キーンコーンカーンコーン・・・

授業の終わりを告げるチャイムの音が鳴り響く。
授業の緊張が解けた生徒達は、部活や下校など、それぞれの場所に向かって歩いていく。
そんな中でひとり、今はまだ小さな恋に思い焦がれる少女がいた。


MIO 〜輝く季節へ〜
第1話 『序曲』



夕暮れの喧噪、帰路につく一人の少年のことをそっと影で追い続けている少女。
その名を上月澪といった。少女は言葉を話せないけれど、人一倍の元気を持った、強い女の子。

(私は今、恋をしているの。でもそれはまだ私の一方的な片思いに過ぎないの。
私が見ているあの人は、折原浩平君)


桜の花びらの舞う季節、澪は通っている高校の中で、
何年も離ればなれになっていた浩平の姿を偶然見かける。
その時からきっと、この新しい恋は始まっていたのだ…

(ずっと昔、言葉をしゃべれない私に、"コミュニケーション"の取り方を教えてくれた、
このスケッチブックをくれた、私の恩人なの。
その時からきっと私は、あの人のことを好きになってしまったの。

突然、引越でいなくなってしまった時。あの時はとても悲しかったの。
でも、偶然同じ高校に入学していただなんて・・・
これはきっと、運命なの。浩平君、私のこの想いに気づいて欲しいの。
そして、私の方を振り向いて欲しいの)

澪がそう思っていると、浩平が後ろを振り返り、その方向をじっと眺めている。

(あ、こっちの方を振り向いてくれたなの。ひょっとして、私の想いに気づいてくれたなの?
そんな情熱的で燃えるような視線。ちょっとだけ期待しちゃうの。
そんな目で見つめられたら、私・・困るの)
澪がそうやって妄想の世界に入っていると・・・

「ごめーんっ、浩平。遅くなっちゃったよー」
「まったく、遅いぞ」
澪の後ろの方から、長い髪をした少女が現れる。

(え、えっ・・・)
自分の予想に反した出来事に、澪は少しうろたえる。
しかし、すぐに調子を取り戻し、その目が冷静さを取り戻す。

そして、その少女の方を見て。
(…長森瑞佳さんなの。私が独自に調べたデータによると、浩平君の幼なじみで
容姿、頭脳、性格ともに隙のない理想的な女の人なの。
…とても強力なライバルなの。でも負けるわけには行かないの。
浩平君のハートは、必ず私の物にしてみせるの!!)
突如、澪の闘志は燃え上がる。

(見てろなの、長森瑞佳さん。必ずお前から浩平君を奪い取って見せるの!!
その後で、浩平君と・・・ああ、そんな・・・・いやん、なの・・・・)
妄想の世界に一人旅立つ澪。


そして数時間後・・・

(・・はっ)
ようやく我に返る澪。

(いろいろ考え事をしているうちに、浩平君達が帰ってしまったの。
でも大丈夫なの。浩平君の家の場所くらい、とっくに調査済みなの)

恐ろしいことを平気で心にする澪。
そうして澪は、浩平の家へと歩を進める。

(ここなの♪)
あっという間に浩平の家にたどり着いた澪。
いつも浩平の後を付けているため、家の場所をつきとめるくらい朝飯前の澪。

(…ストーカー? 失礼なことを言うななの。これが私の恋のやり方なの。
ただ、浩平君に私の気持ちが届いていないだけなの。
恋のかたちは人それぞれ。恋のかたちは自由なもののはずなの。
恋はこういうものだ。って思った瞬間から恋は冷めてしまうと思うの。
そんなのつまらないの。燃えない恋なんて、そんなの恋じゃないの。
わたしのこの燃えるような恋心。浩平君にも分かって欲しいの・・・)


「浩平。明日はちゃんと早く起きなきゃダメだよ?」
「わかってるよ。それくらい」

澪が心の中で熱く語っていると、
ちょうど、瑞佳が浩平の家から出てくるところだった。

(ああっ、あの女の人が浩平君の家から出てくるの・・・ということは、
さっきまで浩平君の家にいたって事になるの。
まさか、いままでずっとあんな事や、こんな事を・・・
きゃ〜〜、きっとそんな事を〜〜〜〜ぱたん)

妄想の渦に巻き込まれ、澪はその場で気を失ってしまった。
この妄想のたくましさは、彼女の持つ特殊な才能のひとつ。
ショックで気を失うほどのものゆえに、彼女のこの才能は天賦のものなのかも知れない。
この才能が他の事に活かされていればと思うと、誰もが悔やむことだろう。

「ねえっ、ねえ君、大丈夫??」
瑞佳が、倒れた澪を見つけて介抱する。
その声に澪は目を覚ます。

(う、長森瑞佳なの。近くで見ると綺麗な人なの・・・
くやしいなの。でも、これで勝ったと思うななの!!)
「…?」

澪は目で瑞佳に宣戦布告を告げる。
しかし瑞佳は全くその意味が分からなかった。

浩平の家とは、学校を挟んで正反対の位置に家がある澪は、
長い時間をかけて帰宅の途につくのだった・・・


<澪の家>

(はぁはぁ、つかれたの・・・)
夜も深まった頃、澪はようやく帰宅すると階段をダッシュでかけ上り、自分の部屋へと向かう。


<澪の部屋>

澪の部屋の中。部屋の壁や天井部分には、浩平を(盗み)撮した写真が無数に貼られていて、
それだけでも澪の浩平に対する異常なまでの執念→想いの強さがうかがえる。

(よけいなナレーションはするななの!)

…澪は机に向かう。
そして机の上に、今後の作戦について書き記したメモを並べる。

(悔しいなの、どうしてあの女ばかり良い思いをして、私がこんなにつらい思いをするの?
納得がいかないの。浩平君への想いは、私の方がずっとずっと上なのに・・・)

彼女の思考回路は、肝心な部分が欠落している。
>まず、浩平が澪のことをまだ知らないということ。
>澪は自分のことをまだ、アプローチさえしていない。
>そして、・・・

(うるさいなの!!)
カメラの方に向かって、澪は分厚い本を投げつける。まだ若いADの頭部にそれが命中する。
今、ADが救急車に乗せられて運ばれていくところだ。

…………………………………………

………………………

…………………


……澪は机の上にノートや独自に作った調査書などを並べ、ペンを片手に
これからの事について考えている。

(恋は戦い。何故ならそこに競い合いや障害があるからなの by 澪。
う〜ん、でも問題は山積みなの・・・)

澪はこの状況の問題点について、簡単にメモにまとめてみる。

1.浩平君が、すっかり私のことを忘れてしまっている可能性。
この可能性は結構ありそうなの。
だって、何年もの間、私たちは離ればなれになってしまっていたの。
浩平君って昔から結構忘れっぽい男の子だったの。
いつか公園でふたりで遊んでいて、突然雨が降り出したあの日。
浩平君は傘を持ってくるからここで待ってろといってくれたの。
あれから何時間も待ったの。でも、途中で私の事を忘れて家に帰っちゃってたみたいなの。
とても寂しかったの・・・

2.長森瑞佳さんの存在。
これはかなり重大な問題なの。
なぜならあの人と浩平君とは幼なじみなの。
私と浩平君とも幼なじみだけど、あっちは子供の時から今までずっと一緒にいる人なの。
お互いの事はもう知り尽くしているはずだし、その上、性格も良くて、綺麗な人なの。
男の子なら、絶対に放っておくはずがないの。
それに、さっき浩平君の家から出て行くところを見てしまったの。
ひょっとしたら、二人はすでに恋人同士。
もしかしたらもっと凄い関係になっているかも知れないの。そう思ったら・・・

ばりばりばりばり・・・・!!!

澪は無意識のうちに、一冊のスケッチブックを両手で引き裂いてしまっていた。
もちろん、これは今までに初めてのことではない。

撮影に参加していた若いADのうち数名が、甲高い悲鳴を上げながら逃げていく。
それでもカメラの視線は不動のまま。これには流石と言うしかない。

(ほほほ。私としたことがはしたない・・・なの。今度からは気を付けるなの)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

(とにかく強力なライバルには違いないの。絶対に勝ってみせるの!!)
そう心に誓うと、いつのまに撮っていたのか、瑞佳の写真に一本のナイフを突き立てる澪。

そしてまた一人、撮影スタッフの影が消えていく・・・

3.アプローチのかけ方。
これも問題なの。もし長森さんに勝ったとしても、
浩平君に私の想いを伝えられなければ意味がないの。
どうやってアプローチをかけるか・・なの。

《恋愛小説を読みあさって研究中・・・》

(なるほど……わかったなの♪ これとこれとこれを・・・・
忘れないうちにメモするの♪ 明日からがとっても楽しみなの♪)

澪の両目によからぬ色の灯がともる。
その口元は鋭角にとがり、その顔は邪悪な笑みをたたえている。
その彼女の姿から、悪魔の姿を連想するにはあまりにも十分だった。

(・・・・・・・・・・)
…途端に部屋の空気が凍り付く。

(…それじゃあ、今日はこれで寝ることにするの♪ おやすみなさい、浩平君♪)

久々に上機嫌の澪。そして彼女は部屋中に貼られた無数の写真一枚一枚に対して
お休みの挨拶をすると、ベッドに身体を横たえて、明日への英気を養うことにした。

その小悪魔の寝顔は、まるで優しさに満ちた天使のようだった・・・


<翌朝>

チュン、チュン・・・

朝が訪れる。カーテンを貫く陽光が部屋の中に差し込み、
眠っている澪に朝の訪れを知らせてくれる。
太陽とはどんな人間に対しても、平等に昇るものだということを伺わせるように。
そして澪は目を覚ます。

(清々しい朝なの。この朝日はまるで私たちの未来を祝福してくれているみたいなの。
とっても気分がいいの♪)
澪は上機嫌で目を覚ます。撮影スタッフの間にもホッとした安堵の空気が広がる。

(昨日たてた計画を、早速実行するなの♪)
意気揚々とした足取りで、少し早い登校をする澪。そして学校にたどり着く。


<早朝の学校>

学校にはまだ生徒達の人通りは少なく、一面は物音ひとつない静寂が支配している。
辺りを澪は見回すが、近くに誰かがいる様子はないようだ。


作戦その1:クツ箱にラブレター作戦なの♪
これは告白の王道なの。直接伝えると恥ずかしい愛の言葉を、
手紙にしたためて好きな人に読んでもらうの)

そして浩平のクツ箱のある所に向かう。

(そーっとなの、そーっとなの・・・)
物音をたてず、そーっと告白の手紙をクツ箱に入れる澪。
「ん? オレのクツ箱に何か用かい?」
突然住井が現れる。

(…みつかったなの!)
あわてて澪はその場を走り出す。

「お、おい・・・」

(ラブレターで告白作戦は失敗に終わったの。でも負けないの!
壁や障害があるから愛は燃えるものなの〜!)
澪は走っている途中で重大なことに気づく。

(手紙を途中で落としてきてしまったなの・・・)
澪は浩平に当てたラブレターを、走っている途中で落としてしまったようだ。

(手紙の差出人の名前を"M"とだけ書いていたから良かったの。そうじゃなかったら、
恥ずかしくて見た人全員を始末する面倒が増えるところだったの。でも、くやしいの・・)
澪はとても不機嫌だった。
誰もいない廊下をズカズカと足音を立てながら、歩いていった・・・


<昼食の時間>

午前中の退屈な授業が終わり、生徒達に活気が灯り始める。
教室で弁当の包みを広げる生徒。ダッシュで食堂に向かう生徒など、
この時間、周囲はとてもあわただしい。
そんな中で澪はひとり、てとてとと食堂へと向かう。

(今朝は大変な目にあったなの。私が何時間も考えて手紙を書いたのに。
あの男のせいで台無しになったの。乙女の恋は百億の死にも勝るって何かの本に書いてあったの。
今度会ったときがあの男の最期なの)

澪にそういう本を読ませた人物は、大変恐ろしいことをしてくれた。
と思うのは、多分私だけではないだろう。
澪は、一度決めた事には絶対に引かない性格。たとえ何が起ころうとも。
仮に恋する相手が、本心から”嫌だ”と拒絶したとしても。
このまままた、一人の尊い命が失われていくのだろうか?

(はぁ〜っ、恋は大変な道のりなの…)
疲れた表情で、学食にたどり着く澪。惰性に従い、どこから手に入れたのか
大量のラーメンの食券を一枚切り離し、食事を取ることにする。

澪がラーメンをずるずると食べていると、周りから数組のカップルの話し声が聞こえてくる。

「でさ、それがな…」
「あははっ」

(う…周りはみんな恋人同士で楽しそうにしてるのに、どうして私だけ…神様は不公平なの)
神様も粋な計らいをしてくれる、と思った。

「今度の日曜、一緒にどこか行かない?」
「あっ、ちょうど観たい映画とかあったんだー。一緒に観よっ」

(何かだんだん腹が立ってきたの)
澪はテーブルの上で拳を握りしめていた。テーブルがみしみしと音を立てている。
澪の怒りが徐々にたまっていく。

(私だって、ずっと待っていた浩平君といろんな事をしたいの。
あんな事や、こんな事を…なのに、なのに……)

ぴしっ…

澪の座っていたテーブルにひびが入る。

(あ・・・)
周囲の目線が澪の一点に集中する。
(いけないなの。ついやってしまったなの・・・)
澪はそそくさと学食をあとにする。

(だって、私の前であんなに見せつけるのがいけないの。浩平君と早く一緒になりたいの。
そうじゃなかったら私、きっとダメになってしまうの)

…あえてツッコミは不要だろう。澪はとても切なかった。何年も待ちこがれていた少年。
一度は離ればなれになってしまっていた彼と、こうして同じ高校に通っているのだ。
逢いたいと思わない者なんていない。澪もそんな一人の少女なのだ……
そうして澪が廊下を歩いていると、中庭の方に一組の男女が食事をしている光景が
澪の目に映る。

(うらやましいなの。私もああやっていつか浩平君と…って。あの男の人は!?)
その男子生徒の姿、それは浩平だった。

(どうして浩平君があんな所に…? それにあの髪の長い女の人は誰なの・・?)
澪は手帳を広げてみる。
(あったの。里村茜。いつも誰もいない空き地で、誰かの帰りを待ち続けている人…らしいの)

(どうしてその女と浩平君が、一緒にご飯を食べているなの?
浩平君には長森瑞佳もいるのに…はっ、まさか!?)

ゴゴゴゴゴ・・・・・・・
とたんに澪の周りだけ、温度が3度下がり、空気が重くなる。
そこを通り抜ける生徒達はみな、そんな澪の周りをさけて通っていく。

(あの女・・・すました顔をして浩平君のことをそそのかしたの。絶対に許さないなの・・・)

澪は怒りを露わにしながら「標的」と書いてある表紙のメモ帳に、茜の名前を書き込む。
(よし、OKなの・・・)

キーンコーンカーンコーン・・・
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

(もう時間なの。次に会うときがおまえの最期なの!)
そう心の言葉にして、茜を一瞥すると澪は自分の教室に戻っていく。


<放課後>

6時間目も終わり、一日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。

(浩平君は意外といろんな女の子にもてるから、ちょっと驚いたの。
長森瑞佳、里村茜、今後あの二人には要注意なの。)

澪が今度のことについて考えていると、
浩平と瑞佳が二人で廊下を歩いている姿を確認する。
(浩平君がいたなの。長森瑞佳も一緒なの。
あの女、相変わらず浩平君になれなれしいの)

澪は再び立てていた作戦を実行に移す。

作戦その2:廊下の角でぶつかる作戦なの!
校舎の曲がり角で浩平君に"偶然を装って"ぶつかって、話すきっかけを作るの。
できるだけ痛がって見せて、相手の不安と罪悪感を誘うことがポイントなの。
そうすることで、話すきっかけくらいは生まれるの。あとは…いやん、とても恥ずかしいなの)

救いようのないくらいの妄想を、その小さな体いっぱいにふくらませる澪。
そして、作戦は実行に移された。

カツカツカツ・・・
上履きがリノリウムの床をたたく音。

(だんだん歩いてきてるの・・・)
澪は息を潜め、音を発するその一点に意識を集中させている。
その音がだんだん近づいて来るたび、澪の心臓の音は徐々に高鳴っていく。
もうすぐそこに、気配はあった。

(今なの!)
澪は意を決して、作戦を実行する。助走を付け、音のする方向に向かって全速力で駆け抜ける。

(あれ?)
澪は走り出すタイミングを間違えてしまい、目標をそのままするりと通り抜け、
そのままの勢いで壁に激突する。

ドゴオォォォォォォ・・・・

豪快な衝撃音が廊下中に響く。生徒達がなんだなんだ、と周囲に集まり出す。
澪はそのまま意識を失うのだった。


<???>

気がつくと、一面に花の咲き誇る丘の上に澪は立っていた。
かすかにそよぐ、花の香りを含んだ微風が心地よい。

ここは、かつて澪と浩平の二人が一緒に遊んでいた思い出の場所。
澪はすぐにそう気がついた。
そして、花畑をとことこと歩いていると、
その丘の頂上には、浩平が空を見つめながら立っている姿があった。

(あっ、浩平君なの)
澪は思わず浩平に向かって走り出していた。
そして浩平の目の前にたどり着くと、そのまま浩平を小さな身体いっぱいに抱きしめる。

(いままで、ずっとずっと逢いたかったの…この日をどんなに待っていたなの……
浩平君とまた、こうして一緒にいられるのなら、私はもうどうなってもいいの…
ああ…浩平君の胸の中、とてもあたたかいの……)

浩平は澪に微笑みの顔をのぞかせる。この瞬間、澪は幸せの絶頂に包まれていた。
突然、突風が辺りに吹き荒れる。

(な、何なの!?)
澪は浩平のそばを離れないまま、何が起こったのか様子をうかがっている。

(あっ!)
澪はいきなり何者かに突き飛ばされ、浩平のそばから一瞬だけ離されてしまう。
そのときだった。再び突風が起こり、突然浩平の姿が消えてしまう。

(えっ・・?)
きょとんとした顔をする澪。

そして澪の目の前に表れたのは、長森の姿。
長森は澪の姿を認めると、冷ややかな視線を送り、消えるようにその場からいなくなった。

(何なの・・?)
辺りには誰もいない。あるのは、丘の一面に咲く、無数の花模様。
しかしその景色も、浩平がいない今、澪にとってはただ空しい物でしかなかった。

(長森瑞佳!! おーのーれーおーのーれーおーのーれーーー!!!)
澪は空に向かって、声にならない声で叫び続けていた・・・・


<保健室>

(…はっ)
澪は目を覚ます。どうやら保健室のベッドの上で眠っていたようだった。

(あれは夢だったの・・・?)
「おっ、気がついたかい」
突然話しかけてくる男の声。

(こいつ…今朝、ラブレターを入れる邪魔をした男なの)
「オレは2年の住井っていうんだけどさ。さっきはごめんな。俺もよそ見してたからさ…」
住井は少し照れを含ませながら、澪にそう言って謝罪する。

(何なのこの男は? 私には浩平君というフィアンセ(決定事項)がいるの。
そんな態度をとっても、私の心は動かされないの)

(そういえばこの男、浩平君のクラスの名簿に名前が載っていたの。
ひょっとして、浩平君の友達・・? この男は利用できるの。とりあえず様子を見ることにするの。
その時まで、命は預けておいてやるの。
こう見えても私は演劇部。演技やふりは得意中の得意なの)

澪は満面の笑顔を住井に向ける。
住井はホッとしたのか、どこか救われたような表情になる。

(ふふふ、この落とし前はキッチリとつけてもらうなの…)
澪の目に新たに、邪悪な炎の色が灯るのだった・・・

ちなみに今日の住井の運勢は、大凶だった。


<澪の家>

澪は今日は浩平の家の偵察には行かず、すぐに自分の家に帰宅する。
家にはいると、ダッシュで階段を駆け上がり、作戦を練るために自分の部屋に入る。

(思わぬ強力なライバルがまた増えたの。里村茜。
早く手を打たないと大変なことになりそうなの)

澪はパソコンの電源を入れ、得意げな表情でキーボードを叩きだす。
その指の動きはプロ顔負けの速さだった。

(学校のデータベースをハッキングしていたの。大した情報は得られなかったけど、
あの女には要注意なの。あと、さっきの住井とか言う男と浩平君が
お友達同士だっていう事を掴んだの。あの男、どうやら命拾いしたみたいなの。
・・・とりあえず今日のところは寝ることにするの)

今夜、澪の部屋では何事も起こることはなく、
澪はベッドの中で、まどろみの訪れに身を任せるのだった・・・


<翌朝>

朝が訪れ、太陽がその顔をまだのぞかせていない時刻。澪は目を覚ます。

作戦その3:お弁当を作っていくなの!
(まだ浩平君は私のことに気づいていないみたいだけど、
再会のきっかけには、効果十分のはずなの。
浩平君をあっと言わせるようなお弁当を作っていくの!
里村茜みたいな女の弁当なんか、一口も食べさせないの!!)

意気揚々とした表情で澪は、浩平のために弁当を作ることにした。


<学校・昼休みの時間>

4時間目の授業の終わりを告げるチャイムは鳴り、すでに昼休みの時間。
澪は浩平のために朝作った弁当を持って、浩平を探すことにする。


<浩平の教室>

浩平の教室の中。ここで浩平の姿は見つからなかった。

「おっ、君は昨日のコじゃないか!」
住井に見つかる。

(げ、こいつは昨日のあの男なの。嫌なときに会ったの・・)
澪は有無を言わさず、その場を後にした。

「ちぇっ、色々と話したいことがあったのにな・・・」


<中庭>

(ここは浩平君が昨日あの女、里村茜と一緒にいた場所なの。
浩平君はいるかなの・・?)
澪は中庭を覗く。見ると茜が一人で昼食の弁当を広げていた。
彼女の周辺を見回しても、そこに浩平の姿はなかった。

(よかったなの。今日の浩平君は、あの女にそそのかされてはいなかったの。
でも、何があってもおまえなんかに浩平君は渡さないの!)
澪は茜に向かって敵意を露わにした視線を送る。

「・・・・・・」
茜は澪のそんな視線に気がついているのか、静かな表情で澪の方を見ていた。

(くっ、この女、なかなか手強いの・・・)

この瞬間、澪は茜のことを恋のライバル2号と認定した。
一度こうだと決めたら周りが何と言おうと絶対に引かない性格の澪。
良く言えば、負けず嫌いな性格だといえるのだが・・・

(浩平君のハートは、私だけの物なのーー!!!)
最期に茜の方を見て宣戦布告のサインを送ると、浩平を探すために、
その場所をあとにする。


<学食>

(ついに見つけたなの・・・)
標的の姿はそこにあった。澪が入ってきた入り口にちょうど背を向けた形で、
浩平は昼食のパンを食べていた。

(よかった、まだ食事が済んでいないみたいなの・・)
澪はほっと一息つく。
よく見ると、浩平は誰かと会話をしているようだった。
(誰かと話をしているみたいなの・・・)
浩平が話している相手の姿を見た。

(あっ・・・)
それは、黒色のロングヘアーをした3年生、川名みさきだった。

ガシャアア・・・・・ン・・・

ショックを受けたはずみで、澪が朝作った弁当が持っていた手からすべり、
音を立てて床に落ちる。そして、その弁当の中身が辺りに散乱してしまうのだった。

(浩平くんがまた、別の女の人と話をしているの・・)
澪は一瞬、自分の目を疑った。
しかし、目の前で起こっている光景は紛れもない事実だった。

「よくそんなに食べられるな・・」
「わたし、食べるの好きだよ?」
「あとカツカレー3杯はいけるよ?」
「本当か・・・」

(浩平君、ひょっとして相当のやり手だったの・・・? だとしたら、許せないの・・・)

澪の怒りと嫉妬の入り混じった感情は憎悪に変わり、それは炎となって燃え上がる。
一度こうなってしまった澪を止められる者はいない。
澪はある行動を開始する。


緊急作戦その1:うわきものには天罰を!!
(浩平君があんなに女の人にだらしがないとは思わなかったの。
ここは一度思い知らせてやる必要があるの)

澪は食券を一枚切り離し、ラーメンを手に入れるとそれに七味やソースなどの
調味料をたっぷりと放り込む。

(熱いラーメンを背中からかけてやるの。それだけじゃなくて、唐辛子とか、
ソースとかを入れてやるの。この怒りをたっぷりと思い知らせてやるの。
私が好きになったあの人が、ほかの女とくっつくことは絶対に許さないの!)

周囲からの疑惑や非難の視線も何のその。
自分の意志のみを優先させた、澪の身勝手な暴走は止まらない。
澪は意を決して、作戦の遂行に出る。

(そろーりなの、そろーりなの・・・)
足音を立てず(とは言っても食堂の中では足音は目立たないが)、
澪はラーメンのどんぶりを持って、標的の背後から静かに近づく。

(よし、今なの!)
そして浩平の背中から澪特製あつあつラーメンをぶちまけた。

「っ、うわあっ!!」
標的の無惨な悲鳴があがる。

(ザマ見ろなの。こんなに遠くから想っている私に黙って、他の女と食事をしていた罰なの)

前述の通り、澪の思考回路は少々破綻…いや、澪の怒りの一撃が、浩平の叫び声となって確かに届いた。
しかし澪は肝心なことに気づく。
(やってしまったの…しかも浩平君本人に・・・これで浩平君に嫌われてしまうのは確実なの・・・・)
そう、澪は好きな本人に対してその悪の本性を…いや、ラーメンを背中からお見舞いしてしまったのだ。

澪はあわてて手をぱたぱたと動かしたり、浩平に何度もお辞儀をしたりして必死で
その場を取り繕おうとする。浩平が椅子から立ち上がり、澪と目が合う。

(ひぃっ、許して下さいなの!!)
今までの破壊的な態度とは裏腹に、浩平を目の前にして妙にしおらしい態度を取り出す澪。

(わざとやったんじゃないの。うっかり出来心…じゃなくて、手が滑っただけなの。
そこの女が恨めしかった訳じゃないの)
澪は何度も何度も謝っている。うろたえた様子で口をパクパクさせながら必死に何かを訴えかけている。

「いいって、そんなに謝らなくても。別に怒ってないから」
浩平が澪に対して言った言葉は、意外に澪を気づかう台詞だった。

(えっ・・?)
澪は、きょとんとした表情で浩平の方を見ている。

「…ほんとに?」
髪の長い女の子が横やりを入れる。
「ほ、ほんとだって。別にこの子だってオレを狙ってわざとやった訳じゃないだろうし」
明らかにわざとだったのだが。

(・・・・)
考え込む澪。そして浩平の顔を申し訳なさそうにのぞき込んでいる。

(そうだ、汚してしまった浩平君の制服をお洗濯するの)
澪はがっしと浩平の制服のすそを掴む。そしてじーっと浩平の事を見つめている。

「…ど、どうした?」
じーーーーーーーっ。

制服を汚してしまったお詫びがしたいの。と言う意志を目線で浩平に伝える。

「洗濯するって言ってるんじゃないかな?」
髪の長い女の子のフォローが入る。
(ナイスなの♪)
澪はうんうんと2回首を縦に振った。

「いや、乾いたら一緒だし…」
(・・・・) じーーーーっ。
「分かったよ。じゃあ頼むから」ついに浩平が折れる。
(…♪)
澪の表情がぱあっと明るくなる。
そして、嬉しそうに制服を受け取ると、澪は浩平の方を見て大きくお辞儀をして、てとてとと歩き出した。


<そして、帰宅後>

(あぁっ、ついに浩平君とお話ができたの♪ そして制服までかりることができたの)
澪は借りてきた浩平の制服を小さな身体いっぱいでぎゅっと抱きしめる。

(うれしいの、これが浩平君がいつも着ている制服なの〜♪)
しばらく恍惚の世界に旅立つ澪。


数時間後…

(…ふう)
浩平の匂いと温もりをたっぷりと堪能した澪。

(もうこんな時間なの。早く洗濯をしなきゃなの!)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


<翌朝>

(よし、制服はちゃんと乾いてるなの♪ それじゃ最後の仕上げなの…)
澪は洗濯の仕上げに入った。


<そして、学校>

澪は校舎で浩平に出会う。
「おお、おはよう」
浩平からの挨拶の言葉。澪は満面の笑顔で紙袋に入れた上着を浩平に手渡す。
「ありがとうな、おかげで綺麗になったよ」

浩平からの感謝の言葉。
それだけで澪はとても幸せな気分になる。

ここから新たな悪夢→恋の物語が始まっていく……


<そして、放課後>

「あれ、浩平。上着に口紅がついてるよ?」
「えっ・・?」



【NEXT】

 


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