「こみっくパーティ開催秘話」



<<南の部屋>>

 チュン、チュン、チュン……

 小鳥たちにさえずる声。私はゆっくりと目を開けて身体を起こす。
 明るい太陽の日ざしがとても眩しい。
「ん〜〜っ!」
 両腕を上に上げて、思いっきり深呼吸をする。

 まだ寝ぼすけさんな目をごしごしと擦りながら、時計を見ると、8時45分。
 準備会の仕事開始の15分前。

「あらあら、もうこんな時間」
 これはもう。急がなくっちゃダメね。

「♪〜♪♪〜〜」

 ・・・・・・・・・・・・
 ふぅ。なんとか準備ができたわ。お化粧よし、着替えよし、と…

 今は始業の5分前。
 そろそろ準備会の事務所に行かなくちゃ。

 そして、私は玄関のドアを開け、事務所へと向かっていった……

 え〜っと。一応説明しておきますと、私が住んでいるこのマンションと、準備会事務所のある建物とは、隣同士なんです。
 だから、こんな時間から出かけても十分間に合ってしまうんです。
 …誰に向かって、言っているのかしら?



<<こみぱ準備会事務所>>

 ふぅ。今日もちゃんと間に合ったみたいね。
「牧村君、おはよう」
「南さん。おはようございます」
 事務所に入ると、所長さんやスタッフの仲間達から、元気のいい挨拶の声が向けられる。
 この声を聞くと、今日も頑張らなくっちゃ! って気持ちになってくる。そして私は、元気に挨拶を返す。

「みなさん、おはようございます」
 よーし。今日も一日、頑張ろう!!


 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 私が目の前の書類を整理していると…

「南先輩! データ入力のことで、よく分からない部分があって…」
 そう言って私を呼ぶのは、数日前からここにアルバイトで入ってきた男の子。
 彼は私にパソコンのことで訊きたいことがあるみたい。パソコンのことで質問されても…私、よく分からないんだけど。
 でも、せっかく頼まれたからには断れないし。

 ・・・・・・・・・・・・・・・
 しばらく深呼吸をした後。私は覚悟を決めた。
 よーし、このお姉さんに何でも訊いてちょうだい!


「会場案内の項目欄で、ここがこう…」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・
 パソコンの画面を見せられる。
 まいったわ。
 私、やっぱりパソコンのことは全然分からないみたい。
 この間、お店でようやく”まうす”で、”くりっく”をする方法を教えてもらったくらいなんだから…
 パソコンって、本当に難しいわ……

 うーん、うーん…

「あの…南先輩?」
 私がこうやって頭を悩ませていると…アルバイトの子が私の方を心配そうに見る。

 この子だって、パソコンのことで分からないって言って悩んでいるのに、私一人でうじうじ悩んでいてどうするの?
 このままじゃ、とても先輩失格ね。

「そうね、私たちで頑張って、何とかこの問題を解決しましょう!」
 男の子の手を取って、私はガッツポーズを決める。
「?」

 プルルルル……

「…あっ、会場の方から呼び出しだ。それじゃ先輩。また後でお願いしますよ」
 携帯電話に呼び出されて、嵐のようにアルバイトの子は行ってしまった・・・


 ひとり取り残されてしまった私。
 彼が帰ってくるまでに、出来ることはしておきたいわよね。何とかしなくっちゃ。


 えっと、確か”まうす”というのは、こうやって動かして…

 カチカチ。カチカチ。

 なかなか思うように動かないわね。

「えい! やあ! とう!」
 そうやって、しばらく”まうす”と格闘しているうちに、私はつい、かけ声をあげてしまっていた。
 周りのみんなが、驚いた顔で私の方を見ている。
 ちょっと恥ずかしかった…かしら?

 ・・・・・・・・・
 なんとか”まうす”の使い方に慣れてきて、パソコンを動かしていると…
 画面から水着を着た女の子の写真が、何枚も出てきたわ。
 仕事中に、こういうものを集めていたのかしら? ふふふ。やっぱり、男の子ね。


 あら、今度は『フォーマットしますか?』 ってメッセージが出てきたわ。

 「フォーマット」っていうと、確か「ハードディスクの中身をお掃除しちゃう」って事だって聞いたことがあるけど…
 そもそもハードディスクって、何かしら?

 うーん、うーん……

 でも、お掃除すると綺麗になるから、あの子も喜ぶわね、きっと。
 「YES」「NO」って出ているから、「YES」を”くりっく”、と。

 カタカタカタ……

『フォーマットが終了しました』

 ・・・・・・・・・・・
 これで、よかったのかしら?

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 ――時計は、夕方の6時をまわる。
 今日の仕事はこれで終わりね。そろそろ帰ろうかしら?



<<商店街モール>>

 ちょっとお買い物をしようと、街を歩いていると…
「おぉ、これは南女史!」

 久品仏大志君。彼は、私が準備会の仕事を始めた頃から知り合った子。

「今日も、その眼鏡からのぞく、輝くような瞳がお美しいですね」
「ふふっ。大志君ったら…」

「ここでこうして会ったのも、何かの縁。ちょっとそこのカフェテリアで話でもいかがですか?」
「はい。いいですよ♪」



<<駅前にある喫茶店>>

「それで、どんな話なのかしら?」
「ええ、それがですね…」

 喫茶店の席に座り、大志君の話を聞いている。

 大志君って、とても話が上手で、色々と物知りな子。
 何か大きな夢を持っていて、「そのための計画を着々と進行中」らしいけど…
 何かの夢を持っているってことは、とても素敵なこと。そして、とても大切なことだと思う。
 だから、大志君みたいな子には、これからもどんどん頑張ってほしい。

「…おぉっと、もうこんな時間だ。話が弾む中で申し訳ないが南女史。今日はこの辺で」
「そうですか。それでは、ここの会計は私が…」
 私がそう言って、レシートに手を伸ばそうとしたとき。

 ばんっっ!!
 と。大きな音が、店中に鳴り響いた。
 それは、大志君が私より先にレシートの手をやった音だった。
「ぐおぉぉぉ…。ここは、この我が輩におごられてやって下さいマドモアゼル。こんな事で、レディのお手を煩わせるわけにはいきません…!!」

 赤く腫れあがった手に息を吹きかけながら、大志君は私に力強くそう言った。
 ふふっ…本当に大志君って、面白い子。
「それじゃあ、大志君の厚意に甘えさせてもらおうかしら?」
「そうしていただけると、痛みに苦しむこの手も少しは救われるというもの…!」

 そして私は大志君と別れると、自分のマンションに戻るのだった……



<<翌朝・準備会>>

 今日は早めに起きることが出来て、余裕を持って準備会の事務所に到着!
 よーし、今日も一日…あら?
 机の上に、数え切れないくらい沢山の同人誌が積まれているみたいだけど…?

「昨日から何人かの同人サークルの子達がやってきてね。牧村君にほんの気持ちだそうだ」
 所長からそう言われる。それにしても、すごい量ね。

 ごとっ。
 唐突に、後ろの方で何か物音がした。

 音がした方を振り向くと、そこには「Cat or Fish!?」の大庭詠美ちゃんが立っていた。
 彼女は「う〜」といった表情で、私の方を見ている。
 いったいどうしたのかしら?

「詠美ちゃん。どうしたの?」
「ふみゅう……」
 私が訊ねると、詠美ちゃんは照れくさそうに私から視線を逸らす。
 ・・・・・・・・・・
 私の方をちらちらと横目で見ながら、
 すっ。

「…南さんに!」
 そして詠美ちゃんは私に、後ろ手に持っていた同人誌を渡す。
 私はそれを受け取ると。
「…いっておくけど、この同人誌は、普通だったら、まずお目にかかれないような、ちょおレアな一冊なんだから! 南さんじゃなかったら、誰がタダで渡したりなんかするもんですか!!」
 顔を赤くさせながら詠美ちゃんはそう言うと、駆け足で事務所からいなくなってしまった。
 ふふっ。詠美ちゃんって、照れ屋さんなのね。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・

 仕事開始までの間、私はちょっとだけ同人誌を読んでいる。
 その1ページ1ページに込められた、みんなの気持ちや想い。情熱。
 こうして手にとって読んでいるだけで、それを感じることが出来る。
 みんな自分のやりたいことに向かって、頑張っているのね。本当にすごいと思う。



◇ ◆ ◇



 ふぅ。疲れたわ〜。
 私は、自分のデスクの椅子に座って、一息をつく。
 今日は夕方近くまで、重要な会議が行われていた。

 募集サークルの定員数より、応募してきたサークル数がやや多く、
 そこで私が、テーブルのスペースを詰めれば、何とか全応募サークルが参加できるんじゃないか、って提案をする。
 所長さん達からも、上の方々に色々説得をしていただいたお陰で、その意見を通してもらえることになった。
 だって、こみっくパーティに参加したいというみんなの気持ちを、定員オーバーだからと言う理由で台無しになんてしたくないから。
 応募してくれたすべてのサークルが参加できるようになって、よかったわ。

 でも今の私の体力は、既に底を尽きかけていた。
 とても、眠い……このまま私、倒れてしまいそう……
 あぁ、もうダメ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 すぅ……すぅ……

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・

 …そう。あれはまだ、高校生の頃。
 私はそこで知り合った澤倉先輩と、将来叶えたい夢について話したあの日のことを思い出す。

「先輩。私、即売会のスタッフになります!」
「そして、みんなが楽しくマンガを公開できる場所を作ってあげて…そしていつか、ここで即売会を開催するんです」

「作品を作りたいという人達のことを、応援したい。いつか、いつかきっと……」
「いつかきっと、その夢が叶うといいわね」
「はいっ!」
「ふふっ。南に負けないよう私も頑張らないと。負けないわよ〜」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・


 ……あらやだ。あれからデスクで眠ってしまってたみたい。
 私の肩には、何故か毛布が掛けられていた。誰かがかけてくれたのかしら?

 …あっ。いけない。
 気が付くと、目の前には今日までにやらなくちゃいけない書類の山があった。
 もう、今からこの仕事をやるだなんてどうしよう?

 でも、これくらいで挫けちゃダメよ南。

 私には、とっておきの奥の手がある。それは、大志君から教えてもらった必殺技、『修羅場モード』。
 あの子の話だと、身体中に熱い炎が燃え上がるようなイメージをすれば、よかったんだっけ……うぬぬぬぬ。

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 ……大志君の言っていたとおり、なんだかやる気が出てきたみたい。
 よーし、がんばるぞっ!!



 せっせ、せっせ、せっせ―――――

 私は今、『修羅場モード』のおかげで、怒濤の勢いで書類の整理に取りかかっている。
 一枚、また一枚と着実に書類をまとめ続けている。



 ――数時間後。
 はぁ、はぁ。はぁ…
 もうダメ。
 これ以上は、身体が保たないわ。

 あれから、とても頑張ったはずなのに…まだ半分もできていないわ。
 どうしよう。このままじゃ、とても間に合わない…
 私がそうやって頭を抱えていると…

 ぽん、と後ろから肩を叩かれる。
 誰かしら?
 叩かれた方を、ゆっくりと振り向くと…
 それは所長や準備会の仲間達だった。

「牧村君。なんとか今しがた、私たちの仕事が終わったところでね。これで君の分の手伝いができるよ」
 しかも、そう言ってくれたのは、所長ひとりだけじゃなくて…

「先輩。いつも世話になっている分、たまには俺達にも恩返しをさせて下さいよ?」
「南さんが困っている顔なんて、見たくありませんからね」
「そうそう♪」

 みんな……

 自分達の仕事だって、大変だったはずなのに…
 こんな私のために、書類の整理を手伝ってくれる。その気持ちが、とても嬉しかった。

「あ…ありがとうございます!!」

 それから、みんなで手分けして取りかかった仕事は、とても順調に進んでいき、あんなに山ほどあった書類の整理も、あっという間に片づいてしまいました。

「何とか片づいたな、よかったよかった」
「…本当にみなさん。こんなに夜遅くの時間までありがとうございました!!」
「何言っているんスか! そんな水くさいことは言いっこなしですよ」
「みんなで助け合い、協力しあうことで素晴らしいこみパが生まれる…と、言っていたのは牧村君の方じゃないか。これからも、どうかよろしく頼むよ?」
「…はいっ!!」

 私はみんなで協力しあって、何かを成し遂げると言うこと…
 その意味を、今日改めて知ることができました。ここに来ることができて、本当によかったと思います。
 本当に、ありがとう。
 そして、これからもよろしくお願いします。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そして、こみっくパーティ当日。

 せっせとスペースの設営をしているサークルの人達。
 彼等の想いが込められた同人誌を買うために、朝早くから列に立ち並ぶ、入場者の人達。

 本当にみんな生き生きとしている。そんなみんなの姿を見て、みんなのことを応援していたいから。
 だから私は、こうして頑張っていけるんだと思う。

 そして私は、一生懸命に頑張っているみんなにエールの気持ちを込めて。このマイクを手に取った。

「これより、こみっくパーティを開催します」





−Fin−


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