・・・・・・・

ふと視界に拡がる、夕空の景色。
空は薄い雲がかかり、周りからは波の音が聞こえてくる。
そんな場所で、オレは立っていた。


いつからオレは、こんな夢を繰り返し見るようになったのだろうか?

・・・・・・・・・・・
考えてみたが、分からない。
でもはっきり言えることは、遠い昔からずっとこの景色を眺めている
オレがいたという、奇妙な感覚があるということ。

…遠い昔?
そもそもどうしてオレは、こんな夢を見続けるようになったのだろうか。

・・・・・・・・
ひたすら自分に問いかけるが、やっぱり分からなかった。

いつかその答えが分かる日が来るのかもしれないし、
永遠に分からないことなのかもしれない。

今日もオレはいつも見るこの夢の中で、
いままでに見たことがない物や、どこか変わった所を探そうとする。

・・・・いくら探しても、そんな物は見つからなかった。
どこを探しても、見つかる物はいつも見たことのある物や景色ばかり。
何ひとつ、変わっちゃいない。

ザァァアアアア・・・・・・
そして、いつも見るこの夢の終わりに必ず訪れる、この波の音。
その波の音に呼応するかのように、雲が晴れる。
いつも見ている夢と同じ軌道を、同じようにゆっくりと、静かに流れていく。

雲の切れ間から夕焼けの陽がのぞき、やがて視界は白く染まる。
こうしてオレはこの夢から覚め、現実に戻されていくのだ・・・


「文化祭の中で…」 原作:ONE 〜輝く季節へ〜(c)Tactics/ネクストン




カシャアッ!

カーテンの引かれる音。それと同時にまばゆい陽光が瞼の裏を刺す。
そして、

「ほらっ、起きなさいよーっ」
ベッドの上で眠るオレを起こそうとする長森の姿。
まったく、いつもいつもうるさいなあ・・・

「浩平、早く起きないと遅刻しちゃうよっ」
長森の言葉に、オレはばつが悪いように、
「せっかくいい気分で寝ていたのに、お前はどうしていつも
肝心なところで起こしたりするんだ?」
「え〜っ。だって、だってぇ〜」

まあ、さっきまで何の夢を見ていたのかなんて、
まったく思い出せないけどな。

「というわけでもう一度寝る。起こすなよ」
「わ〜っ、もう一回寝たら遅刻しちゃうよっ」
「それをお前の力でなんとかするんだ」
「できるわけないよっ!」
「大丈夫。お前ならできる。ここがお前の腕の見せ所だろ?」
「わけの分からないことを言ってないで、早く起きてよっ」
「長森。昔話にもあるだろ? 眠っている王子様を起こすには、お姫様のキスが・・・」
「はぁっ…それじゃ話があべこべだよ」
ため息まじりに長森が答える。

「とにかく、そうしてくれなきゃ起きてやらないぞ」
「もうっ、仕方ないなぁ・・・」
(おっ、言ってみるものだな…)

オレと長森の二人きりしかいない部屋の中で、
きょろきょろと辺りを見渡す長森。
その仕草が、幼なじみながら可愛く見えた。

「恥ずかしいから、目を閉じていてね・・」
はにかんだ表情で、少し髪をかき上げながら長森は小さくつぶやく。

「お、おう・・」
冗談で言ったつもりなのに…長森はどうやら本気にしているようだな。
まぁ乗りかかった船だ。それにもらえる物はもらえ、という言葉もある。

「じゃあ…いくよ?」
その言葉に目を閉じると長森は、浩平の方にそっと顔を近づけてくる。
長森のふわっとした髪の匂いや息遣いが、すぐそこから伝わってくる。

「・・・・・・」
そして、唇に柔らかな感触がぶつかる。
しばらくの間浩平は、そのあたたかで柔らかな唇の感触を堪能していた。
(…へぇ、長森。なかなか上手いじゃないか)
どれ、舌でも入れてやれ。と浩平はちろちろと舌を出してみた。

「わわっ、浩平。何するんだよっ!?」
「…?」
突然の長森の大声に目を開けてみると、長森が右手をぶんぶんと振っている。
…どうやら、手の指を唇の形にまねてキスしていたみたいだな……

浩平はため息をつき、
「長森。どうして右手をそんなにぶんぶんと振っているんだ?」
「え〜っ。だって、だってぇ〜っ」
混乱した様子で長森は、目にうっすらと涙を浮かべている。
「そんなにオレとのキスが嫌だったのか?」
「そっ、そんな事・・・」
長森が顔を赤く染めてもじもじしている。…変なヤツ。

「あっ、そんな事より早く学校に行かないと遅刻しちゃうよっ。
今日は文化祭の準備があるんだから、急がないとっ!」
「ああ。そうだったな」
オレは長森を玄関で待たせ、速攻で着替えを済ませると、
学校へと出発することにした。

 

§

 

「もうっ。浩平がヘンな事をするから、今日も遅刻しそうだよっ」
「これが哀しい男のサガなんだよ」
「またわけの分からないことを言ってるよ〜っ」

「こりゃ裏山の道を使わないと遅刻確定だな」
「うん、そうだね」
「しかし! オレにはとっておきの新兵器があるのだ!」
「とっておきの新兵器?」
「そうだ、見ろ!」


そう言って浩平が背中から取り出したもの、それは。 

「文明の利器、きっくぼーどだっ!!」
「それは反則だよ〜っ」
「これがあれば、普通に走るより何倍ものスピードで学校にたどり着くことができる。
しかし、残念なことにこれは一人分しかない。悪いが先に行かせてもらうぞ!」
「わ〜っ、待ってよ〜っ」
「Hahahahaha!!」


きっくぼーどを使い、通学路を猛スピードで駆け抜けていく浩平。

(後ろから「待って〜」と叫び続ける長森の声と向かい来る逆風が痛いぜ。
許せよ長森。一度走り出したら止まらない。それがオレなのさ。
お前にもいつの日か、分かる日が来るものだと信じている!!)

一人でそんな奇妙な世界に旅立っていると、
進路はちょうど下り坂に差し掛かるところだった。

「あっ、しまったっ!」
坂道で加速にさらに加速が付き、本当に止まることができなくなってしまった浩平。
そして目の前には七瀬の姿。

「わ〜っ、どいてくれ〜っ!!」
「えっ・・・?」
浩平が直前で叫ぶが間に合うはずもなく。



どしゃあぁぁぁぁ・・・・!!

きっくぼーどの下るそのままの勢いで七瀬にクラッシュする。

「いきなり何なのよ。いたたたた・・・」
その場に倒れ込み、ぶつかった箇所を手でさする七瀬。

「大丈夫か、七瀬?」
「……あんなことされたら普通、死ぬわっ!!」
しかし、あのスピードできっくぼーどの直撃を受けたはずなのに。
これで七瀬が不死身のボディの持ち主だということが証明されたわけだ。

「何ひとりでうんうんと納得してるのよ、あんたはっ! そんな物であたしに
ぶつかっておいて、ごめんの一言もないわけ!?」
「そんな物とは何だ。そんな物とはっ!!」
「この状況で、どうしてあんたが強気に出られるのよっ!!!」
「…七瀬。オレが悪かった」
「謝るのが遅すぎるのよっ!!!!」

「それにしても、あれだけの衝撃をくらっておいてほとんど無傷とは。さすがは七瀬だな」
「ふ…咄嗟の衝撃にも、氣の使い方一つで無難に対処できる……乙女にしか為せない技よ」
ふとオレの脳裏にある言葉が浮かんだが、
それを言ってしまった後のことが怖かったので、言うのをやめた。

「いま、なんかとんでもない事を言おうとしてたでしょ?」
「そ、そんなことはないぞ」
「あっ、そう・・」
七瀬、なかなか鋭いヤツ・・・


・・・・・・・・・

「そうだ、七瀬」
「何よ?」
「今日は薄色の緑か。お前にぴったりの色だな」
そういって、七瀬がぺたんと座り込んでいる辺りをちらちらと眺めている。

「へ……?」
七瀬は一瞬それが何を言っているのか分からなかった。

「…なっ、何を勝手に見てるのよ、あんたはっ!」
ようやく言っていることの意味に気づき、七瀬はその部分をさっと両手で隠す。

「乙女の言うセリフとはとても思えないな・・・」
「はっ…」
「それだけ元気なら大丈夫だ。じゃあ先に行ってるからな!!」
「ちょっ、待ちなさいよ〜〜っ!!」
それだけ言うと浩平は、きっくぼーどを駆り、その場を後にする。

「朝からなかなか良いものを見せてもらったぞ」
後方から乙女と名乗る者の怒号が響き渡っていたが、
それを気にすることもなく、浩平はただ通学路を駆け抜けていく。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

 

 

§

 

「よし、着いたぞ・・・」

学校に着く。辺りには校門に入る生徒達の姿がちらほらと見える。
HRのチャイムが鳴るには、まだまだ時間的に余裕があった。

「思ったより早いタイムで学校に着いたぞ。いままでの新記録だ。
これも昨日のうちに買っておいたきっくぼーどのおかげだな」
浩平は文明の利器の凄さをしみじみと噛みしめていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・

・・・・・・・


教室に入る…が、中に知った顔ぶれが見あたらない。
「早く来すぎたな。しょうがないから校舎をぶらぶらしているか…」

・・・・・・・・・。
校舎内を歩いていると、明日行われる文化祭のため、
早くから準備にいそしむ生徒達の姿を見かける。

「まあ、いいか…」
オレは無言で廊下を歩く。


・・・・・・・・・。

つまらないな。
校舎内を歩き回ることに飽きた浩平は、自分の教室に帰ろうとする。
その時だった。一瞬、浩平の目に1人の後ろ姿が映る。

普通ならただの通りかかりの生徒だろ? と思って済むことなのに。
何故か今の姿が気にならずにはいられなかった。

・・・・・・・?
気になって、その後を追いかけようとしたとき。

とんとん。
不意に後ろから肩をたたかれる。
振り向くと一年生らしい女生徒が浩平の方を向いて立っていた。
「えっと、折原浩平さん…ですか?」
「ああ。そうだけど?」
「さっきあそこを通り過ぎていった女の子から、これを渡すようにって・・・」
かなり緊張した様子で、その下級生は浩平に誰かから渡すように頼まれたらしい、
一通の小さな手紙の入った封筒を見せる。

「どれどれ・・・」
「それじゃ、確かに渡しましたからっ!」
そういうとその女生徒は、そそくさとこの場から走り去っていった。

「何なんだ、一体・・・?」
少し呆気にとられながらも、浩平は封筒を開けて中にあった手紙を見てみる。
しかし、その手紙には何も書かれていなかった。

・・・・・?
書いたヤツが緊張しすぎて、中身をそっくり入れ間違えてしまったのだろうか?
だとしたら、結構ほほえましい話だが。


・・・・・・・・

・・あれ?
一瞬、視界が霞む。

まあ朝から何も食わずにきっくぼーどを漕いできたんだ。
きっとただの貧血だろう。


キーンコーンカーンコーン・・・

予鈴のチャイムが鳴る。
浩平は自分の教室に戻ることにした・・・

 

 

§

 

「ひどいよ、浩平〜・・・」
教室に入ると、長森が拗ねた顔をして立っていた。

「折原君…後で二人っきりで話があるの・・・・」
七瀬もいた。
「どうした。愛の告白か?」
「そうじゃないって事だけは、言っておくわ・・」
どうやら、かなりご立腹のようだ。


「よーし、みんな席につけ」
担任の髭が教室に入ってくる。
そして、いつも通りの調子でホームルームが始まる。

髭の簡単な話が終わり、オレ達は明日行われる文化祭の準備に取りかかる。
うちのクラスからの出し物は、喫茶店のようだ。

そうなった理由は、他の出し物に比べてお手軽にできるという以外に
もう一つ、裏の理由がある。

それはどうやら、喫茶店で使われるコスチュームにあるらしい。
これは、女子達がアイデアを出し合ってオリジナルの物を作るのだが、
問題は文化祭の終わった後の話だ。

男子分の服は、文化祭が終わったと同時に即たき火の燃料と消えるが、
人気の高い女子が着ていた分は、一部の男連中によって秘密裏に回収され、
連中独自の闇のルートによってオークションにかけられる予定らしい。
万事抜かりのない、完璧な計画だ。


「よう」
住井がやってくる。

「折原。今年の文化祭はなんと、美少女コンテストが開催されることに決定したぞ」
「本当か?」
「ああ、なにせオレが生徒会とかに働きかけて、校長から直々に許可を取ってきたんだからな」
……おい?

「誰もが一同に認めるような美少女を壇上に立たせ、
その姿を視線で釘付けにさせてやる。これこそ男のロマン、
失われつつある日本の心。そうは思わないか、まい同志?」
「…なんかキャラが違っているぞ、住井」
「そうか?」

「とにかく、これで少しはオレのことを見直しただろう?」
……住井に対するこれからの見方を、どうやら改める必要がありそうだな。

・・・・・・・・・・
「この実現のためにオレがどれだけの苦労を…って何だ、嬉しくないのか?」
「別に・・」
「そうか、お前が一番喜びそうな話だったのにな・・・」
住井が去っていく。そして他の男連中の輪の中に入って盛り上がっている。

・・・・・・・・・。
浩平は、自分の席でただぼーっとしていた。

「折原、何やってるのよ。ちゃんと手伝いなさいよ」
七瀬の声だ。

・・・・・・・・・・・・・

「ちょっと聞いてるの?」

七瀬の言っていることはちゃんと聞こえている。
しかし、何故か何もやる気にはなれない……


「…大丈夫なの、あんた?」

「・・・・・・・・」

「ちょっ、折原っ…」

「・・・・」

「待ちなさいよっ!!」

呼び止める七瀬の声がまるで耳の入らないかのように、
ふらりとした足取りで、浩平は教室を後にした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

§

 

気が付くとオレは屋上にいた。秋晴れの空。微かにそよぐ風。
ここからこうして景色を眺めていると、どこか懐かしい感じがしてくる。
そういえば、どこか別の場所でこんな景色を見ていたような…


-----既視感(デジャ・ヴュ)。
過去に経験したことがないのに、すでに経験したように感じること。
何かどこかで忘れてしまっていた事があるような気がする…
まぁ、そう「感じて」いるだけなんだけどな。
・・・・・・・・・・
どうも、オレらしくない。さっきからなんかヘンだ。
一体どうしてなんだろうな・・・?

「あっ、こんな所にいたーっ」
長森だ。
「さっきから教室にいないから、ずっと探していたんだよ」
「・・・・・」
「浩平。準備の手伝い、ちゃんとしなきゃ駄目だよ?」
「…準備なんて、やりたいヤツにやらせておけばいい。オレ一人が手伝わなくても、
誰かが勝手にやってくれる。オレはそれを楽しむ側に回るよ」
「それってただズルしているだけじゃない。文化祭って、みんなでがんばって準備して、
みんなで一緒に楽しむから楽しいんじゃない。浩平も一緒にやろうよ」

・・・・
オレはここで無意識に何かを言いかけたが、言うのを止めた。
「わかったわかった。サボっていて悪かったな」
…別にサボりたくてここに来ていた訳じゃない。
さっきからずっと頭に引っかかっていること……
どこか懐かしくて…それでいて、これ以上見てはいけないような……そんな感覚。

学校で一番高い場所。
ここに来れば、何かが分かる気がしたから…いや、オレらしくもないな。
どうも今朝から調子がおかしいみたいだ。
「…どうしたの、浩平?」
「いや、なんでもない…」
「…?」
結局、何がオレをこんな気持ちにさせているんだろうな?

…まあ、いいか。
いつか分かるようになるかもしれないし、すっかりと忘れているかもしれないしな。
文化祭の準備でたっぷりと汗を流せば、そんな事も考えなくなるだろう。
「浩平、早く教室に戻ろうよ」
「あ、ああ・・」

オレは、長森と一緒に教室に戻ることにした……

 

 

§

 

そして夕方、やっとのことで一通りの準備が終わる。
「お疲れさまでした。明日も張りきって頑張りましょう!!」
生徒達一人一人にジュースが配られ、明日の文化祭に向けて乾杯をした。


浩平が物思いに耽りながら
しみじみとジュースを飲んでいると、住井がやってくる。
「おい折原、さっき何か様子がヘンだったよな。何かあったのか?」
「…いや、何でもない。大丈夫だ」
「そうか? それならいいんだが」

・・・・・・・・・・・・・・

こうして前祝いも終わり、浩平たちは帰宅の途に着くことにした……

 

§

 

浩平は自分の家に戻ってきた。しかし特に何かすることもないので、
今日はさっさと寝ることにした。

・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・

・・・・・

 

 

§

 

…また、あの夢だ。

夕焼けの空。空を薄く隠す雲。微かにそよぐ風。
そして耳を澄ますと、聞こえるのは静かな波の音。

あるもの全て、その何もかもがいつも見ているものと同じもの。
この夢は、一体オレに何を見せたいのだろうか?
その意味をじっくり考えたくても、この夢から覚めた頃には
この夢のことをすっかり忘れてしまっているため始末に負えない。


・・・・・・
しかし、毎日こんな夢を見ていても不思議と少しも不快な感じがしない。
何故だろう? しかし、その答えはいつもと変わらないものでしかなかった。

またいつものように、いつも見ているこの夢からどこか違った所がないかを探してみる。
そんなもの、どこにもあるわけがない・・・と思っていた。
しかし、少し先にある場所で佇む人影を、今日のオレは見逃さなかった。
「…誰かそこにいるのか?」

その場所に向かい浩平がそういうと、その人影が浩平の方を振り向いて、
「ここ・・・の・・せ・・・・・」
「・・・?」
何か呟いているようだが、声がはっきりと聞き取れない。
もう一度聞き返そうとする。そこで。

ザアァァァァ・・・・・・
この夢の終わりを告げる、波の音が聞こえる。


「くっ…」
そうしてオレは、いつものように現実の世界に引き戻されるのだった…

 

 

§

 

ジリリリリリ・・・・・!!!!
巨大な目覚まし時計が豪快に鳴り響く。

…こんな物、オレは買った覚えがないぞ。さては長森の仕業だな………?
こんなにでかい音を出されて起きないヤツは、
耳がおかしいのか、相当な寝惚すけさんだけだろう。

うるさく鳴る目覚ましを止め、時計を見ると、
まだいつも起こされるより一時間以上も早い時間だった。
「一時間も早く起きて、どうしろって言うんだあいつは……?
もう一度寝ることにするか………」

・・・・・このまま寝て、長森に叩き起こされるのもしゃくだ。
浩平はベッド以外の場所で二度寝をむさぼることにした・・・・


・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・・・






カシャアッ!
いつものように、カーテンを開ける音。

そしてそれと同時に、まばゆい陽光が部屋の中に差し込む。
「ほら、起きなさいよーっ!」
長森が浩平のベッドの布団をひっぺがす。

「……あれ? 浩平がいないよ〜っ」
「・・・・・」
「浩平〜っ、どこどこ〜っ?」

「・・・・・」
そして起きていた浩平が、ベッドの下から長森の両足をつかむ。

「ひゃっ、どうしてそんな所で寝ているのっ」
「どうしてもこうしても、いつもと違ったオレをお前に見せたかったからさ」
「はぁっ、浩平が普通とは少し違う人だって事くらい、ちゃんと分かってるから
わざわざそんな事をしなくてもいいのに」
…かなりグサリと来る言葉だな。

「今日は文化祭か…」
「うん。私たちにとって、最後の文化祭になるんだから、はりきってがんばろっ!」
「いや、オレは体育祭の方が良かったよ」
「どうして?」
「あのあふれる躍動感、若さのぶつかり合う姿!」
「うんうん」
「これが青春のあるべき姿だと思うんだ。ふっふっふ………」
「あ〜っ、またヘンなことを考えてるっ」
長森が呆れてため息をつく。

「これが青春の醍醐味だとは思わないか?」
「でも体育祭は今年はないんだよ? 今年は文化祭なんだから、浩平も頑張ろうよ?」
「ああ、そうだな…」

「あっ、もうこんな時間っ。急がないと遅刻しちゃうよっ」
「そうだったな。急いで準備しよう」
まぁ、オレには新兵器きっくぼーどがあるから平気なんだけどな。



・・・・・・・・・・・・

…きっくぼーどを探してみるが、どこにも見あたらない。
どうやら長森がどこかに隠してしまったようだ。…仕方ないな。

「ほらっ、浩平。早く行かないとっ!」
「わかってるって!!」
浩平と長森はダッシュで学校へと向かう。
そしてチャイムが鳴るぎりぎりで学校へたどり着くことができた。

「おーい、遅いぞー」
教室の中ではすでにそれぞれのコスチュームに着替え、出し物の準備を整えていた。
「まったく、一番最初の当番なのに遅刻してどうするんだよ?」
「悪い悪い」
浩平達は更衣室で着替えを済ませると、早速配置につく。

 

 

§

 

キーンコーンカーンコーン・・・・・
チャイムが鳴る。文化祭開始の合図だ。
オレはウェイターの役。長森は相方のウェイトレスをやる。七瀬もそこにいた。
この組み合わせは、どうも作為的に成されたような気がしてならなかった。


・・・・・・・・・・・

喫茶店の売り上げは順調のようだ。それもそのはず。
ウェイトレスにはクラスの中でも特に綺麗な女生徒(長森と七瀬は
例外と思うが)を選んでいるということと、メニューの仕込みをしている
二人の男子生徒。彼らの作る料理が絶品だからだ。

来る客のほぼ全員が「美味い!」と口々に言って帰っていく。
そして噂が噂を呼び、客足が次々に増えていく。
(表向きは)単なる憩いの場として企画された喫茶店だったが、
彼ら二人の活躍が、思わぬ収穫を生みだしたようだ。



「お邪魔するよ」
一般参加の少年が店の中に入ってくる。
この少年は他の来客達とはどこか違う…そんな雰囲気を放っていた。
見るだけで吸い込まれてしまいそうな感じのある、クールな物腰の少年。

「やあ、どうも…」
少年は長森の方を見て、軽く会釈する。
その様子を見ている浩平。何となく虫の居所を悪くしていた。


「・・・・・・・・」
ずかずかと、少年の座った席に浩平が向かう。
「やあ。初めまして」
見ず知らずの少年は、やってきた浩平に対し、不意に挨拶を交わす。
「・・・・・・・・・」
「そんなに邪険にしなくてもいいじゃないか。
僕はただ、この店の雰囲気と味を楽しみにやって来ただけなんだからさ」
「…ご注文は?」
「紅茶をひとつお願いするよ」
「…かしこまりました」


しばらくして。
「…お待ちどうさまでした」
事務的な調子で、浩平が紅茶を運んできた。
「へぇ…この店はなかなか凝った造りだね」
「…それはどうも」

「どうだい、文化祭は楽しんでいるかい?」
「まあ、交代が来るまではずっとここにいるわけですけど」
「ふふっ…それはそうだね」
「…」
飄々とした態度を取り続けるこの少年に対して浩平は、ある種の不快感を覚えていた。


・・・・・・・・・・・

しばらくすると、少年はスッと席を立ち、
「ありがとう。おかげで楽しいひとときを過ごすことができたよ」

「それじゃあね」
そう言うと少年は代金をテーブルの上に置き、その場をあとにする。
最後まで、虫の居所を悪くしていた浩平。


・・・・・・・

・・あれ?
店を去っていく少年の姿が、一瞬だけ霞んで見えた気がした。
「………??」
「どうしたの、浩平?」
長森の声。
「いや、なんでもない………」

そしてテーブルの上のものを下げる浩平。
「なんなんだ、いったい……?」

その後喫茶店では何事もなく、ただ時間が過ぎていった・・・・

・・・・・・・・・・

 

 

§

 

しばらくすると、交代の時間がやってきた。

「やっと自由行動か……」
オレは速攻で服を着替えると、教室を出ることにした。


「折原君。ちょっとだけ付きあって欲しいんだけど」
七瀬が浩平を呼び止める。
「どうしたんだ七瀬。急にオレの背中が恋しくなったのか?」
「…そうじゃないって事だけは、言っておくわ………」
かなり調子は抑えられてはいるが、怒気をはらんだ七瀬の語調。
ここは下手に逆らわない方が無難だな…

「みゅ〜っ!」
突然教室に現れる繭。

「よう繭。元気にしていたか?」

こくり。と頷く繭。

「よしよし。えらいぞ繭」
そう言って浩平は繭の頭を優しくなでる。
「みゅ〜…♪」
繭はとても嬉しそうにしていた。

「折原っ。アンタとはまだ話の途中でしょっ!!」
七瀬がどなる。
「繭。七瀬がお前に会いたがっていたそうだぞ。
ここはひとつ、女同士で話に花を咲かせてこい!!」

うんうんっ。と繭は力強く頷く。
「えっ、ちょっ…何!?」
そして繭は七瀬の方に振り返るとすぐさま、嬉しそうな顔をして飛び込んでくる。
「みゅ〜っ♪」
繭は心底嬉しそうに七瀬に抱きついた。
「わっ、こらっ。離しなさーい」

「みゅ〜っ♪」
そして、繭は七瀬のおさげを思いっきり引っ張る。
「ぎゃ〜〜っ!!」
七瀬の悲鳴。
「みゅ〜っ、みゅ〜っ♪」
「だから、それはみゅーじゃないって言ってるでしょーっ!!」



「妹ができたみたいで良かったじゃないか。七瀬」
「ちっとも良くないわよっ。って言ってるそばから、またーっ!!」
「みゅ〜っ、みゅ〜っ、みゅ〜っ♪」

「じゃあな繭。七瀬とちゃんと仲良くやるんだぞ」
「みゅ〜っ♪」
「ちょっ、待ちなさいよ〜っ!」

七瀬のことは繭に任せておこう。
繭が七瀬にじゃれつく姿を背に、浩平はその場を離れることにした。

 

 

§

 

校舎の中を歩いて回る。


ふと、廊下で似顔絵をやっているコーナーに立ち止まる。
そこに見知ったヤツの顔を見たからだ。そこには澪の姿。

「よう、澪」
『こんにちはなの』
「澪はここで似顔絵を描いているのか?」
うんうん、と屈託のない笑顔でうなずく澪。
そして浩平の顔をじっと見ながら、

『似顔絵を一枚いかがなの?』
「ああ、頼むぞ」
そうしてそこに置いてあった椅子に座り、澪に似顔絵を描いてもらうことにした。


かきかきかき・・・

澪が真剣な表情でオレの似顔絵を描いてくれている。
その一生懸命な姿が、とても微笑ましかった。

そんな澪と少しだけ目が合う。
『……!』
澪は慌てたように頬を赤く染めている。
そんな澪の仕草が、見ていて少し照れくさかった。


・・・・・・・・・・

『できたの』
澪が似顔絵を描き終えたようだ。澪は少し恥ずかしそうにして、
浩平に描きあがった似顔絵を見せる。

絵の腕前は…お世辞にも上手いとは言えないものだったが、
澪が一生懸命に似顔絵を描いてくれたということが、
絵を見るだけでもひしひしと伝わってくる。

「ありがとうな」
浩平からの感謝の言葉に、澪は心から嬉しそうに破顔する。

・・・・・・・・・・

 

§

 

「こらっ、待ちなさいーっ!!!」
「みゅ〜っ!?」
突然廊下の向こうから近づいてくる七瀬と繭の声。
見ると、七瀬が物凄い形相で繭を追いかけている。
どうやらただ事ではない様子だった。


「みゅ〜…」
繭がオレの姿を認めると、七瀬から身を隠すようにさっとオレの背後に周り込む。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
かなりの距離を走らされたせいか、相当な息切れをしている七瀬。
「折原。その子をこっちに渡しなさい」
「何があったんだ?」
浩平がそう訊ねると、七瀬は半泣きになりながら、
「その子ねぇ、あたしのおさげをハサミで切り落としたのよっ!!」
搾るような声でオレに状況を説明する。

言われて浩平は繭が手に持っている物を見る。
…確かに七瀬のおさげだった物のようだ。

「オレはショートヘアな七瀬も悪くないと思うけどな」
「ひっく…別にあんたの好みなんて聞いてないわよ…って、なに言わせるのよっ!」
浩平がフォローのようなものを入れる…が、逆効果だったようだ。

…事情はだいたい飲み込めた。
しかしどう考えてもここで繭の身柄を七瀬に渡した場合、
その後の繭が無事で済みそうになかった。

「仕方がない繭。しっかりとつかまっていろよ?」
「みゅ〜っ!?」
オレは繭を背中に担ぐと、そのまま七瀬から逃げることにした。
「あっ、待ちなさいよ〜っ」

・・・・・・・・・・・・・

 

§

 

そして浩平と繭が辿り着いたのは、香ばしい匂いの漂うグラウンドの食堂スペース。
昼食時ということもあって、ここでは生徒や一般参加者など、
さまざまな人間でうめつくされていた。


「木を隠すには…というからな」
そこでひときわ客を集める場所を探す。

食堂スペースの中に、生徒や一般参加者達の視線を一堂に集める場所があった。
スーツを着た初老の男が、一人でそこのカウンターの席を陣取っている。
その周囲だけ独特のオーラのようなものに包まれていて、
何人も寄せ付けない鬼気迫る雰囲気を醸し出している。
そこで、あるドラマが展開されていた。


「うむ、では次はこのメニューを食したい」
「ええやろ…それ、ワイ特製の焼きそばや!!」
男から注文を受けて料理を出すのは、
先ほど浩平のクラスの喫茶店で仕込みをしていた、二人組の男子生徒だった。

注文のメニューがテーブルに置かれると、
男はさっそく持参の箸で焼きそばを食べ始める。

「んむ・・口の中でパリパリと弾けるような外側の部分と、内側のこのモチモチとした
この食感! パリパリ、モチモチ、パリパリ、モチモチ…!!」

その舌で料理の味を確かめながら、説明口調でつらつらと感想を述べる男。
器用な舌の持ち主だと思った。

「加えて焼きそばのこの香ばしさ。そして具材のこの調和。
ソースの絡みもまた良し! どれをとっても、なんと素晴らしきかな!!
…では、次のメニューをお願いしようかな?」
「合点承知や!! いくでぇ!」

「んむ、美味し! これもまた美味し!!!」

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・

・・・・・・


こうして17品目ものメニューを全て完食し終え、ようやく腹がおさまったのか、
男はパチンという音を立て、代金をテーブルの上に置く。

「いやはや、美味し物を食した!! ところで君達。
この学校を卒業したら、自分たちの店を持ってみる気はないかね?」

そういうと男は、料理をしていた二人に名刺らしきものを手渡す。
二人は一瞬、信じられないような顔をするが、次の瞬間、そこから喜びの涙があふれ出す。

「はっはっは。やった、ワイ等はついにやったでえ!!」
「まさかこんな事になるなんて。やっぱり凄いよアニキ!!」
二人は肩を寄せ合いながら、感涙にむせび泣いている。

周囲には頷きながらもらい泣きをする者や、拍手を贈る者など、
二人の新たな料理人達を祝福する暖かいエールに包まれていた。
ここで、ひとつのサクセスストーリーが生まれるのだった・・・

 

§

 

「おなかすいた……」
「お前も腹が減ったのか?」
うん。とうなずく繭。

「じゃあ、どこでメシにしようか?」
「あれ……」

そういって繭が指を差す場所。そこではハンバーガーの大食い大会が行われていた。
「まさか、あれに挑戦する気なのか?」
「みゅーっ」
笑顔でうなずく繭。
「お前のその小さな腹で、ちゃんと食えるのか?」
「…ちゃんと、食べれるもぅん……」
「どうせ2〜3個食べたところでギブアップするんじゃないのか?」
「えぐっ…」
今にも泣き出しそうな顔をする繭。
「…わかったわかった。ちゃんと見ていてやるから、腹いっぱい食ってこい」
「うんっ!」

「ところで繭。お前ちゃんと金は持ってきているのか?」
「……?」
頭に?マークを浮かべる繭。
(やっぱりな……)
仕方なく浩平は繭の代わりにに参加費¥2000を払う事にした。

 

§

 

チャレンジ開始。それから数分後………

「おなかいっぱい…」
ハンバーガーを2個ほど食べたところで満腹を宣言する繭。
予想通りの結果だった。
(1個¥1000のハンバーガーとは。かなり高くついたな…)

「ついに見つけたわよ……」
突然背後から声がする。振り向けば、そこに七瀬がいた。
七瀬は全身に髪の毛が逆立つほどの凄まじいオーラを纏い、今にも襲いかかりそうにして
両の拳をぽきぽきと鳴らしている。戦闘準備はすでに万全のようだった。

「ここで待っていれば必ずやってくると思っていたのよ…」
トーンを落とした声で、七瀬はゆっくりと口を開く。

「…さあ折原。早くその子を渡してちょうだい」
ここでノーと言ったら、間違いなく殺される…
それほどの強いプレッシャーを浩平は、その身に感じていた。

浩平はちらりと後ろの方を見る。
そこには、さっきまでいたはずの繭の姿はなかった。
「? 繭ならもうここにはいないぞ」
「なんですって!? あの子ったらどこに行ったのよ。まったく!!」
そう言うと七瀬は、繭を探しにどこかに行ってしまった。
繭。七瀬から見事に逃げ切るんだぞ。浩平は心にそう思うのだった…

 

§

 

「おい見ろよ。すげーぜ」
「よくあんなに食えるよな…」
大食いコンテストの中にも、一つの大きな人だかりができている。そこには
またも新たな伝説を生み出そうとしている一人の姿が。
それは、みさき先輩だった。

もぐもぐもぐ……
みさきはテーブルに置かれた大量のハンバーガーの包みをひとつひとつ開けながら、
それらを次々に口の中に頬ばっていく。

「げ…現在、86個完食……」
審査員の言葉に、観客達の驚きの声があがる。
それだけの大量のハンバーガーを食べていながら、その食べる勢いは微塵も衰えてはいない。
その食欲は、いったいどこから来るのだろうか?

もぐもぐもぐ……
衆目環視の中、そのペースを崩すことなく笑顔でハンバーガーを食べ続けるみさき。
やがてテーブルの上に置かれていたハンバーガーすべてを平らげて、

「おかわり!」

おぉぉぉぉ……
なおも食べることを止めないみさきの余裕の表情に、観客達はただ絶句していた。

このまま放って置いたら、きっとここにあるハンバーガー全てを先輩に
残らず食い尽くされてしまうだろう。そう思った浩平はみさきを止めに入る。
「先輩。もうそろそろいいんじゃないのか?」
「その声は…浩平君。久しぶりだね」
「お待ちどおさまです」
束の間。どさどさどさっ、とテーブルの上に更に大量のハンバーガーが置かれる。

「一体どれだけ食べたんだ…?」
「えっとね…照り焼きが27個、チーズバーガーが34個、中にトマトが入っているのが…」
「…もういい」

「とにかく、もうここを出よう」
「えーっ、まだ食べ足りないよ〜」
「いいからっ!」

浩平はみさきの手を無理矢理引っ張り、観客の人混みをかき分けてその場を去ることにした。
ちなみに先輩がここでハンバーガーを食べた数はなんと132個。
トップの記録をダントツで塗り替えている真っ最中だった。

 

§

 

「…浩平君、まず私にひとこと言うことがあるんじゃないの?」
「久しぶりだな、みさき先輩」
「違う。そうじゃなくて…」
「前より一段と綺麗になったよな。見違えたぜ」
「あのね、浩平君…」
「昔、校舎でぶつかった事についてはオレが本当に悪かった。この通り謝るよ」
「うー、浩平君。いじわるだよ…」
「オレが他に何かしたのか?」
「うー…」
わざとボケを続ける浩平に、みさきが拗ねた顔をする。

「さっきの、ハンバーガー…」
「あそこで止めていなければ、どこまで食べていたのか分からなかったからな」
「浩平君。それは失礼だよ。私だって食べられる量には限界があるよ」
「あとどれくらいなら食べられたんだ?」
「えっとね、あとハンバーガー60個くらいなら軽くいけたよ?」
「・・・・・・」
「浩平君?」
浩平は呆れてものが言えなかった。

「…浩平君。ひょっとして、私のことがきらい?」
いや、そう言う問題じゃなくて…

「浩平君。おわびに一緒に文化祭を回ろうよ。これでお互い仲直り。ねっ?」
みさき先輩の無垢な笑顔。先輩にこんな顔をされては、さすがの浩平もかなわない。

「…わかったよ。そうしよう」
先輩のこういう強引でマイペースなところは相変わらずだった。

 

§

 

「じゃ、どこから回ろうか?」
「当分食べ物は見たくないし、校舎の中に入ろうか。先輩?」
「うんっ」

二人は校舎に入る。午前よりも一般参加者達の人数も一段と増え、
辺りは文化祭ならではの喧噪な雰囲気と活気に包まれていた。

「わあ…いっぱい人がいるみたいだね」
「そりゃ、文化祭だからな…」
「はぐれないように、ちゃんと手をつないでおかなきゃ」
そう言ってみさきは浩平の手をぎゅっ、と握って離さないようにする。

「こうすればひと安心。絶対にこの手を離さないでね」
「あ、ああ…」
ちょっと照れた表情をする浩平。

「…んっ、どうしたの?」
「いや…なんでもないぞ(先輩、こういう所は鈍感というか何というか……)」

 

§

 

「そこの方々…ひとつ運勢を占っては行かれませんか?」
そう言ってひとりの女の子がオレ達を呼び止める。

どうやら占いコーナーのようだった。
そこに座る女の子はベールのようなもので顔を隠し、
テーブルの上には水晶玉やカードまでそろっている。
かなり本格的な所のようだ。
「いかがでしょう? 記念にここでお二人の様々な運勢を見て行かれては?」
「面白そうだね。占ってもらおうよ」
「ああ…」

正直言ってオレ自身、占いなんてものには興味がなかった。
でも、みさき先輩がああ言うからな……
「かしこまりました…」
占い師の女の子は目を半開きに閉じ、何かを呟きながら水晶玉に手をかざす。

(何から何まで本格的だな)

・・・・・・・・・・・

「………!! 読め…ない?」
占い師がなにかうろたえた様子だ。

「どうかしたのか?」
「いえ、お二人の恋の相性は抜群です…お互いのことを思いやれば、
きっと二人とも幸せになれることでしょう。ただ…」
「…ただ?」
「男性の方…貴方の運勢の波が、まったく分かりませんでした」
「??」
「すみません。私の修行が足りないばかりに…本当に申し訳ありませんでした」
私の落ち度だから料金はいらない。と言われて帰される、浩平とみさき。



「さっきのは何だったんだ? わけが分からなかったぞ」
「ふふっ、わたしたち恋の相性が抜群だって♪」

オレの運勢がまったく分からないとか言っていたな。
そういえば、だいぶ前からオレ自身がおかしかったことがあったよな?
まさかその事を言っていたのだろうか?

「こうやっていると私達、恋人同士に見えるのかな?」

占いなんてそんなもの、ただの迷信だ……
そんなもので悩む方がどうかしている。

「ねえ…」

いや、まさか。そんなはずは………

「浩平…君?」
「んっ、ああ。どうしたんだ先輩?」
「…いま私の話、ちっとも聞いてなかったよ」
心配そうにオレの方を見るみさき先輩。

「浩平君、どうかしたの?」
「いや、なんでもないぞ」

そう、何でもない。何でもないんだ……


「浩平君。二人で屋上に行こうよ」
「…屋上に?」
「うん。風に当たったら、きっと気持ちいいよ」

さっきのオレの様子を見て、気を遣ってくれているのだろうか?
今までこんな優しい先輩を悪戯にからかっていた自分に嫌気が刺した。

 

§

 

「わあ、風が気持ちいいね」
「そうだな…」

先輩の話によると、学校を卒業した今でも生徒の姿に変装して(ここの制服を着て)、
職員達の目を盗んではちょくちょくここに来ているらしい。

空は晴天の秋晴れ。先輩の言う通り、屋上でそよぐ風が気持ちいい。
いつものあの奇妙な感覚を吹き飛ばしてしまうような風。
昨日来ていたときとはまた、別の意味で心地よかった。

「今日の空は、うーん…55点かな?」
「かなり辛口の点数だな」
「でも浩平君が笑ってくれたら、プラス30点」
「えっ……」
「どんな雨の天気だって、いつか必ず晴れるように……
生きているんだから、そのうちきっと良いことだってあるよ」
そしてみさき先輩の笑顔。本当に先輩にはかなわないと思った。

「話していたらまたお腹すいちゃったね。下に降りて何か食べようか?」
「また何か食べるのか?」
「うん、食べる子は育つ。だよ」
「それを言うなら寝る子は育つ。だろ?」
こうしてしばらくの間、二人は談笑を交わしていた。

 

§

 

「あっ、やっぱりこんな所にいたっ!」
屋上にひとりの女性が現れる。
彼女は確か、みさき先輩の友人の…深山先輩とか言ったかな?

「あ、見つかっちゃったよ」
「まったく、あたしがどれだけ探し回ったと思っているの?」
「ごめんなさい」
ぺこりと謝るみさき先輩。

「…まあいいわ。とにかく私と帰るわよ」
「あーっ、文化祭名物ジャンボたい焼きをまだ食べてないんだよ〜」
「いいから来なさいって!!」
嵐のように友人に連れ去られてしまったみさき先輩。


・・・・・・・・・・

…いつまでもここにいても仕方がない。
浩平も屋上から出ることにした。

 

§

 

さっき屋上からちらりと見えたので、暇つぶしにやってきた校舎の外。
浩平が向かっているところ。そこでは、他校とバレーボールの対抗試合が行われていた。
女子の試合だったので、浩平はしばらくそこで見ていくことにした。

「そぉ〜れっ!」
状況は、うちの学校のチームがやや押されているようだ。
これに乗じて、猛攻撃を仕掛けている相手側のチームにいるある一人の選手。
その顔には見覚えがあった。

「でも名前が思い出せない…誰だったかな?」
悩むようにその選手の姿をみて、名前を思い出そうとする。
しかし、どうしても名前が思い出せなかった。

「まあいいか、そのスポーティーな体操着姿をじっくりと眺めていれば、
そのうち思い出すだろう」
そう考えた浩平は、バレーの試合の鑑賞→観戦に入ることにした。


「…詩子は私の大切な友達です。そんな目でじろじろと見ないでください」
茜が浩平の隣に立っていた。浩平をジト目で見ながら、少しふくれた顔で言う茜。

「なんだ、里村じゃないか」
「…ひとこと多いです」
「お前も試合の観戦か?」
「…はい」

「詩子があの試合に参加しているんです」
「へえ、そうなのか」
「はい」
「じゃあオレも、ここで一緒に試合を観戦していていいか?」
「…嫌です」
一瞬、耳を疑った。

「いぃ今、なんと?」
「多分そら耳です」

「おぉぉぉぉ………!?」
ややオーバーリアクション気味の浩平に茜はくすっ、と微笑みをもらしていた。

 

§

 

ポイントは14−14。
(浩平達から見て)向こう側の学校のチームがサーブを放つ。

それから数分間の攻防……
互いにチームワークとガードの連携がうまく、なかなか決着がつかない。
向こう側の選手の一人が高くトスを上げた。スパイクが出る。
手前(浩平の学校側)のチームがそれを察知し、
ブロックの体勢を取るために高く跳躍する。
しかし、向こう側の別の選手…浩平が見覚えのあるという選手が
そのブロックの甘い箇所を瞬時に見抜き、跳躍ざま鋭いスパイクの一撃を放つ。

正確に狙われた強烈なスパイクの一撃がブロックを見事にすり抜ける。
浩平の学校側のチームは慌ててボールを拾いに行こうとするが間に合うはずもなく、
ボールは激しい回転を伴い、力強くバレーコートの地面を叩いた。


ピィィーーーッ!!!

ここに、試合の勝敗の行方は決着した。
結果は3−1。向こう側のチームの圧勝である。

・・・・・・・・・・・・

 

 

§

 

「なかなか凄かったな、今のスパイク」
「…はい。詩子は運動神経が抜群ですから」

「あのスパイクを放った選手、バレーボールの申し子なのかもしれないな」
「…ひょっとしたら、そうかもしれませんね」

「あれだけの実力なら、きっと大会も狙えると思うぞ」
「…それを詩子が聞いたら喜びます」

「ところであの子の名前は何て言うのかなぁ?」
「…私の話、聞いてます?」


「里村も何か、スポーツとかに燃えたら格好いいと思うのに」
「私は…詩子みたいに運動神経が良くありませんから」
「そうすれば、その勇姿をこの眼に焼き付けることができるのに」
「やっぱり、そっちが目当てですか……」
茜が呆れたようにため息をつく。


「こんにちわー」
今回の試合で見事なスパイクを決めた、詩子が二人の前に現れる。

彼女はかなり呆れムードな二人の様子を見ながら、
「あら…お邪魔だったかしら?」
「そんなことないです」

「ん〜……」
詩子の傍に寄り、その体操着姿をじっくりとなめまわすように見ている浩平。
「…えっと、なにかな?」
じわりと冷や汗をたれながら、浩平に訊ねる詩子。

「いや、どこかで会った気がするんだが、どうもハッキリと思い出せなくてな。
こうして近くでじっくりと見てみたら思い出せると思うんだけどな」
「…だから彼女は正真正銘、私の親友の詩子です。浩平さん」
「おぉ、やっぱりそうなのか?」

「…なかなか面白い人ね。茜の彼氏?」
「絶対に違います」
即答で拒絶の意志を示す茜。

「そういえばお前、詩子って名前だったよな。さっきの試合、かなり良かったぞ」
「あはは。ありがとう」
「試合の時のその勇姿。カメラでも持ってくれば良かっ…」
「…浩平さん」

ごっ・・・

言うのが先か、茜の放った肘鉄が浩平の鳩尾にクリーンヒットする。
「ぐ………」
その場所を両手で押さえ、苦しみにもだえる浩平。
「? どうしたの?」
「…詩子まで、この人の犠牲になることはないわ」
「??」

「そういえば、文化祭の美少女コンテスト。里村は出ないのか?」
「出ません」
「ちぇっ、里村の晴れ姿を見たかったのになぁ」
「何の晴れ姿ですかっ。もう…」
浩平達が話している横でくすくすと笑う詩子。
「二人とも仲が良いわね〜♪ ひゅーひゅー」

こんな調子で浩平と茜、詩子の三人はたあいのない話に花を咲かせていた。

 

§

 

キーンコーンカーンコーン…
チャイムの音が、時刻が変わることを教えてくれる。

「おっ、もうこんな時間なのか」
時計を見ると、針はすでに3時を回っていた。

「おい、里村達はこれからどうする……あれ?」
振り向くと、さっきまでそこにいたはずの茜と詩子の姿が消えていた。
「どこに行ったんだ…?」
辺りを見回しても、二人らしき姿はどこにも見あたらなかった。
「まあ、いいか…」
またどこかで会うだろう。
と、浩平は1人でぶらぶらと歩くことにした。
「そうだな、美少女コンテストの方に行ってみるか…」
思い立ったように、浩平はコンテスト会場である講堂へと向かうことにした。

 

§

 

文化祭の講堂。コンテストの会場となる場所。
そこには【美少女コンテスト開催場】と書かれた看板が立てられ、
その入口からは長蛇の行列が延びていた。

(住井のヤツ。かなり凄いことになってるぞ…)
列の先頭の方を目で追っていると、【入場料¥700】と書かれた張り紙が見える。
文化祭の講堂が会場なのに、どうやら入場料まで取るらしい。
(もちろんこれは、校長や生徒会には無断でやっていることだろうが)

「やれやれ……」
浩平はこの行列の凄さと住井の(色々な意味での)たくましさに、
ため息をついていた。


・・・・・・・・・

《おい折原。お前はこっちから入ってこい》
浩平が呆れ顔で立っていると、横の方から浩平を呼ぶ声が聞こえる。
その声のする方を見ると、そこに住井が立っていた。

「くっくっくっ…折原浩平。口では嫌そうなことを言っておきながら、
やはりその魂はこの場所へと導かれたか。
所詮、運命の因果律には逆らえんと言うことだな」

・・・おい?

「この我輩がこの日この時のため、どれほどの心血を注いできたか。
あの長蛇の列こそが、我輩が企画・立案したこの美少女コンテストが
いかに素晴らしく有意義であるかを示す、何よりの証だっ!!」

住井はどっぷりと自分の世界に入っているようだ。
楽しそうで何よりだと思った。

「我が魂の友である貴様のために、特別にこの文化祭最大のメインイベント、
美少女コンテストを最も良い位置から見ることができる特等席を用意してやっている。
光栄に思え!!!」

…お前の言う『魂の友』とやらに貴様呼ばわりか。
それに、誰がメインイベントだと決めたんだ?

「些細なことは気にするな。大事の前の小事と言うではないか?」

いや、オレが言いたいのは、何がお前をそんなに……

「ふはははは!! ロマンと欲望に惹かれたヤングメン達からにじみ出る、
あの熱きオーラを感じておきながら、まだそんな事が言えるのか!?
まだまだ修業が足りんな。同志浩平」

ひとの心の中読んでるし。

「まごう事なき美しさを誇る美少女達。その可憐な姿をその眼に焼き付け、
熱きパトス、その秘めたる野望を成就させるのだっ。
これこそ若さだ、青春だ、情熱だっ!!
ここまで言っても、まだ分からないのか? まいえたーなるふれんどっ!?」

・・・すでに聞いてないし。


「兎にも角にも、論より証拠と云う。その熱き光景を見た瞬間、
貴様のそのふ抜けた心など、一瞬のうちに吹き飛ばされることであろうっ!!
さあ、来るがいいっ!!」

コンテストについて熱く語る住井に引っ張られ、半強制的に会場にある
特等席(審査員席ともいう)に連れてこられてしまった浩平。
会場の観客席をみるとそこは、若さの溢れる文化祭の中でも
特に異様なほどの熱気に包まれていた。



「どうだ、同志折原浩平?
この熱きオーラに燃えさかる光景を目の当たりにしてもなお、その秘めたる闘志が
目覚めないとでもいうのか?」

・・・・・・・・・

「ふっふっふ、まあいい。特等席から美少女達の麗しき御姿を拝んだそのあとで、
貴様が何と言うのかが楽しみだ。我輩はこれより主催として壇上にスピーチに上がる。
そこでじっくりと見ているがいい。同志浩平」

そういうと住井は、マイクを片手に壇上に上がる。


『さあっ、学内の美少女達が一同に集うこのコンテストに導かれし諸君!!
今、その望みを果たすときがきたっ!! もはや本日のメインイベントと言っても過言ではない、
この美少女コンテスト!! その尽きる事なき欲望を、ここで存分に満たすがいいっ!!!!』


『おおおおおぉぉぉっっっっ!!!!!!!』

来客達の壮大な歓声がわき起こる。
こうして、第一回美少女コンテストが幕を開けるのだった……

 

§

 

『ではさっそく、エントリーナンバー……』

音楽の演奏に乗せて、参加する候補者達が各々のコスチュームに身を包み、
その美や可愛らしさを披露している。

(まあ、なかなか悪くないな……)
口では嫌そうにしていた浩平もまんざらではなく、
出場者達の衣装姿を目でじっくり楽しんでいた。

(ククク。そうだ、それでいい……)
うんうんと頷く住井。

自分が提案した美少女コンテストが成功しつつあることに、
そして、浩平が新たな世界への扉を開けようとしていることに、
その顔は、ただただ笑みをたたえていた。

・・・・・・・・・・・・・



§


『では、これより審査に入ります。しばらくお待ちください…』

候補者達の披露がすべて終わり、コンテストはその中から特に
評価の高い入賞者を決定する審査に移る。




『審査の結果が参りました。まずは第3位の発表……』

・・・・・・・・・・

『続きまして第2位、特別賞、審査委員賞……』

審査の結果が次々に読み上げられる。賞に選ばれた候補者達は、
いずれもかなりレベルの高い美少女達がそろっていた。


『そして、第1位の発表です!!』

・・・・・・・・・

しばらくの沈黙。出場者達はサーチライトに照らされ、
校内から一般参加者に至るまで、大勢の観客達の盛大な期待と視線に見守られる中、
いよいよ美少女コンテストのナンバー1が決定されようとしている。


『…では、発表しますっ。見事コンテストの栄冠に輝いた美少女は……折原みさおさんですっ!!!』

『おおおおおおおぉぉぉっっっっっ!!!!』



・・・・・ドクン。
折原…みさお?
嫌な予感がする。その名前は・・・・

・・・・・ドクン、ドクン。

会場中を包み込む盛大な拍手と歓声がわき起こる中、
浩平の心臓は大きな音を立てて高鳴っている。
(ま、まさか…な………!?)
軽い眩暈が起こる。
そして心の中で、何かもやもやしたものが渦巻く感覚。


「くっくっくっ。やはり優勝はみさおちゃんだったか。
あの子はもともとポイントが高かったからな、至極当然の結果と言えるが」
ライトに照らされる優勝者の姿を見て、ニヤニヤと笑みを浮かべる住井。


ドクン、ドクン、ドクン、ドクン・・・・・

浩平の心臓の動悸が段々と早くなっていく。
それはまるで、浩平の心に警鐘が鳴り響くように。
さっきまでは軽かったはずの眩暈も、それに併せて徐々にひどくなっていく。
ひょっとしたらヤバいのかもしれない。


「一年でありながら、学内注目度No.1を誇る、美少女のなかの美少女…」
「住井。コンテストで…優勝した、あの子……」
「ん…どうした、折原?」

「折原…みさおって、言ってたよな……?」
「ああ。そういえばお前とは名字つながりだな。まったく縁起がいい」
「オレの…妹に……」
「なに!! お前にあんな可愛い妹がいたのか? まったくの初耳だぞ」
「……」


(あいつは…妹は、子供の頃に死んだはずだぞ……)
浩平の眩暈がもう立ってもいられないくらい、いっそうひどくなる。

「お、おい・・・?」

嘘だ。あいつが、みさおが、今ここでこうして生きているはずがない……

「おい…折原!?」
「…はっ」
「お前どうもさっきからいつもと様子がおかしいぞ。本当に大丈夫なのか?」
「…当たり前だろ、住井?」
「どこか疲れているんじゃないか?」

…そうかも知れない。今のオレは間違いなくどこかおかしい。
それは自分でもはっきりと感じ取れるくらいに。


・・・・!?
突然、視界が暗くなる。もちろんこれは照明が落ちた所為ではない。

「お、おい折原っ!!?」
「・・・・・・・」
『それでは、これより優勝者の折原みさおさんへ。記念トロフィーを授与……』
「おい折原っ!! 折………」

司会者や、必死で浩平の名を叫び続ける住井の声もやがて聞こえなくなり……
浩平の意識は、そのままその暗闇の中に落ちていった・・・・

・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

§

 

…いつも見ている夢の世界とは、少し違った空間。

周囲には何もない。ただあるものは"白"のみ。
そう説明する以外には、ここを表現する方法が何も見つからない。そんな場所で。
耳を澄ますと、遠くの方から何か話し声が聞こえてくる。


「・・君には少しだけ、つらい思いをさせてしまうけど・・・・・」
「そんな・・こと・・・・」
「これは、1つの試練だと思う。彼を"本当のこと"に気付かせるためのね」
「そんな難しいこと、わからないよぉ・・・・」

話をしている二人の声。浩平にはどこか聞き覚えがあった。
それが誰なのかは…ハッキリとは思い出せないけど。

「一度気付くことさえできれば、そんなに難しい事じゃない。
君にだって、その事はもう分かっているはずだよ?」
「でも・・・・・・」
「いいかい、これは彼のためになる事なんだ。こうしないと、いつまでも彼は
何も気づかないままになってしまうからね」
「・・・・・・・・・」
「僕の言っている、この言葉の意味。分かって欲しいよ・・・」
「・・うん・・・・」
「ありがとう・・・」

その言葉を最後に、話し声は聞こえなくなった。


・・・・?
(なんだったんだ。今のは……?)

・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

§

 

…そして浩平は目を覚ます。ここは講堂の中。住井に『特等席』といわれて座らされた椅子の上。

コンテストはすでに終わっていた。辺りは静まりかえり、帰り支度をしている観客達や
清掃を始めている生徒達の姿がぽつりぽつりと目に映るのみだった。

「…やっと起きたのか」
その横には住井がいた。

・・・?
どう見てもいつも会っている住井の顔だが、浩平を見ている視線がいつもとは違う。

「住井、今まで寝ていて悪かったな…」
怒っているんだろうな。と浩平は申し訳なさそうに住井にわびの言葉を入れる。
ところが。

「誰だよ、お前?」
「えっ・・・?」
住井は浩平の事を、まるで赤の他人であるかのような言葉で答える。
それどころか、浩平のことを突き放すような冷たい視線を向けながら。

どうしてそんな目でオレを見るんだ?
「おい、住井…」
「コンテストはもう終わったんだ。悪いけどそろそろ帰ってくれないか?」
「・・・・・・」

気分が悪くなった浩平は、身体を引きずるように講堂から出ていくことにした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

 

§

 

「はぁっ、はぁっ・・・」
さっきから息切れが止まらない。もやもやしていて消えないこの感覚。
それに住井のさっきのあの態度…
コンテストの見せ場でいきなりオレが倒れてしまったから、
怒ってわざとあんな事を言ったのだろうか? それとも…?

…考えてみても、浩平にはその理由が分からなかった。

 

§

 

・・・・・・・・・・・・・
気が付けば、あれだけ盛り上がっていたはずの文化祭なのに、
周りには誰の姿も見あたらない。それどころか、物音ひとつさえ立っていない。

・・・・・・・?
この静寂の中、辺りをゆっくりとした調子で見回すと、ひとりの姿が視界に映る。
さっきのコンテストで『折原みさお』と呼ばれた、女の子らしき後ろ姿が。



ドクン、ドクン、ドクン、ドクン・・・・・・

ここから先に行くのは危険だ。と鼓動の高鳴りが教えていた。
しかし、あの子があの"みさお"じゃない、という確証が欲しい。
ついに浩平はその一歩を踏み出す。

「おい、お前は確か、さっきのコンテストで優勝した……」
不意にその女の子に声をかける。
焦りがあったからか、つい荒げた口調になってしまった。

「…はい、そうですよ?」
浩平の声を聞いて、その女の子は後を振り向く。
これじゃ、オレが悪いヤツみたいじゃないか……と申し訳なさそうに思い、
浩平が謝罪してその場を立ち去ろうとした時だった。

彼女は浩平に向かって、
「…お久しぶりですね。お兄ちゃん」
にっこりとした表情で、そう挨拶を交わす。
・・・・!?
その姿は死んだはずの浩平の妹、折原みさおそのものだった。
しかし彼女は浩平に対し、そう言ってひとこと挨拶を交わすと、
かけ足でその場を走り去ってしまった。

・・・・・・・・・・
その姿をすぐさま追いかけようとするが、
異常なほどの眩暈と心臓の動悸が収まらず、
浩平はそのまま意識を失ってしまった・・・・・

 

§

 

…再びやってきた、"白"のみによって全てが統一された空間の中で。
どうやら、また気を失ってしまったらしい。

ひと呼吸置き、浩平は先ほど現実で起こった出来事を振り返ってみる。
(あいつは確かにオレの妹だった。もし生きていたのなら、
その事を喜ぶべきなのに、何故だろう? あいつのことを認めたくないような、
もし認めてしまったら、大変なことになってしまうように思ってしまうのは)


耳を澄ませば遠くの方から聞こえてくる。二人のあの話し声。

「・・・・・」
「どうしてさっきは、僕の言うことを聞いてくれなかったのかな?」
「!!・・・それは・・・・・・」

「君はひょっとして、彼のことが嫌いなのかい?」
「・・そんな事・・ないもんっ」
「じゃあ、彼のことは好きなんだろう?」
「・・・・・うん」
「いいかい、彼の事を本当の意味での"幸せ"にするには、こうするしか方法がないんだよ」
「それはわかっているよ・・・」
「それがわかっているのなら、彼のために君が何をするべきなのかも分かっているはずだよ・・・」
「・・・・・・・・」


そして、話し声が聞こえなくなる。
しばらくすると、"白"いものがまるで消えるように晴れていき、
浩平がよく知るあの風景が目に飛び込んでくる。

これはいつも夢で見ていた、あの風景のようだ。
目に見えるもの、聞こえるもの、触れるもの、全てが何も変わらない世界。
そう信じてやまなかった場所。……さっきの二人の話し声を聞くまでは。

・・・・・・・・・
浩平は辺りをくまなく見回す。しかし誰の姿も見あたらない。
(?? さっきは確かに、この辺で話し声がしていたはずなのに・・・)

ザアァアアアア・・・・・
唐突に、あの波の音が聞こえてくる。
「お、おい・・・・」
視界が再び白く染まり、浩平は現実の世界へと引き戻されてゆく……

・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

§

 

「・・平っ。起きてっ、起きてよっ!!」
「・・・」
「あ…浩平? …目が覚めた?」

瞼を開けると、その視界にはみさお…じゃない、長森の姿が映る。
(あのままグラウンドで倒れてしまっていたようだ。
どうやらオレは今まで長森に付き添われて、保健室のベッドの上で寝ていたらしい)

「大丈夫? さっきまで酷くうなされていたよ?」

…うなされていた? そういえばさっきまでオレは何の夢を見ていたんだ?

「どうしたの、浩平?」
「…いや、なんでもないぞ」
浩平はさっき見た夢の内容を、どうしても思い出せなかった。

・・・・・・・・・・・

「でもよかった、浩平が倒れたって聞いてここにやってきたとき、
もう目を覚まさないじゃないかって思ったよ〜っ」
長森が浩平の顔を見て、うれし涙を流す。

「縁起でもないことを言うな」
「そうだよね。浩平がそんなに簡単に死ぬわけがないもんね」
「そんなの当たり前だろ………って、あれ?」


・・どくん。

再び眩暈が起こり、浩平の視界が歪む。
コンテストの時に訪れたそれと似た、よく分からない感覚を伴って。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・


「ねぇ、浩平…?」
「…はっ」
眩暈が止まり、浩平の視界が元に戻る。
「オレは、一体………」
気が付けば浩平の顔には、大量の汗がにじんでいた。
「大丈夫? 浩平なんだかすごい量の汗だよ」
「・・・・・・」
「どうしたの、浩平?」
「お前…長森……だよな?」
「何を言ってるの、わたしはわたしだよ?」
突然、浩平は幼なじみの長森に向かって奇妙なことを口走る。
「ああ。そうだよな・・・」
長森のその言葉を聞いて、浩平はホッと胸をなで下ろす。


「・・・・・」
がばっ。
不意に浩平は長森を抱きしめる。
「えっ、えっ。どうしたのっ、浩平!?」
「すまない…しばらくこうさせておいてくれ……」
「……うん……………」
目が覚めると忘れ去ってしまっている夢の内容。
先ほどから何度も続いている眩暈。言いしれない不安。
浩平は、こうしていないと自分の存在がこの世から
なくなってしまいそうな気さえしていた。
しかし長森は浩平のそんな心情を察してくれたかのように、
浩平のことを優しく包み込む。

・・・・・・・・・・・・
今、長森の温もりを感じている……
それは浩平にとって"自分"がここにいるという、確かな証にさえ思えた………

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

 

§

 

校舎の外に出ると、すっかりと辺りは暗くなっていた。
夜の文化祭のグラウンド。その中央には文化祭を締めくくる
巨大なファイアストームの炎が燃え上がり、それを囲む形で過ぎ去っていく
残された時間を惜しみながら、生徒達は思い思いのダンスを楽しんでいた。

「…浩平。わたしといっしょに踊ろうか?」
「ああ」
長森に誘われて、浩平は軽音部やロック愛好会などが交代で演奏している
軽快な音楽のリズムに乗せて、長森と二人でダンスを踊ることにした。


「長森お前、結構ダンスが上手いじゃないか」
「こういう時のためにわたし、少しづつ練習してきたんだよ」
「ふーん。えらいじゃないか」
(…浩平のためにね?)
「えっ?」
「ううん。なんでもないよっ!」
「・・・・?」



「浩平。文化祭は楽しかった?」
唐突に長森が訊ねてくる。

「そうだな…65点ってところか?」
「けっこう辛口な点数の付け方だね」
「ああ、そうだな……」
そう、あの奇妙な感じさえしなかったら・・・

「…いつまでも、こういう楽しい事が続いていけばいいのにね」
と長森がいう。
「ああ。そうだな」
と浩平が答える。

(ああ、そうだよな。ずっと楽しく過ごしていければ・・・・)

…確かに楽しく過ごしていけるのなら、それはそれで良いんじゃないのか?
長森の言葉に、浩平の心は少しだけ救われた思いだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・


ファイアストームの最後の炎も消え、文化祭は幕を閉じた。
生徒達は次々と下校を始めている。
いま、浩平は長森と二人で帰宅しているところだ。





「じゃあな、長森」
「それじゃあね浩平、また明日」

長森と別れる。
そして家に戻ると、さっさと自分の部屋に行き、
数時間ほどテレビを見て楽しむと、浩平はベッドで眠ることにした。


その晩。浩平はあの奇妙な夢を見ることもなく、次の朝を迎えることができた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・


・・・・・・

 

§

 

カシャアッ!
カーテンの引かれる音。それと同時にまばゆい陽光が瞼の裏を刺す。

(…清々しい朝だ。久しぶりに自力でベッドから起きられた気がする)
しばらくすると、浩平の部屋に長森がいつものように浩平を起こしに入ってくる。

「ほらっ、浩平〜…って。あれ、もう起きてるっ」
「よう長森。おはよう」
「うん、おはよう…」
狐につままれたような顔で浩平を見る長森。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「長森。昨日は楽しかったよな」
「昨日…何かあったっけ?」
「何を言ってるんだ。学校で文化祭をやっていただろ」
「浩平、寝ぼけているの? 文化祭は明日だよ?」

「えっ・・・?」
きょとんとした長森の表情。嘘を付いている感じには見えない。
浩平は慌てて階段を降りると、今朝の新聞の日付を確かめる。

「嘘だろ・・?」
間違いなく、日付は文化祭の前日だった。
(どういうことだ…!?)
「ねぇ浩平、どうしたの?」
狼狽している長森。しかし今の浩平には、長森の質問に答えるだけの余裕はなく、

くっ・・!
浩平は今までにないくらいの早いペースで着替えを済ませると、
まるで何かに取り憑かれたように、学校へと一心不乱に走りだす。

「あっ、浩平。待ってよっ!!」
長森の制止も聞かず、ただ走る浩平。
一体どうして? その納得のいく理由を確かめるために。

夢だったのか・・?
いや違う。あの時の長森を抱きしめた時の感覚。
あれは間違いなく夢じゃなかった
…考えれば考えるほど焦りがつのる、
それがさらなる焦りを生み、浩平の走る足を早めていく。

何故だ、いったい何故だ!?
焦りの気持ちに浩平は、自分のすぐ眼の前さえよく見えなくなっていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



どしゃあっ!!

「きゃっ!」
おととい(?)と同じ場所で、浩平は七瀬とぶつかる。
「痛たたたたっ。いきなり何なのよ……」
七瀬はぶつかった衝撃で道路にぺたんと座り込む。
「折原っ、あんたねー…」
ギロッ、と浩平をにらみ付ける七瀬。

「・・・・・・・」
「あんたねっ。いきなりあたしを突き飛ばしといて、何か言ったら……」
しかし、浩平の視線は七瀬のおさげの辺りを泳いでいた。

「おさげが…ちゃんと付いてるじゃないか…」
浩平の口をついて出た言葉。

「は? 何を言ってるの? そんなの当たり前じゃない」
(…そんなバカな…昨日見たときは確かに……)
突然、浩平が七瀬のおさげをつかむ。

「!! 何するのよ。ちょっ、離しなさいよっ!?」
「・・・・・・・・・」
七瀬が浩平の手を懸命にふりほどく。
そうしてなんとか浩平の手がおさげから離れる。

「折原、何かいつもと様子がヘンよ……」
やや怯えを含んだ七瀬の言葉。
しかし浩平の視線は眼前をふらふらと彷徨うまま。

(いったい、どういうことだ・・・・?)
浩平はそう呻くように言うと、
倒れている七瀬をそのままにして、その場を走り出していった。

「な、なんだったの・・?」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・

 

§

 

なんとか浩平は学校にたどり着く。
全力で走ってきたため、息はすでに絶え絶えになっている。


校舎の中。準備している生徒達そっちのけであちこちを歩き回る。
何もかもが、おとといに見たあの光景と同じ…どういうことだ!?

・・・・・・・・・
ふとやってきた下級生のいる校舎。おととい(?)と同じ場所で、
浩平に手紙を渡してくれた女生徒の姿を発見すると、
間髪入れずにその女生徒の近くにやってきて、

「あ、あの…折原浩平さ……きゃっ!!」
手紙を渡そうとしている彼女の肩を無理矢理つかむと、
「これを誰から渡すように頼まれたんだ?」
怒鳴るような調子で訊ねる浩平。

「あ、あの…あそこの、女の子から……」
ふるえる指で階段の辺りを指さし、すっかりと怯えた声でそう答える下級生の女生徒。

すまないことをした…その言葉を言える余裕さえ、今の浩平にはなかった。
浩平は女生徒が指さす方向へと走っていく。

・・・・・・・・・・・・・・・
目の前には、さっきの下級生に浩平に手紙を渡すよう頼んだと思われる、女の子の姿。


・・・・どくん。
急に激しい眩暈が起こる。

またか・・・




「お、おいっ」
浩平が声をかけると・・

「…お兄ちゃん……」
その子は、文化祭の時(?)にも会った浩平の妹、みさお。

「お前。オレの妹のみさおなのか…?」
「…うん、そうだよ……」
「お前は確か、ガキの頃に死んでしまったはずじゃ…? そうか」
そうか、またヘンな夢を見ているんだよな。オレは?

「…夢じゃないんだよ……」
・・!?
「だったら、どうしてお前がここにいるんだ?」
「…お兄ちゃん。わたしね…今までずっと、お兄ちゃんに逢いたかったんだよ……」
「もしかして、幽霊なのか?」
「そういうのは良く分からない・・・ただ、あの"せかい"のことをある人に教えてもらって……」
・・あの"せかい"?
「・・・・」

・・・・・・・・・・・・・
長い沈黙があった。



(……〜〜〜!!)
しばらくすると、その沈黙を破るようにみさおが浩平の胸に飛び込んできた。

・・・・・・・・・・・・
「…逢いたかったんだよ。お兄ちゃん………」
「・・・・・・・・」
言葉を話すことさえできなくなっている今の浩平に対し、
一方的な調子で話しかけてくるみさお。

「本当はね、わたしはね……」
「・・・・・・!!」
浩平が口から血を吐く。どうも本格的に身体がやばいらしい。
床に飛散する浩平の血を見ながら、

「これ以上、お兄ちゃんを苦しませたくないんだよ・・」

浩平はすでに、みさおの言葉を聞き取ることさえ危うくなっていた。
みさおが何を言っているのか、浩平にはすでに聞こえていない。

「でも"幸せ"になるには、"こうするしかなかった"から・・・」

眩暈や動悸がじわじわと浩平自身を蝕み、
やがてそれは、耐えきれないほどにひどくなっていき……

「ごめんなさい・・・・」
涙に濡れるみさおのその言葉を聞くのを最後に、
浩平の意識が薄れていく感覚と共に、浩平の身体は消えていった・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・

 

§

 

"白"によって統一されたせかいの中で。

「…気が付いたかい?」

ここは、どこだ・・?

「ここは…そうだね、君にとっては"えいえんのせかい"といった方が
理解しやすいかも知れないね」

"えいえんのせかい"・・?


・・・・・・・・・・
"白"いものが晴れ、浩平の記憶がよみがえる。
ここはいつも夢で見ていた、あの夕空の風景。


「やあ、文化祭ではお世話になったね」
目の前には文化祭の喫茶店にも現れた、クールな雰囲気を放つ少年。

「自己紹介が遅れてすまない。僕の名は氷上シュン。
君よりはちょっと前に"この真実"に気づいた者…こういえば大体あっていると思う」

"この真実"?
そういえば何故こいつが、こんな所にいる・・・?

「それは、これから僕が君に色々とアドバイスをしたいと思ったからさ」

アドバイス・・・?

「そう。まずここでは君が心に思った通りの世界、そして時間と場所に行くことができる。
正確にいうなら、君が心に望んだ世界が君の住処となる…というべきかな?」

何だこいつ。いったい何を言っている・・・?

「僕の話を聞けばきっと分かってくれると思うよ」

なんだと・・・・?


「結論から言おう。選ばれたんだ、君は。この"せかい"の住人として」

このせかい・・・・?

「そう。君の言葉をかりるなら、この"えいえんのせかい"にね…」

えいえんのせかい・・・・・

「そう。これで君は、あらゆる自由、そして最大の幸運を手に入れた。というべきだよ」

こいつの言っている意味が分からない・・・・

「簡単に言えば、君はこの"せかい"の住人である限り、すべてが君の望むとおりの
世界に行くことができ、あらゆる苦しみや退屈などを一切感じなくて済む。
そういう所なんだ、ここはね」

「全ては君の望むままに…素晴らしいこととは思わないかい?」

・・それって、なんか・・・・・・・・

「自分の望む通りの世界に住むこと。これは人間なら誰もが一度は心に思い描くこと。
これが間違ったことだなんて、いったい誰に言えるんだろうね」

・・・・・・・・・・

「今まで君がいた日常は、君の心が望んだ風景。さっきの文化祭だって、
君が心に思い描いていた日常の一ページに過ぎない。
君がさっき、また文化祭の前日で目を覚ましたというのも、
君が心のどこかでそれを望んでいたから、退屈な日常に嫌気がさしていたから、
君が楽しい思いを繰り返したいから、そう願ったからこそ。
君はああして文化祭の中で"えいえん"を見ることができた…」

・・・そんな、バカな・・・・・・・・

「"えいえん"のカタチは、人それぞれなんだ。今まで君が日常だと思って過ごしてきた場所は、
君がそうしていたいと心に願った、世界のカタチなんだよ」

「君がさっき出会った妹さん。彼女だって君がそう望んだからこそ、
君の前に姿を現わすことができた。この"せかい"に来れたからには、
もういつだって会うことができる。君は、彼女と再び一緒にいたいんじゃないのかい…?」


・・・それは・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・

・・、・・・・・・・・どこか・・・・・・・・・・・。・・・・

・・・・・・・っ・・・・!


「それとも君は、悩みなんてものを持ちながら生きていたいのかい?」
「あるいは、苦しみなんてものをいつまでも味わっていたいのかい?」

・・・・・・・・

「今の僕にはそういう気持ちはよく分からないけど、
君がそう望むのなら、君はそういう世界にだって住むことができる」

・・・・・・・・

「そういった痛みや悩み、苦しみも、君の心が生み出しているまやかしなんだよ」

…違う!!

「違わないよ。君は確かに今、この"えいえんのせかい"にいる。それは紛れもない『事実』なんだ。
ここではどんな世界だって見ることができる。君がそう望むならね。
君が今まで感じてきた全ての苦しみは、君の心のどこかで望んだ、あるいは生み出してきたこと」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「この"事実"に気付いた今、君は"自由の翼"を手に入れたと言ってもいい。
見てごらん。…見えるかな? 君の背中に生えているそれが」

・・・見えない・・・・・・・・・・

「…いつかそれが、君の目にも見えるようになるよ」

・・黙れ!!

「君にはもう分かっているはずだよ。この"せかい"のこと。
いままで君に起こっていた日常の正体。そういった様々な問いの答えが……」

っ・・・

「さあ、次はどんな"えいえん"を望むんだい・・・?」

そこで、浩平の答えたことば…

・・・・・・・・・・・・・・・・!!

「そうか…君は、最良の選択をしたようだね・・・・・」

…そう、これで良かったんだ。これが、オレの出した答えなんだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・

 

 

§

カシャアッ!

カーテンの引かれる音。それと同時にまばゆい陽光が瞼の裏を刺す。
そして・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 




終幕


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