放課後の校舎の屋上。
日溜まりの夕陽の当たる空の下。
緩やかな風のながれるその場所で。
私は、いつものように一人で佇んでいた。
私はこの夕焼けの空の向こうから吹き付けてくる風を浴びていた。
とても気持ちがいい。
今日の夕焼けは…何点かな?
みさき主眼によるSS 『Beginning...』
原作: ONE〜輝く季節へ〜 (c)Tactics/ネクストン
私はこうして緩やかに流れていく風を感じることはできるけど、目が見えない。
だから、屋上から見えるはずの空の景色や喧噪な街並み。
学校のみんなが部活で頑張っている姿などが、私の瞳に映ることはない。
それがとても、悲しかった……
私がまだ、光を失ってはいなかった頃。
小学校から家にカバンをおくと、いつも家と向かい合わせにあるこの学校で遊んでいた。
最初の頃は、先生に見つかって追い出されたりしけいたけれど、それでも何度も学校に入って遊んでいるうちに、
先生達も諦めたのか、私が学校で遊んでいる姿を見つけても、何も言わなくなった。
中には私にお菓子をくれたり、学食に連れていってくれる生徒達もいてくれて、あのときは楽しかった。
時々屋上に連れていってもらって、そこで見た夕焼けの景色がとても印象的で、高校生になった今でも、私の心にはっきりと残っている。
でも小学六年生の時、私の両目は光を失ってしまうことになる……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
光を失ってしまった今でも、この場所でこうして流れる風を感じていると、あのときに見た夕焼けの景色が、私の視界によみがえってくるようだった。
本当はこのままずっと、こうしていたいんだけど…
私、もう3年生なんだよね。
来年の3月にはもう、この学校を卒業してしまう。
『もうここには、いられなくなるんだよね……』
そう思うと、私の心は途端に悲しくなった。
『ずっと、ここでこうしていられたら……』
私は何度そんなことを思ったことだろう?
無理なことだとは分かっているけど、それでもどうしても、そんな言葉が私の心をよぎっていく。
でも、本当にそんなことができたらいいのになぁ・・・
「・・・・は、あるよ」
不意に後ろの方からにそう呟く声がした。誰だろう・・?
「おっと、先客がいたみたいだね」
ゆっくりと振り向くと、そこから男の人の声が聞こえてきた。
「初めまして」
「う、うん。はじめまして・・・」
あっ、初対面の人につい「うん」なんて言っちゃったよ。
変な女の子に思われちゃったかな……?
―――少しの間をおいて。
「君は、ここで何をしているのかな…?」
えっ…?
「…こんな場所で君は、いったい何をしていたのかな? って訊いているんだけど?」
やっぱり変に思われていたみたい。
でも…違和感っていうのかな? この人の言うことにどこか変わったものを感じる。
だけど、不思議とこの人の言葉が気になってしまう。どうしたんだろ、私?
『空の夕焼けを見に来ているんだよ』
そう答えればよかったのに…どうしてだろう?
その時私は、何も答えることができなかった。
「ん、どうしたんだい? 君はここで夕焼けを見るためにやって来たんじゃなかったのかい?」
「は、はい、そうですよ…」
この人と話していると、なんだか変な感じがするよ……
誰なんだろう、この人…?
「僕が何者なのかだなんて、君にとっては意味を持たない。それより大事なのは、君自身の問題さ」
「私自身の問題?」
「そう。君がここで何をしたいのか。何のためにあえて、この場所で夕焼けを見ているのか? ということだよ」
私は少しむっ、とした。
「そんなこと、私の勝手だと思いますけど?」
「ふふっ…」
この人は私のそんな言葉に笑っていた。
なんだか、気持ち悪いよ……
「ごめんごめん。そんなに悪気があって笑ったんじゃないんだ。ちょっと気になったものだからね?」
「…気になった?」
いったい何が気になったって言うんだろう?
「……」
また、しばらくの沈黙があった。
「空の夕焼けが綺麗だね?」
唐突にその人が言った言葉。
うー…私にはこの夕焼けの景色が見えないんだけどな。
こういう時、なんて答えればいいんだろ?
困ったな……
でもこの人の目には、しっかりと夕焼けの綺麗な景色が映っているんだろうな……
とても、うらやましい………
「…夕焼けの空。沈みゆく太陽の向かう先。そこにはいったい何があるんだろう。こんな事を思ってみたことはないかな?」
えっ?
「君の目には、何が映っているのかな?」
……そっか。この人は私の目が見えないことを知らないんだよね。
「目で見るのではなく、心を澄まして見てごらんよ。そうすれば自ずと何かが見えてくる」
……言ってる意味が、わからないよ。
…この人はいったい何を言っているの?
「いきなりこういう話を初めても分かりづらかったかな? でもいつか君のその目にも、その何かが見えてくるようになると思うよ」
だから、私は……
「…まぁ、そうだとしても仕方がない事かもしれないけどね」
私が言いたいことも聞かず、まるで自己完結したように一方的に話を切られた。
なんだか苦手だな。こういう人。
「それじゃあ、僕はこの辺で失礼するよ」
・・・・・・・・
その言葉を最後にして、その人の声は聞こえなくなった。
校舎に戻っていったのかな?
そろそろ風も冷たくなってきたし、私も早く家に帰ろうかな……
……あれ?
屋上のドアはちゃんと閉まっている…よね? 物音ひとつしていなかったのに……
さっきの人はどうやって校舎に降りていったんだろう?
まだ屋上のどこかにいるのかな?
・・・・・・・・・・・・・
とりあえず私は校舎を降り、家路につくことにした
――私の家に帰り着いた。学校とは向かい合わせにあるから、全然ただいまっていう感じがしないんだけど、ただいま。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
そして翌朝。私はいつものように学校で授業を受ける。
――学校の授業。
先生からの説明の仕方は、要点を掴んでいてわかりやすい。
だから、誰にどんな質問をされても、ちゃんと答えられる自信だってある。
でも、何かもどかしい気持ちだった……
私は机の上に広げた教科書の文字が読めないし、
黒板に書かれた内容をノートに書き写すこともできない。
それだけで、教室の中でたった1人ぼっちになったような、そんな気持ちにさせられる。
それを思うと、私の心のどこかがチクンていう音を立てて、痛んだ。
――昼休み。
クラスの友達に誘われて、私は学食に向かう。
友達は色々な話をしたりして盛り上がっている。
最近の流行の話、好みの男の子のタイプとか。そんなありふれた話題で。
私は食べ物を口に運びながら友達の1人が振ってくれた話に「うんうん」と返事を返すだけ。
だって、私は……
ぶんぶん。と私は首を横に振り、その悪い考えを追い払う。
私はこうして誰かと一緒に過ごせる時間が楽しかった。
うん、楽しかったんだよ……
――そして、放課後。また、ここに来てしまった。
『こんな場所で君は、いったい何をしたいのかな?』
昨日やってきた人に言われた言葉を思い出す。
ここにいる間だけ、私はきっと『あの時の私』のままでいられるから・・・
だから、私はここでこうしているんだと思う。
そしてまたいつものように、子供の時に見たあの夕焼けの景色を重ね、私は想いを馳せる。
今日の夕焼けは、何点だろう?
暖かな風が吹いている。
沈む夕陽の朱色に染まった空。
吹かれる風に寄り添い、形を変えながら空を流れていく雲。
私の知っているあの夕焼けの空の形を思い浮かべながら、
ただ「〜かな?」っていう当てずっぽだけど、私は風を浴びながら色々と想像を膨らませる。
・・・・・・・・・・・・・・・
今日も、いい天気だね。きっと・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん・・・・・・・・・・・・
・・・・・・きっと・・・・・・・・・・・・・・
・・・きっと、そうだよ・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
でも…やっぱり、私は……
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
ここから夕焼けの空が見てみたい。
もう一度だけでいい……
あの頃のように…私は……
もう二度と、私はあの夕焼けの空は見ることができないのかな?
見たいよ……
どうしても………
大きくなった今の私の目で、夕焼けの空をちゃんと見てみたい……
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
ぽたり、と床に雫が落ちる。
もういいよ、もう…これ以上、私は苦しい思いをしたくない。
あの時に見た綺麗な夕焼けの空の景色を。
私の忘れられない思い出の景色を。
これ以上色褪せたものにしたくないから……
あの時の景色のままにしておきたいから……
えいえんに、変わらないままにしておきたいから………
これ以上は、とても言葉にはならない………
うっ、ううっ…………
気がつけば私は、屋上のフェンスの金網に手をかけていた。
この金網を乗り越えれば、私は……
疲れきった私の手は、ゆっくりとした調子で金網のフェンスをよじ登ろうとしていた……
そこで……
「やあ、また会ったね」
唐突に私の後ろから声が聞こえてくる。
この声は、確か昨日もここであった人……
「君は、ここで何をしようとしていたのかな?」
「・・・・・・・・・・」
私は答えられなかった。
「黙ってしまうようなことなのかい? それとも僕は、すっかり嫌われてしまったのかな?」
「・・・・・・・・・・」
さっきから、私の事を見られていたのかな?
私は恥ずかしくなって、顔を真っ赤にしてただ俯いていた。
「君は、この空の向こうにあるものに想いを馳せていたのかな?」
「?」
昨日と同じ話。
…いいや。そんな難しい話は苦手だし、聞きたい気分じゃない。
もう、ここに来るのもやめよう……
そう思って、私は屋上を出ようとする。
「…えいえんのせかい」
「!」
その言葉に、私は歩く足を止める。
「もし…この空の向こうに、誰も知らないような別の世界があって……」
…。
「君がそう望むだけで辿り着ける世界…そこは、この世界では決して味わえないような素晴らしいことが待っている。この世界での苦しみなんて忘れ去ってしまえるような。そう、まさにそれこそ”えいえん”にね…………」
……。
「こんな世界が本当にあるのなら、君は行ってみたいかな?」
「・・・・・・・・・・・・」
そんな場所があるのなら、私は行ってみたい。行って、私は・・・・・・
「……なんて話が、本当にあったら君はどうする?」
笑みの混じった声で、その話を締めくくる。
・・・・・・・・・
私は呆気にとられていた。
「冗談で言っていたの…ですか? 今の話?」
「どのように受け取ってもらっても構わないよ。僕はただ、君がさっきみたいに苦しんでいるのを見ていられなかっただけさ」
「うー…酷いです」
「ひどい言われ様だな。まぁ仕方がないか……」
その人から、乾いた笑いの声が漏れる。
「もう少ししたら、1人の少年がここにやってくる。”彼”に会えば、あるいは……」
「…彼?」
「そう。”彼”に会えば、君が探し求めているものを見つけることが出来ると思うよ?」
「探し求めているもの?」
「…おっと、その彼が来たようだね。僕はこの辺で失礼するよ。君の目は光こそ失ってしまっているけど、その強さまで失ってしまってはいないと思うからね。あとは、君次第さ」
(僕も少し酔狂だな…)
その人はいつの間にか屋上からいなくなっていた。
そういえば、私の目が見えないことをあの人に話してたっけ?
うーん。分からない人だったなぁ……
ギイィ……
それからしばらくして、屋上のドアがゆっくりと開く。
「明日は…いい天気だな」
男の人の声。さっきの人が言っていた「彼」って、この人のことなのかな?
…よく分からない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
「変な人」だと思われるかもしれないけど。
私は勇気を振りしぼって、その人に話しかけてみる事にした。
「…夕焼け、きれい?」
その言葉が、私にとっての――――
>to the ”ONE”.......