MIO 〜輝く季節へ〜
第21話 『贈物』
そして、詩子によって仕組まれた(?)デートの日は過ぎ去った。
結局すべては詩子の企みによるものだった事が発覚し、以降計画されていたデートはお流れになってしまったらしい。
しかしあのような事があってからというもの。あれから澪は茜に呪詛の言葉を投げかけながら、反面詩子の顔を思い出しながら恐怖に震え続けるという、殺伐で煩悶とした日々を過ごしていた。
かくして、街にはバレンタインデーの時期が訪れていたわけなのだが。
――その前夜、澪の家にて。
(ふふふふふふふ・・・・・・)
まるで恐怖の大王のような酷薄な笑みを浮かべながら矢張りというか・・・澪がまたもやよからぬ事を考えていた。それに呼応するかのように、外ではさっきから幾度も雷が鳴っている。澪が悪巧みをするとき、決まって外では雷が鳴っている。と、こちらにむけて包丁が飛んできたが、我々は手馴れた動作でひょいっとそれを躱す。
(浩平君にバレンタインチョコを作ってあげるの――っ!!!!)
気合と共に叫んだ澪の言葉に呼応するように、澪の家のすぐ傍で、一条の特大の雷が落ちていた。
澪は、実は家のお隣に住んでいたという繭を呼んで、一緒にチョコレートを作っていた。
テーブルの上に立ち並ぶそれら――澪が独自のルートで集め回った――クベールチュールを初めとし、産地から徹底して選び抜いたココナッツやらフルーツやらミルクやらワインやらブランデーやら、機会を逃せば絶対に手に入らない、時の限定生産と言われた伝説のチョコまで、ありとあらゆるチョコレートの食材が揃っていた。材料だけでいうなら、世界に名だたるチョコ菓子職人にも匹敵するようなチョコレートさえ作れてしまえそうだ。ちなみに精神作用のある薬品や世界中の魔術、秘術に使われるような怪しげな材料もてんこ盛りであった。
(このマンドラゴラは惚れ薬の材料としても有名なの、これをチョコレートに混ぜれば浩平君だってイチコロなの)
まるで異世界と禁断の契約を交わした魔女のような形相で、澪はチョコレートのレシピを考えている。
「じー・・・」
(びくっ!!)
そんな澪の様子を、繭は指を咥えて見ていた。
(ところでお子様、そのチョコは誰に作ってあげるつもりなの?)
「……浩平お兄ちゃんにあげたい」
澪がなにげなく尋ねると、臆面もなくそう答える繭であった。
ぴくっ。妹分である繭の口から浩平の名を聞いて、澪の眉がつり上がる。
けれど。
「おねえちゃんにも」
(!)
「留美おねえちゃんにも、みさきおねえちゃんにも、」
チョコレートの作り方の本を一生懸命に見ながら、
「ばれんたいんちょこれーとって、好きな人にあげるものだから」
屈託のない表情で、
「みんなみんな、大好きだから」
繭は、
「大好きな気持ちを、いっぱいいっぱい伝えたいから」
そう、心から嬉しそうに、
「いっぱいいっぱい、ちょこれーとを作るんだ」
笑っていた。
(・・・・・・)
澪は健気にチョコレートを作るそんな繭に、自分自身の悪心を悔いていた。
右手と左手の人差し指を合わせ、しおしおとしぼんでいた。
「おねえちゃんは、だれにちょこれーとをあげるの?」
(・・・はっ。えーとえーと・・・)
放心状態から立ち直った澪は、思いっきり慌てていた。
――翌日。学校で。
さっそくできたチョコの受け渡し会が行われていた。
昼休みになると、さっそく長森がたったっ、と浩平の机に駆けていって。
「浩平〜っ。はいっわたしからのプレゼント!」
「お、サンキュ・・って、これ20円チョコの詰め合わせじゃないか」
「浩平。子供の頃からこれ好きだって言ってたもん」
「だからって、こんなに沢山買ってくるか?」
「だって浩平、いつも少ないって言ってたくせに。だからわたし、商店街中を廻って少しづつ買い集めてきたんだよ」
「まったく・・・ありがとな」
朗らかとしていて、べったり感のない。
幼い頃から共に過ごしてきた幼馴染の関係だからこそ生まれる空気がそこにはあった。
「折原っ、机の上にあたしからのチョコレートを置いといたわよ」
「おうっ、サンキュー七瀬」
「念の為言っとくけど、あたしのはただの安物の義理チョコだからね。変な勘違いしないでよ?」
七瀬は少しどもりがちになって浩平にそう言うと、広瀬の席に向かって歩いていって二人一緒にそれぞれ作って来たチョコレートを食べ比べていた。
「わぁ、このチョコレートすごく美味しいよ〜。このチョコも〜♪」
みさきはというと、意外と女子からの人気が高いらしく、浩平にチョコを手渡すや否や、登校時に靴箱の中に入っていたらしい大量のチョコレートを鞄から取り出し、1つ1つをじっくりと吟味していた。
――ややあって、吹き抜ける風の音と、勢いよく扉が開かれる音と共に、澪と繭が息を切らせながら教室に入ってきた。
『浩平君。私が作ったチョコを受け取って欲しいのっっ!』
澪は浩平の目の前にいた長森を思いっきり押し退けると、顔を真っ赤にさせながら、浩平に手作りのチョコレートを手渡した。
「ありがとな、澪」
と、浩平に澪の頭を撫でてくれた。予想すら出来なかった浩平の反応に、澪は思わず破顔してしまう。
本当は媚薬入りのチョコレートを渡したかったらしい澪だが、結局最後まで繭の視線が気になって、チョコに混ぜる事はできなかったようで。結果として浩平に喜んでもらえたので、それはそれでよし、と澪は思うことにした。
「はいっ浩平お兄ちゃん。まゆからも手づくりチョコレート」
「おっ、繭もわざわざありがとうな」
「みゅ〜っ♪」
澪と同じように頭を撫でられ、破顔する繭。
澪の視線から、僅かに殺気の火花が散った。
「留美おねーちゃんにも。みさきおねーちゃんにも。はいっ! はいっ!」
「あ、ありがと・・・」
繭から手渡されるチョコレートを複雑な表情で受け取る七瀬。
「わぁ、私達のためにチョコを作ってきてくれたんだ。ありがとーっ」
みさきは嬉しさのあまり、思わず繭に抱きついていた。
「じゃあ早速食べちゃおうかなっ・・・って、あれ?」
と、みさきがチョコの箱を開封したその時。でろでろに熔けたチョコが溢れていた。
「繭・・・お前、いったいどうやってチョコレートを持ってきたんだ?」
「“ぷれぜんとは心をこめて”って、ご本に書いてあったから、制服の胸ポケットであたためてた」
「・・・・・・」
その場にいた全員が絶句した。
「はーいっ、お兄ちゃんのクラスのみんなにもあげるっ」
繭はそんな周りの空気を全く気にすることなく、目に付いた人全員に手づくりのチョコレートを配りまくっていた。
――そんな光景を遠目で見ていた住井。
「ちぇーっ、いいないいなー。澪ちゃんの手づくりチョコが食える折原はさー」
いじいじと爪を噛みながら住井は羨ましそうな視線で浩平を見る。その拗ね方は、まるで周りでお菓子を食べている子供達を見ながら、自分だけお菓子を買って貰えない時の駄々っ子の仕草そのものであった。
(な、澪ちゃんが手に持っているあのチョコレートはっ?!)
こういうコトに関しては誰よりも目ざとい住井が、澪が手に持ったまままだ誰にも渡していないチョコレートの箱を視界に認めて、その瞳がきゅぴーん!と鋭く光る。まるで瞬間移動に等しい高速で音もなく澪の傍に駆け寄ると、途端に紳士モードになり、
「やぁマイハニー澪ちゃん。その手に持っているチョコはボクのために作ってきてくれたのかい?」
流し目で澪と視線を合わせると、美しく咲き誇るバラの園を背景に、住井の清潔感のある白い歯が目映く煌いた。
そんな紳士モード120%開放中(当社比)な住井を澪はあっさりとスルーし、
(ぽいなの)
澪はあまったチョコを、既に繭から受け取ったチョコを美味しそうに食べている詩子に手渡した。
玉砕し崩れ落ちる住井。
「あぁっ♪ 澪ちゃんまでこのあたしのためにっ・・・♪」
(どうせ余り物なの。捨てたり住井護にやるのも勿体無いからくれてやるの)
「あぁん、し・あ・わ・せ・・・☆」
だが、澪のその認識は甘かった。詩子は恍惚としたまま、しばらくあっちの世界へと旅立った後。
「ありがとーっ。これで澪ちゃんへの好感度がぐぐんと急上昇だよっ。もう大好きーっ☆」
いやらしい手つきで抱きつかれる。はぁ・・・とその横で溜息をつくのは茜だった。
「あぁんもぉっ、澪ちゃんも繭ちゃんもあたしの身体を好きにしてーっ!!」
身をよじり、服をはだけさせてアピールする詩子。ガクブルな澪。口から泡吹いてる繭。
住井をはじめとして、そんな二人の様子を固唾を呑んで見守る衆人達。
「見えてますよ。詩子・・・・・・」
「見てっ、もっとあたしを見てぇ〜っ」
茜はそんな詩子に呆れながら、自分の鞄を持ったまま浩平の机の前にやってくる。
「浩平・・・さん。私からもプレゼントです」
「里村、これってまさか・・・」
「くす・・・本当にまさか、です。ただの“義理チョコ”ですよ。先日お買い物に付き合っていただいたお礼を兼ねてです」
結構大きめの手づくりチョコを茜は鞄から取り出すと、そう言ってそのまま浩平に手渡す。
「そっか・・・ありがとうな。里村」
「いえいえ、どういたしまして」
そう言葉を紡いだ茜の表情には、少し諦めにも似た寂しさが籠められていたけれど、浩平はそんな茜の様子に気づく事はなかった。その裏で浩平に向けられる、住井や他の男子生徒からの殺意の籠った視線があったことは、もはや言うまでも無い。
「澪ちゃん、繭ちゃん。あたしの愛の籠もった本命チョコを受け取ってぇ〜〜〜」
浩平と茜のそんなやり取りの中。まるで何事も無かった様に教室中を駆け回る三人であった――――
「――おやおや・・・浩平君達の教室は何だか賑やかだね」
シュンが誰からか貰ったのか、手づくりのチョコレートを口にしながら浩平達の教室の様子を眺めていた。