MIO 〜輝く季節へ〜
第4話 『霹靂』
抜けるような空の色。曇りのひとつまとわぬ快晴の青天。
明るさが、満ちていた。
天空の顔色さえも、彼女の意の前には従わざるを得ないのか。
今日も澪はいちだんと機嫌が良かった。
何故なら、大好きな浩平と毎日学校で会うことができるのだから。
(♪〜♪♪〜〜)
そんな彼女の思惑を微塵も感じさせない、その天使のような仮面もとい笑顔の表情。
浩平君と、今日はどんな話をしようか。
一緒にご飯を食べながら、浩平君と楽しく時間を過ごしたい。
休日には、街をゆっくりと歩いたり、買い物をしたりしながら……
ある意味で通過点のような告白。その答えはもちろん”Yes”。
そして、恋は愛へと移り変わり。
二人きりの蜜夜を経て。
学校を卒業したあとのこと。
愛の終着点へと至る道のり。
そして、その先のこと……
そうして連なる様々な想い。期待と恋慕。儚さと切なさ。そして少し不純な心を抱いて。
(………)
澪がふとこちらに向けて見せる、不敵な微笑。
…今日も澪は元気いっぱいに通学路を闊歩する。
恋する乙女は、それほどまでに強いのだ。
ふと、通学路の途中で。澪はある少女に出会う。
「…みゅ〜…」
そこには、マフラーにくるんだ何かを大事そうに抱えながら、泣きじゃくる女の子が立っていた。
マフラーの隙間からちらと見え隠れするものを見て、澪はその少女の様子に納得した。
(…ペットが死んでしまって、泣いている女の子がいるの。何となく気持ちは分かるの。私も誰かの死の瞬間というものを何度もこの目で見てきているの。それは誰が見たとしても、とても哀しいものなの……)
最もそれは、仰角180度ほど意味合いや立場の違う話………
「おねぇちゃん…」
それから数分の間を経て、澪が再びその場所に戻ってくると、女の子が澪の制服の裾をひっつかんできた。
「みゅ〜…しんじゃったよう……」
そのまぶた中が哀しい涙に満たされて。女の子は、心からすがる思いで澪を見つめている。…なんて不憫な子なのだろうか。
(…あまり人前で『力』は使いたくなかったけど、やむを得ないの)
彼女の言う『力』については、また後ほど紹介することにしよう。
仕方ないの、と澪は溜息をひとつ。そして澪は涙を流す女の子が抱えている小動物を手に取り、くるんであったマフラーを広げると、その躰に向かって一本の人差し指を突き立てた。
その瞬間。
「……!!」
その小動物が、途端に息を吹き返す。
さっきまでぴくりとも動かなかったはずのそれは、みるみるうちに生気の色を取り戻していった。
「…みゅ〜、みゅ〜っ!!」
女の子はその様子を見て、驚きの表情に破顔する。
一人と一匹は、そこで互いに再会の喜びを分かちあっていた。
(……はっ、もう少しで学校が始まるの!!!)
腕時計の針が始業ベルの開始間際にまで迫っていることを確認すると、澪は煙を放つような猛ダッシュで学校へと駆けていった……
―――そして、昼休み。
澪は浩平のために作ったデラックス弁当を片手に、彼の待つ食堂へと足を運んでいた。
その途中の廊下で。
「誰だあの子? たぶん中学生くらいだよな?」
「誰かの妹さんだろ?」
「お兄さんかお姉さんの忘れ物を届けにやってきたのかな?」
「結構可愛いじゃん?」
生徒達のひそひそ話が澪の耳に飛び込んでくる。どうやら学校に子供が迷い込んでいるらしい。
そんな様子を後目に澪は、浩平に会うために食堂へと向かっていく。
「! ……〜っ♪」
そこで女の子が澪の姿を見ると、ダッシュで澪に向かって走ってくる。
そして、澪に対して絶妙な角度で腰の入った鋭いタックルをかます。澪はその弾みで尻餅をついてしまった。
(なっ、なんなの。この子は!?)
「みゅ〜っ♪」
その突然の出来事に澪は、少し混乱しているようだ。女の子は、心底嬉しそうに澪の顔に頬ずりをしてくる。
よく見ると、その肩には、今朝通学路で『力』を使い蘇生させたあの小動物…フェレットが乗っていた。どうやらこの子は、その時に会った女の子のようだった。
(?…???)
理由は分からないが、澪に会いたくてここまでついてやって来たらしい。
女の子が澪の知り合いだと分かると、周りを視線で囲んでいた生徒達は皆、まるで恐れをなしたようにそそくさとその場所を散っていった。
―――それからというもの。
「♪〜」
……
「♪♪〜〜」
う〜っ…
「♪〜♪♪〜〜〜」
食堂の一角。
澪は浩平とみさきのいるこの場所へとたどり着き、本来は3人で歓談に話をふくらませるところだった。
「あはは。そうなんだ〜」
「よろしくな。繭」
「みゅ〜っ♪」
(どうして、私の横にこの子がいるなの?)
女の子が、澪の隣に座っていた。
あれから澪が体術や尾行術を駆使し生徒達の喧噪に紛れたり、目の前で三階から中庭に飛び降りてみせたりして彼女を撒こうと試みるも、何故かすべて失敗に終わってしまった。 彼女が澪の後ろをぴったりとついてきて離れないのだ。仕方なく澪は、そのまま浩平達の待つ食堂へとやってきた。
彼女の名前は椎名繭。ふとした理由から自分の学校を休みがちである。
これまでの会話内容から、彼女に関するそこまでの情報は掴めた。
(浩平君。あの子供と親しげに話しているの……)
澪が気がかりに思うのは、その一点であった。
(浩平君はひょっとして、あんな子供にときめきを覚えるタイプとか…だとしたらまずいの!!)
だとしたら、澪はまったく心配する必要はない。何故ならば……
(まぁ、所詮はお子さまなの。オトナの魅力にはとても敵わないの)
負傷者多数。
…いや、待つの。もし浩平君が、先物買いであの子供に興味を抱いたとしたら…そしてあの子供が色気づいて、浩平君に向かってアプローチをかけるようになってしまったら……女の子に甘い浩平君のことなの。きっとその日のうちに……
ばきばきばきばきばき・・・・・・!!!
駆けめぐる妄想の渦の中。
澪はまた無意識のうちに、その手に持つ箸を跡形もなく握りつぶしてしまっていた。
(若いからって、絶対に負けるわけにはいかないの……)
ゴゴゴゴゴ・・・・・・・
澪の周囲から、途端にオーラのようなものが立ちのぼってくる。
だんだんと、澪を中心にして気温が上昇を始めた。
そろそろ秋も深まる季節だというのに、そんな食堂の中だけは真夏並の猛暑を記録していた。
―――浩平達と別れ、食堂からの帰り際。ふと澪は立ち止まる。そして、後ろを離れず歩いてくる繭の姿を見て。
(…落ち着いて考えてみたらなの)
「♪〜」
(このお子さまに、浩平君のことを落とせるとは、とても思えないの)
「♪♪〜〜」
(まるでお子さま体型だし)
…。
「♪〜♪♪〜〜」
(よく見たら、可愛い子なの……)
澪に懐いてくる繭のそんな仕草を見て、そんなことを思ってみる。
(…よし、なの)
「…みゅ?」
かきかき…
澪は確認のために、繭に向かってスケッチブックにこんな質問を書いてみる。
『わたしに、ついていきたいのかなの?』
「みゅ〜っ♪」
それを見た繭からの、力強い返事がかえってくる。
この瞬間。澪はこの少女、椎名繭を妹分第1号に認定した。
そうして、今日の一日は静かに幕を降ろしていった……