Ragnarok Online - IF - どじっ娘プリシリーズ
第2話 『伝説、来る』
「ひょっとして貴女が――?」
「うん。わたしがあの、にゃんこ先生だよ」
草原の中を激しく風が舞っている中。舞い上がった草葉を法衣にくっつけたまま、目の前にいる綺麗なお姉さんは言った。
この人が、伝説のあの、にゃんこ先生……?
「――うーん、そっかそっか。君があの子が言ってた、期待の新人君か〜」
私の顔を見るなりお姉さんは自分自身に速度増加をかけ、私の周りをぐるぐると回り腕を組んだままでうんうんと、何かに納得するようにブツブツと呟いてる。
「うんうん、色々小っちゃいと言っても個人差だから気にしない。今が発展途上発展途上」
私の背中を叩いて呵々と笑うお姉さん。よく分からないけど、いま物凄くショッキングなことを言われた気がした。涙目になりながら、なんとか言い返そうとする私。だけど……うわ、このお姉さん、屈託のない笑顔で誤魔化してるし。
と、お姉さんがいきなりずいっと顔を近付けてきた。人差し指を私の鼻先に当ててる。
「君に最初のお願い。まず私のことを、お姉さんって呼び方しないでね? 私は君のことを、これからプリちゃんって呼ぶことにするから」
んっ? 今思ってたコトをうっかり口に出して言ってしまってたかしら。そんな私の思考にうんうんと頷くお姉さん。
「まぁこんな場所で話すのも野暮だから、とりあえず場所を変えようよ」
そう言ってお姉さんがポータルを開いてくれたので、私はそれに乗ることにした。
「じゃあ、まずは君のことについて色々聞いてみようかな」
ポータルに乗った先は、街のオープンカフェのような場所だった。石で造られた人口の川が流れていて、サラサラと流れる水が陽の光をきらきらと反射している、とても美しい街並み……この世界には、こんな綺麗な場所があったんだ。今まで全然知らなかった。
「ウェイトレスさん。私はいつものコーラ……じゃない、ミルクティーを2つ」
お姉さん……先生から今何か、聞きなれない単語が飛び出たような気がしたけど、先生は慌てて訂正していた。
とりあえず注文を受けたウェイトレスさんは「かしこまりました」と頷いて立ち去っていく。
さっきまでのコトを差し引いてみても、先生の物腰の一つ一つが、上品でとても優雅。目と鼻の整った綺麗な顔立ちもそうなんだけど、出てるところはしっかり出ているし、私なんかとは比べ物にならないくらい、スタイルも抜群だった。見ていて、女の私でも思わずどきっとしてしまう。先生みたいな人のことを、大人の女性っていうのかな。
「どうしたの? さっきからそんなに私を見つめて?」
「い、いえいえいえ! なんでもありません!!」
急いで手を振ってごまかす私。
「……ふーん、なるほどねぇ」
先生はそんな私を見ながらニヤニヤと笑いを浮かべ、私の座る席の後ろに回ると、
「とりあえず、講義の後ででもどう? 私とふたりっきりで」
耳もとで囁くように言ってきた。
「……お待たせいたしました」
そんな先生の言葉を遮るように、2つのティーカップを持ってやってきていたウェイトレスさん。額に青筋を浮かべながら、無理に息を整えるように立っていた。
「……ごゆっくり、お寛ぎくださいませ」
「あ…あははは。じゃあ、さっそくプリちゃんの話を聞いてみようかな」
「んー……君のタイプを聞いてみると、SPのかかるキリエやMEとかより、負担の少ないSWとかサンクを覚える方が向いているかもね」
キリエ? ME? SW? サンク? そんないきなり略称を使われても私にはさっぱり分からないよ。
私の頭はさっそくオーバーヒートし、ぷすぷすと煙が噴き出しそうになっていた。
「セイフティウォールとサンクチュアリ。どっちも使うのにパラメーターの影響を受けにくいし、実用的だからプリちゃんにぴったりかも。覚えておいて損はないと思うよ」
先生がすぐに親切な補足をしてくれたおかげで、私の頭から出ていた煙がとまってくれた。
「ほらこれこれ。このページに載ってるよ」
と言って、先生が私に分厚い本を開いて見せてくれる。目を凝らして読んでみるけど、細かくて難しい文字で書かれてて、私にはチンプンカンプンで全然分からない。頭からは再び煙が噴き出し、今さっき飲んだばかりのミルクティーの水分が一気に蒸発していきそうだった。
「……んー。とりあえずここは実践あるのみだね」
そんな私の様子を見て考え事をしていた先生に、私は本を返す。
私はカップに残ったミルクティーを最後まで飲み干すと、私たちは席を立った。
「君が目標にしてる夢。立派な支援プリーストになれるように、今日はがんばろっか」
「とりあえず、この2つの魔法を使う為にはブルージェムの石が必要だから、練習用に沢山買って行こっか」
また先生から聞きなれない単語。私は思わず聞き返す。
「あのぅ……先生。ブルージェムって何ですか?」
「――えぇっ。君は今まで移動魔方陣(ポータル)の魔法とか使った事ないの?」
「いえ、ありますけど……」
先生はそんな私の受け答えに、とても驚いた顔をしていた。ポータルの魔法なら私でも知ってるし、自分で実際に使ったこともある。
ポータルといえば、私がアコライトだった頃から使っていた。目的地へと一瞬で行ける便利な瞬間移動の魔法だ。
臨時パーティとか修行に出かけるときとかに、とても役立っている。けれどブルージェムなんて言葉。聞いたコトも触れたコトもなかった。
……むむ。どんなに頭を捻って考えてみても、お兄さんがすごい魔法を使ったりする時に、何か石のような物を握り締めていたような……そんな朧げな記憶くらいしか思い出せない。
「じゃあ、今までどうやってポータルを使ってきたんだろ……」
先生は掌を顎にあてながらうーんうーんと唸っていると、私のポーチから一枚のカードが落ちた。
私はすぐに拾ってカードについた埃を払う。確かこれは、絵柄に女王バチの絵が描かれたカード。以前、どこでだったか忘れちゃったけど、私が一人で修行しているときに倒した魔物が落としたカードだったはず。
「うわ……いいなそれ」
それを先生は冷や汗をかきながら、とても羨ましそうな目で見ていた。
――結局、道具屋には行かず、先生の出したポータルに乗って私達は広い空き地にやってきた。
あとで私が「ブルージェムをたくさん買わなくて良かったんですか?」って訊ねると、先生は「いやぁ……そのカード一枚あったらジェムなんて要らないでしょー」って言ってた。このカードがそんなすごいアイテムだったなんて、私は全然知らなかった。鏡を見たらきっと私の顔は真っ赤になっていると思う。
「ほら。これがサンクチュアリだよ」
先生が一息に魔法を唱えると、地面がぱぁっと薄く輝きだしていた。
「このサンクチュアリに乗れば、自分やパーティの仲間達を一度に回復できるし。しかも邪悪な魔物を寄せ付けない効果もあるから、便利だよ」
「ほら、サンクチュアリの練習をしてみて」先生に促され、私はさっそく魔法の練習を始めた。
「……サンクチュアリっ、……サンクチュアリっ」
がんばって詠唱の練習をする。さすがに先生みたいに早くは魔法を唱えられなかった。途中で魔法を読み間違えたりして、舌を噛んだりする事もあったし。
舌を噛んでおろおろしている私に、先生はすぐさまヒールをかけてくれる。柔らかい光に包まれて、見る見るうちに傷が塞がっていく。その優しさは、いつも意地悪ばかりするお兄さんとは大違いだ。思わず涙が出てきちゃう。
私がサンクやSWの詠唱の修行中、何匹か魔物がやってきてたんだけれど、私たちにある程度近づくとそれは、どういうことかそのまま吹き飛んでいった。
「弱い魔物は気にしないで続けてねー♪」
先生はさっきから笑顔のままそこから動かず、私に手を振ってくれていたように見えたけど……これがさっき先生が言っていた「邪悪な魔物を寄せ付けない」っていう効果なのかなぁとか思いつつ。私は修行に集中した。
――カラスがカァとなく頃に。
「今日はこれくらいにしようかな。陽もだいぶ沈んできたし」
両手をぱんぱんと合わせて先生が、そろそろ帰ろうと言った。何度もSPを切らして疲れきった私は、そのまま地面にへたりこむ。
「お疲れ様。はじめの頃と比べて、だいぶ様になってきたじゃない」
先生が私の作った魔法を見て、頭を撫でてくれた。お兄さんみたいにゴツゴツしてなくて、すごく柔らかい手。
「この調子でがんばれば、いつか立派な支援プリーストになれるよ」
頭を撫でながら言ってくれた先生のその言葉が、これからの私の支えになってくれたのだった。
「そうそう、これ飲む?」
そういって手渡されたのは、コーラと言う飲み物が入った容器。手袋越しに触っても分かるくらい、とても冷たく冷えていた。先生がとても美味しそうに飲むから、私も先生に倣って容器を開け、中身を口にする。ごくごくと喉を鳴らして飲むと、それはとても甘くて、小さい泡が喉の奥でじゅわっと弾けた。修行で疲れた私の心がすっきりと癒されていくよう。――そんな不思議な味がした。
「さてと、すっかり遅くなっちゃったね」
先生のポータルでプロンテラへと戻ってきた私たち。
辺りはすっかりと暗くなっていた。今日はこれで解散かなぁと思いながら私は、今日と言う日を惜しむように先生と並んで街を歩く。
と、その時。先生の道具袋からプルルルッと念話の着信音が鳴った。
「――もしもし。えーっ、今夜はこれから折角のいい所なのに……うん、分かった。西区の辺りだね。すぐ行くよ」
私にごめんね、と言い、どこか残念そうにしながら、先生は速度増加をかけ、どこかへと走り去っていく。
どうしたのかな。と訳も分からず私も自分に速度増加をかけ、先生を追いかける。って、きゃああっ!?
先生の走り去って行ったところから、突然ゴオォっと吹き荒れる旋風。先生と出会う前のあの時と同じだ――私は思わず両手で顔をかばう。
ようやく風が収まると、先生の姿はどこにも居なくなっていた。
あれあれ? 先生はどこに行ったのかしら。キョロキョロと辺りを見回すと、街の遠くの方から、青白い光が見えた。とにかく私はそこを目指して走ることにした。
「仲間内で油祭りをしていたら突然コイツが現れて……」
「こんな人通りの多い場所でやっていたのか?」
「連帯責任よ。証拠として写真に撮らせてもらったわ」
「お前ら言い争ってる暇があったら、早くコイツを何とかしろよ」
――首都プロンテラ西街区。そこには一匹の魔物を遠巻きに見ながら言い争っている黒山があった。
通報に駆けつけた大勢の警備隊を前にして、事故で誤って魔物を召還してしまったらしい当事者達は、互いが互いに責任のなすりつけ合いをしている様子。一方警備隊はそれに呆れる余裕すらなく、抜刀した剣を震える手で魔物に向けるという、決して拮抗状態とはいえない状況で対峙している。事態は一向に収まらないでいた。
というのも、現れた魔物の規模が違いすぎたのだ。
そこに現れた魔物は“死の王”と呼ばれる、灰色の馬に跨り、灰色の甲冑に身を包んだ骸骨の騎士。
甲冑の隙間から溢れ出す瘴気は、レベルの低い者なら触れるだけで死に至るという。そんな恐ろしい、異世界の魔物。
正規の訓練を重ねているプロンテラ警備隊と言えど、平時の訓練でこのような規模の魔物との戦闘は想定されていなかった。
「――お待たせ。遅くなっちゃったね」
旋風と共に。凛とした声を伴って現れた人影は、伝説の二つ名で呼ばれる、濃紺の法衣に身を包んだプリーストの女性。
どこからともなく現れた彼女がその場に降り立つ。肩口までかかった青色の髪が揺れる。
彼女からは、その美しい容姿からは想像もできないような気迫が溢れ出ていた。肉眼でもハッキリと映るほどのその存在感に、先ほどまで激しく言い争っていた当事者も、警備隊も、傍観者も、その誰もが息を呑んだ。
「ロードオブデス、か……相手にとって不足はないよ。かかっておいで」
そう言って法衣に身を包んだ女性は、くいっくいっと魔物に向かって手招きをする。灰色の騎士はその仕草に激昂したか、その女性に狙いを定めると、甲冑と同じ鈍色の光を放つランスを構え、猛烈な迅さで突進してきた。
だけど女性はそれをゆらりと、最小限度の動作で躱す。振り返り様、眼にも留まらぬ速さで攻撃を繰り出す、灰色の騎士。
一度でもまともに攻撃を受ければただでは済まないだろう、というのに。そんなコトさえまるで楽しいと言うような。女性の表情には余裕の笑みすら浮かんでいた。そしてふと、女性の姿が消えたかと思うと、魔物に向かって何度も拳を打ち付けていた。
甲冑越しに拳の衝撃が伝わり、死の王と呼ばれる魔物も、さすがによろめいている。
「――こんな魔物なんざ素手で!!」
拳に更なる祝福儀礼をかけた彼女は、魔物に追い討ちをかけ……ようとした。
「えっ……?」
突然、誰かが飲み捨てたらしい空き瓶に躓いてしまった。
速度増加を掛けた足で動いていた勢いも手伝って、彼女は街道の石畳で思いっきり転んでしまう。
「うぅっ、これはひょっとしたらやばいかも……」
弾みで足首を捻ったらしく、女性は患部を押さえている。あまりの痛みに思わずヒールの言葉も出ない。そんな隙だらけの彼女を見た魔物は両眼を鋭く輝かせ、女性の目の前にやってくると、その巨大なランスを振り上げた。
「セイフティウォールっ!!」
――はぁはぁっ。よかった、何とか間に合った。この光を辿って慌てて駆けつけて大正解。
私が唱えた魔法で、魔物の前で倒れこむお姉さんの足元から光の壁が出てきて、魔物の攻撃を面白いように跳ね返している。――これが支援魔法って言うことなんだ。あまりの感動に嬉し涙を流したい気分だけど、私はすかさずっ!!
かきーん。
手にしたメイスを思いっきり振るうと、魔物の持っていた武器をどこか遠くまで弾き飛ばした。
そこで怯んだ魔物の動きをお姉さんは逃さない。
「ナイス、プリちゃん。それじゃあ、とどめ…行くよ!!」
お姉さんの掛け声と共に。私は精一杯メイスを振り上げ、お姉さんはオーラを乗せた拳を突き上げた。灰色の馬に乗った魔物は空高く吹き飛んでいき、夜空に浮かぶ星となって消えていった。辺りから大歓声のエールが沸き起こる。
ぜぇぜぇと息を切らしながら、私は見ている人たちの前でVサインを決めていた。
――と、今になって気がついた。
「ひょっとして今一緒に魔物をやっつけたお姉さんって、にゃんこ先せ……?」
「……あ、やばっ!!」
私がお姉さんにそう言って訊ねようとすると、私に顔を見られるのを嫌がったのか、お姉さんはテレポートでさっさと居なくなってしまった。……いったい何だったんだろう。
結局あれから私は街中を探したんだけど、にゃんこ先生の姿を見つけるコトができなかった。
――私は家に帰り、お兄さんに先生と一緒に過ごした出来事について色々と話をしていた。
「そうか、そいつは貴重な体験だったみたいだな」
いつもは何かと意地悪ばっかりしてくるお兄さん。だけど今日は頑張って支援魔法を2つも覚えられた私のコトを誉めてくれて、すごく嬉しかった。そしてお兄さんは、先生と比べたらだいぶゴツゴツした手だけど、私の頭を優しく撫でてくれた。えへへ。
「それじゃあ、今日はちょっと遅くなっちまったけど、メシにするか」
「いただきまーす」
今日はお兄さんが作ってくれたご馳走だ。今日は長い時間修行をがんばっていたからお腹もペコペコ。今夜は張りきって食べちゃおうと思った。お兄さんからそんなにがっつくなよ。料理は無くならないぞと失笑が聞こえていた。
……後日、二人は大勢の目撃者の証言により、にゃんこ先生と私が二人でひとつの伝説を築き上げたという話が、プロンテラ中を駆け巡った――噂を聞いたお兄さんから私は、また大笑いの種にされてしまうコトになった。
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