Ragnarok Online - IF - どじっ娘プリシリーズ
第1話 『臨時パーティ、再び』
そして私は念願のプリーストになることができた。
子供の頃からの夢だったんだから。仲間達からもいっぱい祝福されて、妹にも胸いっぱいに喜ばれて。
また一緒に冒険しようね。と約束を交わして私達は別れた。
「まぁ、せいぜい頑張れ」
だけど。これが私が一番言って欲しかった人の言葉。そう、たった一言それだけ。
お兄さんがプリーストになった私にかけてくれた言葉がコレだ。
ニヒルに笑って私の頭を軽くぽんぽんと叩くと、まるで今までガマンしていたものを吐き出すようにお腹を抱えて笑い転げるお兄さん。いま思い出しても頭にきちゃう。いつになったら子供扱いされなくなるんだろう。と思いながら。
見てなさいよお兄さん。いつか修行の成果を見せてあげるんだから! と私は、冒険者の、冒険者による、冒険の為の広場。通称、臨時パーティ広場で冒険者を募るコトにした。
『なりたて支援プリースト、ただいまパーティメンバー募集中!』
こんな所でいいかな。即席の看板にそう書いて私は一緒に冒険してくれる人を待つ。
――そうやってパーティに誘ってくれる冒険者を待ち続けるコト数時間。
誰も来ない。ありえないくらい誰も来ない。広場には優に100人を超えるくらいの人だかりが出来ているのに。みんな私の看板をみるなり、そっぽを向いてしまう。お兄さんに追いつく為に、マグニフィカートとか、リカバリーとか、メイス修練とか。色々な支援スキルを頑張って覚えたのに。
これじゃ私のスキルを活かしようがないじゃない。ぐぅぅ、とお腹の鳴る音までしてきた。
私は諦めて、立てかけていた看板を降ろそうとした。その時だった。
「あの、すみませーん……」
ふとそんな声が聞こえてきた。見ると魔法士風の格好をした男の人だった。
思わず私は「あの、ひょっとして私のことですか?」と聞き返す。
男の人に「ええ、そうですそうです」と言われると、私は嬉しさに飛び跳ねてしまう。
プリーストになって初めてパーティのお誘いが来たのよ。あまりに嬉しすぎて私はしばらく辺りをぴょんぴょんと跳ねていた。その時周りの人が顔を赤くしながら私のほうを見ていたけれど、この嬉しさに比べたらそんなもの全然気にならなかった。
――と、こほん。とりあえず。
この私を頼ってくれたからには、私が覚えた支援の修行の成果を見せてあげるんだから!
そう意気込んでいたのに、この男の人は。
「僕達のパーティに“前衛”が足りなくて――“殴り”の得意な方を探していたんです。もしよろしかったら」
ずるっ。
“殴り”ですって? 私は“支援”プリーストなのに。失礼しちゃうわ。
頭にきて私はその人に抗議をするところだった。
「よっ、久しぶりだなアコライトちゃん。いや今はプリーストちゃんかな」
と。魔法士さんの後ろからひょいっと現れたのは、私がアコライトだった頃に一緒にパーティを組んでくれた、転職試験を受ける時にも応援に駆けつけてくれたローグさんだった。
――そのローグさんと魔法士さんは同じパーティだったらしく。結局私は、そのパーティと一緒に冒険することになった。
「プリちゃんの“殴り”の実力は、このプロンテラで知らない人はいないくらい、すっかり有名だからね」
「はぁ…そうなんですかぁ……」
「貴女のお噂は兼ね兼ねお聞きしております。聖職者殿」
「なんと言ってもこの子は、首都プロンテラをテロから護った“勇者”だからな。あのプロンテラ騎士団から正式に名誉勲章を授与された聖職者なんて、王国中何処を探してもプリちゃんくらいじゃないかな」
ローグさんは豪快に笑いながら、私のコトをまるで自分の武勇伝みたいに語っている。
そんなコトで誉められても全然嬉しくない。というかとても哀しい。それに女の子に向かって“勇者”だなんて言わないで。私は“支援”プリーストになるどころか“殴り”プリーストとして名前が知れ渡っていただなんて。
家にはオシリス王の王冠や虎の絵が描かれたカード、私が今までやっつけてきた魔物が落としたアイテム――後で聞いて驚いたんだけど、普通に冒険しているだけじゃ手に入らないアイテムばかりだったらしい――そういうレアアイテムをお兄さんによってこれ見よがしに飾られている事も思い出させないで。……恥ずかしくて、穴があったら入りたかった。
「私も貴女と同じく聖職に仕える身として、とても見習いたいです」
もう1人、パーティに同行しているプリースト。この人も私がアコライトだった頃に一緒のパーティにいた人だ。この人には全然かなわない。齢は私とそんなに変わらないくらいなのに、さっきからパーティの会話に入りながら、ヒールや支援魔法の効果が切れないようにパーティメンバー全員に満遍なくかけ続けている。よくあそこまで早口で魔法を唱えられると思った。しかもSPを絶対に切らさないし。みんなの能力や動き方のクセとかを正確に掴んでいて、更に自分自身が魔法を唱える時間とタイミングさえ計算に入れているようなこの人には。しかもホーリーライトまで使ってるし。私なんて魔法を使ったらすぐに疲れて息が上がっちゃうのに。
口惜しくなって私は、手に持つメイスをぶんぶんと振りまわす。メイスに触れたところから、次々と倒れる魔物達。
強そうな魔物が私のメイスの一撃で倒れる度、「おーっ」とパーティ全員から拍手喝采が上がる。
はぁ……思わず溜息をついてしまう。
そんなすごくやるせない冒険は、陽が沈み、空の色がすっかり暗くなるころまで続いた。
パチパチと焚き火が燃える音。それを囲うようにみんなが腰を降ろす。
冒険で得た戦利品の分配、というやつだった。
全員で拾い集めたアイテム類をパーティの商人さんに渡し、換金してもらう。
「収集品はこれだけで、ざっと800,000ゼニーかな」
商人さんはとても慣れた手つきでソロバンを弾いて、金額を出す。そしてかえるの口みたいな形をした財布を取り出すと、メンバー全員に公平になるようにお金を渡してくれる。
「あとレアアイテムで鈍器が出たんだけど、欲しい人いる?」
「鈍器といえばプリちゃんだろう。ここはプリちゃんのこれからを祝してプレゼントってコトでどう?」
「「「賛成〜♪」」」
あっさりと。私を除いたパーティメンバーの満場一致で可決されてしまった――
がーん。すでに私=鈍器娘のイメージが出来上がってしまっていたなんて。
あまりの情けなさに、私が大粒の涙を流していると、ローグさんから軽く肩を小突かれる。
「そうそう、君はにゃんこ先生って知ってる?」
「にゃんこ先生?」
「その筋でかなり有名なプリの人だよ。一部では伝説とまで言われてる。知らない?」
う……それは完全に初耳だ。
「ちなみにオレッチの相方も、先生から手解きを受けてたんだぜ?」
と言って、親指をくいっともう1人のプリーストさんの方に向ける。へぇそうなんだ。
プリーストさんも傍にやってきて、パーティが解散してからも、私達はしばらく懐かしさに話に花を咲かせていた。
――支援の上手なプリーストさんにお願いして(半分以上はローグさんが強引に)、私はにゃんこ先生という人に会わせてもらえる事になった。なんだかとてもスゴイプリーストの人らしい。
どんな人なんだろう。と私はわくわくしている。
そしてここがその待ち合わせ場所。プロンテラから少し離れた郊外。一面が草原だらけの場所だった。
「確か待ち合わせ場所はこの辺であっていたはずよね……」
約束の相手が見つからなくて、私はとても心配になる。
私はとても忘れっぽくて、地図を持っていても行き先を間違えるような方向オンチだからとても心配。
あのローグさん達に念話で何度も確認したから、ここで間違いないはずなんだけど――
――と。私の後ろで何かが呻くような声がする。振り向くと。
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!!」
思わず、叫び声を挙げていた。
赤い芋虫さん達――私がお兄さんと一緒に過ごすようになった頃、初めて見せられたファブルとも違う――とにかくファブルとは比べ物にならないくらい大きなサイズの魔物。しかも数が一匹や二匹じゃない。
それは私を見つけると、わらわらと近づいてくる。
魔物達は、ぐわっと大きく身体を反り上げて、私に襲い掛かろうとしてきた。
絶対に負けないんだから。
私はメイスを構え、この巨大な魔物達を迎え撃つ――そう思ったとき。
突然、凄まじい風が吹き荒れた。何が起こったのかわからない。
巻き起こる、目も開けていられないほど強い風は、まるでハリケーンのように音を立てて、辺りに吹き荒れる。
法衣がめくれちゃう、誰かに見られたらどうしよう! ――なんて言っていられないっ。
少しでも気を抜いたら、そのまま風に飲まれて吹き飛ばされてしまいそうだった。
よく見ると、風が吹き荒れる丁度ど真ん中に人影がいるように思えた。たぶん気のせいだと思うけど。
風の勢いが弱まりかける頃、それはテレポートで消えたような気がした。
ようやく風がやむ。気がつけば辺りに大きな芋虫はいなくなってて、辺りには魔物の一匹さえいなくなっていた。
さっきまでのあれは何だったのかしらって思えるくらい。最初に来た時と同じ、穏やかに微風が流れる、静かな草原になっていた。
――だっだっだっだっだっ。
そこに煙を撒くような。まるで速度増加をかけて全速力で走り抜けるような猛スピードでやってくる人影があらわれた。
「はぁ、はぁ、はぁ。ぜぇ、ぜぇ――」
その人影は私の目の前で急ブレーキをかけたように止まると、マグニフィカートを唱え、膝に両手を置いてぜぇぜぇと息を切らしていた。
「――貴女が、あの子が言っていたプリさん?」
しばらくして人影が私に話しかけてくる。息も絶え絶えな声だったけど。
見ると肩にかかるくらいの髪を肩口で束ねた、とても美人なプリーストのお姉さんだった。
顔じゅう汗びっしょり。私のためにわざわざ走ってきてくれたのかしら。
「あはは……」
そう言ってお姉さんは息を整えるように、にっこりと私に微笑みかけてくれる。
すごく無理をしてそうな笑顔だった。
ところでこのお姉さん。いったい誰なんだろう。
私は頭をフル回転させる。そうして数十秒の間。じっくりと考えてみた。
「あーっ!!!」
突然、私の頭にびっくりマークが閃き、思わずぽんと手をついた。
その時には、お姉さんもすっかりと疲れを回復させていたみたいで。
「もしかして、貴女が――?」
「うん。私があの、にゃんこ先生だよ」