MIO 〜輝く季節へ〜
番外編 『誕生』
それはまだ、澪が幼い頃の話。
言葉を出せない。そのことのために澪は、いつも寂しい思いをしていた。
そんな彼女に、折原浩平というひとりの少年が現れる。
少年は澪が言葉を話せないということを聞くと、一冊のスケッチブックを貸してくれた。
澪はそのスケッチブックに文字を書いて、彼と言葉を交わす。
それは澪にとって、初めてのコミュニケーションという体験だった。
澪が、とても幸せを感じていられた瞬間。
その幸せが”えいえん”に続いていくものだと、まだ幼かったその心に信じて疑わなかった。
しかし、それも束の間。
あるひとつの出来事によって、それはうち砕かれてしまう。
それは折原浩平との突然の別離。
彼は家の事情で、親戚の家に預けられることになる。
澪がそのことを聞かされるのは、浩平がいなくなってから数日後のことであった。
(浩平くんから貸してもらった、このスケッチブック。これを返さないと…)
彼女は浩平と二人で遊んだ公園で、彼の事を待ち続けていた。
最後に浩平と遊んだ、あの日からずっと。
何日も、何日も。
いつか浩平がここに帰ってきてくれると。そう心に強く信じて。
雨が降る日でさえ、たった一日も欠かすことはなく。
毎日。
同じ時間に。
同じ場所で。
彼女は、浩平のことを待ち続けていた。
(浩平くん…あなたに…あいたいの…あの日のように…いっしょに笑ったり、走り回ったりして…浩平くんが帰ってきてくれるその日まで、私はここで、いつまでも待ち続けています……)
しばらくの月日は流れて。
澪が待つ公園に、ひとりの男の子がやってくるようになる。
この男の子は、澪の学校のクラスメイトで、澪のことを見つけては、からかってみたり、なじるような言葉をかけたりしていた。
それは実は、澪の対する好意の裏返しと呼べるものだったのだが、浩平のことをひたすら待ち続ける澪にとっては、ただの悪い嫌がらせのようにしか受け取ることができなかった。
そんなある日のこと。
澪がスケッチブックに『おねがいだから、放っておいてほしいの』と書いて、その言葉を見せた時を境に、相手がエスカレートし、やがてその男の子から本気で悪意のこもったなじりや嫌がらせを受けるようになってしまう。
それでも、澪はめげずに浩平のことを。その一心で待ち続けていた。
しかし、その想いはただただ募るのみ。
決して戻っては来ない人を待つ、この幼き少女のことを、ときの神様は見過ごすはずがなかった…とも言うべき出来事が起こる。
それは、とある冬。雪の舞い降りる寒空の下。
とても肌寒く、積雪の懇々とつもりゆく日に。
澪はいつも通りに公園に向かい、スケッチブックを返すために浩平のことを待ち続けていた。
風も強く、雪のために気温も低いこんな日に、たったひとりで立ちつくす、幼い少女の身体が無事で済むはずがなかった。
吹き付ける風は徐々に澪の体温を奪っていく。
やがて澪は力つき、どさりとその白い雪の絨毯に身体を横たえるのであった……
…本来ならば、そこで消えてしまうはずだった、澪の命の灯火。
それを何の間違い→偶然の巡り合わせなのか。
そんな彼女に訪れたもの。
・・・・
・・・・
・・・・
(ん……)
『気が付いたかい?』
白い”もや”のようなものがかかった世界…と言う形容が相応しいだろうか。
そんな場所で澪は目を覚ます。
(ここは、いったいどこなの…?)
『ここがどこなのか。と言う質問は君にとって、あまり意味を持たないこと。重要なことは、「君が”この場所”に訪れた」という事実だけだ』
(…?)
澪の言葉に、澪の目の前にいる少年は、淡々とした口調で澪に言葉を返す。
(なんだか、怪しいおじさんみたいなの……)
『失礼な。僕はこう見えても…いや、そんなことは別にいいんだ』
澪の言葉に、彼は怒ったかと思うと、咳払いをして落ち着きを取り戻す。
(…なんだか、忙しそうな人なの……)
『…とにかく。君がこうして気が付いてくれてよかった。後もう少しで本当に危ないところだったんだからね?』
そういえば、寒い公園にひとりで立っていたはずなの。と澪は意識を失う直前のことを反芻してみる。
『君の名前は、何というのかな?』
唐突に彼は、澪に名前を訊ねる。
(えーと…)
かきかき。と、澪は慌ててスケッチブックとペンを取り出す。
『そんなことをしなくても大丈夫だ。ここでは、心に思ったことがそのまま声となって響く…君の名前を心に思ってみてごらん?』
(………)
じーーっ。
明らかに不審そうな視線で、目の前の少年のことを見ている澪。
澪は「これは夢かもしれないの」と、自分のほっぺを強くつねってみる。
(…すごく痛いの)
澪は、その痛みに泣きそうになる。
ようやく観念したのか、澪は少年に向かって心で自分の名前を告げる。
(こうづき みお、なの…)
『澪ちゃんというのか。僕の名前は……いや。そんなことはどうでも良いか』
(……?)
『ここからが本題なんだけど。君は今、誰かに逢いたいと思ってはいないかい?』
(…どうしてそんなことが分かるの?)
『…それはね。君の目が彼女に…いや、なんとなくだよ』
(…??)
『逢いたいけど、逢えない。そんなもどかしさを君は今、味わっていることだと思う』
(………)
『そこで、その逢いたいと思う人に逢うことができるという”おまじない”。知りたくはないかい?』
(…知りたいの!)
『たとえそれが、多少の苦しみを伴うことになるとしても…?』
(浩平くんにまた逢えるのなら、少しくらい辛い思いをしたって、へっちゃらなの!!)
『…そうか。良い覚悟だね。それじゃあついておいで』
少年が踵を返し、歩いていく。
それに澪は、てとてととした足取りでついていくことにした。
そして、少年に連れられた場所。
(ここは……?)
『えいえんを望んだ者達の原点であり、そして帰郷の地でもある場所……』
(”えいえん”って、なんなの…?)
『…まだ君には難しいかもしれないね。でも今からやることは、そんなに難しい事じゃないんだ。特に、君みたいに純粋な心を持った子なら、なおさらね?』
(子供扱いしないでほしいの!!)
『僕にとっては、そう言うところが充分に子供だと思うけど?』
(う……)
その言葉に、澪の言葉がつまる。
そして少年は、澪に言葉を続ける。
『今からその方法を説明するよ? 方法は至って簡単。この場所で、君の心のカタチを強く願えばいいんだ。そうすれば、君に対して訪れる世界が変わる。強い心で念じれば、それだけ色濃く……』
(………)
この人はいったい何を言っているの? そんな話、信じられないの。と言った表情で少年の顔を見る澪。
『そう思うのも無理はないけど。早くしないと、君の帰りを待っている人達に、彼に逢えないままで元の世界に連れ戻されてしまうよ?』
少年のその確信めいた言葉を聞いて、澪は、
(…よく分からないけど、やってみるの)
澪はスケッチブックを強く抱きかかえ、静かにその双瞼を瞑じると、少年に言われた通りに心に念じてみることにした。
(私は、浩平くんに逢いたいの。浩平くん。浩平くん。浩平くん………)
澪が心に念じると、周りに風のようなものが小さく巻き起こる。
それは、小さな風から、風。
そしてそれは澪の念の強さに応じるように、段々とその強さを増していく。
『これは…』
(おおおおぉぉおぉおぉおおおぉォォォオオオオオ……!!!!)
風はさらに強く。
澪のいるところを中心にして、周囲にすさまじい風が吹き荒れる。その気流はまるで、竜巻を思わせるほど。
それはまた更に、ぐんぐんと大きさを増していく。
『く…これは、予想以上だ……』
その様子を見て少年は、驚きの表情を隠せずにいた。
突如、澪の眼前に浩平らしきものの顔が映る。
(!! 浩平くん。逢いたいの。逢いたいの。逢いたいの〜〜っ!!!!!!)
その一瞬。澪の身体が眩しく輝きを放つ。
同時に響き渡った一筋の轟音。
それは、澪…もといMIOの覚醒の瞬間でもあった。
気流がやみ、周囲を包み込んでいた風音が静寂を取り戻す。
覚醒を終えた澪。
それからしばらくして、澪の身体から放たれる光が澪の胸のあたりに集まっていき、そしてそれは溶けるようにして小さく消えた。
『おめでとう。これで君は、逢いたいと思う人にちゃんと逢うことができると思うよ』
(………)
『これは、僕からのささやかな贈り物だよ』
少年がそう言って澪に渡したもの。それは、青い色をしたリボンだった。
『つけてみて』
(・・・・・・こくん)
澪はそのリボンを受け取ると、それで後ろ髪をぎゅっと結んだ。
『うん。とても似合っているよ』
そう言って彼は、澪の頭をそっと撫でる。
(僕は、あの子に、何もしてあげられなかったからな…)
(……?)
『ふふっ。そろそろお別れだ。浩平くんという男の子と、幸せになれると良いね』
…うんっ。
その言葉に力強く頷くと、澪の身体がぱあっと光り、そしてその場所から、ゆっくりと消えていった…
『もしも、”あの子”にあったときは、よろしくな……』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「澪!? 目が覚めたのか!!」
澪の父親の声に澪は目が覚める。そして視界に映るのは、病院の白い天井。
どうやら彼女はベッドの上で眠っていたようだ。
「あんなに寒い公園で倒れてからお前は、一ヶ月もずっと眠ったままで…でもよかった、本当によかった……」
澪の父親が、涙に濡れながら澪の身体を優しく抱擁する。
(さっきのあれは、なんだったの…?)
よく分からないの。と言った感じで周りときょろきょろと見回す澪。
ふと、ベッドの隣の棚を見ると、さきほど(?)少年から受け取ったものと同じ、青い色をしたリボンが置かれていた。
(・・・・・・・?)
その時を境に。
澪の身体には、とある変化が訪れていた。
今日もまた、今までのように公園で浩平のことを待ち続ける澪。その後ろ髪には、青い色をしたリボンをつけて。
丁度そこに、澪のことを苦しめていたクラスメートの男の子が現れる。男の子は澪に話しかける。
『何をしにきたの』
しかし澪は毅然とした態度で、その男の子に拒絶の意志を示す。
それに対して不器用な心を持った男の子は、だんだん居たたまれなくなって、澪に対し以前と同じ行為に及ぼうとしたときだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――それはまさに、一瞬の出来事だった。
澪の身体が一瞬消えたかと思うと、その刹那。男の子の背後に回り込み、目にも留まらぬ速さで、数百もの連続コンボをたたき込む。
その速さは、音速を超えていた。
ご丁寧にその最期には、とっておきの超必殺技までお見舞いして。
男の子の体内に凝縮されたソニックブームが、一斉に解放される。
そして、たった一度きり。爆音にも似た音が周囲に轟く。
しかし数百もの確かな衝撃は、男の子の五体を見事に貫通していた。
どうっっ・・・・・・・・
男の子は為すすべもなく、力無くその場に崩れる。
かろうじて絶命しては、いない。そんな状態で彼は倒れていた。
(・・・・・・・・・・・・)
澪の方は、呼吸ひとつ乱さず、けろりとした表情のまま。
まさに、次元が違う……
そんな形容の当てはまる出来事だった。
(身体が勝手に動いた感じだったの…)
澪は自分の両手と、斃れた男の子の骸とをそれぞれ交互に見ながら、今本当に自分がやったの? といった風に驚いている。
自分でも、よく分からない。
変な夢を見てからというもの。彼女は時折このように、おかしな体験をする事がある。
”力”の覚醒。奇跡の生還。つばさの生えた”もの”。
それは、えいえんの盟約にして、……と呼ばれるべき存在。開かれた道標。運命。存来不可視のもの。
そして………
(私のことを、いつも虐めていたから…)
焦燥。然るべき怒りの感情。わきおこるもの。
でも…
(私が、この男の子を殴ってしまったの…?)
罪悪感。心のアイロニー。せめぎあう葛藤。
でも…
でも…
………………
(でも、乙女の心の痛みは、100倍返しなの!!!)
そして澪が紡いだ言葉。
澪は男の子の最期にそんな台詞を残し、その場を後にしていった……
――それからも澪は、毎日この公園で浩平のことを待ち続けていたが、ついに浩平と再会を果たすことはなかった。
そう、あの日が訪れるまでは。
澪が中学三年生になったある日のこと。澪は浩平の面影を想いながら、てとてと通学路を歩いていると、
どんっ!
唐突に。澪の肩に何かがぶつかる音。澪はそれに思わず道路に倒れ、尻餅をついてしまう。
(いたたた…なの)
「あ…悪い」
(誰なの。よそ見をしながら歩いていると後が怖いの…って)
澪はその一瞬。自分の目を疑った。
(こ、浩平君……)
偶然とは起こるものである。澪が今ぶつかった相手とは、彼女が何年も心待ちにしていた少年、折原浩平の成長した姿だった。
「お、おい。大丈夫か…」
浩平が心配そうに声をかける。
(こ、こういう時は一体なんて言えばいいの…「こんなに逞しくなって…」じゃなくって。あの…その…なの…)
澪はこの突然のことに、かなり動転しているようだ。頭の中が徐々に加速し、様々な想像が澪の中で拡がっていく。
「ひょっとして、どこか打ち所が悪かったんじゃないか?」
浩平が、心配そうに澪の顔をのぞき込む。
(!!)
浩平の顔が目の前にやってきて、澪の心臓は爆発しそうになる。
がばっ!!
次の瞬間。思わず澪は、浩平の胸に抱きついていた。
「お、おい…?」
(あぁ、浩平君。私…ずっと浩平君に逢いたくて…やっと逢えて、私……)
「ま、まいったな…」
浩平は、いきなり女の子に抱きつかれて、分からないと言った様子で頭をぽりぽりと掻いている。
(とても、うれしいの…)
昂揚する心に、だんだんと。澪の浩平を抱きしめる腕に力が籠もってゆく。
ぐきっ。
「!!」
その鈍い音は、浩平の背骨から聞こえてきた。そして意識の飛びかけた、虚ろな視線で澪のことを見る浩平。
(・・・・・・・・・・・・・)
澪は、数年ぶりにようやく訪れた、浩平という少年との再会に心から喜びを感じている。
一方浩平は、骨が軋み悲鳴をあげながらも、その激痛にかろうじて耐え続けている。
そのひとときはしばらくの間、続いていた……
しばらくして、(ようやく)浩平を抱きしめていた澪の両手が離れる。
浩平は音のしたところを手で押さえ、立つこともままならない状態でいた。
ぜぇぜぇと、吐く息が荒い。
えーと。
澪は思い立ったように、スケッチブックを取り出す。
かきかき…
澪は、スケッチブックに文字を書く。
『浩平君。お久しぶりなの♪』
澪はスケッチブックに書いた文字を見せながら、浩平のことを潤んだ瞳で見つめていた。
その文字を見て、浩平は首を傾げながら、
「…君、どこかで会ってたっけ?」
それが、浩平から返ってきた言葉だった。
ガーーーーーーン。
重い重い鐘の音が、澪の心の中でむなしく響き渡った。
浩平君は私のことを、覚えてくれていなかったの。
私はあの日からずっとずっと、浩平君のことを待ち続けていたのに…
そのために、いじめっこをひとり「始末」までして……
そんなのってないの。あんまりなの……
ひどすぎるのぉ………
うわあーーーーーーーん。
澪はべそをかきながら、浩平のもとから走り去っていった。
そうして、澪は帰路につく。
(浩平君に私のこと、すっかり忘れられていたの。ひどいのひどいの。あの時、私のことは遊びでつき合っていたなの…?)
確かにその言葉には、何ひとつ偽りはないのだが。
(…これは?)
澪は気がつくと、その手には浩平に抱きついたとき、無意識のうちに上着からむしり取っていた制服の第二ボタンが握られていた。
(これで、浩平君の通っている学校が分かるの…そうすれば、いくらでも浩平君に逢えるチャンスがあるなの…)
その時の澪の表情は、彼女自身さえ気がつかないほどに鋭く、そして邪悪な笑みをたたえていた。
(ふっふっふっふっふ…待っているなの。浩平君♪)
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
(ここが、浩平君の通っている学校なの。私はここに入学して、ふふふふ…なの♪)
そうして、あっさりと浩平の通う学校を調べ上げてしまった澪。
澪の身体の周りから、一筋の熱いオーラがみなぎってくる。その周りだけ、気温が三度あがっていた。
(あっ、浩平君を見つけたの。よ〜し、後をつけてみるの)
標的…浩平が学校からでてくる姿を、澪は確認する。
こっそりと、そしてきびきびと。
澪は浩平に気取られないように、尾行を開始した。
その様は、さながら手練の腕前。全く自然な振る舞いを崩さないまま、浩平との距離はつかず離れず。
実際にプロからスカウトが来るほどのものなのだから、ある種それは、当然と言えば当然といえた。
(…浩平君が家の中に入っていくの。多分、ここが浩平君が今住んでいる家なの)
哀れにも、住処の場所を知られてしまった浩平。
そして澪は、心底うれしそうにして、浩平の家の位置を地図に書き込んでいる。
(♪〜)
しばらくして…走るように浩平の家に入っていく、ロングヘアの女性が現れる。
着ている服を見ると、浩平と同じ学校の生徒のようだった。
(今の女の人。いったい誰なの…? 浩平君の家族の人なの?)
澪は聞き耳を立て、浩平達の様子を窺うことにした。
(そーっとなの。そーっとなの)
澪が浩平の家の門にぴったりと背中を合わせ、聞き耳を立てていると、二人の話し声が聞こえてくる。
「浩平っ。どうして先に帰っちゃうんだよっ!!」
「いいじゃないか。今日は見逃せないTV番組があるんだよ」
(女の人が、浩平君に何か怒っているみたいなの…)
「ちっとも良くないよっ! それに浩平、明日はテストの日なんだよ。ちゃんと勉強はしているの?」
「ああ、バッチリだ」
「また勘に頼ってテストを解こう。だなんて言わないでね?」
「さすが長森。そんなことは既にお見通しってわけか」
「はぁっ…、こんな調子で大丈夫なのかな、浩平は…」
浩平の言葉を聞いて、心底あきれる女の子。
(浩平君って、面白い男の子みたいなの…)
その反面、澪はくすくすと笑っていた。
「長森。悩みすぎは身体に良くないぞ」
「誰の所為だと思っているのっ! もう…とにかく、浩平のことはしっかり面倒を見てあげてねって、由起子さんにも言われているんだから」
「面倒って何だよ。面倒って?」
「…おじゃまするよっ!!」
「おい、待てって。長森…」
「今からテスト勉強! わたし浩平がちゃんとやってくれるまで、帰らないよ」
「勘弁してくれ…」
そうして浩平から「長森」と呼ばれた女の子が、家の中にずかずかと入っていった。
(あの女の人。浩平君の家の中に入っていってしまったの…)
二人のやりとりに、多少呆然とした感のある澪。
(でも、あの二人……)
やがて澪の中で、あらぬ想像が膨らんでいく。
浩平君のお友達らしい女の人が、浩平君の家に入っていった。
↓
その人は、浩平君にお勉強を教えようとしている。
↓
しかし人間なんだから、ふと間違いだって起こすだろう。
↓
どちらがその引き金を引くかは、わからないけど。
↓
若い男と女が、部屋にふたりっきりでいる。
↓
つまり、やることはひとつ。
(ふ、ふ、ふ、ふ……)
わなわなと。澪の握る拳がふるえる。
(不潔なの〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!)
その心の叫びとともに、澪の怒りの拳が、近くにあった一本の電柱に炸裂する。
ズウゥゥゥゥゥ・・・・・・・ン
電柱にはヒビが入り、そこからぽっきりと折れたそれは、近くの道路沿いに向けてゆっくりと倒れた。
(………はっ)
数秒の間をおいて。澪がはっと我に返る。
(思わず電柱を薙ぎ倒してしまったの…)
自分のやってしまったことに、ようやく気がついたようだ。
(考えてみれば、あれから私たちは、何年も離ればなれになって暮らしていたの。浩平君だって男の子。寂しくなって、他の女の子に安らぎを求めてしまうこともあるの。恋敵がいるのなら、そいつから浩平君を奪い取ってしまえばいいの! えいえいおーなの!!)
…彼女の”力”や、こういう自分本位な思考回路は、この頃から既に培われていたようである。
そして、「人がやってくると、まずいことになるの」と澪は、駆け足でその場を走り去っていった……
――そして、入学受験の季節。
学校の掲示板に張り出された受験番号を見て、他の生徒達が一喜一憂をしている中。
澪の手元には彼女が望んだ通り、推薦入学の合格通知が届いていた。
もちろん、彼女が入学することになる学校は……
(…やったの。これで浩平君と同じ学校に入ることができたの!!)
こうして澪は、浩平と念願の再会を果たすことになるのだ。
そして、時は現在に至る……
◇ ◆ ◇
(ふにふに……)
朝の訪れ。澪の部屋。
カーテンの向こう側から、燦々と暖かな太陽の日ざしが降り注ぐ。
(なんだか、子供の頃の夢を見てたみたいなの…)
澪は、今でも充分に子供…(時計を投げつけられる音)、もとい、澪は元気に目を覚ます。
そして澪は、隣に寝かせてある、自作の浩平人形をぎゅっと抱きしめて、おはようの挨拶と共にその人形にキスをする。
(おはようございますなの、浩平君…ちゅっ♪)
そして今日も元気に学生鞄をぶんまわし、澪は学校へとかけてゆく。
(今日もはりきって、浩平君のハートをゲットなの〜♪)
−to be Continued...−