風切り音がしなくて……した方が鋭いんじゃないかと思ってたんですけど……」

「深呼吸でもして、少し落ち着いて話せ」

トールは言われたとおりに深呼吸する。自分が考えていた常識と違っていた事に少し混乱したのだ。

「えっとですねえ、素振りをする時って風切り音がするじゃないですか。でも今の素振りは風切り音が全く聞こえなかったもので不思議に思ったんです」

「なるほど、そのことか。確かに鋭い風切り音は、刃筋の通っているかどうかを確認する目安になるが、それは初心者や中位ぐらいの者までだ。上級者になればさっき俺がしたように無音になる。まだトールが気にする事じゃないな。でもまあこういうのが気になるって事は、素振りでもしっかりと考えながらやってるって事だな。ついでだから一つアドバイスをしようか。すこしは力を抜いたほうが良い。といってもずっと力を抜けと言ってるわけじゃない。剣を振るには力を入れるべき時と抜くべき時があるってことだ。今は振り上げる時も下ろす時もずっと力を入れっぱなしだろう。俺が言いたいのは無駄な力を省いて振り下ろす、つまり斬る瞬間に力を集中しろってことだ」

ヒュンケルの言おうとしている事は何となくだが理解は出来る気がする。だが実際に出来るかどうかは別の話だ。

「がんばります」

結局トールが言えたのはこれだけだった。



とりあえずの目標である岩石斬り。
初めは常識的に考えて無理だと思っていたし、その時は実際に無理だった。
漫画じゃあるまいし、とも思ったがある意味この世界は似たようなものであった事を思い出した。
そして岩石斬りごときで躓くわけにはいかない事も思い出したのだ。

よく考えてみればモンスターには石のように硬いものもいる。
思いついたものでいえば『ストーンマン』に『ばくだん岩』だろうか。他にも『さまようよろい』なども鉄の鎧をしているだろうし、ドラゴン種にいたっては、その鱗が鋼鉄のような硬さであるのは、ある意味ファンタジーでは常識だろう。

そんなモンスターを相手にする事もあるだろうというのに、動かない岩石一つ斬れずにこれから闘っていくことが出来るのだろうか。否だ。
だからこそ斬らなければいけない。
偶然ではなく自分の意志で斬らなくてはいけないのだ。

斬るという明確なイメージと共に剣を振り下ろす。もちろん直ぐに出来るわけではない。何度も弾かれ、手にどうしようもないほどの痺れを感じながらも何度も岩石に向かって剣を斬りつけた。



素振りやヒュンケルとの実戦形式の打ち合いをしながらも、その結果がでたのは修行を始めて5日目だった。
その一振りは音も立てず岩石を切り裂いた。
それは疲れが身体の余分な力を取った事が功を奏した結果だった。
結局は漫画でよくあるような展開で岩石を斬る事になってしまったが、どのように斬ったかは記憶している。
次こそは自分の意志で斬る事をトールは誓った。



とりあえず第一の目標を終えた事で、一旦休みを取る事になった。
次の日は一日中身体を休める事を命じられた。

「余計な鍛錬などせずとにかく休め。迷宮探索など論外だからな」

帰り際にヒュンケルはトールに念を押すように言うのだった。


****


そういうわけで次の日、トールは宿屋で休んでいた。
今までは碌に休むという事をしてこなかったように思える。
迷宮を探索しない日でも、その迷宮のための用意などに時間をかけ純粋に休むという事がなかった。
心が焦ってゆっくり出来なかったという事が大きいのだろう。

だが今回は違った。疲れているという事も確かにあるが、目標を達成できたという事の意味が大きい。
元の世界に帰るという大きな目標はあるが、これはある意味まだ現実味が薄い目標だ。
そのため目標に近づいたという手ごたえはなく、焦りのようなものばかりを感じていた。
だが今回は他人に決められた事だが目標があり、それをクリアー出来た。
だから今のトールには達成感のようなものを感じ、変に焦りを感じる事もなくゆっくりと休む事が出来ていた。
今日一日はだらだらしよう。
トールはそう決めた。

コンコンッ。

そんな時に軽いノックが部屋に響いた。

「はい、開いてますよ」

トールはそう答えたものの頭の中には疑問が浮かぶ。
わざわざ部屋を訪ねてくる人が誰なのか、身に覚えがないからだ。

ドアが開き、顔をのぞかせたのはビアンカだった。

「大丈夫だったんだ。よかった」

ビアンカはホッとした表情を浮かべるが、トールには何のことか分からない。

「そりゃあ見てのとおり大丈夫だけど、どうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ。いつもとっくに起きて下に降りてるのに、今日は起きてこないじゃない。このごろ変に疲れた顔してたし、何か起きて寝込んでるのかと思ったのよ。でも何ともなさそうで良かったわ」

この宿屋に泊まるようになっての一月半ほど経っているが、確かにいつも同じような時間に下に降りて朝食を取っていたように思う。そんな人間が起きてこなければ心配もするだろう。

「心配かけたみたいでごめん」

トールは素直に頭を下げる。

「いいわよ。大丈夫だったのならいいわ」

そう言われて頭を上げ、改めてビアンカを見て気づいた事があった。

「あれっ、その服って……」

「ああっ、この服。そういえばこの格好で会うのって初めてよね。トールはいつももっと前に宿屋を出てるから見てないかもね。これはエルシオン学園の制服よ」

ビアンカはいつもとは違うエルシオン学園の制服を着ていた。何というか新鮮な感じがする。

「どう?」

「あっ、そのっ、似合ってると思うよ」

しどろもどろになりながらも何とかトールは答えた。

「ありがと」

ビアンカはニコリとトールに微笑んだ。

「じゃあ、わたし、そろそろ学校に行かないといけないから行くね。下にはパンが一応残ってるけど、食べるなら早くね」

「分かったよ。わざわざありがとう」

「いいわよ。じゃあ行って来ます」

「あっ、いってらっしゃい」

何となくそのやりとりに気恥ずかしさを感じて二人は少し頬を染めたが、それ以上話すこともなくビアンカが出て行くのをトールは見送るしかなかった。

(もう少し気の利いた言葉が言えないのかよ)

そんな事を考え、少し悶えながらもトールはその日をゆっくりと過ごした。




――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:12
職:盗賊
HP:65
MP:36
ちから:30
すばやさ:24+10(+10%)
みのまもり:13
きようさ:38+5(+10%)
みりょく:24
こうげき魔力:15
かいふく魔力:18
うん:20
こうげき力:42
しゅび力:26

言語スキル:2(会話、読解、筆記)【熟練度:9】
盗賊スキル:2(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ)【熟練度:61】
剣スキル:3(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り)【熟練度:43】
ゆうきスキル:2(自動レベルアップ、ホイミ、デイン)【熟練度:46】

経験値:4404

所持金:313G

持ち物:やくそう(18個)、毒けし草(12個)、おもいでのすず(5個)




――― あとがき ―――

修行風景については大きな心で接してくれるとうれしいです。



[13837] DQD   12話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:3dd29dea
Date: 2010/01/03 22:38
DQD   12話

休日も明けの練武場で、ヒュンケルは真剣な表情でトールに尋ねた。

「新しい修練に入る前に聞いておく事がある。正直に答えてくれ。実際のところトールは剣術を極めて強くなりたいのか、強くなる方法の一つとして剣を選んだのか、どっちだ?」

「……後者ですね」

少し悩んでからトールは答えた。
トールが剣で戦う事を選んだ理由は、初めに渡されたのがひのきのぼうで、それが剣扱いされていたからだ。その結果、冒険者になったときに既に剣スキルが得られていた状態だったため、そのまま惰性のような感じで使い続けてきた。後、剣が一番買うのに安価で種類も多かったということもある。
例えば初めに渡されたのが竹やりだとしたら、多分槍を使っていたのではないかと思う。

「それなら、このまま剣術の修行を続けるか、強くなるための修行を続けるか、どちらがいい?」

「えっ?」

トールはヒュンケルの言っている事の意味が良く分からなかった。トールは強くなるために剣術の修行を受けに来たつもりだった。それなのに、今は強くなる事と、剣の修行がバラバラにされている。
トールは少し混乱する。

「はっきり言おう。このまま剣術の修行を続けても劇的に強くなる事はない。そもそもこれは長い時間をかけてこつこつと積み重ねていくものだからだ。これは今のお前の望んでいるものじゃないと思った。だからこの話をしている。少し調べさせてもらったが、お前は『自動レベルアップ』持ちだな」

「はい」

「お前が『自動レベルアップ』持ちじゃなかったら、この話はしていない。まず聞くが勝つために必要な事は何だと思う?」

「えっと、弱点を突く」

「それも確かにあるだろうが、もっとシンプルに考えれば良い。相手を倒せる絶対的な攻撃を相手より早く確実に命中させればいい」

「それって当たり前ですよね」

「そうだ。当たり前の事だ。だが、この当たり前の事をいつでも出来る人間がどれだけいる。いつでも、誰にでもとなると、そんな事が出来る人間なんていないだろう」

確かにそうかもしれない、とトールは思う。ヒュンケルの言う事が当たり前に出来れば誰にでも勝てる事になる。

「そのために剣術を学ぶ事は間違いじゃない。ただレベルアップによる能力の上昇は修行による効果を上回る事が多い。俺は剣を振る時に力を抜けとか、斬る時に集中しろとか、言ったが、レベルアップの恩恵はそんなものを吹き飛ばす。はっきり言えば、ただ剣を握って力任せに振るだけでも、レベルさえ上がっていればモンスターを倒す事が出来る。一年の修行より一つのレベルアップのほうが有効な場合があるんだ。大多数の人は、『自動レベルアップ』なんて持ってないからな。だいたいレベル10辺りから拡散してしまう経験値のせいでレベルアップがし辛くなって、レベル15を越える辺りから殆ど上がらなくなって頭打ちになる。だからスキルで能力を上げるためにスキルアップに励む。武器スキルを上げる方法の一つには格上の者に稽古をつけてもらうのもあるからな。だが『自動レベルアップ』のある者は違う。戦えば戦うほど経験値を貯めて、レベルアップをする。それだけで強く成れるんだ」

「それはようするに剣術の修行をするだけ無駄って事ですか」

「無駄じゃない。たださっき言った通り剣術の修行は地味で直ぐには効果も出ずらいと言ういことだ。お前が『自動レベルアップ』を持っていないなら、俺はこのまま剣術を教えていた。それが強くなる確実な方法だからだ。ただ、お前はそうじゃない。『自動レベルアップ』があるなら、他にも強くなる方法があるということだ」

「……話は分かりました。非常に興味深いんですけど、何故なんですか。そんな事言わずに、ただ剣術を教えても誰も文句を良いませんよ。元々の契約からしても、これは剣の講座を受ける事になっていたものだし、後でこの事を知ったとしても、これは事前に調べなかった僕の方のミスでしょう。そりゃあ口惜しいとは思うかもしれないけど、元の目的は達するわけだし文句を言うのもお門違いって奴ですね」

「確かにそうだが、元々俺が教えている講座は戦闘技能全般だ。剣も教えられるから剣の講座もしているに過ぎん。ならばもっとも適している事を教えなければ、俺の矜持が許さん。それに多くの冒険者は忘れているかもしれんが、この迷宮のモンスターを倒すって事は、迷宮の奥深くに眠る邪神の力を削ぐ事を意味している。そのためには倒すモンスターは強ければ強いほど良い。とければ強い冒険者も一人でも多い方が良い。そうは思わんか」

トールは神龍に会うことが目的のため忘れがちだが、この迷宮が冒険者に対して解放されているのはモンスターを倒すためだ。
ヒュンケルの言葉には強い責任感が感じられた。

「そうですね。そう思います」

「じゃあ、どうする?」

「お願いします」

トールはヒュンケルに頭を下げた。ヒュンケルも大きく頷いた。

「分かった。それじゃあこれから始めるが、その前にまず聞くが、HPとは何を意味していると思う」

「……生命力……ですか」

トールは答えに自信がもてなかった。
ゲームでよく聞くHPはヒットポイントと言ってはいるが、どういう意味なのかを考える事などなかった。ただ最大値が多ければ多いほど死に難いとしか考えてこなかった。

「その通りだ。だが他にも『オーラ』や『闘気』とも言われている。うちの流派では『闘気』と言っているが、レベルアップでHPが増える事によって死に難くなるが、それは別に身体が特別に頑丈になるわけじゃない。『闘気』をまるで鎧のように纏う事により身体を守ってるんだ。つまりHPが多いという事はこの『闘気』の鎧がどれだけ頑丈かを示していると思えば良い。ここまでは分かるか」

トールは頷く。

「なら続けるぞ。話としてはここからが本番だ。この『闘気』をコントロールする事こそが強くなる方法だ。剣を使うときは剣へと、素早く移動するなら足へと『闘気』を収束させる事により能力を上げる事が可能になる」

言いたい事は分かるが、それが本当にできるのか、トールにはそれが疑問に感じた。

「出来るわけないって顔をしているな。でも初歩の初歩くらいは誰でも一度くらいは使った事があるはずだ」

「えっ?」

「簡単な例をだそう。ちょっと待っていろ」

そう言ってヒュンケルは一度外へ出ると、拳ほどの石を一つ持ってきた。

「例えば俺がこの石を素手で壊そうとしたとする」

ヒュンケルはトールの顔の前でグッと力を込めたかと思うと、「ハァッ!」という気合の掛け声と共に石を殴りつけた。

ゴツッと音を立てて石は真っ二つに割れた。

「今こうして石が割れたわけだが、同じような石を俺の手にぶつけた時、俺の手はどうなると思う」

力の抜け切った手をヒュンケルは見せる。

「答えは手の方が潰れる、だ。この二つの違いは何かといえば、もちろん手に力を込めているかどうかってこともあるし、殴る時に殴るぞって思いながら気合を入れるっていうのもそうだ。この気合を入れるっていうのが、『闘気』の初歩の初歩だ」

何となくだが分かる気がした。重い物を運ぼうとしたりする時に力を出そうとして掛け声を出して気合を入れる事はよくある。その時には確かにただ力を込めるだけでなく、心の中で気合を入れたりもする。

「なるほど」

「まあ、話すより実際にやった方が分かりやすいだろう。始めるぞ」

「分かりました」

こうしてトールは『闘気』の使い方を学ぶ事になった。





初めにヒュンケルはトールに『闘気』の扱い方、ヒュンケルの流派でいう『闘気法』の使い方と見せた。
それはただの木剣で、鉄の棒を斬るというものだった。
ヒュンケルが木剣を振り上げたとき、白く淡い光が刀身を包み込んだ。そしてそのままの状態で振り下ろした。

斬!

何の音も立てずに鉄の棒は切断された。
トールは例え鉄製の剣を使ったとしても同じように出来る自信はなかった。

「見たな。今のが『闘気』だ。最終的には今見た事は出来るようになって貰う。他にも『闘気法』で出来る事と言えばこれだ」

ヒュンケルはその場で膝を軽く曲げて垂直にジャンプする。それだけで3m近くは跳んでいた。決して膝や腰を落として思いっきりジャンプしたわけではない。あくまで軽くジャンプした感じだった。

「今のは足に『闘気』を収束させて跳んだ。こういう風に身体の一部分に収束させる事により能力を上げることもできる。例えば左手に集めて盾の代わりにする事も出来る。まあこれをするなら、普通に盾を持ってそれを更に『闘気』で強化した方が良いと思うがね。これは奥の手でどうしようもない時に使うぐらいだな。まあ、今見せたのは『闘気法』の分かりやすい例でこれを初めからやれとは言わない。まずは身体全体の『闘気』を利用して全体の身体能力の向上をすることろからだな。そうやって『闘気』を感じる事が第一歩だ。まずは見えない強固な鎧を着込んでいるとイメージする事だ。そして出来ると思うこと。これが『闘気法』の初歩の基本になる」

トールはヒュンケルの言ったとおり強固な鎧をイメージする。
多少疑いが残っているのは、元の世界の常識が残っている性だ。こればかりはどうしようもない。時間が解決するのを待つしか仕方がないのかもしれない。

だがそれでも感じる確かな違和感。身体が熱く感じる。
そこにヒュンケルから木剣が手渡される。

「振ってみろ」

トールは頷いてから、一気に木剣を振る。

ヒュン!

ヒュンケルのように無音にはならないが、今までの己の風切り音に比べると明らかに鋭くなっていた。
驚いて集中が途切れると、イメージしていた鎧も拡散してしまう。そして一気に疲労が襲ってきた。
身体がふらついて倒れそうになるのを、木剣を杖のようについて何とか踏ん張って耐えた。

「あれ、なんか、身体が……」

「えらく疲れている、か?」

「そうです」

「まあ、そうだろうな。さっき言ったとおり生命力と『闘気』は同じだ。つまり『闘気』を使えば使うほど生命力を使っているってことだ。つまりHPが減ったってことだな。これは一度身を持って知った方が、後で知るよりいいからな。だから黙っていた。そしてこれこそが『自動レベルアップ』持ちにしか、俺が教えようとしなかった理由でもある。HPが少なくては、効果も少なく自滅する事にもなる。ある程度HPがあって始めて『闘気法』は有効に活用できるんだ」

それだけ言うと、ヒュンケルは『祝福の杖』を使ってトールを回復した。

「結局のところ、『闘気法』も素振りの時と同じだ。必要な時にのみ使えるようになればいいということだ。さて、訓練を続けるぞ」

分かっていたのなら前もって言ってくれ、とも思うが文句はない。
少し体験しただけだが、確かに能力が上がるのを実感できたからだ。この方法なら強くなれるのが分かった。
トールはヒュンケルの声に頷いた。


****


ヒュンケルが行う訓練は実戦形式のものが多い。流石に基礎を疎かにする事はないが、基礎を教えた後は、とにかく実戦の中で教えていくのだ。
『闘気法』にしてもそうだ。
トールに『闘気』の存在と扱い方の基礎を教えた後は、実戦形式で戦いながら指導していった。

勿論ヒュンケルは『闘気』を使って戦いながら指導していく。
剣に『闘気』を纏わせれば、それは真剣と変わらない。それを防ぐにはトールも木剣に『闘気』を纏わせなくてはならなくなる。
そうしなければ、木剣ごと斬られる事になるからだ。
そしてヒュンケルは寸止めなどしない。防げなければ当然のごとくトールを斬る。
しかも即死はしない、絶妙な加減で皮と肉を斬る。
『祝福の杖』で回復するため、死にはしないし痛みも続かないが、自分の肉が斬り裂かれ血が吹き出る様に気が遠くなっても仕方がないだろう。

こうなるともう必死になるしかない。
いくら『祝福の杖』で回復でき、ヒュンケルの腕が一流であろうとも、ミスをする事がないわけじゃない。
『闘気』を使う前と違い、今の稽古はミスがあればそれは即ち死に繋がるように思える。だが、ヒュンケルに言ったとしても止めしないだろう。

ならば、もはやトールが『闘気』を使えるようになるしかない。後はこの訓練自体を止めて逃げるしかないだろうが、これは論外と言って良いだろう。
1回でも逃げ出すと、連鎖的に全ての事から逃げ出してしまいそうで諦めると言う事が出来なかった。実際、暮らしていくだけなら十分生活できる事が、この一月ほどで良く分かった。
だから本当に身の危険があるまでは逃げる事はしたくなかった。
それにミスはあるかもしれないと思いながらも、実際にはそんな事もないだろうと思っている。
そのぐらいはヒュンケルの腕も信じていた。

痛みに関しても、鈍感になってきていた。
普段はそうでもないのだが、戦うと判断した時は、何かスイッチでも切り替わるのか、打撲や切傷などの痛みが前ほど感じなくなっていた。この事が実際に良いことなのか悪い事なのかは分からないが、戦いに専念できる事は有利だとトールは思っている。
とにかく、このようにトールはヒュンケルに稽古をつけられていった。


****


その日は、いつもより早く修練を終えた。
主な理由はトールが血を流しすぎたからだ。
『祝福の杖』などの回復手段は、確かに傷を治すし疲労も癒す。ただ失ったものを取り戻せるわけじゃない。
今回トールは血をなくしすぎたため、所謂貧血状態になってしまったのだ。こうなってはさすがにヒュンケルも無理は出来ない。
よってお開きと成った訳だ。

「肉食って、血を造っておけ」

とりあえずヒュンケルはそれだけをトールに言った。
そういうわけで、多少ふらつきながらもトールは帰る事になった。
学園に内にはまだ生徒の姿がちらほら見えている。いつもは日が暮れるまでは修練を行っているため、帰りに生徒の姿を見る事は少ない。
暗く静まりかえった学園の時は感じなかったが、同世代であろう生徒が過ごしている学園を見ていると、元の世界を思い出させた。
懐かしいと素直に感じた。だが混ざりたいとは不思議と思わなかった。
でもほんの少しだけ羨ましいと思った。

「トール」

漠然と校内を見回していたトールの背後から女性の呼び声が聞こえた。
何となく聞いた声だと思いトールは振り返る。少なくともこの場所で自分のことを呼ばれたとは思える自信は少なかったが、違っていたら笑ってごまかすか知らない振りをするしかないだろう。
だがその考えに反して、振り返った先にいたのはトールが知る人物だった。

「ビアンカ」

小走りに近寄ってきたのは、宿屋の看板娘のビアンカだった。そういえばエルシオン学園の通っている事を聞いたのを思い出した。

「どうしたんだ、一体」

「どうしたのかは、こっちのセリフよ。何でトールがここにいるの?」

「ちょっと、剣を習いに来てたんだ。もう10日くらいは通ってる」

「えっ、そうなの。でも全然会った事ない、っていうか見かけた事もないんだけど」

「朝から夜まで隅の方の練武場に篭りっきりだからね。そりゃあ会わないよ。僕だってここで会っているのはヒュンケルさんぐらいだからね」

「えっ、トールってヒュンケル先生に習ってるの?」

心底驚いたように言う。

「そうだけど」

「だって凄い厳しいって有名よ。途中で逃げ出す人もいるくらいだし。そういえば近頃ヒュンケル先生の講座を受けてる人がいるって聞いたけど、トールの事だったんだ」

「そうなるね。でもヒュンケル先生はそんなに有名かい」

「そりゃあ強さでは一級品で、冒険者としても一流だし、塔に登れる資格もあるって話を聞いたわ。それに美男子。有名になるには十分でしょ」

「なるほどね」

「ああ、後、愛妻家ってことでも有名よ」

この場合のヒュンケルの妻は『ダイの大冒険』のキャラクターの誰かなのだろうか、とトールは思うが、ここでそれを聞くのも変な気がするので気にしない事にする。

「そういえばトールはこれからも鍛錬なの?」

「いや、今日は終わり。ゆっくり休めって言われた。ビアンカの方も終わったの?」

「ええっ、今日はもう終わったわ。それよりトールは今日のもう予定はないのね」

「そうだね」

「ふーん、じゃあ「いた!」」

ビアンカの声に被せる様に女の子の声が聞こえた。
それはビアンカの背後から聞こえてきた。そちらに目をやると、そこにはエメラルドグリーン色の髪がカールしている活発そうな少女とロングの青いストレートヘアをリボンでまとめたお嬢様然とした少女がいた。

「あっ、ソフィア」

「ソフィアじゃないわよ。いきなり走り出して何よ」

「ちょっと、知り合いを見かけたから、つい……、ごめんね」

「ごめんねって……もういいわ。でこっちの子がそうなの?」

ソフィアが探るようにトールを見る。

「うん。そう。うちの宿のお客さんでね、トールっていうの。冒険者をやってて、今はヒュンケル先生に教えを受けてるんだって」

「それでね、トール。こっちがわたしのクラスメイトで友人。騒がしいのがソフィアで、こちらはフローラって言うの」

紹介された二人を見てトールとしては驚くしかない。
何処かで見たことがあるような気はしたが、二人ともゲームでの服装のイメージが強いため、違う服装をされると直ぐには判断出来なかった。
だが改めて見ればトールにとっては見た事がある顔だと分かった。
ソフィアはDQⅣの女勇者の公式であろう名前だし、フローラはビアンカと同じDQⅤの花嫁候補の一人だろう。
エルシオン学園の制服を着ているが間違ってはいないだろう。
こんなところで会う事になるとは全く思っていなかった。

「トールです。よろしく」

驚きはしたが、いつまでも見つめているのも失礼というものだろう。とりあえず自己紹介だけはしておく。

「あっ、ボクはソフィアって言うんだ。よろしく」

「フローラと言います。よろしくお願いします」

三人の自己紹介が終わったところでビアンカは口を開いた。

「そういえばトールはこれから何の予定もないんでしょ」

「そうだね。しいて言えば、帰って休むぐらいだね」

「それじゃあ一緒に帰らない。話したい事とかもあるし」

「えっ、僕の方は構わないけど……」

トールはちらりとソフィアとフローラの方を見る。

「あっ、もちろんボクらもご一緒するよ。迷宮の事とかも聞いてみたいし。そうだよね、フローラ」

「はい。同年代の方がどのように冒険なさているのか、一度お聞きしてみたいと思ってました」

「と言うわけだから問題ないわよね。って今気づいたけど、ちょっと顔色が悪くない?」

ビアンカは一転して心配そうな表情に変わる。

「ああっ、今日の鍛練は厳しかったからね」

流石に斬られて血を流しすぎたとは言えない。

「じゃあ、止めといた方が良いかな」

「確かに多少はふらつくけど……」

『大丈夫だ』と続けようとしたところで、身体が大きくふらついた。一瞬だが意識が遠くなったような気がした。
トールは自分が思っている以上に体調が悪い事を感じた。

「ごめん。ちょっと休んだほうがいいかもしれない」

ビアンカたち三人との話にも心惹かれるものはあったが、明日以降の鍛練の事を考えるとやはり今は休むべきだとトールは思った。

「そうね。それがいいと思うわ。じゃあ、そういうわけだから……」

ビアンカはソフィアとフローラの方を向いた。

「分かってる。こんな時に無理させようなんて思わないよ。でも別の日で会えるセッティングをしてくれると嬉しいな」

「そうですわね。冒険の事をお聞きしたいのは、本当ですし」

「今の修行は後8日程で終わるから、それから後なら時間は自由になるよ。その時で良ければ僕は構わない。というより、僕の方も話をしたいな」

「それじゃあ、その辺の都合は私が調整するわ。それでいいわよね」

ビアンカの声にトールたちは頷いた。

「じゃあ、僕は先に帰らせてもらうよ」

「ちょっと待って」

一歩を踏み出そうとしていたトールをビアンカが呼び止める。

「何?」

「途中で倒れられたらと思うと心配だから一緒に帰るわ。別に構わないでしょ」

「……じゃあお願いするよ」

少し気恥ずかしく感じたが、それ以上に今の体調を考えると途中で倒れるという事もあるのかもしれないし、帰る場所は一緒なのだから、頼れるならば頼った方が良いと思えた。

こうしてトールはビアンカと一緒に帰る事になった。
ソフィアとフローラもビアンカがトールと一緒に帰ることには賛成した。
大きくふらついてからのトールの顔色は、目に見えて悪くなったのだからこの反応も当然なのかもしれなかった。

再会の約束をしてトールはその日ソフィアとフローラと別れたのだった。




――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:12
職:盗賊
HP:65
MP:36
ちから:30
すばやさ:24+10(+10%)
みのまもり:13
きようさ:38+5(+10%)
みりょく:24
こうげき魔力:15
かいふく魔力:18
うん:20
こうげき力:42
しゅび力:26

言語スキル:2(会話、読解、筆記)【熟練度:14】
盗賊スキル:2(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ)【熟練度:61】
剣スキル:3(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り)【熟練度:78】
ゆうきスキル:2(自動レベルアップ、ホイミ、デイン)【熟練度:46】

経験値:4404

所持金:296G

持ち物:やくそう(18個)、毒けし草(12個)、おもいでのすず(5個)





――― あとがき ―――

なかなか上手く文章を書けません。
今回の修行風景も大きな心で接してくれるとうれしいです。



[13837] DQD   13話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:fef13b25
Date: 2010/01/03 22:36
DQD   13話

『闘気』のコントロールにはイメージが大切だ。『闘気』を使い、如何したいのかを明確に意識しなければならない。
そして実戦ではそれを一瞬の内に判断して行わなければ意味がない。
だからこそ訓練は実戦形式で行われる。

練武場でトールはヒュンケルと木剣を交える。
ヒュンケルの3振りの剣撃、右袈裟から斬り上げそして斬り下ろし、それが一息の内に放たれる。
トールは右袈裟を木剣を斜めにして受け流し、斬り上げは後ろにステップして避ける。この時は足に『闘気』を収束しに普段よりも素早く下がる。そしてさらに追うようにして振り下ろされた一撃は明らかに『闘気』を纏わせていた。
トールは瞬時にそれを判断し、木剣に『闘気』を纏わせ受け止めた。
木剣といえども『闘気』を纏わせれば真剣のように斬れる。余裕などは全くない。
ヒュンケルはこのように、『闘気』を使わなければ対応できないような斬撃を織り交ぜながら攻撃してくる。
そしてほんの少しでも対応が遅れれば容赦なく一撃が叩き込まれる。

鉄は熱いうちに叩けと言わんばかりに、このような実践さながらの苛烈な訓練は続く。
となれば嫌でも『闘気』の扱いを覚えなくてはならなくなるし、そしてその通りトールは『闘気法』を身につけていった。

これらの事は『闘気法』の初歩だ。
ヒュンケル曰く、HPを消費して自前の補助魔法を使えるようなものらしい。
つまり剣に『闘気』を纏わせるのは『バイキルト』、素早く動くのは『ピオリム』と言っても良いだろう。
魔法ほど持続時間はないが、その代わりに使いたい時に直ぐに使えるのが、『闘気法』の利点だ。

だからこそ、いつでもどんな状態でも、それこそ無意識にでも使えるように訓練は行われる。
そしてそれと同時に『闘気法』の危険さも教え込まれた。
それは使いすぎれば死ぬ事もあるという事だ。

毎回毎回倒れるまで『祝福の杖』による回復は行われなかった。もちろん死ぬほどの怪我を受けたときは別だが、それはどの程度まで『闘気』を使えるのかを身体で知るためだった。
冒険者カードを見ればHPがどれだけなのかは分かるが、戦闘中には見ている暇などない。ゲームのように常にHPとMPが見れるわけではないのだ。だから身体の感覚で『闘気』が使う事が出来る危険領域を見極めなければならなかった。
そしてどの程度まで『闘気』が使えるかを把握した頃、『闘気法』の修練は次の段階に入った。



それは一撃必殺にもなりうる攻撃方法だった。
方法は二つ。
まずはHP、即ち『闘気』を一気に使い、それを武器に纏わせ攻撃する。ある意味HPを使う『マダンテ』と言って良いのかもしれない。
だが生命力を使って行う『闘気法』では一歩間違えば『メガンテ』になってしまうだろう。
小出しに使い続けるのと、一気に使うのとではやはり感覚が違うが根本的なところまで変わるわけではない。
ヒュンケルが何度も『闘気』を使わせたおかげで、トールは『闘気』を使えるギリギリに近い線の見極めが出来るようになった。
少なくとも死ぬようになるまで使う事はなかった。
ただこの時イメージがしっかりしないと、折角の『闘気』を無駄に消費する事になる。
だから強固で鋭い一撃を思い浮かべなくてはならなかった。
それための解決方法として一つの道が示された。
それは叫ぶ事だ。
自分にも言い聞かせるかのように声を出し、音声によって気合をいれ、イメージも高まる。
テレビなどでヒーローが必殺技を使う時に叫ぶのは、伊達や酔狂でもないのだろう。
これはヒュンケルの流派では初歩で習う必殺技と言えるものなのだから。

その名は『オーラブレード』といった。



もう一つは今までの『闘気法』と少し使い方が違った。
今までは『闘気』を放出し纏う事によって一時的に能力をアップさせる『闘気法』だったが、それとは反対に身体の内に『闘気』を満たす事によって身体能力のアップさせる方法だった。
この方法の最大の利点はHPを消費しない事だ。
欠点はこの方法は使う時に集中力を必要とし、『闘気』を溜めるのに時間がかかるということだろう。
だが時間をかけ『闘気』を溜めれば溜めるほど身体能力も大きくアップする。

要するに『ためる』をしてテンションを上げていると思えば良い。



この二つが『闘気法』の新たな活用法として教えられたものだった。
トールが思った事は、この二つの『闘気法』は仲間がいる事、つまりパーティーを組んでこそ真価を発揮するだろうということだ。
『オーラブレード』は使った後HPが殆どない状態になるだろうからに守ってもらわないといけないだろうし、『ためる』は反対で使うまで守ってもらわなくてはいけないだろう。
一人で探索をしているトールは、使い方を考えなくてはいけないだろう。
だが、これら二つの『闘気法』が一撃必殺になりえるものだという事は理解できた。
この二つを習得した時、講座の期間が終了した。
完全に使いこなせるまでに至っていないが、これからの自己鍛錬でどうにかするしかないだろう。

講座を終えた後、ヒュンケルはトールに言う。

「素振りは出来る限り行え。積み重ねは何れ生かされるときが来る。そして実戦で敵を斬れ。矛盾に聞こえるかもしれんが、一の実戦は百の訓練に勝る。そして基礎が出来ていれば、その一の実戦で得られるものがより多くなる」

「『闘気法』はイメージする事こそが基本だ。これは武器スキルの特技に関しても言える事だ。それを忘れるな」

「もしこの続きの修練を受けたければ、最低でもレベル20になってからにしろ」

「無理はするな。生きてこそだ」

トールは頷いてから礼を言った。こうして剣の講座は終わった。


****


修練を終えたからと言って、トールにゆっくりと休んでいる暇はなかった。
はっきりいえば、金銭が心許なくなってきたのだ。300Gないのだからそれも仕方ないだろう。
今の状態でのほほんと休んでいられるほど図太くなかった。

そういうわけで次の日からすぐに迷宮探索を始めたのだが、トールが修練をしている間に変化期を向かえていたらしく迷宮はその姿を変えていた。
前回の変化期から既に2月ほどたっているので、それも当然かも知れなかった。
そのためトールは又一から地図の作り直しになった。もっとも階段の位置だけは変わらないため、何も指針がなく迷宮を探索するよりは楽だろう。
事実迷宮探索は何の問題もなく進んでいった。
モンスターはもはや障害にはならなかった。
元々一対一なら確実に勝てる自信はあったが、今なら例え囲まれても慌てるような事にはならなかった。
はっきり言えば、ヒュンケル一人を相手にしていた訓練のほうがずっと厳しかったし怖かった。
それに比べれば5階に行くまでのモンスターは敵ではないと言っても良い。しいて気をつけるとすれば毒攻撃ぐらいだった。

実際最初の半分以下の日数で階段を見つける事が出来た。前回はその階層全てを探索し終えてから次の階に降りていたのだが、今回は直ぐに下へと降りて行った。
変化期からある程度日数がたっている以上、もはや宝箱はないだろう。それならば少しでも獲られるGが多い下の階の方が良いと思ったのだ。

そうして探索を続けていたある日、ビアンカからソフィアやフローラと一緒に会えないかと誘われた。
トール自身、あの時の約束を忘れたわけではないが、あれは世間話のようなものだと割り切っていたところもあったため、実際に誘いがあった事には多少の驚きがあった。
トールに断る理由はなかったため、快く承諾した。


****


ファンタジーの飲食店といえば酒場が定番だが、実際には普通に食堂もあるし喫茶店も存在する。
トールがビアンカたちと会ったのも喫茶店の一つだ。
ビアンカたちが学園帰りに良く寄っている店だと言う事だった。

最初は当たり障りのない世間話からだったが、ビアンカらの興味は同年代であるトールの冒険者としての活動だ。
ビアンカ、ソフィア、フローラの三人ともがエルシオン学園で冒険者としての育成を受けており、現在学園の最上級生で後三ヶ月もすれば卒業となる。
だからこそ、一人で冒険を続けているトールに興味を持っていた。

学園の最上級生になれば、週に三日ほどだが迷宮での実地訓練がある。
迷宮への入り口の一つが学園内にあり、ある意味その入り口は学園専用になっていた。
とはいってもその入り口で行けるのは地下2階までだ。
3階への階段室の扉には何重にも鍵がかけられ、学生たちがそれ以上進めないようになっていた。
彼女達はその際にパーティーを組んでいるのだが、モンスター相手にも苦労していた。3人いてさえ苦戦したモンスターたちを一人で戦い、更にはその下の階へも進んでいるトールの行動に興味があったのだ。
しかもヒュンケル講師の講座をまともに終えたというおまけ付だ。
冒険者を目指している者として興味が沸くのも当然の事だった。

トールのしてみれば彼女らとの会話は息抜き以外の何ものでもなかった。
この世界に来て大凡二ヶ月、随分と気を張って生活をしてきたが、ようやく少しだけ余裕が出て周りにも目を向ける事が出来るようになってきた。
少し前までなら身体が元気なうちは、何があっても迷宮に向かい探索をしていただろう。
はっきり言えば、冒険者として生きている以上、今更冒険者育成学園であるエルシオン学園の事を聞くのに大きな意味はない。
ただ話を聞いて、自分の学校生活を思い出し懐かしいと思う事はあった。
それに見目麗しい3人の美少女を相手にする話が出来るだけで、価値は十分にあると思えた。

三人ともが冒険者を目指していると聞いた時、トールは少し驚きを覚えたのも事実だった。
ただこの街での冒険者の優遇を考えると、冒険者になろうという気になるのも分かる気がした。

事実、ビアンカはその優遇措置を受けるために冒険者になるそうだ。何でも5年以上この街で冒険者として過ごせば、税率が安くなるとの事だった。
この街で親子で宿屋を経営しているビアンカは、それが目的との事だった。

ソフィアはカッコいいと言うのが、主な目的との事だったが別段それは珍しいことではなかった。
迷宮の奥深くに潜る事が出来れば、又『塔』に登る事が出来るようになれば、地位。名誉、金、それらが手に入るのは周知の事実だ。
後は、兄と幼馴染が一年ほど前に冒険者になったため、それを追いかけてというのも理由の一つと言う事だった。

二人と比べて、フローラには冒険者になるべき理由があった。
それは彼女の家に問題があった。フローラはあのトルネコ商会の現会長であるルドマンの娘だということだった。
トルネコ商会は、創設者トルネコが冒険者であり、その息子であり二代目でもあったポポロも冒険者で、双方ともに高名な冒険者であった事から、トルネコ商会の一族は冒険者として一度は過ごす事を家例として定めてられていた。
そのためにフローラ自身も冒険者になることを義務付けられていた。事実フローラの姉も冒険者として迷宮を探索しているとの事だった。

三人が冒険者になる理由を語った以上、トールにしても言わなければいけない場の流れになっており、それを無視するほど空気が読めないわけでもなかった。
とりあえず当たり障りのない事を言っておく。別に嘘は言うわけではない。言っている事は本当だが、全部を言わないだけだ。

叶えたい願いがあるから、神龍に会うために冒険者になった。

素性に関しては軽々しく他人に言う事は出来ない。だからこそシンプルに目的だけを言った。

三人は少し驚いたようだったが、トールの表情を見てその言葉が本心からのものだと分かったのだろう。納得した顔をしていた。



久しぶりの他愛もないお喋りは穏やかでトールとって有意義に感じられた。
そんな中で前触れもなく会話が途切れた。その一瞬ビアンカとソフィアがフローラに目配せをする。
それを合図にするように、フローラは言いにくそうにトールに口を開いた。

「少しお願いがあるんですけど、いいですか?」

「内容によるね。流石にお願いを聞く前に良いとは言えない」

フローラの困った顔を見れば、直ぐにでもO.K.を出したいが、安請け合いは出来ない。

「もう少しで卒業するんですけど 、冒険者になったら、一緒に迷宮に探索してほしいんです」

「えーっと、それはパーティーへのお誘いって事?」

「そうとも言います。でも駄目でしたら少しの間でも良いです。その時は依頼としてお金は払います」

トールはフローラの言おうとしている事が今一分からなかったが、その後説明を受け、何とか分かった。
フローラが言いたい事とはつまり、冒険者として慣れるまでボディーガードをして欲しいと言う事なのだ。
フローラはトルネコ商会のお嬢様なのだから、家の方から護衛が付かないのかとも思ったが、どうやら冒険者期間であるうちは、家からの護衛はないらしい。
もしかしたら、影から密かに護衛されているかもしれないが少なくともフローラは知らないとのことだった。

当初は学園にいる時と同じく三人でパーティーを組んで迷宮を探索しようとしていたが、少し不安に感じていたところでトールと仲良くなり、それならば一度頼んでみようと言う事になったらしい。
フローラが話したのは、じゃんけんで負けたと言う事が原因らしかった。

トールにとって彼女達3人は、この世界で始めて出来た友人といっても良い。
彼女達が怪我などをすれば、トールとて良い気分はしない。
怪我など冒険者にとって日常茶飯事であるため、その事を心配するのはあまいし、彼女たちを侮辱する好意のようにも思える。
ただ自分自身を振り返ってみても、やはり最初の時の不安と言うものは大きかった。彼女達が例え学園で迷宮に潜ったことがあったとしても、不安を感じるのはしょうがないのかもしれない。
ならば慣れるまで付き合うのも良いのかもしれない。

「分かった。昼飯と夕飯の驕りで、慣れるまで付き合うよ。実際パーティーを組むかは後から考えるってことにしよう」

そう言ってトールは笑った。
それを聞いて、フローラたちも微笑んだ。


****


トールはビアンカたちと約束はしたものの、彼女らが卒業するまではまだ三ヶ月ほどある。
そういうわけでトールは再び迷宮の探索に精を出すことになった。

順調に地下へと降りていき、ついには再び5階まで降りてきた。
ここがトールにとって唯一ネックとなりうるモンスターがいる階だった。人型モンスターである『まほうつかい』がいるからだ。
まともに戦えば負ける事がない。ただまともに戦えない事が何よりの問題だった。
だが今は違う。その対策法も考え付いていた。

魔法を使うと言うのが、トールの考え付いた解決法の一つだった。
『デイン』と唱えることにより指先から一条の稲妻の矢がほとばしり、『まほうつかい』に襲い掛かると、そのまま倒す。
『まほうつかい』の何が問題かといえば、その姿が人に似ていると言う事だ。それ故に剣で斬りかかるには躊躇すると言う事が問題だった。
では如何すれば良いのか。躊躇しない方法で倒せば良いのだ。
魔法は一旦唱えれば、剣とは違い、止めたり方向を変える事は出来ない。後は相手が避けなければ追尾して魔法が当たる。
それを利用したのだ。

もっとも初めはその魔法を唱える事さえなかなか出来なかったが、覚悟を決めて魔法を口にすれば、呆気なく『まほうつかい』を倒す事が出来た。
最初は少し気持ち悪くなったが、それも数をこなす内に慣れてきた。

そしてついには剣で『まほうつかい』を斬った。
人に向かって剣を向ける事は、ヒュンケルとの訓練で慣れたということもあるのだろう。トールが自分で思っていたよりも容易く『まほうつかい』を斬った。
思っていたよりも平気だった。
倒したモンスターは直ぐに消えてGに変わるため、死体が残らない性なのかもしれない。
とりあえず、トールは5階での目的を果たす事が出来た。
これで人が相手になっても平気で戦えるとは言わない。というより、人と剣を持って立ち会わなければならない状況にはなって欲しくないというのが本音だろう。ただ覚悟だけは持つことが出来たと思っている。

そうしている内にある程度のGも貯まってきたところで、トールは6階への階段を見つけた。
ルイーダの話では、ここから先はモンスターが更に強くなるはずだ。
気合を入れると、トールは6階に降りる事にした。



――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:13
職:盗賊
HP:72
MP:38
ちから:33
すばやさ:28+10(+10%)
みのまもり:15
きようさ:40+5(+10%)
みりょく:25
こうげき魔力:16
かいふく魔力:20
うん:22
こうげき力:55
しゅび力:28

言語スキル:2(会話、読解、筆記)【熟練度:39】
盗賊スキル:2(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ)【熟練度:92】
剣スキル:4(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り、剣装備時攻撃力+10)【熟練度:78】
ゆうきスキル:2(自動レベルアップ、ホイミ、デイン)【熟練度:73】

特殊技能:闘気法(オーラブレード、ためる)


経験値:7244

所持金:2647G

持ち物:やくそう(26個)、毒けし草(18個)、おもいでのすず(5個)




――― あとがき ―――

ここまでが1章『初級冒険者 トール』になります。
これからも様々なDQのキャラと出会いながら、時には共に冒険をする事になるでしょう。
まだ先は長いですが何とか終わりまで書き続けたいです。

それでは、また会いましょう。



[13837] DQD   14話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:0a2983b2
Date: 2010/01/03 22:26
DQD   14話

とりあえず一度6階に降りた後、トールは直ぐに迷宮から出た。
それなりに強くなったつもりだが、装備には今一つ不安があったからだ。
後の生活の事も考えると1000Gは残しておきたい。とすれば装備で使える金額は1500Gほどだろう。もっともこれはあくまで予定であり、どうなるかは実際の品物を見てからだ。
まずは防具を買って守備力を固めたいと思うが、今はまだ鎧を買う気はしない。
避ける事を主とする戦い方のトールにとって、動きを阻害しそうな鎧は邪魔だと思えたからだ。
それを踏まえて装備品を買っていく事にした。




・所持金:2647G

・装備品
頭:バンダナ(守+1)→皮のぼうし(守+3、回魔+2)【65G】
身体上:たびびとのふく(守+4)→レザーマント(守+8)【320G】
身体下:あつでのズボン(守+3)→けいこぎズボン(守+5)【200G】
手:布のてぶくろ(守+1、器+5)→皮のてぶくろ(守+2、器+15)【190G】
足:皮のくつ(守+1、避+1%)→皮のブーツ(守+2)【70G】
武器:銅のつるぎ(攻+7)→鉄のつるぎ(攻+27)【1000G】
盾:皮の盾(守+3)

残金:802G




予定より少し多めにお金を使う事になったが、安全を買うと思えばそれもしょうがないことだろう。
特に剣にお金をより多く注ぎ込んだが、これより安い剣だとレイピアになる。
突く使い方をする細いレイピアは、どうにも脆い感じがしてトールは好きになれず、その上の鉄の剣を買う事にしたのだ。
何となくだがいっぱしの剣士になったようで気分が良かった。
盾は殆ど使っていない事もあり、今回は買うのを見合わせた。あまり大きくて重そうなのを買っても邪魔になると思ったからだ。
今まで使っていた武器防具は、一応予備の装備品として売らずにそのまま取っておく。『大きな小袋』に入れておけば邪魔になることもない。
とりあえず一揃え買い終わり、新たに迷宮探索に気合を入れた。


****


迷宮で下の階に降りるには、基本的に階段で1階ずつ降りていかなければいけないが、これが6階まで降りると少し変わってくる。
迷宮は5階層ごとに一区切りとされており、6階、11階等に降りた場合、再度迷宮探索に入る時、6階、11階等ならばその階層から始められるようになっている。

トールも一度6階に降りているため、次からは態々6階まで降りる必要はなくなっていた。
そのために必要なのは唯一つ。地上の入り口から続く階段室に入る時に、自身の冒険者カードを手に持って入るだけだ。
そうすることによって階段室の中に今までとは違ったものが現れた。それは1㎡程の大きさの七色に光る泉のようなものだった。
『旅の扉』、DQでおなじみの遠くの場所をつなぐワープゲートだ。
これを利用する事によって、一気に6階まで降りる事が出来る。
もちろん1階から順に降りていくのも自由だが、多くの冒険者はそんな面倒くさい事はしない。
トールもこの迷宮に潜り始めて3ヶ月近く立つが、たまに冒険者と出会うことはあっても、ベテランらしい冒険者に一度も出会わなかったのは、皆がこの『旅の扉』を利用していたためだろう。

近道が出来るのならこれを利用しない手はないのだが、トールは『旅の扉』に入るのを、躊躇して立ち止まってしまう。
トールは今まで人生で瞬間移動など体験した事がない。
この世界では普通に利用されているのだから何の問題もないはずだが、緊張と不安を感じるのはしょうがない事だろう。
なにより『旅の扉』はまるで底なし沼のように見えてしまうのだ。
かといっていつまでも利用しないわけには行かない。
今はまだ6階だから、このまま降りていく事も出来るが、更に地下深くに降りていけば一日で目的の階へ辿り着く事も出来なくなるだろう。

変化期のことなどを考えると、迷宮内で一日を過ごすのは止すべきだ。
いくら階段室には影響がないといっても、その間は迷宮内で魔法の類は使えないとの事だし、『おもいでのすず』も使用不可と聞いた。
変化期の三日間を階段室で過ごすのは流石に遠慮したい。
いつかは使わなくてはならなくなるなら、早めに使えるようになった方が良い。
ドキドキと早鐘のようになる心臓を押さえながらトールは『旅の扉』に一歩足を踏み入れた。



トールは次の瞬間には6階の階段室にいた。身体に不調な箇所はない。
『旅の扉』に入った瞬間、光に包まれるため眩しさに目がくらんでしまうがそれだけだ。
想像では酔ったような感じになるのではないかと思ったが何ともなかった。
ただの考えすぎと言う事だろう。
これで『旅の扉』を使うのに何の不安もない。
トールは階段室を出て6階を探索し始めた。



新しい階層に来て用心しなくてはならないのは、やはりモンスターだろう。
しかも6階からは、モンスターも強さも変わると聞いている。用心するに越した事はない。
ヒュンケルから教えを受けるなどして自分がそれなりに強くなった気はしているのだが、実際に相手として剣を交えていたのはヒュンケルだから、どの程度強くなったのか、今一つ分からないというのがトールの本音だ。

もし危険だと感じたなら、一度5階に戻ってレベル上げをするのも一つの手だろう。
とりあえず今までのように索敵能力を使って先制攻撃をしながら、モンスターの強さを探っていくのがいいだろう。
攻撃するにしても、逃げるにしても、身につけた『闘気法』はきっと役に立つはずだ。
だが油断はするべきではない。トールは気を引き締めると迷宮内を進み始めた。



6階にいたモンスターは、ギズモ、タホドラキー、がいこつ、ホイミスライムの4種だった。

ギズモは半透明の灰色の綿が寄せ集まって、それに目を口が付いている雲のようなモンスターだ。これも核と思わしい部分を攻撃しなければダメージを与えられないモンスターで、面倒なことは面倒だが、それ以上に厄介なのが『ギラ』の呪文を使うことだ。一定の範囲に閃光熱を放つ呪文で、避けるのは非常に難しい。しかもギズモは、単体で行動する事が殆どない。複数で集まって『ギラ』を連続で使われると非常に鬱陶しい存在だった。

タホドラキーは、ドラキーの色違いで強化版と考えれば良い。防御を下げる呪文である『ルカナン』を使ってくるため、厄介と言えば厄介だが、タホドラキー自身の攻撃力はあまりない。他のモンスターを一緒に出てこなければ何ら問題にならないだろう。

がいこつは、言葉どおり骸骨が剣を持って服を着ているモンスターだ。普通に剣で攻撃しいてくるだけで、小細工など一切ない。初めは見た目が不気味に感じたがそれもすぐに慣れる。他のモンスターに比べると明らかに強いと思われるが、トールには問題にならなかった。剣を使った戦闘ならヒュンケル相手に散々やって来たからだ。がいこつなどヒュンケルとは比べものにならなかった。これだけでもあの修練をしたかいがあったというものだ。もしヒュンケルの教えを受けていなかったなら、がいこつは強敵になっていたと感じた。

ホイミスライムは、青いゼリーのような頭に触手が映えているモンスターだ。単体では全く怖くない。ただ、他のモンスターと一緒に出てこられるとやっかいな事になる。仲間を『ホイミ』で次々に回復するからだ。だからとりあえずホイミスライムを見かけたら、初めに倒す事が大事だ。



とりあえず5階に逃げ出す必要はないだろう。
どのモンスター相手でも対等以上に戦う事が出来る。装備を改めたというのもあるかもしれないが、一番の原因はやはりヒュンケルとの修練だろう。
あの修練でヒュンケルの強さの一端に触れた。その強さに比べればこの階層のモンスターなど相手にならなかった。



ヒュンケルの修練はトールにいろいろな事を考えさせた。
人でもレベルによる奇跡と、鍛える事によってあの強さに至れるという事はある種の憧れを感じさせた。反面あれほどの強さでも神龍に会えないという事は、トールに絶望も感じさせた。
つまり最低でもヒュンケルの強さを越さない事には神龍に会うことも出来ないということなのだろう。
深く考えると落ち込んでしまうが、今は一歩一歩進むしかない。トールは迷宮探索を続けた。


****


6階の探索を始めて数日たったある日、トールは『ルイーダの酒場』にいた。宿屋の方にルイーダから酒場に一度来るように伝言があったからだ。
呼ばれたからには行かないという選択肢はない。恩もあるし、第一無駄な事に呼ぶはずがないと思ったからだ。

「いらっしゃい」

酒場に入ったトールをルイーダは笑顔で迎え入れた。

「こんにちは、ルイーダさん」

トールは挨拶もそこそこにしてカウンターでルイーダの向かいに座る。

「用があるって聞いたんですけど」

「ええっ、そうよ。あなたも6階に降りた事だし、教えておかなきゃいけない事があるの」

「よく知ってますね。6階に降りたこと」

トールは感心したように言う。

「冒険者酒場は冒険者のフォローをすることも、その役目の一つよ。自分の所で登録した冒険者が今どうしているかの情報は入ってくるわ。冒険者カードもその一つね」

「なるほど」

トールは冒険者カードを取り出して見つめる。ただの数値が出る金属板ではない事は分かっていたつもりだったが、場所まで分かるとは思わなかった。

「言っておくけど、何処にいるか正確な事が分かるわけじゃないわよ。場所が分かるのもこの迷宮に限っての事よ。それも階数だけの大雑把なものだから」

難しい顔をしているトールに諭すようにルイーダが言う。

「いえ、冒険者に与えられる能力を考えれば、ある程度の場所の把握はしていても可笑しいとは思いません。それに別にいる場所が分かったからって、それをルイーダさんが悪用したりするとは思いませんしね。ただ見た目金属板なのに色々な機能があるなって思っただけですよ」

トールは冒険者カードを指先でクルクル回していたが、それをしまってルイーダの方を向く。

「話を続けて下さい」

「そうね。他の場所ではともかく、この街の冒険者にとって6階に辿り着くのは意味を持つわ。そこまで行ってようやく一人前の冒険者と認められるのよ、この街ではね。1階から5階でうろうろしている間は、どれだけレベルが上がっても半人前の冒険者扱いよ。これはまあ慣習のようなものだから、サポートやフォローが変わるわけじゃないわ。唯一つだけ変わる事があるの。それは『クエスト』を受けられるようになるってことよ」

「クエスト?」

「要は冒険者として様々な依頼が受けられるようになるってこと。その依頼をクリアーして報酬として金品を受け取る。これが『クエスト』よ。迷宮内の宝箱でしか取れない物を要求したり、街から街への護衛だったり、内容は様々。斡旋は冒険者酒場で行われていて、勿論ここでも斡旋してるわ。迷宮の奥や塔を目指す以上、お金は必要になってくるわ。君の事情は知ってるから、無理に『クエスト』の仕事を請けろなんてことは言わないわ。ただ『クエスト』で迷宮内でアイテムを持ってきて欲しいなんていう依頼には、目を通しておいても損はないと思うの。売るなら普通に売るより確実に高く買い取ってくれるし、珍しいアイテムと交換の場合もあるから。まあ『クエスト』に関してはそこの掲示板に紙が張ってあるから、よければ見ていってね」

話を聞けば確かにその通りだと思う。少なくともアイテム収集の『クエスト』なら、迷宮探索のおまけだと思えば良い。損はないだろう。

「そうですね。そうします」

「トールにはあまり意味のない事かもしれないけど、一応の規則で教えておかないといけないの。たまに冒険者を指名して『クエスト』を頼みに来る人もいるから,その時に知りませんでしたじゃあ問題だからね。まあ、滅多にない事なんだけどね」

「いいですよ。知っていて損になるわけじゃあないですから。それじゃあ話はこれだけって事でいいんですか?」

「ちょっと他にも用事があるのよ。といってもわたしがじゃないわ。後少し待ってくれないかしら」

「……他の人ですか?」

「そうよ。忘れてないと思うけど、君が始めてここに来た日に助けてくれた人よ」

そう言われて思い出すのは、ハッサンの事だ。彼以外に心当たりはない。
となれば無視するわけにもいかない。
トールはそのままハッサンが来るのを待つ事にした。



軽く食事を取ったり、掲示板を見たりしながら、一息ついたところでハッサンが酒場に入ってきた。
入り口で中を見回してから、目的の人物であるトールの姿を見つけるとゆっくりと歩いていった。
トールもそれに気づき振り返る。
歩み寄ってくるハッサンは相変わらずの筋肉隆々の身体にモヒカンヘアーだった。

「ひさしぶりだな。俺のこと覚えてるか?」

「もちろんです。あの時はありがとうございました」

「礼はもう聞いたからいい。それよりちゃんと冒険者になったようだな。ならあの時言ったように自己紹介するとしよう。俺の名はハッサンだ。武闘家をしている」

「トールです。職は盗賊です」

二人は握手をすると、ハッサンはそのままトールの隣に座った。

「こっちの用だっていうのに、待たせて悪かったな」

「いえ、ルイーダさんからの話もあったんで、それほどでもないです」

「俺のほうの用っていうのは、つまり頼みたい事があるんだが、別に助けてもらった礼とかと考えずに聞いて欲しい。名指しで『クエスト』を頼むようなもんだと受け取ってもらっていい。だから出来ないと思ったら断ってくれて構わない」

「それは分かります」

トールにしてもそれははっきりしておいたほうがいい事だったため、ハッサン自身が心得ていてくれるのは助かる事だった。

「じゃあ、頼みたい事なんだが、俺の妹弟子と迷宮に潜って欲しいんだ。別に護衛をしろって言うわけじゃない。パーティーを組んで一緒に潜ってもらえれば良いんだ」

トールはそれを聞いて少し考え込む。
確かに聞いた分には問題はないように思える。ただ、それだとトールが頼まれる意味が分からない。
迷宮に潜るだけならハッサンと一緒でも良いはずだ。それをしないのは何故なのか。ハッサン自身に何か用事があったとしても、それがトールに頼む理由にはならない。
どういう理由があるのか。疑いたくはないし、トールを騙してもハッサンにとって何か得があるとは思えない。ただ理解が出来なかった。

「あっ、やっぱりおかしいと思うか」

トールが考え込んでいるのを見て、ハッサンは少し困ったような顔をして頭をポリポリと掻いた。

「まあ、当然だな。それなら誰に頼んでもいいじゃないかってことだしな。実際のところを言えば、誰でもって訳じゃないが、トールじゃなきゃあいけないって訳でもない。信用出来る相手で、ベテランの冒険者じゃない。条件はこれだ。ルイーダさんに誰かいないか聞いたら、お前の名が挙げたんだよ……全く知らん奴でもないし、ルイーダさんが推すなら問題もないだろうと思ってな」

これなら分からないでもない。トールがたまたま条件に合っていたというだけの話だ。
ただ依頼を受けるのに文句はないが、内容が今一曖昧なのは問題だ。結局のところトールが何をすれば良いのかが分からない。

「引き受けるのは構わないんですが、聞いた感じでパーティーを組むのは分かったんですけど、それで僕は何をすれば良いんです?普通にいつも通り探索しながら戦えば良いんですか。それとも僕は戦わずにその妹弟子の子のフォローをすれば良いんですか。それとも目的の場所があってそこに行けば良いとかですか」

「はっきりいえば、これはうちの流派の試験みたいなもんで、俺が師匠から試験官がわりを言いつけられたんだ。要は実戦慣れさせるためのものでな、訓練は良くても実戦になると駄目ってのがいるから、それを見極めるものだな。最短のルートで5階の階段室まで連れて行ってもらえば良い。実力的には5階までのモンスターでも一対一なら勝てる程度の実力はつけてある。その実力が発揮出来るかどうかを見るテストだ。その時に兄弟子である俺が一緒にいたら心に余裕が出て、切羽詰った時の行動が分からないだろ。俺にしてもピンチになった場面を見たら手を出すかもしれないからな。だから信用できる第三者を頼んだんだよ。見た目べテランっぽくなくて、でもそれなりには使える奴をな。ルイーダさんに聞いたが、一人で6階まで辿り着いたんだろ。それもこの一月以内に」

「ええ」

「レベルもそれなりにあるって聞いてるし、1階から5階までの地図のある。ならこちらの望みとピッタリだ。だから頼んだんだ。モンスターと戦う際は、集団でない限り妹弟子に任せてもらいたい。無理そうな時にだけフォローしてくれればいい」

変化期の事があるため、1階から5階までの地図の事を持ち、レベルもそれなりにあるトールの存在は確かに最適のものだろう。ルイーダが推したのも確かに分かる話だ。

「つまり僕がするのは道案内に、監視が主な仕事ってことですか」

「まあそういうことだな。面倒かもしれんが、報酬もそれなりのものを出すつもりだ。それでどうだ?」

「僕でよければ引き受けますよ」

即答に近い形でトールは返事をした。これで多少なりとも恩が返せれたのなら良いと思っったからだ。

「そうか、助かるよ」

ハッサンはホッとしたように息を吐いた。

「それでどういう子なんです、その妹弟子っていうのは?」

どんな子でも断るつもりはないが、少しくらい知りたいと思っても仕方がないことだろう。

「……悪い子ではないよ、うん。いや良い子だよ。容姿だって美少女といっていい。ただちょっと特殊な子かな。まあ何かあったときの責任は俺が取るから頑張ってくれよ」

少し考えてから何ともいえない曖昧な笑顔をハッサンは浮かべた。
トールは一抹の不安を覚えたが、ハッサンの人柄と言葉を信じる事にした。





数日後、迷宮の入り口前でトールは件の人物と会う事になった。

「アリーナ・サント……、アリーナです。よろしく」

性を言いかけながらも、それを取り消すように名前だけ言い直したのは金髪の活発そうな美少女だった。
トールの目の前にはDQⅣのおてんば姫がいた。頭におてんばが付いても姫は姫。一国の重要人物だ。
ハッサンが言葉を濁した訳がようやく理解できた。
思いもよらぬ事にトールは少し頭が痛くなった。



――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:14
職:盗賊
HP:80
MP:41
ちから:36
すばやさ:31+10(+10%)
みのまもり:16
きようさ:42+15+20(+10%)
みりょく:26
こうげき魔力:17
かいふく魔力:21
うん:25
こうげき力:78
しゅび力:39

言語スキル:2(会話、読解、筆記)【熟練度:47】
盗賊スキル:3(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ、器用さ+20、リレミト)【熟練度:20】
剣スキル:4(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り、剣装備時攻撃力+10)【熟練度:96】
ゆうきスキル:2(自動レベルアップ、ホイミ、デイン)【熟練度:91】

特殊技能:闘気法(オーラブレード、ためる)


経験値:9776

所持金:2290G

持ち物:やくそう(31個)、毒けし草(18個)、おもいでのすず(5個)




――― あとがき ―――

ほとんど仮といってもいいですが、トールがはじめてパーティーを組むのはアリーナになりました。


それでは、また会いましょう。




[13837] DQD   15話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:88d25b8f
Date: 2010/01/17 22:19
DQD   15話

「トールです。こちらこそよろしく、アリーナさん」

トールは何とかアリーナに向かって笑みを浮かべた。だがアリーナは憮然たる表情をする。
もしかしたら笑みが引きつっていたのだろうか。
トールはそんな心配をしたが、アリーナからの反応はトールの想像と違っていた。

「アリーナでいいです。同い年ぐらいなんだから話し方も普通で良いです。わたしのほうもそうするつもりですから」

少し拗ねた様な言い方だ。
相手が余程幼いか、知り合いでもない限り、トールの口調が畏まったものに近くなるのは一種の癖のようなものだが、今回はそれがマイナスに働いたようだ。
理由は分からないが堅苦しい物言いは嫌いなのだろう。

「わかったよ、アリーナ」

望まれた事を態々断るほど、空気が読めないわけじゃない。
これから数日は一緒に行動する事になるのだから、楽な口調で話せたほうがいいに決まっている。
トールの言葉を聞いて、アリーナは微笑んだ。その笑顔が綺麗でトールは一瞬だけドキリとした。

それにしてもこんなところでアリーナに会う事になるは思わなかった。
DQⅣとこの世界が一致するわけではないから詳しい素性は分からないが、姓を名乗ろうとした事から王侯貴族の一員である事は間違いないだろう。

トールはこの世界の地理に関しては殆ど調べていないから良くは分からないが、「サント……」までは言ったのだから、この世界にもサントハイムはあるのかもしれない。
ただアリーナが姓を隠そうとしているのは、トールにも理解できた。
心の中に生まれた不安はなくならないが、この場合文句を言うなら相手はハッサンだろう。
ここは聞かなかった事にするべきだ。

「じゃあアリーナはハッサンさんからこれからの事って聞いてる?」

「5階の階段室まで行って、6階に降りてこいって言われたけど……」

「僕の方も似たようなことを聞いたよ。多少は手出しするかもしれないけど、あくまで道案内って事だからそのつもりで」

「うん、お願いするね」

「じゃあ、パーティー登録するから、冒険者カードを出して」

アリーナは「分かったわ」と答えて、自分の『大きな小袋』から冒険者カードを取り出した。

パーティー登録の仕方はそれほど難しくない。パーティーになる者達が己の冒険者カードを10秒ほど重ね合わせればいい。そうして冒険者カードが仄かに光れば、それがパーティーを組んだ証になる。
その後冒険者カードの裏面、神鳥ラーミアの紋章が描かれている面にパーティーの組んだ者の登録名が刻まれる。
冒険者カードからパーティーになった者の一部のステータスもこれで見る事ができるようになる。
見る為には「パーティーステータス」と心の中で念じるだけだ。
トールも一度念じてアリーナのステータスを見てみる事にする。
どの程度のステータスか興味もあったし、フォローが必要なのか考えるためにも知りたかった。



――― ステータス ―――
アリーナ  おんな
レベル:3
職:武闘家

武闘家スキル:1(おたけび、常時すばやさ+5)
素手スキル:6(未装備時攻撃力+10、あしばらい、しっぷうきゃく、素手時の会心率アップ、きゅうしょづき、まわしげり)
爪スキル:3(爪装備時攻撃力+5、ウイングブロウ、裂鋼拳)
オーラスキル:0(自動レベルアップ)

特殊技能:武神流(ためる、波動拳)



レベルの割にスキルが高い。今まで修行してきたためだろう。
格闘の素手スキルだけでなく爪スキルもあるのは、鉄の爪のようなものも装備していることからも明らかだ。
少なくとも直ぐにフォローしなければいけないほど弱いとは思えない。

ステータスを見られた事により、パーティー登録が終わった事に間違いはない。初めての事なので、ちゃんと出来ているか心配だったのだ。

トール自身の能力が偶然か、それとも何らかの要因があるのかは分からないが、一人で迷宮探索するのに適した能力だったため、自分からパーティーを組まなければいけないという考えを持つに至らなかった。
それが良いことなのかどうかは分からないが、今回パーティーを組む経験を得られたのは今後のとこを考えても良い事だと思う。

パーティーを組んだ時の利点といえば、パーティーで倒したモンスターの経験値を仲間内で分配する事にある。
例えば僧侶は戦う際に補助呪文や回復呪文などで仲間のフォローをするが、モンスターを直接倒すわけではない。経験値は基本モンスターを倒した者が得るため、そうなると僧侶には経験値は入らないのだが、決して戦闘の役に立っていないわけではない。そういう場合に僧侶にも経験値を分配するためにパーティー登録をするのだ。
後は、攻撃魔法の範囲からパーティーを除く効果もある。爆発などによる石が飛び散るなどの付随効果はともかく、攻撃魔法の効果そのものはパーティーには効果を及ぼさないため、戦いの際には有効になる。
補助魔法もそうだ。複数に有効な補助魔法、例えば『スクルト』などの防御を上げる魔法は、パーティー登録をしていなければ、個人個人にしか有効にならない。このようなこともあり一緒に冒険する者が魔法を使えるならば、殆どがパーティーを組む事になる。

今回に限ってはハッサンに頼まれた事が大きい。パーティーを組むという事をアリーナに経験させたかったとのことだ。後は、道案内と監視とはいえ一緒に迷宮に潜るトールへのお礼の一部として、経験値を分配するという意味もあった。得たGも折半するということだ。

「それじゃあ行こう」

「はい」

二人は入り口から迷宮へと入っていった。


****


トールの役目である道案内だが、本来は先頭に立って迷宮を進んでいくのだろうが、その場合はアリーナがモンスターと戦うというもう本来の目的に副わなくなる。
どのようにモンスターと相対するかも、モンスターと戦う上で大切な事の一つだ。
よってトールは後ろから行き先を示していく事になる。
「当分まっすぐ」や「二つ先の四つ角を右に」などだ。
そしてモンスターが姿をあらわしても、根本的にトールは手出しをしない。勿論向かってきた場合は別だが、トールから手を出して戦う事はしなかった。

アリーナはモンスターと戦かった事は殆どない。
戦ったとしてもそれは師匠や兄弟子達が側にいて、何かあれば直ぐに助けてもらえるという立場であったため心配や不安というものを感じさせないものだった。
今回は一応の保険としてトールはいるが、一人で戦わなければ行けない事に少し不安があるとアリーナは語っていた。
それは当然だろう。アリーナの実力をトールが知らないように、トールの実力をアリーナは知らないのだから。知らないものを信用するのは難しい。
ただアリーナはその生まれから、自分がある程度人を見る目があると思っている。
その感性がトールのお人よしそうな雰囲気は信じてられそうだと思っていたし、兄弟子であるハッサンの選択も信じていた。



そしてモンスターと出会ったアリーナがどうしたかというと、怯えるところか一気にモンスターに迫り突きや蹴りの連打で倒した。

「不安を感じる前に、一気に倒したの」

モンスターを倒した後にアリーナはそうトールに言った。
実際に一度相対した事で緊張がほぐれたのだろう。その後は落ちついた様子で戦っていった。

モンスターにあった瞬間、『しっぷうきゃく』による先手とると『あしばらい』で相手の体制を崩し爪による一撃で止めを刺す。
流れるような一連の動きは素人目に見ても見事と言って良かった。何年も修練をしているのは伊達じゃないのだろう。
集団のモンスター相手でも、まずは『おたけび』で相手を怯ませた瞬間に、集団の中に入り込み『まわりげり』で周囲にダメージを与え、その後確固撃破で倒していった。
今まで習った事を確かめるようにアリーナは戦った。

アリーナの戦い方を見て、トールは修練の効果というものを垣間見た。突きや蹴りなどの攻撃から特技への繋ぎ方が非常にスムーズだ。
ヒュンケルは修練と特技のイメージトレーニングをすることによって、次第に特技も自然に使えるようになるといわれたが、未だに一々集中しなくては使えない。やはり要修練といったところだろう。

この日は3階へ降りる階段室まで行き、それ以上進まなかった。
確かにアリーナは今まで修練してきたため強かったが、レベルが低いため体力が心許ない事に変わりはなかった。
3階以降は少しだけ厄介なモンスターも増えてくる。
そのため一度この辺りでレベル上げをする事にしたのだ。
こうしてアリーナとの迷宮探索一日目は終わった。


****


アリーナと分かれた後、トールはハッサンを探しに街へ出た。
やはり一言ぐらいは言いたい事もあった。
根本的な解決にはならないだろうが、心の安息を得ることぐらいは出来るかもしれない。
ルイーダに聞くと、心当たりのある場所を教えてくれた。
夜の酒場は昼には感じさせない雰囲気があった。酒場から漏れる明かりや男女の声、トールには分からぬ事ばかりだった。
まだ15の少年でしかないトールには入りづらく、一瞬このまま帰ってしまおうかとも思ったが、一度ハッサンと話さない事には気がすまない。
それに明日もアリーナと一緒に迷宮に潜るのだ。変なわだかまりを持っていては、もしもの時に困る。
もっとも今日の様子を見れば、そのもしもの時はないように思えるが、それでも一日の大半を一緒に過ごすのなら気まずい雰囲気でいたくはない。
意を決して扉を開け酒場に入る。
中は熱気と酒気と喧騒に満ちていた。
一度ぐるりと酒場を見回したところ、目的の人物、ハッサンは見つかった。戦士風の男とテーブルを囲んでいた。

「ハッサンさん」

テーブルに近づきトールは声をかけた。振り向いたハッサンはトールの顔を見て一瞬顔をしかめると、深く息を吐いた。

「言いたい事は多々あるかもしれんが、まずは座ろう」

少し肩を落としたようにしながらハッサンは言った。

「俺は席を外した方がいいかな」

トールとハッサンの顔を見てから戦士風の男が言う。

「そうだな。悪い」

「いいさ」

それだけ言うと、戦士風の男はグラスを持って席を立つとカウンターの方へ歩いていった。

トールはそれを見届けてからは席に着く。すぐに話が終わる世は思えなかったし、ウエイトレスがチラチラとこちらを見ているのも気になったからだ。

「今日の迷宮の報告に来てくれたって訳でもないんだろうな。その様子だと」

「ええ、ちょっと聞きたい事が出来たんで来ました」

それだけ聞くとハッサンは大きくため息をついた。

「こちらから少し聞きたいが、事情はどのぐらいまで知っている」

「殆ど知りませんよ。ただ彼女が自己紹介のときに性まで言いかけました。それで何となくは察しがつきました」

「そうか」

再びハッサンはため息をついた。

「まあ、言い訳にもならんし、詳しく話すわけにもいかんが、トールの察しの通りアリーナは所謂やんごとない身分という奴だ。言わなかったのはその方が都合が良かったからだ。身分なんかで身構えられるのは、アリーナが嫌う事の一つでな。知らないなら、普通に接するだろう。だからそうした。本来ならアリーナも普通に自己紹介するはずだったんだがなあ。長くなっても一週間程度だからそれで済ますつもりだった。あいつは変に馬鹿正直なところがあるから、てんぱったかなあ。まあ、これがこちらの理由だな」

「……一言ぐらいは言って欲しかったですね」

「何となく匂わせるような事は言ったつもりなんだが……これはこっちの勝手な言い分だな。ただあいつの身分の事で迷惑をかける気がなかったのは本当だ。最初俺がトールと会った時にいた言葉を覚えてるか。冒険者を名乗る以上、冒険者は自分の行いに自己責任をもつ義務がある。これはアリーナにも当てはまる。何かあってもそれは全てアリーナが自分で選択した事だ。アリーナには冒険者にならずとも生きていける場所があった。それを捨てて冒険者である事を選んだ。誰かに文句を言えることじゃない。ここまで言ったからにはついでに言っておくが、今回の事も本来ならアリーナ一人でやらせるつもりだった。だけどアリーナのお付の爺さんが心配性でな、慣れるまでは誰かそばについていて欲しいって頭を下げるモンでなあ。世話になってることもあるし、気持ちが分からないでもないから……」

「僕に依頼をしたってわけですか」

「そうだ。まあ、逆の立場なら気分が悪く感じるのも分かる。ただ知らない方が自然に接する事ができると思ったんだ。普通に気軽に付き合える知り合いの一人でも紹介したかったっていうのもあるかな。だが、確かにこれはこっちの落ち度だな。悪かった、すまない」

ハッサンはトールに頭を下げる。
こうなると、トールはまるで自分の方が悪い事をしたように感じてしまう。確かにハッサンが何かを隠しているであろう事は感づいていた。
それなのに依頼を受けたのはトール自身の判断だ。今になって文句を言いに来た事を恥ずかしく思ってしまった。

「いえ、いいです。理由は分かりましたから」

「そうか。それでどうする?」

「どうするって、何がです?」

「この依頼だ。本当の事を知っていたら依頼を受けなかったってことも考えられる。もし無理なら今からでも断ってくれて良いぞ」

「……いえ、続けますよ。理由は如何あれ受けるの決めたのは僕ですから」

アリーナが武術に対して真剣に取り組んでいるであろう事、そしてアリーナ自身が良い子なのは、この半日ほどの付き合いしかトールにもよく分かっていた。

「そうか。そう言ってくれるとこちらも助かるよ。ところでもう晩飯は食ったのか」

「いえ、とりあえず話が聞きたくて、迷宮出てからルイーダさんにいそうな場所聞いて直ぐにここに来ましたから」

「そうか。じゃあ迷惑料代わりにここを奢るから、何か食ってけよ」

ハッサンはホッとしたような笑みを浮かべながら言うのだった。


****


その後もアリーナとの探索は何の問題なく続いた。その関係も何事もなく穏かなものだ。
迷宮を案内し、アリーナが傷つけば時には回復をする。

「こんな傷大した事ないのに」

少しすねたようにアリーナが言う。実際戦うのに影響はないだろう。アリーナにしてみれば特別扱いされているようで嫌なのだろう。
ただトールにしてみれば、どんな傷であれ女の子に傷がつくのを見るのは、あまり良い気がしない。

「女の子の顔に傷がついたままっていうのもね」

トールがアリーナに『ホイミ』をかける理由の大半はこれになるだろう。
自分以外の他人が傷ついているのを見るのは、精神的にきつい。女の子なら尚更だ。
初日こそ相手の殆どがスライムやドラキーといったモンスターだったため大した傷も負わなかったが、二日目以降になるとモンスターからの攻撃を受け、傷を負うようになっていった。

アリーナは強い。それはトールも認めるところだ。
レベルで勝るが、実際に戦った時に自分が確実勝てると言える自信がトールにはなかった。技術的な差、そして数年に及ぶアリーナの修練と一月にも満たないトールの修練の差がそこにはあった。
勝とうとするならレベルによる体力の差で持久戦に持ち込むしかないだろうとトールは思う。

それでもアリーナが女の子である事に変わりはない。冒険者を女の子扱いするのは侮辱していると捉えられても仕方がないことかもしれないが、この辺りの頭の切り替えが今のトールには出来なかった。

トールに『ホイミ』をかけられたアリーナは軽く頬を染めるが、迷宮の薄暗さがトールにそれを気づかせなかった。

「……ありがと」

「どういたしまして」

ポツリと呟いたアリーナにトールは答えた。



初めは見ているだけで楽だと思っていたが、実際の戦闘で見ているだけというのは辛い。アリーナがモンスターの集団と戦う時は特にそう感じる。
初めは心配して心臓に悪かったが、ある程度アリーナの実力が分かってからは手持ちぶさたを感じるようになる。
戦闘に加わるわけにも行かない。どうしようもない場合を除いて戦うのをアリーナに任せるのが依頼の一つでもある。
かといって避けているばかりもつまらない。戦わず邪魔にもならずに何か出来ることはないのだろうか。
答えは『ぬすむ』をする、だ。
勿論アリーナに気をかけるのが一番だが、それでも時折モンスター相手に『ぬすむ』をしていった。
レベルアップして『きようさ』や『すばやさ』の能力地が上がったのおかげか、スキルが上がったおかげか、若干前よりも『ぬすむ』がし易くなっているような気がした。もっとも気のせいなのかもしれない。

それでも成果があったのは事実だ。
やくそう:15、スライムゼリー:1、毒消し草:6、まんげつそう:2、せいすい:3。
これらのものを手に入れる事が出来た。

手に入れたアイテムはアリーナと折半する事にした。
『ぬすむ』を落ちついて出来たのは、アリーナ本人にその気はなかったとはいえアリーナが囮のような役割をしてくれた事が大きかった。

アリーナとの迷宮探索はこのようにして概ね問題なく進んでいった。


****


特に問題なく探索も進み、後は5階の探索だけになった。
多少のレベル上げをするにしても今日明日中に探索も終わるだろう。
いつもどおり待ち合わせの迷宮の入り口でアリーナを待っていると、「おまたせ」という声が聞こえた。
ただいつもの明るい声じゃなく、何処となく不機嫌そうに感じる声。そちらに顔を向けるとそこにはアリーナだけでなく、二人の若い男がいた。

男は二人ともトールには見覚えがある顔だった。
一人はアリーナと関わり深く、緑の神官服に背の高い帽子をしている生真面目そうな男、クリフトだった。
もう一人は赤いスーツに銀の髪、腰にはレイピアがあり軽薄そうな感じの男、ククールだ。

何事が起こったのか。トールは呆然と見つめるしかなかった。




――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:14
職:盗賊
HP:80
MP:41
ちから:36
すばやさ:31+10(+10%)
みのまもり:16
きようさ:42+15+20(+10%)
みりょく:26
こうげき魔力:17
かいふく魔力:21
うん:25
こうげき力:78
しゅび力:39

言語スキル:2(会話、読解、筆記)【熟練度:50】
盗賊スキル:3(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ、器用さ+20、リレミト)【熟練度:36】
剣スキル:4(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り、剣装備時攻撃力+10)【熟練度:98】
ゆうきスキル:2(自動レベルアップ、ホイミ、デイン)【熟練度:94】

特殊技能:闘気法(オーラブレード、ためる)


経験値:10286

所持金:2574G

持ち物:やくそう(38個)、毒けし草(21個)、おもいでのすず(5個)、スライムゼリー(1個)、まんげつそう(1個)、せいすい(1個)



――― パーティーステータス ―――
アリーナ  おんな
レベル:7
職:武闘家

武闘家スキル:2(おたけび、常時すばやさ+5、常時ちから+10)
素手スキル:6(未装備時攻撃力+10、あしばらい、しっぷうきゃく、素手時の会心率アップ、きゅうしょづき、まわしげり)
爪スキル:3(爪装備時攻撃力+5、ウイングブロウ、裂鋼拳)
オーラスキル:1(自動レベルアップ、常時みりょく+10)

特殊技能:武神流(ためる、波動拳)



――― あとがき ―――

ひきが前回と似たようになってしまいましたが今回はここまでです。


スキルでの特技・呪文の習得のことで一つ説明不足を補足します。
基本的に『すばやさ+5』という付加能力や『ぬすむ』といった特技は、スキルが上がる時に一つ覚えれるか、全く覚えれず呪文を覚えるのだが、呪文を覚えるのは一つだけとは限らず同時に2つや3つ覚えれたり、付加能力や特技を覚えた時に一緒に覚える事もある。

特殊能力は、トールの『闘気法』やアリーナの『武神流』のように修練によって身につけたものをいいます。例えば教会の司祭達が、職の僧侶にならずに修練によって『ホイミ』を身につけた場合は、『ホイミ』は特殊能力になります。


それでは、また会いましょう。



[13837] DQD   16話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:0a2143cd
Date: 2010/01/17 22:11
DQD   16話

「おはよう」

「あ、ああ、おはよう」

迷宮の入り口付近で、アリーナはいつも通りの挨拶をしてきたが不機嫌さが隠しきれていない。
トールもどもりながら挨拶を返したが、何となく肩身が狭いように感じる。
いつもなら他愛ない話をしながら迷宮に向かうのだが、今回はいつもとは違う。
アリーナの後ろにはトールが知らぬはずの二人がいる。
当初何らかの理由で不承不承ながら二人を連れてきたのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。
アリーナはまるで後ろの二人などいないかのように振舞う。
アリーナは二人を無視してここまで来て、二人は勝手に後を着いてきただけなのだろう。
雰囲気は険悪だ。
一緒に迷宮を探索して3日、それなりに親しくなった事もあり、アリーナがイライラしているが分かった。

ふと後ろの二人に目を向けると、クリフトと目が合った。
まるで敵を見るような目で睨まれる。
トールには何が何だか分からない。
確かにクリフトにしてみれば、トールは何処の馬の骨とも知れない男にすぎないかもしれないが、敵を見るような目をされる覚えもない。
第一今回の事はハッサンの言葉が正しければ、御付の爺さん(多分ブライだろう)も知っている事のはずなのだ。
だとすれば、文句を言われる筋合いもないはずだ。
ククールの方はといえば、まるで自分は無関係だと言わんばかりに、気楽そうに一歩下がった場所でこちらを眺めている。
何を考えているか、トールには見ただけで判断はつかない。

「行きましょう、トール」

相変わらず後ろを無視して、アリーナは話しかける。
こうなるとトールにしても何も聞くことは出来ない。
アリーナはその態度で、何も聞くなと言っているのだ。ならば少なくとも今この場で聞くことではないだろうし、聞いても答えてくれないだろう。
クリフトとククールの二人が冒険者かどうかは分からないが、迷宮内に入ってしまえば、撒く事もできるだろう。

「分かったよ、アリーナ」

「貴様、姫様を呼び捨てにするとは何事だ!」

トールが言った瞬間のクリフトの怒鳴り声。空気が凍ったような気がした。
クリフト自身も自分が勢いで言ってしまった事に気づき、顔をしかめる。
少なくともアリーナがここにいる以上言って欲しくない一言、アリーナが激昂するには十分だった。

「黙りなさい、クリフト」

言われたクリフトは俯くが、直ぐに顔を挙げアリーナを見る。

「いえ、言わせていただきます」

どうやらクリフトは開き直ったようだった。
この後はアリーナとクリフト、二人の怒鳴りあいだ。

アリーナが、「もう子供じゃない」「かまうな」などの事を言えば、クリフトは「姫としての立場を考慮して行動してください」「ほうっておけません」などと言う。
話はかみ合わず平行線でただ自分の主張をするのみ、会話に終息はみられない。

(なんでこうなった)

目の前で怒鳴りあうアリーナとクリフトを見ながら、トールはそう思うしかなかった。



「何ともまあ、面倒くさくて面白い事になったな」

呆然と見ていたトールに声がかけられた。振り向くとそこにはククールがいた。アリーナとクリフトの諍いで、その存在を忘れきっていた。

「あなたは……」

「俺はククールっていうが、まあ覚えなくて良い。どうせこの場だけだしな。それに俺も男の名前を覚える気はないからな」

身も蓋もない言い方だが、一理あるかもしれない。ならば名乗る必要はないだろう。

「それならいいですが、何とかなりませんか、あれ」

トールは視線で言い争う二人を指す。

「無理だな。君が如何思って俺にそう言ったかは知らんが、あの二人の間柄に俺は全く関係がない。今回もクリフト、あの緑の名前な、あいつとは同期で、まあ友人だが、あいつが良く口にするお姫様って言うのがどんな子なのか見に来ただけだからな……、まあ、たしかに美少女だがまだまだ若いな。後5,6年ってところかな」

ククールは顎に手をあて、自分の言った事を噛み締めるようにうんうんと頷いていた。

「ようするに俺は傍観者だ。初めは賑やかしのつもりだったが、クリフトが暴走した性でする事がなくなった。で、君は止めないのか」

「僕が……ですか」

「あのお嬢様とはパーティー組んでるんだろ。なら俺よりは止める資格があると思うけどな」

「……そうですね。でもあなたもあの人とは友人同士じゃないんですか。ならあなたにもその止める資格っていうのがあると思いますけどね」

「……なるほど、そうとも言えるな。確かそうだ。話も堂々巡りのようだし、このままここで聞いているのもいいかげん飽きてきた。そろそろ止め時かもしれないな。じゃあ君はあのお嬢様を引き離せ。俺はあの馬鹿を引き離す。それでさっさと迷宮にでも入れ」

「そうします」

トールは返事をすると、二人の方へ歩き出した。
トール自身もいい加減二人の言い争いに嫌気がさしていた。ククールの提案に否定するところはない。
ならば相手の気が変わらぬうちに事を終えた方が良いに決まっている。



二人は未だに怒鳴りあっていた。

「わたしは、もうあの頃みたいな子供じゃないの。もういい加減にして」

「いいえ、姫様はまだまだ子供です。国に帰るべきです」

「わたしは冒険者よ」

「そんなもの止めれば良い。いえ止めるべきです」

「わたしは絶対に――」

「もういいから行こう」

トールは話しているアリーナの手を取る。

「でも――」

「いいから黙って、アリーナ」

アリーナの言葉を遮るように言う。

「お前、又姫様を呼び捨てで――」

「はい、そこまでにしとこうか、クリフト」

一瞬の間隙をついてククールは、アリーナとクリフトの間に入る。

「何をする、ククール」

「何ってそれはこっちのセリフだぞ。諍いぐらいならしてもいいが、あれは言ってはいけない言葉だな。少なくとも俺たちの口からは言うのは論外だ。冒険者を推奨している教会が冒険者を止めろなんていうのは駄目だろう。それでも言いたいなら、昨日の内に教会を止めとくべきだったな」

ククールの言葉にクリフトは押し黙る。
その内にククールはクリフトの見えない背中側で、トールにさっさと行けとでも言うかのように、手を振っていた。
それに気づいたトールは、アリーナの手を握ったまま引っ張るようにしてアリーナを迷宮に連れて行った。

「あ、待て」

「追いかけて如何する」

追おうとしていたクリフトはククールのその言葉で立ち止まる。

「さっきまで散々言い争っても説得できなかったんだろう。これから追いかけて説得できるのか。というより、あのお嬢様が冒険者になっている時点でもう説得は不可能。やるならその前、冒険者になる前じゃないと意味がないだろう。それでも行く気ならもう止めない。好きにしろ」

そう言ってククールはクリフトの前から退く。だがクリフトは動かなかった。

「こんなこと言う気じゃなかった。ただ心配なだけだったんだ。ただ、あの無礼者が……」

「パーティーなんだから呼び捨てにぐらいするだろう」

「……確かにそうかもしれないが……」

「後悔してるのなら、謝るんだな。とりあえずはそれからだろう」

「そうですね」

クリフトはククールの言葉にため息をつきながらも頷いた。


****


「トール、痛い」

「あ、ごめん」

アリーナの声にトールは慌てて掴んでいた腕を放した。何となく気不味い雰囲気で時が流れる。
階段室に入って少し経つが、他の足音が聞こえるような事はない。
クリフトが態々追ってくるような事がなくて、トールはホッとしていた。
目の前のアリーナの表情は俯いて良くは分からないが、落ち込んでいるようにも見える。

「大丈夫か」

俯くアリーナを少し覗き込むようにしながらトールは言う。

「無理なら止めた方が良い。まだ外にいるかもしれないから直ぐには出ないほうがいいかもしれないけど、無理しても碌な事はないぞ」

「ううん。大丈夫だから。別に体調は如何って事ないから」

「……それならいいけど」

口ではそう言うものの、本音を言えば精神的に参っているときもやばいとトールは思っている。
だが今のアリーナにそれを言っても、素直に応じるかどうかといえば、更に意固地になるような気がした。
何より今までアリーナは一度もトールの方を向こうとはしていない。何というか壁のようなものを感じた。
それは初めて会った時でさえ感じなかったものだった。
それならばこの場は、アリーナの言葉を信じた事にして様子を見たほうが良いと判断した。

「じゃあ行こうか」

トールの言葉にアリーナはただ頷いてそのまま階段を降りていった。
トールは一度ため息をついてその後をついて行くのだった。


****


はっきり言えばアリーナの動きは精彩さを欠いていた。明らかに動きが遅く感じる。
アリーナの戦闘法はその素早さを生かしての速攻と連打だ。一撃は軽いが、それを手数で補う。
それでも1,2,3階程度のモンスターなら問題はないし、4,5階でも一対一なら問題ないだろう。
このまま放っておくべきだろうか、その判断がつかない。
6階に降りるだけなら、このままでも何とかなるだろう。
そうなればこの依頼も終わりパーティーは解散。その後どうするかはアリーナ自身の問題だ。
だがそれで良いのかという思いもある。
望んで組んだパーティーではないにしても、仲間であったアリーナをこのままにして別れても良いのかと思う。

迷宮に入ってからアリーナは一度もトールの方を向こうとはしない。ただただ先へ先へと進んでいく。
これは顔も見たくない、又は見せたくないと言う事なのだろう。
たった数日だが、トールとしてはアリーナと友人になれたと思っている。
ならばこうなった理由は、迷宮に入る前の出来事の性なのだろう。
この場合如何すれば良いのか、まだ若いトールには判断がつかなかった。

そうしているうちに、この日何度目かの戦闘が行われていた。いつもならば安心してみていられた戦闘だった。だがここに来てとうとうトールは動く事になった。
それは一度倒れたキングコブラが起き上がって背後からアリーナに襲い掛かったのだ。
いつもなら倒せているはずのキングコブラが倒せていなかった事、そして背後からのキングコブラに全く反応しなかった事、アリーナが本調子でない事は明らかになった。
トールは一瞬でキングコブラを斬り捨てた。
本来は手出し無用だったが、流石に無視するわけにもいかなかった。咄嗟の事で身体のほうが勝手に動いたのだ。
だがこれでもうアリーナをこのまま進ませるわけには行かなくなった。
もし今のが一人ならとんでもない事になっていたかもしれないのだ。

「アリーナ、今日はもう止めよう」

「……大丈夫、まだやれるわ」

相変わらずアリーナはトールの方を向かない。
アリーナのその様子に、トールは髪を掻き揚げため息をつく。それと同時にイライラとしてきた。
こっちが気をつかってるのにグダグダしやがって、と言う気持ちが強くなる。
普段なら時間が解決してくれるのを待つのだが、迷宮ではそんな事を言っていられない。
故にトールは実力行使に出た。
アリーナの手を取ると、来た道を引き返し一番近くにある小部屋の中に入った。そこは一度調べた場所でモンスターがいない事は分かっていたからだ。

「何なの、一体」

「ここなら回りを気にしないで話せるだろ」

トールはアリーナの手を放して言う。

「話って……」

「全くないなんて事はないだろう。仮にアリーナになくても僕にはある」

少しイラついていたためか語尾が強くなった事にトールは気が付いたがどうしようもなかった。

「一体どういうつもりだ。まったく身が入っていないように見えるぞ。そんなふうでやっていけるほど冒険者は甘くないだろ」

「……」

アリーナは黙ったまま、トールの方を見る事もない。

「今朝の事が原因か?」

トールのその言葉にアリーナの方がピクリと動く。
反応が会ったという事は正しいという事だろう。
ならば問題は何についてか、だ。
考えでは二つ。クリフトとの関係の事か、さもなければ自分との関係だろうとトールは考える。
アリーナとクリフトとの関係について知っている事はあくまでゲームのDQでの事だ。この世界はそれとは違う。つまり二人の関係も違っている可能性が高い。
今のトールがそれを考えても仕方ないし、アリーナに指摘して良いかどうかも判断に迷う。
それならば、まずは自分の事をはっきりとしておけば良い。少なくとも当事者である以上それを聞くのに不都合はないだろう。

「アリーナ、君がやんごとない身分だって事は前から分かっている」

「えっ!」

この時になってようやくアリーナはトールの方を見た。
アリーナが自分の身分を隠したがっているのは分かっていた。
今回の事はそれがトールにばれた事が原因の一つではないかと思っていたが、どうやらトールの考えは当たっていたようだ。

「どうして……もしかしてハッ……」

「ハッサンさんは違うぞ。いや、全く違うとは言い切れないが、気づいたのはアリーナが自己紹介をしようとしたときだ。姓を言いかけて言い直しただろう。それで何となくあたりはついていた。それからハッサンさんに確認したんだ。といってもどの国のどういう身分かは聞いてないけどね」

実際はゲームとしての知識が原因なのだが、その事をこの場で言ってもしょうがないだろう。

「今朝で改めてそれを確認したようなものだが、やっぱりそれが原因か?」

「……」

アリーナは答えない。この場合の沈黙は肯定と考えても良いだろう。
だがこの場合自分がどう行動するのが正しいのか、トールには分からない。
まだ15年ほどしか生きていないのだ。いやこの場合年月は関係ないのかもしれない。人が人の事を理解するのは難しいのだ。
それならばどうするのか。自分の気持ちをぶつけるしかないだろう。例え関係がこじれたままで別れる事になっても、納得する事ができるのではないかと思う。

「アリーナ、はっきり言えば僕にとっては君が何処の誰でも大した問題じゃないんだ。今回パーティーを組んだのも、依頼の一つでしかなかった。だけど僕が始めてパーティーを組んだのがアリーナだし、そのおかげで友人になれたとも思っている。君は違うのか、アリーナ。僕は君の友人になりえないのかい。それならこれ以上話す事はない。さっさと目的を達成して終わらせよう。そうすればもう顔をあわせる事もない」

「……わたしも……友達だと思いたい」

少し時間が経った後ポツリとアリーナは呟く。一度は上げた顔も再び俯いてしまっている。

「でもわたし、騙してたし……」

「気にしない」

アリーナの言葉を遮るようにトールは強く言う。

「というより、知ってた事だから騙す騙されるって言う話じゃないだろう」

「それはそうかもしれないけど……」

「それにそもそも誰にでも秘密の一つや二つぐらい持っているものだろう。友達になら全ての事を話すって言うのかい。違うだろう。友人どころか肉親にさえ言えない秘密を持っている人だっているだろう。僕にだって人に言えない秘密の一つや二つ持ってる。アリーナにとって人に言いたくない秘密って言うのが今朝の事だって言うだけだよ。まあ、後はその秘密を知った時に受け入れられるかどうかって事で、僕は受け入れられた、ただそれだけのことだよ」

「こじつけの様に聞こえるけど」

「こじつけでも納得できるなら問題ないだろう。納得できない?」

「……納得できる、いえ納得したわ。そうね、初めから知ってて付き合っていてくれたのなら、何の問題もないわね」

結局のところ、アリーナは後ろめたさと真実を知った時トールの態度が変わってしまったら、と言う考えからからトールを真正面から見る事が出来なかったのだ。
だから少し話したことで、理解する事が出来た。すくなくともトールのアリーナへの態度に変わりはないのだから。
アリーナはトールに微笑んだ。



その後、直ぐに迷宮探索をするのではなく二人で話をした。このパーティーはあくまで一時的なものであり、あと少しの事だと改めて理解したからだ。



アリーナは自分やクリフトの事も話した。
アリーナはある国のお姫様であり、クリフトはアリーナの乳母の息子であり幼馴染でもあった。
だが7歳の頃アリーナの生活を一変させる出来事が起きた。弟が生まれたのだ。それも腹違いの弟だ。
アリーナの実母はアリーナを生んで直ぐに死んでしまい、その後数年間、父である王は誰も娶らなかったが、王としての責務と貴族達の薦めもあり後妻を娶った。その後妻が生んだのだ。
そこで問題がでてくるのが、生まれたのが男子だという事だ。通常王位を継ぐのは歳ではなく男女で決められ、余程の事がない限り男子が継ぐ。
アリーナの国でもそれは変わりなかった。
ただその後アリーナは生母の故郷に預けられる事になった。

父とも、乳母とも離れ、そして国付きの神官見習いとなっていた幼馴染のクリフトとも離れ離れになり、お目付け役のブライだけをつれて、祖父母がいるとはいえ見知らぬ土地で暮らすアリーナは、それまでの活発さはなりを潜めた。
そんなある日、アリーナは拳聖といわれるブロキーナと会った。
ブロキーナは母方の祖父と友人同士であり、そこに居を構え弟子に武術を教えていた。元々活発でお転婆とも言われていたアリーナは武術に興味を持った。落ち込んでいたアリーナを何とか元気つけるために、わざと出会わせたのかもしれないと後のアリーナは思っている。
ただ武術の興味を持ったのはアリーナ自身の意思だった。
勿論直ぐに弟子入りが許されたわけではない。色々なテストなどをさせられてやっと許された。その時既に弟子としていたのが、ハッサンだった。

ハッサンとの関係を一言で言えば兄弟のようだというのが一番しっくり来るだろう。それ故、ハッサンはアリーナ本人を目の前にするとどうしても甘くなってしまう。
今回もハッサンがアリーナの前にあまり姿を見せないのは、ハッサン本人がその甘さを自覚しているからだ。

それは師であるブロキーナにしてもあまり変わらない。鍛練の時はともかく、普段は孫に甘い祖父そのものだった。
アリーナ自身にも才能があったのか武術にのめり込み、次第に武術で生きていきたいと思うようになる。
幸か不幸か今のアリーナは王位継承権などないかのように扱われていた。
向こうがその気ならこっちも好きにさせてもらう。そのための準備の一つとしてアリーナはこの迷宮に来た。

クリフトとはその後も時折会ってはいたが、アリーナは次第に武術にのめり込み、クリフトもまた神官としての修行が厳しくなり、そしてその後聖堂騎士団に入ったため段々と疎遠になっていた。
そうは言っても大切な幼馴染とは思っている。
この街に来たときもアリーナを心配してクリフトは会いに来ている。だが心配しすぎだとも思う。
そしてアリーナを『姫』としていさせようとする。クリフトにとっては今のアリーナの扱われ方に不満を持っていたからだ。
それはアリーナの望みとは真逆だが、それはクリフトにとっては正しい事なのだろう。だから事あるごとに反発してしまう。
結局今朝の事もいつもの事といえばそうだったのだが、トールの存在で少しややこしい事になったとの事だった。



アリーナから話を聞いてトールは改めてこの世界の人間関係について考えさせられた。
何となくだがアリーナとクリフトの関係が遠いのように感じられた。
ゲームではアリーナとクリフトは同じ時を同じ城の中ですごしていたが、この世界では違う。
そのかわりにハッサンは同じ師に習う兄弟子として接してきたため、親愛を感じているのが分かる。
これも元の前提となる人間関係が違っているためだろう。
ゲームでは少なくともアリーナに弟はいなかった。
アリーナやビアンカと会った時にゲームでの事をよく考えてしまうが、実際はあまり当てにならないと近頃は改めて思い知らされていた。多分この考えは間違いではないだろう。
顔と名前を知っているぐらいに思っていたほうが、混乱はないのかもしれない。



アリーナの事を聞いた後は、トールも自分のことを話した。とは言っても全てを話せるわけじゃない。
もし話すとすればそれはトールが本当にパーティーを組むべき人にだとトールは思っている。
トールの出自はぼかしながらも、やるべき事、即ち『神龍に会う』という目的だけはしっかりと話した。



結局この日はそのまま地上に戻り、お互いにいろいろなことを話した。
そして次の日、二人は6階にたどり着いた。



何時か再びパーティーを組むことを約束して、二人は分かれたのだった。




取得アイテム(後に折半)
やくそう:5、毒消し草:2、まんげつそう:1、せいすい:2、皮のこしまき:1。


――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:14
職:盗賊
HP:80
MP:41
ちから:36
すばやさ:31+10(+10%)
みのまもり:16
きようさ:42+15+20(+10%)
みりょく:26
こうげき魔力:17
かいふく魔力:21
うん:25
こうげき力:78
しゅび力:39

言語スキル:2(会話、読解、筆記)【熟練度:52】
盗賊スキル:3(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ、器用さ+20、リレミト)【熟練度:43】
剣スキル:4(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り、剣装備時攻撃力+10)【熟練度:99】
ゆうきスキル:2(自動レベルアップ、ホイミ、デイン)【熟練度:94】

特殊技能:闘気法(オーラブレード、ためる)


経験値:10736

所持金:2978G

持ち物:やくそう(42個)、毒けし草(22個)、おもいでのすず(5個)、スライムゼリー(1個)、まんげつそう(2個)、せいすい(2個)



解散時
――― パーティーステータス ―――
アリーナ  おんな
レベル:8
職:武闘家

武闘家スキル:2(おたけび、常時すばやさ+5、常時ちから+10)
素手スキル:6(未装備時攻撃力+10、あしばらい、しっぷうきゃく、素手時の会心率アップ、きゅうしょづき、まわしげり)
爪スキル:3(爪装備時攻撃力+5、ウイングブロウ、裂鋼拳)
オーラスキル:1(自動レベルアップ、常時みりょく+10)

特殊技能:武神流(ためる、波動拳)



――― あとがき ―――

今回もトールは基本傍観であまり戦っていません。次回からのトールの迷宮探索は一人だけです。

トールはアリーナの事を通して、この世界の人物と自分がゲームで知っている人物との違いを改めて思い知るという話でした。


それでは、また会いましょう。




[13837] DQD   17話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:f1358df9
Date: 2010/01/31 22:16
DQD   17話

アリーナと分かれた次の日の夜、以前会った酒場にトールは向かった。
用件はハッサンへ依頼達成の報告と報酬の受け取りをするためだ。
熱気と酒気と喧騒に満ちた酒場の雰囲気は、相変わらずトールには馴染まなかった。
酒場では以前の時と同じく、ハッサンは戦士風の男といた。
酒場に入ったトールをハッサンはいちはやく気づき、「こっちだ」と叫びながら手招きで呼んだ。
トールも直ぐにそれに気づいてハッサンの方へ歩いていく。そして軽く挨拶を交わしてからテーブルについた。
戦士風の男は気になったが、まずはハッサンとの話が先だった。

「呼び寄せて悪かったな」

「いいですよ」

「アリーナも感謝していた。勿論俺もだ。さて、とりあえずは依頼のことから終わらせておこう。はっきりと聞くが、アリーナは冒険者としてどうだった?」

「そうですね……何年も修行しているだけあって、強さだけで言えば十分だと思います。といっても僕自身まだ素人の域から脱しているとは言えないから説得力がないかもしれませんけどね。でも1階から5階までなら問題ないと思いますよ。ただ探索自体は、今回僕がいましたから実際はどうか分かりませんね。ただ僕から言えば一人よりパーティーを組んだ方が良いとは思いますね」

「要は探索技術さえあるなら大丈夫だってことか」

「そんな感じですね」

「そうか」

ハッサンはゆっくりと大きく息を吐いた。

「アリーナから聞いているかもしれんが、今回のは、うちの流派の試験と言うのもあるが、それ以上にアリーナが冒険者としてやっていけるだけの強さがあるかを知るためのものでな。色々迷惑をかけたてすまなかったな。助かったよ。じゃあこれが報酬だ」

そういってハッサンが取り出したのは頭防具の『おしゃれなバンダナ(守+7、回魔+5)』とアクセサリーの『竜のうろこ(守+5)』だった。
アクセサリーは身につけることで様々な効果を発揮するが、一つしか身につけることが出来ない。というのも複数身につけるとアクセサリーの持つ効果が打ち消しあってしまい、結果ただの装飾品を身につけているだけになってしまうからだ。
貰った物は二つとも非売品で手に入りにくいものだった。

「ありがとうございます」

「いいさ。正当な報酬だからな。それより時間があるなら飯も奢るがどうだ?」

「ご馳走になります」

トールに断る理由などなかった。



食事をしながらトールは戦士風の男の紹介を受けた。
名前はアモス。職は戦士らしい。
初めは見た時は何も思い浮かばなかったためゲームとは関係ない人物かと思っていたが、名前を聞いて思い浮かんだ事があった。
DQⅥで出てきた戦士で、モンスターに噛まれた後遺症でモンスターに変身する戦士の名前だったはずだ。
グラフィックが汎用の戦士と同じだったため、そして仲間にしなくてもストーリーが進んでいくためあまり印象になかったが、攻略本とかで描かれた人物画では目の前の男に似ているような気がした。

ハッサンとはパーティーを組んでいるらしい。
この迷宮にはあるアイテムを手に入れるために来たと言う事だ。
他にもパーティーを組んでいる者はいるのだが、今は用事があってこの街にはいないらしい。
また今度実際にいるときに紹介してくれるそうだ。



冒険者が集まれば話すことは自然と迷宮での事になる。
一人で探索を続けるトールの事を聞けば呆れたりもするが、話していくうちに感心したりもする。
聞けば初期職業で盗賊と言うのは、割合的に少ないらしい。
更に転職する者もあまりいないらしい。
転職するにはある程度職スキルレベルを上げないといけないし、それは転職した後の職になっても変わらない。
職スキルレベルを上げる面倒さを考えると、とりあえずは戦闘に有効な職を選ぶ冒険者が多いのだ。
この迷宮はモンスターを倒す事が第一の目的となっているので、しかたないことなのかもしれない。
確かに盗賊は迷宮探索に有効な特技などを覚えるが、他の職業でもパーティーさえ組めてしまえば割と何とかなってしまうのだ。
ただパーティーにいれば確かに探索は楽になるためいたほうが良いが、自分から好んでなろうとは思わない。
盗賊とはそういう職だった。
これは商人や芸人にも言えることだった。

そういうわけで戦闘も得意とはいえない職だけに大抵の盗賊はそうそうにパーティーを組む事が多いため、たった一人で迷宮探索を続けるトールは珍しいとのことだった。
だが反対に言えば、戦闘さえ何とかなるなら盗賊は迷宮探索にもっとも向いている職だともいえた。
それを考えれば一人で迷宮探索を続けるトールにはもっとも適した職であるとは、ベテランともいえるハッサンとアモスも意見をそろえた。



さて、この世界に飲酒の年齢制限などない。当然食事時に飲酒をする事も少なくない。
冒険者が迷宮での疲れを癒すために飲酒をするのは良くあることだ。
それはハッサンやアモスもそうだ。

ではトールはどうかと言えば、染み付いた前の世界のモラルが飲酒を遠ざけていた。
今回も二人が酒を飲むのを見ながらも、トールは水を飲んでいた。本来はお茶でも欲しいところだが酒場にそんなものはなかったからだ。
この世界の食べ物関係は、前の世界と似ている所も多いため、いつか緑茶をみつけられたらなあ、とトールは思っている。

そんなトールにハッサンは酒を勧める。
生真面目なトールをからかうと言う意味合いもあったが、それ以上に切羽詰ったように感じるこの若い冒険者であるトールに息抜きを覚えさせた方が良いという考えもあった。
飲酒に興味があったこと、そしてこの世界は元の世界とは違うのだ、ということもありトールは少し悩んだ後酒を飲む事にした。

その後の事はあまり覚えていなかった。
酔いが回った頭で思考がグタグタになりがら何件も酒場をはしごしたことは覚えている。
そして気づいた時には、薄暗い部屋にいた。
ハッサンもアモスもおらず、代わりに目の前にいたのは美人で色っぽいバーニー姿のお姉さん。
どうして自分がここにいるのか良く分からなかったが、思考もあまり働かなかったため気にはしなかった。
ただその後トールの身に起こった事は、トールを正気に戻すのに十分だった。





パフパフ、パフパフ、パフパフ、パフパフ、パフパフ………。





この日、トールはほんの少しだけ大人になった。


****


DQ名物のパフパフが自分の身に起こるとは思っていなかったが、むっつりであり、良く言えば純情でもあるトールはそこに入り浸るような事はなかった。いや出来なかった。
今は気恥ずかしさの方が勝ったのだ。
ただその場所だけは、心の奥深くにしっかりと記憶した。



次の日にはもうトールは迷宮探索を再開した。
アリーナとの冒険は少なからずトールに刺激を与えていた。

6階以降の階層はそれまでよりも格段に広くなっている。探索するだけでも一苦労だが、それよりも更に問題も出てきた。
いままでは通路の途中や小部屋への出入口として扉がある事もあったが、行き来は自由だった。それが鍵のかかった扉が出てきたのだ。
鍵がかかっているならそれを開けるのに鍵が必要になってくるのだが、トールにはそんなものは持っていない。
トールは盗賊と言う職についているが、今の状態では何も出来ない。
それならば諦めて他の道を探すか、他の誰かが開けてくれるのを待つしかない。

そうして他を探索しているうちに今度は宝箱を見つけるが、この宝箱にも鍵がかかっている。
どうやら6階辺りからは扉や宝箱を開ける手段が必要なものもでてきたようだった。
とりあえずそのための情報としてルイーダに尋ねてみると、鍵を開けるための手段は4つあるということだった。

一つ目は鍵を見つけると言うことだ。
鍵のかかっていない宝箱から時折、非常に稀にだが『魔法の鍵』という鍵が見つかることがあるらしい。だが、これは余程の幸運がなければ無理、要は運しだいとの事だ。

二つ目は『アバカム』という魔法を身につけることだ。
あらゆる鍵を開けることが出来る魔法だが、魔法を使えるもの全てが覚えれるわけではない。いやむしろ殆どの者が覚えられないという特殊な魔法だ。これもある意味運次第だ。

三つ目は『鍵開け』のスキルを覚えることだ。
職の盗賊スキルで覚える事が出来るが、これも全ての者が覚えられるわけではないが、魔法の『アバカム』よりは覚える確率は高いとの事だ。ただ盗賊スキルレベルが余程高くないと覚える事が出来ないものだ。

四つ目は街の『鍵屋』で鍵を買うことだ。
使い捨てで一度に10個までしか売ってくれず、しかもそれを使い切るまでは再度売ってくれない。使った鍵の個数をどのように知るのかまでは分からないが、そのようにしか売ってくれないらしい。
しかも売っている場所も問題だ。店舗が不定期に街中を移転するため正確な場所は分からない。そして例え場所が分かったとしても他人に教える事は禁止とされていた。
もし他人の教えるような事があれば二度と鍵は売ってもらえなくなる。それは悪事に使った場合もそれは同じだ。
どんな錠でも開ける鍵なんて物は危険である事に間違いはないからだ。

トールが今選べる手段は四つ目だけだろう。
職の盗賊として『鍵開け』のスキルが覚えれば良いのだが、少なくとも今のスキルレベルでは覚えられないだろう。
そうなれば、街中から『鍵屋』を探すしかないのだが、探すためのヒントも何もない。街中をぶらついて偶然見つけるのを期待するしかないだろう。

そうなると鍵を開けることについてはトールにできる事はない。
ただ街をぶらつく時はなるべく色んな場所に足を向けるだけだ。
とりあえずは迷宮探索を中心にするのは変わらず、鍵のかかった扉や宝箱に関しては無視をするしかない。
扉に関しては、日を改める事によって、他の冒険者が扉を開けてくれる場合もある。
ただ宝箱に関しては見なかったものとして諦めるしかないのは口惜しく思うのだった。


****


何日かたってようやく7階へ降りる階段室を見つけ、下に降りる事にした。
7階で出会ったモンスターは、6階にいたモンスターに加えて、『メーダ』と『どくやずきん』がいた。

『メーダ』は一つ目を甲冑のような外皮で包み込まれ多数の触手を持つような姿をしている。
フワフワと宙を浮きながら音もなく移動するため、接近されるまで気づきにくい。トールは盗賊の特技があるため接近されても気づけるが、他の職種では先制攻撃されることもあるだろう。
基本攻撃は体当たり攻撃だ。移動の時とは違いものすごいスピードで突っ込んでくるが、攻撃自体は直線的であるため落ちついて対応する事が出来れば避けることは出来る。
そして闇魔法の『ドルマ』を使ってくる。真っ黒な暗黒の球体を発射する魔法であり攻撃力自体はさほど高くはないが、薄暗い場所もある迷宮内では他の攻撃魔法よりも見えずらく、また音もないため避けにくいため気づいたら攻撃されていたと言う破目にもなりかねない。気をつける必要はある。

『どくやずきん』は毒矢を武器にする1メートルほどの人型のモンスターだ。
遠距離から毒矢を撃ち放ち攻撃してくる。攻撃力もなかなかありながら追加攻撃で毒を与えるという厄介さがある。
だが、近くによる事が出来れば怖い相手ではない。要は如何に攻撃をかいくぐり相手に迫るかが戦いのポイントになる。

二匹とも強いとは思うがどうにでもなる相手でもあった。



7階にも開ける事が出来ない扉があり、そこに行き当たったら別のルートに行きながら探索を続けていった。
その結果、割と早い段階で8階への階段を見つけることが出来た。

5階までならまだ探索していない場所があるなら、そこを探索することを優先していたが、6階からはあまりにも広くなりすぎたため行けるところ全てを探索していてはその間に変化期が来てしまい、迷宮の構造が変わってしまう事になる。
それを考えると少しでも早く下に降りるべきだとも思うが、迷宮の他のところを探索するのはレベル上げの意味もある。
だがヒュンケルとの修練で、少しだけだが自分の強さに自身が持ち始めているせいもあったのだろう。
トールはとりあえず下に向かう事にした。
もしやばいと思うならまたすぐに戻れば良いと思ったからだった。



8階のモンスターも相手に出来る強さのモンスターだった。
『がいこつ』、『ホイミスライム』、『メーダ』、『どくやずきん』、に加え『マタンゴ』と『ブラウニー』がこの階層にいた。

『マタンゴ』は『おばけきのこ』の色違いで能力が高くなっており、又同じように胞子による『毒攻撃』をしてきた。
そして何より口から『甘い息』を吐いて眠らせようとしてきた。何とか抵抗して眠らずに済んだが、一度眠ってしまえば、仲間がいない以上一方的に攻撃にさらされる事になる。この点は注意すべきだろう。

『ブラウニー』は『おおきづち』の色違いであり、全体的な能力が上昇している。ただ攻撃方法は『おおきづち』と変わりなく、そのため対応も同じようで構わなかった。



一対一なら負けない。
根拠なんてないが、この思いが根本にはあった。
ヒュンケルとの修練や恩人であったハッサンに認められたことなどがあり、トールの心の中に少しずつ慢心が芽生えていた。
実際に一対一なら負けないだけの腕前も確かにあった。
それゆえの油断、慢心、増長、だからきっとこれから起こった事は遅かれ早かれ何時か起こる必然の出来事だったのだろう。

それは通路途中にある扉を抜けて少し歩いた時だった。
前方から何かが歩いてくるような音が聞こえてきた。数は分からないが、あまり多くの音には聞こえなかった。
冒険者の靴音とは思えない、奇妙な音も聞こえている。となれば考えられるのは一つだろう。この音の先にいるのはモンスターだろう。
この時盗賊スキルの索敵能力を使っていれば、多分結果は変わっていたのだろう。
だがトールは使わなかった。ほんの少しのMPの消費を惜しんだのだ。
この階のモンスターになら負けない。そんな風に考えていた。



実際に現れたのは、『がいこつ』が4体。
『がいこつ』は多少手強く感じるが、トールの勝てない相手ではない。4体相手でもどうにかなる。
それは真実正しい。
三体を斬り裂き、残りの一体となってはトールの勝ちは揺ぎ無いものだった。
何も問題はない。そう感じていた。
突然背後に強烈な一撃を食らわなければ、だ。
トールに何が起こったのか分からなかった。
何とか残りの一体を倒し背後に目を向けると、そこには『メーダ』が3体いた。
何の音も立てず、まるで闇にまぎれるかのようにゆらゆらと迫ってきた。

その時にトールが感じたのは怒りだった。

(不意打ちなんかしやがって、この野郎)

理不尽な怒りだが、いきなりの魔法の一撃は、トールの頭に血をのぼらせた。
だからだろう。通路の前後から聞こえる音を無視してしまったのは。
冷静な時ならその音が何なのかをよく考えて判断したはずだ。
この時のトールはただ怒りをぶつけるために目の前の『メーダ』に斬りかかった。
結果『メーダ』を倒し終えた時には、前後からモンスターの集団に挟まれる形になっていた。

周りにいるモンスターたちが確実に10体以上。ゲームのように画面で出て来るモンスター数が決まっているわけではない。
しまった、と思った瞬間にはもう遅かった。
『どくやずきん』は毒矢を放ち、『がいこつ』は剣で斬りかかり、『ブラウニー』は鎚を叩きつけ、『マタンゴ』は『甘い息』を吐き、『メーダ』は『ドルマ』を放つ。
全てを避ける事は不可能。致命的なものだけは何とか避け、後は盾で防ごうとするが四方八方からの攻撃に全てに対して対応する事は出来ない。
当然幾つかの攻撃は食らう事になる。
また『甘い息』に対しては、何とか抵抗するがそれも何時まで持つか分からない。
しかもまだモンスターが集まってきているのが分かった。

傷ついても『ホイミ』や『薬草』を使う暇はなかったが、剣スキルが上がった事により『ミラクルソード』を覚えていたのは僥倖だった。
『ミラクルソード』は通常より大きなダメージで斬りつけ、相手に与えたダメージの半分を回復できる特技だ。
攻撃しながらも回復できるこの特技は、今の状況に最適だった。しかも追い詰められて集中力が増しているのか、特技も一連の流れの中でスムーズに出すことが出来た。
だが『ミラクルソード』を使うにはMPが必要であり、MPは無限ではない。
このままではどうにもならなくなるのは目に見えて明らかだった。

ここまでモンスターが集まる事は今まで一度もなかった。
何かの罠だったのだろうか。
不思議なダンジョンでいうところのモンスターハウスに入ってしまったようだった。
いや実際にそうなのかもしれない。
この迷宮ではモンスターを倒す事によって邪神の力を減らすことを目的としているため、罠などは存在しないと、かってに決め付けていたがそうではないのかもしれない。
とにもかくにもどうしようもないところまで追い詰められているのは事実だった。
何とかモンスターを一体一体倒していくが、確実に止めを刺さないとホイミスライムが回復させてしまう。

ここに来て今までの馬鹿な考えに気づく。
モンスター相手に一対一の強さなどあまり意味がないのだ。モンスター相手に一番注意する事はその数の多さだった。
某ジオンの中将が言った言葉、「戦いは数だよ、兄貴」は正に本当のことだった。
トールは今身を持って味わっていた。

この場から脱出するには『リレミト』か『おもいでのすず』を使わなくてはいけないが、今は無理だ。
二つとも使うにはある程度のスペースが必要になってくるからだ。
自身を中心にした半径1mほどの広さが必要なのだが、今周りにはモンスターに囲まれそのスペースがない。そして使う時間も与えてくれない。

全てのモンスターを倒すことなど不可能だろう。どうすればいいのか。
そんな考え事をしていたのがいけなかったのだろうか。『マタンゴ』の吐く『甘い息』を吸い込み、それに抵抗する事が出来なかった。
一瞬気が遠くなったと感じた次の瞬間、剣を持っていたはずの右手に激痛が走った。
眠気が一気に去り右手を見てみると、そこにはあるはずのものがなかった。床に剣を握った右手が転がっているが見えた。
右手は斬り落とされていたのだ。

叫びそうになるが歯を食いしばって耐える。何かが飛んでくるのを視界の端にとらえたからだ。
とっさに避けようとするがどうやっても無理だと分かり、盾で防ごうとしたがそれでも全ては無理。
頭だけは何とか守ったが、飛んで来た毒矢の幾つかがトールに突き刺さった。
普通ならもう倒れ戦えないだろう。
トールがまだ立っていられるのは、痛みをコントロールする術を身につけていたからだ。
痛覚を鈍くする。これもヒュンケルとの修練の際に身につけたものの一つだが、出来ればこれが役立つような状態にはなりたくなかった。

痛みは身体の異常状態を知らせるものであり、それによって危険状態を判断できる。
痛みを感じない身体で無理をしたせいで、いつの間にか動けなくなっていたでは洒落にならない。とは言っても今の状況では仕方ないのかもしれない。

トールの一瞬の眠りによって、何とか耐えていた流れが一気にモンスターの方へ傾いた。
武器はなく、矢は突き刺さり、毒まで回っている。
毒にはある程度耐性もついたのか、痛覚のコントロール及んでいるのか、当初のように倒れこんでしまうことはないがそれでもつらい事に変わりはない。
どうにもならないところまで追い詰められていた。
そしてここに来てどうするべきかやっと分かった。
トールのすべきこと、それは生きぬく事に他ならない。
ならば今は何としてもここから逃げ延びることだ。勝てる方法は見つからなかったが、逃げる方法なら思いついた。

トールにしてみれば、遅すぎたとも思う。今の段階ではもはや賭けに近い。
もう少し早く、出来るならモンスターに囲まれた時点で思いつかなければいけないことだった。
するべき事はシンプルだ。使うべきは『闘気法』。『闘気』を足に集中させて、一点突破で一気にモンスターの壁を貫く。
問題は突破の際の『闘気』による体力の消費、毒による体力の消費が今の体力で賄えるかどうかだ。
駄目なら自滅してしまう。
だが他に手がないのも事実だった。実行は早ければ早いほど良かった。

トールは覚悟を決めて『闘気法』を使う。
足に『闘気』を終息させると、まるでロケットのように一気にモンスターの間をすり抜けていく。
途中攻撃を受けるが無視して、ただ突き抜けることだけを考える。時間にして多分10秒もかかっていないだろう。
いつの間にかモンスターを突き抜けた。

震える左手で何とか『おもいでのすず』を取り出して使った。
今の状態では、集中を必要とする魔法である『リレミト』は使えないからだ。
トールの足元に魔法陣が描かれたかと思うと、下からの光の柱がトールを包み込んだ。



一瞬後、トールは満身創痍ながらも何とか地上の土を踏む事が出来たが、ホッとしたのかそのまま倒れるしかなかった。
そして意識が落ちる瞬間、自分に駆け寄ってくる人間の声を聞きながらトールは何とか助かったと安堵するのだった。




――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:17
職:盗賊
HP:115
MP:50
ちから:45
すばやさ:41+10(+10%)
みのまもり:20
きようさ:50+20(+10%)
みりょく:30
こうげき魔力:21
かいふく魔力:26+5
うん:31
こうげき力:45
しゅび力:39

言語スキル:2(会話、読解、筆記)【熟練度:65】
盗賊スキル:3(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ、器用さ+20、リレミト)【熟練度:87】
剣スキル:5(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り、剣装備時攻撃力+10、ミラクルソード)【熟練度:48】
ゆうきスキル:3(自動レベルアップ、ホイミ、デイン、トヘロス)【熟練度:41】

特殊技能:闘気法(オーラブレード、ためる)


経験値:19264

所持金:7768G

・装備品
頭:おしゃれなバンダナ(守+7、回魔+5)
身体上:レザーマント(守+8) → 破損により破棄
身体下:けいこぎズボン(守+5)
手:皮のてぶくろ(守+2、器+15) → 破損により破棄
足:皮のブーツ(守+2)
武器:鉄のつるぎ(攻+27) → 喪失
盾:皮の盾(守+3)  → 破損により破棄
アクセサリー:竜のうろこ(守+5)



持ち物:やくそう(39個)、毒けし草(21個)、おもいでのすず(4個)、スライムゼリー(1個)、まんげつそう(2個)、せいすい(2個)




――― あとがき ―――

倒したモンスターの数と経験値でレベルを判定していますが、一人だけだと思ったよりレベルの上がりが早いですね。
でもよく考えればDQⅢで勇者一人旅をすると、結構早くレベルが上がるし、本来は3人から5人でパーティーを組むのがこの世界では常識であるからこのぐらいでいいのかもしれない。


それでは、また会いましょう。




[13837] DQD   18話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:c2950f34
Date: 2010/01/31 22:08
DQD   18話

目を開いた時視界に入ってきたのはトールの良く見知った司祭だった。
迷宮の入り口付近にある教会の司祭。
迷宮に行く前には必ず『お祈り』をしているため顔見知りだった。
周りを見渡せば見知らぬ部屋の簡易ベッドで寝ているのが分かったが、雰囲気から教会の奥の部屋だと想像できた。

「気づいたようですね。お身体は大丈夫ですか?」

そう言われてトールは自分の体を確認する。
初めに目がいったのは右手。そこには失ったはずの右手があった。
握ったり開いたりを繰り返し、そこに自分の右手があるのを何度も確認した。
上半身を起こし身体中を確認したが、傷は塞がり健康体の時と変わらなかった。

(助かったんだ)

トールは安堵のため息をついた。
外にさえ出れば何とか助かるとは思っていたが、まるで不安がなかったわけではない。入り口の門番も常にいるとは限らないだろうし、世の中何が起こるか分からない。
一抹の不安はあったが、実際は何事もなく予想通りに助けられたようだ。

「すいません。助かりました」

「かまいませんよ。これが私どもの使命でもあります。それで今回の治療代のことですが……」

司祭は言いにくそうに言葉を濁す。
聖職者として金銭の事を持ち出すのに抵抗があるのだろう。分からないでもない。

「あっ、はい、いくらぐらいですか」

トールとしても助けてもらってどうこう文句を言うつもりはない。

「そうですか、では1000Gになります」

「へっ?」

金額を聞いてトールも呆けた声を出してしまう。予想より随分と金額が多かったからだ。

「えーっと、確か『ベホマ』は一律20Gだと記憶してるんですが……」

「ああ、そういうことですか。今回は『ベホマ』ではなく『ザオラル』を使いましたから」

司祭の説明では『ベホマ』は確かにあらゆる傷を治すが、それはその場に部分がなくてはならず、例えば手を切られたなら切られた手がその場になければいけない。

では、ない場合はどうするか。
それが『ザオラル』や『ザオリク』といった再生系呪文となる。
例えばドラゴンなどの灼熱の息で身体の四肢が炭化しなくなってしまった場合などは、再生系呪文で文字通り腕や足などを再生することになる。
ただいつまででも再生できるわけではない。
使い手によって違うが、失ってから一週間前後を越えると再生呪文でも復元が難しいと思ったほうが良い。一年以上たってからでも再生したと言う事例はあるが、それは使い手が伝説に残るような人物であったからで参考にはしないほうがいいだろう。

ただどのような使い手でも死んでしまってはどうする事もできない。あくまでも魂が肉体に留まっていなければ効果がないのだ。

『ザオラル』と『ザオリク』の違いは失った部分の程度によって違ってくる。手や足の一本程度までなら『ザオラル』とそれ以上なら『ザオリク』となる。
これは使い手によって違ってくるため絶対とは言えない。あくまで目安だ。
それに再生呪文はあくまで失った部分を再生させるためのものであるから、大抵は『ホイミ』系の回復呪文と併用して体力の回復もする事になる。

つまり『ザオラル』、『ザオリク』はゲームのような蘇生呪文ではない。というより死人を蘇えさせるような呪文はこの世界にはないのだ。
とは言え、生と死を分ける境目は非常に曖昧だ。
例えば一刀で首を断ち切られたとしても、その瞬間に『ベホマ』や『ザオリク』等の再生系呪文を使えば治る場合もある。
『メガンテ』で身体が粉みじんになっても、その瞬間に『ザオリク』を使えばその場で肉片から再生していき、遂には元の姿にまで戻ったという事例もある。
だがこれは稀な例であることは言うまでもない。
ただこれらの例のように、どの状態までなら『ザオリク』で再生されるかはしっかりと分かってはいないのだ。

結局のところ死人を蘇えさせるのは、神の奇跡か『世界樹の葉』と言われるアイテムしかないのだ。

それでも再生系呪文の使い手は少なく、貴重である事に間違いはない。
この街の教会の司祭だからこそ回復呪文・再生呪文が常に使える者がいるのであって、地方の村の教会では他の街では再生系の呪文どころか『べホマ』の使い手がいない場合もある。

確かに『ベホマ』の20Gに比べると、『ザオラル』の1000Gは高すぎると思えるが、失った手が甦った事を考えるとこのぐらいの出費は安いと思える。
もし元の世界なら失った手が甦るなんて事はありえないはずだ。
義手をつけるぐらいだろう。
この事を考えると改めて魔法の凄さを思い知った。

「もし、手持ちがないようでしたら分割でもかまいませんよ。教会の仕事で補填する事もできますし……」

黙ったままのトールを支払いの事を悩んでいるとでも思ったのか、司祭はそんな事を言ってきた。

「あっ、いえ、ちゃんと払います」

そのくらいのGは十分にある。
『大きな小袋』の中の財布から1000Gを取り出して払う。
迷宮で探索を続ける限り、今回のような事がこれっきりと言うこともないだろう。
勿論なければないほうが良いが、それはあまりに楽観的すぎるだろう。
それならば印象は良くしておくべきだ。
金払いは良いと思わせていた方が良い。
こういう言い方はよくないかもしれないが、もし金のある者とない者が、同時に怪我をしたなら、助かるのは金のある者だろう。
これは決して間違っているとは、トールは思っていなかった。

「ありがとうございます。後、一応忠告しておきますが、何日か休まれた方が良いと思います。失った部分の再生と言うのは本来ありえない事を魔法の力で行ったものです。何処かに無理が出ていないか分かりません。まずは養生する事が一番だと思います。勿論どうするかはあなたの自由ですが治療した者として言わせていただきました。それでは神の加護があなたにありますように」

一礼をすると司祭はトールの元を離れて教会に戻っていった。
その司祭の背にトールはもう一度頭を下げた。


****


あの後トールは数日休んだ。
倦怠感があったからということもあるが、身体に異常を感じたのだ。再生したはずの右手に微かな違和感があった。
まるで痺れたような感覚。日常生活なら何の問題もないだろうが、迷宮探索、はっきり言えば戦闘行為には支障をきたすように思えた。
これが一時のものなのか、それともずっと続くものなのか、それを見極めるためにも休む事にしたのだ。
結果を言えばニ、三日後には右手の違和感はなくなっていた。このまま違和感が残ったらどうしようかと不安だったが、何事もなく良かった。

休みは基本的にゴロゴロしていた。
部屋に篭りきって以前のようにビアンカに心配をかけるのは本意ではないから、食事時には下の食堂にいったが、他の時は部屋で寝ているのが殆どだった。
ただ寝転びながらも考える事はたくさんあった。

このまま一人でやっていけるのかどうか。
あの時仲間がいればもう少し違った展開になったはずだ。
僧侶が一人いれば傷を気にせずに戦えただろうし、魔法使いがいれば全体攻撃をしてくれたかもしれない。戦士や武闘家でも共に戦えば背後などの死角をお互いに庇いながら戦えるだろう。

回復手段はもう少し何とかならないか。
トールの自身の回復は『ホイミ』か『やくそう』だが、近頃回復量が少なくなり始めてきた。『べホイミ』でも覚えられれば良いのだが、スキルアップでどの呪文がどのように覚えられるのかは本人には分からない。
後は覚える方法としては教会に所属すれば教えてもらえるかもしれないが、それは教会に縛られる事も意味している。そんな事はできないし、第一自力で習得する場合は才能も必要になってくる。自分に才能があるかどうかなんて賭けに等しいだろう。そんな無謀な事は出来ない。
アイテムでの回復手段でゲームでは『上やくそう』や『特やくそう』といった回復量が上がったアイテムがあるが、この世界の道具屋では売っていない。
いや、元のゲームからして錬金釜で調合するか、宝箱からでなければ入手出来なかったはずだ。
だがこの世界で錬金釜自体があるのかは分からない。とりあえずは保留にしておくべきだろう。

色々な事を考えたが、結局どうすれば良いのか答えは出なかった。
ただ考え込んでいる内に寝てしまっていた。
自分でもよくこれほど寝たと感心するほど眠った。

この数日は久しぶりに身体を休めた気がした。


****


身体をある程度休息させた後も、すぐには迷宮探索には戻らなかった。
まずは準備するものがあったからだ。
何といっても装備を再度整えなおさないといけない。剣は右手と共に失くしたし、防具も随分と壊れてしまった。

ただモンスターが強かった代わりに落とすお金も多くなったためGも貯まった。
瀕死に追い込まれたモンスターハウスもどきは、倒したモンスターの分の経験値は得たがGまで拾う余裕はなかったためそのままだ。
もったいない事をしたとも思うが、あの時Gに気を取られていたら死んでいただろう。もっともあの時点でGにまで気が回る余裕があれば死ぬ様な目にはあわないだろう。
とりあえずそれまでの分だけでも前回買った品よりは良いものが買えるだろう。
トールは街の武器屋に出かけた。



一口に武器屋といってもいろいろな店がある。
品物の値段は多少の誤差はあるが同じだと思っていい。ただ置く品物についてはその店々で特色を出してくる。
初心者を相手にしている店や、剣や槍の専門や、防具でも鎧や服の専門店がある。
今までトールは初心者相手の店で買い物をしていた。
初心者相手の店だけあって使いやすい物が置いてあったし、尚且つ値段も手ごろな物ばかりだった。
それにとりあえず装備を揃えるには十分な店だった。
だがある程度Gも貯まり、一端の冒険者を名乗っても恥ずかしくないレベルになった今、武器にもある程度のこだわりを持っても良い頃だと思ったのだ。

だがそう思っても買えない品物もある。
お金があるないの問題ではなく、この迷宮でどの程度探索を進めているかで売ってもらえる物が変わるのだ。
この街では迷宮の奥深くに潜る者こそ優遇される。
より深く潜り、より強いモンスターを倒す。それこそがこの街の冒険者の存在意義だ。
そして強力な武器防具はやはり数が少ない。魔法の付与がしてある武器防具は特に少ない。
そうだとすればより貢献している者にこそ売ろうというわけだ。

そうはいっても強い武器を手に入れる方法がないわけではない。
これはこの街だけの決まりで、他の場所では関係ないことだ。
だから例え浅い階層を探索する者でも他の街でなら強い武具を買うことは出来るだろうし、知り合いに深い階層を探索する者がいるのならその者に頼んで買ってもらう事も出来る。
このように抜け道はいくらでもあるが、一応の決まりがあるということだ。

もっとも強い武具は当然値段も高いため、余程の伝手がないかぎり結局初心者には手が出ないのだ。
だから以前までのトールにはあまり関係のあることではなかったが、今はもう違っていた。
とりあえずは剣の専門店に訪れる事にした。メインで扱う武器が剣である以上当然とも言える選択であった。



入った店でまずは冒険者カードの提示を求められた。
まずはこの店で買う資格があるかの検査のためだった。
店の中には様々な剣があったがそれらは全てカウンターの内側に飾られていた。

「初めての顔だね、剣を買いに来たのだろうけど全部は見せられないよ。いいかい?」

「はい、かまいません」

トールはある程度強くなった自覚はあるが、全てのものを見せてもらえるほどの強さを持っているとは思っていなかったため、店主の言葉は気にならなかった。

「どの程度の剣をご入用で、予算は?」

「出来れば1000以上3000以下で」

「分かりました。少しお待ちを」

それだけ言うと店主はカウンターの上に3本の剣を並べた。

「右から鉄のつるぎ、のこぎりがたな、鋼のつるぎですね」

鉄のつるぎ(攻+27)【1000G】、のこぎりがたな(攻+30)【1300G】、鋼のつるぎ(攻+35)【2100G】。

以前使っていた『鉄のつるぎ』はともかく、後の二本の剣はどういうものか見てみたかった。
まずは『のこぎりがたな』を手に取り鞘から剣を抜いて刃を見た瞬間だった。
ドクンッと大きく心臓が跳ね上がった気がした。
鼓動が早くなり、呼吸が荒くなり、眩暈もし、気持ちが悪くなった。ついには手に持った剣を床に落としてしまった。

「ちょっとお客さん、確かに剣だから乱暴に扱うのが前提だとしても、売り物なんだからもう少し大事に……」

文句を言おうとした店主だったがトールの顔色を見て言葉を止めた。あまりにも顔色が悪かった。血の気が引いて真っ青になっているのが一目で分かったからだ。

「……お客さん大丈夫かい。調子が悪いなら早めに休んだ方が良いですよ」

店主の深刻そうな声がトールの耳にも届く。それで自分が如何にひどい状態なのかトールにも理解できた。

「……そうですね。じゃあ今日は帰ります。すいません」

トールは心臓の辺りを押さえながらも何とかそう言うと、フラフラしながらも店から出た。


****


店を出て少したった今では、先ほどの体調不良が嘘のようになくなっていた。
何が起こったのか、トールには良く分からなかった。
ただ事実だけを述べるなら剣を持った瞬間、気分が悪くなったということだ。

嫌な考えがトールの脳裏を霞めた。
当たって欲しくないが、確かめずにいるわけにもいかなかった。

トールは人通りのない路地裏に入ると『大きな小袋』から銅のつるぎを取り出し、鞘から抜いてみる。流石に人の目があるところで剣を抜くわけにはいかなかったからだ。
抜いた瞬間、頭がグラグラし視界も歪む。身体の震えが止まらない。反射的に銅のつるぎを手放していた。

剣を持った手を見た瞬間、強烈な死の印象を受けたのだ。

PTSD、心的外傷後ストレス精神障害。トラウマといってもいいのかもしれない。



死ぬような目ならヒュンケルとの修練で何度も感じたが、あの時は死ぬとは欠片も思わなかった。ヒュンケルは怪我をさせるような攻撃ははするが、死なせるようなヘマはしないだろうと言う信頼もあった。
だが剣を持った右手ごと斬られたあの時は死を身近に感じた。
死を覚悟した。
幸い逃げる方法を思いついたため、何とか事なきを得たが、もし一歩でも間違っていれば今頃ここにはいなかったのだ。

身体の傷は治った。だが精神の、心の傷は未だ治っていなかったのだ。

震える身体を無理やり押さえつけて地面に落ちた銅のつるぎを拾い鞘の収めると、すぐに『大きな小袋』にしまう。
たったこれだけのことにひどく気を使った。
これでは剣を使った戦闘など無理だろう。いや、トラウマが剣に対してだけならまだ良い。
トールにしてみれば戦う事自体出来るかどうか怪しいと思った。
この世界に確固たる基盤のないトールにとって、金銭を得るには冒険者としてモンスターを倒す事で得るしかない。
今のトールにとって戦えないと言う事は、生活する事が出来なくなるということだ。

頭の痛くなる問題だった。
そもそも心の傷を治す方法などトールは知らない。
時間が解決してくれるのだろうか。それとも何らかの治す方法があるのだろうか。少なくともトールは知らない。
深くため息をつくしかなかった。



自分の身に起こった不運に愕然としながら、トールは街を歩いた。
命があっただけ儲けもの状態だったのだから、ここで運が良かったと思えれば良かったのだが、この時のトールにはそう思えなかった。

(何で自分がこんな目にあわなきゃいけないんだ)



何の目的もなく街をふらついているといつの間にか日も沈み、煌びやかな建物が見えていた。
いつの間にか見知らぬ場所にトールはいた。周りには酒場が建ち並んでいる。多分歓楽街に迷い込んでしまったのだろう。
特に何か深く考えたわけでもなく、まるで虫が焚き火に飛び込むかのようにトールはフラフラとその建物に向かった。

『CASINO』

建物に掲げられていた看板にはそう書かれていた。

(この世界にもカジノがあったのか)

トールは変なところに感心していた。
特に思うところがあったわけではない。ただこのまま落ち込んだままではどうしようもなくなる。ならば気晴らしの一つでもしようと思ったのだ。

トールはカジノの中へ入っていった。




――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:17
職:盗賊
HP:115
MP:50
ちから:45
すばやさ:41+10(+10%)
みのまもり:20
きようさ:50+20(+10%)
みりょく:30
こうげき魔力:21
かいふく魔力:26+5
うん:31
こうげき力:45
しゅび力:39

言語スキル:2(会話、読解、筆記)【熟練度:69】
盗賊スキル:3(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ、器用さ+20、リレミト)【熟練度:87】
剣スキル:5(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り、剣装備時攻撃力+10、ミラクルソード)【熟練度:48】
ゆうきスキル:3(自動レベルアップ、ホイミ、デイン、トヘロス)【熟練度:41】

特殊技能:闘気法(オーラブレード、ためる)


経験値:19264

所持金:6748G

持ち物:やくそう(39個)、毒けし草(21個)、おもいでのすず(4個)、スライムゼリー(1個)、まんげつそう(2個)、せいすい(2個)




――― あとがき ―――

一般人が死にそうな目にあったらトラウマの一つにでもなると思う。
今回はそういうお話でした。


それでは、また会いましょう



[13837] DQD   19話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:6d6b24d5
Date: 2010/02/07 22:28
DQD   19話

カジノといえばDQではおなじみのレジャー施設だ。コインを購入して、様々なギャンブルでそれを賭けて遊ぶ。
このゴッドサイドのカジノでもそれは基本的に変わらない

カジノの建物は外装も煌びやかだが、中もそれに見合うように煌びやかだった。地下一階付きの二階建ての建物だった。

入る前から騒がしかったが、中はそれ以上に騒がしい。人々の放つ熱気と喧騒には圧倒されそうだった。
入り口の直ぐ側にはコイン購入所と景品の交換所があった。
トールはまずはコイン購入所へ向かった。

「いらっしゃいませ。冒険者カードの提示をお願いします」

受付のバニーさんに言われたとおりトールは冒険者カードを見せる。

「カジノは始めてですね。では少し当カジノのシステム説明させていただきます。当カジノでは、様々なギャンブル施設があり、その全てをコインによって遊び事が出来ます。一枚10GのGコインと一枚10SのSコインがございます。営業は朝の9:00から深夜3:00まででSコインは営業開始から夕方の5:00の間しかご利用になれません。ギャンブルの説明はその場その場で係りの者がおりますから、そこでお聞きください。得たコインはあちらの交換所で様々なアイテムと交換できます」

受付のバニーさんは入り口の反対側のカウンターを手で指し示いた。

「またGコイン一枚5Gで、Sコイン一枚なら5Sで換金もしております。後冒険者の方は増えたコインを貯蓄しておく事ができますのでどうぞご利用ください。では何枚ご購入されますか?」

詳しく説明すれば二種類あるのはカジノの顧客を増やすための策略の一つということだ。安いSコインでカジノの楽しさを知ってもらって、Gコインで儲けるというのがカジノ側の運営方法らしい。実際昼間のSコインを利用してのギャンブルは夕方からのGコインを利用してのギャンブルよりも随分と易しいとのことだ。

「……Gコイン100枚で」

少し考えてからトールは答えた。あくまで気晴らしのためだが、ある程度の枚数がなければその気晴らしも碌に出来ない内になくなってしまうだろう。
1000G程度なら大した額じゃないと思った事もあった。
 


コインをもってカジノの1階をうろつく。
パッと見回してまず目に入るのはスロット。
Gコイン1枚、10枚、100枚賭けのスロットがある。1枚賭けのスロットが12台と最もよく置いてあり、10枚賭けはその半分の6台、100枚賭けになると更にその半分の3台置いてあった。全てが上段、中段、下段、右下斜め、左上斜めの5ラインにかけるタイプとなっている。

テーブルではポーカーとブラックジャックがあり、二つとも3テーブルごとある。

ポーカーはDQのカジノでお馴染みのルールで最初に1~10枚のコインを賭けて、1回だけカードチェンジをして役を作り、その役の倍率によってコインを増やす方式だ。
そしてその後は一枚カードを置かれて、そのカードより次のカードが大きいか小さいかを選択するハイ&ローをする事になる。
実際のポーカーのようにレイズやコールなどの微妙な駆け引きをする事がないため簡単に出来る。

ブラックジャックは、ディーラーと勝負をする事になり、お互いに1枚ずつカードを引いて『21』に近づけるゲームだ。絵札は10、Aは1か11として数える。『22』以上になると負け。
ディーラーは手札が必ず17以上にならなければならず、17以上になったら追加のカードは引けない。
最初に1~50枚のコインを賭け、勝てば賭けたコイン分だけ貰える。増えたコインはそのまま次のゲームに持ち越して賭けのコインをして使用する事が出来る。

ルーレット台も2台ある。
色ごと、グループごと、数字ごとにコインを賭けて勝負をする。これは現実のカジノと似たようなものだ。

地下にはモンスター闘技場がある。数匹のモンスターが戦い、どれが勝つかを予想する。1~100枚のコインを賭け、勝てば賭けたコイン数×倍率のコインが手に入る。増えたコインはそのまま次の試合に賭ける事も出来る。

常に催しているギャンブルはこの5つで、月や季節によって他のギャンブルも行うらしい。
2階はパーティー会場や宿泊施設があり、関係者以外は立ち入り禁止となっていた。

トールはとりあえず一通りやってみる事にした。そして実際にやってみて色々な事が分かった。

スロットはとりあえず一枚賭けをしてみるが、一度で5枚のコインがなくなる。そしてそれが湯水のように減っていく。コインに余裕がなければするものではない。

ポーカーで勝つためには、役を作って儲けるのは殆ど不可能に近いだろう。
ツーペアーで良いからとにかく勝ち、その後のハイ&ローでコインを増やしていくのが基本戦略だろう。
もっともそれが分かっているからと言って勝てるわけでもない。これはあくまで指針でしかない。最初の役が揃わなければ話にならないのだから。

ブラックジャックで勝つには、如何に連続で勝てるかだ。これはカード運しかないように思えた。

ルーレットも賭け方しだいでどのマスに入っても負けない賭け方をする事が出来るように思えるが、それにはコインの枚数が足りない。場の流れを見ながら賭けるしかないだろう。

モンスター闘技場にしても、絶対に勝負が見えているようなサービス試合もあるようだが、その場合の倍率はやはり低く滅多にない。



結局のところやはり運任せなのだろう。
必勝法などありはしない。ゲームで簡単に儲ける事が出来たのはリセットと言う技があるからだ。
それにスロット一つとっても、ゲームより揃う確率が悪いように感じた。
このカジノに比べれば、ゲームのカジノは明らかに勝てるようにしてあると思えた。

当初トールはその辺りを深くは考えなかった。元々が勝ち負けではなく気晴らしが目的だと言うこともある。
勝っては負けて、勝っては負けてを繰り返す。
これで負けばかりなら早めに見切りもつけていたのだろうが、勝つ時もあるから諦めきれない。
悔しい、次こそは勝てると思ってしまう。
そうしているうちに少しずつコインはなくなっていき、又コインを買い足す。
典型的な賭け事にはまるパターンにトールは陥っていた。


****


朝起きてから夕方5時までは図書館で本を読む。昼間のSコインを使ってのカジノは行く気にならなかったからだ。そして夕方5時になったらカジノへ行く。
そんな生活が一週間ほど過ぎた。

相変わらず迷宮へ行く気にはなれなかった。
カジノ通いも、トラウマの事を考えないようにするための一種の逃避である事は否定できない。
この時トールに相談できる相手がいなかったと言うのも原因の一つだろう。
初めはハッサンに相談しようと思っていたが時期が悪かった。
この時ハッサンは仲間のアモスたちと、ある『クエスト』を請け負っており半月ほどゴッドサイトから離れていた。
後知り合いの冒険者と言えばアリーナだが、今故郷のサントハイムに里帰りしているため彼女もこの街にはいなかった。問題の解決方法は分からないかもしれないが心の支えにはなってくれただろう。
友人としてならビアンカたちもいるが、冒険関係の事を相談できない。

一応独り立ちした今ルイーダには相談しづらく、ヒュンケルは講義を受けていないため尋ねるのはお門違いのような気がした。

結局はある程度Gもあり生活するのに余裕があった事が、トールにトラウマの事から目をそらさせる事になった。
そのため何か悶々としたものを胸の中に抱えたまま日々を過ごす事になった。


****


トールがそれに気が付いたのはGコインを新たに100枚買い足した時だった。
財布の中のGが随分と少なくなっている。数えてみると持ち金が1000G切っていた。

「あれ、もしかしなくても、今随分やばいか」

呆然としながらトールは呟く。
残った所持金558G、Gコイン108枚がトールの手持ちだ。
買ったコインは6000G分、この世界で数年は何もしないで暮らせるだけの金額を使ったことになる。
小市民のトールには気が遠くなるような散財だ。
だがこうなった以上どうしようもない。ある意味都合が良いといえなくもない。
そもそも金がある状況では、迷宮探索に行く気力が湧かないし、トラウマと向き合う気も起きない。
だが、もし金銭が尽きてしまえば、生きるため金を稼ぐために迷宮へ行かなければならなくなる。そうしなければ生活していけないからだ。
それはトラウマと向き合わなければいけない事を意味している。
どうしようもないところまで自分を追いつめなければ、今の自分は動くことが出来ないようにトールは感じていた。

だからといってわざと負けるつもりはない。
そんなことをすればコインが勿体無い。1000G分はあるのだ。
未だ心の何処かで戦うことを怖がっている自分がいるのをトールは分かっていた。

それではどのギャンブルをするか。
いつものように惰性ではなく、勝つことを念頭において考えるが、どのギャンブルも運しだいのように思えて勝てる気がしなかった。
こうなるとどのギャンブルにも手が出しづらい。
このまま何もしないようでは本末転倒だ。

トールはカジノの中をグルグルと見て回りながら地下に降りた。
そこはいつものモンスター闘技場と少し雰囲気が違っていた。どうやら今日はスペシャルイベントが行われるらしい。
いつものモンスター闘技場は多くても4匹までのモンスターが戦い、どれが勝つかを当てるものだが、今回はモンスターの数が違った。20匹でのバトルロワイアルだ。
その分倍率も高くなっている。月に一度のイベントに相応しいものだった。

「あら、坊やも来てたんだ」

聞き覚えのある声にトールは振り返る。
そこにいるのは褐色の肌をした紫水晶のような髪を持つ美女だった。
カジノに来て二日目の夜、ブラックジャックのテーブルでたまたま隣同士の席でゲームをしたのが顔合わせだ。その時は二人そろって負けたが、その事が仲間意識を芽生えさせたのか顔を見かければ話すようになっていた。
お互い名前は名乗りあっていない。カジノという特殊な場のみの関係なのだからこれで良いと思っていた。
だがその容姿から何となくだがDQⅣのマーニャだろうと想像がついた。
殆ど下着と言って良いような踊り子の服の上からローブを羽織っているが、前を閉じていないため非常に扇情的だ。
近くに寄られると、胸がドーンと目に入る。青少年であるトールには非常に目に毒だった。

「ああ、お姉さんも来てたんですか」

初めは『あなた』と呼んでいたのだが、堅苦しいと言われて『お姉さん』と呼ぶ事になった。そしてトールは『坊や』と呼ばれている。
カジノだけの関係だが、この適度な距離感は今のトールには心地よかった。

「今日は月一のイベントだからね。当然よ。後一時間もしない内に賭けの締め切りだから早くした方が良いわよ。まあ今回は悩まなくても良いと思うけどね。それじゃあ」

それだけ言うと『お姉さん』はそこから受付の方へ歩いていった。
トールはモンスターの控え室の方へ向かう。
普通のモンスター闘技場の場合、賭ける前に教えられるのは名前と倍率だけだが、バトルロワイアルである今回は、試合前に実際に戦うモンスターをこの目で見る事も出来る。
いつもは十数試合行うモンスター闘技場も今日はバトルロワイアルの一試合しか行わないため、前段階の投票の時間もそれなりに長いのだ。

トールも自身の目でモンスターを見て回る。
スペシャルイベントと言うだけあり倍率も普段より良い。賭けてみるのも良いだろうと思ったのだ。
様々なモンスターが檻の中にいる。
ブラックドラゴン、キラーアーマー、オーク、スライムナイト、バーサーカー、ミイラ男、パペットマン、リザードマン、シルバーデビル、ガーゴイル、エリミネーター、キメラ、ばくだんいわ、リビングデッド、メタルハンター、ガメゴン、タホドラキー、キングコブラ、がいこつ、マタンゴ、スライム。

後ろの5匹はトールも戦った事があるから分かるが明らかに勝てそうもない。その分どれも高倍率になっている。スライムなど300倍だ。
それとは別に今回は明らかに鉄板と思えるモンスターがいるのも、他のモンスターが高倍率の原因だろう。
ブラックドラゴン、倍率1.2だ。
あまりに鉄板過ぎて賭けか成立するとは思えないほどだった。だが確実にコインが増えるのはトールにとっても助かる。
普通のモンスター闘技場の時も、明らかに始まる前から勝負が分かりきっている試合があった。スペシャルイベントの時でもこういう試合はたまにある。
今回もそうだろう。多くの者はサービス試合だと思った。
トールにしてもそうだ。
スペシャルイベントは賭ける場所が一つだけで掛け金が一律Gコイン100でと決まっている。それならば20枚得する、そんな風に思っていた。

『ピィピィーピィー(オイ、オレニ賭ケロヨ)』

その声を聞くまでは、だ。

初め何が起こったか分からなかった。周りを見るがトールに話しかけた人は誰もいなかった。
そもそも今声が聞こえてきた方向には檻の中のスライムしかいない。

「まさか……な」

スライムを見ながらトールは引きつった笑みをする。幻聴が聞こえたとすれば、精神的に随分とやばいところまで来ているのかもしれないと思った。

『ピィーピィッピィー(オレダヨ。聞コエテルンダロ)』

気のせいだと思いたかったが、今度は目の前のスライムが言っている事が確かに分かった。
少し遠くだが周りには数人の客がいるが、その人たちは何の反応も示さない。
傍から聞くとピィーピィー鳴いているようにしか聞こえないが、トールにはその意味が分かったのだ。

(とうとう何処かがおかしくなったのか)

モンスターの声が分かると言う異常事態にトールは呆然とするしかなかった。

『ピーピィッピ、ピィーピィー(何ボーットシテンダヨ。オ前、『言語スキル』持ッテンダロ。ナラ分カッテ当然ダロ)』

そう言われてトールは慌てて冒険者カードを見る。スライムの言ったとおり言語スキルが一つ上がり、『会話』が、『会話2』に変化していた。スライムの言葉が分かったのもこのためだろう。
少なくとも自分がおかしくなった訳じゃない事が分かりトールはホッと息をついた。
ただ鳴いているモンスターは他にもいたが、その言葉が分からなかったことから、言葉が分かるのは何らかの条件があるのだろうという事は、何となくだが理解できた。
どういう場合だとモンスターの言葉が分かるのか確かめたかったが、賭けの締め切りが近い今そんな時間はないだろう。

『ピーピーピィー、ピィッピィーピィー(時間モナイコトダシ、モウ一度言ウゾ。勝チタケレバオレニ賭ケロ)』

普通ならスライムごときが何を生意気な事を言っているのだと思うが、何故かそうは思えなかった。
トールとスライムの視線が合う。
スライムからは絶対的な自信というものが感じられた。迷宮で会うスライムや他のモンスターたちから感じる視線とは違う強烈な意志の篭った瞳がそこにはあった。
トールはこくりと頷いた。
このスライムに賭けてみよう。
例え騙されたとしてもこのスライムなら構わないと思った。

トールは急いでモンスター闘技場の受付に向かいスライムの賭け券を買った。


****


月に一度のバトルロワイアルだが、いつもなら試合前は緊張感がみなぎっているが今回に限っては観客の間に流れる空気も緩やかなものになっていた。
観客は200ぐらいいるだろう。
誰が見ても鉄板のサービス試合。それが観客の一致した思いだった。この試合のためだけに来た者もいるだろう。
ただ一人トールだけは違う期待をしていたのだが。

「いつもはもうちょっと盛り上がるんだけど、今回は内容が内容だから仕方ないかな」

トールの側には『お姉さん』が来ていた。

「君も当然ブラックドラゴンでしょ」

そう言いながら『お姉さん』はトールの賭け券を覗き見るが驚くしかない。そして呆れたようにトールを見た。

「ちょっとスライムって冒険過ぎるでしょ」

「そうかもしれませんけどね、たまのイベントらしいですし冒険も良いんじゃないですか」

スライム自身から勧められたとは流石に言えない。トールとしては曖昧に笑うしかない。

「それはそうだけど……」

「まあいいじゃないですか。あっそろそろ始まりそうですね」

闘技場に動きがあったのを見てトールは誤魔化すように話題を変えた。
円形の闘技場の淵にモンスターの入った檻が並べられていく。こうなると『お姉さん』の意識も闘技場に向く。

「お待たせいたしました。モンスターバトルロワイヤル、これより開始します」

場内にアナウンスが響く。
ざわついていた客もこの時ばかりは静まり返る。

「それでは、レディー・ゴー!」

アナウンスにより一気に檻が開放されて、モンスターは飛び出していった。



20匹ものモンスターが闘技場の中を暴れまわる。
その中でもやはり『ブラックドラゴン』の強さは別格といってよかった。その太い尾での一振りが、口から吐く強烈なブレスが次々と周りのモンスター消していった。

このモンスターバトルロワイアルも、普通のモンスター闘技場と同じで倒したモンスターを殺すわけではない。瀕死になった瞬間に闘技場にかけてある結界により自動的に場外のモンスター預かり場へ転送されるのだ。
普通にくる一般人に無残な姿を見せないための配慮と言う事もあるが、せっかく捕まえたモンスターを無闇に殺すのは、また捕まえるのが後々面倒だと言う事もあった。

闘技場は正に『ブラックドラゴン』の独壇場だった。残ったモンスターもこぞって『ブラックドラゴン』を攻撃するが、『ブラックドラゴン』の圧倒的な攻撃力の前に倒れていった。
一匹、一匹とモンスターが消えていく中で、『スライム』はまだ健在だった。他のモンスターを盾にしたり、『ブラックドラゴン』の死角に回り込むなどして『ブラックドラゴン』の攻撃範囲から逃れていた。
そして遂に、『ブラックドラゴン』と『スライム』を除いて他のモンスターは消え去ってしまった。

信じてはいたが実際に『スライム』がここまで残るのを見ると、驚かずにはいられなかった。
『ブラックドラゴン』の攻撃力をこの眼で見たときに、トールは早々にこの賭けを諦めていた。
いくらなんでも勝てないだろう。
『お姉さん』が呆れた目で見ていたのも理解できた。
本調子の自分が戦ったとしても勝てる気はしなかった。

確かに『スライム』は避けるのが上手かった。見ていたトールも感心したほどだ。だがそれだけだ。
『ブラックドラゴン』は他のモンスターの攻撃で傷ついてはいるがまだまだ健在だ。
その硬い鱗を突き破れるほどの攻撃力を『スライム』が持っているとは思えなかった。
避ける事が出来ても倒せる力がなければ、いずれ攻撃が当たりそれで勝負はついてしまう。
一対一になった時点で勝負は決まってしまったようなものだ。
トールはそう思った。いやトールだけではない。会場の客たち全てがそう思ったのだろう。
ただそれは次の光景を見るまでは、だ。

ゴツンッ!

会場に凄まじい打撃音が響き渡った。闘技場には信じられないような光景が繰り広げられていた。
『スライム』の体当たりが『ブラックドラゴン』に炸裂していた。ただの体当たりではない。『ブラックドラゴン』の巨体をよろめかす様な一撃だ。
それがどれほどの衝撃なのか。もし自分が食らったらどうなるのか考えたくもない。
ただ今の一撃で、目の前の『スライム』がただの『スライム』ではない事が明らかになった。
『スライム』の体当たりなら、トールも食らった事があるが、今目の前で見た体当たりとは雲泥の差だ。
もし『スライム』の全てがあのような体当たりをしているなら、トールは当の昔にこの世からいなくなっているだろう。

『スライム』の攻撃は終わらない。
『ブラックドラゴン』の回りを素早くピョンピョンと飛び跳ねながら、『ブラックドラゴン』の隙を突いて的確に体当たりしてダメージを与えていく。
その内に『ブラックドラゴン』が尾で周りを薙ぎ払ったため、『スライム』は後ろに跳び一度大きく距離をとった。
『ブラックドラゴン』が大きく口を開けるのと、『スライム』がまるでバネのようにその身を縮みこませるのはほとんど同時だった。
そして『ブラックドラゴン』の口から輝くブレスが吹き出た時、『スライム』はそのバネを開放するように『ブラックドラゴン』めがけて飛び出していた。今までのスピードを更に越える速度の体当たりだった。
『スライム』の身体が一つの弾丸のように、ブレスを突き破る。

ドゴンッ!!!

金属同士がぶつかるような音が響き渡った。『スライム』の体当たりが『ブラックドラゴン』の顔面に激突した。
『ブラックドラゴン』の身体がそのまま大きくよろめくと、音を立てて地面に倒れこみそのまま消えていった。

『スライム』の勝利だった。


****


「か、勝ったー!」

知らぬ間にトールは叫び声を上げていた。

「う、うそよ、こんなの」

『お姉さん』は呆然としたように言う。いや『お姉さん』だけではない。この闘技場にいる大半のお客が呆然としていた。
そんな中で会場にアナウンスが響く。

「ただ今の勝負はスライムの勝利でしたが、当方の手違いにより只今出場しましたスライムは、バトルロード出場予定のスライムを誤って出場させてしまいました。よって今回の試合は無効といたします。賭け券を払い戻しいたしますので、売り場の方までお越しください」

放送に会場全体から安堵の雰囲気が流れるが、今度はトールの方が呆然としてしまう。
確かに普通のスライムではない事は見て分かるが、だからといって勝ちを反故されるのは納得いかない。
トールがスライムに賭けたのは、スライム自身からの勧めがあったからだが、別にそれは違反になっているわけではないのだ。

トールは急いで受付の売り場に向かって走り始めた。背後から『お姉さん』が「ちょっと」と声をかけていたが、トールはそのことには気づかなかった。
受付は払い戻しにきた人たちでごった返していた。イラッとしたが回りを無視して突っ込む訳にもいかず、列に並んで順番を待つ。
待っているうちに少しだけだが、いらつきが収まってきた。もしあのまま受付についていたら怒鳴り散らかしていただろうと思う。そう考えるとこの待ち時間も有意義だったと思えた。
そして自分の番が来て、『スライム』の賭け券を見たとき受付の表情が驚いた顔に変わると、トールが何かを口にする前に静かな声でトールに告げた。

「こちらの件に関してはオーナーから直接お話がいります。係りの者が御連れいたしますから少しお待ちください」

なんだかよく分からない展開にトールは頭を捻るしかなかった。


****


「ヘイ、ボーイ!よく来たな。歓迎しよう」

オーナー室に入ったトールを迎えたのは鮮やかな緑と赤の服を着てマフラーをつけた禿頭の男だった。
あまりに印象深い姿の男はトールの記憶にもある。DQⅧのモリーだ。
左右にバニー姿の美女を侍らせ、無意味なほどにテンションの高さにトールは圧倒された。

「まずはそこに座るといい。飲むのはコーヒーで良いかな。いいね。よし、マリー用意をしてきてくれ」

右側にいたバニーが「わかりました」といって部屋の片隅で用意をし始める。
トールはモリーの言うとおりソファーに座る。それと同時にキョロキョロと回りも見渡してしまう。
毛足の長い絨毯にテーブルとソファーの応接セット。壁には見事な絵画。これらがこの世界でも豪華なものである事はトールにも分かった。
一息ついてモリーも向かいのソファーに座った。そしてコーヒーが配られた頃にモリーは口を開いた。

「話、というかお願いがあるが、まずはこれを渡してからだな」

モリーがパチンッと指を鳴らすと、もう一人のバニーが何かの詰まった皮袋を持ってきた。

「コイン、30000枚だ。まずは受け取ってほしい」

圧倒されっぱなしで脳裏から消えかけていたが、ここに来たのは勝ったコインを受け取るためだったのだ。

「それで頼みがあるのだが、聞いてくれるかね」

モリ―の言葉に少し考えてから、トールは頷いた。

「うむ、それではまずこれを受け取ってくれるかね」

そう言ってモリーが差し出したのは一つの指輪だった。

「これは……」

「それはスカウトリングというものだ」

「スカウトリング?」

「そうだ。その説明の前にまず一つ聞いておきたい。ボーイはあの『スライム』の言葉が聞こえたね」

モリーに言われて一瞬トールは言葉に詰まる。今回勝った事は違反しているところはないが、何故か後ろめたく感じるのも事実だからだ。

「ああ、何も責めようというわけじゃない。バトルロワイアルで賭けの参加者はモンスターを見る事が出来る権利があるからね。その際にどんな情報が手に入れられるかは本人しだいだよ。ボーイが気にする事はない。あの『スライム』、スラリンから君と話した事を聞いたのでね。これは一応の確認だよ。どうだい?」

トールはコクリと頷いた。

「それなら話はしやすい。先ほどのリングはスカウトリングといってモンスターを仲間にするのに必要なものだよ」

「モンスターを仲間に?でもそんなことは……」

「出来ないと言うのかい。その疑問はもっともなものだよ、ボーイ。確かに普通ならば魔物使いの職でなければ、モンスターを仲間に出来ない。なぜなら魔物使いの力でモンスターの邪悪な心を消す事によってモンスターが改心するから、人間の仲間でいてくれる。魔物使いでない人間がいくらモンスターを倒してもGに変わるだけだ。だがしかーし、元から邪悪な心を持っていないモンスターならどうかね。神は封じた邪神や魔王の悪しき力を細分化する手段としてモンスターを作り出したが、生まれたモンスターの全てが悪しき心に染まっているわけではない。そういうモンスターを仲間にするために必要なのが、そのスカウトリングだ。それを身につけて倒す事により、モンスターはボーイの話を聞いてくれる。弱肉強食が基本のモンスターたちは、自分より強く相手でないと話も聞いてもらえないからね。そして意思交流が出来ない事にはどうしようもないからね。スラリンと話す事の出来たボーイには資格があるということさ」

「確かにスカウトリングの事は分かりました。でもどうしてこれを僕に?」

「スカウトが出来る者は先ほども言ったが意思交流ができる者でなくてはいけない。だがこれが一番の問題だ。実際に言葉が分かってもそれを気もせいにしたり、聞こえない振りをして端からモンスターとの関わりを持とうとしない者はいる。というより殆どはそうする。冒険者といえばモンスターは倒すものを言う認識があるからね。その点ボーイはスラリンの言葉に反応し、尚且つその言葉を信じた。まず普通はこれが出来ない。これだけでもボーイは合格だよ。実のところスラリンはそのための試金石の一つとしてあそこにいてもらったんだよ。スラリンの御眼鏡に叶う者が現れたら、スラリンはそのまま出場してもらい実力を発揮して勝利をし、そうでなければ普通のスライムが出場する。そういうわけなんだ。後はこちらの都合だね。邪悪でないモンスターたちを助けたいという気持ちがないわけではないが、この闘技場やバトルロードを繁盛させるためでもある。出来れば君がスカウトして仲間に出来たモンスターをこちらに引き渡してもらいたい。報酬はもちろん払おう。ボーイがそのモンスターを魔物使いのようにパーティーの一員にしたいというならそれもいいだろう。その際の預かり場もこちらで手配しよう。こちらとしては一匹でも多くのモンスターを確保したいと思っている。そのために才能のある若者にはそのリングを渡す事にしているんだよ。使うか使わないかはボーイの自由だよ。ただ条件としては悪くないと思うがね」

確かにモリーの言うとおりだろう。トールに不都合は何一つない。いやなら使わなければ良いだけの話だ。
それにモンスターの仲間を作れるかもしれない。そうなればパーティーの事は解決するだろう。
だがそれより先にトラウマを払拭して実際に戦えるようにならなければ話にならないだろうがそれは後から考えれば良い。
今の問題は受け取るかどうかだ。
DQⅧのモリーの事を考えれば疑う必要はないのだが。この世界ではどうか分からない。それに結構裏の事情も聞いてしまった。
様々な事情を考慮すれば答えは一つだろう。

「分かりました。使わせていただきます」

「そうかい。そう言ってくれて嬉しいよ。スカウトできるモンスターは他のモンスターと群れる事はなく一人で行動している。また他のモンスターたちと争っていることもあるためか、同種の他のモンスターよりも強いのが殆どだ。見た目では判断できないから、出会えるのは運に近いものがあるから、探すというよりも偶然出会うのを期待した方がいいだろうな。それでは後はこれを渡そう」

そう言って渡されたのは、首輪のようなものと、金色の粉だった。

「その首輪はスカウトしたモンスターにつけるものだ。その首輪をしていれば人に従うモンスターの証になる。それとその粉は、ルラムーン草の粉で仲間のモンスターをこちらにある預かり場へ転送させるものだ。有効に使って欲しい。後サービス出来るのは今回だけだ。次から必要な時は購入して欲しい。ではボーイの活躍を期待しているよ」

そう言ってモリーはトールに手を差し出し、トールはそれに答えるかのように握手をした。


****


「大丈夫だったの」

オーナー室から闘技場に戻ったトールを出迎えたのは『お姉さん』だった。

「待っててくれたんですか」

月一イベントのバトルロワイアルであるため、この後の試合はないため、辺りは閑散としていた。

「そりゃあ知り合いがオーナー室に行くのを見たのよ。何事かと心配ぐらいするでしょ。あんなふうに没収試合のあとなら尚更よ」

「ああ、よく考えればそうですね。でも別に大事はなかったですよ。ただ貰う額が額だから呼ばれただけです」

そう言いながらコインの入った袋を見せる。

「やっぱり有効だったんだ」

「そうですね。不手際はあくまで向こうの都合ですからね。ちゃんと払ってくれましたよ。さてこれからどうします。この通り臨時収入はありましたし、なんなら飯でも奢りますよ。それとももう一勝負行きますか」

「勿論もう一勝負よ」

トールの言葉に『お姉さん』は笑って答えた。



この夜は、つきや運や場の流れというのが良く分かる夜だった。




――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:17
職:盗賊
HP:115
MP:50
ちから:45
すばやさ:41+10(+10%)
みのまもり:20
きようさ:50+20(+10%)
みりょく:30
こうげき魔力:21
かいふく魔力:26+5
うん:31
こうげき力:45
しゅび力:39

言語スキル:3(会話2、読解、筆記)【熟練度:3】
盗賊スキル:3(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ、器用さ+20、リレミト)【熟練度:87】
剣スキル:5(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り、剣装備時攻撃力+10、ミラクルソード)【熟練度:48】
ゆうきスキル:3(自動レベルアップ、ホイミ、デイン、トヘロス)【熟練度:41】

特殊技能:闘気法(オーラブレード、ためる)、スカウト


経験値:19264

所持金:558G

持ち物:やくそう(39個)、毒けし草(21個)、おもいでのすず(4個)、スライムゼリー(1個)、まんげつそう(2個)、せいすい(2個)、スカウトリング




――― あとがき ―――

『お姉さん』はそのままあの人です。
モリーのテンション具合が難しいです。
カジノのギャンブルはゲームに近いものにしました。




それでは、また会いましょう




[13837] DQD   20話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:34cb381a
Date: 2010/02/14 21:42
DQD   20話

深いまどろみからの目覚めの中で快い暖かさと微かな良い香りがした。
何かに包まれているようだが決して不快ではなかった。

目覚めて目を見開いた時、最初に視界に入ったのは褐色の何かだ。それも面前に、だ。
頭がガッシリとロックされて動かせないため視界にはそれしか映らない。
何が何だか分からず混乱してしまう。
だが頭上からの吐息と時折発せられる聞き覚えのある声がトールに現状を分からせた。
つまりトールは『お姉さん』の胸の谷間に頭を抱かれているのだ。
トールの混乱は更に拍車がかかる。

(何故、どうして、WHY、したのか、覚えてないぞ、どうなってる)

支離滅裂な思考が脳裏を占める。
頬や顔全体に感じるプニプニした感触はトールから思考を奪うのに十分だった。気持ち良いが少し息がしづらいせいもあり、余計に頭がボーッとしていた。
それでも一瞬腕の力が抜けた時に、名残惜しいが『お姉さん』の腕の中から逃げだす事に成功した。

そしてその瞬間見えたのは『お姉さん』の姿だった。
案の定というか、やっぱり裸だ。微妙な足の重なりで大事な部分は見えないが、それでもその豊満な胸、扇情的な姿は目に入る。
心臓がドキドキしだし、頭に血がのぼり思考が鈍る。
少し、いや凄く残念だが足元のシーツを『お姉さん』にかける事にした。
ここまでして大きく息をする事によって、少し落ちついてきた。

陽はいつの間にか昇っており、周りを見れば全く知らない部屋で、ダブルサイズはあろうかと言うベッドにいる。
トールがいつも使っている宿屋の部屋よりも広く、ベッドや備え付けのテーブルなどの家具も少し豪華になっているような気がした。
トール自身も下着もつけておらずやはり裸だ。息子はいつも以上に自己主張しているが、朝だからという事にしておきたい。
今の状況を鑑みてトールは改めて思う。

(やったのか。いや、この場合はやられたになるのか。いやそんなのはどうでもいいとして、実際にしたのか。本当にしたのか。それにしては記憶が欠片もないぞ。全く覚えていないぞ。これはものすごくもったいない事じゃないのか。これからでも、もう一回ぐらい……、いや記憶がない以上それも定かじゃない。そうだ。それよりもまず、昨日の事だ。どこまで記憶があるんだ?)

結局のところ、昨夜の事が思い出せない状態ではどうする事も出来ない。トールはまず昨夜の記憶を掘り起こす事から始めた。


****


モンスタ-バトルロワイアルでコインを30000枚得た後、『お姉さん』と二人で他のギャンブルにも手を出していった。
所詮泡銭のようなもので、コインを換金した時に元の金額に戻るぐらい残れば良いという気持ちもあり、何も気にせず気前よく使ったのだがこれが当たりに当たった。
ギャンブルにつきや流れというものがあると、始めて実感した。

スロットをやれば当たり、ルーレットをかければ当たる。
ポーカーやブラックジャックでも良いカードが来る。もちろん勝ててばかりじゃないが、小負けの大勝ちで明らかにつきがあるのが感じられた。
唯一つ運が悪いところがあるとすれば、100Gスロット台が調整中で使えなかったことぐらいだろう。もし使えていれば、どうなっていたか分からない。
いや、運があったからこそ、100Gスロットが使えなかったのかもしれない。100Gスロットならつきがなければ30000枚を使いきってしまうこともあるだろう。
とにかくあの後もトールは勝ち続け、『お姉さん』もトールの運に乗るような感じで調子をあげ、結果的に二人とも大勝といって良いほどの勝ちを得た。
最終的にトールは53000枚ほどのコインを得た。

そしてその後は『お姉さん』に引きずられるようにして、酒場に連れて行かれた。
そこで改めて自己紹介もした。『お姉さん』はやはりマーニャだった。
普段は踊り子として酒場で踊っているそうだが、冒険者として迷宮に探索にも行くのだそうだ。
話したのは多分当たり障りのない部分だけだろう。冒険者の件を話している時、一瞬だけ真剣な表情になったのをトールは気づいてしまった。DQⅣのような仇をとるといった事情があるのかは分からないし、今はまだそれを知るほどの仲ではないとも思った。

トールが話したのは、冒険者をしていて塔に登り、『神龍に会う』事を目標としている事だ。
なるべく曖昧に話していたが、やはり酒を飲めば舌の回りもよくなってしまう。
いつの間にか今の自分の状況も話していた。いや話したというより愚痴を言っていたと言う方が合っているだろう。
剣を持てなくなった自分、戦う気が起きない自分、そんな自分に呆れて何とかしたいと思いながらも、何もする気になれない自分への愚痴だった。
これはマーニャが聞き上手だったこともある。
とにかく酒場で飲み食いをし、仕舞いには気が大きくなり周りに気前よく奢ったところまでは覚えていた。
しかしそれ以降の記憶が曖昧になっていた。



とりあえずこの部屋に入った記憶は全くない。あの後酔いつぶれて寝てしまったように思える。
トールに思い出せる記憶はここまでだ。ということは、やはり何もなかったのだろうか。
自分やマーニャが服を着ていないのも、服に皺が付かないようにするためや、酔っていたため苦しくないようにしたのかもしれないとも思えた。

「どうなのかなあ、一体」

無意識に呟いた瞬間、背後から腕が回されたかと思うと同時に背中に何か大きなふくらみが当てられたのに気がついた。

「何を言ってるの?」

暖かい吐息が耳にかかる。

「えっ」

驚いて振り向けばそこにはマーニャの顔があった。あまりに近くに顔をあったためトールは赤面する。

「どうしたの?」

その問いにトールは言葉が詰まって答えられない。まさか昨夜自分とあなたは関係を持ちましたか、などとは聞けない。
しておいて覚えていないのは失礼なような気がするし、していないのなら自意識過剰のように思えた。
とにかく女性関係に慣れていないトールには、この場合どうする事が正解なのか分からなかった。結果何も言う事が出来なかったのだ。

トールの困惑を余所にマーニャは微笑むと、スッとトールから身を離した。
裸身のマーニャの姿がトールの瞳に映る。日の中で見るその姿は劣情も感じるが、素直に美しいとも思えた。

「そんなにジロジロ見るんじゃないの」

少し恥ずかしそうに言いながら、マーニャはシーツを身体に巻きつけた。それをトールは少し、いやかなり惜しいと思ったが、シーツを纏ったマーニャもこれはこれで色っぽくて良いと思った。

「それで、どうかしたの?」

「何がですか」

「何か考えていたでしょ」

マーニャに再度問われたことで、トールも決心した。駄目元で聞いてみよう。

「そのことなんですけど、昨夜のカジノを出た後のことで……」

「ああ、昨日の事ね。トールは凄かったわ」

「えっ」

「凄い飲みっぷりだったわ。感心して惚れ惚れするぐらいよ」

「凄い……飲みっぷり……ですか」

「ええ、そうよ」

「それだけですか」

「それだけって?」

そういいながらマーニャが微笑む。からかっている様にも見えるし、そうでないようにも見える。
知りたいのなら遠回りな聞き方ではなく、実際にきちんと聞かなければ分からないだろう。
だが、半面こうも思った。実際にマーニャの口から『関係した』と聞いたとして、それは真実なのだろうか。
実際問題としてトールにはした記憶がないのだ。ならば事実がどちらだとしても、その記憶がない以上たいして変わらないのではないのか。
確かに気になる事ではあったが、その考えが正しいような気がした。
意気地がないだけなのかもしれない。

「いえ、こちらのことですから……そうですか、そんなに飲みましたか」

頭をかきながら、誤魔化すようにトールは言った。

「ええ、そうよ。こっちが心配になるぐらいだったわ。酔って帰れなくなったからここに泊まったのよ」

「そうですか……迷惑かけてすいません」

「いいわよ。それより目が覚めたことだし、そろそろ用意して行きましょ」

「えっ、行くって?」

「もうっ、この事も忘れたの?トールのトラウマを治す方法を知ってるって話したでしょ。それの事よ」

そう言われれば確かにマーニャにトラウマの事を話した後に「お姉さんに任せなさい」と言われた記憶がある。ただトールにはあの言葉は酒の場での慰めの一つで、まさか本気で言っているとは思わなかった。

「本当だったんですか」

「当たり前よ。じゃあ早く行きましょう。それとももう少しここでゆっくりしていく?」

本気かからかいなのかわからない流し目をマーニャはする。

「あっ、いえ、行きましょう」

いきなりの展開にトールは慌ててそう言うしか出来なかった。直ぐ後に少し惜しい事をしたなあと思ったが、それは後の祭りというものだった。


****


『グランマーズの占い館』は西区の歓楽街の一角にある屋敷の事であり、そこがマーニャに連れて行かれた場所だった。
トールには始めて来た場所だった。こうしてみると、この街で訪れていない場所はまだまだ沢山ある事を実感する。

「ここがそうよ」

それだけ言うと、マーニャは扉を開けさっさと中に入っていき、トールはそれについていく。

「おばあちゃん、いるんでしょ」

「あら、マーニャじゃない。どうしたのよ」

広めの玄関ホールでマーニャを出迎えたのは、長い金髪の美しい女性だった。何処か神秘的な感じがする。

「あっ、ミレーユ、おばあちゃんいるでしょ」

「もちろんいらっしゃるわ。それよりどうしたのよ、いきなり」

「お客さんよ」

そう言いながらマーニャは入ってきたトールを向く。
ミレーユは僅かに頭を下げ会釈し、トールもそれに答えて会釈した。

「それで、おばあちゃんは――」

マーニャの言葉を遮るようにドタドタと床を踏み鳴らす音が聞こえたかと思うと、玄関ホール奥に見える扉が開き一人の少女が現われた。
マーニャと似ているが、少女の方が大人しそうに見えた。だが次の瞬間にはキッと目元が釣りあがったかと思うと怒鳴り声を上げた。

「昨日は何処に行っていたのよ、姉さん!」

「あら、ミネアじゃない」

「ミネアじゃない、じゃないわよ。パノンさんからは何処行ったか聞きかれえるし、私のへそくりはなくなるし、またカジノでしょ。姉さんは下手の横好きなんだからいい加減に――」

怒鳴るミネアの前にマーニャはズイッと皮袋を差し出す。

「ありがとね、ミネア。色を付けといといたから許してね」

ミネアは呆然としながら受け取った皮袋の中を見た。それは想像通り、いやこの場合は想像以上のものが入っていた。

「……嘘よ。姉さんが勝つなんて……こんなの夢よ。そうに決まってるわ」

「あら、本当ね。これは珍しいを通り越して奇跡かも」

皮袋の中を見て同じようにミレーユも驚いたように言う。

「二人とも酷い言いようねえ。まあいいわ。それよりもおばあちゃんはいるわよねえ」

「ええ、メルルとこっちに来てるわ。わたしは姉さんの声が聞こえたから先に着たけど、もう直ぐ来るはずよ」

「そう、ならいいわ。じゃあ先に紹介しておくけど、こっちがトール。おばあちゃんにお客よ」

入り口の扉の前で立っていたトールを手で差し示すようにしながらマーニャは言う。
それで始めてトールの存在に気づいたのか、ミネアは慌てて佇まいを直した。

「ミネアです」

「ミレーユよ。よろしく」

「トールです。その、よろしくお願いします」

いきなりのドタバタで少し場が混乱したが、一応の落ち着きは取り戻したようだった。
そこに開かれたままの奥の扉から、一人の老婆と一人の少女が現われた。

「まったく、いつもいつも慌しい子だねえ」

老婆はそう口にしながらも、それを迷惑とは思っていないように感じられた。

「もういいよ、ありがとう、メルル」

身体を支えてくれていた少女に老婆は礼を言うと、杖をついて一人で立った。

小柄な身体に黒いローブに黒いとんがり帽子。ドラゴンボールの占いおばばそのものといった姿は、DQⅥの夢見占い師グランマーズに間違いないだろう。
一緒に来たのは長く艶やかな黒髪に黒目がちの瞳をした少女、まだ幼さが残っているが将来は美人なるであろう事が予想された。
メルルという名前と見た目から、『ダイの大冒険』のメルルであると思われた。ただ少し若いような気がしたが、その考えは間違っていないように思える。
先の二人も呼ばれていた名前から、金髪の美女はDQⅥのミレーユに間違いないだろうし、マーニャに似た少女はDQⅣのミネアだろう。
何気に占い関係と思われる人たちとトールは出会った事になる。

「それで大きな声で呼んでいったいどうしたんだい、マーニャ」

「あのね、この子、トールって言うんだけど」

マーニャに紹介されて、トールは頭を下げる。

「この子を、ちょっと診て欲しいのよ。ほら、ちょっと前にトラウマで戦えなくなった人を治してたじゃない。トールもちょっとトラウマ持ちみたいなのよね。だから診てもらえないかなあって思って」

マーニャの言葉にグランマーズは深いため息をつくと、ちらりとトールの方を見る。

「少年……トールといったかのう。うちの馬鹿が随分と迷惑をかけたようですまんのう」

「誰が馬鹿よ。誰が」

「お前じゃ。何がちょっと見てほしいじゃ。お前はここを何だと思っておる。『占い館』じゃ。教会でもなければ、病院でもないんじゃ」

「でも治してたじゃない」

「あんなものは特例に過ぎん。とはいってもここまで連れて来てしまった以上、無碍に追い帰すわけにもいかんじゃろう。丁度午前中は予定もないし、まあいいじゃろう。トールさんといったねえ、とりあえず話は聞くが余り期待はしないようにのう。それじゃあこちらに着いて来とくれ」

グランマーズはやれやれといった感じで奥に向かっていった。
トールとしては何となく居心地が悪かったが、ここまできて帰るわけにもいかずグランマーズの後を着いていった。





薄暗い小さな部屋の中でテーブルの上に置かれた水晶球だけが仄かに光っているのが印象的だった。
部屋の奥の席にグランマーズが座り、その向かいにトールが座る。
他の4人は周りで立って二人を見守っていた。

「トールさん、あんたはマーニャと知り合いのようだが、実際どういう人物かわたしは知らない。だからあんたがどういう人物か知るために、ちょっとだけ見てみたいが構わないかね」

「ええ、構いませんよ」

要は信用が足りないのだろう。トラウマの治療してもらうのに必要なら多少の事は構わないと思った

「なら、少しだけ見させてもらうよ」

グランマーズはそう言いながら水晶玉に両手を翳す。そして両目を閉じると、聞き取れないほどの小さな声で何事かを呟いた。それに答えるかのように水晶玉は内部の光を目まぐるしく変えていった。そして再び元の仄かな光に戻ると、グランマーズはゆっくりと目を開けた。

「これはまた珍しいのに会っちまったねえ。トールさん、あんた、『渡り人』だね」

「渡り人?」

マーニャが始めて聞く言葉に頭を傾げる。
トールとしてはここでこの言葉が出てくるとは思わなかった。一流の占い師の名は伊達ではなかったということだろう。
だが、トールはここで何も言うことができなかった。突然の事でどうすることが最善なのか考え付かず、結局黙ることしかできなかった。

「まあ、そういう珍しい部族の末裔だと思っておくれ」

黙るトールに代わってグランマーズはそれらしいことを言って話を逸らした。
年を取っているからか、仕事柄なのか、他人が知っていい事かどうかを判断できたのだ。トールが『渡り人』の事をあまり人に知られて欲しくないと思っている事を察したのだろう。

「それを抜きにしても、お前さん、面白い相をしているねえ。波瀾万丈の相があるよ。今回の事もこれ絡みだと思って良いねえ。まあ、運命のようなものかねえ。ただこれはあくまで占いによるものさ。絶対じゃあない。それを忘れなければ穏やかな一生を過ごすこともできるさ。さて、見るのはこれくらいにして、まあ信用しても良いじゃろうな。それじゃあこれからがお前さんにとっての本番になるかねえ。まずはどういう具合なのか話してもらえるかい」

グランマーズにそう言われて、トールはトラウマに至った経緯を話した。
剣を持った腕を切られて、その後死にそうになり、今では剣を持つと気分が悪くなる。実際にモンスターと戦ってはいないが、多分戦うこと自体ができないのでないかと思っている。
治す方法のためになるならと、なるべく詳しく話した。

「なるほど、話はわかったよ。確かに何とかなるかもしれないねえ」

「ほら、やっぱりそうでしょ」

「まだ答えは早いよ、マーニャ。確かに治せるかもしれない方法はある。だけどねえ、これには問題があるんだよ。マーニャはあまりこの件に関わっていないから、結果だけ知って簡単に考えていたかもしれないけど、この方法を行うには大きな大きな問題があるんだよ」

「何なんですか?」

「まず治療費に50000Gかかるんじゃよ」

「50000Gですか」

高額だがカジノで勝ったため払えない額ではない。だが普通に考えられる金額でもないだろう。

「そうじゃ。そして50000G払ったとしても、確実に治るとは限らない。50000G払った挙句に治らないこともある。この前治療した者は、お金の支払いについては何ら問題なかったが、お前さんはどうじゃ。50000Gもあれば一生とは言わんがそれに近い年月暮らしていける金額じゃ。わたしから言えばわざわざこの治療を受ける意味が本当にあるのか、今一度よく考えてほしいんじゃ。トラウマは時が解決してくれることもある。それを待つのも一つの手だとわたしは思うがどうするかね」

「……お願いします」

今なら支払う金が十分にあるということもあるが、ここで弱腰になってトラウマから逃げ出すと一生立ち向かえなくなる気がした。
その原因の一つが今回得たコインだ。あれだけあれば、本当に遊んで暮らせるだろう。それに慣れきってしまえば、自分はもう二度と戦う心構えを持てなくなるだろうと思う。だからこそ、まだかろうじてトラウマのことを気にかけている今の内に対策をとらなくてはいけないと思った。

「50000Gじゃぞ、言っておくが分割というわけにはいかんぞ」

「大丈夫よ、おばあちゃん。昨日トールは大勝ちしたからそれくらい何とかなるわよ」

「大勝ちって……お前はまたカジノに行っていたのかい。まあ、今はそのことはいいよ。お金があるんなら前払いでお願いするよ。この治療法にはいろんな秘薬がいる。50000Gといっても、その大半は用意する秘薬で使っちまうのさ。その余りがわたしたちの報酬というわけだよ。今貰えるならこれから用意に入るが、準備には一週間ほど時間をもらうけどどうするんだい?」

「今手持ちがないですからちょっと待ってくれますか」

「こちらとしては一向に構わないよ。お金が貰えたら用意を始めるだけだからねえ。治療法もそのときに話すよ。それじゃあ治療は代金を受け取ってからだいたい一週間後だよ。忘れないようにね」

トールは頷く事で答えた。


****


トールはさっそくカジノに向かった。
コインをGに換金するためだ。他にも良いアイテムや武具防具があれば交換しても良いと思っている。
昨日は少し現金に換金しただけで、交換できるアイテムで何があるかをよく見ていなかった。

交換所にあるアイテムは以下の通りだった。

まほうのせいすい:50枚
いのちのいし:300枚
エルフののみぐすり:500枚
いのりのゆびわ:700枚

これらのアイテムが常時用意されているが、他のアイテムについては時期によって様々な物になるとのことだ。
ちなみに今のアイテムはこうだった。

ミスリル鉱石:1000枚
オリハルコン鉱石:1800枚
せいれいのたて:2500枚
せいれいのよろい:3000枚
グラコスのやり:8000枚
ミラクルメイス:15000枚

そして異彩を放つようにあるアイテムがあった。

世界樹の葉:100000枚

無茶とも思える枚数だが、死人が生き返るという奇跡を起こすアイテムだ。ある意味安いと言うべきなのかもしれない。

とりあえず今の時点で交換するアイテムはない。
もしトラウマが解消されたら、『ザキ』系呪文の対策として、とりあえず『いのちのいし』と交換するのもいいかもしれない。
だがそれも治ったらの話だ。

トールは50000G分を換金すると、グランマーズの館へと戻っていった。




――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:17
職:盗賊
HP:115
MP:50
ちから:45
すばやさ:41+10(+10%)
みのまもり:20
きようさ:50+20(+10%)
みりょく:30
こうげき魔力:21
かいふく魔力:26+5
うん:31
こうげき力:45
しゅび力:39

言語スキル:3(会話2、読解、筆記)【熟練度:3】
盗賊スキル:3(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ、器用さ+20、リレミト)【熟練度:87】
剣スキル:5(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り、剣装備時攻撃力+10、ミラクルソード)【熟練度:48】
ゆうきスキル:3(自動レベルアップ、ホイミ、デイン、トヘロス)【熟練度:41】

特殊技能:闘気法(オーラブレード、ためる)
     スカウト


経験値:19264

所持金:53258G

Gコイン:42300

持ち物:やくそう(39個)、毒けし草(21個)、おもいでのすず(4個)、スライムゼリー(1個)、まんげつそう(2個)、せいすい(2個)、スカウトリング




――― あとがき ―――

マーニャ、ミネア、ミレーユ、メルルがグランマーズの元にいる理由は、今後話の中で書いていく予定です。

話数20、感想100、PV100000を超えましたので、次回からはスクエニ板に移ろうと思います。

それでは、また会いましょう




[13837] DQD   21話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:53707579
Date: 2010/02/28 23:54
DQD   21話

トールは『グランマーズの占い館』へ戻ると、玄関ホールにいたメルルの案内で先ほどの部屋へ通された。
先ほどは薄暗かった部屋が、今はカーテンが開けられ日の光が入り込み明るくなっていた。
トールは『大きな小袋』の中から50000Gの入った皮袋を取り出し、グランマーズの前のテーブルに置いた。
こういう大量のものを持ち運ぶ時は、『大きな小袋』の便利さは助かる。

今、部屋にいるのはグランマーズとメルルだ。
ミレーユとミネアは、他の部屋で占い師としての仕事をしているし、マーニャは踊り子としての仕事先の方へ行っている。何でも支配人のパノンから呼ばれたらしかった。

「50000Gはちゃんと持ってきたようだね。ということは秘術を受ける気だと思っていいんだね」

「はいっ」

トールにとって今の時点で他の選択などない。
その返事を聞いてグランマーズはため息をつくように大きく息をついた。

「分かったよ。なら何も言わんよ。メルルや」

「はい、おばあちゃん」

「これを向こうに持っていっとくれ。後、材料の買付けの準備をしておいておくれ」

「分かりました」

メルルは重そうに皮袋を持ち上げると、そのままよたよたと部屋から出て行った。トールは少し心配になるがこの場では見守るしかなかった。

「さて、一週間もあれば用意は出来る。この一週間はお前さんには待ってもらうしかないね。ただ何をするか全くも知らないのも不安じゃろうから、大まかな事だけ話しておこう。お前さんには、夢を見てもらう。そして夢の中でお主のトラウマと向き合い、それを乗り越えてもらう。本来トラウマと向き合うといっても出来る事ではないが、夢を使ってそれを行うというわけじゃ。普通の者にはすることは出来ん。夢占い師であるこのわたしの力と、秘薬の力を用いて初めてそれを為す事が出来る事なのじゃ。まあ重要な話は本番前にまた話す事にしよう。一週間後の今ぐらいの時間にここに来てくれればいい。それまでは心穏やかに過ごす事をお勧めするよ。ではこれから買出しに行かなければならないのでね、失礼するよ」

「分かりました。一週間後ですね。じゃあこちらも失礼します」

トールは立ち上がる一礼すると『グランマーズの占い館』から去る事にした。


****


その日宿屋に帰るとビアンカからちょっとしたお小言をもらった。昨夜帰ってこなかった事を心配したとの事だ。
よく考えれば、ここに泊まるようになってから三ヶ月ほど、他で外泊した事など初めての事だ。
宿屋と客の関係ではあるが、実際には大家と店子のような関係といってもいい。
食事も大凡ここで食べているし、なんやかんやと一日に一度は顔も合わせている。色々世話にもなっている。
心配なんかするかとは言えないし、言わない。それに心配してもらえる事を嬉しく思っているところもある。

「結局昨日は何処に行ってたの?」

ビアンカの問いにトールは言葉を詰らせる。
正直に話すならば、カジノへ行き大勝して、酒場へ行って飲み食いしまくり、マーニャと一緒に朝まで寝てた、となる。
何故かそのまま言ってはいけない様な気がした。

「……知り合いと酒場でたらふく酒飲んじゃってね。酔いつぶれてそのまま寝ちゃったんだよ」

「ほんとに」

ビアンカはじと目でトールを見る。

「うん、本当」

何とか視線を逸らさないようにしながら答えた。実際に嘘は言っていない。真実をすべて語っていないだけだ。

「まあ、いいわ。近頃様子が変だったから心配したのよ。冒険者じゃないわたしじゃ相談には乗れなくても、愚痴ぐらいは聞くから。じゃあね」

それだけ言うとビアンカは、宿の仕事に戻っていった。
そんなほんの少しのビアンカの厚意をトールは嬉しく思った。


****


冒険者として迷宮探索をしないとやる事が本当に少ない。
朝から図書館に籠もっては、さまざまな書物を読み漁る。トールの『言語スキル』は今では書物等を読み書きする事によってしか上がらなくなった。
普通に生活するだけなら今のままの『言語スキル』のレベルで十分なのだが、モリーからスカウトリングを貰った事で、この話も変わってくる。
魔物使いもどきの事が出来るようになった以上、少しでもモンスターとの意思疎通がしやすくなった方がいいと思ったのだ。
そうするにはやはり『言語スキル』を上げるのが手っ取り早いのだろう。
もっとも『言語スキル』がアップしたからといって、それが即モンスターとの意思疎通に必要な特技を覚えられるかどうかは分からないし、グランマーズの治療が成功しなければどうしようもない。
だが、迷宮探索をする事もままならない今の状態では、何かする事があるだけでも有難かった。



夕方からは、ほんの少しだけカジノへ行く。
勿論あの日のように大勝ちする事はない。
スロットやカードゲームなどをするが、あの時のような大勝ちもしなければ、負けもしない。100枚ほどを増やしたり減らしたりしている。

マーニャにもカジノで会って一緒にギャンブルをすることもあるが、彼女はぼつぼつ負けている。大負けはないがこの分では前の勝ち分も無くなってしまうのではないかと思う。
ただマーニャはカジノでの勝ち負けよりも、カジノでギャンブルを楽しむ事の方が目的のような気がするためこれでも良いような気もする。

トールにとって今のカジノは気晴らしだが、目的としている事もある。それはモンスター闘技場だ。
『言語スキル』の特技を確かめるため、そこで耳を済ませるが、やはりモンスターの声はうなり声にしか聞こえない事が大半だ。
ただ、明らかにこちらに向けて声を発したときだけ意味は聞き取れた。
といってもトールにだけ話しかけてきたわけじゃない。モンスター闘技場で勝利したモンスターが、たまに観衆の人間に向かって叫ぶのが聞こえるのだ。「オレッテ最強ダロー」とか「カッタゾー!」とかだ。あくまでこちらへ話しかけられたものしか今は理解できないようだった。

本当はモリーともう一度よく話をしたいと思っていた。
あの時はギャンブルでの大当たりやトラウマで悩んでいた事もあり、あまり冷静に物事を考えられなかったのではないかと思っている。
ただ今の自分ではスカウトリングも使う事が出来ないため、そんな自分が訪ねていってもよいのかと思う。それにトラウマが治らなくては、スカウトリングを使う事もないため結局聞いても仕方がないと思った。
相談するなら少なくともトラウマを治してからしなくては意味がないだろう。

何をするにしても結局はトラウマが治るか、それともこのままなのかをはっきりさせなくてはいけないと思った。



一度マーニャの舞台を見るために劇場にも足を運んだ。カジノでマーニャからチケットを貰ったのだ。
そこはこの街一番ともいえる大きな劇場だった。
花形で一番人気だとは聞いていたが、それには嘘偽りはなかった。
トールとカジノで会っていた一週間は、たまたま休みの時期だったらしい。
劇場と専属契約をしていると聞いたが、お金を儲けてはカジノへ行きで、そのほとんどがギャンブルに消えているというのだからある意味大物だと思う。
だが劇場のスターとして軽やかに踊るマーニャは、確かにスポットライトの中で光り輝いて見えた。
こっそりと見に行ったのだが、ステージで踊っているマーニャは気づいたらしくトールのいる方に向かって、ウインクと投げキッスをしてきた。単なる自意識過剰なのかもしれないが、少なくともトールにはそう感じた。
周りの観客が色めき立ったが、トールは何となく気恥ずかしくなってしまい、劇場の隅のほうで見たのだった。



このようにして一週間は過ぎていった。


****


「よく来たね。これからすぐに始めるが構わないね」

以前と同じ部屋でグランマーズはトールを向かい入れた。部屋は薄暗く床には魔法陣が描かれ、部屋の四方には水晶玉が掲げられ、中央にテーブルとトールが座る肘掛つきのイスがある。
部屋にはグランマーズ以外はいなかった。

「はい、お願いします」

「じゃあ重要なことだけを説明するよ。前にも言ったがお前さんにはこれから夢を見てもらうよ。わたしの秘術で夢と精神を密接の結びつける事によってトラウマと相対してもらう。要は夢の中でそのトラウマを屈服させれば良い。そうすればトラウマに打ち勝つ事が出来る。言葉にするならこれだけの事だよ。ただそれにはお前さんの強い意志が必要だよ。トラウマを克服しようとする強い意志、それは為さればならぬ使命や決して諦められない目的などがあるかどうかという事だよ。前にこの秘術を使った者には諦めきれない思いがあった。その強い思いがトラウマに打ち勝つ源になった。だからお前さんもただお金があるからだけだと金をドブに捨てるようなモンだよ。何故トラウマを克服しなくてはいけないのか、それをもう一度強く思い浮かべるんだよ。分かったかい」

トールは深く頷いた。

「それじゃあまずはこれを飲んでもらうよ」

グランマーズは陶器の小瓶をトールの前に置いた。
これこそがグランマーズ特性の秘薬で今回の秘術には欠かせないものだった。世界樹のしずく、ゆめみのしずく、エルフののみぐすり、ゆめみの花などで造った物だ。

「お前さんがそれを口にしたときが秘術の始まりだよ。それを飲めば直ぐに意識がなくなり、私が術をかける。心の準備が出来たら飲んどくれ」

グランマーズは強制しない。多分今日は調子がよくないといえば、明日でも良いというんじゃないかとトールは思う。
トールは秘薬の入った小瓶をじっと見る。小瓶の大きさから見ても一口で飲めてしまうだろう。
良薬は口に苦しというけど、どんな味だろうか。
トールは自分が全く関係ない事を考えている事に気づいた。少なくとも今気にする事ではない。たぶん緊張しているせいだろう。

顔を上げてグランマーズを見る。
グランマーズが凄腕の占い師であるという事は、この一週間に周りの人から聞いている。
だからと言ってゲームでしか知らない人が作ったよく分からない薬をこれから何の疑問も持たずに飲もうとしていたのだ。
結構抜けているというか呑気だなあとトールは自分の事を思った。
それでも止めようとは思わない。こんな事を思っておきながらも信じている自分がいた。
トールは小瓶を指でつまみ上げるとそのまま一気に呷った。
味はなく無味無臭のように感じる。そう思った瞬間、まるで電気のブレーカーが落ちるかのようにトールの意識は途切れた。


****


夢を見た。夢の中で夢と感じるのだから可笑しな事だと思った。
濃い霧に包まれたような白いおぼろげな世界。
その中でトールは自分の心を目にする。



元の世界で普通に高校生になっていた。
父がいて、母がいて、兄がいて、姉がいて、妹がいて、祖父母がいて、友人達がいた。
特別な事などなく、退屈で在り来りな平和な日常。当たり前だと思っていた世界と日常。
失くして初めてそれが掛け替えのないものだと気づいた。
そこへ帰りたいと思った。それは嘘じゃない。



この世界に心惹かれているのも事実だ。
初めはただただ理不尽を嘆いていた。
何故こんな目にあわなければならないのかと思った。だがレベルが上がり力を身につけていくにしたがって、ある種の願望が少しずつだが芽生えていった。
この世界なら英雄になれる。
元の世界でゲームをしながら何度も空想した。自分が英雄や勇者になる姿を。
これは別にトールだけではないだろう。年頃の少年なら誰でも一度は夢見たはずだ。
しかし現実を知り、それが叶わぬ夢だと悟り、ただの妄想へと変わり諦める事になる。珍しくもなく普通の、当たり前の事だ。
だがこの世界では、その夢が叶うかもしれない。勿論その道は険しい。
それでも元の世界で空想にふけるより確率はある。
それにハーレムだって夢じゃないだろう。これも男なら誰もが一度は夢見るだろう。
どれも強くあればこの世界なら叶うかもしれない。
だからこそ強くなりたいと思った。これも嘘じゃない。



剣がある。これはトールのとっての力の象徴だった。だが今は恐怖の象徴でもある。
剣はトールに死を連想させるものになった。
ただいつまでも経っても憧れは消えない。手にとることはできなくても見ることはできる。
自分が何をしたいか、何をするべきなのか。そんな事は前から分かっていた。
この世界で生きていくだけなら、もう剣は必要ない。
生きていくだけの金銭を得る当てはある。
商売を始める事も出来るだろう。
元の世界にあってこの世界にないものを探してそれを商売にすれば、出来る事は多々あるだろう。
だがそれではトールは嫌なのだ。
夢の中で素直になっているのだろう。願いに対して貪欲になっていた。
やるべき事は分かっていた。
反吐たれようが、ぶっ倒れようが、無理やり弱い心を屈服させるしかないのだ。
だがその勇気がなかった。もてなかった。
だがここでは違う。この夢の世界では心をむき出しにする。
そしてそれは気の持ちようで変わってくる。
グランマーズが口が酸っぱくなるほど何度も気を強く持つように忠告してきたのは、このためだろう。

自分が何をするか、どうしたいのか、そんな事はきっともう分かりきっていた事なのだ。見ているだけじゃあ何も出来ない。
するべき事は決まっていた。
トールは剣を握った。驚くほどすんなりと、自然に、そうであるのが当然のように、当たり前のように、剣はトールの手の中にあった。


****


トールは自然に目が覚めた。背もたれにダラリともたれかかっていた性なのか、少し身体が凝っている様な気がした。

「もう起きたのかい。何というか雰囲気が変わった気がするよ。その分だと悩みは解決したようだね」

「あっ、はい、お世話になりました」

グランマーズの声に居住まいを正してトールは答える。

「いいさ。これも仕事だからねえ。それにこっちの都合というのもあったのさ」

「都合……ですか」

「そうだよ。だからそれほど気にする事でもないのさ。ただ一言言わせてもらえれば、帰るにしてもここに残るにしても金は大事になる。無駄遣いせずに大切にするんだね」

「……何で――」

「何でこんな忠告めいた事を言うのか、かい。それがこちらの都合っていう奴だよ。そうさねえ、ここで何も言わずに分かれるのも気分が悪いねえ。なら少し話しでもするかね」

トールは頷いて答えた。

「わたしがお前さんを気にかけたのには訳がある。それはお前さんが『渡り人』だからさ。昔わたしの知り合いにも『渡り人』がいたよ。初めの内は元の世界に戻る方法を探していたが、その内にこの世界にも大切な者が出来てしまった。愛する者に子供、つまりこの世界に家族が出来た。そやつもお前さんぐらいの歳でこの世界に来てな、それなりに幸せそうに暮らしておったよ。もう元の世界の事など思い出にしてしまったと思っておった。じゃがそいつがいまわの際で搾り出すように言ったよ。『帰りたい』とな。その後に『この世界にいたことを後悔したわけじゃない』とも言ったがね。ただ死ぬ直前になって故郷の事が頭に浮かんだのじゃろうなあ。わたしはその事に気づきもしなかった。己を省みても生まれ故郷を忘れる事などなかったというのに、あやつは来たくてこの世界に来たわけではないのに、そのことを忘れておった。結局あやつはそのまま死んでしまった。故郷に帰ることなくこの世界で骨を埋めた。そのときに思ったんじゃよ。もし、あやつのような者と再び会う事になったら、つまり『渡り人』に会うような事になって、あやつのような願いを持っているなら、なるべく力になってやろうとな。それだけの話だよ。特別誰かが不幸になったわけでもない。それでお前さんは元の世界に帰りたいかい?」

「……帰りたいと思っています。でも、この世界に心惹かれてもいます」

「そうかい。マーニャに聞いたがお前さんは塔を目指しているのだろう。とすれば目的は神龍だろう。まあ、協力といっても今のわたしには占うぐらいしか出来ないがね。実際、他の世界へ行く確かな方法なんて、随分長い間生きてきたわたしでさえ聞いた事がない。見知らぬ世界へ行く『旅の扉』のようなものがあるとは聞いたことがあるが、それがお前さんの世界に繋がっているかといえば、全く分からない。もしかしたら又他の世界に行く事になるかもしれない。となれば確実に元の世界へ帰る方法をというと、やはり神龍の力を頼る事が確実だよ。帰りたいならこのまま進む事が、結局はもっとも近道になるよ。ただもし、何か悩みがあり、道が見えなくなった時はここに来ると良いよ。道を見てあげよう」

「ありがとうございます」

トールは頭を下げて礼を言った。



――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:17
職:盗賊
HP:115
MP:50
ちから:45
すばやさ:41+10(+10%)
みのまもり:20
きようさ:50+20(+10%)
みりょく:30
こうげき魔力:21
かいふく魔力:26+5
うん:31
こうげき力:45
しゅび力:39

言語スキル:3(会話2、読解、筆記)【熟練度:21】
盗賊スキル:3(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ、器用さ+20、リレミト)【熟練度:87】
剣スキル:5(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り、剣装備時攻撃力+10、ミラクルソード)【熟練度:48】
ゆうきスキル:3(自動レベルアップ、ホイミ、デイン、トヘロス)【熟練度:41】

特殊技能:闘気法(オーラブレード、ためる)
     スカウト


経験値:19264

所持金:3258G

Gコイン:42340

持ち物:やくそう(39個)、毒けし草(21個)、おもいでのすず(4個)、スライムゼリー(1個)、まんげつそう(2個)、せいすい(2個)、スカウトリング




――― あとがき ―――

早々と終わりました。元々夢の部分についてはそれほど長くしないつもりでした。もう少し上手い書き方があるのかもしれませんが、今の自分ではここまでです。もしかしたら書き足しや書き直すをするかもしれません。確率としては限りなく低いでしょうが。

とにかく完全にとはいかなくとも、とりあえずトールの復活です。


それでは、また会いましょう



[13837] DQD   22話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:8d041dc9
Date: 2010/03/01 00:03
DQD   22話

『グランマーズの占い館』を出た後、トールは一度宿屋に戻った。
トラウマは治ったと思うが、確認をする事も必要だと考え、万が一を考えて倒れても大丈夫な宿屋まで戻ったのだ。

トールは銅の剣を『大きな小袋』から取り出して、鞘から抜く。
やはりフラッシュバックもなければ、気分が悪くなる事もなかった。
剣を持つ事はこれで大丈夫だと確認できた。後はモンスターと戦う事が出来るかどうかだが、これは実際に迷宮に行ってみるしかないだろう。
そのためにはまず装備を整えなければいけない。
あの日失った装備はそのままで買い替えもすんでいないからだ。
まだ日が暮れてしまうには時間がある。トールは街に出る事にした。



とりあえずは剣と体の防具だ。
コインを換金すればGは十分すぎるほど手にする事が出来るが、レベルや階層の規制で最上級の装備をすぐに買う事は出来ない。
ただカジノの賞品はそれに含まれないため手に入れる事も可能だ。カジノの賞品はGに変えると割高になるが、それでも一品物や数点物が商品として並べられル事がある。
つまりゲームのカジノのようにいくらコインを儲けられたからといって『はぐれメタルの剣』を何本も入手できない。あれほどの剣になると世界に1本、多くても片手の指の数ほどしかないだろう。

ちなみに今交換所にあるアイテムは以下の通りだ。

まほうのせいすい:50枚
いのちのいし:300枚
エルフののみぐすり:500枚
いのりのゆびわ:700枚
ミスリル鉱石:1000枚
オリハルコン鉱石:1800枚
スパンコールドレス:1300枚
かくれみの服:1500枚
ドラゴンシールド:3000枚
プラチナヘッド:3000枚
グラコスのやり:8000枚

とりあえずは『いのちのいし』を5つほどと、『まほうのせいすい』を10個ほど、もしもの時を考えて手に入れておく。
これでザキ・メガンテなどの即死の呪文をくらっても身代わりになってくれるし、MPの回復手段も手に入れた。

防具として『かくれみの服』と『ドラゴンシールド』を入手した。
『かくれみの服』はともかく、『ドラゴンシールド』は常時使う気はない。あまりに大きく重いため、トールの戦闘スタイルには合わないからだ。ただ炎や吹雪からの攻撃に対する耐性があるため、もしもの時を考えて手に入れておいた。
プラチナヘッドは顔全体を覆うフルフェイス型であるため、視界が見えにくくなるため使いづらく感じるし、グラコスのやりは使う予定がない以上無駄になるだろう。
後は、10000G分だけコインを換金しておいた。
これでまずカジノへの用は終わった。

(所持金:3258G  → 13258G 、 Gコイン:42340 → 33840)



次はどんな剣を入手するか、だ。少なくとも今入手できる剣では最強の品を手に入れたい。
主だった武器屋を回りながら剣を探すが、やはりどの武器屋も似たような品揃えだった。今の時点で手に入れられる剣として最上の物は『破邪の剣』だった。使うと『ギラ』の効果がある優れものだった。

買ったのはバンダナを巻いた少年が店番をしていた店だ。エルシオン学園に通っており、トールがヒュンケルの元に修練に行くのを見かけたらしく、少年の方から声をかけてきた。
魔法使い志望で何処にでもいるような普通に少年に見えた。
久しぶりに同年代ぐらいの少年といろいろ話しこんだ。そしていざ自己紹介をしたときには驚いた。少年の名はポップといったからだ。
よく見れば確かにあの『ダイの大冒険』のポップに見える。ただし連載初期の一般人といって差し支えないころのポップだ。
トールの印象としては『大魔導士』を名乗っているポップの方が強かったため、まったく思い至らなかった。
よく思い出してみればポップの実家は武器屋だったはずだ。比較的平和なこの世界ならこうして店番をしているのも当たり前といえるかもしれない。
そんな縁もあってトールはここで剣を買う事に決めた。
店番のときに品物を売れると小遣いが増えるらしくポップはえらく喜んでいた。



そうして『破邪の剣』を手に入れたのだが、この剣に関してポップが少しだけ面白い話を聞かせてくれた。
曰く、今売りに出ている『破邪の剣』はばったものである、という事だ。
そもそも破邪などと大層な名前がついている割には、この剣はさほど強くもないし、数もたくさん存在する。それが何故かといえば、今の世で『破邪の剣』といわれているものは全てレプリカだというのだ。
実際の『破邪の剣』はもっと強力な魔法剣らしい。それこそ伝説レベルの剣だという。というのも、ポップ自身が一度父親の知り合いの鍛冶屋で、その『破邪の剣』を見たらしい。装飾などの造りは似ているが、一目見るだけでその違いが分かるだけの迫力があったそうだ。
事の真贋については父親に確かめたから、父親が嘘をついていない限りは正しいだろう。

それを言われると確かに『破邪の剣』は名前負けしているところがあるため、話にも納得出来た。
とはいっても、この『破邪の剣』でも十分に役に立つレベルのものだし、その話が本当だとしても、真の『破邪の剣』を手に入れられる事などないだろう。
だがちょっとした雑学としては面白かったと思えた。

後、他の防具で買い換えが出来る物も、この店で換えておいた。



・装備品
頭:おしゃれなバンダナ(守+7、回魔+5)
身体上:なし → かくれみの服(守+20、避率UP)
身体下:けいこぎズボン(守+5) → ブルージーンズ(守+11)【1300G】
手:なし → たびびとのてぶくろ(守+4、器+30)【660G】
足:皮のブーツ(守+2) → エンジニアブーツ(守+6)【150G 】
武器:なし → 破邪の剣(攻+40)【3500G】
盾:なし  → ライトシールド(守+10)【1200G 】
アクセサリー:竜のうろこ(守+5)



何はともあれ一応、装備は整った。これで明日から迷宮探索に戻る事も出来るだろう。
ただ迷宮は変化期を迎えており、6階からの迷宮探索も最初からとなるが、すぐに6階に向かう気にはなれなかった。というのも、剣は持てたがモンスターを戦えるかどうかは別だからだ。
多分大丈夫だとは思っているが、万が一という事もある。
ここはやはりもう一度1階を探索してみて、弱いモンスターと戦うところから始めてみるべきだろう。
臆病かもしれないが、安心を得るためにもその方がいい。
トールはまず一階に向かう事に決めた。


****


やはり心配しすぎだったのだろう。一階のモンスター相手には問題なく戦う事が出来た。元々レベル差がありすぎて敵ではないが、それでも剣を使って戦う事が出来たというのはトールに安堵を感じさせた。
とりあえず無理はしない。久しぶりであることもあって迷宮に慣れる意味もあり、1・2階といった低階層のみを探索する事にした。

一応スカウトリングに身に着けておく。もしもスカウト出来るモンスターがいることを考えての事だ。

(アクセサリー:竜のうろこ(守+5) → スカウトリング)

ブレスレットのように腕に装着するが、スカウトリングのアクセサリーとしての効果を発揮させるためには他のアクセサリーは外さなければならない。
アクセサリーは身につけるだけなら幾つでも身につけられるが、アクセサリーの効果を発揮させるためには一つしか身につけられない。そうしないとアクセサリー同士でその効果を打ち消しあってしまうからだ。

アクセサリーの中には特別な効果を発揮するものも多々ある。
今のトールはそんなアクセサリーを持っていないが、そのようなアクセサリーを手に入れる事が出来たなら、スカウトリングもスカウト出来るモンスターを見つけたときに付け替えるようにしなければならないだろう。
面倒な事かもしれないがしょうがない事だろう。



1階、2階にいるモンスターと出会っても、相手の方から逃げるようにもなってきた。
その時わざわざ追いかけるのも面倒だったため放っておく事が多いが、その煩わしさを多少なりとも解消する方法もあった。
それが今回買った『破邪の剣』を使う事だ。

『破邪の剣』は剣であると同時に魔法具でもある。
剣を頭上に掲げて剣の名を叫ぶ。この場合『破邪の剣』と叫べば呪文の『ギラ』と同じ効果が発揮され、剣の刀身から閃光が放たれる。
1,2階のモンスターならこれでお仕舞いだ。しかもMPを消費しないのだから、何度でも使えるのが良いところだ。
もっともそれよりもすばやく逃げるモンスターの方が多いため、結局は逃げてしまうし、そもそも近づいてくるモンスターが少なくなった。

とりあえずは深く考えずに迷宮を歩き回った。


****


戦える事が確認できたため、トールは一度迷宮を出るとモリーのところへ訪ねることにする。
聞きたい事があった。
訪ねたところで直ぐに会ってもらえるとは思っていなかったが、この時はすぐさま会ってくれた。今日は会うための予約が出来れば良いと思っていたが、会う事ができるのは僥倖だった。

話をするのは以前にも招かれたオーナー室だ。
トールがまず聞いた事は、なぜバトルロワイアルでの賞金を貰えたのか、だ。
確かにトールは何一つルールを破っていないとはいえ、参加モンスターである『スラリン』から話を聞いている。
荒唐無稽な話だが、オーナーであるモリーがそれを知っている以上、反故にする事も出来るだろう。それにより得られるコインは30000枚なのだ。そのままGに換金してしまえば15万Gという大金になる。
当初は気にしていなかったが日にちが経つにつれて、不気味な不安を感じてしまう。実質ただで貰えた様なものだ。
そして一旦気になるともう無視する事が出来なくなった。何か裏があるのではないかと勘繰ってしまうのだ。
だがそれに対するモリーの答えはシンプルだった。

「わたしの趣味につき合わせようというのだ。その位安いものだよ」

モリーの言う趣味とはモンスターの保護だった。とはいっても全てのモンスターというわけではない。
モリー自身も『魔物使い』で様々なモンスターを仲間にしており、そうしている内にモンスターの中には元々邪悪な心がないモンスターもいることを知った。だがそんなモンスターも普通の冒険者から見れば、邪悪なモンスターを何一つ変わらない。
そんなモンスターを何とか助けようとして考えたのが、スカウトリングだ。
モンスターとは邪神や魔王の巨大な力を切り離して造られたもので、そのため倒すと力の塊に戻り、それが経験値の元となる。それは邪悪な心があろうかなかろうが変わらない。
スカウトリングはモンスターを倒して力の塊になったとき時、そこに邪悪な因子があるかどうかを判別し、それがないなら経験値として取り込むのを阻害する効果を持っているのだ。
そうすることによって、力の塊はまた再びモンスターをしての形を取り戻していく。
この時にモンスターは意識に少しの空白があり、その時に話しかける事により『魔物使い』のように仲間にする事が出来るのだ。
一種の刷り込みに近い。人が敵でない事を教えるのだ。

結論から言えば、スカウトリングさえあればモンスターの言語が分からなくても何とか仲間する事は出来る。
だがモリーとしてはモンスターと仲間としての絆を深めるのには意思の交換が出来た方が言いと思っており、そのためモンスターと話せることがスカウトリングを渡す条件の一つにした。
あとスカウトリングを作るにも手間がかかり、誰にでも渡せるほど数があるわけではないという理由もある。
元々がこの趣味からはじめた事のため、使うべき人を探すのに15万G 使ってもかまわないという思いもあるのだ。
第一その保護したモンスターを生活させるため、一つの無人島を丸々所有しモンスターに開放しているのだ。
金持ちの度合いからすれば、トルネコ商会に近いものがある。15万Gなど微々たる金額に過ぎないのだ。

ならばどうして闘技場などでモンスターたちを戦わせるのかといえば、それはモンスターたちの闘争本能を開放させるための場所だという事だ。
保護されたモンスターは、邪悪な心はなくともモンスターとしての本能がなくなったわけではない。そのため闘技場やバトルロードでその闘争本能を十分の発揮させる事にしたのだ。

金持ちの道楽といってしまえばそれまでの事だろう。だが一応の筋は通るためトールは納得する事にした。



次に実際にはどのぐらいでモンスターがスカウト出来るのかを聞くと、大体0.1%、つまり1000匹に1匹くらいいるらしい。
ただ多くの人はその存在に気づかずに倒してしまう。
基本的にスカウトできるモンスターは単独行動をしているため、モンスターが一匹でいる場合にはスカウトリングをつけて戦うぐらいしかやり方はないが、『盗賊』という職の場合は、少しだけ他の方法もあるとの事だ。
それは索敵能力を使った時に分かるモンスターの動きで明らかに奇妙や動きをした時や、周りのモンスターから追われているような、または逃げているような動きをしているなら、それはスカウトできるモンスターである確率が高い。ただあくまでも高いだけだ。
邪悪な心を持たないモンスターは他のモンスターにとっても敵になるらしい。
これは行動指針の一つにはなりえた。



最後にもっとも疑問に思っていたことをトールは尋ねた。

「ぼくがスカウトリングを使わないとは思わなかったんですか」

「わたしは自分の目を信じているよ。そしてそれは正しかった。ボーイがこうしてここに来ている事がそれの証にならないかね」

そう言われてはトールに言葉の返しようもなかった。


****


とにかく一度はスカウトがどういうものか体験しておきたかった。
モリーの話では、一番スカウトできるモンスターはやはりというか、予想どおりというべきか、『スライム』だった。
今までの統計的には変化期を向かえると、スカウトできる『スライム』が現われるらしい。そしてこの前の変化期以降に『スライム』がスカウトされていない。
他の冒険者に倒されていなければ、1階か、2階の何処かにいるのではないかと言われた。
もっとも入り口は幾つかあり、トールの使っている入り口から続く迷宮にいるとは限らないため、いくら探しても見つからない場合もある。
その場合は運がないと諦めるしかない。三日もあれば1、2階の探索も終えるだろうから、その間に出会わなければ6階以降の探索を再開しようと決めた。



二日目の事だ。索敵能力を使った時におかしな感じを受けた。明らかにモンスターが固まって集まっているのを感じた。
どう考えても不自然な感じを受ける。
部屋のような場所でモンスターが集まっている。もしかしたら、ここにもモンスターハウスのような場所があるのかもしれないがあまりにも固まりすぎているようにも感じる。
放っておくわけにもいかないだろう。
それにこの階層ならどれだけモンスターが集まってもトールの敵ではないし、面倒なら『破邪の剣』を使って薙ぎ払うのもいいだろう。
とりあえずその場所に向かう事にした。慌てては気づかれて逃げられるかもしれないため、音を立てないように注意しながら。



こっそりと覗き見るとおかしな事になっていた。十数匹のスライムが何かを取り囲むようにしている。そして小さい何かに向かって体当たりをしているのが見えた。
まるで円になってサッカーボールを蹴って回しているようにも見える。
何だろうか?
目を凝らして見てみると、それはスライムと同じような青色で玉葱方のゼリーのような物体、いやスライムそのものに見えた。ただその大きさが違う。普通のスライムは中型犬ほどの大きさがあるが、そのスライムは拳大ほどの大きさしかないように見える。
異端ゆえに苛めにあっているのだろうか。もしそうなら、人もモンスターもあまりかわらない。
それにトールにそのスライムに同情する資格などありはしない。モンスターを倒してここまで強くなった自分など、あのスライムにとっては苛めているスライム以上に恐怖の対象だろう。もっともモンスターにその意思があれば話だが。
とにかくいじめと思われる場面を見続けるのも気分がよくない。
ここで周りのスライムだけ倒す事も出来るが、そんなものは自己満足でしかないだろう。ならばここは自分の手で仕留めるべきだろう。
最低限の情けとして有無を言わさず一瞬で決める事にした。

「破邪の剣」

トールは剣を掲げ叫んだ。
不意をつかれたスライムたちは一瞬にして剣から放たれた閃光に焼かれて消えてしまった。あの小さなスライムを除いて。
倒れていたが消えることなくそこにいた。

「生き残った?!」

トールは驚くが、次の瞬間にはそのスライムが生き残った事に心当たりをつけた。つまりそのスライムこそがスカウトの出来るモンスターだったということだろう。そして先ほどの行為は虐めではなく、敵対行為だったのだ。

倒れた小さなスライムがムクリと起き上がる。
上目遣いで何かを語りかけるようなまなざしを向けている。

(スライムは仲間になりたそうにこちらを見つめている)

心の中にこんな言葉がよぎった。

「僕の仲間になるかい?」

先ほど倒そうとしておいて、今はこんなこと言っている自分に少し嫌悪を感じるが、そもそもスカウトするには一度は倒す必要があるのだから気にしない事にする。

「ピィー(ナル)」

仲間と言うにはあまりにも頼りないかもしれないが、トールにとっての初めての仲間がこの日出来た。



――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:17
職:盗賊
HP:115
MP:50
ちから:45
すばやさ:41+10(+10%)
みのまもり:20
きようさ:50+20+30(+10%)
みりょく:30
こうげき魔力:21
かいふく魔力:26+5
うん:31
こうげき力:100
しゅび力:97

言語スキル:3(会話2、読解、筆記)【熟練度:21】
盗賊スキル:3(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ、器用さ+20、リレミト)【熟練度:93】
剣スキル:5(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り、剣装備時攻撃力+10、ミラクルソード)【熟練度:54】
ゆうきスキル:3(自動レベルアップ、ホイミ、デイン、トヘロス)【熟練度:43】

特殊技能:闘気法(オーラブレード、ためる)、スカウト


経験値:19842

所持金:6521G

Gコイン:33840

持ち物:やくそう(45個)、毒けし草(24個)、おもいでのすず(4個)、スライムゼリー(3個)、まんげつそう(2個)、せいすい(2個)、いのちのいし(5個)、まほうのせいすい(10個)、スカウトリング




――― あとがき ―――

このスライム、ポジション的にはトーポかゴメちゃんといったところでしょうか。
次回から本格的に迷宮探索の再開になる予定です。


それでは、また会いましょう



[13837] DQD   23話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:9cb982a1
Date: 2010/03/14 22:22
DQD   23話

仲間になったスライムは小さく可愛らしいが、このまま連れてはいけない。
人に害を与える、又は与えられる存在には見えないがモンスターである事に変わりはない。
何もしないで街中には入れる事は出来ない。
ではどうすれば良いのかと言えば、そのために貰ったのが首輪のようなものだ。
正式名称を『従魔の輪』というが、これを身につけているモンスターは人の管理下にいる事を示し、街中に入れるようになるのだ。
もっとも連れて歩けるのは小型で比較的性質のおとなしいとされるモンスターに限られる。いくら『従魔の輪』を身につけていたからといって、ドラゴンなどはさすがに街中に入れることは出来ない。
これは元の世界で言えば街中にトラを連れて歩きまわるようなものだ。いくら大人しいといっても周りの人間の不安がなくなるわけではない。
普通のスライム程度の大きさなら問題はないし、このスライムに至っては更に小さいため問題ない。

『従魔の輪』をスライムに近づけると、見る見るうちに『従魔の輪』は小さくなっていく。そして小さなスライムに見合うだけの大きさになると、小さなとんがり帽子のようにスライムのとがった頭に被さった。

後は冒険者の仲間としての登録だ。
これが終われば小さなスライムはトールの仲間として扱われる事になる。
そのためにも一度ルラムーン草で作った粉、正式名称『リリルーラの粉』を使って、モンスター預かり所へ送らなければならない。そうすれば送った先で登録の手続きを進めておいてくれるとの事だ。

「少しだけ先に行っていてくれるか?」

トールの声にスライムは頷く様に身体全体を縦に揺らした。

トールは『大きな小袋』から『リリルーラの粉』を取り出すと、スライムに降りかけた。すると一瞬にしてスライムの姿がここから消え去った。
今頃はモンスター預かり所にいるだろう。

モンスターをスカウトした以上もうここには用はない。『リリルーラの粉』の効果は聞き及んでいるが、初めて使用なので実際にはどうなっているか不安になる。
仲間になった小さなスライムの事が気にかかるの事もあり、トールは迷宮を出る事に決めた。


****


「早くもスカウトに成功したようだね、ボーイ」

オーナー室を訪ねたトールをモリーは喜んで迎え入れた。
モンスター預かり所は、『魔物使い』であればその職に就いたときに場所を教えてもらえるが、そうでない者にはその場所は秘密とされ簡単には教えてもらえない。
これはスカウトリングを持つ者に対しても同じだ。これはモリーが開発した技術であり、決して『魔物使い』になったわけではないからだ。
一度モンスターをスカウトする事により初めてその場所を教えてもらえる。
今回初めてスカウトに成功したトールは、スカウトしたモンスターと会うためにモリーと共にモンスター預かり所に向かう必要があった。



モンスター預かり所の場所は、意外というか、やはりといってもいいのかもしれないが、この闘技場の更に地下に存在していた。カジノと作り同じで小奇麗な部屋で机と4脚のイスがあり、奥に鉄格子の扉があるのが特徴的だった。
このモンスター預かり所はモリーがその財力で無理やり新たに設置を認めさせたそうだ。
他の『魔物使い』も使えるが、場所が場所だけにモリー専用のモンスター預かり所だといってもいい。正確に言えばモリーと彼がスカウトリングを渡した者たちのモンスター預かり所だ。
モリーからスカウトリングと貰った者がスカウトしたモンスターはすべてここに送られてくる。
そこでモリーから紹介されたのは一人の老人とバニー姿の美女だった。

「ボーイ、こちらのご老人がここを管理してくださるモンスター爺さん、通称モンじいだ。本名はわたしも知らない。そしてこのレディーが助手のイナッツさんだ。モンじいの補佐やモンスターたちの世話をしてくれる」

「よろしくお願いします」

トールは頭を下げた。

「よろしくのう」

「よろしくお願いしますわ」

「おふたりとも、このボーイが新しくスカウトリングを授けた少年だよ。つい先ほどスカウトしたとの事なのでのでここに連れて来たんだ。こちらに送られてきているはずだが……」

「ああ、あのスライムのマスターかい。まあ随分と珍しいのをスカウトしたもんだ」

「ほう、それほどですか」

モンじいの言葉にモリーが驚きと喜びの混じった声を出す。

「まあ、まずは登録を終えるのが先じゃな。イナッツ、つれて来ておくれ」

「はい、分かりました」

イナッツは部屋の奥にある鉄格子の扉を開けるとその先へと消えていった。
そして少しして両手のひらの上に小さなスライムを乗せて戻ってきた。そして机の上にゆっくりと置いた。

「ほほう、確かにこれは珍しいですなあ」

モリーが感心したように言う。

「モンスターも人と同じで大きさには個体差があるが、ここまで小さいのはわしもさすがには始めて見るよ」

モンじいも伸びた顎鬚をいじりながら話す。

「とりあえずは登録じゃ。おぬし、トールとか言ったのう。このスライムのマスターになる事に異論はないか。モリーに譲るのならここから先はモリーに聞かなくてはいけないからな」

「……僕がなります」

少し悩んだ。可愛いらしいとは思うが、戦力として当てになるとはまったく思えなかった。ただ初めて自分で仲間にしたモンスターの面倒ぐらい自分でしたいと思った。
ペットを新しく飼う時の気分に似ているのかもしれない。ちゃんと世話できるのか少し心配になったのだ。

モリーはというと、一瞬少しだけ物欲しそう顔をしたがすぐに元に戻った。スカウトしたモンスターを自分の仲間にするかどうかは、スカウトした人に任せると初めに約束した事だからだ。

「ならば、このスライムの名前は何というのかね」

「名前……ですか」

ゲームでは仲間になったときにすでに名前があったため、そんな事はまったく考えていなかった。

「この子はおぬしによって新しい生を得たのも同然じゃ。ならばおぬしは親同然。親としてこの子に名をつけてやらねばならん。そうすることによって初めてこの子はこの世界で生きていけるようになる。名を得られるまではこの子は幻のような存在に過ぎん。見てみなさい。おぬしのほうを見つめてはいるが、生きているように感じるかい。まるで人形のようにも感じるはずじゃ」

そう言われてみていると、確かに躍動感が感じられない。生気を感じられないとはこのような状態を言うのだろう。

「……確かにそうですね」

「そうじゃろう。だからこそまずは名前じゃ。それがこの子がこの世界にいる証となる。さあ、なんと言う名前だい」

トールは腕を組んで考え込む。
スライムの定番といえばやはり『スラりん』だろう。犬にポチやハチ、猫にタマと同じように直ぐに思い浮かぶ名前だ。
ただ『スラりん』は、以前バトルロワイアルで同じ名前のスライムと会っている。さすがにそのスライムと同じ名前にする気は起きない。

「スラきち」

トールの頭に浮かんだのはこの名前だった。何か所以があるわけではない。何となく思い浮かんだだけだがそれでいいような気がした。

「スラきちか、良い名だねえ。ならおぬしはその名前を思いながらそのスライムに冒険者カードを触れさせておくれ」

モンじいの言う通りにトールは冒険者カードをスラきちに触れさすと、一瞬だけカードは光を放った。

「それじゃあ、次はこの紙の上にカードを置いておくれ。それで登録終了だよ」

言われたようにモンじいが机の上に広げた紙の上に冒険者カード置くと、カードと紙が一瞬光を放った。

「うむ。これでスラきちはお主の仲間じゃ。大事にするんじゃぞ」

その瞬間、スラきちの瞳にも生気が宿ったような気がした。

「ピーピィ(ヨロシク、マスター)」

スラきちの声が聞こえる。

「よろしく」

トールは答えた。



――― ステータス ―――
スラきち  ?
レベル:1
種族:スライム
HP:2
MP:0
ちから:1
すばやさ:3
みのまもり:1
かしこさ:1
うん:3
こうげき魔力:1
かいふく魔力:1

こうげき力:1
しゅび力:1

言語スキル:0
スライムスキル:0(自動レベルアップ)



分かっていた事だがやはり弱い。戦闘の役にはたたないだろう。
だが仲間になるモンスターは自動レベルアップの特技を持っている。いずれは強くなるかもしれないので気長に待つしかないだろう。

使用した『従魔の輪』や『リリルーラの粉』は、このモンスター預かり所で買うことができる。両方とも500Gだ。念のために一つずつ購入しておいた。
後ここでは『魔法の筒』が売られている。『ダイの大冒険』の中ででてきたアイテムでモンスターを中に封じる事が出来る金属の筒だ。
筒一本でモンスター一体にしか効果はないが、『イルイル』でモンスターを筒の中に封じ込め『デルパ』で開放する事が出来る。入るモンスターの承諾がないと効果はないが、どれほど巨大なモンスターだろうと封じ込めてしまう。
街中に連れ込めないモンスターがいる場合、『魔物使い』はこの『魔法の筒』の中に仲間のモンスターを封じて街に入るのだ。
何度でも使用可能なため一流といえる『魔物使い』なら大抵5本はこの魔法管を持っていた。
一本当たり10000Gと高価だが、それでも街に入るたびに『リリルーラの粉』を使って仲間のモンスターを預かり場に送るよりは結果的に安くなる。
ただ今のトールには必要ない。手に乗るほど小さなスライムであるスラきちなら連れて歩く事も可能だからだ。



別れ際にモリーはある道具屋を紹介してくれた。モンスター専用の装備品などをオーダーメイドで作って貰える所だ。
人間の武具を装備できるモンスターならば何も問題ないが、中にはそうでないものもいる。スライムなどはその典型的なモンスターだ。
ゲームなら店で普通に売っているが、需要が少ないモンスター用の装備は特別に造ってもらうしかない。
トールはまずはその店に向かう事にした。
スラきちを迷宮に連れて行く以上、少しでも装備を整え守備力を上げておきたかったからだ。



店自体はカジノの近くにあった。
店で店主にスラきちを見せると、それはもう驚いていたが、直ぐに気を取り直してこちらの用件を聞いてきた。
トールが頼んだのは二つ。一つはスラきちの防具だ。
これは今までにもスライム専用で作ってきた防具があるため、それの大きさを変えて作ってもらえることになった。
もう一つははスラきちが入れるような袋だ。
腰巾着のような袋で街中や迷宮内で移動する時などにはその中に入ってもらうつもりだった。だからなるべく良い素材で居心地がよさそうな寝袋のようなもので、尚且つ頑丈な物を頼んだ。
珍しい頼みごとで力が入ったのか、店主は直ぐに作り始めてくれた。


スライムアーマー(特注品):守+25【1500G】
モンスター袋(特注品):【3000G】


そして二つは翌日までに作られた。
値は張るが良い物を作ってもらえたと思う。
ただスライムアーマーをつけたままでモンスター袋に入るのは居心地が悪いらしく、スラきちが嫌がるそぶりをしたため、結局はスライムアーマーをつけずにモンスター袋に入れて連れて歩く事にした。
もっともモンスター袋は『大きな小袋』と同じように丈夫なため、余程の事がない限りその中にいれば心配ないはずだ。


宿屋の方もスラきちなら何も問題はなかった。ビアンカなどは可愛らしいと喜んだぐらいだった。


****


6階からの迷宮探索の再開だ。
スラきちには腰のモンスター袋に入ってもらう。聞き分けよくこちらの言う事を聞いてくれた。
モンスターの本能でこの階のモンスターに自分ではどうしようもない事を分かったのかもしれない。小刻みに震えているのが分かった。
だからといって置いていくわけにはいかない。強くなるにはレベルアップしかないのだ。

登録した仲間のモンスターは、他の冒険者とパーティーを組んだ時と同じ効果を持つ。それ故に経験値の分配も出来る。ただ違うところは冒険者同士のパーティーは基本的に等分に経験値を振り分けるが、仲間になったモンスターへの経験値の振り分けはマスターになった者が決める事が出来る。つまり経験値の殆どを仲間のモンスターに振り分ける事も出来るし、また逆に経験値を全く渡さずにマスターだけが得る事も出来る。
自分と仲間のモンスターをどのようにレベルアップさせていくかはマスターのさじ加減一つで決まるのだ。
トールは自分に2/3、スラきちに1/3の経験値を分配する事に決めている。戦いの主体は自分であると思っているが、スラきちもレベルアップをして強くなってもらいたいという思いからこうなった。

「大丈夫だよ」

腰のモンスター袋に手を当てながらトールは言った。その言葉が通じているかは分からないし、通じたからと言って簡単に恐怖を克服できるわけでもない。しかし放っておくわけにもいかず、ついつい口に出した。
トールはそのまま探索に向かうしかなかった。



新しく手に入れた武器や防具の威力は遺憾なく発揮された。
トールの一撃は容易くモンスターを一刀両断する。大怪我をする以前から一対一での戦闘なら勝てていたのだ。
剣の能力が大幅に上がり、防具により防御力も上がった今の状態では、よほどの油断をしない限り遅れは取らない。
そして大怪我から復帰した今のトールにはその油断がなかった。

索敵能力で探りながら迷宮を探索していく。
途中で迷いながらも宝箱を見つけたりしながらも進んでいくが、やはり鍵がないことがネックになる。
通路の途中で鍵のかかった扉があれば引き返して別の通路を行かなくてはいけない。そして後から地図を見てみれば、鍵さえあればあっという間に行ける距離を遠回りしている事が分かる。宝箱にも鍵がかかっていれば諦めなくてはならない。
やはり『鍵屋』を見つけなくてはならないが、今のところは見つかっていない。何とかしたいところだった。



6階以降の迷宮は格段に広いと改めて感じる。それ故探索時間もかかる。
1~5階のようにその階全てを探索しつくすというようなことは出来ない。そんな事をすれば探索途中で変化期が来てしまうだろう。そうなれば、また最初から探索のし直しだ。どれだけ時間があっても足りなくなってしまう。
そういうわけで、階段が見つかったら直ぐに降りる事にしている。余裕ではなく今の自分の強さと周りのモンスターの強さを測った結果でもある。手に入れた武器屋防具にはそう思えるだけの強さがあった。
最もその階段を降りたとしてもそれが正解とは限らない。降りた場所が袋小路のようになっている可能性もある。こればかりは運次第だろう。

10日ほどかけて6階、7階を突破して8階に降りた。以前死に掛けた場所だ。
装備も充実し、気力も充実し、油断もない。だが心に余裕もないような気がする。随分と緊張しているのが分かった。

「ピィーッピ(大丈夫?)」

スラきちにもその緊張が伝わったのだろうか。腰のモンスター袋から顔を出して心配そうに尋ねてくる。

「うん?平気だよ。ありがとう」

スラきちを見て少しだけ気が楽になった。戦力になるわけではないが仲間がいるという事を心強く感じた。それに伴い責任感もだ。
ここまでにスラきちもレベルが上がってきてはいるが、まだこの階層のモンスターと戦えるほどではない。戦えば一撃でやられるだろう。それはトールが死ねばスラきちも死ぬという事を意味している。

スラきちからの信頼を十分に感じる。それを裏切らないためにも軽挙は慎むべきだろう。
ただ余程の事がなければ、危険に陥らないと思っている。落ちついて冷静に物事を進めていけば、問題は何もないだろう。
事実、8階の探索は以前のようにモンスターハウスに入り込むような事もなく、何事もなく進み9階に降りる階段を見つけた。

6,7,8階の宝箱:やくそう(8個)、せいすい(3個)、まほうのせいすい(2個)、おもいでのすす(1個)


****


9階に出現するモンスターは『ホイミスライム』、『どくやずきん』、『マタンゴ』、『ブラウニー』に加え、新たに『どぐうせんし』と『まじゅつし』だ。

『どぐうせんし』はその名の通り土偶の形をした人形型のモンスターで、陶器製の様に見えるが金属製のように硬い。攻撃方法は直接攻撃のみだが補助魔法を使う。『スカラ』で己の守備力を挙げ、『ルカニ』で相手の守備力を下げると戦法をとる。一対一なら何の問題もないが、集団で来られると厄介な相手となりえる。

『まじゅつし』は人型のモンスターで『まほうつかい』の強化版だ。顔を覆う奇妙なマスクは変わらないが身体を覆うローブの色が違い、手に持つ杖も大きくなっている。攻撃魔法『ギラ』と『ドルマ』を使い、補助魔法で魔法を封じる『マホトーン』を使う。基本的に遠距離からの魔法攻撃を行ってくるため如何に近づくかが問題になるだろう。

両者とも出会えばなるべく早く倒したい相手だが、どちらが先かといえば『まじゅつし』からだろう。『ギラ』の呪文は、モンスター袋の中のスラきちにも多少だがダメージを与えるかもしれない。もしもの事を考えると『まじゅつし』から先に仕留める事になる。
もっともトールの基本戦術は索敵能力を使っての先制攻撃のため、余程の集団でない限り相手に魔法を使わせずに倒した。



9階も特別問題なく探索は進んだ。
スラきちが呪文を覚えて、少しずつだが迷宮探索の役に立ち始めたのが特記するべき事だろう。
探索自体は階段の発見を第一としながらも、その途中で宝箱を見つけたりもした。
武器や防具の恩恵はこの階でも健在だ。
レベルは大怪我した時とそんなに変わっていないはずなのに、モンスターとの戦闘が格段に楽だ。
もし最上級の武器と防具があれば、素人が一流の冒険者相手に勝つ事もありえるかもしれないと思える。
もっとも油断していればと言う仮定が付くが、それでもこれは常に油断しないためにも覚えておくべき事だろうと思った。

9階の空箱:上やくそう(3個)、まんげつそう(2個)、まほうのせいすい(1個)


****


10階、第二層の最終階だ。
この前の変化期からおよそ30日が過ぎている。
思えばトラウマで迷宮に入れなかった分を取り戻すかのように、この1月ほどは迷宮探索を続けてきた。勿論5日に1日ぐらいの割合で休んでいるが、ハイペースだった事に間違いはないだろう。
変化期の周期は平均50日前後だが決まっているわけではない。30日を過ぎたのならもう何時変化期に入っても不思議ではない。
せっかく10階まで降りてきたのだから、何とかこの階をクリアーしたいと思う。そうしないとまた6階から探索し直さなくてはいけなくなる。
だが無理をした挙句に死んでしまっては意味がない。
トールは逸る気持ちを抑えながらも、冷静に迷宮探索を続けようと勤めた。



10階に出現するモンスターは『ホイミスライム』、『どぐうせんし』と『まじゅつし』に加えて『おおめだま』、『ひとくいサーベル』、『さそりアーマー』だ。

『おおめだま』は巨大な一つ目が特徴のモンスターで、その青い身体や手足はその巨大な一つ目を支えるためのものに見えるほど小さい。普段は直接攻撃しかしてこないが、その真価を発揮するのはHPが半分以下になった時だ。巨大な一つ目を真っ赤にして痛恨の一撃を放つ。この痛恨の一撃が目からレーザーのような閃光を発射する。発射する時は一瞬目が光るためそれを見逃さなければ避ける事は出来るが、見逃してしまえば避ける事は出来ないだろう。トールは『おおめだま』を大抵一撃で倒す事が出来るため、目を真っ赤にした状態の『おおめだま』には滅多に会う事はないが、それでも面倒と言う感想は持っている。とにかく倒す時は時間をかけずに一気に決めなければいけないモンスターだ。

『ひとくいサーベル』は剣に顔と手が生えており、空中を飛んでいるモンスターだ。直接攻撃として体当たりをしてくるし、その際の一撃が痛恨の一撃である事も多々ある。だがそれ以上に厄介なのが、『ひとくいサーベル』は集団で出て来るということだ。そして仲間も呼ぶ。一匹、一匹は決して強くないが、数という力で攻めてくる。対処法としては、仲間を呼ぶような暇を与えない事だろう。『ひとくいサーベル』は仲間を呼ぶ時、空中で止まらなければならない。飛び回ったままでは仲間を呼べないのだ。トールとしてはその空中で止まっている『ひとくいサーベル』から攻撃を仕掛けて、仲間を呼ばせないようするのだ。

『さそりアーマー』は身体が鎧の様になっているサソリ型のモンスターで、大凡集団で襲い掛かってくる。ハサミと尻尾で攻撃してくるが、注意するのは尻尾での攻撃だ。時折痛恨の一撃を出すし、サソリらしくその尻尾で毒攻撃をしてくる。身体が鎧のようであるためか守備力もある。嫌らしいモンスターだ。

10階で新たに出てきたモンスターは、どれも痛恨の一撃と言う大ダメージを与える攻撃法を持っている。一撃でやられるほど弱くはないし、大振りで隙もある攻撃方法のため避けることも出来るが、それでも嫌な攻撃である事に変わりはなかった。





10階を探索して3日目、長めの通路を抜けた先の広間で奇妙な扉を見つけた。普通より大きな両開けの扉に鍵穴が二つ。明らかにその先に何かがありますと語っている。
問題は鍵だ。これが『鍵屋』で買える鍵が二つ必要だというならば、街での鍵屋探しに専念する必要も出てくるかもしれない。
少し考えるがとりあえずは扉の事はどうにもならないため今は放っておくしかない。
まずは他を探索してそれでもどうしようもない時は改めて鍵の事を考えるしかないだろう。

トールは探索を続ける事にした。
この広間は二つ鍵のある扉を前に背後に今通ってきた通路があり、左右にも通路が延びていた。
まずは左の通路に行く事にする。枝分かれのない通路が続き、やがて迷宮の中では不釣合いなほどの広間に入った。
索敵能力で奥にモンスターが一匹いるのが分かった。

トールはおかしな感じを受けた。
6階に降りてからは、モンスターが一匹でいることなど殆どなかった。最低でも二匹。
それなのにここにきて一匹しかいないとはどういうことだろうか。
用心するに越した事はないだろう。
トールはHPを確認する。満タンだ。まずは問題ないだろう。
トールはゆっくりと近づく事にする。この広間では不意打ちによる先制攻撃も出来ない。
薄暗い迷宮の中で次第にその姿がはっきりとしてきた。

3メートルはあろうかという人型の石人形。その威圧感は今まで会ったモンスターなど比べようもなかった。ルイーダが言っていた10階ごとのとてつもなく強いモンスターとはこいつの事なのだろう。



『ゴーレム』があらわれた。
どうしますか?

心の中でこんな選択肢が出たような気がした。




――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:19
職:盗賊
HP:135
MP:57
ちから:51
すばやさ:48+10(+10%)
みのまもり:23
きようさ:54+20+30(+10%)
みりょく:32
こうげき魔力:23
かいふく魔力:28+5
うん:36
こうげき力:106
しゅび力:100

言語スキル:3(会話2、読解、筆記)【熟練度:36】
盗賊スキル:4(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ、器用さ+20、リレミト、ピオリム)【熟練度:68】
剣スキル:6(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り、剣装備時攻撃力+10、ミラクルソード、はやぶさ斬り)【熟練度:21】
ゆうきスキル:3(自動レベルアップ、ホイミ、デイン、トヘロス)【熟練度:88】

特殊技能:闘気法(オーラブレード、ためる)、スカウト

経験値:31422

所持金:13608G

Gコイン:33930

持ち物:やくそう(53個)、上やくそう(3個)、毒けし草(24個)、おもいでのすず(5個)、スライムゼリー(3個)、まんげつそう(4個)、せいすい(5個)、いのちのいし(5個)、まほうのせいすい(13個)、スカウトリング、モンスター袋、従魔の輪、リリルーラの粉


――― ステータス ―――
スラきち  ?
レベル:12
種族:スライム
HP:15
MP:16
ちから:7
すばやさ:16
みのまもり:13
かしこさ:20
うん:21
こうげき魔力:5
かいふく魔力:5

こうげき力:7
しゅび力:13

言語スキル:0
スライムスキル:2(自動レベルアップ、ホイミ、スクルト)




――― あとがき ―――

中ボス登場、というところでしょうか。

スライムの名前はスラきちとしましたが、チロルとどちらにしようか悩みました。今もまだ悩んでいます。


それでは、また会いましょう



[13837] DQD   24話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:7075875c
Date: 2010/03/22 00:35
DQD   24話

トールは『ゴーレム』と戦う事を選択した。
以前なら強敵と見ればまず逃げることを考えたが、それでは駄目だと最近思っている。
これは慢心ではない。必要だと思ったからだ。
この世界で暮らしていくだけなら、安全な方法を選べば良い。今の貯えでも十分に暮らしていけるだろうし、迷宮で稼ぐことも出来る。
だが元の世界に帰ること、即ち神龍に会う事を目的とするなら、安全な道ばかりを選んで行く事が出来るだろうか。強敵と無理やりにでも戦わなければいけない時が来るかもしれない。
それを考えると、このシチュエーションは都合が良いように思えた。
実力はハッキリと分からないが、明らかに今までのモンスターより一段とびぬけて強い事は分かる。そのモンスター相手に何処まで食い下がる事が出来るか。それが知りたかった。
勿論無策ではない。勝つ算段があるから戦うのだ。



トールはゴーレムと睨み合う。トールがゴーレムを認識しているように、ゴーレムもトールの方を認識しているはずだ。
それは戦闘状態に入ったこと意味している。
だがゴーレムは動く様子を見せない。どうやらこちらから仕掛けない限り攻撃はしてもないようだ。
それならばより安全な戦い方が出来る。

「スラきち」

「ピィー(分カッテルヨ)『スクルト』」

スラきちはトールの意を汲みすぐさま呪文を唱えた。

「ピオリム」

トールも自ら呪文を唱える。補助呪文で防御力と素早さが増す。
それを一度だけではなく、数回重ねがけをして防御力と素早さを更に上げた。
まだゴーレムは動かない。
ならば更に自分に有利な状況を作る事にする。

精神を集中し『ためる』を行う。
己の身体の中に熱い力の塊が渦を巻いているのを感じる。それを計4回、自分の内に蓄えられるギリギリの限界点まで行う。
準備は完了した。ここまで来たら様子見などはしない。渾身の力での一撃を叩き込むだけだ。
剣を持ちトールは床を蹴り突っ込む。勿論『闘気法』で身体能力は向上させている。

「うおおおおおおおっ!」

気合入れて叫ぶ。それに応じるかのように剣は青い光を放つ。
ゴーレムも迎え撃つかのように動き始めるが、もう遅い。

「オーラブレード!」

咆哮。そして輝きが増し青い光を纏った剣が空を走る。

一閃!

斬!

光の刀身が伸びそれはゴーレムの頭部から股までを斬り裂いた。
正に一刀両断、必殺の一撃だった。

ゴーレムは消え去り、その後にはGと鍵が残された。

この結果にトールは少し呆然としてしまった。
確かに一撃で倒すつもりだったのは間違いないが、本当に一撃で倒す事が出来るとは思っていなかった。大ダメージを与えた事によって、自分に有利な状況を作るつもりだったのだ。
だが実際どうなったかと言えば、ゴーレムを一刀で倒すほどの一撃だ。
あの感じからすればオーバーキルだったに違いない。



『ためる』によるテンションアップとオーラブレードの併せ技。
分かりやすく数値で考えてみると、オーラブレードの特性は消費HP×2の攻撃力だ。あの時トールはもしもの時の事を考えて体力の半分ほどをオーラブレードに使った。つまりは約HP70×2=140がオーラブレードの威力でそれに攻撃力の106が加わる。つまり246の攻撃力がある。これに今度は『ためる』の効果が加わる。1回の『ためる』で約1.7倍の能力向上が見込める。それが2回目で3倍、3回目で5倍、4回目では7倍だ。それを考えると246×7=1722のダメージを与えた事になる。
一撃死も納得である。



ただ強敵と戦うであろうを予測して高まっていた緊張感が、この展開についていけず胸の中でモヤモヤを感じていた。
自身の最高の一撃が強敵を一撃で倒せるものだと言うのは勿論喜ぶべき事だ。
ただ言い様のないもどかしさの様なものが残ってしまったが、自分もスラきちも無事で勝てた事を今は喜ぶ事にした。



トールは、大きく息をつくと鍵を拾った。
そしてそのまま来た通路を引き返していく。ゴーレムが鍵を落としたのを見てある考えが浮かんだからだ。
大きな両開き扉のある広間まで戻ると、二つある鍵穴の左の鍵穴に先ほど拾った鍵を差し込んだ。ピッタリ入りそして回した。スムーズに回す事が出来たが何も起きない。片方の鍵穴しか使っていないのだからこれは当然の事だろう。
だが先ほどの鍵がこの扉の鍵である事に間違いはないはずだ。

それならば左側の通路の先で鍵が手に入ったのなら、右側の通路の先でも鍵が手に入ると思うのは当然の考えだろう。
トールは右側の通路を見たが、すぐにそちらに行こうとは思わなかった。
肉体的にはともかく精神的には大いに疲れた。頭が上手く働かない状態で強敵のモンスターと戦うのは避けるべきだ。
この日はこれで街に帰る事にした。


****


翌日は大きな両開き扉のある広間から右に延びる通路に入っていった。
扉の向こうに何があるかも定かではないのに、その先へ行く事にこだわる必要があるのかとも思ったが、何かがあるはずだと予想が付いているのに放っておけるのか、とも思ってしまった。
結果として好奇心が勝り今トールはこの通路を歩いていた。
そして左側の通路と同じように大きな広間へと辿りついた。
索敵能力で奥にモンスターが一匹いるのは分かっている。入って直ぐのこの場所からでも、広間の奥に二つの光点が爛々と輝いているのが見えた。

グルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。

低く響く唸り声が聞こえる。
薄暗いためハッキリとした姿は分からないが、その輪郭から巨体である事は分かる。あの『ゴーレム』と同じぐらいの大きさだろう。
ただしあの『ゴーレム』よりもハッキリとした敵意を感じる。
こちらが何か行動を起こせば相手も直ぐに動くであろうと思われた。つまりは『ゴーレム』の時ほど準備万全では戦えないという事だ。
いや『ゴーレム』戦こそが例外なのだ。敵を前にして悠々と戦う準備が出来るなど本来あるはずがないのだ。
そしてその考えは正しかった。

トールが身構える前にモンスターがその巨体を揺らしながら突っ込んできた。
迫りくるは大きく開かれた口に巨大な牙。
トールは横に跳んでそれを避ける。
考え込んでいたため、一瞬反応が遅れたが何とかなった。
だがモンスターの攻撃はそれでは終わらない。顔をトールの方へ向けると大きく口を開いた。その奥に赤く光る塊が見えたと思った瞬間、強烈な光と熱気がトールを襲った。
トールは盾を身体の前に出し防ぎながら何とか後ろに跳んで距離をとった。

熱い、痛い。

HPという見えない鎧のおかげで直ぐに火傷するわけではないが、それでも痛みを感じるのは厄介な事だった。
そしてここに来てやっと敵モンスターの全貌を見る事が出来た。だがそれはトールに驚愕をもたらした。
目の前にいたモンスターは『ドラゴン』だった。
四足歩行のドラゴンで緑の鱗は鋼鉄のように照り光って見える。DQⅠ~Ⅲに出てきたタイプのドラゴンだ。
その四肢は大地を掴み、口からはみ出た大きな牙、その眼は炎のように爛々と輝いている。
ファンタジー世界の王道モンスターであるドラゴンにこんなに早く会う事になるとは思ってもいなかった。
会うとしてももっと地下の階だと思っていた。そのため驚きは人一倍であった。
だが『ドラゴン』の方はそんなトールの気持ちなどお構い無しだった。

グワァァァァァァァ!

その咆哮は『おたけび』でもあった。トールは抵抗して己の中に浮かび上がる恐怖を打ち消した。
先手先手を取られている。
これはトールの本来の戦い方ではない。素早さを生かして先を取り、いかに相手に何もさせずに戦うかがトールの戦法だ。
驚きで行動が鈍ってしまったが、大した怪我をしていないのは幸いだった。
ならば戦いはこれからだ。

「スラきち」

「スクルト」

トールの意を汲み素早くスラきちは呪文を唱える。

「ピオリム」

トールもまた呪文を唱える。そしてまずはドラゴンから距離を取るために走った。
ドラゴンの速さは先ほどの動きで分かった。巨体に似合わぬ速さだったが、それでもトールの方が速い。
それに呪文の後押しもあるし、もしもの場合は『闘気法』もある。
迷宮の通路でであったなら、他のモンスターの事も考えなくてはいけないため無闇に背を見せて逃げる事など出来ないが、この広間ならそんなことを気にしなくても良い。
一気に『ドラゴン』との距離は広がる。その間に『スクルト』と『ピオリム』の重ねがけはしておく。
それが終わればいよいよ戦闘開始だ。
『ゴーレム』の時のように『ためる』は出来ない。そもそも『ためる』は集中力がいる作業だ。立ち止まらなくてはする事は出来ない。その間に攻撃などされれば無防備な状態に攻撃をくらうのと同じ事であるためとても危険だ。
使うにはそれをフォーローしてくれる仲間の存在が必要不可欠だが、今のトールの仲間はスラきちだけで、そのスラきちにフォーローを頼むのはさすがに無理というものだ。
だから今回は『ためる』を使わない。

トールはまず盾の装備を換える。

盾:ライトシールド(守+10)→ドラゴンシールド(守+25)

換えた分だけ盾が大きく重くなったが、それは『ピオリム』で素早くなっている分で帳消しだ。その分防御力はもアップしている。そして何よりこのドラゴンシールドの利点は炎や吹雪に対しての耐性を持っていることだ。
カジノで手に入れたときは、もしもの時を考えて保険のような感じで交換したのだが、そのもしもの時がこんなに早く来るとは思っていなかった。

トールは転進すると意を決してドラゴンシールドに身を隠しながら『ドラゴン』に突っ込んでいった。
『ドラゴン』はトールを迎え撃つかのように口から『はげしい炎』を吐くが、ドラゴンシールドは淡い光を放ちながら炎を遮った。完全に遮れるわけではないが、それでもその効果は絶大なものに感じた。
痛みが少ないと言うだけで戦う時には有利だからだ。

炎の激流を抜けトールは『ドラゴン』の側面に躍り出た。ここまでくれば攻撃あるのみだ。
そして相手が『ドラゴン』であるなら、するべき攻撃方法は決まっていた。

「ドラゴン斬り!」

ドラゴン種に対してより大きなダメージを与える事が出来るその技は、鋼鉄のような『ドラゴン』の鱗を引き裂いた。ただの『ドラゴン斬り』ではない。『オーラブレード』で攻撃力を増した『ドラゴン斬り』だ。

ガァァァァァァァァ!

痛みのためドラゴンは吼え、その丸太のような尾を振り回してトールを襲うが、それを素早く避ける。そしてその尾に斬りつける。勿論『ドラゴン斬り』プラス『オーラブレード』だ。

HPを使うはずの『オーラブレード』は本来連発できるような技ではないが、それを連発できるには訳がある。
スラきちの存在だ。腰のモンスター袋の中から『ホイミ』をかけ続けていてくれるのだ。
MPが切れた時のために袋の中には『まほうのせいすい』も一緒に入れてある。
そのため今のトールは自動回復をしているようなものだった。二回行動をしているといっても良かった。



トールは『ドラゴン』の側から離れずに戦う。やはり一番厄介な攻撃は『はげしい炎』などのブレス攻撃だと思っているからだ。
ドラゴンシールドで威力を弱める事はできるが、それでも視界いっぱいに広がる炎を見るのは心臓に悪いし、万が一を考えてしまう。
爪や牙での攻撃は確かに強力だが、まだ避ける事が出来る。だが広範囲のブレス攻撃は避ける事は出来ない
それならば出させないようにすれば良い。そのために『ドラゴン』から離れない。
近距離でのブレス攻撃は隙が大きいから、ブレスが使われそうな時には先手を取って攻撃を潰す事が出来るからだ。

トールは何度も『ドラゴン斬り』で斬りつける。
時折爪や体当たりをくらうが、盾で防いだり『スクルト』の恩恵で攻撃自体を耐える事が出来た。もっとも強力に見える牙での噛み付きだけは注意していた。
何度目かの攻防の後、決定的な一撃がついに『ドラゴン』の首筋を斬り裂いた。

グギャァァァァァァァ!

断末魔とも言うべき咆哮を上げると、ズドンッと音を立てて『ドラゴン』は床に倒れこんだ。
そして鍵と幾らかのGに姿を変えて消えていった。

この戦いは一人では勝てなかっただろう。スラきちの援護があったからだ。
トールは腰のモンスター袋の中にいる小さな仲間に感謝した。

「ありがとう」

ボソリと呟いた一言はトールの本心からあふれ出た言葉だった。

そして精神的にも肉体的にも疲れこんだトールはその場で床に座り込んだのだった。


****


鍵を拾ったトールは二つ鍵の扉がある広間へ行った。
考えが正しいのなら、トールがモンスターを倒して得た二つの鍵は、この扉の二つの鍵と対応しているはずだ。
左の部屋で得た鍵を左の鍵穴に、右の部屋で得た鍵を右の鍵穴に入れる。二つともスムーズに入る。そして二つ同時に鍵を回した。
扉の周りが一瞬光ったかと思うと両開きの扉はゆっくりと手前に向かって開いていった。

鍵はその役目を終えたかのように消え去っている。
開いた先でトールが見たものは、階段だった。
つまりトールがモンスターと戦う決意をした事は間違いではなかったということだ。
トールが中に入ると、後ろで『バタンッ』と扉が閉まる音がした。
何かが起こるかと思い慌てて身構えるが、一向に何も起きない。
多分二匹のモンスターを倒した者以外がこの部屋に入れないようにするための仕掛けなのだろう。
目の前の階段さえ降りればそこは11階だ。つまり11階までは直通で来れるルートが出来るため、再びこの部屋に入る必要はなくなるということなのだろう。
一応の納得をすると、トールは階段を降りていった。

トールは11階に辿り着いた。


****


第3層である11階に降りたがいきなり探索はせず、次の変化期までは第2層で探索していない場所に行っていた。


宝箱:やくそう(3個)、せいすい(1個)、まほうのせいすい(1個)、上やくそう(2個)、まんげつそう(3個)、


そして数日後、前に第二層に降りた時と同じようにルイーダに呼ばれた。



「こんにちは、ルイーダさん」

「……いらっしゃい」

いつもと変わらぬ調子でトールは酒場に入るが、出迎えるルイーダの様子が変だった。細目でトールと見てため息をついたりしている。

「……何かあったんですか?」

カウンターについたトールはルイーダのあんまりな態度に尋ねずにはいられない。

「何かって、そりゃあ……まあいいわ。それは後よ。まずは冒険者酒場から冒険者への贈り物があるわ」

ルイーダは先ほどまでの表情とは変わり真面目なものになる。それを見てトールも疑問を棚上げしておく。とにもかくにもまずは冒険者の事を第一にしなくてはいけないとの思いがあるからだ。

「贈り物……ですか?」

「そうよ。11階へ、つまり第三層へ到達した冒険者への贈呈品よ」

そう言いながらルイーダは二つの三角錐の形をした石をトールの前に置いた。色は青と赤の宝石だ。

「これは二つで一組の物で『オクルーラの秘石』と言われているわ。使い方は簡単よ。赤い方の石をある場所に置いて、他の場所で青い石を持ってキーワードといえば、あっという間に赤い石のある場所に行けるっていう物よ。11階からは更に迷宮が広がるから、これまでのように潜っているとその間に変化期が来てしまうのよ。そうならないためにも、その秘石を使えば前日探索を終えた所から探索を再開する事が出来るというわけ。一度置けば生半可な事じゃあ取れないから、誰かが持っていくって言う心配はしなくてもいいと思うけど、置く場所には注意をしたほうが良いわ。ただの通路の置いたとして、次の日にその場所に行った時に周りがモンスターだらけっていうこともあるかもしれないからね。階段室のように絶対に変化しない場所やモンスターが入れない場所があるからそういう場所に設置すると良いわね。まあ大抵は階段室に置くって話しよ。そうすれば変化期が来てもその階層の初めからやり直さなくても良いしね。設置した石はこうしてもう一つの石を近づければとれるようになるわ」

置いた赤い秘石に手に持った青い秘石を近づけると、仄かに光るとカウンターから取る事が出来た。

「というわけだから、これは大切にしてね。ちなみにキーワードは『オクルーラ』よ」

ルイーダはトールに『オクルーラの秘石』を手渡した。

「もし失くしたり壊したりした場合には、次からは買ってもらう事になるから注意してね」

「高いんですか?」

「それなりにね。原価はそれほどでもないらしいんだけど、作るのに時間がかかるらしいわ。一応値段は言っておくと、一組で10000Gよ。まあ大半は寄付だと思ってくれて良いわ。後『オクルーラの秘石』は一組しか渡せないからね。いくら便利でも二組目を売ることは出来ないわ。後無制限に転移出来るわけでもないから。まあ、迷宮内ぐらいなら十分のはずよ。後、決まりでそれは迷宮内でのみの使用になっているから。それを破ると何らかの罰則があるらしいわ。分かったかしら?」

「ええっ、分かりました」

これらの決まりも悪用をさせないためのものだろう。ただで貰うものだからある程度の約束事も守るつもりだ。それに態々迷宮を繰りかえし探索しないですむ方が有意義に思えた。

「それじゃあ不機嫌な理由を教えてくれますか?」

冒険者酒場の主人としての話が終わったのなら、後は個人としての話だ。基本的にトールがルイーダの元を訪ねるのは何か用があるときだけだが、何か怒らせたりした覚えはなかった。

「不機嫌じゃないわ。呆れていたのよ」

「呆れていた?」

「そうよ。ニヶ月とちょっとで第二層を制覇するなんて早々ないわよ」

「そうなんですか」

トールにしてみればトラウマで休んでいた時期もあったため、遅れていると思っていた。

「そうなんですかじゃないわよ。普通はこの第二層で早くて半年、普通で一年、中にはここで諦める人も多いのよ。それをこんなに早くなんて、感心するより呆れてくるわよ。門の番兵の人がたまに飲みに来るけど、君があんまり頻繁に迷宮に潜るから心配だって言ってたわよ。それでその心配通り瀕死の状態で戻って来たって言うし。それで少しの間来なくなったと思ったら、前以上に頻繁に潜るようになったって言うし、心配して呆れもするわよ」

「でも一層の時もそうだったし……」

「一層はまだ狭いから、一気に探索する人も多いわ。でも二層からはその広さが違ってくるわ。肉体的にも精神的にも疲労がたまるし、週にニ、三日探索するぐらいよ」

「で、でもそれじゃあ、探索が終わらなくないですか」

「ええ、独力じゃあ終わらないわね。だから冒険者同士で協力するのよ。階段の場所とかを教えあってね」

「はーあ、そうですか」

そんな事は考えもしなかった。ゲームでの迷宮探索は基本自分ひとりで進めていくものだ。それが頭にあり、現実のこの世界でも自分で探索しなければいけないものだと思っていた。
だがよく考えれば、アリーナの時にはトール自身が迷宮を案内して協力している。
そう考えれば、冒険者同士の協力もありなのかもしれない。

「そうなのよ。ところでトール、あなた、冒険者でちゃんとした知り合いいる。パーティーを組むような仲間じゃなくても良いわ」

「……一応いますし、仲間ならこの前出来ましたよ」

「そうなの。それならいいわ」

「紹介します」

「ええ、一度連れて来てね」

「今紹介しますよ。僕の仲間のスラきちです」

トールはモンスター袋からカウンターの上にスラきちを置いた。

「ピィー(ヨロシク)」

さすがにこれはルイーダも驚いたようだった。一瞬目を見開いたかと思ったが、すぐに微笑んだ。

「あなたはわたしの想像の斜め上をいくわね。こんな可愛らしい仲間を紹介されるとは思わなかったわ。それにしてもモンスターを仲間にするなんてスカウトリングでも貰ったのかしら」

「知ってるんですか」

「冒険者酒場を経営しているのよ。それぐらいは知っているわよ。それで冒険者の仲間は?」

「……いないですね」

「わたしは君の立場を分かっているつもりだから、簡単に仲間を作れとはいえないわ。でも話や行動で思うんだけど、どうも君は一人で問題を解決しようって言う気持ちが強いように感じるわ。そう思うのも分かるつもりだし、今は成功しているから良いけど、やっぱりもう少し考えたほうが良いと思うわ」

「そうですね。そうします」

ルイーダが心配してくれる気持ちは嬉しかった。
だからそう返事をしたが、実際にどうなるかは今のトールには何とも言えなかった。

「来た時に不機嫌だったのは謝るわ。でもあまり無理はして欲しくなかったしね。じゃあ、これからも頑張ってね」

「はい」

そう言ってトールは頷いた。




――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:20
職:盗賊
HP:150
MP:60
ちから:54
すばやさ:51+10(+10%)
みのまもり:24
きようさ:56+20+30(+10%)
みりょく:33
こうげき魔力:25
かいふく魔力:30+5
うん:38
こうげき力:109
しゅび力:101

言語スキル:3(会話2、読解、筆記)【熟練度:38】
盗賊スキル:4(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ、器用さ+20、リレミト、ピオリム)【熟練度:77】
剣スキル:6(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り、剣装備時攻撃力+10、ミラクルソード、はやぶさ斬り)【熟練度:33】
ゆうきスキル:4(自動レベルアップ、ホイミ、デイン、トヘロス、べホイミ)【熟練度:3】

特殊技能:闘気法(オーラブレード、ためる)、スカウト

経験値:35361

所持金:18779G

Gコイン:33880

持ち物:やくそう(55個)、上やくそう(5個)、毒けし草(24個)、おもいでのすず(5個)、スライムゼリー(3個)、まんげつそう(6個)、せいすい(6個)、いのちのいし(5個)、まほうのせいすい(8個)、スカウトリング、モンスター袋、従魔の輪、リリルーラの粉、オクルーラの秘石


――― ステータス ―――
スラきち  ?
レベル:13
種族:スライム
HP:16
MP:18
ちから:8
すばやさ:19
みのまもり:14
かしこさ:23
うん:22
こうげき魔力:5
かいふく魔力:5

こうげき力:8
しゅび力:14

言語スキル:0
スライムスキル:2(自動レベルアップ、ホイミ、スクルト)




――― あとがき ―――

ゴーレム、瞬殺。
初めの予定ではもっと苦戦する予定でした。岩のゴーレムの防御力に苦戦し、倒せそうなところで『瞑想』を使われHPを回復されるなど、倒すまで一苦労するはずでした。
ですが相手に攻撃されるまで攻撃はしないという性質は初めからあった設定のため、それを基に考えていくとどうしても本文のようにしかなりえない。
慎重なトールが何の準備もせずにゴーレムに突っ込む何てことはありえない。補助呪文で万全準備をして、それでもなお相手が何もしてこないなら、『ためる』でテンションを上げる事もするだろう。そう考えていくと結果は本文の通りでした。
あまりにもあっけなかったため拍子抜けでしょうが、皆さんいかがだったでしょうか。


とりあえずここまでが2章『剣とトール』になります。
トールは一端の冒険者にはなりましたが、まだまだこの世界になれているわけではありません。先は長そうです。


ちなみに今回の中ボス二匹、気づいた人もいるかもしれませんが、DQⅠで中ボス扱いだったモンスターです。


DQD 23話で剣スキルの【熟練度】が間違っていました。52ではなく21でした。


それでは、また会いましょう



[13837] DQD   25話
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:c743701b
Date: 2010/03/22 00:31
DQD   25話

ルイーダとの話は改めてこの世界の冒険者というものを考えさせた。

『冒険者は気楽な家業ときたもんだ』

事の是非はともかく、一般人がよく口にする言葉である事に間違いはない。皮肉も入っているのだろうが、本心から言っている者も少なからずはいる。
街中で見る冒険者は休暇中であることが多く、酒場やカジノでいるところばかりがよく目撃される。それゆえに気楽そうに見られる一因となっている。

多くの冒険者は一日迷宮に潜っては一日休むというサイクルで探索を続ける。つまりは週の半分は身体を休める事に使っている。
それが怠慢だとは思わない。迷宮探索は命を生死の天秤に載せながら、何処まで行くのかを考えて進んでいくのだ。
その時に少しでも死のほうに天秤が傾くような事が起こればお仕舞いなのだ。少しでも生の方へ天秤を傾けるように、精神と身体を好調な状態にするのは当たり前の事だといっても良かった。

はっきり言えば、トールが異常なだけだった。
休むのは五日に一度ぐらいで、迷宮探索を始めると朝から日が暮れる時間まで8時間ほど通して潜り続けた。
これはトールの持っていた冒険者のイメージが原因だった。

ゲームの中の冒険者は、それこそ一日中でも戦い続ける。DQにおける冒険者もそうだ。
ゲームの中でも朝から夜へと時間は流れるが、街から街への移動やモンスターを倒してのレベル上げを、宿で休む事もせずに何日も過ごす事など良くある事だ。
トールの中に冒険者とはそういうものだという意識があった事はいうまでもない。
ゲームなのだから日常の描写が省略されるのは当然の事なのだが、その当たりに意識が行かなかった。

今回、ルイーダから指摘を受けて自分の探索の仕方が他と違う事に気がついた。
かといって今までの自分のやり方にトールは不都合を感じてはいなかった。
身体の疲れは一日休めば、宿に施してあるリホイミの結界の効果でたいていは回復する。精神的にもただ休んでいるよりも迷宮を探索している方が、目標に向かっているような気がして良い。
今のやり方がトールには合っていると思う。

ただ常識的ではなく、周りに心配をかけるかもしれないという事だけは覚えておこうと思った。


****


この迷宮で11階に至るということは、冒険者として生きていく上で重要な意味を持つ。
この街で冒険者といえば地下の迷宮を潜る者を言うが、何も全ての冒険者がこの街に来るわけでもない。
世界は危険に満ち溢れている。
街や一部の開拓された場所を除いて人の手が延びていない場所はたくさんある。
街の警備、街から街の移動の護衛、危険なモンスターの退治、そして未開の地への探索などが冒険者の仕事として存在する。
冒険者のランク付けの目安の一つとして、この迷宮の階層がある。つまり何処まで潜ったかで冒険者のしても力量を図るのだ。
11階に降りたと言う事は、『ゴーレム』と『ドラゴン』という巨大モンスター相手に戦い勝利した事を意味している。
戦闘力に関しては余程の無理を言わない限り文句は出ないレベルなのだ。

実際にこの11階にいけるかどうかが、この迷宮を潜り続けるかどうかの一種の境界線になる。
自動レベルアップのない者は、まずここで躓く。その中でもほんの一握りの者だけがスキルを上げてここを突破するが、それは並大抵の努力では為しえない事だ。
自動レベルアップがあっても簡単ではない事だ。そもそもここに来るまでに死んでしまったり、冒険が出来なくなるような大怪我をする事もあるのだ。
実際思い返してみれば、トールもあと少し運が悪ければ死んでいてもおかしくなかったのだ。
よって11階に至った者は実力と運がある者として扱われるのだ。
『クエスト』自体は5階に降りた時点から受ける事が出来るが、相手方から依頼として指定する際には、11階以上の者を望むのが殆どなのだ。
冒険者としての評価が上がり、依頼料も確実に違っていた。
トールは今のところ『クエスト』等の依頼を受ける気はないが、冒険者としてこの街にいる以上周りからの評価を知っておく事は良いことだった。。


****


これからの事だが、11階まで降りはしたがこのまま先に進んでも良いものか考えている。
レベル20にもなった事だし、気分転換の意味合いも兼ねてヒュンケルのところでまた修練をするのも選択の一つだと思っていた。
この前の修練は迷宮を探索する上で大いに自信をつけさせてもらった。
10階のモンスターの『ゴーレム』と『ドラゴン』を倒せたのは、ヒュンケルとの修練で『闘気法』を習得したお蔭だろう。
もし『闘気法』がない状態で戦っていたなら、今のレベルでは勝つにしても並大抵ではない苦労をしたか、勝てずに逃げ帰っただろう。

修練すればまた何か覚える事が出来るかもしれない。
いやヒュンケルと修練するだけでも得るものは多い。

受講料を支払うにも問題はないし、ヒュンケルのところで修練する事を決めようと思った所で、ビアンカから後二週間ほどでエルシオン学園を卒業すると聞いた。

そうなると思い出すのは、ビアンカ、フローラ、ソフィアの三人との約束だ。彼女たちの最初の冒険に付き合うと約束している。
今回のヒュンケルとの修練がどれほどかかるのかは分からないが、期間が長ければ彼女たちとの約束を果たす事が出来なくなるだろう。
となれば、どうするかは考えるまでもない。トールはヒュンケルとの修練を後にする事にした。
大事にしなければいけないのは、まずは約束事だ。知人の少ないこの世界での数少ない友人との約束だ。破るなんてもっての他だ。
ヒュンケルに関しては私事に過ぎない。三人との約束を果たした後に、改めて修練に赴くことに決めた。


****


そうなると、それまでの二週間をどのように過ごすかであるが、基本的には第二層である5~10階で調査の済ませていない場所への探索を続ける事にした。
その中で今までの生活や冒険から少しだけ変わったものがでてきた。



まずはトルネコ商会の『預かり所』を利用するようになった。

『預かり所』はお金も道具も何でも預かってくれる場所だ。小額からも預かってくれると言う話だが、一々預けたり引き出したりが面倒で使用しなかったが、10000G以上貯まった事だし直ぐには大金を使う予定もないため万が一を考えてGを預ける事にした。
道具に関しては『大きな小袋』にまだ空きがあるため、預けるつもりはないがいつか日使用するときも来るだろう。
場所は簡単に見つかる所だった。以前ルイーダは東区で一番大きな建物といったがそれは確かな事だった。
トールは入った事はなかったが以前から場所だけは知っていた。

建物も大きいが、中も負けずに広かった。
受付としての5つのカウンターがあり、その内の空いているカウンターに向かう。
初めての利用である事を告げると、『預かり所』を使用するにはまず手続きを踏まなければいけないとの事だった。とはいっても冒険者の場合は冒険者カードを提示するだけで済むので簡単だった。そして登録料として100Gを払えば終了だ。これで『預かり所』の使用が可能になった。

その後は奥にある部屋のうちの一つに通された。
『預かり所』は多数の人が利用するため、カウンターでは受付のみを行い、実際の『預かり所』としての機能は別の部屋で行うとの事だった。
通された部屋が今後トールがGや持ち物を預けるときに訪れる部屋になる。そしてこの部屋にいる人がトールの担当の係員というわけだ。
金髪で妙齢の女性がそこにいた。どこかで見たような気がしたが直ぐには思い出せなかった。

「ロクサーヌと申します。お客様はトール様ですね。今後はよろしくお願いします」

微笑みながらの自己紹介で、トールは目の前の女性が誰にしているのか分かった。DQⅨのWi-Fiショッピングのロクサーヌだ。色気というものを感じさせる女性だった。

「トールです。よろしくお願いします」

「はい、トール様。では今日はどのような御用でしょうか。Gならば100G単位からお預かりします。荷物は今のトール様ですと『大きな小袋』一つ分ほどがお預かりになれます。いかがいたしますか」

それを聞いて、以前ルイーダからどれだけでも預かってもらえると聞いた事を尋ねると、どうやらそれは全くの嘘ではないが、真実でもないという事だ。
確かにどれだけでも預けられる場合もある。だがそれは『預かり所』でのランク次第だということだ。

『預かり所』では、預けたGによってランクがあるらしい。普通のノーマルから始まってブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナの五段階があるらしい。
ランクが上がるごとに預けられる荷物の量も増え、プラチナになればどれ程の量でも預かるらしい。

トールにしてみると疑問を感じたから尋ねただけで、特に問題があったわけでもない。普通に考えれば『大きな小袋』一つ分でもあればそれで十分だし、今のところトールは荷物を預けるつもりはなかった。
もしものときを考えて一応Gを預けておこうと思ったに過ぎなかった。

トールは10000Gをロクサーヌに渡した。

「ありがとうございます。確かに10000Gお預かりしました。預かり額の合計が10000Gを超えましたので、トール様はブロンズランクになりました。お預かりできる荷物の量が二倍になりました。それと『錬金釜』が使用出来るようになりました。アイテムを二つ組み合わせる事により新たなアイテムを作り出すというものです。使用料はいただきますが貴重な体験が出来ると思われます。冒険者であるトール様のお役に立てると思いますので是非ともご活用ください」


たった一度Gを預けるだけで、ブロンズクラスに慣れたのは良かった事だと思う。荷物の預かり量が増えた事はどうでも良いが、『錬金釜』については興味が沸いた。

その後は『錬金釜』のある部屋に案内された。
『錬金釜』は二種類のアイテムを合成して別のアイテムを作り出す事の出来る装置で、他にも三種類のアイテムを合成できる『錬金釜』もあるとの事だ。
ただそれを使用できるにはシルバークラスに以上からだそうだ。ちなみにシルバークラスになるには50000G以上を貯蓄する事が条件になっている。

『錬金釜』の使い方は簡単だ。釜の中に合成したい二種類のアイテムを入れて、その後蓋をして少し経つと、合成できる場合は新たなアイテムが出来上がる。合成できない場合は、入れたアイテムがそのまま戻ってくる仕組みになっている。
使用料は一回10G。これは成功、失敗に関わらず払う事になっていた。

トールはとりあえずのゲームで覚えているものを試してみる事にした。
やくそうを二つ『錬金釜』に入れてみた。

錬金釜:【やくそう・やくそう → 上やくそう】

予想通りの物を作る事が出来た。



「トール様は、『錬金釜』の使い方を熟知されていらっしゃるのですか?」

トールがあっさりと『錬金釜』を使った事にロクサーヌは驚いているようだった。
『錬金釜』は現存品が非常に少なく、使われる事も一般的にはない。今現在使用できる状態にあるものはトルネコ商会にある物だけだろう。
使い方は分かっているが、何をどのように組み合わせればいいのかは未だに調査中のものも多くが、貴重品であるため誰にでも使わせるわけにもいかない。
だからトルネコ商会では『預かり所』で多くのGを預けてくれたものに対して、特典として使用を許可したのだ。
ある程度のGを預けられる冒険者は、ある程度以上の腕前を持った冒険者である事に違いないからだ。
『錬金釜』の有効性を知れば人を集める要因にもなるし、組み合わせの調査にも役立つ。まさに一石二鳥であった。
元はトルネコ商会の調査の一環により始まった事だが、使う冒険者の方にも利点があるため文句はなかった。
何より新しく『錬金釜』のレシピを見つけた者にはトルネコ商会からの謝礼もあるとのことだった。



そんな珍しい物を目の前にして、直ぐに使用したのだからロクサーヌが驚くのもある意味当然といえた。

トールはといえば『錬金釜』というDQで馴染みとなった道具に少し浮かれていた。
これで上やくそうや特やくそうが作れると思ったからだ。
新たに回復呪文の『べホイミ』を覚えたのは良いが、やはりMPはなるべく節約したいと思うし、もしもの時を考えると回復量の大きなアイテムがあればそれに越した事はないと思っていた。
はっきり言えばやくそうの回復量では少々心もとなくなっていた。
回復量の多い上やくそうは迷宮の宝箱やモンスターの落し物等で見つかるようになってきたが、街の道具屋では売っていない。
どうにかならないかと思っていたときに、この『錬金釜』の存在がこの世界でもある事が分かった。
ゲームと見た目のそれほど変わっては見えない。それならば使い方も変わっていないと考えるのはおかしい事ではないだろう。
それゆえついつい先走ってしまった。

「二つ入れれば出来るって言ってたじゃないですか。だからそのまま入れただけですよ。勢いってやつですか。はははははっ」

知っていたと言えば、それが何処から知ったのかという話になり説明するのもややこしくなると思い、トールは笑ってごまかす事にした。

ロクサーヌはジト目をするが、直ぐに元に戻り頭を下げた。

「そうですか。わかりました。不躾な事をお尋ねしてしまいどうもすいません」

どうやらロクサーヌはごまかされてくれるようだ。こちらの都合に合わせてくれたのだろう。これからも顔をあわせる事も考えると関係はよい状態にするべきだと思ったのかもしれない。

「こっちも勝手に使ってしまってすいません」

「いえ、トール様はすでに『錬金釜』を使う資格を得ていられます。わたしにそれをと咎める権利はありませんので、謝罪はわたくしの方のみがするべきことです。トール様はお気になされないようにお願いします。ところでトール様、今日はこれ以後も『錬金釜』をお使いになられますか?」

トールは頷く事で承諾の意を示した。

錬金釜:【やくそう・やくそう → 上やくそう】  19回
     【やくそう・上やくそう → いやし草】  5回
     【上やくそう・上やくそう → 特やくそう】 5回
     【やくそう・毒消し草 → 上毒消し草】 5回
     【上やくそう・まんげつそう → きつけそう】 6回
使用料:360G

とりあえずは道具関係で覚えているレシピを試してみたが、どれも成功した。
後で覚えているレシピを何かに書き出しておくべきだろう。この世界の『錬金釜』のレシピと同じなのかは分からないが、道具関係のレシピが同じである以上、多少は似ていると思う。

その日、トールはそれで帰る事にした。

お金に関しては15000Gぐらい貯まるごとに10000Gを預けに行く事に決めた。


****


宿屋に関しても少し変わった。
相変わらず『ダンカン亭』に泊まっているのは変わらないが、宿泊する部屋が変わった。
ダンカンさんの方から話があり、出来れば他の部屋に移ってほしいと言われたのだ。というのも、そもそもトールが使っている部屋は冒険の初心者やあまりお金のない人のために用意されていた部屋で、室内にはベッドとテーブルとイスぐらいしかないが、その分値段も安くなっていた。

初めて『ダンカン亭』を訪ねてきたトールはお金もなく冒険者になったばかりの初心者であったため、その部屋を借りるのに何の問題もなかったが、今のトールはレベルも上がり冒険者としてもそれなりの実力を持っておりGもある。
だからこそ安値の部屋ではなく、それなりの部屋に移って今の部屋は新たに冒険者になる者に譲ってほしいとの事なのだ。

そう言われてはトールにしても断るわけにはいかない。
この世界に来てほとんどを過ごして来た部屋だから多少の愛着はあるが、ダンカンの言葉も分かる。
トールは部屋を変わる事を承諾した。

移った部屋は一晩20Gの部屋だ。一月で600Gだが今のトールには何の問題もない。
今までの部屋は4畳ほどでベッドとテーブルで部屋が一杯になっていたが、今度の部屋は今までの3倍ほどの広さがあり、ベッドも広くなっている。内装も豪華になっているし、この広さならスラきちが走り回っても問題ないだろう。今までの部屋はさすがに狭くてスラきちにもあまり走らないようにさせていた。
生活するのに問題がなかったため、特に部屋や宿を変わろうという気にはならなかったが、せっかくGもあることだし、少しぐらい良い部屋に泊まるのも悪くないと思った。


****


『鍵』に関しても随分と考えた。
探索していて鍵のかかった扉や宝箱の存在がちらほら目立ってきたため、何とか『鍵屋』を探したいとは思っているが、何の目的地もなく街中を彷徨って探すのはあまりにも効率が悪かった。
場所を知っている者が他人に教えるのを禁止されているため、ハッサンやマーニャといた数少ない冒険者の知り合いに相談しても教えてもらう事が出来ない。
大人しく町中を探し回るしかないのだろうか。
そう考えたときに、頭の中にひらめく事があった。
誰かに聞くという方向で、ついこの間、その手の専門家と知り合った事を思い出したのだ。しかも相談に乗ってくれるように本人からの言葉だ。
『夢占い師グランマーズ』、探し物の専門家といってもいいのかもしれない。
トールはグランマーズの所へ向かう事にした。



「あっトール君、いらっしゃい」

出迎えてくれたのはミネアだった。

「姉さんなら今寝ていますけど、起こしてきましょうか」

トールを見てミネアがそう言うがのもある意味しょうがないのかもしれない。
平日の昼間はともかく、夜にはカジノでトールはマーニャとしばしば会っているのは事実だからだ。
気晴らしも兼ねてカジノで遊んでいるが、コインは余りかけず本当に楽しむためだけにゲームをしていた。
そのカジノで同じ時間帯にいれば、トールはマーニャと二人で行動していた。
勝ちが多ければ、その分を換金して酒場へ行き、その後は酔ったマーニャを送り届けにきた事もあった。
そのせいもあり、グランマーズの館にいる人たちとは知り合いといってもよいようになっていた。

「今日はおばあちゃんに用があるんだけど、いるかな?」

「ああっ、そうなんですか。なら運がいいですね。今ちょうどお客さんもいないときですから、会えると思いますよ。ちょっと聞いてきますね」

そのままミネアは奥に行ったかと思うと、直ぐに帰ってきた。

「会うから直ぐに来てくれって」

「ありがとう」

ミネアの言葉にトールは礼を言うと、そのまま奥へと入っていった。



「わざわざ昼間から会いに来たってことは何か迷ったって事かい?」

グランマーズにそう言われるが、実際の所迷宮探索で今の所不都合はない。扉に鍵がかかっていても、その向こう側へは他の通路を通って行く事は出来るし、宝箱も中身を取らなければ先に進めないわけでもない。こう考えると鍵はなくても探索事態には支障はない。
トールの好奇心を満たすのに必要なだけだ。

「迷ったってわけじゃなくて、ただ知りたいだけなんだけど……」

「ふむ、まずは話を聞かないと何ともいえないねえ」

「『鍵屋』の場所を知りたいんだけど、これって教えてもらえるのかなあ」

「なるほどねえ、西区のタルハルドっていう道具屋に行ってごらん。そこで売ってもらえるはずだよ」

「えっ?」

あまりにもあっけなく教えてもらえたためトールは呆けた様に呟いてしまった。

「何て顔しているんだ。お前さんは正解を引いただけだよ。『鍵屋』の存在を知るにはどうするか。答えは聞けばいいんだよ。わたしたちのような存在にね。冒険者同士での教えあいは確かに禁止されているけどね。それ以外から教えてもらうのは禁止されていないんだよ。わたしのほかにも街で占いをしているものたちに聞けば教えてくれるよ。そもそもこの街の何処にあるのかも分からない『鍵屋』を何のヒントもなく探すなんてまず無理だよ。これは言葉の裏を旨くつかめることができるかどうかっていうのをためすためのものだね。今のところの相談はこれだけかい」

「あっ、はい。どうもすいません」

「いいさ。また何かあったなら来ると良い」

「はい、そのときはお願いします」

トールは元気よく返事をした。


****


鍵を売っている道具屋は直ぐに見つかった。そこで「鍵がありますか」と聞いたら直ぐに売ってくれる事になった。
売ってくれる鍵の数は以前聞いたように、10個で一セットの鍵の束だ。
10個を使い終わるまで次の鍵を売ってくれないという条件の他に、一つの変化期の間に一セットしか売ってくれないという条件もあった。
つまりどの鍵を開けて、どの鍵を放っておくかを選択しなくてはいけないと言う事だろう。

鍵を売る場所も1変化期ごとに変わるらしく、次の変化期には別の道具屋での販売になるため、また占い師などに聞かなくてはいけないと言う事だ。
値段は一セットで1000Gと高めだ。鍵つきの宝箱といえども、中身はやくそうのみと言う事もあるらしいので、元が取れるかは微妙だが、珍しいレアアイテムと言われる物は、鍵つきの宝箱に入っているとのことなので、Gもそれなりにある今買わない手はないだろう。
トールは鍵を一セット買うと店を出た。

とりあえずまだ変化期は来ていないが、平均的な期間を見てもここ一週間ぐらいで来るだろう。
何とかそれまでに鍵を使いきることにした。


宝箱:やくそう(2個)、上やくそう(4個)、まほうのせいすい(3個)、はやてのリング(1個)、ちからのゆびわ(1個)、450G




そして二週間後、ビアンカ、フローラ、ソフィアの三人はエルシオン学園を卒業した。




――― ステータス ―――

トール  おとこ
レベル:21
職:盗賊
HP:158
MP:63
ちから:57
すばやさ:54+10(+10%)
みのまもり:26
きようさ:59+20+30(+10%)
みりょく:34
こうげき魔力:26
かいふく魔力:31+5
うん:42
こうげき力:112
しゅび力:103

言語スキル:3(会話2、読解、筆記)【熟練度:52】
盗賊スキル:5(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ、器用さ+20、リレミト、ピオリム、しのびあし)【熟練度:2】
剣スキル:6(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り、剣装備時攻撃力+10、ミラクルソード、はやぶさ斬り)【熟練度:67】
ゆうきスキル:4(自動レベルアップ、ホイミ、デイン、トヘロス、べホイミ)【熟練度:24】

特殊技能:闘気法(オーラブレード、ためる)、スカウト

経験値:43112

所持金:6896G (預かり所:20000G)

Gコイン:34050

持ち物:やくそう(5個)、上やくそう(8個)、特やくそう(5個)、毒けし草(19個)、上毒けし草(5個)、きつけそう(6個)、おもいでのすず(5個)、スライムゼリー(3個)、、せいすい(6個)、いのちのいし(5個)、まほうのせいすい(8個)、スカウトリング、モンスター袋、従魔の輪、リリルーラの粉、オクルーラの秘石


――― ステータス ―――
スラきち  ?
レベル:15
種族:スライム
HP:18
MP:22
ちから:8
すばやさ:24
みのまもり:16
かしこさ:29
うん:31
こうげき魔力:6
かいふく魔力:6

こうげき力:8
しゅび力:16

言語スキル:0
スライムスキル:3(自動レベルアップ、ホイミ、スクルト、ルカナン)




――― あとがき ―――

今回は幕間のようなお話です。
生活環境、冒険環境、共に少しずつ良くなっていきます。

次回からはいよいよビアンカたちとの冒険になります。とは言うもののトールの立場は保護者のようなものですけど。
ヒュンケルとの修行はその後になります。


それでは、また会いましょう



[13837] DQD   設定
Name: ryu@ma◆6f6c290b ID:07c3fe7a
Date: 2010/03/22 00:44
DQD   設定

本作中に書いてあるはずですが、分かりづらいと思われるものなどをまとめました。
これからも増やしていくつもりです。


***


『レベルアップ』について
『自動レベルアップ』のスキルを持っているか、いないかで違いがある。

『自動レベルアップ』のスキルをもっている者は、DQのゲームと同じく経験値(倒したモンスターの魂)を得て、それをある程度貯めた時自動的にレベルアップする。

『自動レベルアップ』のスキルをもっていない者は、持っている者と同じく経験値(倒したモンスターの魂)を得る事は出来るが、経験値を貯め続けることはできない。睡眠をとる事により貯めている経験値の半分近くを失くしてしまう。個人によって差はあるが、何もすることなく一日を過ごせば、得たはずの経験値はどんどん無くなってしまう。
レベルアップするときも、教会で『祝福』を受けなくてはならない。
これらのことがあり、レベルアップする経験値の必要値が多くなるレベル10辺りから、『自動レベルアップ』を持っていない者は、レベルの上がりが悪くなってしまう。


****


『スキル』について
職や武器、又個人個人の個性によって『スキル』があり、熟練度を上げる事によりスキルレベルが上がり、特技や呪文、特殊能力を覚える事が出来る。覚えられる特技・呪文・特殊能力も個人個人によって違ってくる。

『職』スキル
冒険者になった時になる職業によって得られるスキル

―― 盗賊 ―― 
素早さや器用さが上がる。索敵能力を持つ。
先制攻撃や『ぬすむ』をすることにより、熟練度は上がる。

―― 武闘家 ―― 
素早さや攻撃力が上がる。
戦う事により熟練度は上がる。


『武器』スキル
使う武器によって得られるスキル

―― 剣 ――
戦いで剣を使用する事により上がる。強い者と戦う方がより熟練度の上がりは早い。
修練により上がる事もある。

―― 素手 ――
素手で戦う事により上がる。強い者と戦う方がより熟練度の上がりは早い。
修練により上がる事もある。

―― 爪 ――
戦いで爪を使用する事により上がる。強い者と戦う方がより熟練度の上がりは早い。
修練により上がる事もある。



『特殊』スキル
生まれつき持っていたり、冒険者になったときに得る事が出来るスキル。全ての人が取得出来るわけではない。取得できる場合、本人が持つ特性によりスキルが違ってくる。勿論同じスキルを持つものをいる。

―― 言語 ――
あらゆる言葉が話せ、読み書きも可能になる。
『渡り人』は必ずこのスキルを持っている。
スキルレベル3になるまでは、普通に周りに人間と話たり、看板などの文字を見るだけでも上がる。もちろん本などを読めば更に上がり易くなる。
だだしスキルレベル3以上になると、本などを読むといった行動をしなければ上がらなくなる。

―― ゆうき ――
個人で持つ特殊スキルの一つ。
レベルがある程度上がる事によって、スキルも上がっていく。
その他の上げ方については不明。

―― オーラ ――
個人で持つ特殊スキルの一つ。
レベルがある程度上がる事によって、スキルも上がっていく。
その他の上げ方については不明。


****


『特技・呪文』について
本作中に出た特技・呪文の説明

ぬすむ:文字通り相手からアイテムを盗む事が出来る。必ず盗める訳ではない。

ドラゴン斬り:ドラゴン種に対してより大きなダメージを与える事が出来る。

メタル斬り:メタル種に対してより大きなダメージを与える事が出来る。

ホイミ:体力、傷などを小回復。

デイン:稲妻の矢によってモンスター一体を攻撃。

マヌーサ:相手に幻を見せ、命中率を下げる。

バイキルト:攻撃力を上げる。

ピオリム:素早さを上げる。

オーラブレード:大部分のHPを消費して相手に大打撃を与える『闘気法』の技法の一つ

ためる:『闘気』を内に溜める事によりテンションを上げ、身体能力を上げる。溜めれば溜めるほど能力値も上がる。

ギラ:閃光熱によって一定の範囲を攻撃。

ルカナン:相手全員の防御力を下げる。

リレミト:迷宮から脱出できる。

おたけび:叫ぶ事により相手をおびえさせる。

しっぷうきゃく:威力は落ちるが素早く攻撃が出来るけり技

あしばらい:相手の体勢を崩す事が出来るけり技。

まわしげり:周囲の敵にダメージ与えることが出来るけり技。

ウイングブロウ:通常攻撃の後風の刃を巻き起こし更にダメージを追加させる技

裂鋼拳:マシン種に対してより大きなダメージを与える事が出来る。

波動拳:『闘気』を光弾として打ち出す技。『武神流』の技法の一つ

アバカム:あらゆる鍵を開ける事の出来る呪文。

鍵開け:あらゆる鍵を開ける事の出来る特技。

ドルマ:暗黒の球体を発射して一体を攻撃。

ミラクルソード:通常より大きなダメージで斬りつけ、相手に与えたダメージの半分を回復できる。

トヘロス:使用者より弱いモンスターが近寄らなくなる。

ベホマ:体力、傷などを大回復。

ザオラル:身体の失った部分を再生(手や足の一本分ぐらい)。

ザオリク:身体の失った部分を完全再生。

スカラ:一人の守備力を上げる。

ルカニ:一人の守備力を下げる。

マホトーン:相手の魔法を封じる。

ピオリム:仲間全員の素早さを上げる。

はやぶさ斬り:高速で剣を振り二回攻撃をする。

スクルト:仲間全員の守備力を上げる。

しのびあし:魔物に見つからないように足音を立てないようにそっと歩ける。モンスターに見つかりにくくなる。


****


―― モンスターデータ ――
名前 ◇ 経験値 ◇ ゴールド ◇ HP ◇ 出現階数 ◇ 特殊攻撃法 ◇ アイテム

スライム ◇ 3 ◇ 2 ◇ 8 ◇ 1,2 ◇     ◇ やくそう、スライムゼリー

ドラキー ◇ 5 ◇ 5 ◇ 12 ◇ 1,2 ◇     ◇ 毒消し草、こうもりのはね

スライムベス ◇ 4 ◇ 3 ◇ 10 ◇ 1,2 ◇     ◇ やくそう、スライムゼリー

じんめんちょう ◇ 7 ◇ 6 ◇ 14 ◇ 2、3 ◇ マヌーサ ◇ まんげつそう、ちょうのはね

ゆうれい ◇ 6 ◇ 6 ◇ 17 ◇ 2、3 ◇     ◇ せいすい、布のふく

おおねずみ ◇ 4 ◇ 7 ◇ 11 ◇ 2、3 ◇ 仲間呼び ◇ やくそう、まじゅうのかわ
 
ぐんたいアリ ◇ 6 ◇ 7 ◇ 15 ◇ 3,4 ◇ 仲間呼び ◇ やくそう、上やくそう

キングコブラ ◇ 8 ◇ 9 ◇ 18 ◇ 3,4 ◇ 毒攻撃 ◇ 毒消し草、へびのぬけがら

わらいぶくろ ◇ 10 ◇ 12 ◇ 16 ◇ 3,4 ◇     ◇ やくそう、せいすい

バブルスライム ◇ 12 ◇ 8 ◇ 23 ◇ 4,5 ◇ 毒攻撃 ◇ 毒消し草、スライムゼリー

おばけきのこ ◇ 14 ◇ 11 ◇ 22 ◇ 4,5 ◇ 毒攻撃 ◇ やくそう、ゆめみの花

メラゴースト ◇ 15 ◇ 10 ◇ 16 ◇ 4,5 ◇ メラ ◇ せいすい、まほうのせいすい

おおきづち ◇ 16 ◇ 11 ◇ 24 ◇ 5 ◇ 力ため、痛恨の一撃 ◇ 皮のこしまき、こんぼう

まほうつかい ◇ 17 ◇ 14 ◇ 21 ◇ 5 ◇ メラ ◇ やくそう、かしの杖



ギズモ ◇ 31 ◇ 21 ◇ 30 ◇ 6,7 ◇ ギラ ◇ やくそう、どくがのこな

タホドラキー ◇ 28 ◇ 18 ◇ 35 ◇ 6,7 ◇ ルカナン ◇ 毒けし草、こうもりのはね

がいこつ ◇ 40 ◇ 30 ◇ 42 ◇ 6~8 ◇ ◇ ぬののてぶくろ、どうのつるぎ

ホイミスライム ◇ 24 ◇ 15 ◇ 28 ◇ 6~10 ◇ ホイミ ◇ やくそう、スライムゼリー

メーダ ◇ 32 ◇ 20 ◇ 36 ◇ 7,8 ◇ ドルマ ◇ 皮のムチ、まほうのせいすい

どくやずきん ◇ 34 ◇ 22 ◇ 36 ◇ 7~9 ◇ 毒攻撃 ◇ 毒けし草、皮のこて

マタンゴ ◇ 36 ◇ 23 ◇ 45 ◇ 8,9 ◇ あまい息、毒攻撃 ◇ 毒けし草、うるわしキノコ

ブラウニー ◇ 35 ◇ 25 ◇ 40 ◇ 8,9 ◇ 力ため、痛恨の一撃 ◇ やくそう、皮のこしまき

どぐうせんし ◇ 28 ◇ 42 ◇ 50 ◇ 9,10 ◇ スカラ、ルカニ ◇ かわのぼうし、うろこの盾

まじゅつし ◇ 42 ◇ 28 ◇ 42 ◇ 9,10 ◇ ギラ、ドルマ、マホトーン ◇ まどうしの杖、まほうのせいすい

おおめだま ◇ 30 ◇ 32 ◇ 44 ◇ 10 ◇ 顔色を変える、防御 ◇ やくそう、上やくそう

ひとくいサーベル ◇ 32 ◇ 38 ◇ 46 ◇ 10 ◇ 仲間呼び、痛恨の一撃 ◇ せいすい、どうのつるぎ

さそりアーマー ◇ 38 ◇ 31 ◇ 48 ◇ 10 ◇ 痛恨の一撃、毒攻撃 ◇ やくそう、かわのよろい


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