MIO 〜輝く季節へ〜
第20話 『双恋』




 抜けるような青空の日曜日。この時期にしては珍しく気温も暖かく、ぽかぽかとした陽射しの陽気はまるで街の中のすべてを祝福しているようで、心地がよい。そんな今日は絶好のデート日和といえた。
 茜がデートの待ち合わせ場所として指定してした商店街の入り口。そこには茜と、詩子が既にやってきていて、何事かトークを交わしている。

 慌しく街道を走り抜ける足音――浩平だった。彼がデートの当日であるにも関わらず、慌てたように汗をかきながら走っている理由――先日の夜更かしがたたり、朝を寝坊してしまったのだ。
 習慣とは恐ろしいもの。セットしていた目覚ましも、浩平は寝ぼけたままうっかり止めてしまい、そのまま二度寝についてしまった――まさか『里村とデートするから早めに起こしてくれ』などと、長森がいくら幼馴染の間柄とはいえ、そんなお願いをすることを浩平のプライドが許すはずもなく――今はただ無心に、ただ無心に、ダッシュしていた。

「・・・よお、待たせたな」
「遅っそーいっ」
 ややあって、待ち合わせ場所に浩平が到着した。
「あれ? 柚木も一緒なのか」
「あたしは茜の付き添いみたいなものよ。茜もデートするのは久々っぽいしね」
「そうなのか」
 ひざに手を置き、はぁはぁと息を切らしながら納得をする後ろには、浩平と同じく息を切らす澪の姿が見える。
「あれ、澪ちゃんも来てる・・・」
「くすくす。茜が折原クンにあそこまであからさまにデートを申し込めば、澪ちゃんも一緒にやってくるコトくらい計算済みよ」
「あ、あはは・・・」
 小悪魔のような笑みを浮かべる詩子に、思わず冷汗を垂れる茜であった。
「ま、まさか、本当にデートに来てくださるなんて思いませんでした・・・」
「あぁ。オレも里村がいきなりああいうコトを言ってきた時は驚いたけどな」
「二人とも仲がいいわねぇ。見ていてこっちまで妬けちゃうわ〜」
 と、雑談を交わしている三人だったが。
 浩平の後ろで浩平の上着の裾をつまみ、むーとした表情で二人に視線を飛ばしている澪の姿があった。
 これでは茜も迂闊に浩平に近づけないわけなのだが。
(まぁこれも予測済み。じゃあさっそく、作戦開始よ茜っ)
(わ、わかりました・・・)
「こっ、、浩平。失礼します・・・・!」
 浩平の後ろにささっと隠れた澪を確認すると、詩子はアイコンタクトで指示を出し、茜は顔を真っ赤にさせながら浩平と腕を組む。
(ななっ!? な、な、な、な・・・・)
 それを見た澪は当然、怒り沸騰するわけだが、
「あら。見せ付けてくれるわねぇ。じゃあ澪ちゃん、あたし達も負けないように腕組みしちゃおっか」
 茜と浩平を引き剥がそうとする澪の腕を、詩子がすかさず奪い取り、自分の腕へと引き寄せる。
(!!?)
「へへーん♪ これで一度に2組のカップル成立ねー♪」
 と、あっさりと浩平と茜。澪と詩子という構図が出来上がってしまったわけで。

「ほ、ほ、本日は、とてもお日柄もよく・・・・・・」
 詩子の入れ知恵とはいえ、こんなに簡単に浩平に急接近できた茜は、案の定というかとても戸惑っている様子――
(おーのーれー里村茜ー。私の浩平君に馴れ馴れしくしすぎなのーっ)
 ――そんな茜に絶えず殺気を飛ばし続ける澪。この瞬間、澪は茜のことをを『標的』と認定した。
「きゃーっ。憧れの澪ちゃんとデートできるなんて、あたしったら幸せ者だわーっ」
 だけど一度捕まえた獲物は逃がさない、と詩子は澪の腕をしっかりと握っていて――澪は身動きひとつ取れなかった。
「あ、あはははは・・・」
 ――浩平は、そんな三人の様子に失笑しているようだった。



「あっ、“プリ蔵”があるっ。記念に写真を撮って行こうよ」
「さ、賛成・・・・・・っ」
 フルネームを“プリント忠臣蔵”という、筐体の垂れ幕の中で好きなポーズで写真をとり、枠などのデザインを決めてしばらくすると、コンパクトなシールタイプの写真にして仕上げてくれるという定番のあれである。
 茜は事前に打ち合わせた通りの返事を返し、詩子は澪を強引に引きずるように連れて行く。
「――はい、チーズっ☆」
 詩子と澪を手前に、その奥で茜と浩平がポーズを決める。詩子は澪を胸元に抱き寄せてチョキを出し、茜と浩平はそんな二人に圧倒されるようにややひきめの笑顔。澪は相変わらず不貞腐れた表情のままだった。
「あぁ・・・やっぱり写真で見る澪ちゃんも可愛くて食べちゃいたいわぁ・・・♪」
 出来上がった写真を見て、詩子はうっとりとしていた。
(そfんgさおいjglkgbなせじょ;rgじぇspj!!!!!)
 対して澪の状態は既にそれどころではなく、その後ろで和やかにしている浩平と茜を見て声なき唸り声を上げているようだった。
 詩子が澪の腕をがっしりと掴んでいなかったら、今にも暴走し商店街を破壊してまわりそうな勢いである。
「さぁて♪ お次はどこに行ってみようかしらぁ・・・」
 恍惚な笑みを浮かべる詩子がにんまりと次のコースを考えていた、その時。

「うぐぅううぅぅうううぅううぅうぅうううううう〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!!」

 ふと、商店街の視界の向こうから、そんな声が聞こえてくる。
「みんなどいてどいて〜っ。おじさんに捕まっちゃうよ〜〜っ!!」
「この食い逃げ娘がー! 今日という今日こそは、たい焼きの代金をまとめて払ってもらうぞ!!!」
 よく見ると、ダッフルコートを身に纏い、紙袋を大事そうに抱える少女が商店街の人間らしい年配のおじさんから追いかけられていた。
 煙を捲く様な勢いで繰り広げられるチェイス。商店街ではもはや風物詩とも呼ばれている。少女とおじさんとの追いかけっこだった。
「おいおいおい、何だ何だっっ!??」
 そんな二人の爆走名物は、そうとも知らず商店街のど真ん中を歩いていた浩平達をもやがて巻き込んで、粉塵爆発にも似た爆発を起こした――――

「――げほげほ。えらい目に遭わされたな・・・」
 煙が晴れ、少女とおじさんが走り去っていってしばらくの後――
「おいお前達、大丈夫か――」
「は、はい。私はなんとか大丈夫です――」
 浩平が呼びかけたそこには、茜の姿しかなく――詩子と澪の姿が消えてしまっていた。
 足元を見ると、『澪ちゃんは借りていくわよ。あとはごゆっくりお二人さん。イシシシ』 という書置きが残されていた以外は。



「さぁて。思わぬアクシデントが遭ってくれたお蔭で、あたしもデートがやりやすくなったわ」
 あの騒ぎのどさくさに紛れて、澪を連れ去ってきた詩子であった。
 なんと命知らずな、もとい大胆不敵な少女であろうか。
「ねぇ、そう思わない? 澪ちゃん?」
 うっとりした目でそう問いかける詩子と、
(〜〜〜!! 〜〜〜〜!!!!)
 助けて浩平君と心の奥底から叫び続ける澪であった。
「よぉし、じゃあまずはお洋服屋さんに行ってみましょうかー♪」
 僅かな反論の余地さえ許さず、詩子にずるずると連れられていく澪の姿を、我々は複雑な表情で見送っていた。



「澪と柚木のヤツ。いきなりいなくなったけど大丈夫なんだろうか」
「・・・あの詩子が付いているんです。澪ちゃんだってきっと大丈夫ですよ」
「ま、アイツがいるなら確かに大丈夫そうだ」
 詩子が書き残したメモをバッグの中にしのばせながら茜は、親友と自分の為とはいえ、澪をダシに使ってしまった事にちくりと罪悪感が苛んでいた。が、
「――あ、あそこに甘味処があります!」
 “甘味処”と書かれた看板を見て、そんな罪悪感など、立ちどころに吹き飛んでしまっていた。

「そんなに甘いものばかり食べてると、太るぞ?」
 甘味処で甘い食べ物を大量に買い込んだふたり。激甘ワッフルに蜂蜜と生クリームとフルーツをふんだんに盛り合わせた物を嬉しそうに頬張る茜を見て、浩平は冷汗を垂れていた。
「私は食べてもあまり太らない体質ですから。それに私にとって、甘いものを食べられないことは死活問題です。一日最低二回は甘いものを口にできない生活なんて、とても考えられません」
 そう言うと、茜はフルーツに生クリームがたっぷりとかかっている所をパリッと一口かじる。
 その時の茜の表情といえば至福の一言に尽きていた。
「浩平の前だから敢えて断言します。人生の楽しみの半分は、甘い物で出来ているんです」
「そ、そうなのか・・・?」
「はい、甘党の私が言うのですから。間違いありません」
 ――茜の甘い物好きは筋金入りのようだった。
 普段の彼女の印象とは違う、甘い物についての意見を熱弁する今の茜の姿を見て、浩平は思わず失笑してしまう。



「次はこの服、その次はこの服いってみようかー♪」
 その一方で詩子は、商店街中にある洋服屋やブティックに澪をつれまわしているようだった。

「さっき入ってたお店の店員さんに、『御二人はご姉妹ですか?』って訊かれちゃったわ。失礼しちゃうわよねー、あたし達ってどこから見ても、立派な恋人同士なのにっ!」
 あたかも不機嫌そうに詩子はぼやく。
「まぁある意味、あたし達が姉妹でも間違ってはいないか。あたしがお姉さまでぇ、澪ちゃんがぁ・・・」
 かと思いきや、突然表情がぱぁっと明るくなる詩子。彼女の中では只今様々な妄想が駆け巡っているようだった。その傍らで、澪はガタガタと震えていたわけであるが。
「ん? どうしたの澪ちゃん」
 ふたりはさっきからずっとこんな調子であった。この詩子の手にかかれば、さすがの澪も形無しのようである。
「次はこの服とこの服と、アクセントにこれもつけちゃおう♪」

「おっけーおっけー。澪ちゃん最高に似合ってるわよっ!」
 ごっちゃりと、いかにも少女趣味だと言わんばかりのオーダーを身に着けさせられ、澪は今にも泣きそうになっていた。
 そんな澪を見て詩子は、はぁはぁと鼻息を荒くさせていた。途中で買ってきた使い捨てカメラを片手に、数多のバリエーションの服を着た澪を撮影しては楽しんでいる。
「はーっ、満足満足っ♪」

「さあ澪ちゃん、張り切って第3ラウンド行ってみよ〜」
(もう、許して欲しいの〜〜!!!)







「――浩平。以前からずっとお訊ねしたかった事があります」
 公園のベンチにふたり並ぶように座り、夕焼けの空を背景に望み、甘い物を口にしながら茜は浩平に訊ねていた。
「――誰もいない空き地でたった一人、雨に打たれながら佇んでいるだけの女の子の事なんて、普通なら見向きもしないで行ってしまうモノです。それなのに、浩平はそんな私にあそこまで良くしてくださったのですか?」
 そんな茜の真摯な問いに対して、はぁ。と浩平は溜息を吐いた。
「目の前でそんな風にしているヤツの事を、放っておけると思っているのか? それに――」
「――それに?」
「似ているんだ、どこか――」
「えっ――――?」
 ふと遠い目をして夕焼けの空を見上げる浩平とその言葉に、茜はきょとんとする。
(・・・聞いてはだめ)
 茜の心のどこかでそんな声が聞こえる――だけど茜は、浩平が紡ごうとする言葉に、或る一抹の予感が胸を過ぎっていた。もしかしてこの人は――――ではないかと。
「――昔、とは言ってもまだガキの頃だけど。オレと一緒に遊んでくれたヤツが居たんだ。アイツとは何をするときも一緒で、片時も離れた事なんてなかったんだ。だけどある日に突然そいつは、どこか遠い場所へと行ってしまった――」
(だめよ、茜・・・)
 そんな意識とは裏腹に、茜は浩平の言葉にすっかり聞き入ってしまっていた。
 理性が上げる声に、茜の心のどこかが言うコトを聞いてくれない。茜はもはや、浩平の言葉を最後まで聞くしかなかった。
「逢いたかった、でも逢えなかった。あいつは、もう手を伸ばしても届かない所まで行ってしまったんだ。楽しかった日々は、ずっと続くと思っていたのに」
「そうなんですか・・・?(これ以上、この人の言葉を聞いてしまったら――)」
「それでもあの頃のオレは、あいつに逢いたいと思う気持ちを捨てきる事なんてできやしなかった」
(きっと私は、耐えられなくなってしまうから)
「そこで、オレはあることを願ったんだ――」
「(だめ、だめよ・・・)そこで貴方は、何を願ったんですか?」
「ああ、だからオレは――」
 ――そしてはっきりと聞いてしまう。浩平からの独白の言葉――
(・・・っ! 茜っ。貴女という人は・・・っ!!)





「さぁて、これからどうしよっかぁー」
 たっぷりと澪を引き回し、気力が尽きてぐったりとなるまで澪の着せ替えを楽しんでいた詩子。
(くー。くー・・・)
 精も根も尽き果てた澪は無防備な姿のまま、詩子の背中でぐっすりと眠っていた。
「澪ちゃんの身体って軽いわねぇ・・・あたしもダイエットしようかなぁ」
 澪を負ぶりながら、詩子はふとそんなコトを思う。
 そう言って詩子が歩いていた辺りは、若者のカップル向けのホテルが立ち並ぶホテル街だった。
「この辺でちょっと休憩していこうかなぁ・・・」
 と、洒落にならなさそうな事を言ってのける詩子。口から拭い切れないほどの涎が彼女の欲望の全てを物語っていた。
(それにしても、澪ちゃん幸せそうに寝てるわねぇ・・・)
 澪の寝顔を見て、詩子もまた幸せそうにしていた。
「・・・また、今度でいいかぁ――」
 その幸せそうな寝顔に詩子は気が変わったように、ホテル街を跡にした。





「――あぁあぁあああああああっっ!!!」
 茜は両掌で耳を塞ぎ、その場に蹲りながら、悲鳴にも似た叫び声を上げている。その相眸には、うっすらと涙さえ浮かんでいた。
「茜っ!?」
 突然何かのスイッチが入ったように狂い叫ぶそんな茜の姿を見、浩平が手を伸ばす。
「さわらないで!」
 しかし半狂乱となっていた茜は、浩平が伸ばしたその手を思い切り振り払った。
 わなわなと震える彼女のその振る舞いは、まるで何かに怯えているようでさえあった。
 どうする事も出来ないでいる浩平は、ただ途惑う以外に成す術を持たなかった。
「里村、いったいどうしたんだ…?」
 ただその場に立ち尽くす浩平であった――――





 ――それからしばらくして、公園に合流した詩子が、半狂乱の茜の身体を乱暴に揺り動かす。
「茜っ!? いったいどうしたのよ、しっかりしなさいよ!!」
「詩ぃ・・・子?」
 詩子の呼びかけに、茜がようやく正気の声を漏らす。
「あたしよ、詩子よ! いったいどうしちゃったのよ?」
「詩子――詩子ぉ――」
 茜は何も言わず、ただ詩子を抱きすくめながら、泣いていた。詩子はよしよし、と茜を優しく包み込んであげる。
 そして、ようやく理性が戻った茜であったが――

「――さっきはいきなり取り乱してしまってごめんなさい・・・」
 公園の一件以来、茜は浩平たちに対して本当に申し訳なさそうに何度も何度も頭を下げていた。
「気にするな。今の里村が笑ってさえいれば、それでいい」
「浩平・・・」
 その言葉を聞いて、茜がほっと安心したように浩平の顔を見ているのと裏腹――
「ホントびっくりしたわよ。“作戦”の効き目がありすぎて、折原クンが茜を襲っちゃったのかと思ったわ」
 詩子が漏らしたその一言に、浩平はぴくりと血管を浮き立たせる。
「・・・おい柚木」
「うん? どうしたの?」
「“作戦”って、何のコトだ――?」
「あ・・・・・・」
 浩平のトーンを落とした声に、詩子は一瞬バレた、という顔をした。

「おい待て柚木〜!!」
「つい出来心だったのよ、結果よければすべて良しっていうじゃなーい」
 悪戯っぽく笑って逃げる詩子を、浩平は全力で追いかけていた。茜はそんな二人を見て、苦笑していたわけだけれど。
 肝心の澪はというと、大好きな浩平を茜に取られ、自分は詩子にいい様に振り回されて――今日一日中ずっと不機嫌な顔をしていたそうだ。


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