オリジナル小説 『 Das Kafiglied...-檻歌- 』





 いまから語るのは、とある国の片隅にある街に屋敷を構える、
 付近ではちょっと名の知れた貴族の娘の話。

 彼女はいわゆる深窓の令嬢である。年齢は16歳。
 容姿も美しく、奥ゆかしい気品があり、求婚者も後を絶たない。

 幼い頃は、どのような学業や習い事も覚えるのが早いと賞賛され、
 家庭教師達と技や知識を競い合い、勝つことも稀ではなかった。
 しかし覚えることが早い分、飽きてしまうのも早かった。

 そして家庭教師達が新しい本などを持ってきても、それを簡単にできるようになってしまう。
 彼女にとって学ぶことや習い事とは、そんなことの繰り返し。
 それが言いつけなのだから、ちゃんとこなしていたけど、
 毎日がただ同じ事の繰り返しのようで、本心ではとても退屈していた。




「何でも欲しいものがあれば言いなさい」
 いつも、彼女の父親が娘に対して口癖のように言う言葉。


 …彼女にとって欲しいもの。それは『自由』だった。


 あなた達によって いえ、誰からも縛られることなく
 自分の意志で行動し 発言し 遊興し 読書し 旅行し 見聞し 恋愛をして・・・
 普通の女の子として生きてみたい それが 私の欲しいもの
 でもこんな事を言ったりしたら、お父様達が困るんだろうな…


 彼女はそう考え、そしてこう答える。
「うん。わかったわ」


 最も模範的で、最もありふれた解答。そして『当たりまえ』とも呼ばれる行為。
 このように答えれば、誰からも嫌な顔をされなくて済むし、
 何より父親だって『そう言った解答を望んでいた』はず。
 彼女はそれにただ『答えて』みせたのだ。

「お前は欲がないからなぁ。私は心配だよ」


 父親のその言葉に彼女は思う。


 …欲? それならちゃんと持ってる
ただ それを言ってしまって誰も困らせたくないから 私は逸る自分を押さえているだけ
 誰も私の本当の事なんて 分かっていないんだ・・・・


 寂しい…切ない…私はいつも ひとりぼっち……

私は きっと自分に嘘をついている

 そんな嘘の中でしか 生きられないなんて……


 まだ子供だった彼女にとってそれは、あまりに過酷な思いだった。




嘘をついていると気づいている分だけ よけいに心が苦しくなる
…結局 私は人形のような存在(もの)なのかもしれない

 でも、それで喜んでくれる人がいるなら、それで父の笑顔につながるのなら、
 恩返しにつながるのだとしたら、それはそれでいいと彼女は思うことにした。




 ある日、上流貴族の次男という男の子が屋敷のパーティーに招かれてやってくる。
 その男の子は彼女と同い年だった。
 照れくさそうにして男の子は、彼女に挨拶を交わす。
 思った物事をはっきりと話さないタイプの子だった。
 彼女は話しているだけで退屈を催すような、そんな印象さえ覚えていた。

 でも、父親から「ちゃんと挨拶をしなさい」「これからも仲良くしていきなさい」と言われた。
 そうある事がこの家の娘としてあるべき行いだと教えられてきたから、
 彼女は言われた通りにその子に挨拶の言葉を返し、『仲良く』振る舞うことにした。
 その間、退屈を催す自分の心を押し殺しながら・・・・




お父様の言いつけを守り 私を取り巻く人達の期待を裏切らないように
敷かれたレールの道順に沿って 落ちないように進んでいけば
誰からも冷たい目で見られないし 優しくしてくれる

 みんなはそうすることで『幸せ』が約束されているという。

― 本当にそれは 『幸せ』だと言えるの? ―

― その『幸せ』は どんな『幸せ』なの? ―

― あなた達は そうやって自分の『幸せ』を見つけてきたの? ―

― それとも『幸せ』っていうのは 誰かに与えられる物なのかな? ―

彼女はいつも、その問いの答えを探していた・・・





 パーティーは終わり、礼拝の時間が訪れる。
 彼女は神に祈りを捧げている。
「神様。『幸せ』って何ですか? 私にその本当の意味を教えて下さい」

 こうして彼女は何度、神に向かってこのお願いを言ったのだろうか?
 それはだいぶ以前から同じお願いを繰り返しているような気がする。


 しかし彼女は、『幸せ』でいられるその瞬間(とき)が来ると信じて、その日の訪れをただ待っていた。

 彼女はベッドに身体を横たえて、静かに目を閉じる。

 そうして、彼女の一日は終わりを告げる。




 太陽は昇り、新たな一日が幕を開けていく・・・・
 自分にとっての『幸せ』を知るために、彼女は再び目を覚ますのだ。
 そして、いつものように彼女はこう呟く。

「…『幸せ』って、何だろう?」



−Fin−

 


 


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