きょうのコラム「時鐘」 2010年3月22日

 乗り合わせたバスに、傘を忘れてきた。弁当を忘れても傘を忘れるな、という気候はまだ続く。その戒めを知っていても、こんなことを繰り返すようでは先人に笑われる

井上陽水さんに「傘がない」という歌がある。40年近く前に流行し、オジサンたちは今も口ずさむ。「都会では自殺する若者が増えている」と歌い出し、それよりも問題は今日の雨で、傘がない。それでも「君に逢(あ)いにいかなくちゃ」と続く

社会問題よりも恋愛ざたが大事か。いや、その逆を主張しているのだ、などと議論もした。歌は、今の若者にも人気があるという。感心なことだ、と思ったが、都会だけでなく自殺の歯止めが利かない時代である。身につまされるような歌に今も若者が引かれるのに、感心している場合ではないだろう

弁当や傘を忘れても、簡単に買い求めることができる。忘れ物の不便は、あっさり解消できる便利な時代だが、こんなことでは心の緩みはなかなか治るまい。物や命までも粗末に扱う危うさも生んでしまう

便利さは、人を賢くするとは限らない。ありがたい時代なのか、そうではないのか。