『MOONくらいしす。#6』
原作: MOON.RENEWAL ©Tactics/Nexton
「……くみ、郁未」
聞こえる――
ママの声――
わたしの、ママの声――
あたたかくて、優しくて、包み込んでくれるような声――
耳もとで、ささやいてまちた。
目を開けると、ママが笑顔を向けてわたしに微笑んでいまちた。
柔らかい膝枕に抱かれながら、ママはわたしの髪をそっと撫でてくれてまちた。
とても気持ちよくて…思わずうとうと眠ってしまいそうでちゅ。
「ごろごろ〜ごろごろ〜」
「もう…郁未は本当に甘えんぼさんなんだから」
よかった、また逢えたんでちゅね。
このままずっと、一緒に――――
「――はっ」
気がつくとわたしはさっきの暗い部屋の中にいまちた。
お部屋の中の明かりもすっかり消えていまちゅ。
『"これからお前がなすべき日程だが…"』
「質問でちゅ。今のは何だったんでちゅか?」
『"MINMESの間を出て、左に曲がった突き当たりの食堂で昼食を摂ってもらう"』
「ママに会えたような気がしたでちゅ」
『"その後、午後はELPODで精神の鍛錬を積んでもらうことになる"』
「私は質問していまちゅ!」
『"…これで第一段階を終了する"』
それっきり、声は聞こえなくなってしまいまちた。
本当にここは、人の話を聞かない人達ばかりでちゅね。
食堂にやってきまちた。
窓も壁紙もなくて、コンクリートの壁に囲まれて、折り畳み式の机と椅子とがただ並んでいるだけ…
さっきのお部屋と言い、ここも殺風景な所でちゅね。精神衛生上非常によろしくないでちゅ。
こんな所にずっと居続けたら、きっとおかしくなっちゃいまちゅ。
わたしはとりあえず適当な椅子に座って、超絶美形なイケメンのウェイターさんが、耳もとで甘くささやくようなクールボイスで注文を取りに現れるのをここでじっと待つことにしまちた。
…
…
…
…遅いでちゅ。
いつまで経っても、イケメンのウェイターさんは全然やってきまちぇん。
サービスが悪すぎでちゅ。いい加減にしないと店長さんを呼ぶでちゅよ?
がちゃっ。
しばらくすると、わたしが入ってきたドアの方から誰かが入ってきまちた。
その人はまるでモデルさんのようでちた。
艶やかで、しっとりとした滑らかさをもった綺麗な髪のお姉さんでちゅ。
そのお姉さんはわたしを見ても何も言わず、すたすたと壁際に行ってしまいまちた。
そして手で壁を押しつけると、そこから隠し扉みたいに壁が開いてそこに食べ物が盛られたトレイを取り出しまちゅ。
なんだ、あんな所にお食事が用意されていたんでちゅね。
わたしも自分の分を取り出すと、お姉さんの座っている席の隣で食事をすることにしまちた。
「……」
そのメニューと言ったら、酷いものでちた。
メ○ニン食器…これって、環境ホルモンが溶けだす危険があるって言われている食器じゃないでちゅか。
これで物を食べて、もしも身体の健全な発育に悪い影響が出たらどうしてくれるつもりでちゅか。
責任をとれるとでも言ってくれるつもりでちゅか。
この山菜御飯は冷凍食品でちゅね。レンジで軽くチンしたばかりだと言うことが見え見えでちゅ。
その証拠に、内側にまで熱が通っていまちぇん。ちゃんと全体にまんべんなく熱を通した物をよこせでちゅ。
このお味噌汁は…明らかにインスタントでちゅね。底に溶け残っている塊がからくて嫌いなんでちゅ。
注いでいるお湯の量も適当で…塩分が多すぎなんでちゅ。具もせめてフリーズドライのものを使うべきなんでちゅよ。
…はぁ。
呆れて物がいえないでちゅ。
「…あなた、さっきから騒がしいですよ」
隣に座っているお姉さんから注意を受けまちた。
「さっきから声に出ていました」
お姉さんは冷たい目でわたしを見ていまちゅ。
「そういえばここには、他の人達はいないんでちゅか?」
「いません」
「ClassAって、私たち2人だけなんでちゅか?」
「…そういうことになりますね」
「ということは…今までお姉さんはずっと独りぼっちだったんでちゅね」
「"真実"の探求のためにFARGOに入信した時点で、私はそのような世俗との関わりを断ち切っています」
…可哀想に。
こんな殺風景な場所で長い間過ごしていたせいで、どこかおかしくなっちゃったんでちゅね。
とっても同情しちゃいまちゅ。なむなむでちゅ。
「わたし、お姉さんのお友達になりまちゅよ?」
「…馴れ合うつもりはありません」
「お友達になってくだちゃい、お願いでちゅ」
「二度も同じ事を言わせないでください」
「この通りでちゅ」
「…しつこいです」
「ええぃ、とっととお友達になるんでちゅ!」
「…そして命令形ですか」
わたしはそこで、ポケットから端を結んで止めてある一本の毛糸を取り出しまちゅ。
「あやとりをしましょう。これを解いてみせるでちゅ」
「…やれやれ、仕方ありませんね」
やっとお姉さんはその気になってくれまちた。お姉さんはわたしのあやとりに手をかけてチャレンジを始めまちた。
「う、うぬぬぬ…?」
あれから数分が経過。
ふふふ、お姉さんはどうやら苦戦しているみたいでちゅ。
近所であやとり小町と言われたこのわたしの仕掛けに、お姉さんは汗を浮かべながら挑んでいるようでちゅ。
どうやら負けず嫌いなお姉さんみたいでちゅね。
…
…
…
わたしの指が疲れて感覚がなくなりかけた頃。
「…解けました」
お姉さんは息を切らしながらも、なんとか仕掛けを解くことに成功していまちた。
「さすがお姉さん、お見事でちゅ」
「当然です。この程度のこと、この私にできないはずはありません」
後ろ髪をかき上げながら、優雅に勝ち誇るお姉さん。
こんなのまだまだ序の口なのに、そんなお姉さんの姿がとても愛おしく感じまちた。
「じゃあ今度はこれを…」
「いえ結構です、私はこれで」
わたしが次の仕掛けを組もうとしたとき、お姉さんは席を立ってしまいまちた。
そして食器の乗ったトレイを片づけると、そのままスタスタと食堂を出ていってしまいまちゅ。
よく見るとお姉さんは歩きながら、あやとりの手つきで、物思いに耽っているところがちらりと確認できまちた。