「福本さん」になっていた、福本君。
試合前取材が行われている甲子園の一塁側室内練習場で、懐かしい顔に出会った。「加藤さん、お久しぶりです。ブログ、見てますよ」。03年センバツ、花咲徳栄のエースとしてベスト8入りの原動力となった福本真史さんが、あの春と同じユニホーム姿で、笑っていた。
ユニホームには「ノッカー」という白いリボンがつけられていた。花咲徳栄から明大を経て、外野手としてTDK千曲川に入社。1年で秋田・にかほ市のTDKに統合されたが、昨年末に退社した。今年から花咲徳栄の非常勤事務職員を務める傍ら、高校野球の指導者として修行の日々が始まった。
7年前のセンバツをよく覚えている。福本さんは準々決勝の東洋大姫路(兵庫)戦、グエン・トラン・フォク・アン投手と延長15回引き分け再試合の死闘を演じた。再試合ではリリーフしたが、暴投で負けた。試合後は「お立ち台」で号泣していた。そんな17歳が今、指導者として甲子園の土を踏んでいるのだから、月日の移ろいは早過ぎる。
「選手とは打ち解けるまで、ちょっと時間がかかりました。お互い、手探りで。名前覚えるのも、一苦労だったんです。自分からアプローチして、とけ込んだというか」
試合直前、福本さんの仕事はジャスト3分間。強風が吹き荒れる甲子園の空に、小気味よくゴロやフライを打ち上げた。リズム良く内外野をボールが行き交う。それまで緊張していたナインが、この3分間で徐々に、加須市のグラウンドと同じ自信にあふれた顔になっていくのが分かる。
試合は、どこで見ていたの?
「バックネットで、ひっそりと見てました」
それにしても、エースの五明君、すごいね。九州王者の嘉手納に、2安打無四球完封だ。
「あの頃の自分なんかより、ずっと周りが見えている。落ち着いてましたね。僕はいきなり、点を取られてましたから」
7年前の経験を、五明君に伝えたりするのかな?
「ヤバイと思ったら、ロージンを見て、スタンドを見て、空を見ろ、って。そして、深呼吸する」
あの春、ピンチに空を見ていた福本さんの表情は今でも、鮮明に思い出せる。
もうひとつ、僕が覚えていることがある。福本さんはあのセンバツで、すっかり有名になった。その夏の埼玉大会、県営大宮公園球場での試合後に、ファンレターを渡したいな、でも恥ずかしくて渡せないな、といった女子高生が、もじもじしながら取材の輪の外で福本さんを見つめていた。
だからね、お節介だけど、僕はその女の子に言ったんだよ。「勇気を出して、渡しておいで。福本君はきっと、笑顔で受け取ってくれるよ」って。
「アハハハハ。そんなこと、ありましたかね。全然、覚えてないです」
福本さんは現在、24歳。いつか教職をとりたいという。きっとバレンタインデーには、鞄がいっぱいになっちゃうような、素敵な先生になることだろう。
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