俺は今、自分の部屋で、身体いっぱいに退屈を満喫している。
要するに、どうしようもないくらいヒマだって事だ。
学校の単位なら余裕で取れるし、今日はバイトもない。
言ってみれば、完全にオフの状態。
俺は朝っぱらからテレビを観ながら、この時間をただぼーっと過ごしていた。
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森川由綺サイドストーリー
『Little WhiteAlbum』
原作: White Album (c)Leaf/AQUAPLUS
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ピンポーン。
唐突に部屋に鳴り響く、呼び鈴の音。
誰か来たみたいだ。
部屋は見ての通り、散らかりまくっているんだけど。
せっかくのお客さんを待たせるわけにもいかないので、
俺は適当に部屋を片づけて、玄関のドアを開ける。
由綺のマネージャーの篠塚弥生さんだった。
彼女は俺に一礼をして、早々と用件の話に切り出す。
「突然の折にて失礼します。本日は火急の用件がありまして」
…火急の用件? 何だろう?
「その経緯を事細かに説明するより、結果から見ていただいた方が早いかと思いますので…
まずはこちらをご覧ください」
弥生さんはそう言うと、すっと身を後ろに引く。
そして、彼女の後ろで待っていた女の子が、ひょいっと顔を出す。
「とーやくん♪」
小さな女の子だった。
俺の身長の半分くらいの背丈だ。
なぜか俺の名前を呼びながら、足にしがみついてくる。
「えっと、この子は?」
俺は訊ねる。
「森川由綺さんです」
え…?
弥生さんから返ってきた答え。
言われてみれば、どこか由綺に似ているような……
しかし、身体がかなり小さくなっているようだが…………
「細かな事情を説明すると、お互いの身の安全を保証しかねますので、控えさせていただきますが。
森川さんは、とある『事故』により、このような姿になってしまいました」
「♪〜♪♪〜〜」
由綺(といわれた女の子)は、俺のズボンにしがみついて、嬉しそうに頬をすりすりしている。
「それで、この森川さんが、『とーやくんに逢いたいよ〜♪』と言って聞かないために。
不本意ながら仕方なく、こちらにお伺いすることに…」
…あぁ不本意か。そうかいそうかい。
「原因等については、現在こちらの方で調査中です。その原因が判明するまでの間、
この森川さんを、こちらの方で預かっていただきたいのです。
その間のプロダクション関係の細かな調整は、すべて私が行いますので。
由綺さん自身については、いずれにせよ、現在こちらしか信頼できる筋がないのです」
弥生さんが頭を下げて、俺に頼み込んでいる。
それって、俺のことを少しは認めてくれたって事なんだろうか?
弥生さんからのその言葉を聞いて、俺は少し嬉しくなった。
「はい。わかりました」
俺はそう答える。
そして弥生さんは、俺の側にいて安心しきっている、由綺の顔をそっと覗き見て。
「それではよろしくお願いします」
ぺこりと一礼をして、弥生さんは乗ってきた車に戻って走り去っていく。
最後にもう一度、『誠に不本意で恐縮ですが…』と付け加えて。
…前言撤回。
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俺は由綺を部屋の中に招き入れて、しばらく----
小さな由綺は、とてもやんちゃに部屋中をはしゃぎ回っていた。
幸い、部屋の中には、趣味で遊べるものが多かったため、子供の相手をするには困らなかった。
…由綺って結構、おてんばだったんだな。
そんな由綺の遊んでいる姿を見て、俺は微笑した。
「つまんな〜い!」
しかし由綺は、部屋の中で遊ぶことにすぐに飽きる。
「ねーねー。一緒に学校行こ〜♪」
由綺は学校に行くことを提案する。
そして彼女は俺の肩を揺らしながら、俺が首を縦に振るまで何度も俺にせがむ。
「わたし、とーやくんと一緒にいきたいよ〜!」
「おいおい由綺。いくら何でもそのセリフはNGだろ…」
その言葉に、俺の食指が刺激的な反応をするのを確認して、俺は由綺にそう言う。
「ん? えぬじーって何なに?」
指をくわえて、?マークを浮かべる由綺。
そうだよな。今の由綺は身も心も子供になっているんだよな。
いちいちそういう『オトナの反応』をしてどうするんだ、俺?
それにしても、今の由綺って恋人と言うよりは、娘って感じだよな…
将来俺が由綺と結婚して、子供ができたら…ちょうどこんな感じになるんだろうか?
俺はふと、そんなことを思ったりした。
「とーやくん。学校行こうよ〜♪」
「わかったわかった」
仕方なく俺は、着替えを済ませてから、由綺と一緒に学校に行くことにした。
------しかし、俺は学校にやって来て後悔した。
周りからの明らかな奇異の視線。
それはそうだ。
一介の大学生が、こんな幼い女の子を連れて、学校にやってきてるのだから。
親子でも、こうやって大学に子供を連れてくる奴は珍しいだろうからな。
「とーやくん。つかれたからおんぶして〜」
…追い打ちだった。
俺は、キャンバスを歩き疲れた由綺をおぶってやると、
とぼとぼと校舎の中に入っていくのだった。
------談話室。
俺は談話室に入り、しばらく休憩を取ることにした。
「おーい、冬弥ー!」
俺達が自販機に足を運ぼうとすると、不意に俺を呼ぶ声がする。
その声のする方を振り向くと、そこで美咲さんと彰が手を振っていた。
「その子…ひょっとして由綺ちゃん?」
容器にさしたストローから、買ってやった飲み物をちゅーちゅーと飲んでいる由綺を見て、
美咲さんが俺に訊ねる。
「そうなんです。実は…」
俺は二人に、こうなった経緯を説明した……
「へぇ、そうなんだ」
美咲さんは、あっさりと納得してくれたようだった。
彰も彼女の言葉に続いて、「ちょっと驚いたけどね」と言葉を返す。
「でも、今の由綺ちゃんも可愛い」
そう言って美咲さんは、由綺を自分の座っている席に招き寄せ、
簡単な質問をしながらあやしている。
そんな二人の姿は、まるで実の親子のようだった。
美咲さんって、母親になったら結構、子煩悩なタイプかもしれないな…
彰はその二人の様子をちらちらと見ながら、少し顔を朱くさせているようだ。
俺と同じ事を考えていたのだろうか?
…お前も頑張れよ。
------そろそろ昼休みが終わる時間。
「…じゃあ、そろそろ次の講義があるから」
美咲さんがそう言って席を立つ。
彰もレポートに追われていると、図書館の方へと向かっていった。
由綺は「ばいば〜い♪」と手を振って、談話室を出る二人を送り出す。
さて、これからどうするか……
「ねーねー。わたし、こんどは遊園地にいきたい!」
由綺が思い立ったように俺に言う。
ここでダメだ。と言おうものなら途端に騒ぎ出して、
周囲からの目や失笑を買うことは間違いないからと、俺はあっさりOKを出した。
------遊園地に着いた。
「次はあれ、その次はあれに乗りた〜い!!」
あれよあれよと、由綺が乗りたいもの注文を繰り返す。
俺は、元気な由綺に振り回されるように、遊園地中を回っていた。
…本当は由綺は、俺とこうして過ごしたかったんだと思う。
でも仕事があるから。色々と忙しいから。
そのせいで俺達は、プライベートでちゃんとした時間を持てなかった。
俺だって、由綺にとっての束縛になるわけにはいかない。
由綺にだって、由綺の夢がある。
そして、彼女を応援し、支えてくれる人達がいるから…
「それが当たり前なんだ」と自分に言い聞かせて、そうやって俺達は過ごしてきた。
だからこれは、神様が俺達にくれた大切な時間なのかもしれない。
その大切な時間を、俺は精一杯楽しむことにした。
由綺の笑顔が見たいから。
そして、由綺とこうして共有できる時間を心に刻んでおきたいから。
俺は(子供になってるけど)由綺と一緒に、数ある様々なアトラクションを制覇していた。
しかし陽が沈み家路につく頃には、俺の予算と体力が、既に底を尽きかけていた……
------そして、帰宅。
俺は完全にグロッキーになっていた。
眼前の視界さえはっきりとおぼつかない。完全にヤバい状態。
部屋に入ると俺は、即行でソファーに腰を落とす。
疲れた……
・・・・・・・・・・・・・
しばらくその上で体を休めてから、由綺の名前を呼ぶ。
あいつのことだ。また部屋の中ではしゃぎ回っているんだろう。
…しかし、返事がない。
俺は辺りをきょろきょろと見回す。
すると、ベッドの方で、由綺はすぅすぅと可愛い寝息を立てながら眠っていた。
よっぽど遊び疲れたんだろう。
よく見ると、由綺の眠った顔がとても嬉しそうにしていた。
俺と一緒にいられて、うれしかったんだろうな。俺もお前と一日中過ごせて、うれしかったよ。
お前が元気すぎて、もう身体がクタクタだけどな…
そう言って俺は、由綺の頭をそっと撫でてから、ソファーでぐっすりと眠ることにした……
----翌朝。
俺は、小鳥の声に覚まされて目を開ける。
清々しい朝。
カーテンを通して太陽の光が差し込んできて、とても気持ちがいい。
「冬弥君…」
由綺の声が聞こえる。
ベッドの方を振り向くと、いつもの由綺がシーツにくるまって、こっちを睨んでいた。
「由綺。なんとか元通りに戻ったみたいだね?」
「うー…」
俺の質問にも、由綺はうーうーと唸ったまま。
なんだか様子がおかしい。
「冬弥君…昨日は私に何をしたの…?」
え…?
昨日って言ったら…
俺は由綺に、昨日彼女が子供の姿になって、うちに来ていたこと、
そのまま、学校や遊園地で一緒に遊んでたことを訊ねる。
でも由綺は首を振り、「そんな事してないよ」と俺に返事を返す。
ひょっとして、由綺はその時の記憶を忘れてしまっているのだろうか?
「私、冬弥君のこと…見損なってた……」
涙目で由綺は、俺にそんなことを言う。
一体どうしたというんだ?
辺りを見ると、由綺の身体が元通りに戻ったため、
子供の由綺が身につけていた衣服がビリビリに破れて床に散乱しているようだった。
ひょっとして今、由綺は……
俺は彼女に、とんでもない誤解を生んでしまっているようだった。
どうしたらいい。何と言って由綺に、この状況を説明すれば……
ピンポーン。
頭を抱えながら、そのことで悩んでいると、突然呼び鈴の音が部屋に鳴り響く。
玄関に出ると、それは弥生さんだった。
「おはようございます。今朝の森川さんの容態は…」
そういって弥生さんは由綺の姿を見て、愕然と肩を落とす。
「藤井さん。貴方という人は……!」
その声は平静を保っていながらも、その打ち鳴らす拳の音は、
俺に対する、明確な殺意の色をたたえていた。
由綺は、さっきからずっと、シーツにくるまって泣いたままだ。
「このことが、明るみに出れば…」
そう言って弥生さんが、氷の女王のような表情をしながら、俺の方へじりじりと歩みを寄せる。
…まさに絶体絶命だった。
「どうしろって言うんだ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
部屋中に、俺の心からの叫びが虚しい響きをもってこだました……
− The END −