MIO 〜輝く季節へ〜
第15話 『聖夜』




 ――人はよく"夢"を見る。

 なごやかで、安らぎのある"夢"。
 楽しくて、思わず心踊る"夢"。
 その衝撃に、思わず我を失ってしまうほどの"夢"。
 身震いするほどに、怖いと感じさせる"夢"。
 心が引き裂かれるほどに、悲しい"夢"。

 多くはそうした想いを伴って表れる。様々な"夢"という名を持つ意識の断片(かけら)。


 なぜ人は"夢"を見るのか――その原因とされるものは諸説あり、古来から研究が進められては来たものの、それらはいまだ推測の域を出ていないというのが現状である。
 しかしながら"夢"とは本来、見る者がどこかで記憶した内容が、時には何らかの変化を帯びて、その随所に現れるという場合がほとんどだ。
 記憶をしていないところに"夢"を見るなど、人にとって元来起こりうることではない。
 だが脳の記憶になく、細胞の記録にさえ存在しないはずのものが"夢"として現れることになったなら、果たして人は、そこに何を見るのだろうか――

 去来視か、未来視か。あるいは全く別の、何か――――






 ――――ジリリリリリリ……

 澪の枕元に置いてあった目覚まし時計が部屋中に甲高く鳴り響くと、澪の意識は現実の在処へと呼び覚まされた。
 新たな朝の到来である。
(う〜ん、もう朝なの……)
 澪は気だるそうに目覚ましに手を伸ばしてスイッチを切ると、目をまだ眠そうに擦りながらベッドからゆっくりと身体を起こす。

 カシャアッ!
 手を伸ばして遮光カーテンを勢いよく開くと、そこから眩いばかりの光が降り注いだ。
 その朝焼けの陽光は、澪の眠気を徐々に晴らしてゆく。
 ベッドから立ち上がると澪は、おぼ着かない足取りで部屋の外の階段を降りて洗面所へと向かっていった。


 ゆうべの夜、澪が見た奇妙な"夢"――
 それは"蒼"によって彩られた――あるいは閉ざされた"空間"の景色。
 忘れかけていたもの、心のどこかで懐かしさを覚える"何か"を想起させるほどの、きわめて不思議な感覚……
 その光景の残滓は、"夢"からさめ朝の瞬間(とき)を迎えた今でもなお、澪の脳裏にハッキリと残っていた。
 果たしてそれは病み上がりの所為なのか。
 なんとなく頭が重いの…と、澪は軽く頭を振って大きく深呼吸をする。

 ぶんぶんぶんぶん。
 すーはーすーはー。

(む〜〜………)
 が、それでも澪は、この"もや"がかった意識を完全に拭い去ることはできず、
 洗面と歯磨きを終え、部屋に戻ってくると澪は明らかに不機嫌な感情をカメラに向かって顕わにしながら、部屋の中をうろうろと歩き回っていた。


 ――不甲斐ないことに我々も情が移ってしまったのか。
 そんな澪の姿を我々は、いささか心配の籠もった目で見てしまう。

 しばらくの間そうして時間を過ごしていると、澪はぷるぷると肩をふるわせていた。
 いったいどうしたというのだろう? 澪にしては、ずいぶんと様子が変である。
 昨夜見た"夢"が彼女を苛んでいるのか。
 それとも一度は治りかけていた風邪が再発したためだろうか――

『ええいお前達。レディが着替える時くらい、部屋を出ていったらどうなのっ!!』
 と。
 部屋全体を包み込むほど巨大な怒りのオーラを乗せた澪の拳が、まるで海衝のように大きく荒れ狂った。








 ――そんな。澪から直々の『手ほどき』を受け、激痛に項垂れかかる我々の意識などお構いなしに。
 心底笑顔の面もちで澪は、今日も鼻歌まじりに学校の通学路を歩いていた。


(昨日はヘンな夢を見たけど、ストレス発散をしたおかげでとっても気分爽快なの♪)
 学生鞄をぶん回し、るんるん気分で学校へ向かってゆく。
 …もはや我々の存在価値など、澪のストレスを発散するためだけにあるというのか。
 スタッフ達の間から、そんな落胆に満ちた呟きが洩れる。

(あ、浩平君なの♪)
 澪は通学路の途中で、視界の向こうから歩いてくる浩平の姿を見つける。
 するとそのさま嬉々として浩平の傍へと駆け足で歩み寄るのであった。
『浩平君、おはようなの〜♪』
「よぉ澪。すっかり調子は良くなったみたいだな」
「…おはようございます」
 開口一番。
 澪は息を弾ませながら、そう元気にペンを走らせたスケッチブックを浩平に見せる。
 浩平もそれに愛想よく応えるのを聞いて、澪は小さな喜びを胸に感じた、が。

 それも束の間。
 よく見ると、浩平の隣から聞こえるもう1人の声――


(里村 茜なの……)
 そこにいたのは里村茜の姿だった。いつもと比べ、どこか弾みを帯びた彼女の声。
 澪の知っている茜は、いつも思い詰めた表情をしていた。
 まるで心そのものを凍り付かせ、周りにいるものすべてを拒絶するかのように。
 誰かと会話をするときもどこか素っ気なく、決して目の前にいる人間を見ていない――そんな、彼女であった。

 しかし、今の彼女はどうだろう?
 浩平の隣に立つ今の彼女は、心なしか表情が和らいでいるように見える。
 僅かな変化ではあるが、会話が弾むなり、そこかしこに微笑みを浮かべているようだ。

(いったいこの2人の間に何があったの? まさか、まさか…)
 澪の脳内で、一冊の分厚い辞書がパラパラと乾いた音を立てて捲れていく音が木霊する中、
 持つ手からスケッチブックを力なく落とし、ただ愕然と2人を見ている。
 思っていることが非常に分かりやすい少女である。

 合流した3人は、そのまま一緒に学校へと向かうことになった。




「そういえば澪」
『うん、どうしたの?』
「実はお前が学校を休んでいた時に、今日の夕方にオレの家でクリスマスパーティをやらないかって話をしていたんだが。澪も来るか?」
 "クリスマスパーティ"という単語を聞いて澪は、ようやくあることを思いだした。


 ――今日はクリスマスイブの日。

 あの太陽が沈めば、やがてそこには静謐な空気で一杯に満たされた聖なる夜が訪れる。
 澪の心の中ではすでに、ロマンチックなネオンに彩られた街並がそびえ立っていた。
 街灯に明るい灯火が輝くと、隣には待ちに待っていたあの人のシルエット。
 寒空のもと、凍えるような寒さを持った街道の上で。腕を組んだあの人のぬくもりが彼女を包み込んでくれた。
 そして何より自分の隣にいてくれる、あの人がかけてくれる言葉と笑顔がとても暖かい。

 帰途を終えて2人は部屋に戻ると、そこから愛に満たされたひとときは始まる。
 褥(しとね)を同じくして、ともに愛を誓い合った者どうしが身も心もひとつとなるとき。
 聖なる夜の祝福を受けたひそやかな契約を、ふたりはゆっくりと交わす――――

 しばらくの口づけ、そして――
 涙に潤んだ視界の向こうに聞こえるのは愛する者の声。
 それでもなお、その存在を確かめるように彼女は、心の中で何度も彼の名を反芻するのだ。
 浩平君、浩平君――と。


「おい澪。口もとからよだれが出ているぞ?」
 そこで浩平に諭され、はっとする澪。
 思考が完全にあっちの世界に飛び立っていた澪はようやくして、現実へと戻ってきた。
 目をぱちくりと見開いて、やがて鮮明に回復した視界の中には「大丈夫か?」と澪を心配する浩平と、無表情のまま澪を眺める茜の姿があった。
 澪は恥ずかしくなって、そのまま顔を赤くしてしまう。
「とりあえずパーティには参加する」という旨を浩平に伝えると、澪はそのまま学校へと走り去っていった。






 ――――今日は終業式だった。

 講堂の中では校長や教員、来賓達が講壇に上がり、生徒達に向かって挨拶や学生生活についての講説を述べていたが、
 生徒達はそれに耳を傾けると言うよりも、これからの冬休みの時間をどのように過ごそうかと考えているようだった。
 終業式が終わり、教室でのホームルームも終了すると、生徒達は開放感に包まれた様子で、何人かのグループになって校舎を去っていく姿が見られる。
 澪達は夕方から行うことになったパーティの打ち合わせをするため、浩平のクラスに集まることになっていた。
 そこには既に、浩平、澪、瑞佳、みさき、茜、繭、住井の顔ぶれが揃っていた。


「これで全員揃ったか?」
「…詩子がまだです」
「そういえば一番騒がしいあいつがまだだったな」
 浩平達がそう言ったのも束の間。

「やっほー。詩子ちゃんの登場だよ〜♪」
 ガラっと教室の扉を豪快に開け放つ音と共に、詩子が元気よく姿を現した。
 彼女は遅れて来たにも関わらずどこも悪びれた様子がなく、
「ごめんね澪ちゃん。あたしがなかなか来なくて、寂しかったでしょ?」
(!?)
 と、言うが先か。
 詩子は澪の背後に回り込むと、いつものように肩口から両手を回して身体を密着させると、
 澪の耳もとで息を吹きかけるように優しく囁きかける。途端、澪の背筋から猛烈な寒気が立ち昇った。

「今日はイブかぁ。がんばってパーティを思い出に残るステキな夜にしようね♪」
 そんな詩子の含みを帯びた甘い声。
 伏し目がちな表情で囁くそれが、澪の表情をだんだんと凍てついたものへと変えていく。
 じわりと冷汗が垂れる。

「――詩子?」
 それを上回るほどの、詩子の視界の片隅から閃いた茜の冷徹なまでに鋭利な視線と言葉。これによって詩子のこれ以上の暴挙をくい止め、澪を絶望の淵から救い出すことに成功したのだった。

「よし。みんな揃ったことだし、さっそくパーティの準備の話だが――――」








 ――――そして、陽はすっかりと沈み、クリスマスの夜が訪れた。

「メリークリスマス!!」
 一斉のかけ声とともにクラッカーが鳴らされると、シャンパンを注いだグラスを合わせる音が次々と響き、広々とした会場を満たしてゆく。
 CDラジカセから流れる軽快なジャズをBGMに乗せて、盛大なクリスマスパーティは始まった。
 茜が手塩にかけて作った料理は絶品で、ひとくち口にした誰もがその料理の味に舌鼓を打っていた。

「おいしい〜♪」
「これは旨い。里村にこんなに料理が巧かったなんてな」
「それほどでも…ないです」
 浩平達の言葉に、茜は恥じらうようにして俯いてしまう。

「ううん、そんなに謙遜することはないよ。この料理、すごく美味しいよ」
 そう言って、がつがつと食を進めているのはみさき。
 彼女は茜が料理を作っている間中、キッチンから漂ってくる匂いに、食指が動くのが止まらなかったという。
 パーティをある意味でもっとも楽しみにしていたのは他ならぬ彼女であり、クラッカーが鳴ったと同時に、さっきからこの調子でペースを落とすことなく食べることを続けている。
 そうはしていても、みんなの会話の輪にちゃんと入っているので、誰もがみさきのその食べっぷりに驚かずにはいられなかった。

「…川名先輩のことを、あらかじめ浩平さんにお訊ねしておいて正解でした」
「…ああ、そうだな……」
 キッチンから大量のおかわりの料理を運びながら、普段は感情を表に出さない茜もすっかり青ざめた顔でそう言うのだった。




「澪ちゃん、次はどれが食べたい? オレが代わりに取ってあげるよ」
 住井が爽やかなスマイルを向けながら、澪に食べたい物を訊いてきていた。

『…うーん、じゃあ、あのお肉を取ってほしいの』
「ローストチキンだね。よし、このオレが責任を持って皿によそってあげよう」
 こうなったら仕方がないのと澪は、住井に「お願い」をすることにした。
 澪の「お願い」を見て住井は、心底嬉しそうにローストチキンを何枚か小皿にとってあげる。

「どうだい澪ちゃん、美味しいかい?」
『うん、おいしいの♪』
「そっか、それはよかった」
 澪の(演技による)笑顔を見て住井は、愛する女性に尽くすことの喜びをひしひしと感じていた。
(あの食欲旺盛な先輩に押されて、澪ちゃんも戸惑っているに違いない。ここはオレが優しさを見せないとな)

 住井のフェミニズムなその心意気は、澪を相手にして全く報われないものとなってしまうのだが。
 それはまた、別の機会にでも――――




 彼女にとっては一難去ってまた一難、というべきか。
 今度は詩子が澪の空になったグラスを見つけると、それにシャンパンをなみなみと注いでいく。

「さあ澪ちゃん、かんぱ〜いっ☆」
 注いだグラスを澪の手に持たせるさま、中身がこぼれるような勢いでグラスを合わせると詩子は自分の持つグラスを一気に飲み干した。
 逆らうと何をされるか分からないという怯えもあってか、詩子に続いて澪はおそるおそるグラスに口を付けた。
 澪はそんな詩子のペースにすっかりはまってしまっていた。

「何か困ったことがあったら、いつでもこのお姉さんに相談するんだぞ?」
 澪の肩にがっしりと手を置いて、誇らしげに言う詩子。
 その様はまるで、酔っぱらいのおやじそのものである。

「…ほどほどにね、詩子」
「もう、なにを言ってるのよ茜♪ パーティを楽しくやらなくてどうするの? あんたも飲みなさいよ、ほらほらぁ〜♪」
「……はぁ」
 茜が詩子を止めに入るやいなや。
 すっかり出来上がっていた詩子は、テーブルに置かれた彼女のグラスに縁から少し盛り上がるくらいの高さまでシャンパンを注いだ。
 ころころと愛想笑いを向けながら詩子は茜に向けて、「いっき♪ いっき♪」と囃し立てる。
 それを見て、茜は大きくため息をついた。


「よーし、ここはオレがひとつ、隠し芸を披露して見せますか!」
 CDの最後の曲の再生が終わった頃。 住井はそう言って持参したギターを取り出すと、目を閉じながら一曲弾いて見せた。

「…へえ、やるじゃないか住井」
「今日このときのために、密かに練習しておいたのさ」
 住井の意外な特技に浩平達は驚いていたようだが、それもだんだんとパーティムードのそれへと溶け込んでいく。
 それを聞いていたみさきや繭などは、曲のリズムに合わせて振り付けをしたりしていた。

「なかなかいけるじゃない。あたしも思わず踊っちゃうわよ♪」
 詩子もだんだんとノッてきたのか。住井が弾くギターの音色に合わせて踊りだす。そして彼女が澪の手を引っ張るよりも早く、澪は浩平の座る側へと避難する。それを見て詩子は澪を誘うのを諦めたのか、澪から寂しそうに視線を外して踊っていた。
 ほっ、と胸を撫で下ろす澪。

「澪ちゃんはそっちがいいのかぁ…じゃあキミ、一緒に踊ろうよ?」
「え、えっ。わわっ!」
「♪〜♪♪〜〜」
 詩子は座っていた瑞佳の手を強引に引っぱり出すと、そのまま巻き込む形でしばらくの間、ダンスを踊っていた。


 そうした、終始軽快な雰囲気のままに、楽しいクリスマスパーティの時は過ぎていった。


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 ――時刻は10時を既に回っていた。
 パーティで騒ぎ疲れたのか、参加していたメンバーの全員はソファーやカーペットの上で静かに寝息を立てていた。

(しめしめ、みんな寝ているの。今のうちに浩平君と…ふふふふふ)
 そこでむくりと起きあがった澪はニヤリとして、まるで悪魔のような微笑をまんべんなくその顔に浮かべると。
 リビングのどこかで眠っているであろう浩平の姿を探す。
 …が、浩平の姿はどこにも見つからなかった。

(あれあれ? 浩平君の姿が見あたらないの)
 澪はキョロキョロと、もう一度あたりを見渡す。どうやらリビングにはいないようだった。

 よく見ると、リビングの入り口の扉が少しだけ開いていることに気付く。
 おかしいの。パーティの時はしっかりと閉めてあったはずなのに……
 と。澪はもしやと思い、ドアを開けてリビングから外に出ることにした。


 ――そこには自然と足が向いていた。
 階段を登ってしばらく廊下を歩いた辺りに、半開きにドアの開かれたその部屋はあった。

 じーっ。
 澪はその部屋の手前まで忍び足で近づくと、そこからこっそりと顔をのぞかせる。


 すると、そのドアの向こうでなにやら、部屋のベランダの踊り場から人影が夜空を見上げている、そんな姿が見えた。
(浩平君。こんなところにいたの)
 それが浩平と分かると、澪は勢いよくドアを開け放ち、てくてくと浩平の傍に駆け寄るのだった。

(浩平君。よいしょ、よいしょ)
 両手で浩平に目隠しをして驚かせようと、澪は懸命に浩平に向かって手を伸ばす。
 が、身長差がありすぎて浩平の顔になかなか手が届かない。
 こうなったら意地なのと、澪はどこからか取り出した脚立を持って、浩平の目の高さに届くようにと、その脚立に足をかけるところだった。

「お…澪か?」
(!!!!)
 と。
 しばらくして、浩平は澪が部屋の中にいることに気がつくと、ゆっくりと振り向いて声をかけた。
 ずてん!
 驚いた澪は脚立から足を踏み外してしまい、そのまま床のカーペットの上に尻餅をついてしまった。

「どうしたんだ澪?」
『ううん、何でもないの』
 澪はばたばたと頭と両手を左右に振って必死に何かを弁解しているようだった。

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 ・・・・・・


『あのね浩平君。私、本当は浩平君のことが…』
 今がチャンス! と思って澪は、両の頬をピンク色に染めながら、スケッチブックにペンを走らせた。
 自分の想いを言葉をその1ページに籠めようと。
 浩平への告白の言葉を、思いつく限りに寄せ書きのようにつらつらと書き付けていく。

「…澪」
 スケッチブックの文字を書き終える直前、浩平が言葉を継いだ。
 澪は思わず両手をぶんぶんと振りながら、書きかけのスケッチブックを後ろ手に隠してしまう。

『う、うん。どうしたの?』
「今日のクリスマスパーティ、楽しかったか?」
『うん、とっても楽しかったの♪』
「そうか、そいつはよかった」
 澪の返事を聞くと、浩平はほっと一息をつくように
 やがてゆっくりと視線を夜空へと移しながら、浩平は言った。

「空が、綺麗だな」
 クリスマスイブの夜。
 雪が降っていた。
 いちだんと深みに更けた夜の蒼空からゆっくりと降下を続ける雪色の結晶が、月明かりや街灯の光を反射させながら煌々と輝いている。
 浩平の言葉にうん。と澪は頷き、浩平の隣に立つと、そのまま2人は夜空の景色を眺めていた。

 ――それは、果てのないループのようだった。
 雪の、視界の空から現れては、地上へと舞い降りてゆく姿。
 緩やかに吹きつける清涼な空気を肌に浴びながら見るそれは、やがてとてもファンタスティックな彩りへと映えていった。
 ひとつ、そしてまたひとつと。
 あとを追うようにして、次々と地上へと降り積もる白色の粒子達。
 その光景に思わず見とれていると、時の流れさえも静寂に包まれたような錯覚さえ感じてしまう。
 そんな、一瞬と一瞬の訪れが、まるで――――

「えいえんは、あるのかな……」
 ふとして呟いた、浩平の言葉。
 誰に投げかけるわけでもないその問いかけを、まるで何かに縋るかのように。
 そんな浩平の瞳は、夜空よりさらに遠い場所を見つめているようだった。

(浩平君…?)
 確かにその姿は、いつも澪が想いを寄せている浩平に違いないのに――でも、なぜか。
 いまの浩平の様子を見て、澪は浩平のことを彼ではない別の何かのように感じた。
 そして澪は、以前にもこれと同じような光景を目にしたことを思い出す。それは"ここ"ではない、どこかで――
「ふぅ…なんかオレらしくもないな。悪いな澪、今のは聞かなかったことにしてくれ」
(…………)
 浩平は夜空から視線を離すと、澪の方を振り向いてにこやかに笑って見せた。

 うん…。
 澪は、浩平が口にした言葉の意味を分からないでいたが、とりあえず頷いてみせることにした。



「…さて。あいつらを起こしてさっさと家まで送ってやらないとな。澪、一緒に起こすのを手伝ってくれ」
 言って浩平はベランダから部屋に戻ると、そのまま階段を降りていった。
 澪は心のどこかで引っかかるものを感じながらも、浩平に続いて一階へ降りていく。


 ――こうして。
 全員がそれぞれの家路へついた後、楽しかったクリスマスパーティは解散となった。



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