Ragnarok Online - IF -
『PRISONER』 プリズナー
グラストヘイム。
古代、神々が住まうとされてきた王都。かつて霏々なる栄華と誉を謳われ神都とすら記された歴史の都の面影は最早見る影もなく、現在ではすっかり頽廃し、転じて邪悪な魔物の棲まう巣窟と化している。それは“遺跡”ではなく、“魔城”と形容するに相応しい、廃墟の変わりきった姿――その異様なる禍禍しさは、見聞きする者の心さえ恐怖の最果てへと呑み込んでしまいそうだ。
――そんな場所で散策を行っている四人の姿がある。
身の丈程もある長大な剣を持ち、重厚な鎧に身を纏った騎士。
軽装に身を包み、両の腕にはカタールと呼ばれる異国の暗殺者の武器を携えたアサシン。
多彩な攻撃魔法を得意とし、その強大な魔力を圧倒的な攻撃力へと変換するウィザード。
神より授かった力を行使し、冒険者への癒しと加護を代行するプリースト。
彼らは数ある冒険者達の中でも、映え抜きの冒険者だった。
「――ちょっと待って。何か女の子の声が聞こえるわ」
グラストヘイムを散策していた4人の冒険者一行。手で遮って制止するウィザードの声に騎士、アサシン、プリーストの三人は足を止める。
・・・・・・て――――
・・・け・・・て――――
どうやら声はこの朽ちた階段の奥から聞こえてくるらしい。耳を澄ますと、少女のものと思われる細い声が確かに聞こえてくる。
「誰かいるみたいですね・・・」
「ここからじゃハッキリとは判らん、声のする所まで行って確かめてみよう」
カツ――カツ――カツ――――
――――四人が階段を降りていった先、朽ちた石造りの牢獄が広がっていた。
古代の牢獄の例に漏れず、その床という床、壁という壁にはあらゆる形の――罪人を拘束するというより寧ろ罪人を苦しめ、拷問を行い、不実な自白を強要する事に重きを置いた――そんな道具があちらこちらに打ち捨てられている。それを見るプリーストは思わず顔を背けていた。
微かに聞こえる声を辿り、四人は牢獄の中をただ歩く――しばらく歩いた先の部屋の中。
ひとりの女の子がいた。頬は痩せこけ、とうに流れる事を忘れた涙の跡が伝い、身に纏う衣服は既にボロボロに破れており、手足は強固な鎖で繋がれていた。少女は壊れかけた牢の片隅で、ただ独り。
「助けて・・・助けて・・・」
それだけを、呟いていた――――
――鎖を切って自由にしてあげた後。少女はしばらく何も話そうとはしなかった。
声をかけても、ただ首を乱暴に振るだけで何も口にしようとしない。救出されるまでにどれ程のことを経験すれば、ここまで酷い状態になってしまうのだろうか――少女の完全に脅え切った様子からも、それを容易に想像することは出来ない。
「もう何も怖いことなんてないのよー。あたし達が助け出してあげたんだから、安心しなさい」
「――――!!」
ウィザードが少女の頬をぷにぷにとつつく。びくびくっ、と少女は吃驚してプリーストの後ろに素早く隠れる。
「もう、彼女が怖がっているじゃないですかっ!」
「なによなによープリちゃん。その澄ました態度はー。だからアンタには男が寄り付かないのよ」
「な、な、なっ、それとこれとは関係ないじゃないですかっ!」
「へへ〜ん。どうやら図星だったみたいねぇ」
「う〜〜〜っ!」
あっさり言い込められたプリーストは、悔し涙を浮かべてウィザードを睨みつけながら、貴女は身嗜みがどうだの貞淑さが足りないだのと並べ立てる。それに対してウィザードは余裕顔。
――ひっく。ぐすっ。
さっきから喧嘩腰で言い合う二人を見て、少女は涙目になっていた。
「あ・・・」
「まぁ、あれだよ」
口元にバッテンを貼られたようにトボトボと歩く女性陣に呆れながら、騎士は少女に向かって。
「みんな口ではああ言ってるけど、本当は気の良いヤツらだからさ――すぐに打ち解けると思うよ」
「・・・・・・」
反応がないのは相変わらずだったが、少女はきょとんとした顔で騎士の歩く姿を見上げていた。
「この怖〜い女ウィザードさん“だけ”は別だけどな」
「あんたは一言多いのよっ!」
ぼかっ!
「あいてて・・・」
ウィザードの杖の先で思いっきり殴られるアサシン。叩かれた所からは大きな瘤が出来上がっていた。
「あらコブが付いたおかげで、少しは見られる顔になったじゃない?」
「なんだとこの〜〜〜・・・・・・」
わなわなと拳を握り締めるアサシン。あっかんべ〜をして挑発に拍車をかけるウィザード。
そんな二人の痴話喧嘩をみて、大きく溜め息をつく騎士とプリーストだった。
「――こんな人達だけど、私達はあなたの味方よ」
プリーストは少女に優しく微笑みかける。
「だからそんなに怖がらないで、ね?」
こく・・・。
少女は静かに頷いた――
コォオオオオ――――
突如だ。カタカタと、何かが鈍重に回転する音――に伴って。金属の格子や壁が音を立てて開いていく。開かれた場所からは、凶々しい気配が吹き抜け、不気味に鳴り響く唸り声をバックグラウンドに、魔物と思しき物影が現れ、幽然と、冒険者達の目の前にその姿を見せる。
それらは、かつてはこの牢獄の囚人であったと思われる――肉体は完全に風化し、骨だけの姿となった不死者どもや、その身を血の様に赤く染めた肉食蝿の群れだ。
「ちっ――おいでなすったか」
「!!」
唸り声を耳にし、魔物の姿を認めた少女は思い出したようにプリーストの傍にかけ寄ると、聖衣の裾を震える手でぎゅっと掴み、怯えた様子で魔物の群れをじっと見ていた。
「怖がらなくて大丈夫。お姉ちゃん達が貴女のことをちゃんと守ってあげるね」
プリーストが少女のそんな心情を読み取り、そう言って優しく言葉にする。
・・・うんうん。
少女はそんなプリーストの言葉を聞き、こくこくと二度頷いた。
「ここは私が魔法で軽く牽制するから、その隙に貴方達で時間を稼いで頂戴」
「っしゃーやるぜー!!」
四人はそれぞれの武器を構え、臨戦態勢に入った。
「サンダーストーム!!!」
先手を取ったのはウィザードだった。
その僅かな呟きと共に、魔法使いの杖から放たれた雷が、魔物達の動きを緩める。
と。
「――今よ!」
彼女の合図と共に散開する騎士とアサシン。のろのろとスローな動きで迫りくる不死者の群れ。騎士はその足元を目掛けて爆焔の剣を浴びせると刹那、アサシンは僅かに開いた隙間を勝機と見て駆け抜ける。彼は得意のカタールを閃かせ、肉食蝿の群れを瞬く間に切り裂いていく。騎士は体勢を立て直し、後衛に魔物が向かわないよう、卓越した太刀捌きで両手剣を振るい、不死者を一体、又一体と、確実に斬撃を加えていく。
「――OK、詠唱が済んだわよ」
騎士とアサシンに向けて不敵にウィンクを零し、魔物達の足元に魔法陣が浮かび上がってしばらく――ウィザードは呪文を完成させる。ストームガスト!!!――白魔の霧。大魔法と分類される、熟練を積んだ魔法士のみがその扱いを許された高位攻撃魔法。彼女が両手を大きく掲げると同時、魔方陣を中心とし、凍て付く冷気が氷点下の粒子の嵐へと姿を変えてシャワーのように降り注いだ。視界が一瞬にして白む。
嵐に巻き込まれた魔物達は効果範囲から必死に逃れようとしている。が、空気の振動さえ凍らせる冷気の渦に移動の遅いアンデッドの身では逃れる術もなく、一瞬にしてオブジェのような巨大な氷柱に包まれると、魔法によって生じた気圧差が起爆剤となって捕らえた獲物を逃すまいと圧し掛かり、氷柱の塊であったモノは音もなく小さな微粒子へと粉砕される。冷気の白みが晴れた頃、魔物達の姿はすべて跡形もなく消えていた――――
「まっ、ざっとこんなものよ」
得意になって勝利のポーズを決めるウィザード。「あたし達にかかって来るなんて10年はやいわねー」などと言いながら、横並びになったアサシンと共に腰に手を当て、けらけらと誇らしげに笑う。
「大丈夫、怪我はない?」
・・・こくこく。
そんな二人を尻目に騎士とプリーストが少女の安否を見ていた。怪我は無いようで安堵する。
「あっ、騎士。腕を怪我してるわ」
プリーストが騎士の腕を見てそう呟く。先ほどの戦闘で受けたダメージらしい。
見せてみなさいよ、とプリーストが騎士の手を取ろうとするや否や、少女が騎士の手を取り、傷口にそっと手を当てると。そこからぱぁっと光が溢れ、見る見るうちに傷が塞がっていった。
「まぁ・・・この子。治療の魔法が使えるのね」
・・・こくこく。
微力ながら修道士の心得がありますから。といった顔で頷く少女。
一方、ウィザードとアサシンはというと、勝ち誇って高笑いしているうちに、いつの間にか魔物の獄卒や刑吏に囲まれてあたふたしているようだった。
「おーい、たーすーけーてーくーれー・・・」
「――ナニやってんだ、あいつら」
そんな二人の様子を見た騎士たちから大粒の汗が零れた。
――たっぷりと尻拭いをさせられることしばらく。
「いやぁーこのオレとしたことが、あんな連中に囲まれてしまうなんてさー」
「そうねェ。あれは意外と手強かったわねェ」
「あーはいはい・・・」
「このオレにソニックブローを撃たせるなんて相当な手練だった。うんうん」
「このあたしのSPをあそこまで削らせるなんて敵ながら流石よね。うんうん」
「・・・・・・」
二人の武勇伝のような言い訳のような言葉を聞かされ続けて騎士ががっくりと項垂れていた。その後ろから、あの二人は決まってこうなのよーとプリーストが少女に話すと、少女はころころと微笑ましく笑っていた。
「この牢獄を抜け出したら。何をしたいっていうコトはある?」
「――?」
プリーストが少女に問いかける。少女は指を口に咥えたまま、言っている意味が分からないようでいた。
「へへ。心配するなって。このオレが直々に今時の遊びかたってモノを教えてあげるからな?」
「なぁによぅ! この子はあたしが先にツバつけたのよ。このあたしのギルドに引き取って、今時の流行をたっぷりと教えてあげるわ」
「ほらほら、二人とも喧嘩しない喧嘩しない」
「ま、これからの事はこれからゆっくりと考えていけばいいさ」
「そうです。焦らずじっくりGOGOですよ♪」
騎士とプリーストはにっこりと微笑むと、少女の頭をぽんと優しく撫でた。
「――!」
少女は騎士とプリーストの顔を交互に見ると、繋いだ手をぎゅっと握りしめていた。
「“おままごと”はそこまでだよ」
右手に一丈の鞭を持ち。半面を仮面で覆った女性が、大勢の不死者や獄卒や刑吏を引き連れ、立ち塞がっていた。
「くそッ――こんな時に敵の親玉の登場か――」
「ここはこのジルタス様のテリトリーだよ。いつ現れようと自由じゃないのさ」
ジルタスと名乗る魔物の女は気怠そうにそう言うと、少女のほうに視線を向け、
「小娘――真逆この監獄から逃げきれるなんて思っていたんじゃないだろうねぇ」
射抜くような視線で睨むジルタス。少女は両手を胸元で押さえ、がたがたと震えだしてしまった。
「ククク――この監獄から脱走しようとすればどんな罰が待っているか――忘れたとは言わせないよ?」
「――ぅあ。ああぁあ――――」
おぞましい記憶が甦るのか、恐怖と絶望に声なき声をあげてしまう。
怯える少女の精神が押し潰されそうになる姿を見て、ジルタスは満足そうに笑っていた。
「――――」
「さぁて、どうやってお仕置きをしてあげようかねぇ――」
ジルタスの仮面からのぞく貌が、サディスティックな彩合いに歪んでいた。
――と刹那、何か光るものがジルタスの貌を掠める。何事か、と振り向くと、ジルタスの後ろに立っていた獄卒の額にそれは突き刺さり、傷口を中心に毒々しい斑点模様が拡がる。獄卒は瞬く間に崩れ落ち、唯の骨の塊へと姿を変えていた。
「――っと、外しちまったか。アサシン特製の毒をたっぷりと塗りこんだ投げナイフだったのに」
「きっ、貴っ様ぁぁ〜〜!!!」
斃れる獄卒を見て平然と軽口を叩くアサシンを見て激昂したジルタスは、得物の鞭を石造りの床に向けて力任せに叩きつける。それを合図に、彼女を取り巻いていた魔物達が一斉に襲い掛かってきた。
「へへん♪ 接近戦ならこのオレに任せろってんだ」
「あの馬鹿・・・この状況でよくも・・・プリースト! お前はそのお嬢ちゃんをしっかり守っててやれ」
「わ、わかったわ」
「俺とあの馬鹿が前に出る。ウィザード、魔法でサポートを頼む!」
「オーケー! 任せて」
騎士は仲間に最低限の指示だけを言うと、剣を抜き放ち、魔物の群れに向けて構える。
決死の死闘が始まった――
「とは言ったものの――」
「これはちょっとまずいわね・・・」
騎士とアサシンが敵の隊列に切り込み、ウィザードが攻撃魔法で効果的なダメージを与える。初めの内は順調に倒せていたのだが。なにせ敵の数が段違いだった。半数くらいを倒しきったところで、体力も消耗し動きが鈍くなりつつあった。そんな彼らを意に介さず、疲れを知らぬ魔物と不死者達が、なおも次々と襲い掛かってくる。
「まずいな、幾ら何でも数が多すぎる」
騎士は剣を床に突立て、肩で息をしていた。
「せめてSPが全快だったなら、こんな奴ら楽勝でやっちゃえるのに」
「ここらへんがオレ達の年貢の納め時か――?」
「バッカじゃないの? ・・・アンタがあたしより先に死んだら許さないからね!!」
「おー怖えぇ怖えぇ。そこまで言われたら、ますます死ぬわけには行かないな」
「当たり前じゃない。行くわよ」
「おい騎士! 雑魚はオレ達に任せて、お前はあのムカつく女ボスを狙え!」
それだけを言うと、アサシンとウィザードは魔物の群れに切り込んでいった。騎士は意を決し、魔物の群れを掻き分けると、ジルタスに向かって斬りかかる。
「うぉあああぁぁぁ――――!!!!」
「このジルタス様に単騎で挑むなんてねぇ――馬鹿な子だよまったく」
手負いの騎士に本気を出すまでも無い、とジルタスは軽く鞭をしならせる。が、それはひらりと躱され、飛び上がった姿勢のままジルタスに強靭な一撃を放つ。「な――」
「主よ、悪しき者に立ち向かう戦士に聖なる祝福を!!」
後ろからプリーストの魔法が懸けられていた。突然身体が軽くなったようになり、重装備をしているとは思えない迅さで騎士は剣を振るう――…一合、二合、三合。幾ばくかの剣閃。威力、速さともに充分であり、問題は無い。だがそれは人間としてのレベルの話だ。魔物であるジルタスの運動能力が加護を纏った騎士の剣速に僅かに勝り――放たれた剣のすべてが躱されてしまう。
「生憎だけどねぇ、折角の攻撃も当たらなければ意味が無いのさ――」
ジルタスが不敵に笑うと、右手を大きく振りまわし、騎士を鞭のラッシュが襲う。
「――これが武器の使い方ってもんだよ」
鞭の特性である、幾条にも及ぶ不規則なラインを見抜くことはおろか、大降りの剣ではこの圧倒的な手数の責めを受け止めることなど出来る由も無く、騎士は図らずも鞭の直撃を受け続ける。鎧越しに強烈な衝撃が身体中を走り、騎士の体力を徐々に奪っていく。もしも騎士のこの重厚な装備が無かったら、彼の五体などとうに四散していただろう。しかし結果は時間の問題――
「そらッ!そらッ!!そらッ!!!」
「――ああぁッッ!!」
衝撃に耐え切れなくなった騎士は、そのまま鞭の衝撃によって弾き飛ばされ、その身を大きく壁に打ち付けてしまう。
「おやおやもう御仕舞いかい――少しも楽しめやしない・・・人間なんて脆いものだねェ・・・」
ジルタスの、深手を負い、追い詰められた者を見下ろす相眸は本当に気怠そうだ――まるで壊れかけた玩具を見るような目でじりじりと詰め寄ってくる。
「そらッ、とどめだよ――――!!」
満身創痍の騎士に向かってジルタスは鞭を振り上げる――が、それはヒットする直前で弾かれ、鞭の柄はジルタスの足元を転がっていった。
少女の掌から一筋の光の弾が放たれ、鞭をはじき落としていたのだ。
「くッ――小娘が・・・ホーリーライトだとッ――」
鞭がジルタスの手元から離れるや、力を振り絞った騎士の両手剣が閃めき、それは完全にジルタスの脇腹を捉えた。
鮮やかな太刀筋。両手剣はジルタスの身体に深く入り込んだ。鮮血がほとばしり、ジルタスの顔を覆っていた真紅の仮面が落ちる。
――起き上がる気配は無い。ジルタスとの勝敗はここに決した。
「っしゃあッ!! 騎士、こっちも粗方片付いたぜ」
「力を合わせてがんばれば、何とかなる物ですね」
「SPが途中で尽きかけたわー結構危なかったけどね」
ジルタスの取巻きの魔物達のほうも、なんとか片付いていたようだった。大きく息をつき、ピースサインを決めるアサシンとウィザード。プリーストの回復魔法で身体を癒してもらっていた。
「でも、今回一番の功労者は、勇気を出してあれだけの化け物と一緒に戦ってくれたお嬢ちゃんね」
「ふふっ。そうですね♪」
「って、肝心のお嬢ちゃんはどこだ。おーい?」
冒険者のパーティが勝利の余韻に浸っている頃。ジルタスは騎士の渾身の剣を受け、冷たい石床に横たわっていた。傷口は深く、出血も著しい。完全な致命傷だ。処置を施したところでまず助からないだろう。そんな彼女を、少女は物言わぬ瞳で見ていた。
「小娘、・・・・・・・・・」
ジルタスはそんな少女の表情を見て自虐的な笑みを浮かべると、少女にしか聞こえないくらいの細い声で何か呟いた。
「――この監獄に囚われた者は、永久に監獄に囚われたままなんだよ――」
少女はそんなジルタスが最期に呟いた言葉を聞き、永久の眠りに就いたその姿を哀しそうな目で一瞥すると、冒険者達と共に長くを過ごしてきた監獄を跡にした。
「やっぱり、いっぱいお洒落して、女の子の楽しさを知りたいわよねぇ?」
「その前にこのオレとデートだろ? ラブロマンスの素晴らしさってヤツを教えてやるよ」
「へーえ。アサシンって。こういう年端も行かない子が好みだったワケ?」
「う、うるせー! 関係ないだろっ!」
「あなた達っ! また喧嘩ばっかりしてぇっ!」
「――――はぁぁ」
――相変わらずな四人だった。あれ程の戦いの直後だと言うのに、こんな調子だ。
緊張感がまるでない。トラブルメーカーのアサシンとウィザードが二言目には喧嘩をし、それを必死になって止めようとするけど、性格が生真面目過ぎて時々喧嘩に巻き込まれては一緒に騒ぎ立てるプリースト。そんな三人を遠目に見る騎士はキリキリと痛む胃をぐっと抑えていた。
そんな四人の賑やかな姿に少女はにっこりと微笑んで。
「ありがとう――」
突然少女の身体がぱぁっと光を放ち、淡く白く輝く――冒険者達はそんな少女の姿を振り返ると、少女は光を放ったまま、ふわりと宙に舞い上がる。
「ありがとう。これで私、帰れるよ――」
「帰るって、どこへ?」
あまりに唐突な、少女の言葉だった。
「――――皆さんの事、とても感謝しています」
「・・・感謝なんて良いから、早くそこから降りてこいよ」
「私も本当はそうしたいのですけど・・・あはは」
少女は一瞬、寂しそうな眼をして。
「最期に、皆さんと出会えたこと――決して忘れません。」
「っ――」
「そういう――事だったの」
「ああっ、主よなんてこと――」
己自身の告白。口にした少女の頬から雫が落ちた。
「お、おいおいおいコレはどういう事だー?」
他の三人が言葉を失い、少女を見上げる中で、アサシンだけが、この状況を理解しきれていないようだった。
「ごめんなさい。本当は私、もう死んでしまっていたんです」
えぇぇっ!? 少女から事実を聞かされて、アサシンは吃驚マークを挙げる。
「えーそれじゃお嬢ちゃんはオレとデートできないってコトぢゃないかー!」
「いいからアンタは黙ってなさい」
ウィザードにぽかぽかと叩かれるアサシン。
にこっ。本当に相変わらずだね、と少女は微笑んだ。
――冒険者の皆さん。私のことを助けてくれて本当にありがとう。
――私を監獄から救い出してくれて、私の心は呪縛から解き放たれ、本当にあるべき場所に帰ることができます。
――残念ながらもうお別れしなければいけませんけど、私のことを1人の仲間として見てくれた――とても嬉しかった。
――みなさんが私にくれた優しさ。勇気。なによりかけがえの無い思い出を。
――いっぱいいっぱい、もらうことが出来たから。
――私はもう、この世界から消えてしまうけれど、決して寂しくなんてありません。
――もしも生まれ変わることが出来るなら、また皆さんと会って、今度は私も冒険者として一緒に旅をしてみたいです。
――あなた達のことは、決して忘れません――みなさんもどうか、お元気で。
――いつかきっと、どこかで出会えるその日まで。
――さようなら。・・・
それは声ではなく。心に直截伝わるメッセージだった。音を発することなく、言語すら超越した、心と心を通わせる、魂の、会話。それはまだ会話と呼ぶには、拙いものだったけれど。思いを伝えるには充分なもの。メッセージを伝え終わると、少女の身体が光の粒子になって消えていく。その姿を、4人の冒険者達はただ茫然となって見上げていた――
――彼女が最期に見せた表情は、とびきり極上の笑顔だった。
【終幕】