MIO 〜輝く季節へ〜
第11話 『来訪』
――先日起こった一連の事件はなんとか1段落し、今は平和なひとときが流れていた。
12月。
秋もすっかりと終わりを告げ、
季節もだんだんと寒空のもとに迫ろうとしている頃。
そんな日の穏やかな朝は訪れる。
澪は大きく深呼吸をすると、今日も元気に学校へと向かっていった。
(♪〜♪♪〜〜)
気分が楽しいと心も弾むのと澪は、心にひとつ歌を口ずさむ。
その旋律は、聴ける者がいるならば誰もが胸を躍らせる上機嫌なハミング。
それはまるで、彼女が見上げる空にも届いているかのように。
あるいは、輝く空が見下ろす澪に歌ってほしいと願うためにだろうか。
澪の心はまさにそんな喜びの中に包まれていた。
ちなみに澪が今どんな歌を口ずさんでいるのかは、ご想像におまかせするとしよう。
――校門の前に辿り着く。
ふと見ると、そこには澪達の通う学校のものとは違う見慣れない制服。
紺色のベストを着ており、その胸もとを赤いリボンで結んだ女の子が立っていた。
肩口まで伸びた、エナメルのように輝く綺麗な髪と、活発そうな物腰が印象的な女の子。
彼女は校門に入る生徒達に声をかけては、何かを訊いてまわっている様子。
澪が校舎を通り過ぎようとすると、否応なしに彼女に呼び止められた。
「ねえねえ、ちょっとキミ? ほんの少しだけいいかな?」
『…私のことなの?』
「そうそう、キミのことだよ。そこの大きなリボンの可愛いキミのこと。訊きたいことがあるの」
…はぁ。
澪はひとつ溜息を落として。
(…変な押し売りと宣伝ならお断りなの。悪いけどほかをあたれなの…)
せっかくの幸せな気分を台無しにされたのと、にべもなく厭そうな目で呼び止めた女の子を一瞥すると、
彼女が用件を言うのも構わず澪は校舎へと入っていった。
「…あっ……」
澪が校舎の奥に消えていく姿を寂しそうに見送ると、
気を取り直してと女の子は、ほかの生徒達に再び声をかけてまわっていた。
――そんなこんなで、昼休み。
今日みさきは学校を欠席のようで、澪は浩平の教室で食事をしようと繭を連れて浩平のいる教室へと足を運ぶ。
手に持っているのは、澪が手塩にかけて作った3人分のお弁当。
ふたつは澪が持ち、もうひとつは繭が嬉しそうにして抱えている。
教室手前の廊下に辿り着く。
そこでは浩平と長森、茜ともう1人誰かとが集まって話をしていた。
「よう澪、繭」
『浩平君。こんにちはなの』
「みゅ〜っ♪」
やってくると、浩平の声に元気に挨拶を返す澪達。
「2人ともこんにちはっ」
「…こんにちは」
(お前達には用はないの、しっしっなの)
一方、澪にとっては恋敵である長森と茜からの挨拶には、
非常に素っ気ない態度で応答する澪。
「えっと、はじめましてかな?」
茜の隣に立っている女の子も続いて澪に挨拶をする、よく見ると…
「あっ、キミはさっきの?」
(あっ、お前はなの!!)
彼女は今朝、校門前で澪のことを呼び止めたあの女の子だった。
「偶然だね〜。まさかキミが茜達と知り合いだったなんて」
(…まったくなの、嫌な偶然もあったものなの)
「あの時は、きっと急いでいたんだよね。ゴメンね、急に呼び止めたりして」
(おかげで気分が台無しなの。今度やったらただでは済まさないの)
そんな微妙にかみ合わない、不毛な言葉のキャッチボールがしばらく続いていた。
「あたし柚木詩子(ゆずき しいこ)、よろしくね。キミの名前は?」
『上月澪なの』
「……」
そう言って自分の名前を書いたスケッチブックを見せる澪の仕草を見ると、
彼女は両手をぷるぷると胸元でふるわせて。
「きゃーっ♪ かわいいーーーーーーーーーっ♪♪」
そんな黄色い声が教室中に響いたかと思うと、詩子と名乗った彼女はまるで飛び込むような勢いで澪に抱きついた。
「もうっ♪ 可愛くて可愛くて思わず食べちゃいたいくらい♪♪」
(や、やめるの、やめるの〜〜っ!)
「いまの仕草でますます惚れちゃったわ澪ちゃん♪ もう好き好き♪♪」
(!? !*#@$%:△*;≠※刀ソ♭☆∴≒⊥∽‰……!!!)
ぎゅっとその身体を抱き締めて、髪をぐしゃぐしゃに撫で回したり、頬ずりをしたり、挙げ句の果てにはほっぺに濃厚なキス。
さらにさらに、こちらではとても実況できないような荒技までも次々と披露。
端からそれを見る男性陣はまさに宴たけなわ。
女性陣の反応もさめやらぬ様子で、ただじっと詩子と澪のその様子を眺めていた。
その光景は、繭が思わず顔を両手で覆い隠してしまうほど。
後の繭曰く「…すごかったよう」とのことだ。
「あたし、今から澪ちゃんの恋人に立候補しちゃおうかな? 愛してるわよ〜〜♪」
(なんなの、なんなの〜〜〜〜)
「し、詩子……」
隣で見ていた茜も、詩子のその行為にはさすがに引いていた。
じわりと、額から大粒の汗が零れる。
そんな詩子の絶え間ない行為の応酬に、澪はなす術もなく振り回されるのであった。
「ああっもう! 澪ちゃん最高っ♪」
………………………
………………
………
――放課後。
(ふぃ〜。今日のお昼は災難だったなの…)
授業の終わり。
澪は昼休みのあの起きた出来事が頭から離れず、午後からは殆ど授業にならなかったらしい。
今でも思い出すだけで、どっぷりと汗が流れ出てくる澪。
「おねえちゃん…大丈夫?」
(はぁはぁ…なんとか大丈夫なの)
繭の心配する声に、澪は大丈夫と自分に言い聞かせるようにして言う。
(…またあの女に会わないとも限らないの。早く帰ることにするの)
そう言って廊下の角に差しかかったときだった。
「…だ〜れだっ♪」
(わっ!?)
突然、視界が暗くなる。
じたばたとする澪。
「へへ〜、あたしだよ。澪ちゃん♪」
しばらくすると澪の目を塞いでいた手が離される。
それは詩子だった。
(な、な、な………)
澪はその姿を見て驚愕する。
彼女にとって、詩子はとてつもない天敵のようだ。
そうこうしている澪の背後に詩子は素早く回り込むと、脇の下からすっと両手を差し入れて。
「うーん、澪ちゃんの胸は何カップかな?」
もみもみ。
などと言い、ゆっくりと、やや強弱をつけながら詩子は澪の胸を揉みはじめる。
(な、なにするの…あっ! だんだん…そこが…しびれて……あぅあぅ)
詩子の指の動きに合わせて、ぴくんと身体をふるわせる澪。
そんな澪を見て、詩子も満足げな表情。
「澪ちゃん知ってる? 女の子の胸って、誰かに揉んでもらうと大きくなるんだぞー」
(…それは好きな人からしてもらうことなの! 私は浩平君に……)
そう耳元で囁いて、悪戯っぽく微笑む詩子。
澪はそれに対し必死に抵抗を試みる……が。
…数分後。
(あぁ、だめなの…もう私、何も考えられないの……)
あっという間にめろめろにさせられてしまった澪。
ガクガクと両膝が震え、詩子の支えなしにはもう立ってもいられないようだ。
(ぁ…ぅ……)
澪の視線はもはや焦点を定めていない。
気がつけば、だらんとぼやけた天井が目に映る。
(……)
かろうじて意識こそ保ってはいるが、それもまた時間の問題。
詩子の卓越した指使いがもたらす波に、澪の意識は徐々にさらわれかけていた。
「みゅ〜っ!!」
ふと耳に聞こえてくる、そんな声。
繭だった。
「ひゃっ!?」
兼ねてからの澪への行為に、しびれを切らした繭。
繭は思いあまって詩子のスカートの裾を両手いっぱいにめくりあげていた。
それでようやくはっと我に返った詩子。
「おねえちゃんを、とらないでよう…」
詩子の顔を見上げながら、繭は涙ながらにそう言った。
「…う〜ん、ちょっとやり過ぎちゃったかな?」
そんな繭と、ぐったりとなっている澪の顔を見て、詩子は冷汗を落とす。
「あはは、ごめんね。それならこうしちゃおう」
詩子は繭にそう言って謝ると、澪と繭に両手をまわして。
(…わわっ、やめるの。やめるの〜〜〜)
「み、みゅっ、みゅ〜〜〜〜〜!?」
「さあ、2人とも一緒に可愛がってあげるわよ〜♪」
両手に花もとい、両手に澪と繭。
詩子は2人をぎゅっと抱きかかえながら、あんなことやこんなことを展開しているのだった。
「…何をやっているの、詩子?」
「ぎくっ」
茜が現れて、詩子を肩の後ろからぎろりと睨み付ける。
その視線に気づいた詩子は、たじたじになって2人からおそるおそる手を離す。
(死ぬかと思ったの…)
「みゅ〜…」
へとへとになり、澪と繭はその場にぐったりとしゃがみ込んでいた。
「…ごめんなさい。詩子には昔から、可愛い女の子と見ると所構わず抱きつく悪い癖があって…」
「茜っ! こんな所でそんな恥ずかしいことを言わなくっても」
「既にお二人に迷惑をかけています」
「う……」
茜からの的確な指摘に押され、詩子は思わず何も言えなくなってしまう。
「可愛いから、ついつい手が出ちゃうのよ」
「…いくらなんでも限度があります」
「……はい」
しゅんとなる詩子。
そして大きく溜め息をつく茜。
「じゃあね〜」
そして、詩子は茜と一緒に手を振って澪達と別れた。
まさに心境は嵐に吹かれた後。
今日は厄日だったの、と疲れ果てた表情で澪と繭は家路につくのであった。