MIO 〜輝く季節へ〜
第3話 『日常』
<澪の部屋・朝の訪れ>
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夜が明け、朝が訪れる。夜の闇を払い、その顔をのぞかせる太陽は、
眩いばかりの輝きを空の下に放っていた。
(ふあぁぁ、よく眠れたなの…)
そして、澪が眠りから覚める。
確かにその見た目"だけ"でいえば、その姿は天使のようにも見える。
(浩平君。おはようございますなの〜♪)
そう言ってベッドから飛び起きた澪は、先日浩平に上着を返した日の帰りに撮った
浩平とのツーショット写真に向かい、おはようの挨拶を交わす。
澪にとってこれは、ありふれた日常の朝。
そして彼女以外にとっては、ある種戦慄をも予感させる朝。
(…浩平君のために特製のお弁当を作っていってあげるの。
浩平君の食べ物の好みなんて、とっくの昔に調査済みなの♪)
…澪のそういうマメな所が、時々恐ろしくなる。
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(浩平君とおかずを交換しあったり…浩平君に「あ〜ん」って口を開けさせて
お弁当を食べさせてあげるの。浩平君、きっと喜んでくれると思うの♪
その時の浩平君のことを想うだけで…きゃっ♪)
きゃぴきゃぴとした調子で澪は、浩平のためにせっせと弁当を作っている。
随分とキャラに似合わないセリフを……
若いAD達の間から、ふとそんな言葉が漏れた。
(・・・・・・・・)
笑顔でカメラの方に視線を向ける澪。顔は笑っていたが、
その瞳の色は決して笑ってはいなかった。
その小さな体からは僅かながらも殺気が放たれていて、
それからしばらくの間、我々はその場で指一本動かせないでいた…
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(できたの。それじゃ学校に行って来るなの〜♪)
二人分のおそろいの弁当も出来上がり、澪は笑顔で鞄をぶんぶんと振り回しながら自宅をあとにする。
我々はその間、つかの間の安らぎを感じることができていた・・・
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<通学路で>
(♪〜♪〜〜)
澪が上機嫌で通学路を歩いていく。空はどういうことか快晴の陽に包まれ、
その輝きは澪の新たな一日の訪れを祝福しているようだった。
(…なんか妙に引っかかるナレーションなの)
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「……」
澪が通学路を歩いている途中、里村とすれ違う。
彼女は何やら思い詰めた表情をしながら、早足でその場を過ぎ去っていく。
(里村茜なの。あの女にはいつもこうして通学路で見かけるの。
なんだかいつも重い顔をしているの。そんなに早足で歩いていったい何がしたいのかなの?
…まあいいの。私も遅れないように学校に行くの)
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<学校の校舎・靴箱のある場所>
HR開始の10分前。澪は靴箱のある場所でだいぶ前の時間から一人でじっと待っている。
誰のことを待っているのか、それは言うまでもない。
(私の大好きな人、折原浩平君。あの人に私が作った特製のお弁当を「はい、どうぞ」って手渡すの。
浩平君が喜ぶ顔が目に浮かんでくるの。)
・・・・・5分経過。
(まだ来ないの……)
・・・・・・・さらに3分経過。
(おかしいの。靴箱を開いてみたら、浩平君の靴がまだ入ってないの。
浩平君は必ずここにやってくるはずなの)
・・・HR開始のチャイムまで僅か一分を残す時間。
(ひょっとして浩平君。今日は学校をお休みしているなの?
せっかく一生懸命にお弁当を作ってきたのに、がっかりなの…)
がっくりと肩を落とし、自分の教室へ向かおうとする澪。そこに・・・
「今日もなんとか間に合ったぞ!!」
「なんとか間に合うんじゃダメなんだよっ!」
煙の出そうな勢いで校門から猛ダッシュで駆け込んでくる生徒達の姿。
澪はその中に浩平の姿を見つける。
(あっ、浩平君なの♪)
澪の表情がぱぁっと明るくなる。
しかし、浩平の隣に長森の姿を発見する。
(げ。長森瑞佳も一緒なの…)
途端に澪の表情が曇る。
(こんなギリギリの時間まで二人で何をやっていたのかなの?
と…とにかく!)
(あのねあのね。浩平君…)
浩平に話しかけようと、澪はスケッチブックを手に取るが……
「浩平っ! あと一分でチャイムだよ。急いでいかないとっ!!」
「わかってるよ!!」
だっだっだっだっ・・・・
まるで風のように二人は走り去っていってしまった。
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二人が通り抜けていった学校の玄関口。
そこには、一人ぽつんと取り残された澪の姿があった。
(・・・・・・)
澪はしばらくの間、ただぽかーんとした表情でその場に立ちつくしていた。
キーンコーンカーンコーン・・・
そして、HRのチャイムが無情に鳴り響く。
(うぅっ。おのれおのれ、長森瑞佳あぁああーーっ!!!!)
澪は涙顔になり、長森にさらなる憎悪→闘志を燃やしながら教室に駆け込むのであった・・・
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<午前の授業中>
HRが終わり、午前の授業が始まる。
今は国語の時間。どうやら今日は抜き打ちで小テストが行われるらしく、
教師の言葉に生徒達が「えーっ」とざわめきの声を上げている。
しかし教師からは容赦なくテストの用紙が配られ、教師の号令と共に小テストが開始された。
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周りの席に座っている生徒達は頭を抱えながら、問題をなんとか解きにかかっている。
そんな中で澪は。
(こんな小テスト。私の手にかかれば、ちょちょいのちょいなの。
でも、それでうっかり満点を取ってしまうとクラスの間で一際目立ってしまうの。
そうなると、浩平君と"らぶらぶ"になるために色々とやるづらくなる面が出てくるの。
ここはわざと一問間違えて答えておくの)
……学校で生徒が学ぶべき事が、各々の頭脳やスキルを開発し、
社会を生き抜くための知恵を培うことにあるとすると、
澪は間違いなく学校でトップクラスのランクに位置することだろう。
もっとも彼女自身、性格的に致命的な問題があることは言うまでもないが…
(…ひとこと多いの!!)
ぎろり、とした澪の視線に若いスタッフ達の間に動揺が広がる。
周りの生徒達もそんな澪の殺気に気がついたのか、彼女に目を付けられないようにと
必死にできるだけペンの音を押し殺しながら、小テストの問題に答えていく。
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キーンコーンカーンコーン・・・
授業終了のチャイムが鳴る。
そして機嫌の悪くしていた澪と抜き打ちの小テストによる、重く長い緊張の時間は過ぎ去る。
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<昼休み>
そうして昼食の時間が訪れる。
澪はチャイムが鳴って号令が済むとすぐさま二人分の弁当箱を持ち、
ダッシュで教室を出て浩平のいる場所へと向かう。
澪が教室を出ていった途端、まるで呪縛から解放されたかように
教室内の生徒達は元通りの活気を取り戻すのであった。
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<食堂>
(浩平君、浩平君〜♪)
やや奇妙な歌を心で歌いながら、澪は食堂で浩平の姿を探す。
そして浩平の姿を見つける、
浩平はそこでみさきと向かい合う形で食事をとっていた。
(今日もあの女と一緒に食事をしているなの…)
澪はみさきの姿を認めると、スカートのポケットから手帳を取り出し、
みさきの事が書かれたページを広げる。
(川名みさき。長い黒髪が綺麗な三年生の先輩なの。
子供の頃から目が見えなくなってしまっていて、
いつも校舎の屋上で何かを見つめている人なの。おっとりめだけど、
ちょっと強引でマイペースなところがあるみたいなの)
強引でマイペース…澪には人のことは言えないはずだが・・・?
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校舎の外では、救急車のサイレンの音が鳴り響いていた。
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とんとん。
澪は浩平のそばにやってきて、とんとんと浩平の肩を叩く。
「おっ、澪じゃないか。どうしたんだ?」
浩平が振り向くと澪は、持ってきた二つの弁当箱のうちの片方をそっと浩平に手渡す。
「わざわざオレのために弁当を作ってくれたのか?」
うんうん。とうなずく澪。
「あ、いいなー」
澪の弁当を見て、羨ましそうにしているみさき。
(残念でしたなの。このお弁当は私と浩平君のためだけに作ったものなの。
間違ってもお前なんかには少しも分けてあげないの!)
笑顔の表情でちろりと舌を出しながら、そんな事を心に思う澪。
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「なんだか、らぶらぶだね。二人とも」
みさきは澪と浩平のやりとりを見て、そう言葉を漏らす。
「おいおい。この子とは、ついおとといに知り合ったばかりだぞ?」
「そう言っている割には浩平君、なんだか嬉しそうにしてるよ?」
「あのなぁ…」
(………)
澪は思案している。
(川名みさき。ひょっとしたら良い人なのかも知れないの…)
澪はポケットから『いいひと』と書かれた手帳を取り出し、右手の袖を振ってさっとペンを出そうとする。
「ん?」
澪の仕草に気づいたみさきが澪に訪ねる。
(くっ、この女。けっこう鋭いの…あなどれないの……)
そんなみさきに冷汗を流しながら、澪は手帳とペンを元通りにしまう。
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「そういえばオレ達って、お互いまだちゃんとした自己紹介がまだだったよな」
「そういえばそうだね。えっと、私は川名みさきっていうんだよ」
「オレは折原浩平だ」
(…二人の名前や性格くらい、とっくに調査済みなの……)
そんな退屈そうな心の中をおくびにも出さず、澪はスケッチブックにペンで大きく名前を書く。
『上月澪(こうづき みお)なの♪』
元気いっぱいに書かれた澪の文字を見て、
「よろしくな。澪」
「これからもよろしくね。澪ちゃん」
二人からの返事に澪は大きくうなずく。
(ふふふ。これで私たちは"オトモダチ"なの。これから色々とよろしくなの…)
みさきの方を見て、くすくすと邪笑する澪。
「…?」
この小悪魔の方を向きながら、頭に疑問符を浮かべるみさき。
彼女はこの時、澪の真のたくらみに気づくはずもなかった・・・
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<午後の授業>
昼休みがそろそろ終わりに近づき、澪のクラスは次の体育の授業の準備に入っている。
食後すぐの授業に体育というのは若干の疑問符が浮かぶのだが・・・
教室の中で澪達が体操着に着替えている音声が壁越しに聞こえてくる。
我々取材陣の中には女性が含まれていないため、
こうして教室の外から中の様子を実況することを了承して頂きたい。
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しばらくすると、体操着に着替えた女生徒達が教室から出てくる。
その中に澪がいた。
澪はグラウンドに向かいながら、クラスメイト達と談笑を交わし合っている。
そうしながら靴箱のある場所に辿り着くと、そこで澪は浩平と出会う。
「おっ、澪じゃないか。お前もこれから体育の授業なのか?」
浩平の言葉に澪は「うん。」とうなずく。
「そうか。オレもこれから体育の授業なんだ。お互いにがんばろうな?」
そういって浩平は玄関を後にする。
(あぁ、浩平君から声をかけられたなの……)
澪は浩平とこうして会話できたことで夢心地のようだ。
「あれ、澪ちゃん。さっきの人……」
二人の様子を見ていた澪のクラスメイトの一人。
(…ちっ)
澪の口元が一瞬変化したことを我々は決して見逃さなかった。
「澪ちゃん。ひょっとして、さっきの人のことが好きなの?」
(……!)
いわれて途端に澪の顔が赤くなる。
「いいなぁ。私にも澪ちゃんみたいに好きな人が見つかったらいいのになぁ…」
遠い目をして言う澪のクラスメイト。そう…彼女はまだ知らないのだ。澪の正体を。
いや、そんなことは知らない方がまだ幸せなのかもしれない……
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再び救急車のサイレンの音が辺りに鳴り響く。
しかも今度はそれが一台や二台のものではなかった。
<そして、午後の授業>
澪達の授業では今、走り幅跳びの測定が行われている。
生徒達はやや私語を交えながら、出席番号の順で次々に幅跳びに挑戦している。
(あっ、あそこに浩平君がいるの。ここは浩平君に頑張っているところを見せるなの!)
澪が自分達のいる傍で浩平達のクラスがいるのを見つける。
…ピッ!
そして澪の出番がやってくる。
澪は浩平に良いところを見せようと、張り切って幅跳びに挑む。
助走をつけ、そのスピードがだんだんを加速をつけていく。
ちょうど白線のあるところで澪はダンッ、と大きく地面を蹴る。
(とりゃ〜〜なの!!)
かなりの助走を加えた力強いジャンプは、そのスピードを伴いながら向かう先へと延びていく。
風向きも良好であり、これはかなりの好成績が期待できる。そして…
「ろ…6.67メートル…」
勢いでオリンピック級の記録を成し遂げた澪。
(ちょっとやり過ぎたかもなの…)
やり過ぎなんてもので説明できるのだろうか?
…いや、想いの力は、それほどまでに人を強くするものなのだろうか?
体育の教師も含め、周りの者達はそんな澪の姿を見て、ただ絶句していた…
(でも浩平君は、私のことに気が付かなかったみたいなの。ちょっと残念なの…)
せっかく浩平を澪のモンスターぶりに気づかせる絶好の機会だったのだが、誠に残念である。
(・・・・)
本日三度目の救急車出動の音。
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これ以降、今日は何事もなく一日が過ぎていった・・・
<帰宅>
(ただいまなの〜♪)
澪は自宅にたどり着くと、シャワーを浴びてから自分の部屋に向かう。
(今日は浩平君と色々と話せて嬉しかったの。
いま、ちょっぴり幸せを感じているなの…)
澪は浩平とのことを思い返しながら、
こうして澪の一日は幕を閉じるのであった・・・